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2010年2月28日 (日)

なんとまあ、灯台下暗し

 メモ代わりに携帯から投稿する癖がついてしまったが、これもそう。

 昨日、Notes:不思議な接着剤#42を書いているとき、死後の死者の行動に関してわたしと見解を同じくするカバラからの一文を捜し、箱崎総一『カバラ』(青土社、1988年)を本棚から手にとった。そのとき、田辺保『プロヴァンス――碧い海と碧い空と―― … 「生きる歓び」讃』(恒星出版、2003年)が近くにあったので、プロヴァンスにおける海の聖マリア伝説に触れられているかもしれないと思い、それも手にした。

 そして『カバラ』を開こうとしたところ、何かの拍子にフワッと開き、まるで読むことを促されているような気がして、そこに視線を落とした。「風光明媚な都市ナルボンヌには、〔略〕/なぜユダヤ神秘思想とナルボンヌが結びつくのだろうか。13世紀ごろまでこの街には多数のユダヤ人が居住していて、その頃ここ南フランス地方はユダヤ文化の中心地となっていた」

 まさに目から鱗……。本にはあちこちに線があり、昔丹念に読んだ形跡があるが、先の死者に関する一文を除けば、綺麗に忘れている。

 確かに、原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)にも、「ここでは人々は早くからアラブの文化を受け入れ、カタリ派と微妙な交錯を見せるトゥルバドゥールの恋愛観についても、アラブ起源説がしばしばうんぬんされる。また、ユダヤ人が多く住んで南部の人々に彼らへの偏見は乏しく、その居留地は物質的な豊かさばかりか学問の盛んなことでも有名であった(ドウソン)」とあったが、そこに行ったことのない人間のかなしさか、ユダヤ人と南フランスが、わたしのなかで結びつかなかった。

 しかし、考えてみれば、イエスはユダヤ人であったし、マグダラのマリアもそうであった可能性が高い。

 改めて『カバラ』を読むことにして、田辺先生の『プロヴァンス』を確認。

 すると、まあ、灯台下暗しとはこのことだった。

 海の聖マリア伝説について、『フランス――詩のふるさと紀行』より詳しく触れられていた。また、そこに書かれていた自著紹介の言葉やタイトルからしても『フランスにやって来たキリストの弟子たち』では、さらに詳述されているのではないかとの期待を抱かされた。

 もう少し早く関心を持っていたら、生前の田辺先生に、お手紙で疑問点を質問することもできただろうにと悔しく思われる。わたしのような縁もゆかりもない人間にも親切な回答のお返事をくださった先生であれば、きっと稚拙な疑問にもお答えくださっただろうに。

 続きは、パソコンからNotes:不思議な接着剤#43に。

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