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2018年10月10日 (水)

シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書

10月5日に「アルベール・カミュのシモーヌ・ヴェイユに関する文章」というタイトルの記事をアップしましたが、ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録するに当たり、大幅に加筆を行いましたので、過去記事を削除し、前掲ブログにアップしたエッセー 86 「シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書」を転載します。

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シモーヌ・ヴェイユ(不詳)
出典:Wikimedia Commons

図書館から借りた『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に、アルベール・カミュがシモーヌ・ヴェイユに関して書いた短い文章が収録されていた。

アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)はフランス領アルジェリアの出身で、純文学小説『異邦人』、哲学的エッセー『シーシュポスの神話』で有名になったフランスの作家である。カミュは不条理という言葉を『シーシュポスの神話』で鮮烈に用い、その後、この言葉は実存主義の用語となった。不条理とは、人間存在の根源的曖昧さ、無意味さ、非論理性に由来する絶望的状況を意味する言葉とされる。

わたしの大学のころ――40年ほども昔の話になる――には、第二次大戦後にフランスからサルトルなどによって広まった実存主義はまだ流行っていた。

否、今でも哲学的主流はこのあたりに停滞していて、現代哲学は唯物論に依拠して局部的、細部的分析に終始しているのではないだろうか。

カミュは自分では実存主義者ではないとしているが、その思想傾向からすれば、実存主義者に分類されていいと思われる。

カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil, 1909 - 1943)はパリでユダヤ系の両親から生まれ、晩年、キリスト教的神秘主義思想を独自に深めていったが、しばしば実存主義哲学者に分類される。だが、そのシモーヌも、ジャン・ヴァールへの手紙で次のように書いて、実存主義に警戒心を抱いていたようである。シモーヌ・ペトルマン(田辺保訳)『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』(勁草書房、1978)より、引用する。

<ここから引用>
わたしは、《実存主義》的な思想の流れは、自分の知るかぎりにおいて、どうやらよくないものの側に属するように思えますことを、あなたに隠しておくことができません。それは、その名が何であれ、ノアが受け入れ、伝えてきた啓示とは異種の思想の側に、すなわち、力の側に属するように思われます。*1
<ここまで引用>

実存主義はマルクス主義の影響を受けた思想で、唯物論的であり、マルクス主義の流行とも相俟って一世を風靡した。しかし、一端、唯物論的袋小路へ入り込んでしまうと、自家中毒を起こし、下手をすれば阿片中毒者のような廃人になってしまう危険性さえある。

村上春樹のムーディ、曖昧模糊とした小説はこうした不条理哲学の子供――ただし、カミュの作品が持つ聡明さ、誠実さを欠いた子供といえる。戦後、日本はGHQによる洗脳工作(WGIP)や公職追放*2などもあって、唯物主義、物質主義が優勢となったのだった。

わたしが「カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ」と先に述べたのは、シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『超自然的認識』(勁草書房、1976)の訳者あとがきで述べられている、次の文章を根拠としたものだった。

<ここから引用>
ガリマール社版のシモーヌ・ヴェイユの著作はほとんどすべて、本書と同じ「希望[エスポワール]」双書に収められているが、この双書はアルベール・カミュ(1913―60)によって創設された。第二次大戦下の英国において、34歳で死んだ、当時まったく無名だったといっていいシモーヌ・ヴェイユを、戦後のフランスの思想界に紹介した大きい功績は、当然第一にカミュに帰せられるべきであるが、本書の編集も(明記されてはいないが)、カミュであるとみなすことは充分に可能である。*3
<ここまで引用>

現在60歳のわたしが、『超自然的認識』によってシモーヌ・ヴェイユの思想に触れたのは大学時代だった。この本には「プロローグ」というタイトルで、シモーヌ・ヴェイユの有名な美しい断章が紹介されていた。『超自然的認識』の新装版がアマゾンに出ていたので、紹介しておく。

超自然的認識
シモーヌ・ヴェイユ (著), 田辺 保 (翻訳)
出版社: 勁草書房; 改装版 (2014/5/1)

『超自然的認識』を読んだときから、シモーヌの作品の邦訳版を読み漁り、またシモーヌとカミュとの接点を求めて、あれこれ読んだ。カミュがシモーヌを発見した人物であることを雄弁に物語っているような文章には、出合えなかった。

邦訳されていないだけだと思っていたのだが、『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に収録されたアルベール・カミュの文章、及び解説を読んで、シモーヌの母セルマの関与が浮かび上がってきた。

訳出されたカミュの文章は、竹内修一氏の解説によると、『NRF出版案内』1949年6月号に発表された「シモーヌ・ヴェイユ」と題された文章だという。

カミュがシモーヌの発見者であるにしては、その文章の内容からしてシモーヌを高く評価していることに間違いはないにせよ、短いというだけでなく、いささか精彩を欠くものであるようにわたしには思える。竹内氏は述べている。

<ここから引用>
1943年8月、ロンドン郊外のサナトリウムで死したとき一般の人々にはほとんど知られていなかったシモーヌ・ヴェイユが、戦後これほど有名になるためには、彼女が「生涯のあいだ頑なに拒否した「第一級の地位」を獲得するためには、みずからが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書から彼女の著作を次々に刊行したカミュの功績があったのである。*4
<ここまで引用>

ところが、この叢書が1946年3月に創刊されたとき、カミュはヴェイユのことをほとんど知らなかったばかりか、シモーヌの遺作の出版は全く予定されていなかったというのだ。

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シモーヌ・ヴェイユの歴史的・政治的著作の初版のカバー
出典:Wikimedia Commons

カミュの文章「シモーヌ・ヴェイユ」は本来なら〈希望〉叢書の9冊目の書物『根をもつこと』のための序文として書かれたものだった。それがヴェイユの遺産相続者――シモーヌの父母なのか、兄アンドレなのかは不明――の依頼によるものか、あるいは何らかのトラブルによって、この文章は別個に発表された。『根をもつこと』は序文も注釈もなしに出版されたのだそうだ。

1960年にカミュが自動車事故で死んだとき、〈希望〉叢書24作品のうちの7つの作品がシモーヌ・ヴェイユの著作だった。カミュの死後も2つのシモーヌの作品が出版された。

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シモーヌ・ヴェイユの署名
出典:Wikimedia Commons

竹内氏の解説中、ギー・バッセによれば、〈希望〉叢書から出版されるシモーヌの著作に無署名の「刊行者のノート」が付されたとすれば、それはカミュではなく、母セルマが作成したものだという。

シモーヌ・ヴェイユの兄アンドレ・ヴェイユの娘で、シモーヌの姪に当たるシルヴィ・ヴェイユ(1942 - )は自著(稲葉延子訳)『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』(春秋社、2011)の中で、シモーヌの死後、アンドレと両親との間にシモーヌの死や彼女の自筆原稿をめぐって亀裂が生じたと述べている。シモーヌの死後、ヴェイユ夫妻の残りの人生は娘の原稿を後世に残すための清書に費やされたそうだ。

シルヴィはその著書で、「父はこの分析が正しいのかどうかはわからないが、自分の母親がシモーヌの内に、母親がいなくてはならない状態をつくりあげ、それが原因でシモーヌは死んだと見做していた」*5と述べている。

また、エッセー 22 「グレイ著『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ 』を読了後に」で採り上げたフランシーヌ・デュ・プレシックス・グレイは、シモーヌの摂食障害――拒食症の傾向――に迫っている。

これはわたしの憶測にすぎないが、シモーヌ・ヴェイユの母セルマは、豊かな財力によってカミュが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書の9つの出版枠を買い取ったのではないだろうか。

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シモーヌ・ヴェイユの墓
出典:Wikimedia Commons

我が身に自ら拘束帯をつけたかのような、ストイックすぎる生きかたをしたシモーヌ・ヴェイユ。高純度の思想を書き残したシモーヌと母セルマを思うとき、一卵性親子と呼ばれた美空ひばり(加藤和枝)と母・加藤喜美枝を連想してしまう。

セルマには、シモーヌをプロデュースしたステージママのような一面があったように思う。シモーヌは哲学者となり、兄のアンドレは高名な数学者となった。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅰ・Ⅱ』『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ』『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』を読むと、セルマの並外れた母親ぶりに圧倒される。

わたしはエッセー 23 「ミクロス・ヴェトー(今村純子訳)『シモーヌ・ヴェイユの哲学―その形而上学的転回』から透けて見えるキリスト教ブランド」で、次のように書いた。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは、おそらく母親の偏愛――シモーヌ・ヴェイユが理想とする愛とはあまりにもかけ離れたものを含む現象――を感じ、その呪縛性を知りつつも、それをそっとしておき、恭順の意さえ示している。キリスト教に対する態度も同じだったように思える。

彼女はキリスト教というブランドを非難しつつも、それに屈し、媚びてさえいる。その恭順の姿勢ゆえに、シモーヌ・ヴェイユという優等生は西洋キリスト教社会では一種聖女扱いされてきたということがいえると思う。
<ここまで引用>

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-159)によると、セルマは演劇的な人物だった。シモーヌの死後は聖女の母という役を演じて能力を開花させ、修道女のような態でシモーヌの賞賛者である限られた数人の聖職者たちと亡き娘の部屋に籠っていたという。

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-176)はまた、17歳のセルマが母親ジェルトルード宛の手紙に「使用人と類する人たち」に対する嫌悪感を綴ったこと、その同じ人物が第一次大戦後ほどなくヴァカンスで過ごした豪奢なホテルのサロンにあるピアノで「革命家インターナショナル」を笑いながら自慢げに演奏し、組合主義者の教師となったシモーヌが右翼メディアに「赤い聖処女」と採り上げられたときには、その赤い聖処女の母という役回りに愉悦していたという事実が信じられないと語る。

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シモーヌ・ヴェイユと生徒(ル・ピュイ)
出典:Wikimedia Commons

完全主義者で所有欲が強く、演劇的で矛盾に満ち、絶え間なくシモーヌを見守った――ある意味で操ったとさえいえる――セルマは、どこか世俗キリスト教と重なる。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』の著者シモーヌ・ペトルマンは、ヴェイユの最も親密な友人の一人であったそうだが、「日本語版によせて」の最後に、次のように書いている。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは宗教問題に深い関心を寄せていましたが、それはキリスト教の限界を越えるものだったことを、もう一度思い出しておきたいと思います。特に彼女は、禅仏教に強い興味を示していました。フランスにおいて、禅なんてほとんどまったく知られずにいた時代のことでした。
*6
<ここまで引用>

その禅とは、鈴木大拙の著書を通したものだったと考えてよい。シモーヌ・ヴェイユは、ペトルマン宛の手紙で次のように書いている。

<ここから引用>
英語で書かれた、禅仏教に関する、哲学者鈴木テイタロー[大拙、仏教哲学者]の著書をおすすめします。とてもおもしろいわよ。*7
<ここまで引用>

エッセー 24 「ルネ・ゲノンからシモーヌ・ヴェイユがどんな影響を受けたかを調べる必要あり」で書いたように、鈴木大拙は神智学協会の会員だったから、シモーヌ・ヴェイユは大拙の著作を通して近代神智学思想に触れたといえるかもしれない。

しかし、その同じシモーヌ・ヴェイユがルネ・ゲノンという、極めて混乱した宗教観と貧弱な哲学しか持ち合わせないばかりか、近代神智学の母と謳われるブラヴァツキーの代表的著作すらろくに読んだ形跡がないにも拘わらず、神智学批判を行った――これは誹謗中傷というべきだろう――人物の著作の愛読者だったそうだから、わたしはあれほどまでに輝かしい知性の持主のシモーヌがなぜ……と、違和感を覚えずにはいられない。

それは、シルヴィが祖母セルマに感じたのと同じような、信じられない思いである。

…………………………

*1:ペトルマン,田辺訳,1978,p.370

*2:わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まった。20万人以上もの公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれる。

*3:ヴェイユ,田辺訳,1976,訳者あとがきpp.409-410

*4:『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行・鈴木宏、水声社、2017、p.49)

*5:シルヴィ、稲葉訳、2011、p.152

*6:ペトルマン,田辺訳,1978,日本語版によせてp.433

*7:ペトルマン,田辺訳,1978,p.323

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2018年9月18日 (火)

「コイコイはやぶさ」をゲット(インターポット)。ある私的自覚。

ビンゴルームに宇宙シリーズが現われてから、「コイコイはやぶさ」が出るのを待ち望んでいました。世界で初めてサンプルリターンに成功した小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡的な地球帰還物語をテレビで視聴して以来、はやぶさのファンなのです。

「コイコイはやぶさ」が登場してからは何度もチャレンジし、ビンゴ券がどんどん減っていきました。

病院や体調不良などもあり、キラポチがおろそかになり(申し訳ありません)、その結果としてみのる木の実の数も少なく、「コイコイはやぶさ」をゲットするには、ランキングにチャレンジしてビンゴ券、死神退治の杖5コ、変化の杖10コを貰うしかないと思いました。

ランキングにチャレンジを始めたのが遅かったこともあって、上位アイテムは無理。せめて死神退治の杖はほしいと思い、昨日は家事以外の時間をビンゴに費やしました。その結果またキラポチがおろそかに(重ねてお詫び申し上げます)。

ところが、ビンゴ券200枚貰っても、死神続出で、報酬「死神退治の杖 5コ」まで行き着けません。

沢山持っていて増やす必要のない「おでかけの草笛」ですが、それが唯一ビンゴ券1枚でチャレンジできるので(他のは2枚必要)、ひたすらそればかり続けてポイントを稼ぎました。

しかし、「お尋ね者ポスター 1コ」を貰った後、「スコア 14698 pt」で――深夜――力尽きました。

「死神退治の杖 5コ」貰うには15000 pt必要です。302ポイント足りませんでした。ランキングの順位は113位でした。ビンゴ券2枚、死神の杖1コが、この時点での全財産でした。

18日の朝9時29分までには時間があったので、達成イベントの「みんなでウエスタンシート7000ゲットする」が達成すれば、ビンゴ券20枚貰えるので、まだ可能性はあると思いました。朝になっても達成はまだでしたが、期待しながら朝の家事に励みました。

ついに、時間切れになりました(9時45分の達成でした)。

その後、前掲の「みんなで…‥」の20枚を貰い、それを使ってビンゴ券を少し稼ぎ、はやぶさにチャレンジ。あと7日ありますが、はやぶさは無理かもしれないと思い、半ば諦めて夫とおしゃべりしながら気楽にビンゴ。

おしゃべりに夢中になってふと見ると、何とビンゴと死神が同時に出現しているではありませんか。しかも、表示されているビンゴ商品はまぎれもない「コイコイはやぶさ」。

迷わず死神の杖を使い、めでたくゲット。ああ死神の杖を昨日のうちに使ってしまわなくてよかった……と思いました。たった1本しかない死神の杖を使ってでも、ランキングポイントを増やしたい瞬間が何度あったことか。

実は、インターポットを始めてから一番ほしいと思ったアイテムは、はやぶさでした。キラするときにはやぶさに出合うと、見とれました。

萬子媛の小説は、藩日記を読んだことで新たに判明したことなどあって、ストーリーの見直しから始めなくてはなりません。その藩日記ノートも、もう少し書いておきたいことがあります。

インターポットのはやぶさを見ると、胸が熱くなります。励みになりそう。

はやぶさは小惑星イトカワのサンプルを採集した後、重大なトラブルの発生により地球への帰還が絶望視されましたが、奇跡的ともいえるサンプルリターンに成功し、役目を果たしたはやぶさの本体は大気中で燃えて失われました。

庭の写真にはガーガーちゃんが写り込んでいますが、はやぶさの向かって右下にイトカワ、前方に天王星が写っています。

わたしははやぶさの爪の垢(?)を飲みたい。ここからはインターポットの話題から離れます。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人の周囲には、能力の高い低いの違いはあったでしょうが、神秘主義的能力に目覚めた人々がかなりいたようです。

その当時、わたしがそれらの人々の中に混じっていたとしたとしたら、今感じている疎外感や欠乏感、違和感に悩まされることも、蔑視されることもなかったでしょう。

彼らは、ブラヴァツキーの論文を部分的にでも自分で検証することができたからこそ、ブラヴァツキーの論文の正当性が骨身に滲みてわかり、その福音的価値を確信できたのだと思うのです。

神秘主義的感性は誰にでも存在するもので、それが曇りなく発揮されるかそうでないかの違いがあるだけだと思いますが、わたしの感性はブラヴァツキーのような清澄な人々と曇っている人々との中間域にあると感じています。

主にその中間域にあって迷いや悩みを抱えている人々とブラヴァツキーのような優れた人々によって著された書物との間の架け橋をつくりたいと思い、稚拙ながらこれまで当ブログや「マダムNの神秘主義的エッセー」などで語りかけてきました。

これからも、命のある限り、そうしていけたらと考えています。

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2018年9月11日 (火)

鹿島藩日記第二巻ノート (7)祐徳院における尼僧達 その2

自分のための単なる読書ノートです。あとでまとめて拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に、「祐徳稲荷神社参詣記」の続きとしてアップします。

『鹿島藩日記 第二巻』(祐徳稲荷神社、昭和54)

その1の続き。

「蘭契」という名が出てくるのは、宝永二年閏四月廿日(1705年6月11日)の日記(『鹿島藩日記第二巻』416頁)である。

素人解読なので間違っているかもしれないが(※あまり参考にしないでくださいね。原文に当ってください)、大体次のようなことが書かれているのではないかと思う。

佐賀の御親類方より勝屋伊右衛門まで、祐徳院様の御中陰は何日より何日まで御執行でしょうかとの問い合わせがあり、こちらに言ってよこされた。それについて、外記より蘭契まで伺ったところ、御中陰というのはなく、御葬礼が行われたことで、儀式は済みました。(……)尼達と相談して申し上げますが、殊に山中ということもありますので、御名代などを送って寄越すには及びません、伊右衛門よりそのようにお口添え下さるのがよいでしょう、とのこと。

わたしの憶測でしかないが、蘭契という尼僧が萬子媛亡き後、代表者的、長的な役割を果たしたのではないだろうか。その代表者に、外記が問い合わせたと考えるのが自然だと思う。

その蘭契という人物が、祐徳博物館で伺った、萬子媛に仕えて岩本社に祀られたという尼僧かどうかはわからない。(以下のリンク先参照のこと)

72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日 (収穫ある複数の取材)
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/08/06/205710

萬子媛の葬礼は簡素だったようだが、五月十五日(1705年7月5日)の日記に書かれた三十五日についても、格峯(鍋島直孝、断橋)が恵達(慧達)、石柱を帯同して祐徳院に一泊し、御霊供膳と皆に振る舞う料理を用意させているが、目立った儀式はなかった模様だ。

もし、萬子媛の葬礼のときの布施の記録に名のあった僧侶達の中で、蘭契からが祐徳院に属した尼僧達だとすれば、17 名(蘭契、満堂、蔵山、亮澤、大拙、瑞山、眠山、石林、観渓、英仲、梅点、旭山、仙倫、全貞、禅国、智覚、𫀈要)。萬子媛がいらっしゃったときは総勢 18 名だったことになる。

萬子媛が亡くなる前年までのことが書かれた、萬子媛の略伝といってよい『祐徳開山瑞顔大師行業記』には、萬子媛が尼十数輩を率いたとあるので、人数的には合う。

求道者らしいストイックな暮らしをなさっていたと想像できる祐徳院所属の尼僧達。五月十五日に料理を振る舞うことで、格峯は尼僧達をねぎらったのだろうか。

彼女達がその後どうなられたかが気になるところだ。

ところが、わたしは神秘主義者として知っている。江戸時代に亡くなった彼女達は、あの世で、萬子媛を長とするボランティア集団を形成し、中心的役割を果たしておられるのだ。

カルマに障らないような、高度なボランティアを手がけておられることが窺える。

萬子媛は太陽さながら、豊麗なオーラを放射されるのだが、その光が如何にすばらしいものであったとしても、そのやりかたはわたしが神秘主義者として竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジで理論的に学び、また前世での男性僧侶としての修行や今生での独習から会得した技法と同じだと思う。

それは、この世でもあの世でも通じるやりかたなのだとわかった。誰もができるやりかたのはずだ。この世の出来事に囚われ、その技法を磨くことを怠ってきたけれど、このことが確信できただけでも、わたしにとっては大きな進歩だ。

萬子媛をモデルにした小説を完成できるかどうはわからないが、頑張ってみたい。

日記には元禄14年3月14日 (1701年4月21日)に起きた赤穂事件について記されているので、次のノートで採り上げたい。わたしの興味を惹いたのは、日記の解説にあった次の箇所である。

<ここから引用>
元禄十一年の『御在府日記』によると、鹿島藩江戸藩邸では、吉良上野介の希望によって、二三度にわたって有田焼の水差しや香爐などを送っている。(鹿島藩日記 第二巻』祐徳稲荷神社、昭和54年、「解説」2頁)
<ここまで引用>

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2018年8月20日 (月)

難字検索に便利なウィクショナリーのカテゴリ「漢字」。H・P・ブラヴァツキーの素晴らしくも難解な著作。

「円福山普明禅寺創建事由略記」(井上敏幸・伊香賀隆・高橋研一編『肥前鹿島円福寺普明禅寺誌』佐賀大学地域学歴史文化研究センター、2016)に、普明禅寺末寺である祐徳院の由緒が簡潔に述べられている。稲荷社の位置づけなどもわかる。

引用したいと思ったが、難字がちょくちょく出てきて、「らくらく手書き入力」を使ってもうまく表示されず、家にある漢和中辞典にも載っていない。

引用を諦めるか、表示できない漢字についてのくどくどしい説明を加えるかで迷いつつ、リサーチ疲れして頭を掻きむしり、動悸までしてきたが、以下のサイト「ウィクショナリー」の「カテゴリ:漢字」で出てきた。

ウィクショナリー
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8&oldid=719007

カテゴリ:漢字
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA:%E6%BC%A2%E5%AD%97&oldid=1006027

ブラウザによっては、表示されないだろうけれど。

この程度の難字で音をあげるヘタレのわたしには、近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの代表的著作『シークレット・ドクトリン』の邦訳がどれほど大変だったかを思い(世界中のどんな辞書にも載っていないような難字が出てくる)、改めてH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)、H・P・ブラヴァツキー(忠源訳)『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』(竜王文庫、2018)の重みを確かめた。

2018年6月25日 (月)
H.P.ブラヴァツキー(忠源訳)『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』(竜王文庫、2018)を読んで
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/06/hp-2-1-2018-791.html

ああ早く、萬子媛をモデルとした歴史小説を完成させて、児童小説を書いたり神智学の勉強をしたりしたい。

わたしがこのような小説など書いたところで、何にもならないのではないだろうか、それどころか百害あって一利なしではないだろうか――と毎日考える。

それでも続けてしまうのは、萬子媛に問いかけると、何らかの形で回答がもたらされてきた――ように思える――からだ。

霊験あらたかと評判になるような場所には、天然資源の恵みがあるか、あるいは萬子媛がなさっているような霊的な行為――あの世の方々のボランティア――が隠れているのではないだろうか。

あの世で楽しく遊び暮らすことだって、おできになるはずだ。現に、亡くなった人のほとんどは、おそらくそうだ。

この世にあるときにあの世のことなどめったに思わないとすれば、あの世に行ってからもこの世のことなど、めったに思いはしないのだ。一方で、強い欲望からこの世に執着している悪霊たちには、あの世という精妙な世界は存在せず、この世とあの世の間の暗黒の谷間で惰性で生き永らえながらこの世に有害な関与をし続けている。

萬子媛のような高級霊があの世の清浄な大気からこの世の汚れの中に下りて来られることがどれだけの犠牲を払ってのことかを想像し、また人間のカルマに障らないようにボランティアすることの微妙さ、難しさを想像するとき、胸が痛くなってしまう。

時間が来ると、萬子媛たちはさっと空の彼方へ去って行かれる。それはわたしには主に気配としてわかるだけなのだが、何となく御姿が見えるような気がすることもある。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)に「神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶化した霊にすぎないと言います」(42頁)とあるけれど、現代日本人はあまりにも物質主義に染まりすぎているように思う。進歩しているつもりで、退歩している。

そんな愚かしい現代日本人を萬子媛のような優れた先人たちは見捨てず、さりげなく助けてくださっている。

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2018年7月25日 (水)

余華の対談(「三田文學」2018年冬季号)。拙児童小説『すみれ色の帽子』を読んだ従姉の感想。

従姉から電話があった数日後、わたしはアマゾンのサービスで電子書籍にしたKindle版の児童小説をプリントアウトして送りました(以下の過去記事参照)。

2018年7月 5日 (木)
悪質な自費出版系ビジネスと、餌食になりかけた従姉の児童書に対する失望感
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/07/post-9c6e.html

PDF形式でプリントアウトしたら、分厚くなりました。なぜ、そんなものを送ったかというと、従姉が失望してしまった児童書がどんなものであったのか詳細は聞いていませんが、想像がつきました。そうしたものと同類の作品を書いていると思われたくなかったからです。

そんなわたしの作品には賛否両論寄せられます。自分では同類とは思っていないのですが、従姉は同類と思うかもしれませんでした。

同類だとしたら、世間的にはわたしはプロ作家並みの児童小説を書いているということになるでしょう。従姉が誉めてくれるとすれば、わたしは世には出られない自身の境遇を納得することになるのです。

昔からわたしの作品に関心を示してくれる唯一の人が、この従姉でした。従姉はわたし宛の葉書に次のように書いてきました。

‟すみれ色の帽子”一気に読みました。瞳ちゃんとK…ちゃん(※瞳は主人公。K…ちゃんは従姉の孫娘)がオーバーラップして、Nちゃん(※わたしのこと)、K…ちゃんのことしっているのかなと思う位! 文章が綺麗で、読んだ後、心の中が澄み切ったようでした。他の本も楽しみです。

作品が従姉に嫌われなくてよかった、とホッとしました。出版の件は後日報告とあったので、従姉の息子さんと知人の女性で制作された絵本は出版の運びとなるのかもしれません。良心的な出版社から出してほしいものです。

出版する場合、数社に見積もりを出して貰い、比較して決めることを電話では従姉にすすめました。文学仲間はそうしています。

自費出版は髙い買い物になるので、最低5年くらいは試行錯誤を重ねてよいものへと作品を高めていき、それから出版しても遅くないような気がしますが、思い立ったが吉日ともいいますから、外野からあれこれ干渉すべきことではないと考えます。

わたしもそろそろ紙の本を出したいけれど、一生出すことはないままに終わるでしょうね。幸い只で出せる電子書籍サービスがありますし、何より神秘主義者ですので、世に知られることがないままに終わったとしても、創作を通して、きよらかな、澄んだ思いを発散させることだけでも、意義のあることだと知っています。

神秘主義者としてもう一つわかっていることは、文学、つまり芸術は、宗教的修行と同じ求道の道だということです。

その道を歩きながら神秘主義的ないくらかの霊的能力はわたしに目覚めてきたものであって、それは決して霊媒的な低級能力、先祖返りの能力ではないと感じています。その道をしっかり歩いている限りにおいては、安全性の高い道であると確信します。

ただ、霊媒的な低級能力、いわゆる左手の道へと逸れてしまう危険性は宗教的修行の場合と同じく芸術活動にもあって――否、普通に生きているつもりの人々にもその危険性は人間である限りつき纏うものでしょうが――、その危険性をわたしが現実のものとして感じたのは賞狙いに没頭していたときでした。

それについては、統合失調症を患う天才型詩人を友人の目で描いた拙日記体小説『詩人の死』(Kindle版)に書きました。

 神秘主義ではよく知られていることだが、霊的に敏感になると、他の生きものの内面的な声(思い)をキャッチしてしまうことがある。人間や動物に限定されたものではない。時には、妖精、妖怪、眷族などという名で呼ばれてきたような、肉眼では見えない生きものの思いも。精神状態が澄明であれば、その発信元の正体が正しくわかるし、自我をコントロールする能力が備わっていれば、不必要なものは感じずに済む。
 普段は、自然にコントロールできているわたしでも、文学賞の応募作品のことで頭がいっぱいになっていたときに、恐ろしいというか、愚かしい体験をしたことがあった。賞に対する期待で狂わんばかりになったわたしは雑念でいっぱいになり、自分で自分の雑念をキャッチするようになってしまったのだった。
 普段であれば、自分の内面の声(思い)と、外部からやってくる声(思い)を混同することはない。例えば、わたしの作品を読んで何か感じてくれている人がいる場合、その思いが強ければ(あるいはわたしと波長が合いやすければ)、どれほど距離を隔てていようが、その声は映像に似た雰囲気を伴って瞬時にわたしの元に届く。わたしはハッとするが、参考程度に留めておく。ところが、雑念でいっぱいになると、わたしは雑念でできた繭に籠もったような状態になり、その繭が外部の声をキャッチするのを妨げる。それどころか、自身の内面の声を、外部からやってきた声と勘違いするようになるのだ。
 賞というものは、世に出る可能性への期待を高めてくれる魅力的な存在である。それだけに、心構えが甘ければ、それは擬似ギャンブルとなり、人を気違いに似た存在にしてしまう危険性を秘めていると思う。
 酔っぱらうことや恋愛も、同様の高度な雑念状態を作り出すという点で、いささか危険なシロモノだと思われる。恋愛は高尚な性質を伴うこともあるから、だめとはいえないものだろうけれど。アルコールは、大方の神秘主義文献では禁じられている。
 わたしは専門家ではないから、統合失調症について、詳しいことはわからない。が、神秘主義的観点から推測できることもある。
 賞への期待で狂わんばかりになったときのわたしと、妄想でいっぱいになり、現実と妄想の区別がつかなくなったときの詔子さんは、構造的に似ている。そんなときの彼女は妄想という繭に籠もっている状態にあり、外部からの働きかけが届かなくなっている。彼女は自らの妄想を通して全てを見る。そうなると、妄想は雪だるま式に膨れ上がって、混乱が混乱を呼び、悪循環を作り上げてしまうのだ。
*

*直塚万季『詩人の死』Kindle版、2013年、ASIN: B00C9F6KZI

ところで、わたしは今年還暦という年齢になりましたが、二十代で竜王文庫の書物を通してブラヴァツキーの近代神智学を知りました。

創作を通してハートの力を育み、不勉強な一会員ですけれど、竜王会、神智学協会ニッポンロッジから出ている機関誌や書物を読むことによって総合力、分析力を培おうと自分なりに努力を続けてきました。

そうした道の歩みの中で、いわば霊的な次元で何かを察知することは珍しくありませんが、江戸初期に生まれ、江戸中期にさしかかるころに黄檗宗の僧侶として亡くなった――祐徳院と生前から慕われ続けてきた――萬子媛のようなかたに巡り合うことができたのは、めったにない貴重な体験であると思っています。

萬子媛について知ろうとすることは日本の宗教史を深く覗き見ることでもありました。萬子媛は日本の宗教史に咲いた一輪の香り高い花であるとわたしは見ています。

萬子媛をモデルとした小説の第二稿に入りましたが、計画が思うように進まず、おのれの非力を感じざるをえません。それでも、時間はかかってもこれは自分がやり遂げるしかない仕事だと思い、今後、集中度を高めていきたいと考えています。

萬子媛が帰依した黄檗宗(禅宗の一派)は、日本に招請された明朝の禅僧、隠元隆琦によって開かれました。隠元は明朝の文化、文物を伝え、煎茶道の開祖ともされています。

古来、この例からもわかるように、わが国には中国から優れた文化、文物が伝えられてきました。しかし、現在の中国をメディアを通して見るとき、これはどうしたことだろうとわたしは絶望的な気持ちに囚われます。

でも、動画で法輪功の舞台を視聴したとき、中国本来の――といういいかたは語弊があるかもしれませんが――歴史が甦るような感動を覚えました。

2015年6月11日 (木)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ①弾圧される人々
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-c356.html

また、現代の中国人作家、余華の対談を「三田文學(第97巻 第132号 冬季号)」(関根謙編集、2018年2月)で読み、日本の純文学が衰退しているこのときに、中国に生まれて育った中国人作家、それでいながら中共色に染まっていない余華という人物が作家らしさを好ましく発散していることに驚きを覚えました。中国における文学状況がどのように推移したかもわかる、貴重な対談となっています。

恥ずかしながら、中共のいわゆる御用作家ではない余華のような中国の現代作家をわたしは知りませんでした。対談の中で印象的だった余華の言葉を引用します。

<ここから引用>
かつて日本の記者に、川端康成が私の一人目の先生だと言ったら、彼らは大いに驚きました。私の小説と川端康成のそれとの違いが大き過ぎると言うのです。確かにそうですよね。そのとき彼らに比喩の話をしました。一人の作家が別の作家に影響を与えるのは、日光が樹木に影響を与えるようなものです。樹木は日光の影響を受けて成長するとき、樹木のスタイルで成長します。日光のスタイルで成長するわけではありません。(306頁)
<ここまで引用>

図書館から余華のエッセー集と小説、そして台湾の現代作家である甘耀明の小説を借りました。読まなければならない本が沢山あるので、読む時間がとれるかどうかはわかりませんが、読んだら感想を書きたいと思っています。

ほんとうの中国の話をしよう
余 華 (著), 飯塚 容 (翻訳)
出版社: 河出書房新社 (2012/10/13)

中国では書けない中国の話
余華 (著), 飯塚容 (翻訳)
出版社: 河出書房新社 (2017/8/22)

活きる
余 華 (著, 原著), 飯塚 容 (翻訳)
出版社: 角川書店 (2002/03)

神秘列車 (エクス・リブリス)
甘耀明 (著), 白水 紀子 (翻訳)
出版社: 白水社 (2015/6/24)

鬼殺し(上) (エクス・リブリス)
甘耀明 (著), 白水 紀子 (翻訳)
出版社: 白水社 (2016/12/28)

鬼殺し(下) (エクス・リブリス)
甘耀明 (著), 白水 紀子 (翻訳)
出版社: 白水社 (2016/12/28)

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2018年6月25日 (月)

H.P.ブラヴァツキー(忠源訳)『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』(竜王文庫、2018)を読んで

アマゾンに書き込んだ拙レビューを転載します。

 シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書)
 H.P.ブラヴァツキー (著), 忠 源 (翻訳)
 出版社: 竜王文庫 (2018/1/1)

シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書

霊(モナド)・魂(知性)・肉の三つの面から総合的に捉えられた人類発生論
★★★★★

まだ読み込んだとはいえませんが、この著作が貴重な、またこの上なく面白いものであることには間違いないと思われますので、おすすめです。

ブラヴァツキーの著作を読むと、人類の知的遺産の薫りがして、作品の中に破壊されたアレクサンドリア図書館までもがまるごと存在しているかのような感動を覚えずにはいられません。

肉体的、物質的な面に限定された観点からではない、霊(モナド)・魂(知性)・肉――七本質――の三つの面から総合的に捉えられた人類発生論ですから、宇宙発生論同様、この『第2巻 第1部人類発生論』の内容も深遠です。

『シークレット・ドクトリン』がブラヴァツキーの渾身の執筆作業を通じて、大師がたの監修のもとに人類に贈られた科学、宗教、哲学を統合する一大著作であるとすれば、それは現人類にとって、自分を知るための最高の教科書であるはずで、その記述が深遠、難解であるのも当然のことでしょう。

宇宙発生論を復習すると、目に見える惑星には自分を含めて七つの仲間球があり、一つの惑星チェーンを構成します(四番目のものが最も濃密、目に見える実体のある球体です)。惑星上の生命の源モナドはその七つの球体をまわり――一環(ラウンド)といいます――、七回まわります(七環あります)。

わたしたちは第四環の第四球体である物質地球(D球)上に存在しており、第5〈根本〉人種期にあります。第6、第7と続きます。

「人間は――動物の姿をした神だが――〈物質的自然界〉の進化だけによる結果であり得るのか?」(106頁)というテーマが壮大な宇宙と地球的ドラマを見せながら展開される中でも、月と地球の関係など、本当に神秘的な記述でありながら、なるほどと納得させられるだけの根拠が感じられます。

月から来たモナドである月ピトリ達(月の主方)のアストラル的な影(チャーヤー)であり、自生であった第1人種。滲出生であった第2人種。卵生、二重性(雌雄同体)であった第3人種。その終わりに、性の分離が起きます。

人間の性の分離後における半神的な人間の最初の子孫がアトランティス人で、このアトランティスの巨人達が第4人種でした。

レムリア、アトランティスに関する記述は圧巻です。古代の宗教・哲学、神話、寓話、伝説、伝承がかくもダイナミックに甦るとは。

わたしは昔、学研から出ていたオカルト情報誌「ムー」でアトランティス伝説を知り、その後アトランティスについて書かれたプラトンの未完の作品『クリティアス』を読みました。この度、美しい、わかりやすい日本語で、ブラヴァツキーの筆が醸し出す精緻、荘重な雰囲気を味わいながらアトランティスに関することを読める幸福感はまた一入でした。

プラトンは、アトランティスに関することをファンタジーとして書いたわけではありませんでした。新プラトン学派とも呼ばれた古代神智学徒の流れを汲む近代神智学徒ブラヴァツキーにアトランティスに関する記述があったとしても、不思議なことではありません。

初めてこの本を開いたのは、2017年のクリスマスでした。クリスマスに、旧約聖書に登場するノアがアトランティス人として語られるくだりを読むのは、格別の面白さに感じられたものです。

「訳者 あとがき」で『シークレット・ドクトリンの第1巻 宇宙発生論』を平成元年に上梓された第二代竜王文庫社長で綜合ヨガ竜王会第二代会長、神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長でもあった田中恵美子先生による訳者はしがきが紹介されており、その中で『シークレット・ドクトリン』の構成について、次のような説明がなされています。

<ここから引用>
『シークレット・ドクトリン』の原典の第一巻は第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈、第2部「シンボリズム」、第3部「補遺」となっています。又、二巻は第1部「人類発生論」スタンザと註釈、第2部「世界の宗教とシンボリズム」、第3部「補遺」となっています。
<ここまで引用>

第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈に関しては、以下の邦訳版をアマゾンで購入できます。

    シークレット・ドクトリン 宇宙発生論《上》
    H・P・ブラヴァツキー (著),‎ 田中恵美子 (翻訳),‎ ジェフ・クラーク (翻訳)
    出版社: 宇宙パブリッシング; 第1版 (2013/4/15)

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2018年6月 4日 (月)

歴史短編1のために #36 神社に参拝する僧侶たち(「神と仏のゴチャマゼ千年…」 - NHK「歴史秘話ヒストリア」2018.5.30

5月30日のNHK「歴史秘話ヒストリア」は「神と仏のゴチャマゼ千年 謎解き!ニッポンの信仰心」というタイトルだった。

神仏習合の長い歴史を振り返り、その後の明治期に起きた廃仏毀釈と、その中で生き残った神仏習合の事例や復活した風習などを紹介していた。

その中に、興福寺の僧侶たちがその装束のまま春日大社に参拝する一場面があった。「そうよ、こんな風なのよ」とわたしは口走った。

というのも、祐徳稲荷神社で御祈願をお願いしたときに、わたしは同じような情景を内的鏡で見ていたからである。そのときのことを拙「マダムNの神秘主義的エッセー」の 74 で次のように書いている。

神事のとき、萬子媛はどのような位置で、どのような行動をなさっていたのだろうか。厄除け祈願をお願いしたときのことが参考になるだろうか?

これはあくまでわたしの神秘主義的感性が捉えた――内的鏡にほのかに映った――萬子媛をはじめとする、この世にあったときは尼僧であったと思われる方々の御祈願時の様子なのであるが、わたしはそうしたこの世ならざる方々が御神楽殿での御祈願時にそこへお見えになるとは想像もしていなかった。

そのときまで萬子媛のことしか念頭になく、御祈願のときにもし萬子媛をわたしの内的鏡が捉えることがあるとしたら前方に捉えるのではないかと想像していた。というのは、そのときに萬子媛の臨在があるとすれば、神主さんに寄り添うような形をとられるのではないかと漠然と想像していたからだった。

事実は違った。萬子媛をはじめとする尼僧の方々――生前は尼僧であったとわたしが推測する方々――は、御祈願を受けるわたしたち家族のすぐ背後に整然と並ばれたのであった。

端然とした雰囲気の中にも、日ごろの馴染んだ行為であることが窺えるような、物柔らかな自然な感じがあり、整然と並ばれたといっても、軍隊式を連想させるような硬さは全くなかった。

わたしの内的鏡にほのかに映った美しい情景からは、江戸時代初期から中期かけて、神事というものがごく自然に仏事や日々の生活に溶け込んでいた様子が窺えた。神事も仏事もどちらもこよなく敬虔に、当たり前のこととして行われていたに違いない。

同じ記事に、村上竜生『英彦山修験道絵巻 』(かもがわ出版、1995)で見た、江戸期の神事に参列している僧侶たちのことを書いたが、どれも同じ神仏習合の風習を伝えるものだ。

番組では、1941年に滋賀県の日吉神社の社殿の床下の土中から発見された懸仏[かけぼとけ]なども紹介していた。

懸仏とは、銅などの円板に浮彫の仏像を付けたもので、柱や壁にかけて礼拝するものだそうだが、それら懸仏が「廃仏毀釈」からの生き残りとして紹介された。

娘と視聴していて思わず「わぁ可愛らしい」と同時に声を上げたほど、おぼろげに浮かび上がった仏様が如何にも尊く、可憐な御姿に見えた。これを彫り、拝んだ人々の思いがそのようなものであったからだろう。イコンを連想させた。

番組の参考文献として挙げられた著作

  • 『神道とは何か 神と仏の日本史』(伊藤 聡 中公新書)
  • 『古代仏教をよみなおす』(吉田一彦 吉川弘文館)
  • 『神仏習合』(義江彰夫 岩波新書)
  • 『神道・儒教・仏教 ―江戸思想史のなかの三教』(森 和也) 

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2018年4月29日 (日)

ヤコブ・ベーメに関するメモ3(30日に訂正、加筆あり)

トルストイの『戦争と平和』について書いている途中なのだが、ちょっとメモ。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)「用語解説」の「錬金術(Alchemy)」ではアルケミーの語源、概要、歴史、近代化学的解釈などについて解説されている。以下は抜粋である。

……アルケミーは、自然の精妙な諸力と、それらのエネルギーが働いている物質の様々な状態を扱う。イニシエーションを受けていない利己的な世間の人々が手に入れても危険にならない程度に大神秘を伝えようとしてアルケミストは、多少人工的な言葉で地水火風という四大元素の基本となる等質の質量の中には、ある種の普遍的溶剤が存在することをアルケミーの第一原理として仮定する。この等質の質量をアルケミストは純金、即ち最高の物質[マテリア]という。普遍的溶媒とも言われるこの溶剤には、人体からあらゆる病気の種を取り除き、若さを取り戻し、長寿にする力がある。これが哲人の石である。(……)アルケミーを学ぶには、三つの異なる面、即ち宇宙的、人間的、俗世的面があるが、それにはいろいろな解釈が可能である。
 この三つの面は、硫黄、水銀、塩という三つの錬金術的特性によって代表されていた。
(……)アルケミーにはただ一つの目的があるという点で、著者達はみな一致している。それは卑金属を純金に変質させることである。だが、これはただアルケミーの一つの面にすぎなく、つまり、俗世での純粋に心理的で霊的な象徴的意味がある。……(ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説pp.67-68)

カバリストの錬金術師は、錬金術の物質的側面を追求するが、オカルティストの錬金術師は、低級四つ組を人間の神聖な高級四つ組に変質させる方向へのみあらゆる注意を向け、努力を尽すという。低級四つ組と高級三つ組がついに融合すると両者は一つとなる。

この錬金術の解説とも響き合うブラヴァツキーの言葉を引用して、神智学協会ニッポンロッジの初代会長、翻訳家であり、神智学の優れた研究家・解説者であった田中恵美子先生は竜王会の機関誌「至上我の光」の中で、次のようにお書きになっている。

……もし、すべてのカーマを殺し、これをすべて上向きの清浄な欲求に置きかえることが出来た場合には、七重の構成体に驚くべき変化がおきます。つまり、アートマ・ブディー、マナスの三つ組みは浄化した低級マナスを受け入れ四つ組みになります。一方死すべき四つ組みはカーマが消えて、肉体と複体とプラーナで三つ組みになります。これが解脱した人の様子であるとH・P・Bは言っています。……(綜合ヨガ機関誌「至上我の光」374・5号、7・8月合併号、竜王文庫、1985、ハートの神秘pp.37-38)

カーマとは、サンスクリット語で欲望のことである。釈迦の解脱が仏教の核心であることを考えると、錬金術の核心的技法は仏教の奥義に一致するということだ。

現代化学はその最大の発見を錬金術に負っているのだが、宇宙にはただ一つの元素しかないというのが錬金術の否定し難い公理にもかかわらず、化学は金属類を元素類の部に入れてしまった――と、ブラヴァツキーはいう。

以上のような、錬金術に関する予備知識があるのとないのとでは、難解なベーメの著作の理解度に著しい差が出る。

ヤコブ・ベーメ(南原実訳)『キリスト教神秘主義著作集 第13巻』(教文館、1989)所収「シグナトゥーラ・レールム ――万物の誕生としるしについて――」によると、神はミステリウム(神秘)であり、無である。

唯一の存在のことである“永遠の非存在”という概念は、私達が存在の概念を自分達の現在の存在意識に限定していることを忘れている者には逆説と考えられるだろう」(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、スタンザⅠp.251)とブラヴァツキーはいうが、この文章はまるで、ベーメのいう神=無の解説さながらである。

ベーメに戻ると、無は永遠の目、底なしの目である。この目は意志――あらわれ出て無を見出したいというあこがれ――であるが、意志のまえには何もないから自分自身のなかに入って自然を通して自分を見出す。

自然の外のミステリウムのなかには二つの姿がある。第一の姿は自然へと、奇跡の目の顕現へ向かう。第二の姿は第一の意志の子で、大いなるよろこびの欲である。

よろこびの欲は意志と欲のガイストとして内から外へ出ていく。ガイストは命の機〔はた〕を織り、欲はガイストのなかに姿をつくり、はてしないミステリウムはさまざまな形となってあらわれる。姿をとった全体が神性の永遠の智である。

ベーメのいうガイストとは、精神、聖霊、霊、気といった、「かみ」の意味範囲にまたがる、目にみえず、五感ではつかめない純粋な運動をいう。

……万物は唯一人の母から出て来て、永遠の本体にもとづき、二つの本体、すなわち、死と不死の本体、生と死、ガイストとからだの二つに分かれた。ガイストは生命であり、からだは死であり、すなわちガイストの家である。外にむかっての出産は、三位一体の誕生に似ている。四つのエレメントからなるこの外の世界のフィギュアとおなじく、天にもまた、本体とガイストがあり、もともと一つのエレメントであったのが、上に述べたように、外の世界において、火、風、水、地の四つの性質に分裂する。
 さらにこの世界の創造については、次のようなことがみられる。すなわち、この世界の浮かぶ宇宙空間〔ロクス〕のうちに、永遠の世界の全本体が動いて、姿全体に火がつき、蠕動しはじめる。こうしたことが、顕現へとむかう欲のうちに起こったのである。このとき、誕生したものは、燃え出した火の衝撃を受けて四つの部分にわかれた。すなわち、火、風、水、地。
……(ベーメ,南原訳,1989,p.38)

そして、万物の第一の母、欲をともなう自由な意志は、主として七つの姿に移行し、それぞれ固有の飢えの性質のままに、からだをつくるのだとベーメはいう。

あらゆる神秘主義者やカバリストの中で、火を一番正確に定義したのは、バラ十字会員達であった」(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、スタンザⅤp.354)とブラヴァツキーは述べている。以下は、『神智学の鍵』の用語解説「拝火哲学者(Fire philosopher)」からの引用である。

……バラ十字会員は、火を神性の象徴と見た。火は物質的原子の根源であるだけでなく、原子にエネルギーを与える霊的、サイキック的な力を含んでいるものでもあった。火は三つの本質から成り立っている。秘教的には、他のあらゆる元素と同じく、七つの本質から成る。人間は、霊、魂、体と四つの相で構成されているが、火もまた同じである。有名なバラ十字会員の一人であるロバート・フラットの著作によると、火は第一に見える炎(体)を含み、第二に見えないアストラルの火(魂)を、第三に霊を含むという。四つの相とは(a)熱(生命)、(b)光(心)、(c)電気(カーマ的、分子的力)、(d)霊を超えた総合的本質、つまりその存在と顕現の根本原因。……(ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説pp.47-48)

自然の中心には三つの姿が宿る、とベーメはいう。すべての根源である第一プリンキピウム(原理)ではガイスト、第二プリンキピウムでは愛、第三プリンキピウムでは本体と呼ばれる。そして第三プリンキピウムのなかで、三つの姿はスルフル(硫黄)、メルクリウス(水銀)、サル(塩)と呼ばれる。

人間は神、あるいは在りとし在るもののうちの在るものをかたどって造られていればこそ、人間のうちには三つの世界すべての姿がことごとくひそんでいる。この三つの世界に対応して、三人の工匠、トリオのフィアット(創造への意志、欲)が人間のなかにいて、主導権争いをする。どの工匠が主導権を握るかによって、リュートは異なる音を出し、残りの二人は退いてバックグラウンドのひびきとなる。

つまり、人間の生命は三つのプリンキピアに、すなわち三種類のエッセンスにまたがる。第一には永遠の自然、火の性質のガイスト。第二には永遠の光、神の本性の性質のガイスト。第三には外なる世界の性質のガイスト。

このような三重のガイスト、三重のエッセンスと意志の性質、そしてこれらのエッセンス、ガイストがたがいに争って生ずる病気、癒す薬、療法が何であるかをベーメは考察していくのである。

錬金術独特の表現とみられる文章を引用しておきたい。

……こうして、錬金術師の観察すべきことは――三人の殺害者、すなわちサトゥルヌス、マルス、メルクリウスがライオンの葡萄色の血のなかで溺れ死ぬとき、三人は、消え失せるのではなく、その罪が許されるのであって、すなわち、かれらの憤怒は、愛の欲へと変容される。すなわち、ヴェーヌスからソルへの変容が行われる。火の欲が水の欲のなかに入って行くとき、水のなかから、そしてまた水のなかに光、つまり輝きがあらわれる。すなわちヴェーヌスは、白く、火の欲は、赤い。そして、ここに色の変容が起こって黄色が生じる。つまり、黄色は、白と赤とが同時に存在すると生じる色であって、王者の色である。すなわち、メルクリウスがよろこびの力に変容すると、増殖[ムルチプリカチオーン]がはじまる。死んだまま母のなかに閉じ込められていたメルクリウスは、母をソルに変容する。メルクリウスは、地上的なものをことごとく天上的なものとなし、かつて乙女がそうであった一つの性質とする。すなわち、このとき乙女もまたその名を失う。なぜなら、乙女は、その愛と真珠を騎士に与えるからである。そして、この騎士がここでは白いライオンと呼ばれるのであって、イスラエルとダビデの家の獅子と聖書に記されているとおりである。……(ベーメ,南原訳,1989,p.164)

延々と続くこのような文章には唖然とさせられるが、よく読めば、実験の過程で生じる様々な現象が語られているのだとの察しはつく。

ベーメは科学教育を受けていなかったため、科学分野の知識に乏しかったというだけでなく、科学的思考自体がキリスト教によって抑圧されていた、17世紀初頭のドイツにおける著作であることを念頭に置いておかなければならない。

上山安敏によると、ヨーロッパではドイツを含めて魔女裁判の最盛期は16世紀、17世紀であった(『魔女とキリスト教』講談社[講談社学術文庫]、1998、p.221)。

ちなみに、ベーメが亡くなった1624年イングランドに生まれたアイザック・ニュートン(Isacc Newton, 1624 - 1727)は錬金術師であったし、1627年、アイルランドに生まれたロバート・ボイル(Sir Robert Boyle、1627 - 1691)は近代科学の祖といわれるが、彼もまた錬金術師であった。

ベーメの著作では、一つの単語が重層的な意味を持っていることもあって、異様にわかりにくい表現となっている。

例えば、メルクリウス,水星(Mercurius)は、「すべての生命と運動のもと」「目に見えない力を形あるものとなす工匠、棟梁」「万物の誕生の輪」「不安の輪」「分節化によって、音、ひびき、ことばをもたらす」「聖なる内なるメルクリウスは神の息吹、言葉」「メルクリウスの毒に対抗できるのはメルクリウス自身の子キリスト」「メリクルウス固有の性質は毒の生命」「メルクリウスの毒の輪」「毒のメリクルウスのうちにこそ大きな真珠がひそむ」「メリクルウスの水は水銀」「パリサイ人」……といった使いかたがなされる。

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2018年4月24日 (火)

ヤコブ・ベーメに関するメモ2

トルストイの『戦争と平和』について書いている途中なのだが、ちょっとメモ。

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」中、「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア」に次のように書いた。

執筆中の拙児童小説『不思議な接着剤』にはグノーシス主義の福音書文書の一つ  『マリアによる福音書』に登場するマグダラのマリアをモデルとした人物を登場させるため、マグダラのマリアについて自分なりに調べてきた。
マグダラのマリアを調べるということは原始キリスト教、グノーシス主義について調べるということでもあるが、参考資料を探すうちに神智学徒として馴染んできたH・P・ブラヴァツキーの諸著がこの方面の研究には欠かせないことがはっきりしてきた。

マグダラのマリアが印象的に登場する「マリア福音書」をはじめとするグノーシス文書を色々と読んできた目でベーメの「シグナトゥーラ・レールム」を読むと、この作品がグノーシス文書群に混じっていたとしても何の違和感も起きないだろうと思った。

ベーメの哲学はキリスト教グノーシス的であるが、悲観的、厭世的なところが全くない。グノーシス思想といっても複雑だが、本来はそのようなものではないかと思う。

また何より、錬金術的である。ここでベーメを研究している時間がない。それでも、せっかくトルストイの『戦争と平和』の中でバラ十字が出てきたのだから、バラ十字と切り離せない人物であるベーメの哲学の重要な部分の引用くらいはしておきたい。

ベーメの哲学は二元論的であるが、根本に汎神論的なところがある。ダイナミックな神秘体験に圧倒される。ひじょうに難解で、一つの単語が重層的な意味合いをもっている。それでいながら音楽的で、美しい。わたしのハートが刺激されて、白い光がとめどもなく……

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2018年4月14日 (土)

ヤコブ・ベーメに関するメモ1(16日にメモ追加、まだ書きかけ)

トルストイ『戦争と平和』にはバラ十字系ロシア・フリーメーソンの記述があるので、その関連から神智学の本でバラ十字についてざっと調べたあとは、神秘家、錬金術師、神智学者とされるヤコブ・ベーメはバラ十字であったとバラ十字会のオフィシャルサイトにあったので、家にあった邦訳版のベーメの本を読んでいた。

ヤコブ・ベーメについて、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)の用語解説「ベーメ(Jacob Boehme」には「神秘家であって、偉大な哲学者であり、最も優れた神智学徒の一人である。1575年頃、ドイツのゲルリッツ市の近くに生まれ、1624年に50歳近くで没した。村の学校で読み書きを習ったあと、ゲルリッツの貧しい靴屋の徒弟となった。全く驚嘆すべき力のある天性の透視家であった。科学教育を受けず、その知識もなかったが、多くの本を書いた。今、それらの著作には科学的真理がたくさん含まれているのが証明されている」(ブラヴァツキー,田中訳、1995,用語解説p.56)と始まって、1頁まるごと使って解説されている。一方では、「この偉大な神智学徒が300年後に生まれていたとすれば、それを別の言い方で表現したであろう」(ブラヴァツキー,田中訳、1995,用語解説p.57)とも書かれている。

ヤコブ・ベーメの邦訳版著作が1冊だけ、我が家の本棚にあった。教文館刊行の「キリスト教神秘主義著作集」の中の1冊で、第13巻がヤコブ・ベーメである。

めったに邦訳版の出ることのないベーメの貴重な著作であることは、これを購入した30年ほど前のわたしにもわかっていた。

が、わたしは2人の子供の子育て真っ最中、純文学の賞狙いで熱くなっていたころだったので、当時5,000円というのは高額に感じられ――今もそうだが――、もう1冊同じシリーズの17巻に入っているサン・マルタンとどちらにすべきか、大いに迷った。

どちらか1冊しか買えないとなると、ベーメだろうか。神秘家、錬金術師として有名なベーメの著作がどんなものであるのか、触れてみたい。サン・マルタンはまたの機会に。作家の端くれにでもなれたら、自分の小遣いくらいは稼げるようになるだろうから――と当時のわたしは思った。

作家の端くれにもなれなかったわたしには今でも購入できるサン・マルタンはやはり、高価だ(アマゾンで見ると、7,020円)。ベーメは中古品しかない。この街の県立図書館にこのシリーズは置かれていないようだ。

サン・マルタンに対する興味は、バルザックの著作に度々出てくるところから来ていた(バルザックはバラ十字だった)。サン・マルタンがバラ十字の祖の一人とされている哲学者ということは知らなかったので、むしろ今のほうが強く惹かれる。そのうち中古品でも購入して読んでみなくてはと思う。

ロシア文学のすばらしさを知らない文学好きはいないと思うが、そのすばらしさがどこから来ているのか、わたしにはずっと謎だった。

今、ロシア思想界を席巻したといわれるほどにバラ十字系フリーメーソンの影響が強かったことを思うとき、ロシア文学の研究にはバラ十字の研究も加えられるべきではないかと思う。

世界的文豪とされる作家の作品にはほぼ例外なく、神秘主義の芳香がある。純文学から神秘主義的要素を削ぎ落してしまっては、純文学自体が死んでしまうのだ。

これまでにも書いてきたことだが、第二次大戦後の日本では、GHQによる公職追放によって21万人もの各界の保守層が追放された結果として左翼が勢力を伸ばし、学術研究においても彼らが主導的立場をとることになった。彼らの唯物史観に障る分野の研究はなおざりにされてきたという実情があるのだ。

拙神秘主義エッセーブログの「20 バルザックと神秘主義と現代」でも引用したが、『バルザック全集 弟三巻』(東京創元社、1994・8版)の解説で、安土正夫氏が次のようなことをお書きになっている。

従来バルザックは最もすぐれた近代社会の解説者とのみ認められ、「哲学小説」 は無視せられがちであり、特にいわゆる神秘主義が無知蒙昧、精神薄弱、一切の社会悪の根源のようにみなされている現代においてその傾向が強かろうと想われるが、バルザックのリアリズムは彼の神秘世界観と密接な関係を有するものであり、この意味においても彼の「哲学小説」は無視すべからざるものであることをここで注意しておきたい。

神秘主義に対するマルキストの誹謗中傷は、今やそっくり彼らに返っていったのではないだろうか。

話をヤコブ・ベーメに戻そう。

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ヤコブ・ベーメ(1575年 - 1624年)
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『キリスト教神秘主義著作集 第13巻』所収「神智学書簡」を読むと、ベーメの作品とされるものがどのように書かれたのか、また最初は単なる覚書として、次には方々の質問に答えようとして何冊か本を書いたがために、誹謗中傷や迫害を受けたことがわかる。

第12の手紙には次のように書かれている。

私の書いたのは、いろんな本を勉強して学んだ知識や学問によるのではなく、わたしの内部に開かれた私自身という本から書いたものです。つまり、神の高貴な像(すなわち神の似姿である人間)という本を読む恵みが与えられたのでした。(……)
主の霊がそのうちに働かない者が、神に関する事柄をどうして判断できましょうか。(……)社会的な地位などに関係なく人間のうちにあって判断を下す神の霊、目に見ることのない神の霊の助けなしには、だれひとり真理と主の御心をとらえることはできません。素人もドクトルも同じことです。
(ベーメ,南原,1989,pp.276-278)

べーメはごく平凡に日々を過ごしていたわけではなく、イエス・キリストの御心を一途に求めた人であった。ある日、それに対する応答を自らのうちに得たということのようである。

神のミステリウムについて何か知ろうとは、少しも望まなかったし、いわんや如何に探し如何にして求めたらよいか、何一つわかりませんでした。何一つわきまえぬ素人のように、私は、無知そのものでした。私が求めたのは、ひたすらイエス・キリストの御心だけ。(……)こうして心をつくして探し求めるうちに(はげしい苦悩におちいりましたが、そこから逃げ出してすべてを放棄するよりはむしろ死んだ方がましだとまで思ううちに)、扉が開き、15分間のうちに、大学で何年も学ぶよりもはるかに多くのことを見、そして知ったのでした。まことに不思議なことで、なぜまたそうなったのか自分でも分からなかった。私の心は、ただ神の御業をたたえるばかりでした。…(ベーメ,南原,1989,p.274)

ゲルリッツ市参議宛の第54の手紙には、自分や妻子に加えられる迫害から守ってほしいという切実な訴えが綴られている。ベーメの書いたものは巷で評判になり、賛否を巻き起こしたのだろう。

このささやかな本のなかで、神から賜物を授かった私の個人的ないきさつが記されておりますが、それは身分も高く、学問もある方々の依頼を断り切れず書きましたもので、いくたりかの方々の心を動かすことがあったとみえて、さる高貴な貴族の方が、愛の心から印刷させたのでございます。…(ベーメ,南原,1989,p.298)

ベーメを理解し、支援したのは、バラ十字であった人々が中心であっただろう。というのも、一般人にはベーメの作品は凡そ理解できないものであったに違いないからである。

バラ十字の最初の著作は1614年に神聖ローマ帝国(現ドイツ)のカッセルで、第二の著作は1615年にやはりカッセルで、第三の著作は1616年にシュトララースブルクで上梓されている。

バラ十字がその存在を世に知らしめ、活動を表立って活発化させた時期と、ベーメの著作が世に出た時期とが重なる。

『神智学の鍵』の用語解説「拝火哲学者(Fire philosopher)」(p.57)には、バラ十字会員はテウルギー師の後継者だと書かれている。

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010、ベールの前でIv)によると、キリスト教時代の神働術(theurgy)の最初の一派は、アレクサンドリアの新プラトン主義者イアンブリコスによって創設された。

しかし、エジプト、アッシリア、バビロニアの神殿では聖なる秘儀において神々の召喚が行われ、その役割を荷った司祭は最早期の太古の時代から神働術師と呼ばれていたという。

もしそうだとすると、バラ十字の起源は太古に遡ることになる。

『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』ベールの前で(lv)によると、神働術師はあらゆる偉大な国々の〈至聖所〉の秘教的教えに関する専門家だった。

イアンブリコスについて過去記事にもいくらか書いていたので、そこから引用する。

『神智学の鍵』の用語解説「イアンブリコス(Iamblichus)」には、イアンブリコスは「たいへんな苦行をし、清浄で真剣な生活を送った。(……)地面から約5メートルの高さまで空中浮遊したと言われている」(ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説p.17)とある。

『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』によると、神智学の創始者アンモニオス・サッカスの直弟子達プロティノスとポルフィリオスはテウルギーは危険であるとして、懸念を抱いたらしい。

イアンブリコスの一派は、プロティノスやポルフィリオスの一派とは違っていた。このふたりの高名な人物は、典礼魔術も神働術も堅く信じてはいたが,危険であるとして強く反対した。… (ブラヴァツキー,老松訳,2010,ベールの前でlvi)

イアンブリコスはピタゴラスについて最も多くを書き残している。ピタゴラス派の日々の生活がどのようであったかがイアンブリコス(水地宗明訳)『ピタゴラス的生き方(西洋古典叢書 2011 第3回配本)』(京都大学学術出版会、2011)を読むと、細かにわかる。

共同食事を解散する前に最年長者が神に献酒した後で唱える戒告が印象的なので、引用しておこう。ちなみに共同食事の献立はワイン、大麦パン、小麦パン、おかずは煮たのと生のままの野菜。神々に供えられた動物の肉も[時には]添えられた。

栽培され果実を産する植物を傷つけるなかれ、あやめるなかれ。同じく、人類に有害でない動物を傷つけるなかれ、あやめるなかれ。なおまた、神とダイモーンとへーロースのたぐいについては言葉を慎み、よい心情を抱け。また両親と恩人についても同様の心情を持て。法に味方せよ。違法と戦え。 (イアンブリコス,水地訳,2011,p.108)

ALCHEMIST(錬金術師)はアラビア語に由来し、「これはたぶん、Kemet あるいは Kem,つまりエジプトという名前がもとになっている」(ブラヴァツキー,老松訳,2010,ベールの前でxxxi)とブラヴァツキーは解説する。

ロベルトゥス・デ・フルクティブス(ロバート・フラッド)、パラケルスス、トマス・ヴォーン(エウゲニウス・フィラレテス)、ファン・ヘルモントらのような中世の薔薇十字団の団員たちは皆、錬金術師で、彼らはあらゆる無機物の中に隠された霊を探し求めた。

錬金術師を大法螺吹きのペテン師だと悪くいう者もいたが、ロジャー・ベーコン、アグリッパ、ヘンリー・クーンラート、化学の秘密のいくつかをヨーロッパに伝えたアラビア人ゲベルのような人たちに対しては詐欺師扱いも愚か者扱いもできまい。デモクリトスの原子論を基礎として物理科学を改革しつつある科学者たちは、アプデラのデモクリトスが錬金術師だったことを都合よく忘れている――とブラヴァツキーはいう。

また、ブラヴァツキーは次のようにもいって、錬金術師たちがどのような人々であったかに注意を促す。

自然に関する秘密の作業に一定方向にあれほど入り込んでいける人は,すばらしい理性の持主であり,研究を重ねてヘルメス哲学者になったに違いない,ということも都合よく忘れているのである。(ブラヴァツキー,老松訳,2010,ベールの前でxxxii)

前述したように、ベーメの最初の著作『Aurorat(アウローラ)』は1612年に著された。切々と訴える具体的な文面から、ベーメが大変な日々を過ごしたことがわかる。

はじめて書いた本(アウローラ)は天からの授かりもので、私ひとりのために覚え書きのつもりで書き綴り、ひとには見せる考えはなかったところ、神のかくれたるおぼしめしか、いつか手許を離れ、牧師長様のお目に触れることとなったその次第は、尊敬おく能わざる参議のよく御存じのところと愚考します。私自身そのころ何一つわきまえず、たどたどしい言葉で、哲学、錬金術、神智学の根底について書き記し、それが人の目にふれるとは夢にも思いませんでした。牧師長様は、まさに他ならぬこの本を、私の意図に反してとり上げ、中傷してとどまるところを知らず、私は、キリストの名を辱めないために、ひたすら忍耐を重ねたのでございます。
しかるにお役所に呼ばれ、理由を述べて申し開きをせざるを得ない羽目になりましたとき、牧師長様は、今後一切筆をとり、ものを書かぬよう命ぜられ、私もそれをよしとしたのでございます。神がこの私を用いて何を為さんとおぼしめしているのか、その神の道がそのころの私にはまだわからなかったのでございます。とまれ、私の沈黙とひきかえに、牧師長様ならびに副牧師の方々は説教壇では私のことを言わぬと御約束なさったにもかかわらず、その後もひきつゞき中傷を受け、およそ根も葉もないあらぬことを申され、そのため町中の人々はそれを信じて、私ばかりか妻子も、さらし物となり、気違い同様の扱いを受けたのでこざいます。(……)
私の授かったものを検証するには、一般の人々ではなく、博士、牧師、学問のある貴族の方々が必要なのでございます。…(ベーメ,南原,1989,pp.296-300)

ヤコブ・ベーメの著作を読むと、ああやはりこれは神智学の著作だと思わざるをえない。ヤコブ・ベーメ(南原実訳)『キリスト教神秘主義著作集 第13巻』(教文館、1989)の「シグナトゥーラ・レールム ――万物の誕生としるしについて――」の中の宇宙発生、天地誕生の下りからしてそうだ。

今日も時間切れ。ごはんの用意を含む家事があるので、中断します。今日は久しぶりに炒り豆腐をしようかな、アジを焼き、水菜とハムを和えて。それと、味噌汁かスープ
pp.38-39。ここにはあとで続きを書きます。

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