児童文学作家リンドグレーンが放つ不気味さ、なつかしさについて
『長くつ下のピッピ』で有名なスウェーデンの児童文学作家リンドグレーンは、わたしにとって常に近しい、かけがえのない存在だ。
リンドグレーンは偶然、娘と誕生日が同じだ。その前日は父の誕生日で、その1週間前はわたしにとってとても大切な人の誕生日だ。全員が蠍座生まれということになる。そして、その全員が、わたしにとってはちょっと謎めいた存在となっているのだ。共通する天真爛漫さ、雄大あるいは型破りといってもいいようなスケールの大きな考え方。それと相容れない神経の過敏さ、底深いシビアさ。 一見無邪気なお転婆少女に見える長くつ下のピッピにも、そうした性質を見出すことができる。
幼い頃に死に別れたママは天国、難破して行方不明になったパパはどこかの島の黒人の王様になっているとピッピは陽気にいう。「ニルソンくん」という小さなサル、馬と共に「ごたごた荘」で一人で暮らすピッピは、まだたったの9つなのだ。彼女は料理が上手で、世界最強といってもいいくらいに力が強く、奇想天外なことばかりやらかすが、すばらしく頭がいいことも見てとれる。おまけに金貨を沢山持っていて、一人で暮らしていくには何も困らないかに見える。行動面だけ見ている限りにおいては、何の憂いもなさそうに見える。
このピッピに憂愁の影が迫り、孤独をじっと見つめ続けるピッピ自身が、闇に呑み込まれそうになる危険性と隣り合わせにいることを印象づけられる場面がふいにあらわれることがあって、実にぎくりとさせられる。子供の頃の孤独は、この世に強くアプローチする手立ても原因を分析する方法も乏しいだけに、底なしのところがある。大人になると、そうした面を忘れがちなのだが、リンドグレーンは終生忘れず、否子供独特の孤独感を自身が共有していて、それを見事に描き出した作家ではないかとわたしは思う。
殊に、こうした側面が強くあらわれた『ミオよわたしのミオ』『はるかな国の兄弟』においては、憂愁の帯び方が強烈すぎ、不気味なくらいだ。子供にこれらを与えていいかどうか、迷うほどに。それはリンドグレーン自身の抱え込んだ闇を連想させ、解決不能の死後の問題にまで発展していく力強さと救い難さを持っている。彼女はそうした抜きさしならぬ問題を決してごまかそうとしない強靭さに加え、優美といってもいい注意深い優しさ、また豊かな幻想性と何よりユーモアに恵まれた人物でもある。それらが一つに溶け合って、忘れがたい、なつかしい味わいを残す。
あれは何年前のことになるだろう? 新聞記事でリンドグレーンの訃報に接したときは、ショックだった。大きな星が落ちたような気がした。彼女は著名な作家になってから、福祉的な様々な社会活動に身を投じた。子供専門病院の設立も、彼女の事業の一つだった。
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