読書の秋にこちらを見ている本たち その二(レオン・サーメリアン『小説の技法』)
9月になってすぐに、お気に入りの紅茶――ワイルドストロベリーの入ったウェッジウッドのティーバッグ――を買い、今日、今秋初めての熱い紅茶を家で飲みました。
昨日までの数日間、体調が悪くて寝たり起きたりしていたのですが、今日は元気。ほんのり苺ジャムの香りのする紅茶は美味しい……。日本社会や自分の将来のことなど考えるとまた体調が悪くなりそうなので、少なくとも紅茶を飲むあいだは考えないことにしました。
優雅に紅茶を飲んでいると、写真に写っている、向かって右側の本棚からレオン・サーメリアン著『小説の技法』(西前孝監訳、旺史社、1989年)が、「作家の卵だぁ? どの辺がぁ? 作家の卵だなどと名乗るには50年早い。とにかく、勉強が足りんことだけは、はっきりしておる。芸術は長く、そちの貧弱な人生は短い。これも、はっきりしておる。さあ、ぐずぐずせんと、わしを開いた、開いた!」と大声でいって、わたしを凝視しました。
写真には写っていないカラーボックスから、『nonno お料理基本大百科』(集英社、1992年)が「ねーねーおばさん。近頃、料理の写真をブログにアップしたりなさっているようだけれど、ヘッタ糞でさ、とても見ちゃいられないわよ。あたしを熟読してから、そうなさればー?」といって、ほがらかに笑いました。
で、仕方なく、今日の午後は、自分のものとしているとはいえないこの2冊と共に過ごしました。
『小説の技法』を書いたレオン・サーメリアンは、これが書かれた時点で、作家であり、またカリフォルニア州立大学の創作コースにおいて作家志望の学生たちを指導する教師とあります。
この本は、わが国に蔓延している賞獲りレースのための対策としての創作指導などとは何の似たところもない、格調高い小説技法の研究書であり、懇切丁寧な創作の指南書です。
訳者あとがきには、次のように書かれています。
「本書においては、目次を一覧しても分るように、場面、要約、描写、三人称、一人称、プロット、人物・性格・意識の流れ・内的独白・文章(文体)などの諸問題が、その関連諸領域にも及んで、肌理細かく、かつ、親切に説かれている。
ポスト構造主義やメタフィクションを考える今日にあっても、なお、上の諸事項は、殊に作法・技法の観点から、等閑に付すことのできない問題を孕んでいるのである。
この意味で本書は、文学や小説に関心を持つ全ての学生・教師は勿論、作家を志望する少年・青年・主婦などにとって、有益な知識を提供するはずである」
的を射た案内文だと思います。
現代においては一方的に軽蔑されている感のある全知の方法についても、そうでない方法と同様にメリット、デメリットの双方が挙げられ、バランスのとれた見方がなされていて、ホッとさせられます。
というのも、わたしが最終的な目標としたいのが、バルザックの小説において最高度に生かされた、この全知の方法だからです。全知の方法について、小さき人間が「神の視点」で書こうとする、傲慢で、愚かしい、古い方法のような見なされかたをすることに、わたしは疑問を持ち続けてきました。
彼は、全知の方法のデメリットについて次のように考察しています。
「全知に制限を加えれば加えるほど劇的になっていく。全知は本質的に作家の介入を許し、それだけ散漫になる」
全知の方法を最上の方法と信じるわたしの小説が賞の最終選考でいつも落とされ、その理由として、まとまりがない、余分なものが多すぎる、あるいはときに単調とさえといわれるのは、単にわたしが未熟だからということだけが理由ではありません。全知の方法につきまとうデメリットを、既にわたしの小説が含んでいるからなのです。
全知の方法のメリットについて触れられた箇所を、長くなりますが、引用しておきましょう。
「限定三人称視点人物というのはヘンリー・ジェイムズが完成させた。彼にとっては全知は創作方法としては無責任なものだった。我々としては、しかし、このことを決定的な金科玉条とする必要はない。
全知にはそれなりの場というものがあり、これを最上の方法だと考える作家もいるくらいだ。
人物視点よりもずっと広々とした領域、人物の広々と豊かな局面を取り込むことができる。散漫になるにしてもそれは同時に多様性を与えることでもあるのだ。この方法は行動を、それを取り巻いている広い世界から締め出したりしないからである。
作家の介入は読者にとってうるさいと感じることもあるだろうが、また気晴らしを与えることもある。『トム・ジョーンズ』や『虚栄の市』ではそうだ。全知の方法は作家の側での並はずれた知識が要求されるものであって、知的また精神的に厳しい限界を持つ作家にはふさわしい方法ではない。
限定三人称視点の方法は、日和見主義者や傍観者を決め込む人間には都合がいいだろう。また商業主義に同調する作家にとって理想的な方法となろう。というのも、そういう作家は陳腐なものだけに身を任せていればいいからである。
トルストイの方法を見ればわかるように、囚われなく全知であるためには、作家として、否、人間として、偉大でなければならない。解説するとは責任を取ることなのである」
ところで、うちでは、本棚の置き場がうまく見つからず、仕方なくダイニング・キッチンとの境目がないリビングに置いているのですが、そこには写真のような本棚が5つと小さな本棚1つ、それに本棚として使っている背の低い3段のカラーボックスが7つ、砦のように取り巻いています。
リビングには家族全員の本があるのですが、他の部屋にも、本は行き場を求めて群れています。他県でアパート暮らしをしている息子も、本が溢れてきたといってきました。
毎月数冊ずつでも購入していけば、本というものは溜まるもので、置き場所の確保ということが課題となります。引越しの都度、処分できるものは処分するようにしてきたのですが、また溜まります。本の虫に共通した課題なのでしょうが、皆さん、どうなさっているのかしらと思います。
写真のような、本棚がL字を形成する一角に、マイクッションとハーボットのぬいぐるみがあり、わたしはそこによく横になっているのですが、震度2くらいでもマンションの上のほうは揺れ、本棚の上に積んだ文庫本が数冊落ちてきます。
もっと大きな地震だと、どっと本が襲いかかってくるでしょうね。愛する本に埋もれて死ぬのであれば、本望なのかもしれませんが……何とかしなくては……と、この2年思い続けています(24日)。
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