女友達と電話でおしゃべり
最近、2回、詩人(と呼んでいる文芸部時代の先輩で女友達)と電話でおしゃべりした〔彼女の詩はこちら〕。
秋に会えなかったので心配していたが、その秋にはわたしと同じ年齢のボーイフレンドが出来たということで明るく、冬になってからの最近の電話でも、彼女は彼に熱くなりすぎて距離を置かれたと報告しながらも、それが軽い出来事ででもあるかのように明るい。
彼女は昔から恋愛至上主義で、恋愛の好不調は彼女の持病である統合失調症に即作用していた。
それが、秋に電話したときから、雲間から太陽が覗いて、青空がぐんぐん広がっていくような雰囲気が感じられる。いや、そのきざしは夏前からあった。
あれほど恋愛に一喜一憂していた背景には、もっと基本的な問題が潜んでいたのではないだろうか。その基本的な問題がなくなった、とはいわないまでも軽くなったために、彼女の生活はすこやかさを取り戻したのだという気がする。
夏前にあったことといえば、彼女と童話の交換をし出した(わたしは出来上がっているぶんの『不思議な接着剤』とその副産物『すみれ色の帽子』を送った。そして、彼女にわたしの『不思議な接着剤』の構想と取材旅行の話をした。彼女からはコミカルな童話――というより、大人対象のコントといったほうがいいだろうか――2編とエッセーが1編送られてきた)。
また、その頃、彼女と電話で話したときに、彼女の元夫であり、今も交際がある男性のことが話題になった。彼女がときどき彼の言動に傷つけられているのは感じていたが、わたしはそのことをそれほど重い問題としては捉えていなかった。夫婦喧嘩、否元夫婦の喧嘩は犬も食わない、と相手にしていなかったというのが正直なところだ。
わたしも、大学時代の先輩として彼、Hさんのことは知っている。機知に富む男性で、独特の個性と包容力を感じさせる面白い人だが、寸鉄人を刺すような皮肉も得意で、冗談なのか真面目なのか、人を惑わすような物言いをよくする。ハンサムではないが、女性の友人は多い。
彼女のほうもユーモラスなところがあり、また、鋭い物の見方を冗談に交えて口にすることはあるが、真面目な話題とそうでない話題はきちんと区別して話す。薫るばかりの誠実さ、優しさを込めて話をする人だ。
彼女にとって、創作は昔から彼女の生命の一部を担っているほどに重要なものだ。ところが、彼女のこれまでの全ての作品にHさんは否定的なのである。
わたしの夫は、彼女の詩に特に何も感じないという。子供たちは彼女の詩が綺麗だといい、感動を見せた。わたしはといえば、当ブログで彼女の詩だけでなく、あえてこうしたプライバシーに関るようなおしゃべりの内容まで、貴重な記録だと思って紹介しているくらいだから、そのココロはわかっていただけると思う。
創作物に対する人の反応が様々なのは当然だが、Hさんの場合、彼女の創作物を宝と思っているにも拘らず、創作が彼女の病気に及ぼす影響を考えてあえて否定しているだとわたしは深読みしていた。
ところが、夏前頃の長電話でわかったことからすると、どうもそうではないらしい。本当に評価していないのだ、と彼女の話から判断せざるをえなかった。彼女の創作物は、暗くて気持ちが悪いとまでいうのだそうだ。
そうした彼の評価が彼女にこれまでどれだけダメージと支配的な影響を与えてきたか――そういえば、思い当たることは数々あった。彼女が調子を崩す前には必ずといっていいように、彼女の創作物をめぐる一連の出来事があったことを思い出す。
彼女は作品を否定された屈辱から、わたしに同じ作品を送ってくる。よくできていると思うことも、そうでないと思うこともあって、わたしはだいたい思った通りの感想を伝えることにしてきた。すると、彼女は少し安心する。そして、彼を納得させる作品を書こうと、さらに創作する。彼は否定する。わたしにまた作品を送ってくる。彼女はわたしの評価に力を得て、また書く。彼は否定する。そうしたことが続くと、彼女は完全におかしくなるのだった。
Hさんが彼女の創作を喜ばないとは知っていた。彼の立場からすれば、それはそうだろう。
しかし彼女にとって、彼女の創作物や、ましてや創作すること自体を否定されるということは、彼女の物の見方(すなわち価値観)を、拡大解釈すれば、彼女の存在自体を否定されるに等しいのだった。
わたしは賞応募に熱中していた頃、先方に作品が届いたのかどうかさえわからないことがあり、ブラックホールに投じたようなやりきれなさを覚えることがよくあった。たまに評価されることがあったとしても、的違いに感じられる称賛であることがほとんどで、虚しかった。そして、誰一人として、わたしが創作しようがしまいが何とも思わない。どうだっていいことなのだ。
そんなわたしの虚しさは、彼女の虚しさにオーバーラップする。彼女の場合、彼を頼りにしているだけに孤独感を深めることに繋がった。
彼女はとても綺麗でスタイルもよい人だったが、彼とつき合うようになり、結婚し離婚して、それでも腐れ縁のように続いている彼との長い交際の中で、どういうわけか、彼に似た容貌(眼は全然違う)と、彼にちょっと近い体型になってしまった。
わたしは、ようやく事情が呑み込めた。彼女に訊いた。「それだけ否定されて傷つけられるのに、なぜ彼とおつき合いを続けるんですか?」
「わたしはこんな病気だし、彼のようにわたしを思ってくれる人はもう現れないだろうから」と彼女はいった。正直、それまではわたしもそう思っていた。しかしそのとき、疑問が頭をもたげた。
「本当に彼はY子さん(わたしは彼女を名前で呼んでいる)のことをわかっているのかなあ? つき合いが長いからといって、理解し合えるとは限りませんよ。彼がY子さんのある面を気に入っていることは確かでしょうが、自分の好みからのみY子さんを見ていて、Y子さんを理解しようとは全然していないみたいに思えます。自分には彼しかいない、と決めけなくてもいいんじゃないでしょうか。はっきりいって、センスという点からすれば、お2人は全くちぐはぐな感じを受けますものね。Y子さんの創作姿勢は完成されたもので、それは誰にも侵せないものです。作品も高度なもので、童話などはずいぶんリラックスして、少し悪ふざけしてお書きになっていますが、文学的な素性の正しさは隠しようもありません。それがわからないおバカに縛られることはありませんよ。Y子さんには幸い、Y子さんに理解の深いご家族がいらっしゃる。彼から自由になってみては如何ですか?」と、わたしはいいたいことをいってしまった。
しかし、その言葉に思うところがあったのか、次に電話で話したとき、彼女は新緑の森を吹き抜ける風のような雰囲気を漂わせていた。
憑き物がとれたような雰囲気、とでもいえばいいだろうか。そして、新しいボーイフレンドができたという楽しい報告を受けた。彼女自ら招いた呪縛から、解放されたのかもしれない。まだHさんとの交際は続いているのかもしれないが、彼女の意識に変化があったことは間違いないだろう。
そのあと、彼女はもう一つの呪縛からも解放された。病院を替わったのだった。
彼女の長年の精神科の主治医が、Hさんに似たタイプの男性だということは知っていたが、彼女がかなり前から、ドクターを替えたいと思い詰めていたとは知らなかった。彼女はそのドクターとの関係が長いため、自分のことを何もかも知って貰えていると思い込んでいた。それで、ドクターを替える勇気が出なかったようだ。そのときも、わたしの言葉はたまたま、彼女に決断のヒントを与えたようだ。
「わたしも昨年、あっけにとられる経験をしましたが、長いおつき合いだからといって、そのドクターが自分のことをよくわかってくれているかというと、そうとは限らないと思います。患者にとってはただ一人の大事なドクターですが、ドクターにとっては大勢の中の一人ですから。ドクターだって、人間ですしね」
彼女は、主治医に病院を替わりたい旨伝え、ドクターはそのとき、冗談めかして「僕も、解放されて嬉しいよ」とおっしゃったとか。
病院を替わってしばらくの間、彼女は不安を覚えている様子だった。が、どうやら病院を替わったことは彼女にとって、今のところはプラスに作用しているようだ。
彼女は長年、睡眠薬の量を減らしてほしいと訴え続けてきたが、前のドクターにはその希望が受け入れられなかった。彼女は睡眠薬を多量に服用して自殺を図り、病院に容れられたことがあったが、ドクターに対するレジスタンスだったのかもしれない。
新しい主治医は、彼女の希望に副い、睡眠薬を減らしてくれたそうだ。体がずいぶん楽になったという。昨日彼女はわたしが電話したとき、買い物に出かけていて留守だった。帰宅した彼女から電話があり、おしゃべりのあと、電話を切る前に、「今から、夕食の準備?」と尋ねると、彼女は弾んだように「ええ、今から」と答えた。
いつも眠くてどろんとした意識だと病院を替わる前にいっていたが、その状態がかなり改善され、体が楽になり、苦痛だった料理も楽しく感じられるのだろう。
専門家ではないから、新しいドクターと前のドクターのどちらの判断が正しいのかはわからないが、自殺をするくらいなら、ドクターを替えてみるほうがまだましだと思う。あるいは今流行のセカンドオピニオンもいいだろう。九州ではまだまだ根付くのに時間がかかりそうだが……。
わたしは自分のこととして考えたから彼女にアドバイスができた。彼女を襲った二つの問題は、自分の問題でもあったからだ。同じというわけではないが、似た要素があるのだった。尤も、わたしにはまだ解決できていない。解決を急ぐつもりもない。甘い考えかもしれないが、問題そのものがいつの間にか自然消滅してくれればよいと思う。
ところで、『不思議な接着剤』に登場する錬金術師の娘は彼女がモデルだ。娘は魔女と疑われて、鍾乳洞に囚われの身となっている。
偶然の出来事にすぎないとはいえ、『接着剤』の続きを書くことを諦めかけたとき、彼女の自殺未遂が起きた。作品の取材旅行に出かけ、舞台のモデルとなる中世ヨーロッパについて調べ始めたら、彼女の病状は好転し、生活も快適なものになった。
自分の病気について彼女は、キリスト主義の学校で過ごしたことに原因があると分析している。別の人には同じ学校が逆に作用することもあるだろうから、何ともいえないが、彼女に合わなかったことは確かだろう。
当時、その学校はシスターの養成機関だったそうだ。必要でないから、笑うことはなかった。そこでは誰も笑わなかったそうだ。
わたしが昔カトリック教会のアメリカ人の神父さんと話していたとき、その神父さんが「シスターを育てる学校は非人間的な場所だ」と眉を顰めて批判したことがあって、変な気がしたものだが、彼女がいたのは、そんな傾向の学校だったのかもしれない。30年も昔のことだから、今はどうか知らないが……。
わたしはそもそも、中世のカトリック教会だの異端カタリ派だのについて調べるつもりはなかったのだ。それが、いつのまにか調べてしまっていた〔Notes:グノーシス・原始キリスト教・異端カタリ派参照〕。
わたしは錬金術師の娘を、冒険に出かけた現代の子供たちに救い出させようと漠然と考えていた。でも考えてみれば、救うには、娘を捕らえた側について作者のわたしが熟知していなければ、不可能なことだったのだ。
それはそうと、機が熟してきた。子供たちの冒険のときだ。
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