カテゴリー「Theosophy(神智学)」の215件の記事

2019年5月23日 (木)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (2) (※書きかけです)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (1) 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2019/04/post-f68a49.html

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パメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lindon Trvers,1899-1996)の評伝、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006、p.43)によると、「グルジェフの死後1952年に出版されたトラヴァースのメアリー・ポピンスの物語の第4巻『公園のメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in the Park、53歳)にはグルジェフの考え方が織り込まれているという。

また、晩年に出版された第9巻『さくら通りのメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in Cherry Tree Lane、1982年、83歳)、第10巻『メアリー・ポピンズとおとなりさん』(Mary Poppins and the House Next Door、1988、89歳)では、森によると(2006,p53)、ますます「グルジェフの神知学」の影響が大きくなるそうだ。

当記事は神智学の影響を受けたというトラヴァースの代表作であるメアリー・ポピンズの物語にどの程度、ブラヴァツキーの神智学の影響が窺えるかを調べるのが目的であるから、神智学の流れを汲むというグルジェフに踏み込むのは別の機会にしたいと思う。

ブラヴァツキーの神智学の観点から読むと、確かに、いわゆる神智学の影響が色濃く感じられるのは初期のメアリー・ポピンズの物語中第1巻『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins、1934年、35歳) 、第2巻『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins Comes Back、1935年、36歳) である。

53歳で出版された『公園のメアリー・ポピンズ』は洗練された作品となっており、トラヴァースの児童文学作家としての成熟が感じられる。神秘主義的な作風であるが、格別に神智学を感じさせられる箇所は見つけられなかった。グルジェフの思想のオリジナルな部分からの影響がそれだけ強いということだろうか。

『さくら通りのメアリー・ポピンズ』と『メアリー・ポピンズとおとなりさん』には、いくらか筆の衰えを感じさせられるものがあった。

しかしながら、この2作品には幻想的というより夢幻的といったほうがいいような趣があり、現実と異世界の境界が曖昧で、このころ既にトラヴァースは異世界の住人となっていたようですらあって、夢見心地で書かれたような何か朧げな、恬淡とした味わいがある。

以上のことから、当記事で採り上げるべき作品は初期の前掲2作品ということになる。ロマンティックなところのある『風にのってきたメアリー・ポピンズ』は過去記事で採り上げたから、ここでは『帰ってきたメアリー・ポピンズ』を採り上げたい。

P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店⦅岩波少年文庫 053⦆、2001新版)では、アナベルという女の子が4人の下に生まれ、バンクス夫妻は5人の子持ちになるわけだが、そのアナベルがゆりかごの中で、ムクドリの問いかけに答えて、自らの起源を語る。

私見によると、この場面でアナベルが語る3箇所に、神智学色が濃厚に表れているのである。引用する。ここに2箇所ある。

「話しておやり、アナベル!」と、親どりが、しゃがれ声でいいました。
 アナベルは、毛布の下で、手を動かしました。
「わたしは、土と空と火と水なの。」と、しずかにいいました。「わたしは闇[やみ]のなかからきたの。なんでも、はじまりはそこなの。」(トラヴァース,林訳,2001,p175)

旧約聖書の創世記にも「闇」が出てくるが、アナベルが語る「闇」とは重要度が異なる印象である。聖書から見てみよう。

❗❗ すみませんが、ちょっと中断します。まだ途中ですが、アップしておきます。この記事は書きかけです。

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2019年5月 7日 (火)

星学に関するブラヴァツキーの言葉(再掲及び加筆)

近代神智学運動の母ブラヴァツキーは、星学についても書いている。天文学と占星術はもともとは星学という名のもとに一つであったので、ブラヴァツキーも星学という用語をそのような意味で用いているのではないかと思う。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)には次のようなことが書かれている。

生まれる時すでに、各人の人生はアストラル光に描かれているが、それは宿命論的なことではなく、ただ、未来は過去と同じくいつも現在の中に生きているからである。こうして各人の運命、各子供の誕生と関係のあるリピカ達は、星学にも影響を及ぼすと言える。気が進んでも進まなくても、私達は星学の真実を認めざるを得ない。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,332頁)

リピカはマハットの一部といわれ、マハットとは顕現した神聖な概念作用である。詳しくは、前掲書を参照されたい。

現在、過去、未来については、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の『67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実』でも引用したが、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250)

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)にも星学に関して深遠なことがいろいろと書かれているが、実生活で役立つことも書かれている。

公開の場所に群がる『大気の精』即ちエレメンタル達から身を守るために、その時をつかさどる惑星の色の玉石の指輪をはめるか、またはその惑星に相応する金属製のものを身につけたほうがよい。しかし、やましいところのない良心と、人類を益しようという確固とした決意は最良の保護を与えるものである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,186頁)

現代では、国家を占うときにはマンデン占星術という手法が使われるが、 H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)の用語解説「星学(Astrology)では分類法が異なり,「マンデーン星学」は気象学、地震学、農業応用に関するものであって、「国家、国王、統治者の未来に関わる国や政治の問題」とは別の分野のものとなっている。ブラヴァツキーの星学に関する長い解説は貴重。 

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2019年4月20日 (土)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (1) 

パメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lindon Trvers,1899-1996)の評伝、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006)で彼女が受けた思想的影響をざっと見ていくと、AE(George William Russell  ジョージ・ラッセル,1867-1935)を通じて「マダム・ブラバツキの神知学協会」を知ったトラヴァースは「はじめは疑問をいだいていた」が、『ニュー・イングリッシュ・ウィクリー』の編集者アルフレッド・リチャード・オイレジ(Alfred Richard Orage,1873-1934)の話を聞き、「積極的な信奉者に変わった」。

1933年、AEを通じてオイレジと知り合ったトラヴァースは、1年の交流の間にオイレジの編集する前掲誌の劇評家となり、またオイレジを通じてジョージ・イワノヴィチ・グルジェフ(George Ivanovitch Gurdjieff,1866-1949)に出会ったのだった。オイレジはグルジェフの布教活動をしていたのである。

「マダム・ヘレナ・ブラヴァツキ(Helena P.Blavatsky,1831-1891)の神知学の流れをくむ」グルジェフは、彼の提唱する「仕事」を通じ、「知性と感情と肉体の三つをつなぎバランスをとること」で「本来的自己(霊性)」に目覚め、「それが神性と同じであることを認識し救済に至る」という思想を説いていた。

※グルジェフについては無知で、現時点では未知の人物であるため、評伝をそのまま引用する。ブラヴァツキーの神智学に関する著者の解説は割愛させていただいたが、わたしには違和感があった。

トラヴァースはグルジェフの教えに共鳴した。グルジェフの死後出版された『公園のメアリー・ポピンズ』には、グルジェフの考えが盛り込まれているという。

1963年に京都を訪れたトラヴァースは「アメリカ人で日本人と結婚し、禅の修行を積んだ」ルース・ササキという女性から教えを受けた。また「グルジェフ派のグループの会合にはリーダー格として参加し、インド人の導師クリシュナムルチ(Krishnamurti)をグルジェフの再来として崇拝した」。

1963年、トラヴァースはディズニーによるミュージカル映画『メアリー・ポピンズ』の制作に顧問として参加する。映画は1964年に封切られたが、それはトラヴァースの期待を裏切るものだった。

「エドワード朝の平凡な主婦」のバンクス夫人が「婦人参政権論者」に仕立てられ、「行儀をわきまえているはずの」メアリーのスカートが舞い上がって下着が見え、「アニメ化されたペンギンがファンタジーを損なう」などであった。バートと絵のなかに入る「外出日」が目玉扱いされているのも不満だった。

最もトラヴァースを失望させたのは、「メアリー・ポピンズがただの使用人になってしまい、作品の特徴である神秘性が感じられない」ところであった。

以上、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006)16~46頁を参考・引用させていただいた。

トラヴァースはケルトの文芸復興運動とも関わりが深そうなので、その方面からも見る必要があるだろうが、ここではただ、神智学の影響を色濃く感じさせる部分を拾うに留めたい。過去記事では『風にのってきたメアリー・ポピンズ』を見ていった。

メアリーが子どもたちの世話役として勤務するバンクス家には、4人の子どもがいた。ジェイン、マイケル、双子のジョンとバーバラである。

P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店⦅岩波少年文庫 053⦆、2001新版)では、アナベルという女の子が4人の下に生まれ、バンクス夫妻は5人の子持ちになる。

 

❗上でトラヴァースが受けた思想的影響をざっと見たので、このあと『帰ってきた』で、神智学の影響を色濃く感じさせる箇所を引用する予定です。パソコンをつかえないため、iPadで書いており、時間がかかるため、途中ですが、アップしておきます。

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2019年3月 8日 (金)

P.L.トラヴァースにおける近代神智学の影響を考察する ①みんなおなじ

過去記事に書いたことだが、繰り返していうと、トラヴァースと神智学の関係は、森恵子氏の評伝『P.L.Travers(現代英米児童文学評伝叢書)』(KTC中央出版、2006)に出てくる(20~21頁参照)。

1933年、トラヴァースはアイルランドの文芸復興運動の指導者の一人で詩人であったAE(ジョージ・ラッセル George William
Russell, 1867 -
1935)に頼み、AEの友人で『ニュー・イングリッシュ・ウィークリー』の編集者アルフレッド・リチャード・オイレジ(Alfred Richard
Orage,1973 - 1934)に紹介して貰う。

トラヴァースはオイレジに才能をみこまれ、『ニュー・イングリッシュ・ウィークリー』に詩を寄稿、ほどなく同誌の劇評家となった。オイレジはマダム・ヘレナ・ブラヴァツキ(Helena
P.Blavatsky、1831 – 1891)の神知学派の流れをくむジョージ・イワノヴィッチ・グルジェフ(George Ivanovich
Gurdjieff,1866 - 1949)の布教活動をしていた。

トラヴァースはオイレジを通じグルジェフに出会った。トラヴァ―スにとって、AEは文学的な父、グルジェフは精神的な父であった。

<ここから引用>
当時、マダム・ブラヴァツキの神知学協会は、AEやイェイツにも大きな影響を与えていた。AEから聞いた神知学にはじめは疑問をいだいていたトラヴァースだったが、オイレジの話を聞き積極的な信奉者に変わった。彼女が実際にグルジェフに会うのは1936年である。
 神知学には、ゾロアスター教やヒンズー教、グノーシス主義などが混同している。人間は肉体に閉じこめられ本来の自己(霊性)を忘却し深い眠りのなかに落ちこんでいる。眠りをさまし本来的自己に目覚め、それが神性と同じであることを認識し救済にいたるという思想である。目覚めるためには超人的な努力が必要である。グルジェフの提唱する「仕事」を通じ、知性と感情と肉体の三つをつなぎバランスをとることで、それが可能となる。ところでトラヴァースによれば、妖精物語は人間の真の姿を見せてくれるものであり、それは子ども時代以降は眠りに落ちている。自分が何者であるかを認識するために、人間は妖精物語を眠りから呼び覚まさなければならない。トラヴァースは眠っている妖精物語と本来的自己は同じものと考え、ここで彼女のなかで妖精物語と神知学は結びつくのである。

<ここまで引用>
(森,2006,pp.20-21)

わたしはグルジェフは未読であるし、神智学の説明とトラヴァースの考えには若干違和感があるけれど、トラヴァースがブラヴァツキーの神智学の影響を受けていると思わせられる箇所をP.L.トラヴァースの「メアリー・ポピンズ」シリーズから拾ってみたい。

『風にのってきたメアリー・ポピンズ』で、ジェインとマイケルはメアリー・ポピンズのお誕生日に動物園へ行く。檻の中には動物の代わりに人間が入っていて、動物はみんな外へ出ている。キング・コブラがいう。

<ここから引用>
たべることも、たべられることも、しょせん、おなじことであるかもしれない。わたくしの分別では、そのように思われるのです。わたくしどもは、すべて、おなじものでつくられているのです。いいですか、わたくしたちは、ジャングルで、あなたがたは、町で、できていてもですよ。おなじ物質が、わたくしどもをつくりあげているのです――頭のうえの木も、足のしたの石も、鳥も、けものも、星も、わたくしたちはみんなかわりはないのです。すべて、おなじところにむかって、うごいているのです。
<ここまで引用>
(トラヴァース、林訳、2003,pp.249-250)

「おなじものでつくられている」というキング・コブラの言葉から連想されるのは、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)に出てくる次の文章である。

<ここから引用>
無限で不死不生の唯一の宇宙元素だけが存在し、その他のものすべて、即ち大宇宙的結果から小宇宙的結果に至るまで、又超人から人間や人間より下の存在に至るまで、簡単に言えば、客観的存在のすべては、その唯一のものが多種多様に分化した諸面であり、今は相関関係(correlation)といわれている変形であることをもし学徒が覚えているならば、最初の主な難点はなくなり、オカルト宇宙論に熟達することができるだろう。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,p.293)

よほど大事な教えなのだ、同じ教えが言葉を変えて幾度も繰り返されるのだから。

<ここから引用>
星から鉱物原子に至るまで、最高のディヤーニ・チョーハンから最少の油虫に至るまで、完全な意味で、大自然の複合物の各構成部分の究極的エッセンスが根本的に統一していることは、オカルト科学の唯一の基本である。それが霊的世界または知的界、物質界のいずれに当てはめられても違いはない。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,p.352)

ということは、神智学で叩き込まれるこの教えがその人の思考形態を根本から支えていない限り、その人が神智学の影響を受けたということはできないに違いない。トラヴァースはこの基本を押さえていた。

「子どもも、ヘビも、星も、石も――みんなおなじ。」(トラヴァース、林訳、2003,p.251)というキング・コブラのシューシューいう声が低くなってきて、身をゆすり、ゆすられているような心地よさのなかで、「なかばかくした、やわらかい光」(トラヴァース、林訳、2003,p.251)がふたりの顔にあたる。「よくねて、夢でもみているよう――ふたりとも。」(トラヴァース、林訳、2003,p.252)といったひくい声がキング・コブラの声だったのか、おかあさんが毛布をなおしながらいったのか。ジェインとマイケルは夢うつつである。

「なかばかくした、やわらかい光」というのは月の光だろうか、それとも別の神秘的な――例えばオーラの光とか――だろうか? トラヴァースはしばしばこのような紗のかかったような、直截的でない繊細な表現をとり、それが作品を陰翳に富む、謎めいた、神秘がかったものにしている。

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2019年3月 7日 (木)

一般公開されている、神智学勉強会の動画「チャクラ」

わたしはチャクラについて不勉強で、知りたいと思っていましたが、神智学協会ニッポン・ロッジの機関誌でジェフ・クラークさんがブラヴァツキーの論文から訳してくださっているのがとても参考になります。

やはりわたしには、ブラヴァツキーの説明が――難解な箇所はあっても――わかりやすく、科学的に深く、総合的で、明晰な美しさに充ちており、最も信頼の置けるものに感じられます。

チャクラに関する神智学勉強会の動画が、YouTubeで一般公開されています。関心がおありのかたは如何でしょうか。

会員専用動画は紹介できませんが、一般公開されている動画ならリンクを張っても叱られないでしょう。以下。

the Theosophical Society in Japan神智学協会

チャクラ①
https://youtu.be/SZnS5fQX54I
チャクラ②
https://youtu.be/WzLEnrHEIzY
チャクラ③
https://youtu.be/QGZ5r7D2prQ
チャクラ④
https://youtu.be/h9XNUiWPHFo

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2019年2月22日 (金)

魔法というにはあまりにも自然で美しい、原作のメアリー・ポピンズ

1964年ウォルト・ディズニー・カンパニー製作のミュージカル映画「メリー・ポピンズ」、2018年ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作のミュージカル映画「メリー・ポピンズ リターンズ」の原作であるメアリー・ポピンズのシリーズから邦訳された以下の本を図書館から借りたことは、過去記事で書いた。

  • P.L.トラヴァース(林容吉訳)『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店、2003・新装版)
  • P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店、2001・新版)
  • P.L.トラヴァース(荒このみ訳)『さくら通りのメアリー・ポピンズ』(篠崎書林、1983)
  • P.L.トラヴァース(荒このみ訳)『メアリー・ポピンズとお隣さん』(篠崎書林、1989)
  • 森恵子『P.L.Travers』(現代英米児童文学評伝叢書8、KTC中央出版、2006)

一昨日から鍋にかまけていて、まだ読了できていない。『さくら通りのメアリー・ポピンズ』『メアリー・ポピンズとお隣さん』は83歳、89歳のときの上梓とあって、さすがに筆の衰えを感じさせられるところがあり、どちらもスケッチ風の作品となっている(年齢を考えれば、その筆力には感心させられる)。

子供のころ、最初のほうの保証人がどうのというくだりで「わあ面倒臭そうなお話……」と思い込んで読む気が失せた『風にのってきたメアリー・ポピンズ』を改めて読み、子供のころはつまらない箇所に躓いていたものだと呆れた。

還暦を過ぎた年齢になってちゃんと読んで、メアリーにすっかり魅了されてしまったのだった。『不思議の国のアリス』も同様に子供のころに躓いた作品だった。

2010年5月 6日 (木)
アメリカンな『アリス・イン・ワンダーランド』とルイス・キャロルの世界
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/05/post-141c.html

この記事を書いたころはまだ、ハリウッド映画は全然変ではなかったなあ。

『風にのってきたメアリー・ポピンズ』は正真正銘の純文学作品であり、メアリーの心情が繊細に表現され、子供たちの描写は細やかで、まるで本当に生きているかのようだ。邦訳がすばらしい。

わたしはすっかり子供たちの一人になってしまって、メアリーの動作に釘付けになっていた。「ねるまえに一さじ」と書いた紙の貼ってある大きなびん。

子供たちと同様、わたしもそれを飲むのを一旦は拒絶した。

ところが、「マイケルは、息をとめて、目をつぶり、グッとのみました。おいしい味が、口じゅうにひろがりました、舌をまわして、あじわいました。そして、のみこむと、うれしそうに、にっこり笑いました」(トラヴァース,林訳,2003,p.22)という文章を読み、興奮してきた。

苦くはなく、ストロベリー・アイスの味がするようだ。マイケルはもっととせがむが、メアリーはきつい顔をしてジェインのぶんをついでいた。「それは、銀や緑や、黄色に光って、スプーンに流れこみました」(トラヴァース,林訳,2003,p.22)と文章は続き、ジェインはライム・ジュース・コーディアルだわ、という。ライム・ジュースのような味なのだろう。

ふたごのちびちゃんたち、赤ん坊のジョンとバーバラも飲ませて貰って、バーバラなんかは、まるでネコみたいに喉を鳴らして満足そうだ。わたしにも、ねえ、わたしにもちょうだい。メアリー・ポピンズ!

それからメアリー・ポピンズは、もう一さじついで、しずかにじぶんでのみました。『ラム・パンチ。』といって、舌をならして、びんのせんをしました」(トラヴァース,林訳,2003,p.24)

わたしは飲ませて貰えず、そのことが本気で残念に思われるほど、物語の世界に完全に入り込んでいた。不思議な飲み物の場面一つとっても、ひじょうに丹念に描かれている。

メアリーの恋人らしい画家兼マッチ売りのバードが描いた絵の中に、メアリーとバートが入っていく過程は、「メリー・ポピンズ リターンズ」の中でメアリーや子供たちが壺の絵の中に入っていくそれとは比較にならないくらい自然な成り行きでありながら、原作は映画にはない神秘性と詩情を湛えている。

その前の場面で、バートは絵が売れず、メアリーをお茶に誘えなかったと書かれていた。メアリーはバートにいった。「けっこうよ、バート。気にすることはないわ。お茶にいかないほうが、いいくらい。どっちかというと、おなかにもたれるから――ほんとよ」(トラヴァース,林訳,2003,p.25)

バートは、白い手袋をはめたメアリー・ポピンズの手をとると、かたく、にぎりしめました。そしてふたりは、ならんで、かきならべた絵の列にそって歩きだしました」(トラヴァース,林訳,2003,p.35)

絵の描写も細やかだ。その絵を見たメアリーはいう。「『まあ、バート。すばらしいじゃないの!』そして、そのいいかたは、その絵が、ほんとなら王立美術館にかざるのがあたりまえなのに、というようにきこえました」(トラヴァース,林訳,2003,p.35)

メアリーがバートの絵に心酔していればこそ、バートの誘いにのったメアリーは彼と絵の世界に入ることができたのだろう。それは、魔法というにはあまりにも自然で、美しい。

<ここから引用>
そこは、なんてあおあおとしていて、なんてしずかなのでしょう! そして、足もとの芝生は、なんとまたやわらかで、こまやかなことでしょう! ふたりは、とても、ほんとうだとは思えませんでした。しかし、緑の枝は、下をくぐろうとすれば、帽子にあたって、さわさわ音をたてましたし、歩いてゆくくつのまわりには、いろいろの小さな花が、まつわりつくようでした。ふたりは、おどろいて顔を見あわせました。
<ここまで引用>
(トラヴァース,林訳,2003,pp.36-37)

恋人たちはそこで、現実の世界では叶わなかったお茶の時間を楽しむ。

原作は映画と比較すれば本当に自然な感じで、バンクス夫妻は長短併せ持つ普通の人々だ。バンクス夫人は映画とは違って、リベラルな社会活動などしていず、家にいる。

普通の人々が脇を固めているからこそ、闖入者達の風変りっぷりが際立つのだ。

神智学の影響は作品全体から感じられた。特にそのように思えた箇所を引用しておきたいが、それはまとめの段階で。これから、『帰ってきたメアリー・ポピンズ』を読む。

ところで、鍋にかまけていたと先述した。これは次の記事で。

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2019年2月18日 (月)

神智学の影響を受けたメアリー・ポピンズの生みの親、パメラ・リンドン・トラヴァース

このところの一連の記事を神秘主義エッセーブログにまとめ、萬子媛の小説ノートをアップしてようと思っていたところ、またしても新たな課題が出現した。

また小説に入るのが延びるが、これは嬉しい課題で、大雑把にでもまとめておきたい。

神智学の影響を受けたパメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lyndon Travers、P.L.Travers、1899年8月9日 - 1996年4月23日)とその作品について、である。

実は昨日、2018年ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作のミュージカル映画「メリー・ポピンズ リターンズ」を娘と観た。夫は「アクアマン」を観た。面白かったそうだ。

わたしも還暦を過ぎ、「シニア割引」を利用できるようになったため、一人で映画を安く観ることができるようになった。これまでは「夫婦50割引」を利用していて、夫の好みに合わせていた。

「アクアマン」も観たい気がしたが、児童文学作品の映画化となると、どう映画化されたのか気にかかり、その関心から観たいと思うことが多い。

前作、1964年ウォルト・ディズニー・カンパニー製作のミュージカル映画「メリー・ポピンズ」(原題: Mary Poppins)は、テレビで視聴した記憶がある程度だった。ジュリー・アンドリュースが大好きなので、「チム・チム・チェリー」「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」「2ペンスを鳩に」「お砂糖ひとさじで」など、劇中の名曲を集めたLPレコードを持っていた。

で、昨日観た「メリー・ポピンズ リターンズ」だが、前半は夢見心地にさせてくれる美しい映像に加えて、メリー役の綺麗なエミリー・ブラントが頑張っているところ、子供たちの可愛らしさが好ましく、楽しめたが、後半になると原作にも前作にもない、説教臭さやストーリーのあざとさが見えてきて、警戒心が出てきてしまった。

前作の記憶が曖昧だったので、はっきりとしたことはいえないながら、こんなに赤い――リベラルっぽい――印象の映画だったかなと疑問が湧いたのだった。

「くるみ割り人形と秘密の王国」もそうだったが、最近のハリウッド映画は、底抜けに楽しませてくれない。

90 映画「くるみ割り人形と秘密の王国」とホフマンの原作
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/12/15/005345

前作の舞台は1910年のロンドン。

続編リターンズの舞台は、25年後のロンドン。

その時代はガス灯、大恐慌時代のロンドンで、ガス灯掃除人の白人たちが貧困暮らしを強いられている風だ。長女ジェーンは前作の母親がそうであったように社会活動をしている。母親が女性参政権運動をしていたのに対して、ジェーンは労働者の支援活動をしている。弟マイケルは妻を亡くし、経済的窮地に陥っていた。

ところが、その1935年のロンドンでは――ありえなかったことだが――黒人が弁護士を勤めていたり、銀行の案内係を勤めていたりと見事に社会進出を果たしている。一方、白人間では、依然として、ひどい格差があるようだ。

キング牧師の名で知られるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr. 1929 - 1968)がアフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動し、アメリカ各地で公民権運動が盛り上がる中、“I Have a Dream”(私には夢がある)を含む演説を行ったのは1963年のことだった。

インド独立の父マハトマ・ガンディーに啓蒙されたキング牧師は、徹底した「非暴力主義」を貫いたことで、有名である。ガンディーは過去記事でも書いたように神智学協会の影響を受けている。

ガス灯の時代に黒人の社会進出が実現しているかのような、ちぐはぐな描きかたになったのは、イデオロギーを感じさせない原作の映画の続編にイデオロギーを捻じ込んだためだろうか。

そうではなく、たぶん、リターンズで描かれた社会は1935年のロンドンではなく、現代のロンドンあるいはアメリカなのだ。

原作のメアリー・ポピンズも、映画の前作メリー・ポピンズも、時の政治体制外にいるニュートラルな存在で、そのポピンズから見れば、ブルジョアであるバンクス夫妻の子供たちは貧困者だったのだ。

よい家に住み、よい服を着、御馳走を食べなれている子供たちは、ある意味で、懐の寒い庶民の子供たちと同じくらいか、それ以上に貧しかったのである。鳩にあげる餌の代金2ペンスさえ自由にならなかったのだから。厳格なうえにケチな父親のせいで。

社会活動に忙しい母親のせいで、愛情にも飢えていた。メリーに映るバンクス家の子供たちはある意味で貧しい、愛情に飢えた子供たちだったのだ。

バンクス氏は首を宣告されたときになって、メアリー・ポピンズの魔法の言葉を思い出して愉快になったことで金銭欲から解放される。それを見届けるのを待っていたように、前作のメアリーは去っていった。

子供達がバンクス氏に差し出した小遣いが、続編のリターンズでは、何と投資としての効果を生み、いつしか莫大な儲けとなって、マイケルの窮地を救い、一家は家を手放さずに済む。

そして、この続編のメリーはブルジョアジーの味方である。家族を抱えているに違いない大勢のガス灯掃除人(自転車アクロバット野郎)をビックベンにロック・クライミングさせて平気だ。

どんな義理があって、大勢の貧しいガス灯掃除人達はバンクス家のために命を賭けてロック・クライミングしなければならなかったのだろう? 労働者の団結を謳い、支配者に隷属させる構図が透けて見える。

皆が公園で風船遊び(?)に興じた4年後の1939年に、現実の世界では大戦の火蓋が切られた。

原作、前作に比べて、メリーの魔法は人々に気晴らしをもたらすだけのただの余興となっていた。

続編リターンズからはグローバリズムの肯定、共産主義礼賛が嫌でも見てとれ、ハリウッドはかつてソ連共産主義者で赤かったが今は中国共産党の影響で赤いという河添恵子さんの指摘が正しいことを感じさせられた。穿った見方だろうか。

以下の動画は、【Front Japan 桜】ハリウッドの反トランプは親中国共産党!? / 「蛍の光」とセンタ ー試験問題 / 北方領土問題、何かが動く?[桜H31/1/23]。

映画の原作となったトラヴァースの本を図書館から借りた。児童図書を借りるのは、子供が本を借りようとするのを邪魔するようで悪い気がするが、幸い同じ本が何冊もあって、新しい本以外は眠っていることがわかった。映画の影響か、新しい『風にのってきたメアリー・ポピンズ』は貸出中。

眠っている何冊かの本の中から一冊借りた。新品のように綺麗だ。大人たちが昔ほどには純文系の児童図書を子供に読ませなくなっているのだろうか。書店員だった娘は、そんな風にいっていた(現在は転職して病院勤め)。

「メアリー・ポピンズ」シリーズは全10巻である。

  • 1934年(35歳)第1巻『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins)
  • 1935年(36歳)第2巻『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins Comes Back)
  • 1943年(44歳)第3巻『とびらをあけるメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins Opens the Door)
  • 1952年(53歳)第4巻『公園のメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in the Park)
  • 1962年(63歳)第5巻『メアリー・ポピンズ AからZ』(Mary Poppins from A to Z)
  • 1968年(69歳)第6巻『メアリー・ポピンズ AからZ ラテン語編』
  • 1969年(70歳)第7巻『メアリー・ポピンズのぬり絵絵本』(Mary Poppins Story for Coloring)
  • 1975年(76歳)第8巻『メアリー・ポピンズのお料理教室―おはなしつき料理の本』(Mary Poppins in the Kitchen: A Cookery Book with a Story)
  • 1982年(83歳)第9巻『さくら通りのメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in Cherry Tree Lane)
  • 1988年(89歳)第10巻『メアリー・ポピンズとお隣さん』(Mary Poppins and the House Next Door)

借りた本は以下。

  • P.L.トラヴァース(林容吉訳)『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店、2003・新装版)
  • P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店、2001・新版)
  • P.L.トラヴァース(荒このみ訳)『さくら通りのメアリー・ポピンズ』(篠崎書林、1983)
  • P.L.トラヴァース(荒このみ訳)『メアリー・ポピンズとお隣さん』(篠崎書林、1989)
  • 森恵子『P.L.Travers』(現代英米児童文学評伝叢書8、KTC中央出版、2006)

まだこれから読むところなので、どの程度の加筆になるかはわからない。神秘主義エッセーブログにアップする予定。

トラヴァースと神智学の関係は、森恵子氏の評伝『P.L.Travers』に出てくる(20~21頁参照)。

1933年、トラヴァースはアイルランドの文芸復興運動の指導者の一人で詩人であったAE(ジョージ・ラッセル George William Russell, 1867 - 1935)に頼み、AEの友人で『ニュー・イングリッシュ・ウィークリー』の編集者アルフレッド・リチャード・オイレジ(Alfred Richard Orage,1973 - 1934)に紹介して貰う。

トラヴァースはオイレジに才能をみこまれ、『ニュー・イングリッシュ・ウィークリー』に詩を寄稿、ほどなく同誌の劇評家となった。オイレジはマダム・ヘレナ・ブラヴァツキ(Helena P.Blavatsky、1831 – 1891)の神知学派の流れをくむジョージ・イワノヴィッチ・グルジェフ(George Ivanovich Gurdjieff,1866 - 1949)の布教活動をしていた。

トラヴァースはオイレジを通じグルジェフに出会った。トラヴァ―スにとって、AEは文学的な父、グルジェフは精神的な父であった。

<ここから引用>
当時、マダム・ブラヴァツキの神知学協会は、AEやイェイツにも大きな影響を与えていた。AEから聞いた神知学にはじめは疑問をいだいていたトラヴァースだったが、オイレジの話を聞き積極的な信奉者に変わった。彼女が実際にグルジェフに会うのは1936年である。
 神知学には、ゾロアスター教やヒンズー教、グノーシス主義などが混同している。人間は肉体に閉じこめられ本来の自己(霊性)を忘却し深い眠りのなかに落ちこんでいる。眠りをさまし本来的自己に目覚め、それが神性と同じであることを認識し救済にいたるという思想である。目覚めるためには超人的な努力が必要である。グルジェフの提唱する「仕事」を通じ、知性と感情と肉体の三つをつなぎバランスをとることで、それが可能となる。ところでトラヴァースによれば、妖精物語は人間の真の姿を見せてくれるものであり、それは子ども時代以降は眠りに落ちている。自分が何者であるかを認識するために、人間は妖精物語を眠りから呼び覚まさなければならない。トラヴァースは眠っている妖精物語と本来的自己は同じものと考え、ここで彼女のなかで妖精物語と神知学は結びつくのである。

<ここまで引用>
(森,2006,pp.20-21)

わたしはグルジェフは未読である。神智学の説明とトラヴァースの考えには若干違和感があるが、トラヴァースが神智学の影響を受けていたとは知らなかった。

グルジェフといえば、ニュージーランド出身の作家キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield, 1888 - 1923)も、グルジェフの影響を受けていたのではなかったか。マンスフィールドは、ヴァージニア・ウルフがライバル視した短編小説の名手であった。

「メリー・ポピンズ リターンズ」の描きかたに疑問を抱かなければ、トラヴァースについて特に調べることもなく、神智学の影響についても知らないままだっただろう。

それにしても、神智学協会の影響による文化的業績が片っ端から赤く染められていっているようで、嫌な感じがする。

このところ児童文学作品に触れる時間がなく、飢えていた。萬子媛の小説が遅れるけれど、しばしトラヴァースの作品に純粋に浸ってみたい。

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2019年2月13日 (水)

病気、瞑想について、ひじょうに慎重だったブラヴァツキー。全くの黒魔術である前世療法。

この記事は、一昨日書いたことの続き、あるいは補足になる。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)によると、1888年、神智学協会の秘教部門が創立された。

ブラヴァツキーの死後、彼女が秘密厳守として部門に授けた教えを、ある弟子達が誓いを破って公開した。近年、「秘教部門の教え」は、同題の単行本として出版され、『ブラヴァツキー文集』の第12巻にも出ており、前掲書『実践的オカルティズム』の第三部「『秘教部門の教え』より」は、そのわずかな一部だそうだ。

秘教部門は前掲書によると、神智学協会を創立当時の線に戻すために、「勇敢な魂の持ち主達の選ばれたグループ、本当の霊的進歩と魂の智慧を渇望している信念の堅いわずかな男女」の間で「同胞愛的結合を増進することにより、神智学協会全体の未来の成長を正しい方向に向けるよう助ける」目的で、創立された。(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.148)

この秘教部門の段階は、実践的オカルティズム即ちラージャ・ヨーガを学ぶための見習いの段階とある。ラージャ・ヨーガとは、「瞑想によって悟りの境地に入る修行法。パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』はこの根本聖典である。(略)」(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,「用語解説」p.27)

「いくつかの例外的な場合以外は、学徒は物質化現象の起こし方を教えられることはなく、いかなる魔術的な能力を発達させることも許されない」。「秘教部門の本当の部門長はある大師である。H・P・ブラヴァツキーはこの部門のためのこの方の代弁者である」。(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,pp.145-146)

このような記述からすると、『実践的オカルティズム』で紹介された第三部「『秘教部門の教え』より」で述べられていることは、ある大師のお言葉と考えてよい。

必読書として、シークレット・ドクトリン、バガヴァッド・ギーター、道の光、パタンジャリのヨーガ哲学、三種類の雑誌が挙げられている。

21条からなる「秘教部門の規則」の中に、飲食に関する注意がある。「あらゆる種類のワイン、酒、アルコール飲料、麻酔性または麻酔性の薬を飲むことは厳重に禁止」、それが守られなければ、全てが台無しになるという。このようなものはすべて、「脳と特に第三の目即ち松果腺に直接有害な作用をする」からだ。煙草は「あまり多量に吸わなければ禁じられていない」(乱用は当然ながら有害)とある。(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.156)

食事については「肉食は禁じられてはいないが、野菜、魚で健康を維持できるなら、そのような食事を勧める」とある。その理由は「肉食は情欲性質を強め、所有欲を強める」ため、「低級性質との戦い」が一層難しくなるからである。(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.157)

また、病気の治癒に関することで、次のように述べられている箇所がある(下線引用者)。

<ここから引用>
自分の仕事上の用務や社会的な関係の管理、人生の出来事についての命令や指導を願ってはならないし、自分のためであろうと、他人の場合であろうと、病気の治癒についての指示を願ってはならない。与えられた教えについての質問だけが受け入れられ、答えられる。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.156)

心身を清浄に保つための心得が述べられているが、下線部分からすると、病気に関することはプライベートな問題としてタッチされていなかったようだ。

「倫理、科学、哲学に関する質疑応答」という副題を持つ、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1987・初版、1995・改版)には、菜食主義について語られた箇所で、次のようなことが書かれている。

<ここから引用>
 もう一つ聞かせて下さい。秘教部門の会員達が病気になった時は、食べ物はどうしますか?
 もちろん、いちばんよい医者の忠告に従います。私達はけっしてこの点に厳格なルールを押しつけはしないことがまだお分かりになりませんか? このような問題については、私達は理性的な見方をしており、狂信的ではないことをしっかりと覚えておいて下さい。もし病気や長い習慣でどうしても肉がなければ生きられないというなら、どうして食べさせないなどということがありましょう? 肉食は罪ではありません。少し進歩を遅らせるだけです。なぜなら、結局、純粋に肉体的な作用や機能よりも、人間が考えたり感じたりすること、その人が心にいだいている望み、また心の中に根づき成長させているもののほうがずっと重要ですから。

<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中訳,1987,p.253)

前掲書『実践的オカルティズム』の中で、ブラヴァツキーは無知な瞑想に対して、次のように警告している。

<ここから引用>
本当の瞑想についての表面的で歪められた知識しかもたずに「ヨーガのための座禅を組む」ことは、ほとんど例外なく悲惨な結果を生じる。十中八、九学徒は霊媒的な能力を開発させるか、時間を無駄にして瞑想とその理論が嫌いになるかどちらかである。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.192)

近年流行しているらしい前世療法は催眠療法の一種のようだが、同書の中で、催眠術は黒魔術だとはっきり述べられている。

<ここから引用>
実際は、生体解剖者という温厚な紳士達や医学博士号をもつ催眠術師達も同じ黒魔術を行っているのだが、ヴードゥー教徒やドュグパ達は意識的黒魔術師であるのに対して、フランスの神経病学者のシャルコー氏やリシュ氏のような方々は無意識的な魔法使いである。どちらも、よかれあしかれ黒魔術での努力の実りを取り入れなければならないが、西洋の医師達が黒魔術から得られる利益や楽しみを受けず、罰や汚名だけを被るのは気の毒なことだ。このような学派で実行されている催眠術や生体解剖らはヴードゥー教やドュグパがもっているような知識はないが、全くの黒魔術なのである。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中・クラーク訳,1995,p.192)

関連記事に、拙「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー 77 「前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない」がある。

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2019年2月12日 (火)

五十肩の再発と回復の経緯を三浦先生の著書で確認してみる。ブラヴァツキーの病気と貧乏。

このところ、雑用で忙しかったのに加え、五十肩――もう六十だが――を再発(何回目かな)したということもあって、記事の更新が間延びした。

今回の五十肩の再発は左肩で、無理な動かしをしたのか、再発の数日前からおかしかった。用心すればよかったのだが、忙しさの中で、注意を怠った。その結果、左肩が激しく痛み出し、腕がほんの少ししか上がらなくなった。

家事に手間取る。皿を食器棚の上の棚に上げるとき、洗濯物を干すときは踏み台が必要。着衣に手間取る。就寝時は、左肩が落ちると痛いので、クッションがいる。

炎症が悪化するのも時間の問題と思われた。今回のはひどくなりそうだとの予感がした。

わたしは一旦五十肩を発症して成り行きに任せれば、下手をすれば、2年ぐらい整形外科に通う羽目になるのだ。重症といわれ、手術が検討されたこともあった。

このことと、骨に異常が表れやすい副甲状腺機能亢進症の疑いで内科で経過観察していただいていることとが関係あるのかどうかは不明。

五十肩の最初の発症は2006年だった。後に右肩もなったが、左肩から始まったようだ。

2006年6月 2日 (金)
整形外科受診 - 左の肩関節周囲炎(五十肩)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/06/post_8164.html

別件で年に一度、整形外科で経過観察していただいており、それが来月の予定なのだが、受診日まで我慢できそうにないと思い、「どうしよう?」と夫に相談した。「うーん、受診したら?」と夫。「そうだ、あれ、やってみようかな」とわたし。「あれって?」と夫。「あれったら、あれよ」とわたし。夫にはわたしの試みがわかっている。

過去記事で何度か書いたように、想像の白い光を患部に放射するのだ。

2017年12月18日 (月)
腰痛のその後、最強のオーラビーム?
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/12/post-1.html

昔確認したように(「枕許からのレポート」参照)、ハートが清浄な光の源泉であることは確かである。

光源と書くべきかもしれないが、光が水のように迸るさま、溢れて充満するさまには、源泉という表現のほうが合う。その光は単純な肉体的不具合にとてもよく効く。

放射してしばらくは、あまり効き目が感じられなかった。徐々に回復してきて、数時間後には夫に左腕を上げてみせることができた。調子に乗ってブンブン振り回したら、また少しおかしくなったので、再度放射。翌日には普通に戻っていた。

いい加減に、この辺で、回復した経緯をヨガの本で確認しておくべきだと思った。

ヘレナ・レーリッヒの本は示唆的で、精神的に昂揚してくるような美しい表現で著されているが、霊的治療に関しては抽象的だ。

<ここから引用>
治療者は二つのグループに分かれる。一つは手を当てたり直接見たりして治療する。もう一つは、ハートの流れを遠方に送る。もちろん、未来の建設のためには、二番目の方法が優先する。
(略)ハートの流れによる治療者は、肉体と同様精妙体にも作用する。人生の現象的な面に注意を払うべきだ。それは、思ったよりもずっと本質的である。
<ここまで引用>
(アグニ・ヨガ協会編(田中恵美子訳)『ハート』平成17年9月1日コピー本復刻、竜王文庫、2005、p.51)

他に、具体的に技法を解説した本はなかっただろうか……長尾雅人編『中公バックス 世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』(中央公論社、1979)所収、パタンジャリ「ヨーガ根本聖典(ヨーガ・スートラ)」を読んだ。うーん。そうだ、三浦先生の本だと思い、本棚を漁る(漁らなくてはならないほど不勉強だった。反省……)。

序に「本書『大直感力』はヨガの聖典をもととし、且つヨガの代表的文献を実証とし、初歩の呼吸から説いて、ヨガ(統一)瞑想の最高級までを説くものであります」と書かれているように、三浦関造『大直感力』(竜王文庫、1959・初版、1979・11版)は、本格的なヨガの技法の奥義書である。

わたしは三浦先生のような師匠にこの世で出会わない限り、この中の技法を試みる勇気はないが、竜王会には、教えを受け継ぎ、綜合ヨガのヨギ――実践者――の育成を行っている会員がおられる。

わたしがハートの光を患部に放射するやりかたは、痛みに耐えられないと思う中でいつしか自分で自然に行うようになったものなので、このやりかたの裏付けとなる文章を三浦先生の著作の中で見つけられたら、これが科学的な原理に則ったものであることがわかり、安心できるような気がする。そして、それをブログに書くくらいのことは、三浦先生に許していただけるのではないだろうか。

以下に書くことは、あくまでわたしのやりかたにすぎない。

前述したように、ハートが清浄な光の源泉であることは確かだ。胸の奥から白い光が部屋いっぱいに溢れ出て、その光に浴していることは、わたしにはよくあることだから。

ハートの一点から光を患部に送ろうと決意するとき、わたしの意識は頭頂にある。そこがなぜか涼しくなるのだ。患部がどこかを探るとき、意識は額に移っている。ここが患部だと思ったとき、意識はさらに喉に移っている。そして、思いを定めるとき、意識は自然に胸に移動して、そこから光を患部に向けて放つ。

果たして、ちゃんと読まなければと思いつつ、あまり読んでいなかった三浦関造『マニ光明ヨガ』(竜王文庫、1959・初版、1981・5版)を紐解くと、その中の一文が目に留まった。

もしかしたら、自分では忘れていても、以前に先生の本で読んだその記述がわたしの記憶にあり、痛みの中でその記憶が甦って実行したのかもしれない。あるいは、田中先生がご存命だったころに大会で学んだのかもしれない。あるいは、前世の自分が行っていたことなのかもしれない。

いずれにせよ、次の一文がわたしの方法に合致するように思われるのだ。

<ここから引用>
頭の中心マニから光明エネルギーを発して、眉間から甲状腺を通り、心臓の中心に送り、今度は反対にそれを頭の中心に返へす。これを数度くりかへして最後に胸腺から全身に発散させることは、イエスが「全身光に満さる」といわれたことで、これで以て体内の欠点を正す。
<ここまで引用>
(三浦関造『マニ光明ヨガ』竜王文庫、1981・5版)

中心マニとは、チャクラでいえばササスハラと説明されている。頭の中心と書かれているが、わたしは頭頂付近に微妙な点があることを感じる。そこがむず痒かったり、涼しかったり、振り絞られるような気のすることがある。

<ここから引用>
チャクラ  Chakra
 サンスクリット語で輪を意味し,人間のエーテル複体の表面にある一連の車輪状の渦を指す。或いは脊柱に相応する管腔内に位置する。エネルギーの流入及び流出の焦点(中心)であり,力を貯える。主な中心が七つあり,肉体の内分泌腺に相応している。

<ここまで引用>
(竜王会東京青年部編『総合ヨガ用語解説集』竜王文庫、1980、p.40)

眉間に位置するのはアジナー。喉に位置するのはカンサ(またはヴィシュダ)。心臓に位置するのはアナハタ。

他に、マニピュラ、スワジスターナ、ムラダーナといった全部で七つのチャクラがある。

わたしが自分の患部に送っていた光を全身に発散させれば、体内の欠点を正すことができると三浦先生はお書きになっている。

不具合の起きている心臓にこそ、真っ先にハートの光を送るべきかもしれないが、わたしには心臓の不具合の原因がはっきりわかっており、自分ではその原因をどうすることもできないので、心臓に関しては目下医療に頼っている。

心臓といえば、ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)には、ブラヴァツキーが自分の心臓と肝臓の病気について書いた悲痛な文章を思い出す。

<ここから引用>
「私には二つの致命的な病気があります。心臓と肝臓の病気です」と彼女はシネットに書きました。「心臓はいつ破裂するかもしれませんし、肝臓は二、三日で私をあの世へ送ることでしょう。これはみな、この五年間、絶え間ない苦闘と心配と抑圧された情緒のためです。グラッドストーンのような偉い人だったら、詐欺師と言われても笑いとばすでしょうが、私にはどうしてもそういうことはできません」
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中訳,1981,pp.293-294)

ブラヴァツキーが今なお誹謗中傷に晒されていることを思えば、何ともいえない気持ちにさせられる言葉だが、彼女が自分の貧乏について率直に語った言葉も、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』には出てくる。

ブラヴァツキーの妹ヴェラは姉と同じ著述家だった。ヴェラは議論好きで、あるとき次のようにいった。

<ここから引用>
「ねえ、お姉さんがよく幻姿を見せているのを私は見て来ましたが、貴女が本当に物質的なものがつくれるとは信じていませんよ」
「いいですよ、貴女がそんな愚にもつかないことを信じようと信じまいと、私の知ったことではありません」
「愚にもつかないことではありません! もし、貴女に金や宝石をつくれるなら、私と貴女を金持ちにすることが出来ます。例えば、私達は安いアパートを探すことはないでしょう。私達は一番いいものだけを持つべきです」
 ヘレナは笑いました。「それは魔法、黒魔術でしょう。それは害があるだけですよ」
「充分なお金があって、何の害になるの?」
 ヘレナは煙草の籠のある所へ行き、きゃしゃな手で煙草を巻きはじめました。
「ヴェラ、この人生で貧乏なのは、貴女と私のカルマに過ぎませんよ。もし私達が金持になる為に、神聖な力を使ったなら、今生だけでなく、おそらく未来の何世紀も二人とも破滅するでしょう」
「では、もしそういうものが害となるなら、貴女が他の人達に与えたといわれている贈り物はどうなの?」
「ねえ、わからないの? 僅かなつまらぬものをつくっても、誰も金持ちにはしませんよ。でも、馬鹿な物質主義者に人間の中にひそむ神の意志の可能性を示すことは出来るでしょう」

<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中訳,1981,pp.335-336)

ここでのヴェラとのやりとりから、ブラヴァツキーが自分のカルマをどう考え、どう対処したか、また、オカルティックな実験をどのような意図で行ったかがわかる。

ブラヴァツキーを指導したアデプト(イニシエーションの段階に達し、秘教哲学という科学に精通されたかた)のお一人であったK・H大師は、ブラヴァツキーについてシネットに次のようにお書きになった。

<ここから引用> 
わたしは君に誓うが、彼女は決して詐欺師ではなかったし、わざと嘘を言ったことはあったためしがない。また彼女は崇高な誓いをたてて誓ったので、度々困ったことはあるが、沢山のことを秘密にしてかくさねばならなかったのである。彼女は現象を起こすことが出来るし、実際に行った。それは彼女の生れつきの力に、長い年月の規則正しい訓練が加わったもので、彼女の現象は高い秘伝をうけた弟子達の或る者よりも、時にはすばらしく、ずっと完全である。
<ここまで引用>
(ブラヴァツキー,田中訳,1981,p.322) 

並外れた人物であったブラヴァツキーが、如何に雄々しく、また人間的に多くの困難に耐えたかが『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』を読むと、よくわかる。

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2019年1月30日 (水)

リチャード・ノル「ユング・カルト」にはトンデモ解説が(絶句)。スリランカ建国の父ダルマパーラに対するブラヴァツキーの言葉。(加筆あり、緑文字。30日の加筆は茶文字。)

2019年1月27日7時57分に初公開した記事。

過去記事に書いたが、ユングに関する辛口の本を探していたところ、本当に辛口なのかどうかは読まなければわからないながら、以下の本を見つけた。

ユングという名の「神」―秘められた生と教義
リチャード ノル (著), Richard Noll (原著), 老松 克博 (翻訳)
出版社: 新曜社 (1999/1/1)

ユング・カルト―カリスマ的運動の起源
リチャード ノル (著), Richard Noll (原著), 月森 左知 (翻訳), 高田 有現 (翻訳)
出版社: 創土社; 新装版 (2011/12/1)

これも過去記事で書いたことだが、読む必要があって図書館からアジア主義の本2冊、萬子媛の小説の資料にする本と一緒に、前掲書2冊も借りた。堀田善衛、辻邦生、シモーヌ・ヴェイユの本も再度。

で、老松先生の名訳に騙されてはいけない(?)と思い、同じ著者のもので、別の訳者によるものを先に繙いた。

目次を見ると、ブラヴァツキーの名があって、驚いた。ユングは神智学の影響を受けなかったのだろうかという疑問が湧いたことはあったが、ちゃんと調べたことはなかったので、疑問はそのままになっていた。

最初にブラヴァツキーとの関係を知りたいと思い、その章に目を通しかけたところで、……ブラヴァツキーや神智学協会に関してトンデモ解説が書かれていたために――ああまたか――、一気に読む気が失せてしまった。著者はおそらく、ブラヴァツキーの著作を読んでいない。どんな風にトンデモなのかは、いずれ別の記事で。

著者リチャード・ノルのプロフィールを訳者あとがきから拾うと、リチャード・ノルは臨床心理学者で、ハーバード大学で科学史を専攻し、博士号を取得後、現在同大学の特別研究員を務めているという。

ノルによると、ユングはブラヴァツキーよりもG・R・S・ミードの影響を強く受けたらしい。George Robert Stowe Mead(1863 - 1933) に関して、英語版ウィキペディアに書かれていることをざっと読み、ミードと神智学協会との関係がおおよそ掴めた。ミードはヘルメス主義、グノーシス主義の研究で著名らしい。

ブラヴァツキーや神智学協会に関する信用できない記述から考えると、ユングに関する記述もどの程度信用できるか疑問だが、2冊はざっとでも読む予定。

アジア独立運動に神智学協会の影響は大きかったといわれるが、このことは日本ではほとんど知られていないのではないだろうか。恥ずかしながら、会員のわたしでさえ、ろくに知らなかったのだから。

以下の本は前に一度借りてきてざっと読んだが、ちゃんと読むために再度借りた。スリランカ建国の父、アナーガリカ・ダルマパーラの章に次のような記述がある(下線引用者)。

アジア英雄伝―日本人なら知っておきたい25人の志士たち
坪内 隆彦 (著)
出版社: 展転社 (2008/11)

<ここから引用>
マハトマ・ガンジーはブラヴァツキー夫人の弟子から大きな思想的影響を受けていたが、ダルマパーラにとっても神智学との出会いは決定的だった。アジア各地の伝統思想、宗教の復興、それと結びついた反植民地主義に与えた神智学の影響の大きさは、もっと重視されても良いのではなかろうか。
 神智学協会会長を務めるオルコット大佐は、1880年にスリランカを訪れ、仏教に帰依した。その年6月、ダルマパーラは叔父に連れられてオルコット大佐の演説会に出かけている。そして、1884年1月、正式に神智学協会の会員になった。
 だが、ブラヴァツキー夫人は、ダルマパーラに「神秘主義を研究する必要はない。パーリ語を勉強すべきだ。そこに必要なものは皆見出されるだろう。そして、人類の福祉のために働くべきだ」と語った。

<ここまで引用>(坪内,2008,p.83)

下線部分に注目していただきたい。ここでのブラヴァツキーの言葉には、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の中の77「前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない」で引用した中に見出される原則が息づいていることがわかる。引用したのは、質疑応答形式で著されたH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995・改版)からである。

神智学協会の会員は一般に、もし、協会の三つの目的に共鳴し実行しようとするならば、どんな宗教や哲学を好もうと好むまいと自由です。この協会は理論的な面ではなく、実践的な面で同胞団という考えを宣布するための博愛的、学術的な団体です。会員達はキリスト教徒であっても、イスラム教徒であっても、ユダヤ教徒、パルシー教徒、仏教徒、バラモン、心霊主義者、唯物論者であっても、少しもかまいません。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.29)

協会としては、政治に関係することを注意深く避けています。(略)神智学協会は最高の意味での国際的な組織です。協会の会員は人類の改善という唯一の目的で協力して働く、あらゆる人種、宗教、思想の男女から成っています。しかし、協会としては国民的、党派政治には絶対に参加しません。(略)国際的な組織ですから。その上、政治活動は必然的に、時や個人の特異性でいろいろと変わらなければなりません。神智学協会の会員は神智学徒として当然、神智学の原則を承認しています。でなければ、彼等は協会に入るはずはありません。しかし、会員達はすべての問題で意見が一致するということにはなりません。協会としては、会員全体に共通のこと、即ち神智学自体と関係するものだけを一緒に実行することができます。個人としては、神智学の原理に違反せず、協会を傷つけない限り、政治的思想や活動は完全に各自の自由に任せられています。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,pp.227-228)

明治期、廃仏毀釈により沈滞ムードが漂っていた仏教界が神智学による刺激を受けたことは、何本かのオンライン論文(※)を閲覧したところでは間違いないようだし、神道も……


森孝一.シカゴ万国宗教会議:1893年.同志社アメリカ研究.1990-03-25,no.26, p.1-21.https://ci.nii.ac.jp/els/contents110000198859.pdf?id=ART0000567991 ,(参照 2019-01-28).

吉永進一, 野崎晃光. 平井金三と日本のユニテリアニズム. 舞鶴工業高等専門学校紀要. 2005-03-10,no.40, p.124-133. https://ci.nii.ac.jp/els/contents110004629004.pdf?id=ART0007341661, (参照 2019-01-28).

橋本満.近代日本における「宗教」の発見,あるいは宗教社会学の起点.甲南女子大学研究紀要.人間科学編.2013-03,no.49,p.133-144.https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1458&item_no=1&page_id=13&block_id=17,(参照 2019-01-28).

那須理香.1893年シカゴ万国宗教会議における日本仏教代表 釈宗演の演説: 「近代仏教」伝播の観点から.日本語・日本学研究,東京外国語大学国際日本研究センター[編] (Journal for Japanese studies). 2015-03, no.5, p.81-94.http://hdl.handle.net/10108/86184, (参照 2019-01-28).

「平井金三と日本のユニテリアニズム」の筆者のお一人である吉永進一氏は、平井のユニテリアニズムと同時に神智学との関わりを追っていながら、この論文でも、神智学協会の主要な著作物、すなわちブラヴァツキーの著作を読んでいないことがわかる。行動を追うには足跡さえ辿ればいいが、思想を追うには理解するしかないから、それができていないと支離滅裂な解説にならざるをえない。

もっとも、わたしも平井金三の作品は、青空文庫に収録されている「大きな怪物」(「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂、1911(明治44)年12月.https://www.aozora.gr.jp/cards/001360/card49256.html)を閲覧しただけなので、憶測にすぎないが、森孝一「シカゴ万国宗教会議:1893年」の中で、平井は万国宗教会議に日本仏教の代表としてではなく、神智学の代表として出席したとあり、森(1990)の論文で紹介された平井の演説の中に次のような言葉がある。

「西欧が不平等条約を必要だと考えるもう一つの理由は,日本人は偶像崇拝者で邪教信者であるからというものである。本当にそうなのか,あなたがたは日本語で書かれた権威ある宗教書を読んでから判断してほしい」

英語が堪能で、このようなことをいう平井が、神智学徒でありながらブラヴァツキーの著作を読まなかったとは思えない。

平井が、心霊現象の実在については肯定論に立ちながら、そこには個人の霊魂は存在しないとの否定的な態度を取ることについて、吉永は不思議でならないようだ。

ブラヴァツキーの著作で、カーマ・ローカについての論考を読めば、平井の言葉の謎は解けるだろうが、宇宙と人間の七本質、また神智学協会の三つの目的という、この基本さえ押えずに、吉永が神智学協会絡みの研究を続ける意味がわたしにはわからない。

万国宗教会議にはキリスト教の優位を誇示する雰囲気があったようだが、平井のキリスト教批判は反響を呼び、演説後、満場総立ちになったそうだ。平井は晩年ユニテリアン運動に参加したという。

森(1990)の前掲論文における演説からの紹介は、次の言葉で終わっている。

<ここから引用>
私が批判しているのは真実のキリスト教ではなく,誤ったキリスト教である。私は偏狭な仏教徒として,教派主義的な(sectarian)動機からキリスト教を批判しているのではない。私はキリスト教に対して最も辛辣な批判者である。しかし,同時に福音に対しては心から敬意を払う者である。万国宗教会議の目的は口先だけの宗教の統一ではなく,実践的な統一である。4 千万人の日本人は国際正義の上にしっかりと立って,キリスト教的道徳が完全に実現されることを待ち望んでいる。

<ここまで引用>

森(1990)のシカゴ万国宗教会議の「成果と評価」を読むと、複雑な気持ちにさせられたが、そうした部分も含めて、シカゴ万国宗教会議がどんなものであったかを別記事で論文から紹介しておきたい気がする。

山口靜一『三井寺に眠る フェノロサとビゲロウの物語』(宮帯出版社、 2012)の広告の目次、第一章の中に「神智学への関心」とあるので、読みたいと思ったが、生憎、行きつけの図書館にはない。

ネット検索したら、岡本佳子「明治日本の欧米人仏教徒と神智学—ウィリアム・S・ビゲロウの場合—」というのが出てきたが、これも残念なことに講演・口頭発表のようだ。

ウィリアム・スタージス・ビゲローはフェノロサと共に来日して、岡倉天心を援助した。三人共、日本の仏教美術の恩人として知られている。

先日読んだ岩間浩『三浦関造の生涯 続編』(竜王文庫、2018)の中に、感動したというべきか愕然としたというべきか、いずれにせよ、衝撃を受けた記述があった。

第二次大戦後のいわゆるGHQによる占領政策が開始されたとき、日本が国体――国柄、国風――を維持できるかどうかは、GHQの匙加減ひとつでどうにでもなったことに改めて気づかされ、背筋が寒くなったのだった。

前掲書には、竜王会の二代目会長(神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長)であった田中恵美子は中西旭(1905 - 2005)から神智学を教わったとある。中西氏はちょうど100歳生きられたようだ。

中西旭は、GHQが神道を排斥しようとしたことに危惧を抱き、マッカーサー司令部に神道擁護の書『神道の理論』を提出した。それがどのようなものであったかを読むと、ああこれは神智学をやった人でないと書けないだろうな、という豪華絢爛な内容であるようだ。

中西の行動は、ウィキペディア「神社本庁」を参考にすると、神社界の生き残りをかけた打開策の一つであったのだろう。そして、神社は残った。『三浦関造の生涯 続編』には、中西は神社本庁の教学顧問となり、神道の哲学的理論の中心的な存在となったとある。

江戸時代に始まった檀家制度も、またGHQの息のかかった神社本庁も、仏教、神道にとっては不自然なものだという気がするが、檀家制度はキリスト教の脅威に抗して生まれたものであったし、神社本庁の誕生にも先人の生き残りをかけた苦闘があったことを思えば、違った感想が出てくる。

もし、神社仏閣が日本からなくなっていたとしたら、観光立国どころではなかった。日本文化自体、否、日本という国がそれでも続いているといえたかどうか。ぞっとする話ではないか。 

危機的状況にあった仏教、神道に神智学徒を通じて働きかけたブラヴァツキーの近代神智学がなければ、そうなっていたかもしれなかった。

国柄も国境も破壊して世界統一政府の樹立、ニュー・ワールド・オーダー(NWO)の実現を謀ろうとするグローバリズムの怖さ、愚かさに世界はようやく目覚めてきた。

グローバリズム、共産主義、シオニズム、ネオコンサバティズム(ネオコン、新自由主義)は同義語といってよい。これらはどれも、ロスチャイルド、ロックフェラーなどの国際金融資本家が育てたものだからだ。

大戦前の近代神智学運動の広がりとその後を見ていくと、ブラヴァツキーが育んだ「最高の国際的組織」は、第二次大戦期に、国際金融資本家に操られた国際的組織に敗北を喫したといえよう。

国際金融資本家に操られた国際的組織は、その目的も、アダム・ヴァイスハウプトが創立したイルミナティ教団の教説を取り入れた――目的のためなら手段を選ばない――やりかたも、ブラヴァツキーのいう「最高の国際的組織」とは、まことに対照的なダークさ加減である。

岩間浩『三浦関造の生涯 続編』を読んで割り切れない思いがした一節があり、そこには次のように記されている。

<ここから引用>
三浦関造は、その生涯において数々の霊的治療を行っていた。特に、昭和五(1930)年五月、アメリカに渡る時、船上で富豪ロックフェラー一家の、医師から見放され子供を癒したことが奇縁となり、ロックフェラー家による入国手続きでの証言でアメリカ入国がかなった事例が印象深い。

<ここまで引用>
(岩間,2018,p.8)

戦争すら操ってきたといわれる、国際金融資本家のダークな面を知らなければ、わたしも三浦先生のこのときの霊的治療を美談としか受止めなかっただろう。

三浦関造の癒した子供というのがロックフェラー家の誰だったかは記されていない。ちなみに、2年前に101歳で亡くなったデイヴィッド・ロックフェラー(David Rockefeller、1915年6月12日 - 2017年3月20日)は、1930年5月には翌月に誕生日を控えて、14歳だった。

親日家として知られたそうだ。

以下は、ウィキペディアの「デイヴィッド・ロックフェラー」より引用。

<ここから引用>
ニューヨークのマンハッタン西54丁目で五男一女の兄弟姉妹の末っ子として生まれる。
(略)1936年、ハーヴァード大学卒業。(略)
ニューヨーク市長フィオレロ・ラガーディアの秘書を務めた後、1946年に旧チェース・ナショナル銀行に入行。1961年にチェース・マンハッタン銀行会長に就任し、1969年から1981年にかけて最高経営責任者(CEO)となる。海外に銀行事業を拡大し、世界各国の政財界に幅広い人脈を築き、それを生かして民間外交を活発に行い、東西冷戦最中の1973年にソビエト連邦に赴いてソ連初の米銀行支店、中華人民共和国に旅して中国初の米コルレス銀行を設立し、三極委員会を創設した。外交問題評議会名誉会長。ビルダーバーグ会議には初会合から参加していた。
ロンドン・ロスチャイルド家当主ジェイコブ・ロスチャイルドとは過去50年にわたって交友関係を築いてきた。

<ここまで引用>
「デイヴィッド・ロックフェラー」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年12月30日 (日) 08:47 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

デイヴィッド・ロックフェラーは6回の心臓移植――7回との説もある――を受けたとされる。その心臓、わたしは江沢民派が行ってきた、まさに悪魔の所業である臓器ビジネスから調達したのかと思っていたが、クローンという噂もある。

無実の法輪功学習者、ウィグル人が臓器ビジネスの犠牲になってきたといわれるが、日本人はお得意様だそうだ。規制を求める声が日本国内からも上がるようにはなってきた。中国に渡って移植を受ける人々は、自分たちが人類史上最も忌まわしい殺人に加担しているかもしれないとは想像もしないのだろうか。

大紀元の以下のカテゴリーに詳しい。

中国の臓器狩り:大紀元
ttps://www.epochtimes.jp/special/34/index.html

当ブログにも、臓器狩りに関する過去記事がある。

2015年6月11日 (木)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ①弾圧される人々
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-c356.html

2015年6月13日 (土)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ②ジェノサイドを見て見ぬふりをするしかない日本
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-4872.html

ブラヴァツキーは大師に助けられたことはあったが、霊治療を行った形跡がない。彼女ほどの人にできなかったはずはないのだ。それには、彼女の深い考えがあったはずだとわたしは考えている。伝記の以下の言葉から推測しているにすぎないのだが。

(ここにあとで伝記から引用します。)

この記事は書き直して、神秘主義エッセーブログにアップの予定。

そういえば、一昨日だったか、BS世界のドキュメンタリー「シャネルVSスキャパレリ」を観ていたら、シャネルのライバルだったイタリア貴族出身のスキャパレリが一時期ブラヴァツキー夫人に心酔していたと出てきた。夫が神智学協会の会員だったようだ。離婚したようだけれど。

シャネルの黒に対して、スキャパレリはショッキングピンクに代表される大胆、前衛的なデザインで一世を風靡したらしい。面白い番組だった。

そもそもこの記事は簡単なメモで済ませて、あとはシャネルの番組とハリオの耐熱湯呑のことを書くつもりだったのに、何だかくたびれてしまって、どちらも書く気力がなくなってしまった。

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