イングリット・フジコ・ヘミング2008ソロリサイタル~4月23日のメモより
この日、メモをとり始めてしばらくしてポールペンが書けなくなりました。
娘が隣の席からアイブローペンシルを差し出してくれ、それで書き続けましたが、残念なことには読めない箇所が続出。
また、持病持ちのわたしは薬で予防していったにも拘らず、喘息の発作が出かけたため、それをこらえるのに死に物狂いとなり、メモをとるどころではなかった15分間がありました。
そんな不完全な、印象をとどめたにすぎないメモです。
今回のピアノはスタインウェイ。前回は優美な荒馬ベーゼンドルファーに手こずらされていた感のあったフジコだったが、今宵の演奏はどうだろう?
今回、わたしの座る位置からはフジコの顔を拝める幸運はあっても、鍵盤を走る肉厚の指も、ペダルを踏み込む足も見えない。従って技術面の観察はあまり期待できない。〔※この点では、観察可能だったときのリサイタル・メモ、こちら及びこちらへ。〕
プログラム第一部
今回も、千代紙のような着物地の服をガウンのように羽織って、フジコ登場。袖に白いレースの飾り。白いブラウス。透明感のある素材の黒いパンツ。
スカルラッティ
高音部の美しさ。
フジコは今日はピアノを信頼しきって、のびのびと弾いている。アルベニツ「スペイン組曲」とショパン「エチュード 遺作」の間に、プログラムにはなかった「夜想曲」が挟まった。彼女が最高に乗っている証しと見てよい。夜想曲はしっとり落ち着いて、リラックスして弾いていた。
ショパン エチュード3番 ホ長調 別れの曲
このあとプログラムはまだまだ続く予定だが、この曲が今宵一番の出来栄えとなるのではないだろうか。〔※実際そうなった。わたしはこの日のフジコの演奏では、この曲が最もよかったと思う。〕
ショパンは改めて凄い人だと思わせる。祖国ポーランドとのとわの別れを描いたといわれる曲。その別れにまつわる物悲しさが何という華やかさで描かれていることか。運命のうねり、流転……そうしたものを謎めいて感じさせる箇所もある。
ショパンの凄さをフジコは伝えてくれる。彼女自身の技術、生きざまというフィルターを通して。
実は、凡庸なピアニストが弾くショパンほど退屈なものはない。実際、フジコの演奏でショパンを聴くまでは、わたしにとってのショパンは退屈さと切っても切れない作曲家だった。
ショパン エチュード第12番 ハ短調 革命
前回と同じくすばらしい。実によどみない。冴えている。〔※娘は今回はこれが最もよかったといった。わたしは革命はベーゼンドルファーならではのよさが出た前回がよかったと思ったが、とにかくよかったことに間違いはなかった。〕
プログラム第二部
フジコ、袖に祭太鼓を想わせる模様のある粋な黒い衣装を羽織って登場。背中は青い磁器を連想させる。〔※この衣装は、大正時代末期の幟旗だとあとで司会者による説明がなされた。〕
ベートーベン ピアノソナタ 第17番ニ短調 テンペスト
タッチの力強さ、なめらかさ。音の重なり合いかたの絶妙さ。ペダルの使いかたの絶妙さだろう。
演奏者の持つ雰囲気は演奏を支配する。内面の静けさ。フジコはひじょうに成熟したものを感じさせるが、大人が皆その雰囲気を持つとは限らない。むしろ、ほとんど持っていない。
苛々、ピリピリ、を感じさせた前回とは別人のような落ち着きかただ。
これまでにフジコのソロリサイタルを3回視聴したが、第1回目と今宵の第3回は甲乙つけがたい出来栄え。だが、ベーゼンドルファーと格闘気味だった第2回目も、ピアニストという仕事の過酷さを、また彼女の気迫やナイーヴさをまざまざと見せてくれたという点で、実に魅力的ではあった!
リスト 愛の夢 第3番 変イ長調
甘く物悲しく響く。
リスト 春の宵
リスト パガニーニ エチュード 6番
高音部のやわらかさ。指のタッチの慎重さだろう。
リスト ラ・カンパネラ
まるで、玉が転がるよう。
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