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2006年12月18日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第75回

 あの時を最後として再度ヤエミ様にお眼にかかる希望は費えた訳ですけれども、昨夜の夢は実に神聖な感触の肌理(きめ)細かな夢、しかも雄大な夢でしたから、わたしは深刻になったり、夢見心地になったりして、夢の内容を反芻していたのでした。

 「名あるは万物の母」という『老子』の中の言葉が浮かんで、ヤエミ様こそ、前(さき)の世の、あるいは後の世のわたしの母に違いないと想われ、ヤエミ様こそ玄牝(げんぴん)なのだ、谷の女神なのだ、とばかりにわたしは高揚するのでした。

 そうなのです、わたしにとってヤエミ様は、万物を生み出す母なるものを連想させ、その象徴的な存在に想えていたのでした。

 その夢の中で、わたしは谷の精気のように清涼で、乳色の雲のようにやわらかな、大いなる胸に抱かれています。七色の大気に溶けゆく弓形の帯は、腕でもあり、虹でもあるのでした。

 そして、遥か頭上の華(かが)やかしい処から、銀色の漣(さざなみ)のようにヤエミ様の御声が響きわたって来ました。

――遠くへ、わたしは旅に出ます。

 翌日の朝未(ま)だき、訪問者がありました。その人物は戸口で叔父と言葉を交わしただけで、立ち去った気配でした。

 あの声は、と稲妻のような思いがわたしの脳裏を走り、慌てて身繕いを済ませて寝床を出ると、叔父が、

「今イサエガさんが密使として見えられた。トシゴリ家に女の御子がお生まれになったが、女君はお亡くなりになってしまったということだ。

 御子は、女王様の宗女として神殿でお育ちになる。マナ、おまえは行かなくちゃ。女王様の神殿にお帰り。

 お亡くなりになったおまえの大事なあのお方――ヤエミ様――が、今際のきわでおまえを守役(もりやく)にと」
 と告げました。

 瞬間、わたしの脳裏で胡桃が砕け散りました。

 ヤエミ様がお亡くなりになった、ですって? 御子を残して? ぐわーんぐわーんと頭の中で音がし、叔母の哭(こく)する声が鈍く聴こえてきました。〔

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