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2008年11月14日 (金)

息子の励まし、近所の人との会話

 昨日、大学の研究室から、ちょっとした用事で息子が電話をかけてきた。来週、息子は研究発表するそうで、その準備やポスター作りで忙しいという。

 忙しそうなわりには、もう少し話したそうだったので、同人誌の件で迷っている話をした。誘っていただいた協会のことをいうと、電話をしながらパソコンでホームページにアクセスしてみたらしい。

 いろいろと話したあとで、「入ったら?」と息子。わたしも、無気力のままではいけないと思っているが、何しろ対外的な創作活動という面で甚だ無気力になっていて、迷っている。

「へえ、文学賞もあるじゃない。12月末締切とあるよ。出したら?」と息子。
「出したってとれっこないわよ。そういうのがあれば、書く励みにはなるかもしれないけれど。どちらにしても、今年は、今からじゃ間に合わないな」とわたし。

 昔から、わたしの周囲にいる人間で、創作を応援してくれるのは、息子ひとりだけだ。夫はむしろ邪魔をするほうだし、娘はわたしの創作活動を見守ってくれている風ではあるが、距離を置いている。一編書き上げるたびに寝込んだり落ち込んだりするので、その辺りにも、応援するには複雑なところがあるのかもしれない。

 息子はわたしが寝込もうが落ち込もうが、書いていないわたしよりは書いているわたしのほうが、わたしらしくていいそうだ。例の死者と生者が登場する舞台劇風の幻想的作品についても既に話してあるのだが、再びその話になった。

 神秘主義的な話をごくさりげなくできるのも、息子とだけだ。その作品を書くにあたって、いくつか引っかかる点を挙げて、息子の意見を訊いてみた。そうした問題点が、作品への取りかかりを遅くしているともいえる。

 息子の客観的な意見は、参考になった。さらに息子は、「書いてみたら?」とすすめてくれる。そうねえ、書いてみようかな……。

 話題は変わるが、つい先ほど、マンションの同じ階の女性が用事で来た。団塊の世代で、南田洋子にちょっと似ている。彼女は近頃、わたしの健康を過剰に気遣う。

 わたしの入院中、姿が見えないので娘に訊き、入院していると知って驚いたそうだ。娘にときどき経過を尋ねていたという。……と聞かされるのは、3回目だろうか。

 彼女は忙しい人なので、たまに立ち話をする程度だが、心臓疾患で通院していることは話したことがあった。入院の件も変に深読みされるよりは、と思い、良性腫瘍をとっただけであることを、退院後に会ったときにすぐに話した。

「ごめんなさいね、寝てたんじゃない?」と彼女。いいえ、とわたし。この記事を書いていた。

「ずいぶん、顔色がよくなったわよ。それでも、白いけれど」と、わたしの顔をじっと見つめながら彼女。そうかな、元々顔色は悪くないと思うけれど、とわたしは思う。

「だいぶん、いい?」と神妙な顔で、彼女。ああ、禿ね。と思いながら、「いいですよ」とわたし。「また入院するの?」と彼女。

 わたしはびっくりして、「その予定はありませんよ~。念のために、経過観察はして貰っていますが」といった。

 ひとりになってから、考え込んでしまった。会うたびに、窺うような顔つきで、わたしに微妙な視線を送ってくる彼女。良性腫瘍をとっただけだといったのに、もしかしたら彼女、信じていないのでは。癌と思っているのではないかと思った。憂鬱になってしまった。 

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