「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第72回
3日ほど寝込んだ叔母でしたが、今日は近所の奥さんたちと連れ立って、梨を採りに出かけています。
やがて、頬を上気させて帰宅した叔母は、「今度は妹も誘うわ。あの妹(こ)は生活に追われて疲れているんですよ。可哀想に……」と言いました。
その言葉を聞いて、わたしはすっかり嬉しくなってしまい、「そうよ、叔母さん。ちい叔母ちゃんとたまにはそういうことをなさるべきよ」と、相槌を打ちました。
叔母は微笑して、陽光に梨の色を透かし見るような仕草をしました。そしてふと、「もうすぐ、お月様のお祭りだわねえ」とつぶやいたかと思うと、またもやみじめな風情となってしまいました。
わたしはおやおやと閉口し、これは更年期に伴う不定愁訴かしら、と内心思ったりしました。そこで、知らぬ顔をしていたのですけれども、まあ何と、叔母が泣き出してしまったのです。気丈なはずの叔母に泣かれる時ほど困惑することは、めったにありません。
肩を震わせている叔母の後ろ姿におろおろと近寄ったわたしは、まるで子供がするように叔母に纏わりつきましたが、「どうしたの、叔母さん? まあ、嫌だわ。どうしたっていうの、叔母さん?」と尋ねるわたしの声は、母親めいたヴィブラートを帯びました。
「あの男が、夢で、あの男が、またあなたを、さらいに来たんです……」と、叔母は言いました。
わたしは叔母を掻き抱く腕(かいな)をゆるめました。イサエガが――?〔続〕
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