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2010年2月11日 (木)

Kくんから届いたメール。O氏の師匠。

 Kくんからメールが届いた。

 Kくん、なんて親しげな、厚かましい書きかたをしてしまって失礼な話ではあるが、昔、文学賞の授賞式でお目にかかったとき、まだわたしたちは若く(といっても、既に中年ではあったが)、そのときKくんが1歳年下だと知った。中年とは思えない若々しさで、好青年といってよい印象から、Kくんという呼びかたがぴったりだと思ってしまったのだ。

 そのときに、Kくんがわたしに「好きな本は?」と聞かれ、「ハリーポッターです」と返事したときの表情が今でも忘れられない――とあったけれど、それについては全く記憶にないのよ。どんな顔したの? もしかしたら、そのときに「弟みたいなKくん」のイメージが出来上がったのかしら。

 元々わたしには、真摯に物を書いている人をファミリーのように想ってしまう癖があるのだ。現実にはKくんが文学で社会的に達成したことにはわたしは無縁であるし、また作品の完成度の高さと、どんな題材でも扱える柔軟性には、わたしは遠く及ばない。

 受賞後のことや、今後の執筆に関して淡々と綴られていて、真直ぐな誠実な姿勢が昔からずっと同じで、感動してしまった。若い頃から思いを重ねてきた「老いと死」というテーマをこれからも追究していきたいとのことだった。

 逞しさを増したという感じで、頼もしい。

 じんわりと、ここ大分の地から文学の意識革命を起こせそうではないか。

 地理的にはいくらか離れているが、過日、大分市の喫茶店に集まった物書きたちは皆、Kくんに好感と敬意と期待を持っている。活動としては個々人の孤独な作業とならざるをえないが、何か個々人を超えたところでも、よいものが醸成されつつあるような気配が感じられる。

(Kくん、これを読んでくださったとしたら、お返事、もう少し待ってくださいね。きちんと時間がとれるときに書きたいのです。)

 O氏が小説が書けたといって、昨晩、集合ポストに原稿を入れに来た。事前に電話があり、家出少年だった彼を拾い、父親代わりとも師匠ともなってくれた経済ライターの話になった。

 生前、経済ライターとしては名のあるかただったそうだが、小説を書きたがっていたのだそうだ。150枚の未完の小説が出て来て、娘さんが対処に困り、彼に送ってきたのだという。

 何しろ未完であるため、まとまりはないが、生涯女性と如何に真剣勝負で接したかがわかる、女性論といってよいような作品なのだそうだ。

 読んでみたいからパソコンで清書して読ませてちょうだい、といったが、その清書が大変だということで、彼も仕事があるから、「臨時のバイトを雇って清書させるかな」という話だった。清書した上で、何らかのかたちにすべきだろう。

 その経済ライターであった師匠は、自分の息のあるうちにしきりに小説を書けとO氏にいっていたそうだ。その方面に人脈があるから、世に出してあげられるという思いがあったらしい。が、O氏はそのときには書けなかったという。

 わたしは、波乱万丈だったらしい師匠の人生を小説にすべきだとO氏にいっている。師匠とO氏の関りのことを書いてもいいではないか。あの世から見守ってくださっているに違いないのだ。   

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