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2008年2月26日 (火)

リルケの詩『豹』をご紹介

 久しぶりにリルケが無性に読みたくなり、昔から愛読している本を開いて、あちらこちら拾い読みしていました。

 すると、これまで読まずに通り過ぎていたらしい『豹』という詩が両目に飛び込んできて、そうなると、読まずにはいられませんでした。

 何か不思議な感触の詩で、忘れられなくなってしまいそうな詩でした。

 当ブログで一部をご紹介したリルケの「薔薇」と題された一連の詩編や『マルテの手記』などの小説に魅せられ、リルケの作品は結構読んだつもりになっていましたが、まだまだ読み残しが多いことに気づかされました。

 彼の詩――小説もそうですが――には哲学的な深みがあって、こちらの準備が整っていないときにいくら読んでも、字面を追うだけで、さっぱり作品が入ってこない(作品に入って行けない)ことがあるのです。

 が、ひとたび彼の詩を物にできれば、一生の財産になるという気がします。いつまでも色褪せることなく、読めば読むほど深みを増す神秘的な作品……。

 ワインを口にしたかのように、リルケの詩が体内に響きわたって、わたしは酔っ払ってしまうことがあります。前掲の『薔薇』などは、読むたびに酔ってしまいます。

 ワインの貯蔵庫が本の中に場所を変えて存在しているようにしか、わたしには思えないほどです。しかも、リルケという銘柄のお酒には後味の悪さが全くありません。

 話が逸れてしまいましたが、『豹』という詩は有名な詩であるようです。この詩の訳者、冨士川英郎氏の註を以下にご紹介します。

※この「豹」という詩は、リルケのいわゆる「事物の詩」のうちでもその代表的な作品の一つとされているものである。だが、この詩によっても知られるように、「事物の詩」とは単に対象を客観的に、外側から描写した詩ではない。それは多くの場合、対象たる事物を内側から把握するとともに、その事物を通じて、「存在」そのものを歌う詩となっているのである。この「豹」という詩はその一つのよい例である。この詩では、孤独のなかに置かれた存在の姿といったものが、同時にそこで歌われていると言ってもいい。リルケの「新詩集」の多くの詩はこのような意味での象徴詩となっているのである。

 それでは、リルケの詩『豹』をご紹介します。

   

     パリ植物園にて

通り過ぎる格子のために、
疲れた豹の眼には もう何も見えない
彼には無数の格子があるようで
その背後に世界はないかと思われる

このうえなく小さい輪をえがいてまわる
豹のしなやかな 剛(かた)い足なみの 忍びゆく歩みは
そこに痺れて大きな意志が立っている
一つの中心を取り巻く力の舞踏のようだ

ただ 時おり瞳の帳が音もなく
あがると――そのとき影像は入って
四肢のはりつめた静けさを通り
心の中で消えてゆく

新潮世界文学32 リルケ』(新潮社、1971年) 

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個人的なメモ

 豹になったつもりで檻を見てみなければ、格子が通り過ぎるというような発想は出てこないだろうと思う。彼は豹の体験ですら、他人事とは思っていないかのよう。

 自分の身代わりとなって特殊な状況に耐えているその他者に、尊厳が付加されるのも自然なことだと思われる。

 詩は力強く、それでいてたおやかだ。事物を見る彼の視線がそうだからだろう。

 わたしたち人間は動物園に行って豹を見るとき、その豹がどんな状況下で捕獲され、どんな目的でそこへ連れられてきたかを想像することができる。世界における豹の位置づけができるわけだ。

 が、自分の位置づけとなると、リルケの豹にも似て、よくわからないといったところではないだろうか。

 理不尽なことに出くわすと、、わたしたちの目に映る世界、社会、他者、最終的には当の自分自身ですら無機的な通り過ぎる格子となって、ここはどこ、わたしは誰、と思ってしまわないだろうか。

 最後の4行はプラトンの『国家』に出てくる洞窟のくだりを連想させる。

 が、檻のなかをぐるぐる回り、ある瞬間に何か物の影を見る豹の姿は、謎めいて思えるほどの美しさで描かれている。 

 解説者はこの詩を象徴詩というが、確かにそうだろう。が、、一方、否、だからだろうか、リルケの豹の詩は、豹そのものを思い出させる。生々しいまでの造形美だ。豹のオーラ――精気――を感じさせるほどに。

当ブログにおける関連記事:薔薇に寄せて☆リルケの詩篇『薔薇』のご紹介

ウィキペディアでリルケについて知る:ライナー・マリア・リルケ

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