「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第81回
もの稔る秋にお生まれになった女御子には、豊か、を表現してトヨと御命名がなされました。喪が明けてから、乳人(めのと)に抱かれて宮殿にお帰りになりました。
御子のお傍で、わたしは「トヨという御名は遥かな後世まで、この地に残りますわ……!」と叫び、乳人は驚いて、そしてわたしたちは顔を見合わせました。
「本当ですのよ」と、わたしは笑みこぼれるままに肯きました。
乳人は、この頓狂な女が守役なのであろうかと困惑した面持ちでしたが、わたしは輝き出る微笑を消すことなどできませんでした。
御子のかたちのきよらかなことは世に類がなく、襁褓(むつき)を当てた上からあけぼの色の衣(おお、あけぼの色の衣!)に包まれた御姿は、お小さいながらも、花のようで、玉のようで、あたかも和魂の栄光に華(かがや)きわたって見えるのでした。
わたしはお傍を離れて、涙に掻き暮れました。
また雅やかな御子のお傍に戻り、いつしかわたしは自分の息遣いもみどりごに似たものになりながら、無上の安らぎを覚える中で、『老子』の中の言葉を想起したりなどするのでした。〔続〕
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