イングマール・ベルイマン監督作品を観る そのⅠ~『処女の泉』
BS2で深夜に、89歳で亡くなったイングマール・ベルイマン監督作品『夏の夜は三たび微笑む』『野いちご』『処女の泉』を観た。
ベルイマン監督は、スウェーデンの巨匠なのだそうだ。名前は知っていたが、あまり意識したことがなかった。ネットで調べたら、代表作として『ファニーとアレクサンドル』が挙げられていたのを見、ああこれも観た……と思った。
確か、借りてきたビデオとテレビで。途中で飽き、どちらも完全には観なかった。何かありそうで何もなさそうなところが、何とはなしにフランスの作家プルーストの作品を連想させた。
『夏の夜は三たび微笑む』は、何か奇妙な映画だと思って見続け、ベルイマン監督作品だと知った。
『野いちご』も、どんな結末なのだろうと結末を楽しみにしていたら、あってなきが如きの結末だった。これもベルイマン監督作品だとあとで知った。
『処女の泉』も、テレビをつけたときは既に始まっていた。
昔のどこの国の話か知らないが、人々の荒んだ暮らしぶりに圧倒されていると、北欧神話に出てくる名高いオーディンが、呪いを叶えてくれる邪神として扱われている場面があらわれ、衝撃を覚えた。
気高さ、克己心で知られるオーディンが邪神扱い――となると、映画で舞台となっている時代にはキリスト教国となっているような北欧圏の話だろうと思いながら、さらに見続けた。
少女が、3人の浮浪者にレイプされ、殴殺される場面で、戦慄を覚えた。この場面が、レイプされる少女の側ではなく、レイプする側に立って描かれていると感じたからだ。
邪推かもしれないが、この映画を撮った人物は、この場面を楽しみ、賞味しているとすら感じられた。
少女に嫉妬を覚えて呪いをかけた若い女が、一部始終を目撃していた。
少女を襲った3人は兄弟で、1人だけ、年が離れていて幼い。傍観していたにすぎないこのあどけない子供には、罪の自覚がある。むくろとなった少女の番をするように兄たちにいわれて、ひとり、とり残される子供。
寒さが募ってくる。おなかも空いてくる。少女が彼らにくれたパンがあり、それを子供は食べかけるが、受け容れがたい現実を感じている風で、吐く。この場面を撮る側の目は突き放した冷たさに徹している。
わたしはそれをも、撮る人間の芸術家としての徹底ぶりではなく、本性だと感じてしまった。それで、わたしも、子供と同じように怯え始めた。
3人は、知らずして、少女の家に一夜の宿を求める。キリスト教徒の祈りと食事。子供は怯え、また吐く。明らかに心因性の嘔吐だ。兄弟だけになったときに、兄たちに脅されたり、殴られたりする子供。
被害者の両親は、3人の旅人が犯罪者であることに気づく。両親は、子供には憐憫を覚えている。だが、怒り狂った父親は、周到に準備し、何やら儀式めいたことをしたあとで、彼らを皆殺しにする。子供の浮浪者が死んだことで、母親の悲しみは倍になる。
強い自責の念に駆られる父親。少女に呪いをかけたと告白した女が、むくろとなった少女の場所へと家の者たちを導く。
沈黙を続ける神に問いかけ、赦しを乞う父親。教会を建てることを、神に誓う。少女のむくろを父親が抱き上げると、そこから泉が湧き出た。
ベルイマンは牧師の家に生まれながら、キリスト教に疑問を抱き続けたということだが、この映画はどんな意図で制作されたのだろうか。
荒れ狂う現実世界の無情さと、とってつけたような奇蹟の出現。これでもか、これでもか、と残酷さを見せつけられたあとで生じるこの奇蹟は、わたしには途方もなく怖いものに感じられる。
この世の救いがたさが、奇蹟の出現のために一層救いがたいものに感じられてしまう。ロシア正教徒であるドストエフスキーが小説で描いたような疑問が生じるところだ。
ただ、わたしはキリスト教徒ではないので、別にドストエフスキーを真似て悩む必要などなく、キリスト教の説く世界観、一切切合財を一笑に付してしまえばいいだけの話なのだが、牧師の家に生まれたベルイマンはどうだったのだろう?
キリスト教といっても、勿論諸派あって、ベルイマンの生まれたスウェーデンは――児童文学作家リンドグレーンについて調べていて、『はるかな国の兄弟』などに描かれた彼女の世界観に異様なところがある気がして調べたのだが――ルター派が国教ということだ。
宗教の側さえよければ、一応好みの宗教を自由気ままに選べることになっている現代日本人であるわたしには想像もつかないのだが、国教の下に生まれ、育つということはどんな感覚を伴うものなのだろう?
そういえば、霊能力者として著名なスヴェーデンボリは、スウェーデン人だった。著作としては、霊界探訪記である『霊界日記』が有名で、邦訳もされている。
『ニルスのふしぎな旅』の著者である、ノーベル賞作家ラーゲンレーヴもスウェーデン人で、キリスト教の寓話的作品でも知られるが、彼女には非常に神秘主義的な作風の『幻の馬車』(石丸静雄訳、角川文庫、昭和34年)がある。
こういった著作は国教の側からすれば、当然、国教を逸脱した作品ということになるはずで、事実スウェーデンボリの諸著は当時国教によって断罪され、彼はスウェーデンを去ったという。
キリスト教については断片的な知識しかないので、ずれた感覚なのかもしれないが、『処女の泉』は、わたしには「新約聖書」的というよりは「旧約聖書」的に想えた。義の人ヨブが度重なるサタンの試しに遭い、遂に呪いの声を上げる『ヨブ記』などを連想させられる。
神やサタンが完全な脇役に思えるほど、ヨブの苦悩は真っ当で、彼の一途な疑問の声は人間臭いがゆえに荘厳なのだが、一見、そのヨブに似た人間として描かれているかに見える父親の苦悩はどうだろうか。
彼は、呪った女を懲らしめず、自分も娘に嫉妬したことがあると打ち明けた妻の言葉を受け流す。復讐のときに、3人の浮浪者のうちの子供をも発作的な怒りに駆られて壁に投げつけて殺してしまうが、直後にそれを悔い歎くさまは立派だ。
そう、立派すぎるし、復讐のときには復讐の鬼に徹しすぎる。野卑な浮浪者の兄弟のうちの子供は如何にも無垢すぎるし、犯されて死んでいく少女は可愛いが平凡すぎる。頭も、いいとはいえないだろう。
呪いをかける女は、藁人形に杭を打ち込む日本の女ほどの凄味はなく、少女の母親も、娘を可愛がっているわりには、お供もつけずに遠方にお使いに出すなど、無用心すぎるのではあるまいか。
登場人物の全員がどこかしらステレオタイプ、操り人形的なのだ。
少女が死ぬ直前に、口から血を流し、乱れた髪の毛の中から加害者を見た瞬間はホラーのように怖ろしすぎたし、子供を壁に叩きつけようとして近づいた父親の顔も、怖ろしすぎた。この2つの場面で、わたしは撮る人間の趣味を感じないわけにはいかなかった。
うまく描かれていると思いながらも、登場人物の誰にも感情移入ができなかった。それは映画を撮る側の意識の質が、そうだからではないだろうか。
生々しい映像であるわりには、血が通っていないというか、どこかしら他人事、象徴的というより絵空事で、これは高尚さを装った悪趣味な作り物でしかないと思わせるところがある。
時間の経った少女のむくろが死後硬直も演出されず、柔らかいままだったところが生々しいというよりは生臭く、そのむくろの下から、まるで、教会を建てるご褒美とでもいわんばかりに泉が湧くところなどは本当に気持ちが悪い。
そこのところで、わたしはあの壁に叩きつけられた子供のように吐き気がしてしまった。
わたしにはトラウマがあり、映画の中の少女のように殺されなかったのは、運がよかっただけだと思っている。運悪く殺された少女の話は浮かばれない話だが、奇蹟が起きることで、一層浮かばれなくなるような心境にさせられた映画だった。
新聞を見ると、ベルイマン監督の映画は7日も0時40分から予定されているようだ。
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