「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第77回
不意に呪詛のような言葉が自分の口からほとばしり出たことに、我ながら驚きました。わたしはヤエミ様の死や神殿の様子を問いかけるはずだったのですから。
「お乳、もあげられずにみどりごを逝かせてしまった女の無念さが、無念さ――が、あなたがた殿方にわかろうはずもありませんわね? この世に別種のどんな男がいようと、いまいと、金輪際、わたしがあなたがた、男の性を信頼することはなくなりました。
女王様の盾になりたく存じます。そのために神殿に帰り、命に代えても、御子をお守りいたしますわ」
千々に乱れた前半の言葉ではなく、宣誓がかった後半の言葉こそ、わたしの霊が言わせた全き言葉でした。
まさかわたしの気に呑まれた訳ではなかったでしょうが、イサエガは黙したままでした。わたしの精神状態を測っているらしい彼の気配は感じとれました。
女王の国に入ったところで、イサエガは馬を休めました。
木立の中、駿馬の大きな瞳が見つめる前で、ふとイサエガがわたしの腰を抱きすくめたかと思うと、顎を鷲摑みにして唇を吸ったのです。
あ、と言って開いてしまったわたしの歯の間を掠め、侵入した彼の舌がぬらぬらと口腔を埋め尽くし――この男はいつだってわたしを殺そうと思えば殺せるのだという恐怖に、みどりごを亡くした無念さ、ヤエミ様の死――、そうした思いが砂塵のように舞い、わたしはほとんど窒息しそうになりました。
紙一重のところでイサエガはわたしを解放して、傍を離れました。
「みどりごを死なせてしまったのは、そなたの過失だ」血を吐くように言い放つと、濡れた馬の鼻面に指をあて、さらに染み徹るようにつぶやきました。「わたしが、それを望んだというのか……」
みどりごにとって、これ以上の供養の言葉があったでしょうか?
わたしはイサエガの真意を測りかね――しかし、そのまま訪れたかもしれない充溢の時は、やっては来ませんでした。
イサエガは再びわたしの傍へ来ると、「それにしても、そなたが女王の神殿に舞い戻って来るとは、願ってもない事であった。その方がわたしにとっても、都合がよいからな」と言い、冷厳な微笑を浮かべました。
その微笑こそ、純潔な薔薇色と奸悪の黒色とが溶け合ったイサエガ独特のものなのでした。〔続〕
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