シネマ『ファッションが教えること』を観て
娘とわたしは、『プラダを着た悪魔』も観に行ったのだが、その『プラダ』でメリル・ストリープが魅力的に演じていた鬼編集長ミランダに興味を持った。
多分に戯画化されているだろうが、ミランダの独裁性は鋭い感性を基盤とするゆるぎない自信から出たものだろうと想像された。
『ファッションが教えること』は、ミランダのモデルとされた女性アナ・ウィンターを描いた映画ということで、娘もわたしも即、興味がわいた。観る前から、鋭い感性を極上の宝石のようにきらめかせる、嫌味、かつ崇高な女性を観に行こうと盛り上がったのだった。イブにうってつけの映画をチョイスしたつもりでいた。
映画が終わって室内が明るくなったとき、娘は変な顔をしてわたしを見た。わたしは警戒する顔つきになっていたと思う。なぜなら、娘は映画がつまらないと、わたしに当たる癖があるのだ。娘は映画にどう感想を持ったのだろうかと上映中から気になっていた。
感想を聞くまでもなく、娘の顔つきが、映画を気に入らなかったと主張していた。わたしも気に入らず、時間とお金を無駄にした気がして虚しかった。親子だからといって、こんなに感性が似ていいものだろうか。
『ファッションが教えること』は、1988年からの長きにわたって、アメリカ版『ヴォーグ』の編集長を務めているアナ・ウィンター及び編集スタッフを追った、気どりのない映画だった。それがアナの突っ張りであり、相棒グレイスの美意識なのだろう。
父親のコネで、ファッション誌に就職が決まったアナ。モデルだったが、交通事故のため、編集者への転身を余儀なくされたグレイス。2人の女性は、長年のコンビだ。
商業的処理能力と操作術に長けたアナ。アナの独裁性は、大衆に受けるかどうかという商売能力から出たもので、彼女は商業の神様の巫女、あるいは霊媒といってもよい。
芸術的な拘りを見せるグレイスが、即物的なアナに欠落した部分を幾通りもの柔らかな線で補い、ヴォーグに潤いと輝きをもたらしている。とはいえ……。
人間的には、アナにも、グレイスにも好感が持て、素人が想像するより遥かに素朴で地味で忍耐のいる編集作業というものが淡々と描かれており、感心した。だが、退屈だった。
同じ業界の人々には参考になる映画なのだろうが、一般人のわたしには、華やかなファッション誌の舞台裏を延々と見せられても、つまらないだけだった。お菓子が好きでも、お菓子工場の見学が面白いとは限らないというのと同じことだ。
何より、実話であるだけに、実際に出来上がった誌面や仕事内容まで克明に観察することができ、彼女たちの感性に触れてみると、案外、アナとグレイスという最強のコンビは、ごくありきたりの感性の持ち主なのではあるまいかという気がした。
過去に他者の手によって出来上がっていたものを、こっちから少し、あっちから少し寄せ集め、それを見てくれよく仕上げているだけのポテト的感性(といえば、ポテトに失礼か)。大衆レベルの感性であるだけに、大衆受けする雑誌を作り続けることができたともいえよう。
その弱味を、アナは自覚しているという気がする。そんなナイーヴな一瞬の表情を、わたしは見逃さなかったつもりだ。その自覚こそが彼女の強味となって、アメリカ版ヴォーグは商業主義路線を戦闘的に突っ走って来られたのだともいえる。
そして、あのチープで指標のないアナの感性こそ、アメリカを、日本を蔽い尽くし、今や世界を蔽い尽くしてしまおうとしている、ある戦後勢力の一断面であるとも見えてしまう。アナによるセレブの起用など、そのわかりやすい象徴だ。
わたしの解釈は間違っているのかもしれないが、少なくともアメリカ版ヴォーグが現在、動脈硬化を起こしていることは確かだと思う。世代交代の時期ではないのか?
「同じアナなら、デザイナーのアナ・スイの物語を映画にしてくれたらいいのにね」と娘と話した。娘は、先日買ったトラさんのネックレスをつけていた。
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