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2009年10月31日 (土)

歴史の闇を彷徨っている心地

 ここ数日、東漢(やまとのあや)氏(うじ)の伝説が気にかかり、いろいろと調べていた。

 記紀を読んでいると、時代的な事柄に錯綜が見られるので、真面目に読んでいると、頭が変になりそうだ。

 が、作り話で済ませようとすると、妙にリアルな記述が現われたりする。

 そして、いろいろと調べた結果、わたしの祖先の血の中に、ごく薄くとも、東漢氏の血が入っているとすれば(母方の祖母が、東漢氏中の大蔵氏の系であったようだ。大蔵氏の系図の中に祖母の旧姓と同じ姓が出ている。従姉から聴いた祖母の実家の話からしても、この系に間違いないと思う)、どう考えても、わたしは卑弥呼の国、邪馬台国の歴史を抹殺した側の人間に属するのではあるまいか。

 そうでなければ、祖母の血に……などといえるような、歴史の表舞台で東漢氏が活躍できたはずがないと思う。

 わたしは素人にすぎないので、記紀の読みかたがよくわからない。素人読みのあやふやな解釈にすぎないので、推理のあちこちで間違っているのかもしれないが、児童文学作品『不思議な接着剤』に戻る前に、歴史の闇の中でおぼろげに見えたような気がするものだけでも、できたら、今日明日中にでもノートしておきたいと思う。でないと、児童文学に戻れない。

 歴史の闇といえば、『接着剤』の子供たちを送り込むことになる中世ヨーロッパの闇がまた凄い。

 真面目に歴史の勉強をしていると、本当に気が変になりそうだ。つい、人類の歴史は真っ当な道を歩んできたと思ってしまうが、疑いたくなる。

 人類の歴史とは、こよなく美しい、真に価値のあるものが、抹殺されてきた歴史だといってもいいくらいではなかろうか。まさに、中世南フランスの地、ラングドックで抹殺されたキリスト教のひじょうに知的な一派、異端カタリ派が考えたように、この世は悪魔の創造物と思いたくなってくる(カタリ派はこの世に囚われない霊の輝かしさを謳った)。

 いや、短絡思考はよくない。つまり、この世で起きることは、そして人類の歴史は、玉石混交ということだろう。などと、わかりきったことをいって、自分を安心させようとしている。

 とにかく、ノートをとっておこう。そして、なるべく早いうちに、児童文学に戻ろう。 

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