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2006年6月27日 (火)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第15回

 おとめらしい肉(しし)置きもげっそりと削げて、わたしは輿中(よちゅう)にありました。

 唇は干からび、舌はひび割れ、物もうまくいえないままに、わたしは故郷に別れを告げようとしているのです。親類の人たち、近所の人たちが、遠巻きにしてわたしの旅立ちを見守っていました。

 面窶(やつ)れした叔母は無理な笑顔づくりをしているのですけれど、唇の震えまでは隠し果(おお)せない様子です。

 ここの山でウリボウたちを追いかけることはもうないのかしら、わたしは何処のクニへ嫁ぐのだろう――、空にはふっくり、乳色の雲が浮かんでいました。

 おや、風にいちゃんではありませんか。土手に立ち、肩をいからせているあの姿は。

 わたしはほほえみました。相変わらず、イノシシそっくりです。手を振ろうとしたのですが、急な疲労に襲われ、眼を閉じました。

 こうして、わたしは銅山のあるクニを後にしたのでした。

 前を男が馬に乗って、わたしの乗る輿を先導して行きます。

 大人(たいじん)にもあまり所有されることはない貴重な馬。男が乗る馬は、一目でいい馬だとわかる、手入れの行き届いた馬でした。

 新居に着く前に、彼に訊いてみたいことがありました。

――奥さんは他にもいらっしゃいますか?
 平均的な大人は、4人か5人の妻があるものなのです。

――腕の文身をよく見せてもらえませんか?
 意匠をこらした文身は、蛇の文様のように見えました。蛇の文様であるならば、それは水の力のシンボライズ、水は航海や農耕の明暗を司ります。

 訊いてみるつもりでしたけれど、わたしの命の恩人であり、これから夫となろうとしているわたしの前を行く男、眼の覚めるような美貌の男は冷ややかで、終始無言なのでした。

 仕方なく、わたしは得意の空想に浸ることにしました。

 新居では、火を跨いで夫とまみえる婚礼の儀式があるはずです。奥さんが総計5人だとしたら、1人が房事の時、あぶれた4人の奥さんはどんな気持ちで過ごすというのでしょう?

 集いを持ち、月夜ならば、共に琴を奏して、ツルバミの粉でこしらえたお団子(だんご)でも食べましょうか。〔

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