『本日の俳句鑑賞』再び:プロローグ
右サイドバーに設けた『本日の俳句鑑賞』で、杉田久女、川端茅舎、三橋鷹女、松本たかしの俳句をご紹介してきました。アクセス解析によると、削除してしまったこれらの俳句を求めて当サイトにお見えになるかたがかなりいらっしゃる模様です。
そこで、遅まきながら本日――2006年9月20日――の分からですが、再鑑賞できるようにこのコーナーをつくることにしました。
この4人の俳人たちの諸句は、わたしの日々の糧です。
杉田久女の凛然として優美な句。わたしが最も好きな俳人です。結婚生活を九州の小倉で送った彼女の句には、わたしも見たことのある場所が数々うたわれています。
田辺聖子著『花衣ぬぐやまつわる……』で久女の句を知って間もない頃に、たまたま友人と八幡を訪れました。そのとき、目前に圧迫するようにそそり立つ山を見て、あっと思いました。
「雪颪(おろ)す帆柱山(ほばしら)冥(くら)し官舎訪ふ」という久女の句がありありと思い浮かんだからでした。天気は悪くなかったにも拘らず、帆柱山は暗く見え、「官舎訪ふ」という切り返しが如何にもあざやかで、的を射た表現だとわかる目の前の景観なのでした。
凄艶な「風に落つ楊貴妃桜房のまゝ」も、甘美でありながら健やかな印象の「「甕たのし葡萄の美酒がわき澄める」「朱欒咲く五月となれば日の光り」も、高らかな「谺して山ほととぎすほしいまゝ」も、もう紹介してしまいましたが、まだすばらしい句は沢山あります。
脊椎カリエス――結核――を病んだ川端茅舎の句は、病者としての苦渋と祈りと、そして不思議なまでの若々しさ、みずみずしさを湛えています。童心を感じさせる句もいろいろとあって、彼の1句に童話を1編読むような心地に誘われることがままあります。
わたしには心臓病と喘息の持病がありますが、咳が止まらなかったとき、茅舎の「咳暑し茅舎小便また漏らす」とよまれた率直な句を思い出し、いたく共感を覚えたものでした。そうよね、咳がとまらないときは皆そんなものよね……と愉快なような、微苦笑するような気持ちにさせられたものでした。
現代のようには使い捨ての介護用オムツもなかったであろうあの時代、闘病生活は大変なものであっただろうと想像されます。そんな中にあって、正直に、大らかに、彫琢に徹して句をよみ続けた茅舎はまことに偉大で、ともすればみみっちく俗っぽく病みがちなわたしには、なくてはならない人なのです。
初めて茅舎を知ったのは大学時代、「ぜんまいののの字ばかりの寂光土」でした。そのときのインパクトには、大きなものがありました。
三橋鷹女の気概に満ちた句、ユーモラスな句、または生爪を剥がすような壮絶な句には、一度知れば、忘れようにも忘れられない独特の味わいがあります。
鷹女の句はひじょうに観念的といっていいと思いますが、観念もここまでくると堂々たるもので、一個の世界を鬱然と築き上げてしまうようです。鷹女にしかわからないその世界に入り込んだ彼女が、そこで見事な写生句を物にして、この浮世にその獲物たる句を放つといった風なのです。
すでに紹介済みの「老いながら椿となって踊りけり」「白露や死んでゆく日も帯締めて」といった典雅な句や危ない(?)「鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし」なども好きですが、なぜか「老嬢の近眼鏡に散るすはう」が忘れられません。
能に心惹かれるようになってから、松本たかしの句は一段と薫り高いものに「感じられるようになりました。「チチポポと鼓打たうよ花月夜」「めりがちの鼓締め打つ花の雨」「春愁や稽古鼓を仮枕」などは、宝生流の名家に生まれながら健康上の理由から能の道に進むことを断念したたかしの、能に対する尽きせぬ思いを感じさせるような句です。
そして、そんな彼の稟質は、「金魚大鱗夕焼の空の如きあり」のような絢爛豪華な句によりあらわれているような気がします。「渡り鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ」などにもどこか、能舞台でのシテを連想させる雅趣があります。
一方では、童心というよりは愛くるしいような句や、雄渾な句、また温泉地での女性客を絵画さながらに描いた艶冶な句もあります。お楽しみはこれからです。 →(俳句へ)
参考文献
『杉田久女全集』(立風書房、1989年)
『杉田久女と橋本多佳子』(牧羊社)
『花衣ぬぐやまつわる……(上)(下)』(集英社文庫、1990年)
『川端茅舎 松本たかし集 現代俳句の世界3』(朝日文庫、1985年)
『三橋鷹女全集』(立風書房、1989年)
『昭和俳句文学アルバム(27) 松本たかしの世界』(梅里書房 1989年)
『俳句歳時記 全五冊』(角川文庫、1955年)
※関連記事:茅舎忌に寄す
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