驢馬プラテーロに語りかけた、ヒメーネスの138編の散文詩の中から、『パン』をご紹介
スペインの詩人フワン・ラモン・ヒメーネス(1881-1958)の詩、『パン』をご紹介します。
ヒメーネスは、当ブログで既にご紹介したチリの女性詩人ガブリエラ・ミストラル、同じスペインの詩人・劇作家ガルシア・ロルカと同時代の人です。
ミストラルのノーベル文学賞受賞は1945年、ヒメーネスは56年ですが、ヒメーネスのほうが詩人としての地位の確立は早かったようです。
ここでミストラル側の視点からひとつのエピソードをご紹介しますと、ヒメーネスら、スペインの文学者たちはミストラルをあたたかく迎えたようですが、のちにウナムノ(哲学者)、ヒメーネスらとのインディオに関する見解の違いから、軋轢が生じるということがあったようです〔※芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』(1989年、JICC出版局)を参照〕。
ミストラルは詩人であるばかりではなく、領事でもありましたから、その立場での鋭い物の見方もあったに違いありません。
こうした軋轢が生じることもあったほど、この時代、スペイン、ラテンアメリカにおける詩人たちの間では交流があり、影響し合っていたということでしょう。
どうぞ、これからご紹介するヒメーネスのパンの詩を、ミストラルのパンの詩と読み比べてみてください。ちなみにミストラルのパンと一緒に、フランスの詩人ランボーのパンもご紹介しています。
ヒメーネスの『パン』は、「プラテーロとわたし」(1917年)に収められた一編です。プラテーロというのは驢馬です。
訳者長南実氏の解説によると、この「プラテーロとわたし」に収められた散文詩の大部分は、父親の急死後に神経症を発症して療養に入ったヒメーネスが、健康を回復するまでの間に書いた作品だということです。
38 パン
ねえ、プラテーロ、モゲールの町の魂はぶどう酒だ。といつかきみに言ったことがあるね。でも、それはちがう。モゲールの町の魂はパンなのだよ。モゲールはひとかたまりの小麦のパンに似ている。町の内側はパンの中味のように真っ白で、外側はふっくらしたパンの皮のように金色だ――おお、褐色にもえる太陽よ――!
真昼どき、太陽が燃えさかるとき、町全体が煙を出し、松の木と、ほかほかしたパンのにおいが立ちはじめる。町じゅうが口を開ける。まるで巨大なパンを食べる巨大な口のようだ。パンはあらゆるものに入りこむ。オリーブ油にも、冷しスープ(ガスパーチョ)にも、チーズとぶどうにも、くちづけの味をつけるために。それからぶどう酒にも、煮汁(カルド)にも、ハムにも、パン自身にも、つまりパンとパンでも。また、一縷の望みのようにただパンだけのパンやら、なにか幻想をいだいているパンやらも……
パン屋たちは馬をいそがせてやってくる。ドアが半開きの戸口に一軒一軒立ちどまり、手をたたいて叫ぶ――「パン屋でござぁい!」…… むき出しの腕が高く持ちあげる籠の中で、食パン(クアンテローン)が菓子パン(ボーリヨ)にぶつかるときの、大型パン(オガーサ)が輪型パン(ロスカ)にぶつかるときの、やわらかな音がはっきり聞こえる……
すると間をおかずに貧しいこどもたちが、格子戸(カンセーラ)の鈴を鳴らしたり、戸口のノッカーをたたいたりして、家の中へむかって長ながと泣き声をたてるのだ――「パンをすこうし、おくれよう!」……
「プラテーロとわたし」(長南実訳、岩波文庫、2001年)
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