ひとりごと(体調はよくなる。飯田高原辺り。石井桃子『幻の朱い実』(岩波書店)を読み始める)
またニトロのテープをべたべた貼る生活に戻ったかと思うと、憂鬱だったが、昨日はまる1日貼らずに快適だった。
アイトロールのお蔭で、気温の上下とか外出疲れなどがなければ、テープがなくてもやっていけるかもしれない。
これも、調子が崩れるまでの凪にすぎないのかもしれないけれど、凪が挟まるからやっていけている。それにしても、快調なときとそうでないときの差が大きい。いずれにしても、体力はなさすぎるが。。。
博多で5月に女友達(かつての文芸部の先輩)と会う約束、一昨日まではとても無理だと思っていたが、行けるかもしれないという気にもなってきた。1泊すれば、何とかなるかもしれない。もう少し、様子を見て考えよう。
同人雑誌の合評会は、残念だったが、欠席に○をつけて葉書をポストに投函した。同じ県内とはいえ、東から西に横断しなければならず、交通の便もいいとはいえない。ただ、車だと、景色はすばらしい。
福岡県にいた頃は大分の高原が好きで、よくドライブに来ていたのに、ここに住み着いてからは街中をウロチョロするだけで、めったに出かけない。高原の景色は美しいというだけでなく、何か洒落た感じを受けて、本当に好きだった(勿論、今も好き)。
わたしは寒い時期の飯田高原辺りの景色が好きだ。尤も、寒い時期は雪のために通行止めになることも多々あるけれど。以前、賞で没になった『春』という小説に、西から東へ横断したときの高原の描写があるので、ご紹介したい。
車の中から右手に見える山々は冬枯れていた。
そこにはチョコレートの香りがしてくるような茶色を中心としてシックな茶系が出そろい、また、やわらかな黄色があった。
九重火山群の飯田高原へと続くあたりには岩山があり、岩石が点在していた。岩肌が見える小高い山の頂には、雪と靄があった。岩肌の濃い灰色と雪の白、そこに吐息のようにかかる靄のあわい色合いが、ノーブルな色彩美を演出していた。
そうした景色を堪能していると、左手の方にあまくひろがる別府湾の青が見えてきた。早くも、春の華やぎが波間にほんのり漂っていた。
ところで、このあいだお亡くなりになった石井桃子さんの『幻の朱い実』(岩波書店、1994年)を読んでいる。
上下巻の長いものだが、読み始めてふわりとなつかしさに包まれる心地がした。丹念な文章で、古きよき日本が薫ってくるような作品だ。
年上の女友達との交友を柱に、ふたりをとり巻く様々な人間模様が彫刻的な周到さで、それでいて全体の色合いは淡く、描かれている。
女友達は率直で情熱的で美しく、何か大正ロマンを絵に描いたような人物であるが、結核に冒されている。型破りともいえる行動力と己が過去を多く語らない性質ゆえに、ちょっと謎めいたところもある。
脇役と思える人物までもがあまりにも丁寧に描き尽くされているために、この女友達の魅力がのびのびと描出されているのでなければ、いささか単調に思えたかもしれない。
今後の展開が楽しみだ。真摯に執筆されていることが伝わってくる、祈りを織り込んだような作品なので、こちらとしても、居住まいを正して読まないわけにはいかない。
当ブログにおける関連記事:石井桃子さんの死
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