黄色の旗指物
初めて『魏志倭人伝』を読んだときに、その短いリポートの中で強い印象を受けた箇所は何箇所もあるが、その一つが、正始6年(245年)、魏帝より、詔書と黄幢(黄色の旗指物)が倭国にもたらされようとして帯方郡までは届いていたのに、帯方郡に起きた戦闘のために倭国までは届かず、正始8年になって、倭国と狗奴国との間の戦闘が激したさなか、ようやく、それが倭国にもたらされたという記述だった。その際には両国が和解するようにという檄文も下されている。
わたしは、戦いの中で風に翻る鮮やかな黄色い旗指物を想像した。
その後、宇佐八幡宮に興味を持ち出したときに、八幡という言葉が引っかかった。何かしら、思い出せないものがある感じだったが、それが何だったかわからなかった。
それが今頃になって思い出せたのだ。そう、宇佐八幡宮の八幡はあの黄色の旗指物を連想させるのだった。
以下は、以前宇佐神宮からもらってきた『宇佐神宮由緒記』からの引用である。
◎八幡大神の神威
また、八幡(やはた)とは天降った八つの幡(はた)を祭つたという。これは、のぼり、旗(はた)、また幣帛、織物をもいうので、武神とか工芸神の神徳もあらわれたのである。〔略〕
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