同人雑誌の中の作品に感涙……
昨日、同人雑誌が届いた。休刊になる直前の号にふさわしい、充実した内容のものだと思う。
何といっても、『雲の影』がすばらしかった。老齢となった恩師との交わりを丁寧に描いた作品で、美しいとしかいいようのない作品……。
恩師は、『私』が医学生だったときの外科学の先生で、その関係の域を出なかったが、『私』は先生を憧憬し、敬慕していた。
まるでそのときの思いが叶うかのように、恩師の退官後十年を経て、親しく交わる機会が訪れる。先生の人柄や趣味、家庭的な事情なども知るようになる。恩師との交際におけるエピソードが、次々と空を流れる雲のような筆致で書き連ねられていく。師弟を包む情景のため息の出るような美しさ。
この作品の美しさとしっかりとした技法が古びることは決してないだろう。なぜ、Kさんは地方文士、地方名士の待遇に甘んじなければならないのだろう? なぜ、この人がわが国で著名な作家ではないのだろうか? 改めて考え込んでしまった。
そうした辺りを探りたかったからこそ、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を書き、掲載していただいたわけだが、活字になってみると、このわたしの作品ではやっつけ仕事の粗が目立つ。
過去記事でも書いたように、この作品を300枚の評論に脱皮させる計画があり、それには時間がかかるだろうから、満足のいくものではないが、とりあえず同人雑誌に載せていただいたこれを、当ブログ及びホームページで公開したいと思っている。
合評会・親睦会には、体調のこともあり、行かないつもりだったが、Kさんの作品を読んで、行きたくなってしまった。明日までに出欠の葉書を投函しなくてはならない。体調のことを考えると、不安。困った。
よい作品には無条件に、それが磁石であるかのように、引きつけられてしまう。前にもKさんの『耳納連山』(53号)に引きつけられたのだった。
それに、Kさんは、休刊に寄せた一文の中で、「休刊を期に、きっぱり文学をやめることを、私は決心した」なんてことを書いていらっしゃる。そんな馬鹿な……。
唯一、これまでのKさんの作品を読み、わたしが物足りなさを覚えたものがあったとしたら、登場人物の平板さだった。その人物ならではのものを感じさせるまでには意図的にか、無意識的にか描きこまれていなかった。
『耳納連山』では、一番の登場人物である妻が、あたかも自然の中に溶け込んだかのような濃密な存在感を醸していたが、この妻や他の登場人物の個々の人物描写という点では、従来の作品同様描きこまれていなかった。
合評会で、わたしはそんなことをいったようないわなかったような気がする。でも、お手紙では確かに書いたと思う。
それが、この『雲の影』では、魂を宿しているかのような自然を背景に、人が人として成立する条件的なものが、物心両面から細かく描かれていて、奥深い個性を形づくることに成功している。『私』の恩師はとても魅力的に描かれているが、それはKさんの精進の賜物だと思う。
この作品を読み、真の意味で戦前と戦後をつなぐ架け橋となれるのが、Kさんではないかとわたしは感じた。
世の評価が遅れることはよくあることだ。命ある限り、投げないでほしい。呼吸器科の医師として患者を生かすことに尽力してきたように、文学でもそうあってほしい。
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