石井桃子さんの死
何ということだ、石井桃子さんが2日に101歳でお亡くなりになったという。
昨日の朝刊の記事を、その夜、仕事から帰宅した娘にいわれて、ようやく気づいた。
家にあった、石井桃子さんの翻訳による本をテーブルに並べてみた。
これらはわたしが大人になってから購入したもので、石井桃子さんの本の多くをわたしは学校の図書室で読んだような気がする。
わが国の児童文学の発展に、石井さんの影響が如何に大きいものであったか、想像以上のものであったようだ。
石井桃子というお名前はよく児童書に記されていて、子供心にも印象深かったが、岩波少年文庫の創刊、編集を手がけられたことは、訃報に関する記事の中で初めて知った。
石井さんご自身の作品『ノンちゃん雲に乗る』の内容を、わたしは覚えていない。挿絵は思い出せるのだが……。もう一度読んでみたいと思う。
わが国の児童文学にとって、石井桃子さんは守護聖人のようなかたではなかったか。ふくよかな訳は、出来立てのパンを手にするみたいだった。
お名前もいい。石井桃子というお名前から、異国の石畳、深い井戸、桃の豊潤な味わいが続けざまに連想され、それらとそのお仕事とがイメージの中で一体化するのだ。
数年前、わたしたち一家が台風被害に遭ったとき、本棚を置いていた借家の洋室の天井が破れ、多くの児童書がだめになった。
写真のファージョン作品集(岩波書店、1975年)も、開いてみると黴だらけになっていた。
児童書だけがこうもやられたことが何とも悔しく、悲しく、わたしは気が狂ったようになって、本の一冊、一冊を調べあげ、新聞紙を広げた上に、濡れそぼった本たちを並べて乾かした。
まるで、野戦病院のような光景だと思った。
ファージョン作品集は幸い助かったが、本を開くと、どうしてもとれなかった鮮やかな黴の色がところどころに残っている。カバーは全部捨てざるをえなかった。
特にわたしが好きなのは、『銀のシギ』。
この本を初めて読んだのがいつだったか、覚えていないが、物語の面白さ、美しさが大人になっても忘れられず、子供たちのために――と自身にいい訳をして――当時の苦しい家計の中から作品集を買い求めた。
主人公のポルが銀のシギに助けを求める場面は、次のように訳されている。
「いかないで、いかないで! あたしに道をおしえて。銀のシギ、あたしに道をおしえて!」
つぎの瞬間、鳥は流れ星のように降りてきた。
子供の頃に読んだときから、この場面が、自身の人生のつらい局面で、何度も脳裏に浮かんだ。
誰しも人生のつらい場面では、何かに助けを求めるだろう。そのとき、その求めるものの気高い、純美な、確かなイメージがある人は幸せだ。
そのようなイメージをもたらしてくれる文学作品は決して多くはなく、またそれをわかりやすい、格調高い訳で届けてくれる人も多くはない。
石井さんはお亡くなりになったが、本は残る。索莫とした今の日本社会に生きる子供たちが、石井さんの訳された本を読んでくれれば……と祈らずにはいられない。大人たちにも、読んでほしい。
ところで、前掲の『銀のシギ』に登場するシギだが、のちに、女性の姿をとってあらわれるところがある。夢のように美しいその場面を――勿論、石井桃子さんの訳で――以下に引用しておきたいと思う。
だれもが、最初は鳥だと思った。しかし、それが、月光のように軽やかにおりてきたところを見ると、それは、えも言われぬほど美しい女のひとだということがわかった。そのひとは、手に銀の小箱をもっていた。
そのひとのあまりの美しさに、ハルは、あやうくころびそうになりながら進み出、王座まで案内しようとした。けれども、そのひとは、ハルのそばをはなれ、まっすぐポルのところにただよってきた。ポルは、ただ驚いてそのひとを見つめた。そのひとが、見知らぬひとではなかったために、ポルの驚きは、いっそう大きかった。
ポルは、ひと目でそのひとがわかった。
「あたしのシギ」と、ポルはささやいた。
銀のシギは、(それが、女か、鳥か、だれにわかったろう!)銀色の小箱をポルの手のなかにおいた。
石井桃子さんに関する岩波書店ホームページの記事はこちら。
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