パール・バック著『神の火を制御せよ』(径書房)を読んで
娘がパール・バック著『神の火を制御せよ』(丸太浩監修、小林政子訳、径書房、2007年)を買った。
原爆開発に女性が加わっていたら、という想定のもとに書かれているが、この描きかただと、特に女性でなくても、人道主義的な男性でもよかった気がする。
スケールが大きく、かつ大味のパール・バックらしい、どちらかというと大衆小説的な描きかたではあるが、彼女らしい骨格がしっかりとした作品となっている。
この本では、軍事的に優位に立つための核開発――という政治的動機がつくり出した一連の流れが無駄のない筆致で描かれており、その先にごく自然なかたちで広島、長崎の悲劇がくる構成になっているところはさすがだ。
「原爆投下は、戦争終結を速めるためのものだった」などという、アメリカ側の謳い文句が、その流れの中では如何にそぐわないものであるかがわかる。
ただ、実験中に被爆する技師の描写などに関していえば、放射能汚染ということについて、当時、彼女はよく理解できていなかったようにも思える。今ほど資料も得られなかっただろうから、無理もないが――。
勿論被爆した技師は悲惨な様で死んでいくのだが、その事故に関しては彼ひとりが犠牲になってお仕舞いという感じで、そんなものではないだろうと思わざるをえない。
パールバックにこのような著書があるとは、全く知らなかった。現に、邦訳はこれが初めてらしい。パールバックはこのような原爆を疑問視する著書をものにしたにとどまらず、社会的な活動に結実させたのだそうだ。
出版後間もなく、英文原書はベストセラーになり、多くの欧州諸国で翻訳出版されたという。
原爆について何も知らずにこの著書を読んだ場合、健康的な反核意識が育まれるに違いない。が、反面、核の怖さ自体に関しては、何かアメリカのパニック映画に出てくる類の平板な恐怖感しか与ええないかもしれないという若干の危惧も残る。
内面的な突っ込みが不足しているのと、五感領域の描写が不足しているからだろう。それは仕方がないのかもしれないが。
子供の頃お世話になった家政婦のおばさんは、長崎への原爆投下後、汽車で運ばれてきた負傷者の看護に婦人会から行かされたという。
学校の講堂に寝かされた負傷者たちの傷がどんな風に崩れていくか、膿の臭いがどんなふうか、蛆がどんな涌きかたをするか、「水、水」と呻く声がどんなだったかを、嫌というほど聞かせてくれた。
当のおばさんは淡々と話すだけなのだが、話が長くなるとうわ言にも聴こえてきて、何しろリアルだった。お蔭で、人生が暗くなった気がするが、原爆というものの怖さを植えつけてくれた。
そういえば、新しく出た同人雑誌に、わたしより少し若い男性の同人が爆撃を題材にした戦争小説を書いている。
体験者に取材して書いた作品のようだ。ざっと読んだところでは、何ともいえない。映像的描写や雰囲気づくりなど、効果的すぎるところが、不自然さをつくり出している嫌いがないではない。
とはいえ、意欲作というべきだ。
ところで、これは余談だが、蛆は傷の修復に役立つ虫だそうで、治療用の蛆を糖尿病患者の壊疽に役立てる研究が進められていると前に新聞で読んだ。
※『神の火を制御せよ』の監修者、丸田浩氏から補足説明のメールをいただいた(こちら)。
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