『返り咲いた薔薇』は序破急の破で野営中、パムク氏は348頁
このところ体調はいいのだけれど、雑用に忙殺され、創作も読書も大して進んでいない。が、どちらも時間がないだけで、順調な進行。
同人雑誌に提出する作品はもう小説に決めたので、あとはぎりぎりの28日まで、いやエクスパック500に原稿を入れてすぐ近くのポストに投函すれば同じ県内のことだ、29日の昼までは粘れる。
オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳)は、いよいよ面白くなってきた。
エニシテの遺体を病人が横たわっているように装わせて後見人とし、その前で結婚式を挙げたカラとシェキュレ。エニシテの死をいつまでも隠してはおけないので、カラは第一にそれを報せるべき人に報せに行く。
スルタン様はエニシテに注文された本のための資金の出し入れを勘定方長官に任せていたので、死の報せも先ずそこに報せるべきだった。
オスマン・トルコの支配者スルタンの王宮の描写には、心が躍る。映画化するなら、イタリアの巨匠クラスの監督でなければいけない。イタリアの巨匠といえば、今NHK衛星2で、76年に亡くなったルキーノ・ヴィスコンティ監督作品の特集をやっている。
パムク氏は、16世紀のトルコをまるで見てきたように描く。これ一作書くために、どれくらいの資料に当ったのだろうか。ただ、急に資料集めしたところで、これだけの作品は書けまい。
御前会議の広場に入るや否や、深い静けさがあたりを包んだ。胸がどきどきしているのが、額や首の血管からも感じられた。王宮に出入りする人々やエニシテからあれほど聞いていた所は、あたかも天国ような色とりどりの、この上なく、美しい庭園としてわたしの前にあった。
しかし、天国に入った人のようには幸せでなく、一種の恐怖、尊敬、畏敬の念を感じた。「この世の礎」であることがいまやよく理解できたスルタン様の、つまらぬ僕である自分を感じた。
緑の中を歩く孔雀、水しぶきを上げて音を立てる泉、鎖のついた金のコップ、絹の服を着てあたかも地面に触れていないかのように歩いている御前会議の布告官をうっとりと眺め、スルタン様に仕えることのできる歓喜を感じた。
エニシテの死を告げたときの勘定方長官の理解ある驚いた眼差しに、カラは洗いざらい話してしまう。エニシテと優美さんが殺されたこと、細密画師の部門で起こった競走意識と嫉妬心……。が、長官は疑わしげにカラを見た。それでカラはなおも話す。
しかしこういうことを言えば言うほど、皆さんも感じられるように、長官がわたしを疑ったのを感じてあわてた。神様! 正義がおこなわれますように、それ以外は望みません。
そしてカラは、エニシテがどのような本を作ろうとしていたかを話す。
「〔略〕予言者様の聖遷からちょうど一千年経った時、イスラム暦の一千年目に、ヴェネチア総督の目に、イスタンブルの強力な軍とイスラムの誇りとともに崇高なるオスマン家の力と富を見せて、畏れを抱かせるような本でした。
この世で最も価値のある、一番大事なものを語り描くはずだったのです、この本は。さらにまさに武勇伝に於けるようにスルタン様の肖像画を本の心臓部に置く予定でした。
さらに挿絵はヨーロッパの様式や手法を用いたもので、ヴェネチア総督に畏怖と親交の念を引き起こすはずでした。」
「それらは知っておる。崇高なるオスマン家の最も大事なものが犬や木なのか。」と絵を指し示しながら言った。
「亡くなったエニシテは、スルタン様の豊かさは富によってのみ表されるのではなくて、精神的な力、隠れた憂いによって表されると言っていました。」
エニシテが、優美さんを殺した犯人として、゛オリーブ″と゛コウノトリ″と゛蝶″をどんなに疑っていたかをもカラは話してしまう。犯人が誰なのか、まだわたしには見当がつかない。
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