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2006年6月11日 (日)

映画「ヒトラー最期の12日間」を観て―2005.10―(Ⅷ)

 パーキンソン病に冒されていたヒトラーは、足を引きずるようにして将校たちのところへ行き、「諸君、何もかもおしまいです。私はこのベルリンに残り、ときが来ればピストルで自殺します。行きたい人は行ってよろしい。全員自由です」という。

 最良の死ぬ方法について話し合う女性たちにヒトラーは、「お別れにもっとよい贈り物ができなくて残念です」といいながら、青酸カリ入りのアンプルを一つずつ手ずから渡した――とユンゲは手記に書いている。

 ヒトラーとエーファ・ブラウンが心中したあとで、ゲッベルス一家はヒトラーに殉死する。

 映画のゲッベルス夫人は、薬で眠らせた6人の子供たち一人一人に青酸カリ入りのアンプルを噛ませて殺害する(アンプルが子供たちの歯に当ってカチッと音を立てる。それが6回)。ドアの外で、彼女を慰めるために抱こうとする夫ゲッベルスを突き放す。

 自殺に赴く前に、驚くほど巧みな手捌きでトランプを手繰り、無感情な表情で占いをする。このトランプの場面はメリメの小説「カルメン」の中でカルメンが激しい雰囲気を醸して占いをする描写を連想させるが、カルメンにはない重厚さがゲッベルス夫人にはあった。

 複雑な母性を、人間存在の絶対的な孤独を、ゲッベルス夫人を演じた女優は恐ろしいまでに映画を観る者に印象づける。感情を極力排除しながらも情感を描ききる、ドイツ映画の神髄に触れた思いがする。このゲッベルス夫人は、彼女一人で一篇の作品を形成していた。

 彼女こそ、映画「ヒトラー最期の12日間」の白眉だと私は思う。

 ロマン主義的帝国の夢に溺れて破れ錯乱しているとはいえ、内輪の人間には最期まで温かな情感を見せるヒトラーは一面あまりにも人間的だったが、そのただの人間を信仰してしまった人間の苦悩を彼女は際立たせたのだ。〔

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