ガブリエラ・ミストラルの詩『病院』をご紹介
わたしは入院中(※当ブログの左サイドバーにあるカテゴリー〔入院〕をご参照ください)、創作どころかろくに読書もしませんでした。深刻な入院ではなく、短期間の検査入院にすぎなかったとはいえ、入院中には死んだ人があったり、重病者を見たりもしたにも拘らず、それが作品につながりはしませんでした。
チリの国民的詩人ガブリエラ・ミストラルはさすがです。
入院体験がもとになっていると想像される『病院』という悲痛な、引き締まった詩を書いています。田村さと子編・訳「ガブリエラ・ミストラル詩集」(小沢書店、1993年)から、以下にご紹介したいと思います。
訳註に、この『病院』は「ラガール」という詩集の中の〈戦争〉という章に収められていた、とあります。
病院
その白さがくらくらさせる
強風が入りこんでこないように造られた
漆喰の壁のかげで、
わたしが触れたことのない熱があらだっている、
喪くした両腕が血を滴らせながら ぶらさがっている、
船乗りの目がみつめている、不安げに。ベッドで人びとは耐えている、
内張りの下の 多くの白い金属的な声を、
ひとりひとりがわたしと同じことを
つぶやいている、苛立ち、すすり泣きながら。ある男が死ぬ 生皮を剥ぐほどの
訴えを秘めたまま、
ひと晩中、顔をむかいあわせて
わたしは耳を傾けていた。わたしの気づかないものがおちてゆく、
わたしの苦悶の水にむかって、
わたしが支えきれない いくつもの背が、取りあげきれない 嬰児たちの群れが倒れおちてゆく、
そして やってくるのだ わたしの判別できない
絞り器で圧搾された いくつもの肉体が。わたしたちはいっしょにいる ひと叢の草のように、
ポプラの木々のように 耳をすませて、
けれども 隔たっている ガイアとシリウスよりも、
紅の雉とみすぼらしい沼狸よりも。
なぜなら わたしにもかれらにも
鎧に身を固めて、
両腕を差し伸べさせない、
焦がれるほどの愛をも拒んでいる堅固な壁がある。白い着衣の看護夫は
非のうちどころなく、
わたしを幼な児のように見守っていてくれるけれど
負傷者たちを見舞うことも
傍にゆくことも許さないまま
なだらかな背を見せている。聾者は願っている ゆきくれたわたしたちみんなが
共に わたしたちだけで生きることを、
わかりあって 模索しながら、
白くて丸い迷宮の中で、
今日も昨日と同じい酔いどれの
繰り言と変わることなく、
夜のもうひとつの歌から
いくつもの不安げな頸がのぼり、
また 奇跡をおこす者と気のふれた子供が、
わたしを錯乱した女と呼んだとしても。『ガブリエラ・ミストラル詩集―双書・20世紀の詩人8』(田村さと子編訳、小沢書店、1993年)
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