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2006年10月 6日 (金)

映画『フライトプラン』で連想した〈消えた貴婦人〉の話

 夫が、ジュディ・フォスター主演の映画『フライトプラン』のDVDを借りてきた。デップ様の『パイレーツ・オブ・カリビアン』も借りてきて、今夜帰宅したらお店に返しに行くといっていたから、それまでに観なくては……! 

 『フライトプラン』は、例えば同じジュディ・フォスター主演のトマス・ハリスの小説を映画化した『羊たちの沈黙』などの構想のゆるぎのなさ、内容の重厚さに比べたら、構想、ストーリー展開の稚拙さは目を覆うばかりだった。

 それでジュディ・フォスターの熱演がすっかり空回りしてしまっているのだが、ジュディは容貌から年とったなあと感じさせるとはいえ、知性美は健在だし、目に宿る人間的なあたたかみは増していて、よかった。

 わたしは先にこの映画の話づくりに不満を述べたが、前半部は悪くないと思った。主人公の女性は娘と搭乗することになる飛行機の設計に携わったエンジニアで、夫が不審な死を遂げる。帰国の途につくべく娘と乗った飛行機で、娘が行方不明になり、機内を捜し回る主人公に対し、乗客も乗務員も皆がそんな子供は見なかったし、搭乗記録もないという。

 機長だけが同情的だった。が乗客の1人だが、もっともらしいことをいう保安官の話を真に受けて、惑乱する主人公につき合いきれないという思いを強めていく。やがて外部の情報から子供は夫と共に死んだことが判明し、主人公は気が触れた人間であるかのような扱いを受けることになる。

 この時点までは、もしかしたらこの映画は主人公の心理に添って描く手法を用いたもので、実際に彼女は夫と娘を一度に亡くした精神的な打撃から、おかしくなっているのではないかと思わせる。主人公は幻想の中で、死んでもうこの世にはいない娘と一緒に飛行機に搭乗したのではないかと疑わざるをえないストーリー展開となっているのだ。

 面白かったのは、ここまでだった。全てが、身代金目当ての男女により仕組まれたことで、その男とは保安官、女とはスチュワーデスであって、飛行機の設計に詳しいために活劇を可能にする主人公の職業は単にそれに利用されたにすぎなかった。終盤で、子供は主人公に助けられる。

 大掛かりなことを目論む犯人の動機は軽すぎるし、協力者も死体安置所の職員1人と貧弱なわりには犯人にとって物事がうまく進行し過ぎる。いや、うまく進行するというよりは、後半部、ほころびを露呈しながらも話は強引に進んでいくといった風だ。 

 前半部の重み、生々しさを後半部が支えきれていない。そして、着想だけが卓抜で、竜頭蛇尾に終る映画内容から、この着想が借り物であることを感じさせるのだ。

 もしこのような失踪事件が1889年5月のパリ万博のときを舞台とし、ホテルの1室で起きたことであればどうだろう? 1人の人間をいなかったことにしなければ、1都市に大打撃を与える可能性が大だったある事情があったのだとしたら?

 万博が開催されているパリに、インドから、イギリス人の母子がやってきた。どこのホテルも満員で、ようやく泊まれたホテルには1人部屋しか空いておらず、娘は上に母親は下に部屋をとった。勿論母子はフロントで宿帳に署名した。

 部屋に落ち着いてホッとする間もなく、母親が苦しみ出す。医師が呼ばれ、診察をするが、母子がどこからきたのかがわかると、医師は部屋の隅で支配人と何か相談し始めた。娘はフランス語がわからない。

 相談の結果か、娘は医師の家に薬をとりに行かされる。道中、馬車は馬鹿にのろのろと走り、医師の家でも長い時間待たされた。そして戻ると、母親の姿はなく、支配人もホテル専属という医師も、そんな女性は知らないという。

 宿帳からも母親のサインは消え失せて、そこには別人の名があり、母親がとったはずの部屋は内装も違い、別の泊り客が数日前から滞在していた。娘は1人でホテルに泊まったのだと支配人はいう。

 悪い夢か陰謀の虜になったのかと娘は当惑し、イギリス大使館、警察、新聞社へ助けを求める。が、皆が彼女の話に驚き、同情はするものの、信じてくれるものはいなかった。仕舞いには娘は気が狂って、本国に連れ戻され、精神病院に収容された。

 真相は、このようなことらしい。

 ペストの発源地として有名なインドからきた母親は、実はペストにかかっていた。万博のパリでペストの発生が知られれば、伝染の心配がなくなるまで、パリは麻痺状態に陥る。市にとって死活問題だった。

 とりあえず、医師と支配人は娘を外にやり、時間稼ぎをすることにした。その間に母親は死ぬ。市当局との相談の結果、彼らは、インドからきて娘と共にホテルに滞在していた貴婦人をいなかったことにしたのだった。

 ホテルの全従業員に箝口令をしいて、貴婦人の死体をよそへ移し、専門家を呼んで貴婦人がとった部屋の内装も変えさせた。

 ぞっとさせられる話だが、この話の出どころは不明で、はじめは口から口へと伝えられたらしいということだけがわかっている。実話かフィクションなのかもはっきりとしないという。この話をもとに、小説が書かれたりもしているらしい。

 『フライトプラン』がストーリー的にわざとらしく感じられるのに比べ、この話が面白いのは、母を思う娘の気持ちが生々しく伝わってくるだけでなく、パリ市のやむにやまれぬ事情も同時に生々しく伝わってくるからだと思う。

 万博という華やかな催しを遂行するために生まれた悲劇。根っからの悪人はいなくても、このような事件が起きてしまっても不思議ではない――と納得させられるものがあるから、面白いのだろう。

 この〈消えうせた貴婦人〉という話は、庄司浅水著『世界の神秘』(社会思想社、昭和49年)に収録されている。他にもいろいろと、戦慄させられるが面白い不思議な話が載っていて、わたしはたびたび再読している。

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