シリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』(第141回芥川賞候補作)をざっと読んで
一昨日、ジュンク堂に行ったときに、イラン人女性が日本語で書いたというので話題になったシリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』(文藝春秋)が目に入ったので、立ち読みした。
『白い紙』は第108回文學界新人賞を受賞。2009年7月、第141回芥川賞候補となっている。
立ち読みした程度なので、これは自分のためにメモしておくにすぎない雑感。
イラン人女性が書いたという先入観から、作品にエキゾチックな視点を想像していたわたしは、最近の文芸雑誌でよく見かけるような女性作家の作品と見分けがつかなかった。これはよほど編集者の手が入っているか、糞真面目に最近のわが国の文芸雑誌を勉強しすぎたかのどちらかだろう、と思ってしまった。
イラン・イラク戦争下の市井を舞台に、若い男女の恋愛と別れを淡々と描いたスケッチ風の作品で、美しく仕上げられた作文という感じ。そこに描かれている以上のものは何もないだろう、と思わされる。
あくまで素直に書かれていて、一般人(一般企業に勤めるシステムエンジニアだそうだ)が仕事の片手間に書いた習作といった印象。
イラン人女性が日本語で書いたと思えば、凄いなあ、わが国の読者にも違和感のない作品が書けて――と感心するが、では逆に、これが彼女の母国語で書かれて邦訳されたら、と考えてみると、そんな手間をかけるにはいささか頼りない作品では、と感じられてしまう。オルハン・パムクと比べるわけではないが。
イラン人女性といえば、夏頃に、『子供の情景』という映画を見た。監督ハナ・マフマルバフは、イランの映画一家に育った女性で、映画制作当時は19歳だったという。
アフガニスタン中部のバーミヤン――タリバンによる大仏破壊が行われた周辺――を舞台とし、バクタイという6歳の女の子の視点で長い長い昼間を描き尽くしたスケッチ風の作品だった。
描写力はすばらしかったものの、制作者側の教養、思索力といった点で不足を感じさせる作品で、中途半端な印象を受けたのだが、それも監督の年齢の若さを思えば納得できた。しかしシリン・ネザマフィは『白い紙』を書いたとき、そんなに若くはなかった。成熟、研鑽された視点を感じさせてもいいと思うのだ。水面下に、もう少し重厚なものがほしい。
何語で何人によって書かれようと、文学的に評価できるかどうかは、内容があるかどうかにかかっているのだから。
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