芥川賞候補、川上未映子の詩『私はゴッホにゆうたりたい』を読む
残業を終えて23時近くに帰宅した書店勤務の娘が、「芥川賞と直木賞の候補が発表になったよね。芥川賞候補のほうは訳のわからない題名ばかりだけれど」といったので、芥川賞候補をネットで検索してみた。
円城塔「オブ・ザ・ベースボール」(文学界6月号)▽川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」(早稲田文学0号)▽柴崎友香「主題歌」(群像6月号)▽諏訪哲史「アサッテの人」(同)▽前田司郎「グレート生活アドベンチャー」(新潮5月号)▽松井雪子「アウラ アウラ」(文学界3月号)
確かに変な題名が並んでいると思ったが、奇を衒う傾向は今に始まったことではない。が、それにしても、「わたしく率イン歯ー、または世界」のイン歯ーというのは、どう読むのだろう?
わたしは「インハー」と読み、夫は「インシー」と読んだ。娘は長音の「ー」ではなくて、漢数字の一ではないか、などという。
さらに目は早稲田文学0号という掲載誌に釘づけになる。0号……。存在しない号ということになり、このイン歯ーは無効ではないのか?!
わが父はボケているといおうか、いかれているといおうか、相当におかしいのだが、日本の文学界もとうとうここまで来たか、どっこいだ――と思いながら、川上未映子で検索してみた。
大阪府出身、シンガーソングライターらしい。文筆歌手ともあった(文筆歌手?)。
そして何と、彼女にはココログの公式ブログ『純粋悲性批判』があることを知った。灯台もと暗しとはこのことだ。行ってみた。
読み始めたところ、いくらも読まないうちに脳味噌が溶けて流れ出しそうな錯覚を覚えた。読むのをやめたいばかりに、無理に町田康の女性版と定義づけようとした。
わたしは関西弁が苦手なのだ。音声として聴くのはいいのだが、文章になると、読みづらさが先に立ち、幻惑されたようになって、書き手が天才か馬鹿かのどちらかに思えてくる。
ブログの雰囲気からして、彼女はおそらく、その中間域に存在するに違いないのだが、手っ取り早く確認する手段はないものかと考える。
ふと、「最初にどうぞ」と彼女がすすめる『私はゴッホにゆうたりたい』というのが目に入った。
ゴッホはわたしの好きな画家だ。そのゴッホに彼女は何かいいたいらしい。何をいいたいのか興味が湧いたし、詩らしいから、まとまったものとして手っ取り早く読めそうだと思った。
一読。何かしら、感動を誘われるような、誤魔化されているような、危険なものを覚えた。関西弁が読み取りの邪魔をする。それで、標準語に翻訳してみた。1/3くらいでやめたが、お蔭で慣れたのか、読みやすくなり、詩の本質が明らかとなった。
同情的な語り口には、思わずほろりとさせられるものがあるのだが、よく読んでみると、ゴッホが矮小化されたような不快感を覚えずにはいられない。
今はな、あんたの絵をな、観にな、
世界中から人がいっぱい集まってな、ほんですんごいでっかいとこで
展覧会してな、みんながええええゆうてな、ほんでな、どっかの金持ちはな、
あんたの絵が欲しいってゆうて何十億円も出して、みんなで競ってな、なんかそんなことになってんねんで、
と、詩にはあるが、ゴッホの絵が馬鹿高いのは、いうまでもないことだが、投機の対象となっているからなのだ。ゴッホがそれを単純に喜ぶだろうか。わざわざこういいたくなるほど、分別臭い語り口とはそぐわない、幼い雰囲気を漂わせている箇所が、詩には随所に見受けられる。
私の知り合いの、男の職業絵描きの人とな、
随分前にあんたの話になってな、
私はあんたの生き様、芸術って言葉も使わんとくわな、
もう、それをするしかなかったっていうものと死ぬまで向き合ってな、そういう生き方を思うと、
それ以上に、なんていうの、ほんまなもんってないやろって思うわ、私は信頼するわって話をしたん、そしたらその絵描きな、未映ちゃんがそう思うのは全然いいけど、
あんな誰にも認められんで苦しくて貧しくて独りぼっちでゴッホが幸せやっと思うかってゆわれてん、
俺は絶対にいらんわってゆわれてん、ほんでそっからしばらくあんたの幸せについて考えてみてん、
幸せじゃなかったやろうなあ、お金なかったらおなかもすくし、惨めな気持ちに、なるもんなあ、
おなか減るのは辛いもんなあ、ずっとずっと人から誰にも相手にされんかったら、死んでしまいたくもなるやろうな、
いくら絵があっても、いくらあんたが強くても、しんどいことばっかりやったろうなあ、
ゴッホは、芸術論を語り、闘わせてやまなかった人だ。それは書簡からもわかる。ゴッホは、ひじょうに知的であった人だ。それなのに、作者は、芸術という言葉を使わないことを、ゴッホに対する思いやりか何かと勘違いしている風情がある。
また、作者は知り合いの画家とゴッホをしきりにあわれんでいるが、ゴッホの絵の理解者は身近にいた。弟で、これもよく知られていることだ。弟の妻はのちに、ゴッホの絵が世に広く知られるために多大な貢献をした。
詩からは、物事を自己流に解釈し、そのことに満足している平凡な感性、知性の持ち主しか見えてはこない。
こうした幼い芸術観の持ち主がどんな小説を書いたかは知らないが、それが芥川賞の候補にまでなる日本という国の甘さ、厭らしさは、もうどうしようもないところにまできているのではないかと想像せざるをえない。
世界の文学がこれと同じレベルにあるとは、ゆめゆめ思ってはいけない。嘘と思うのなら、昨年ノーベル文学賞に輝いたオルハン・パムク氏の『わたしの名は紅』〔→藤原書店ホームはこちら〕を読んでみるがよい。
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