Notes:不思議な接着剤 #28/カタリ派(Cathares)について#2
Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。
#28
2009/11/21(Sat) カタリ派(Cathares)について#2
現代フランスを代表するアナール学派の中世史家ジャック・ル・ゴフによる『子どもたちに語るヨーロッパ史』(前田耕作監訳、川崎万理訳、ちくま学芸文庫、2009年)に興味がわき、購入した。
訳者あとがきに、
前半の「子どもたちに語るヨーロッパ」は、統一へと向かう流れを示すヨーロッパの歴史です。後半の「子どもたちに語る中世」は子どもの質問に答えるという形式で、中世を象徴する物ごとについて語っています。人びとの日常的な考え方や感覚という「心性(メンタリティ)の歴史に注目するアナール学派の特徴が、あますところなく発揮されています。
とあるように、後半で中世ヨーロッパが語られている。ざっと目を通したところでは、子ども向きのものにしては、彫りの深い容貌をした歴史書。
フランスの子どもたちに語られたものなので、もしかしたら、中世の南フランス(尤も、当時はまだフランスではなかったが)を舞台とするアルビジョア十字軍の派遣やカタリ派について触れられているかもしれないと思ったのだが、果たして触れられていた。以下はその部分の引用。
異端はヨーロッパ中にいたのですか。
そうですが、13世紀から14世紀のドイツ、フランス南部、北イタリアでとくに多かったのです。これらの地域ではたびたび異端として有罪判決が下され、火刑が頻発しました。最も有名なのは〈カタリ派〉で、みなさんも耳にしたことがあるでしょう。〈カタリ〉とは〈清浄なもの〉という意味です。カタリ派はフランス南西部のトゥールーズ地方、アルビなどに共同体をつくりました。彼らは自分たちだけが罪を免れており、〈不浄なもの〉である一般信徒の罪は教会では清められないと考えていました。教会はフランス南部の異端にたいし、13世紀はじめにアルビジョア十字軍を送りました(カタリ派のモンセギュール城は陥落し、城を防衛した者たちは火刑に処されましたが、城は残って有名になっています)。
日本でカタリ派のことを日常的な場面で耳にすることなど考えられないが、さすがにフランスでは大事件であったという認識があるのだろう。しかし、当世風の中世史家のコメントにして、このお粗末さなのだ。フランスの子どもたちは、カタリ派とは選民思想の人々であったと思ってしまうだろう。これではカタリ派も浮かばれまい。
カトリック教徒の殉教とカタリ派信者の殉教とでは、宗教が原因の一つとなった死であるにしても、この二つの死に様は性質が異なる。カタリ派には殉教によって天国というご褒美が与えられるというお約束事などはなかった。
だから、彼らは冷厳な現実を自覚し、彼らが真理と考えるものに対する想いゆえに殉じたのだ。尤も、カタリ派の完全者(聖職者)は殺してはならず、裁いてはならなかった。誓ってはならず、また嘘をついてはならなかった。それらは完全者が遵守すべき戒律なのだった。以下は、原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)からの抜粋。
嘘をつかず、誓わないでいるためには、常日ごろの言動に細心の注意を払わなければならない。完全者はつとめて慎重に言葉を選び、ステレオタイプな慣用語に頼ったり、「と思う」だとか「もし神が望めば」といった不確実さや制限・留保を加えながら話を進めたといわれる。そしていったん逮捕されると、なかなかのソフィストぶりを発揮し、うまく審問官をまどわすこともできるのであった。
〔略〕
ベルナール・ギーといえば映画にもなったウンベルト・エーコーの小説『薔薇の名前』に登場する高名な異端審問官であるが、その著書『審問官必携』は反対側にカタリ派信者にその誤りを認めされるには「あらゆる手段」と「きわめて巧妙にして経験豊富な人の奉仕」が必要だといいながらも、「彼らは見破られ、もう誤りを隠すことができなくなると、これを擁護し、主張し、審問官の前で公然と説いて聞かせる」のだと述べている。
信仰に粛々として殉じる姿よりも、こうしたカタリ派完全者の臨機応変さにこそ、わたしは魅力を覚える。知性と人間らしさのミックスされた馨しさを覚えるのだ。それはカタリ派の教義に対する興味深さにもつながる。
カタリ派完全者の禁欲生活は徹底していたという。性交・肉食は禁止されていた。また正統キリスト教徒を自任する彼らにとって、完全者になるということは、『主の祈り』を唱える資格が与えられるということであって、彼らは日常的にこれを唱える義務があった。ただ前掲の『異端カタリ派と転生』によると、『主の祈り』の中の「私たちの日々のパンを、きょうもお与えください」は「私たちの物質を超えたパンを、きょうもお与えください」という語に置き代えられていたというから面食らう。彼らの徹底ぶりを感じさせる。
殉教せざるをえなかったカタリ派にしてみれば、彼らが主張したように、悪魔がつくったこの世で、悪魔につくられた体ゆえに、悪魔が司る宗教に殺されたのだった。異教徒のわたしなどは彼らに、「あなたがたの主張は多かれ少なかれ当たっていたことを、あなたがたの裁かれかた、殺されかたが証明しましたね」といってやりたい。
いや、悪ふざけがすぎた。カタリ派の教義はこんな冗談にしてしまえるほど単純でも、程度の低いものでもなさそうので、わたしは調べものに時間をとられているわけなのだった。
彼らこそ中世に咲いた花だった、とわたしは感じ出した。わたしの作品に出てくる子どもたちは異郷のその地にタイムスリップして、花の香を嗅ぐだろう。
自分はカタリ派の生まれ変わりだといったガーダムは、誕生と死について以下のように語る。そこにはカタリ派の教義がグノーシス主義の影響を受けているとされる説を裏書するような哲学体系が認められる。アーサー・ガーダム著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)からの抜粋。
われわれは中心の焦点から、アイオーン[至高存在より流れ出し、宇宙運行の様々な機能を果たしていると考えられる力・存在]のように放射された。人間の魂の地上への落下という宇宙的な大災厄は、われわれ個人の出生にこだましている。私は[宇宙の]闇の中を通って落下する夢の中で、そのことを感じた。光は私を追って、もはや一つの星も見えなくなるまで背後につき従った。人間の地上への落下[誕生]は、物理的過程における再反響である。物質はアイオーンが遅鈍化し、凝結して、いわゆる無生命にまで不活性化したものである。その降下が原初の落下であれ、個々人の出生であれ、われわれは死後再び宇宙を上昇する。肉体による幽閉から解放されたとき、われわれは霊の誘引力に対してもっと敏感になる。それはわれわれを引き戻し、七つの世界と七つの意識レベルを経過して、ついにはわれわれを、われわれ自身のちっぽけな写し絵として観念された人格化された神にではなく、とてつもなく広大な一つの静寂の中に合流させる。何故なら、それこそがわれわれ自身の神性の拡大された究極の姿だからである。われわれは感覚のレベルよりも高い意識のレベルで、その真の安らぎを得る。
私は死後に、合理主義の霧から逃れようとする多くの人々を惹きつける、ガーデン・パーティーの永遠の楽園は期待しない。次の世界では、われわれはもっと身軽に生きられるようになるだろうが、なお[この世界との]接触は残っている。われわれはすぐには自分の過去の過ちによる責任や、愛着の記憶から解放されることはないだろう。進化は困難なプロセスであって、われわれはこの世界から一足飛びに、好天のつねならぬ天福の恩寵に満たされた、いつ果てるとも知れない村の祝祭へと入り込むわけではない。死んでそうした段階を通り過ぎた人々は賢明で、その語るところは警告的である。彼らの語るところでは、次の段階ではわれわれにはなおも努力が必要とされている。
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