カテゴリー「Theosophy(神智学)」の227件の記事

2019年9月27日 (金)

夫の鼻の手術(祝・トンネル開通)

最近、夫が鼻の手術を受けました。慢性副鼻腔炎、鼻茸(鼻ポリープ)の手術です。

昨日が退院でした。わたしは夫のスースー、ゴゴゴゴ、ピー……といった、鼻が立てる音をバックミュージックにして長年創作してきたので、昨夜、パソコンに向かいながら、寝ている夫から何の音もしないことに驚きました。

夫が起きていても、呼吸と共に何らかの音のすることが当たり前の現象となっていました。今思えば異常な話ですが、鼻の悪い人はわたしの友人の中にも何人かいたので、鼻の悪い人というのはこんなものだろうと思っていたのです。

入院の翌日が手術で、それから1週間後に退院でしたから、入院期間は9日間でした。

夫は小学生のときに鼻茸、中学生のときに慢性副鼻腔炎の手術を受けたそうで、「副鼻腔炎は治っている」といっていました。でも、大学時代に文芸部でなぜか7歳も上の夫と出会ったときから、鼻声が特徴的でした。結婚してみると、ますます、治っているようには思えませんでした。

手術が成功したとしても、体質や鼻の形によっては再発することがあるらしいので、そのケースなのかもしれません。何にしても、夫は耳鼻科に行きたがりませんでした。それというのも、昔の副鼻腔炎の手術はとても怖ろしいものだったそうで、すっかりトラウマになっていた様子です。

上の歯茎からメスを入れて頬の骨を削り、副鼻腔の膿をとり出すというものだったそうです。

何しろ 50 年以上も前の話です。局部麻酔だったために、土木工事さながらの手術の過程が全てわかり(わたしも検査のために局部麻酔で頭蓋骨抉られたときは自分自身が工事中の建物になったような気がしましたっけ)、麻酔がうまく効かず、相当に痛かったとのことです。

現在でも歯茎や頬からメスを入れる手術は行われているようですが、おそらく昔のように怖ろしいものではないでしょうね。

そのころ夫は、父親の転勤で北九州市にいました。黒崎の個人病院に夏休みを使って入院し、丸ひと月入院していたそうです。術後、夫は顔がひどく腫れ、鼻より両頬が高くなったため容貌が変わり、お見舞いに来てくれた友人は2回も夫の顔を見ていながら、夫とは気づかずに探し回ったとか。

退院したとき、二度と耳鼻咽喉科には足を踏み入れまいと誓ったそうです。

ところが、最近、両鼻孔に鼻茸が「充満」していることがわかって、ついに手術するはめになったのでした。相当に、怯えていましたね。

でも、現在では内視鏡下での手術であることが多くて安全性も高く、それほど怖がる必要はなくなったようです。ネットサーフィンしてそのような情報を仕入れ、安心させようとしても、夫は暗い雰囲気を纏って落ち着かず、不機嫌でした。

夫が自分で選んだ総合病院の耳鼻咽喉科は、面会に通うには交通の便がよくないところでした。耳鼻咽喉科の担当医は一人みたいだし、自宅に近い総合病院のほうがいいのではないかと思い、ググると、論文が出てきて、担当医の得意分野がわかりました。

手術経験の豊富なベテランみたいで、脂がのった年齢域のようでもあり(精力的に手術をこなせるだけの若さがある)、夫の選択を尊重しようと思いました。

事前に「高額療養費」を申請しました。健康保険の窓口に申請すると、1週間程度で「限度額適用認定証」が 届きます。 申請した窓口で、「傷病手当金」を受けられると教わりました。夫は有給休暇の消化で対応して貰うことにしたので、傷病手当金は申請しませんでした。

全身麻酔による内視鏡下副鼻腔手術は午前中で、2時間の予定でした。手術室に近い待機用の待合室では、他に待っている人が結構いました。

夫が聞いた担当医の話では、鼻茸が、とるには危険な場所にある場合は無理をしないとのことでした。安全にとりきれたらいいけれど、と思いながら、緊張して娘と椅子に座っていました。

緊張を有意義な方向に持って行くために、わたしは神秘主義者として、例の、結果として役に立たなかったように思えることがあるかもしれないけれど(カルマなどありますから)、やらないよりは絶対にいいと思う、患部に想像の白い光を送る方法を試みました。

普通の人には見えないかもしれませんが、清浄な白い光を想像すると、オーラにその光が現れます。その光を想像の中で自分の望む場所に送るのです。こんなよけいなことをされると嫌な人がいるかもしれないので、わたしはごく限定的にしか行いません。夫は嫌がりません、というより、ほとんど気にしていませんし、基本的にわたしを信頼してくれています。

自分自身が自らの内的な白い光に包まれるだけでも、精神安定の効果があります。わたしは、手術室で頑張ってくださっているドクターに助太刀しているつもりでした。

手術の終了までに残すところ半時間ほどになったので、わたしはトイレへ行っておくことにしました。娘はトイレが遠いほうです。

トイレへ行って待合室に戻ると、娘が立ち上がっていいました。「半時間早く終わって、もう担当医から別室で説明も受けたよ。手術は成功したって。とりにくい場所にあったものも、何とかとりきれて、両方とも通ったんだって。鼻茸のサンプルも、嫌だったけど、遠目に見た……」

拍子抜けしましたが、成功してよかったと思いました。「説明はママが来るまで待って貰おうと思ったけれど、先生が忙しそうだったから、一人で受けた」と娘。

術後の痛みは軽く、ただ、ガーゼをとるときに痛くて涙が出たと夫はいいました。退院するとき、薬は何も出ませんでした。次第に間遠くなっていくらしい通院があります。

まだ血や何やらが出るらしいのですが、ドロッとした何か(膿?)が出れば出るほど、鼻は回復していくそうです。鼻が通ったのは、記憶にないくらい昔らしく、夫は感激しています。

一方、夫が留守で、昼間一人きりでいた間の空気の清浄さに、わたしは驚いていました。これは正真正銘の自身の汚れなきオーラの美しさであり、その反映です。

一人きりでいたら、内的な光がこぼれ溢れてきます。家族がいるとついイライラ、ガミガミ、口うるさくなりがちで、オーラもそれ相応の低下したものになってしまうのでしょうが、本来の自分はこのようであることを忘れないように、これを励みに日々頑張ろうと思いました。

前の記事で書いた新作能の本を借りてきたので、最初に読んだ瀬戸内寂聴の作品から感想を書こうと思っていましたが、記事を改めます。メアリー・ポピンズ、臓器移植のことなど神秘主義の観点から書きたい記事があり、忘れたわけではありません。いずれ書きます。

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2019年9月16日 (月)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その13。「開戦の詔勅」から「表現の不自由展・その後」まで、ツイートを時系列に。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ」

「表現の不自由展・その後」の再開への動きもあるようですが、なぜ、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」のような日本人を貶めるような催し物が、他ならぬ国内の公共施設を使って行われるようになったのでしょうか。家庭に例えれば、これは家庭内暴力のような事態ではないでしょうか。

歴史的経緯をざっとでも探るためにツイートを使って、大東亜戦争の「開戦の詔勅」から時系列に見ていってみましょう。

太平洋戦争を、日本では大東亜[だいとうあ]戦争と呼んでいました。

大東亜戦争(だいとうあせんそう、旧字体: 大東亞戰爭、英: Greater East Asia War)は、大日本帝国と、中華民国、イギリスやアメリカ合衆国、オランダ、オーストラリアなどの連合国との間に発生した戦争に対する呼称。東條内閣が、昭和12年7月7日勃発の支那事変(日中戦争)も含めて「大東亜戦争」とすると閣議決定した。よって、大東亜戦争の開始は1937年(昭和12年)7月7日である。
「欧米諸国によるアジアの植民地を解放し、大東亜共栄圏を設立してアジアの自立を目指す」、という理念と構想を元に始まった大東亜戦争が、アジアの植民地の宗主国を中心に構成された連合国側にとっては都合が悪かったため、終戦後にはGHQによって「戦時用語」として使用が禁止され、「太平洋戦争」などの語がかわって用いられた。
「大東亜戦争」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年8月16日 04:16 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

太平洋戦争は軍国主義の日本によって惹き起こされた侵略戦争だとわたしは学校で教わりました。左翼や在日コリアンは、この説を大層積極的に採用、主張しています。ですが、「開戦の詔勅」にはそのようには書かれていません。

前掲書、玉音放送を伝える会 太田一水『終戦の詔勅』中「開戦の詔勅」<現代語訳文>より引用します。

……引用ここから……
そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇とその偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、私が常に心がけている事である。そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。(略)このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存在も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立ち上がり、一切の障害を破砕する以外にない。
……引用ここまで……

「ペリリューの戦い」をご存じでしょうか。

パラオの人々に愛される日本兵のエピソードは、戦争における日本のスタンスを物語るものです。パラオ以外にも、韓国、中国は別ですが、アジアには親日国が沢山あります。

苛烈を極める戦争でしたから、思い通りにはいかないことの連続だったでしょうが、基本的に日本兵は、他の場所でもパラオでのような精神性で戦ったのではないでしょうか。

前掲書、玉音放送を伝える会 太田一水『終戦の詔勅』中「終戦の詔勅」<現代語訳文>より引用します。

……引用ここから……
私は日本とともに終始東亜の植民地解放に協力した友好国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。
……引用ここまで…

日本にとって、大東亜戦争はその名の通り、東アジアの植民地を解放するための戦争だったに違いありません。

ところが、戦後、GHQによる洗脳政策「WGIP[ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム]」によって、そうした記憶は日本人から奪われていきました。

「逆・教育勅語」を教わった人間が作り出す世界はというと、日本の現状そのものではありませんか。

倉山氏は「なんだ、戦後民主主義の行き着く先ではないか。。。ついでにアメリカンデモクラシーとか、グローバリズムとか、儒教思想(実は韓非子)も混ざっている。たぶん上の「逆・教育勅語」は、マッカーサーとスターリンと宮沢俊義の合作に違いない」とお書きになっています。

前掲動画「【高橋史朗】ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの源流を暴く![桜H27/8/4]」によると、WGIPはロックフェラー財団の援助を受けたイギリスのタビストック研究所と中国の毛沢東の洗脳計画を父母としてアメリカに誕生したようですから、日本人からディープステイト、ネオコン、国際金融資本、共産主義の臭いがぷんぷんするのも当然ですね。

では、日本人は、パラオの人々に愛された大日本帝国時代の日本人とは真逆の人間になってしまったのでしょうか。

確かに、以下の動画で壊れたようにおしゃべりしている東大生は、パラオの人々に愛された日本人とは対照的で、まるでWGIPの輝かしい作品のようにすら見えます。幼児性丸出しの屁理屈が哀れです。東大は国立ですから、このような学生にも税金が使われているわけですね。何て無駄な支出でしょう。

日本の若者が全てこのようになってしまったら日本も終わりですが、幸い、全ての若者がそうなったわけではありません。ごく一部分の若者でしょう。

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」もGHQのWGIPなしには考えられない、ブラックジョークのような悪趣味極まる催し物でした。英霊は、これをどうご覧になったでしょうか。わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

ところで、わたしは神智学徒なので、坪内隆彦『アジア英雄伝 日本人なら知っておきたい25人の志士たち』(展転社、2008)の中の次の一文に注目しています。

アジア各地の伝統思想、宗教の復興、それと結びついた反植民地主義に与えた神智学の影響の大きさは、もっと重視されても良いのではなかろうか。(坪内,2008,p.83)

このことについて、いずれちゃんと調べたいと思っています。

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2019年8月27日 (火)

ツイッターから拾った、中共の臓器ビジネス関連の三記事

8月末までに済ませておきたい宿題の一つに、中共の臓器ビジネスに関する神秘主義的考察がありました。以下は、それに関するメモ的過去記事です。

2019年7月14日 (日)
創作が滞っています。脳死について。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2019/07/post-ea1718.html

2019年6月15日 (土)
香港デモと中共の闇の深さ、そしてブラヴァツキー夫人の心臓に関する注目すべき美しい文章
http://elder.tea-nifty.com/blog/2019/06/post-3bace0.html

以下は、2016年に拙「マダムNの神秘主義的エッセー」にまとめた記事へのリンクです。

48 失われたと思っていた中国五千年の芳香
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/04/29/075132

ブラヴァツキー夫人の神智学では、人間の七本質の一つはカーマ(欲望)です。死に際して、カーマはカーマ・ルーパ(欲望体)を形成するといわれます。

死後、七本質のうちの三つの高級本質は一つの組になってデヴァチャン(天国、極楽)状態に入りますが、以前の人格我の影であるカーマ・ルーパはカーマ・ローカという物質界とデヴァチャンの間にある状態に取り残されます。

カーマ・ルーパはしだいにしぼんで崩壊するはずのものですが、この魂殻がどれくらいの期間生き延びるかは、故人の生き方が決定するといわれています。

一般に、幽霊といわれているものの正体は、このカーマ・ルーパです。

わたしは夫の父方の義祖父のカーマ・ルーパが夫の依存症体質(霊媒体質)に惹き付けられて憑依しているのを新婚時代から察知し、何とかしようと試みました。

が、カーマ・ルーパは、本来、義祖父が持っているはずの高級な知性も霊性も奪われているため、カーマ・ルーパに対する説得は無意味です。

夫が憑依を免れるには、自ら依存症体質を克服する以外ありませんでしたが、カーマ・ルーパを通したわたしの説得は、あの世で眠っている義祖父に、34年かかって何とか届いたようでした。

あの世で義祖父が目覚めたそのときが、義祖父の成仏のときだったと考えています。

わたしは義祖父のカーマ・ルーパが夫を離れたのを感じました。ですが、それが崩壊したのか、はたまた、どこか別の憑依先を見つけたのかは神のみぞ知るです。

世界的に索漠とした刹那的な傾向が強まる中で、自覚のないまま、このようなカーマ・ルーパに憑依されている人は多いと思いますが、神秘主義者としてのわたしのカーマ・ルーパ体験は今のところ、この一件だけです。

この出来事を通じて、ブラヴァツキー夫人の説が如何に正しいかを学びました。

唯物主義的な欲望を強めるほどに、カーマ・ルーパは有害な要素を強めるのではないでしょうか。そして、誘惑に弱い人間を餌食とするのです。餌食となった人間は、悪くすれば人生を棒に振り、死ぬと自らも有害なカーマ・ルーパを残しがちになるのかもしれません。

わたしは義祖父があの世で長い眠りから覚める、ありありとした夢を見、正夢だと判断しましたが、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)には、あの世で死んだように眠る唯物論者について解説されています。

その唯物論者が天国状態を楽しまずに――楽しめずに――眠っているのは、「あの世の人生は、人間が信じ、期待していた通りになる」(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.167)からにすぎません。そして、唯物論者が永遠の中で自分自身に気づいたとき、そのように眠って過ごしたことを悔いる日がくるかもしれないとブラヴァツキー夫人はいいます。

中共の唯物主義は欠陥思想でありましたが、今やブレーキが利かなくなって暴走中です。

以下のツイートを読むと、わが国でもようやく、中共が行っている臓器移植について、動きが出てきているようです。

アメリカも関与し始めました。

中共の臓器移植がどのような目的で始まったのか、以下のツイートからニュース記事を読んで唖然としました。中国高官が憧れた「延命」や「若返り」のためだったというのです。本当にこの世しか眼中にないのですね。

不老長生・現世利益は中国の伝統的な価値観のようですが、それが唯物論と結びつくと、ここまでグロテスクになるのですね(絶句)。人食い人種とか吸血鬼を連想してしまいます。生きているうちから既に、高級な知性も霊性もなくしたカーマ・ルーパのようです。

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2019年8月19日 (月)

原田マハ『楽園のカンヴァス』を読んで気になった、嘘。神秘家だったアンリ・ルソー。

「あいちトリエンナーレ」問題に続いて、古市憲寿「百の夜は跳ねて」のパクリ疑惑など出てきて、夏休みの宿題(?)ができなかった。

家族でショッピングモールへ、恒例となっているコーヒー豆の買い出しに出かけた。夫は映画、わたしと娘はショッピング。帰りに書店に寄った。

美術館勤務の経験があるという、原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫: 新潮社、2014)が目に留まった。アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる美術ミステリーという。ベストセラーらしい。

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アンリ・ルソー(1844 – 1910)「夢」ニューヨーク近代美術館、1910

本物はなかなか観る機会がないけれど、アンリ・ルソーは学生の頃から好きで、40年以上のファンだ。「あいちトリエンナーレ」問題では美術界に疑問が湧いたが、その疑問をいくらか払拭できるかもしれないという期待感も高まった。

この種の売れていそうな本は図書館から借りると大抵汚されていることを思えば、買ってしまおうと思い、買った。手の出ない、ほしい本はいくらでもあるというのに、魔が差したというべきか。

美術畑、また音楽畑の人の文芸作品もそうだが、エッセイなど読むと、文章が洗練されていて、論旨も明快、さすがは芸術家の文章と感心させられることが多いものだ。

ところが、帰宅後、本を開いて、冒頭の一行目を目にしたとたん、早くも読む気が削がれてしまった。わたしとしたことが、冒頭も確認せず、購入してしまったとは。

ここに、しらじらと青い空気をまとった一枚の絵がある。(原田,2014,p.7)

「しらじら」というのは、「しらじらと夜が明ける」というように、夜が次第に明けていくさまを意味することが多いと思うが、如何にも白く見えるさまもいう。興ざめなさまもいう。

しかし、次に「青」とある。一体、白なのか、青なのか。二つを混ぜて水色というわけではあるまい。それとも、何か興ざめな感じがあるのだろうか。そして、その青と形容されたものは空気であって、その空気(雰囲気の意か)を一枚の絵が纏っているのだという。

ここに一枚の絵があることはわかるのだが、その絵がどう見えるのかがもう一つはっきりしない。

先を読めば、「それぞれの身体[からだ]はパウダーをはたいたように白く透明だ」とか「それほどまでに青く、白く、まぶしい画面だ」とあるので、どんな色調の絵であるのかが次第にわかってはくる。

アンリ・ルソーの絵の話なのかと思って読み進めると、そうではなく、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌが1866年に描いた絵なのだそうだ。シャヴァンヌがアンリ・ルソーにこの後、関わってくるのだろうと思ったが、これきりだった。

作者は、大原美術館を小説に出したかったのだろう。ストーリーからすれば、必ずしも必要のない設定に思える。いずれにせよ、冒頭に出てくる絵は、大原美術館所蔵のピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作「幻想(Fantasy)」である。

なるほど、その絵は、青色と白色が優劣つけ難いあざやかさで、観る者を圧倒する。

実際に観れば、ペガサス、女性、子供のそれぞれの身体はパウダーをはたいたように見えるのだろう。だが、パウダーをはたけば、その部分は他の部分の色合いに比べて白さが際立つか、元の色が殺されて朧気に見えるだろうが、透明には見えない気がする。

作者は、絵の各部分から受けた異なる印象を一気に描写しようとする。それで、自家中毒を起こしたように意味不明な表現となっているのだ。子供が見たものを一気に伝えようとして、息せき切っておしゃべりするときのようだ。

美術畑で働いたことのある人にしては、全体に稚拙な文章である。読みながら、美内すずえの少女漫画を連想した。漫画の原作を想わせる小説なのだ。恩田陸の小説に似ている。

漫画の原作であれば、漫画家が人物に表情をつけて内面まで見せてくれるだろうが、単独で書くからには、作者が内面描写まで行わなければならない。その描写があまりに平板であるため、どの人物にも魅力がない。

あちこち引っかかりながら読み進めると、次の箇所がどうにも気になった。

 画家を知るには、その作品を見ること。何十時間も何百時間もかけて、その作品と向き合うこと。
 そういう意味では、コレクターほど絵に向き合い続ける人間はいないと思うよ。
 キュレーター、研究者、評論家。誰もコレクターの足もとにも及びないだろう。
 ああ、でも、ーー待てよ。コレクター以上に、もっと名画に向き合い続ける人もいるな。
 誰かって? ――美術館の監視員[セキュリティスタッフ]だよ。(原田,2014,pp.10-11)

コレクター、キュレーター、研究者、評論家、監視員では、役割――専門――の違いから、絵を見る姿勢が異なるはずである。それに、時間さえかければいいというものでもあるまい。

作者は、優劣つける必要のないものに、優劣つけようとする。それは、作品のテーマに関わる部分でもそうで、ピカソとルソーを比べ、競わせようとする。

そして、作者は明らかにピカソをルソーの上に位置付けている。美術市場ではそうだからだろう。ルソーをことさら、不遇で評価の定まらない画家であると強調するのは、作者自身が市場――世俗といい換えてもよい――の価値観――を、市場が作り出すヒエラルキーを、高く評価し、信じているからに他ならない。

参考文献の筆頭に、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(平凡社ライブラリー、2006)が挙げられている。わたしは中公文庫(中央公論社)から1993年に出た版で当時読み、大変な感銘を受けた。

だから、原田マハ(2014,p.288)が「史実通りに物語が進めば、ルソーはほとんど誰にも顧みられぬまま、この世を去る」と書いた箇所を読むと、岡谷氏の評伝を読んでいながら、なぜこんな嘘をつくのだろうと思う。

その理由として、わたしは前述したように、ピカソをルソーの上に位置付けるためだと考えたのだった。

岡谷氏によると、ルソーは晩年、真の成功に近づいていたという。「夢」の批評は『ニューヨーク・ヘラルド』をはじめとする21紙に載り、その大半は好意的だった。1910年は、亡くなる前月の8月までに、3,590フランを絵の代金として得た。しかし金は、消えた。最後の恋人レオニーに貢いだためだった。

讃美者も増えていた。

ウーデ、ドローネ、ブリュメルに次いで、この年さらに三人の若い讃美者がルソーに近づく。未来派の画家で、著作家でもあったイタリア人のアンデンゴ・ソフィッチ、セルジュ・フェラの名で知られた、ロシア生まれの画家ヤストルブゾフ、その従妹で、のちにロック・グレーの名でルソーの画集を出版するエッチンゲン男爵夫人である。(岡谷,1993,p.276)

小説はフィクションだからいい加減に書いていい、というわけではない。フィクションであればなおさら、事実を踏まえるべきところはそうすべきである。この場合は、作者は参考文献を毀損している。

作品を彩るはずのニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンと日本人研究者・早川織絵のロマンスは安手な印象で、退屈だった。

ミステリーの部分は作りすぎで、説得力を欠く。

『楽園のカンヴァス』が子供の推薦図書だったとのレビューを読んだ。最近ではライト・ノベルを推薦図書に選ぶのだろうか。昔の大衆小説家のように文章がしっかりしていればいいのだが、この作品における原田マハの文章はチープで粗い。

ここで、『楽園のカンヴァス』を離れようと思う。

今回、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(中公文庫: 中央公論社、1993)を再読し、神秘家としてのルソーが印象的だった。ルソーはインタビューの中で、次のようにいう。

私はいつも描く前から、絵をはっきり見るんです。とても複雑な絵の場合だってそうです。ただ描いている間に、自分でもびっくりするようなことが出てきて、それはとても楽しいですね。(岡谷,1993,p.275)

岡谷氏(1993,p.193)によれば、ルソーはフリーメーソンに加入していた。薔薇十字団員、降霊術術者たちとの交わりもあった。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人は1831年に生まれ、1891年に亡くなっている。ルソーは1844年の生まれで、1910年に亡くなった。世代的には案外近い。当時は降霊術が流行っていたのだ。ブラヴァツキー夫人はその降霊術を批判して、心霊主義者たちの攻撃の的となった。

ルソーのお化け話は有名だったそうで、『アンリ・ルソー 楽園の謎』にはわたしを不安にさせる記述がある。幸い、ルソーの芸術の力が勝ったのだろう。死は、ルソーを平和裡に訪れたようである。

ルソーは、臨終まぎわの譫言[うわごと]の中で、父なる神や天使たちの姿を見、「ヴィオラとハープとリュートから成る天上のオーケストラ」のしらべを聞いたと浮かされたようにして語り、また、これから星や青空を描くのだと言ったと伝えられている。(岡谷,1993,p.286)

YouTubeで公開されていた動画 Henri Rousseau "El Aduanero"

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2019年8月 5日 (月)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その3。良識的河村市長と偏向的大村知事、ダークな祭典の核心にあるもの。

 

以下は、高橋洋一氏の「検閲」に関する解説。

今回の左派が起こした事件は、まるで敵対国の思惑を代弁したかのようです。

公共施設で、反日プロパガンダでしかない醜悪なオブジェを展示し、その行為を芸術とのたまった。夏休みを狙ったのは、子供たちの洗脳を目的としていたからでしょうか。

このような、芸術離れしたオブジェを芸術だというような人物がよくもまあ芸術監督というポストに就けたものだと呆れ、ウィキペディアを見ると、大学教授なども勤めた輝かしい経歴ではありませんか。

津田 大介(つだ だいすけ、1973年11月15日 - )は、早稲田大学文学学術院教授(任期付)、有限会社ネオローグ代表取締役、一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。
大阪経済大学情報社会学部客員教授、朝日新聞社論壇委員、新潟日報特別編集委員も兼任している。関西大学総合情報学部特任教授、京都造形芸術大学芸術学部文芸表現学科客員教授、東京工業大学リベラルアーツセンター非常勤講師、ネットランナー編集部、上智大学文学部新聞学科非常勤講師等を歴任した。

東京都北区滝野川出身。父親公男は社会主義協会派の活動家で、日本社会党(現:社民党)の副委員長高沢寅男の議員秘書も務めた。しんぶん赤旗にて、中学生時代に「赤旗」を読んだことが「物書き」になるきっかけとなったと述べている。
「津田大介」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年8月5日 02:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

経歴と今回の事件が結びつかず、不審感を深めていたところ、別の一面を描写した記事に出合いました。

今回の事件の裏には、周到に計画した大きな組織が隠れているのではないでしょうか。彼は使い走り役を務めたわけですね。京アニ事件も変ですよね。

複雑な背景はあるでしょうが、核心にあるのは、マルクシズム的唯物論だと思います。これはもう古いのです。人間のうちに潜む高貴な面を全く説明できず、無視するか、否定することしかできないのですから。

ところが、マルクシズムによって否定され、貶められた近代神智学は、全然古びていません。伝統的でありながら新しいのです。

心理学でいう情操は、ブラヴァツキーの神智学でいえば、高級マナス(マナスは「心」の意)の影響を帯びた上へ向かう感情で、カーマ(欲望)へと下へ向かう低級マナスの影響を帯びた感情とは区別されるべきものです。

情操に訴えかけるものだけが芸術といえる性質のものであることは、神智学を知り、宇宙と人間の七本質への理解が深まれば、図式的にわかります。オーラや想念形体が見えれば、一層――実感的に――理解が深まります。

わたしは文学、美術、音楽などの芸術的な作品に触れることで、内的に成長し、オーラや想念形体が時々見えるようになりました。誰のうちにも潜む、胸の奥から迸る光はたとえようもない美しさで、めくるめく美の世界です。

霊媒能力とは違い、この能力は生まれ変わっても消えることはないそうです。生まれ変わるごとに、再獲得する必要はあるようですが。

芸術祭を騙る、ダークな祭典にだまされてはいけません。

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2019年7月14日 (日)

創作が滞っています。脳死について。

萬子媛をモデルとした歴史小説を忘れたわけではないのですが、臓器ビジネス及びブラヴァツキー夫人の心臓に関する記事を神秘主義エッセーブログにアップしようと資料漁りをし、メアリー・ポピンズの物語への神智学の影響を調べかけたところで、予定が滞っています。

どちらもちょっと書いておくつもりだったのが、そのちょっと書くだけでも難しくて書きあぐねていました。

メアリー・ポピンズのシリーズの最初の二冊に神智学の影響が見られ、『帰ってきたメアリー・ポピンズ』では赤ん坊のアナベルが鳥たちに自分は闇の中から来たという場面があります。はじまりはそこからとアナベルはいうのです。

それに続けてアナベルは色々なことをいい、総合すると神智学の影響は疑いのないものとなりますが、この闇の性格が旧約聖書に出てくる闇や子宮の中の闇とはどう違うのかを説明しようとすると、厄介で、つい後回しに。

先に臓器ビジネスに関する記事の続きを書こうとして、渾身のルポ、城山英巳『中国臓器市場』(新潮社、2008)を読むと、もう衝撃を受けるばかり。これで11年も前の作品です。ルポは、日本人ブローカーとの出会いの話から始まります。

脳死移植はキリスト教社会で発達したもので、儒教的考えの残る中国では日本と同じように両親から授かった自分の体を完全な状態で火葬したいという伝統的価値観が浸透しているため、臓器提供に積極的でないとあります。

それなのになぜ、中国がアメリカに次ぐ移植大国となったのか(11年も前に既にそうです)。以下のニュースには、2020年には中国が世界一の臓器移植大国になるとあります。2017年、中国人体臓器提供・移植委員会の黄潔夫委員長の弁です。

中国、2020年に世界一の臓器移植大国に―中国メディア
人民網日本語版 配信日時:2017年8月9日(水) 5時50分
https://www.recordchina.co.jp/b186821-s10-c30-d0035.html
「中国には現在、1900人あまりの臓器提供・移植コーディネーターがおり、近く5千人にまで増やす計画だ。現在、臓器移植手術を実施している病院は173軒あるが、年内に200軒、2020年までに300軒まで増やすことを目指している」。

日本では、本人が提供拒否の意思を示していない限りは家族の同意が得られれば脳死移植が認められるようになり、また高額医療制度が利用できるようになったりしていますが、このまま臓器移植の道を突っ走っていいのでしょうか。

ブラヴァツキー夫人の心臓に関する言葉を引用するまでもなく、小松美彦・市野川容孝、田中智彦編『いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植(岩波ブックレット782)』(岩波書店、2010)を読むと、脳死移植に疑問が湧きます。

脳死者から臓器を切り出すときには麻酔や筋肉弛緩剤が投与されるそうです。「脳死者に深くメスを入れただけで、脈拍や血圧が急上昇するばかりか、暴れ出して摘出手術どころではなくなってしまうからです」(15頁)とあります。

ずいぶん活発な死体ですね。科学に無知な人間は、驚かされることばかりです。次のようなニュース記事もあります。

心肺停止後、5分は意識がある!? 最新の脳神経学で分かった「死」
ニューズウィーク日本版 2018年3月6日(火)19時30分
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/03/5-40.php
心肺停止後、5分は意識がある!? 最新の脳神経学で分かった「死」
心臓が止まったり生命の兆しが見られなくなったりした後でも、脳内では3〜5分間ほど脳細胞や神経細胞が活動していることが分かった。

ブラヴァツキー夫人は、心臓に最後に死ぬ点があると書いており、ヨギが土中に埋められ肉体のすべての部分が死んでしまっても、この点が生きている限り、ヨギは復活することができると書いています。

心肺の停止が先か脳の活動の停止が先か……いずれにしても、最後に死ぬ一点が生きている限りは、ブラヴァツキー夫人の説に従えば、死んだように見えていたとしても、それは死ではないということになります。

ブラヴァツキー夫人のような日本でいえば江戸末期に生まれ明治時代に亡くなった人の説を持ってくるまでもなく、現代科学においてもこれほど不確かな「死」。臓器の必要に駆られて死んだかどうかわからないものを死と決めつけなければならないとしたら、これほど非科学的な話もないでしょう。

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2019年7月12日 (金)

緊迫感のあった安倍総理の街頭演説。ハイタッチはできなかったけれど……。

娘から前日、「安倍総理の街頭演説が明日(11日)あるよ。ポスターが貼ってあった」と聞き、3年前のことを思い出しました。わたしは、そのときと全く同じことを考え、迷いました。

2016年6月14日 (火)
街頭演説会で目撃した安倍首相、ハイタッチしたときの手の感触
http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/06/post-39fb.html
自民党の党員ではないし、自民党が移民政策に舵を取り出したことには断固反対です。
また、「1億総活躍社会」にも反対で、結婚している2人のうちどちらか一方は家庭にいて、家庭生活を充実させ、地域や日本文化を豊かにすることができるような政策転換を求めたいのです。
このままでは治安は悪化する一方、家族や地域のつながりはバラバラになるばかり、日本文化は内部から崩壊してしまいます。

新自由主義政策が推し進められる中、安倍総理はそれを懸命に修正しようと頑張ってこられましたが、穴の開いたバケツに水ではないかと思ってしまいます。どこかで方向転換が必要だとしか思えません。

新自由主義もグローバリズムも共産主義も、所詮は国際金融家が作り出したプロジェクト名のようなものにすぎず、人類は彼らに操られてきた……という説が堂々と、国内外の識者たちによって語られるようになりました。以前であれば、出典はオカルト情報誌『ムー』かしらと思ったでしょう。

方向転換が必要だとしても、難しい問題です。

安倍総理の街頭演説は、経済問題と安全保障問題が主なテーマでした。憲法に自衛隊を明記する必要性を訴えて、説得力がありました。緊迫感に満ちた、迫力のある演説でした。今の日本を守ってくれる政治家は安倍総理以外にいないと思われました。

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ガラケーで撮ったので、ズームアップしてもこれで精一杯でした。かなりボケてしまいました。「皆さん、どんどん写真を撮って、SNSなどで拡散してください」とおっしゃっていたので、遠慮なく、撮ることができました。

安倍総理が応援なさったのは、自民現職の礒崎陽輔氏(61)です。総理の向かって右側にいらっしゃいます。

安倍総理の今回のハイタッチは前回より時間的に短く、わたしは前方の右端にいたので、お顔はよく見えたものの、ハイタッチは無理でした。その代わりにといってはナンですが、オーラが見えました。

そのかたの高級我が見せてくださったとしか思えないようなありありとした見えかたではなく、一般的な見えかたでもと申しましょうか。世間ではこの手前に見えるオーラ(発散物)を見て(オーラは奥が深いのです)、あれこれアドバイスしているようですね。

確かに、この段階のオーラを見ると、知的傾向や精神状態がある程度わかるようにも思えますが、何しろオーラは奥が深いものなのに、よくあれこれいえるものだなと思ってしまいます。

同一人物のオーラであっても、奥の領域のオーラに比べると、これは紺碧の空の遥か下界に見える雲のようなものかもしれませんが、それでも肉眼で見える色彩とは違い、ある一つの色で表現できたとしても、透明度や精妙度は千差万別です。

わたしには主に三つの色が見えました。一つの色が基調をなしており、もう一つの色がそれに微妙に溶けあったり浮かび上がったりしていて、残る一つの色はオーラというより想念形体というべきもので、特徴的な形体をしていました。この想念形体は一時的に見えました。

しかし、オーラに関することは個人情報(?)に類することだと思うので、このような抽象的な書きかたはできても、特定の個人と結び付けて具体的な色や形体を公開することはできません(例外的に、個人名を特定せずに言及したことはありましたが)。

オーラや想念形体の色は、色自らが雄弁にその意味を語っているように思えますが、神智学叢書の中のアニー・ベサントとリードビーターによる著書が参考になります。

過去記事でも紹介しましたが、アニー・ベサントとC・W・リードビーターの共著による“Thought‐Forms”(田中恵美子訳『―想念形体―思いは生きている』神智学協会日本ロッジ、1983)には、観察された沢山の想念形体のイラストがあり、解説がほどこされています。

それによると、あらゆる想念形体が出来る場合には、思いの特性は色を、思いの性質は形を、思いの確実さは輪郭の明瞭さを決定するという三つの一般的な原則があるそうです。

政治の話題がいつのまにか神秘主義的話題に。

2017年11月22日 (水)
リードビーターの講演の様子がわかる貴重な動画。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/11/post-dee3.html

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2019年6月27日 (木)

735年前の昨日(6月26日)、「ハーメルンの笛吹き男」の伝説となった事件が。このところの読書について。

735年前の昨日(6月26日)、「ハーメルンの笛吹き男」の伝説となった事件が起きたそうです。歴史学作品、『ハーメルンの笛吹き男 - 伝説とその世界』(平凡社・1974、ちくま文庫・1988)は当時のドイツ・ハーメルン市の環境、世相を鋭く考察し、またそこに生きる人々をその心情に分け入るかのように繊細、温かみのある視線で描写して秀逸でした。

相当に人気のある作品のようですね。ひっそりとやっているTwitterで昨日が事件の起きた日と知り、つぶやいたところ、記事を書く前に見た時点で、いつもは無反応なことの多いリツイート、いいねが「リツイート 606、いいね 1,143」(当記事を書く前の時点)と表示され、驚きました。

大本の筑摩書房の『ハーメルンの笛吹き男」のツイートでは「リツイート 2,011、いいね 5,592」となっていました。

少しは拡散に協力できたかな。

話は変わりますが、大阪での20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が明日開幕しますね。

前回のブログのアップから日が開いたのは、臓器移植に関する本を借りて読んでいたからです。例によって、メアリー・ポピンズに関する記事の続きと萬子媛をモデルとした小説のノートを放置したまま。

当ブログ内ランキングで以下の記事がランクインしたということもありますが、今現在も進行中のジェノサイドに中共の臓器ビジネスが深く関わっていることが相次ぐ報道で明らかとなって、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」にもアップしておきたいと思い、調べていたというわけでした。

2019年6月15日 (土)
香港デモと中共の闇の深さ、そしてブラヴァツキー夫人の心臓に関する注目すべき美しい文章
http://elder.tea-nifty.com/blog/2019/06/post-3bace0.html

わが国でも、脳死と臓器移植に関する本は沢山出ています。読みたいと思っている本を以下に挙げますが、これらは出ている本の一部です。利用している図書館2か所には、一番最後に挙げた本はありませんでした。この中で前に読んだことのあったのは、立花隆『脳死』だけです。

脳死と臓器移植―日本で移植はなぜできないか
中山 太郎 (著)
出版社: サイマル出版会 (1989/04)

脳死・臓器移植と人権 (人権ライブラリイ)
加藤 一郎 (著), 太田 和夫 (著), 竹内 一夫 (著), 新美 育文 (著)
出版社: 有斐閣; 増補版 (1986/07)

脳死
立花 隆 (著)
出版社: 中央公論社 (1986/10)

脳死・臓器移植と日本社会―死と死後を決める作法
ぬで島 次郎 (著)
出版社: 弘文堂 (1991/05)

脳死と臓器移殖
水野 肇 (著)
出版社: 紀伊國屋書店 (1991/05)

日本人はなぜ脳死・臓器移植を拒むのか
荻原 真 (著)
出版社: 新曜社 (1992/08)

脳死と臓器移植―医療界の合意は成立したか (岩波ブックレット)
脳死臓器移植を考えるシンポジウム実行委員会 (著)
出版社: 岩波書店 (1995/2/20)

死は共鳴する―脳死・臓器移植の深みへ
小松 美彦 (著)
出版社: 勁草書房 (1996/6/1)

なぜ日本では臓器移植がむずかしいのか―経済・法律・倫理の側面から
須藤 正親 (著), 高月 義照 (著), 池田 良彦 (著)
出版社: 東海大学出版会 (1999/3/1)

検証脳死・臓器移植―透明な医療をどう確保するか (岩波ブックレット)
平野 恭子 (著)
出版社: 岩波書店 (2000/1/20)

臓器移植と脳死―日本法の特色と背景 (成分堂新書)
中山 研一 (著)
出版社: 成文堂 (2001/8/1)

脳死・臓器移植、何が問題か―「死ぬ権利と生命の価値」論を軸に
篠原 睦治 (著)
現代書館 (2001/11)

脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)
小松 美彦 (著)
出版社: PHP研究所 (2004/5/1)

脳死と臓器移植の医療人類学
M.ロック (著), 坂川 雅子 (翻訳)
出版社: みすず書房 (2004/6/26)

命は誰のものか (ディスカヴァー携書)
香川 知晶 (著)
出版社: ディスカヴァー・トゥエンティワン (2009/8/5)

生命倫理の源流――戦後日本社会とバイオエシックス
香川 知晶 (編集), 小松 美彦 (編集)
出版社: 岩波書店 (2014/3/26)

いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植 (岩波ブックレット 782)
小松 美彦 (著, 編集), 市野川 容孝 (編集), 田中 智彦 (編集)
出版社: 岩波書店 (2010/5/8)

移植医療 (岩波新書)
〓島(ぬでしま) 次郎 (著), 出河 雅彦 (著)
出版社: 岩波書店 (2014/6/21)

脳死・臓器移植と向き合うために―医療者・レシピエント・ドナー家族への聞き取り調査から
保岡 啓子 (著)
出版社: 晃洋書房 (2019/2/10)

中国臓器市場
城山 英巳 (著)
出版社: 新潮社 (2008/07)

China 2049
マイケル・ピルズベリー (著), 森本 敏 (解説), 野中 香方子 (翻訳)
出版社: 日経BP (2015/9/3)

中国の移植犯罪 国家による臓器狩り
デービッド・マタス (著), トルステン・トレイ (著), 謝冠園 (監修)
出版社: 自由社; 初版 (2013/10/25)

また、ブラヴァツキー夫人の心臓に関する論文を、夫人関係の多くの著作、論文、紀行、小説、手紙、新聞記事、雑誌記事、伝記……などをオンライン公開している以下のサイトに行って、閲覧したりしていました。何というお宝でしょう!

Google先生の翻訳機能に頼りきりの読書ですが、面白いものばかりでもう止まりません。夫人が巻き込まれた事件についての資料、夫人の身近にいた人々が書き残したものなども揃っています。物凄いボリュームで、Google先生酷使して読んだとしても、生きているうちに読み終えることは不可能でしょう。

夢中でむさぼり、2日ほど徹夜に近い熱中の仕方で、何だか頭がぼーっとなりました。改めて、ブラヴァツキー夫人は並外れた、偉大な人物であることがわかりました。この件についてはいずれまた。

Blavatsky Study Center
http://www.blavatskyarchives.com/

サイトの存在は知っていましたが、ざっと確認したことがある程度だったのです。

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2019年6月17日 (月)

エドナ・オブライエン(井川ちとせ訳)『ペンギン評伝双書 ジェイムズ・ジョイス』(岩波書店、2002)を読んで(加筆あり)

当記事には加筆、訂正しました。こちらhttp://elder.tea-nifty.com/blog/2019/06/post-900f8d.html

なぜ、ジョイスがブラヴァツキー夫人を、神智学関係者を、神智学用語を茶化したのかがどうしても気になって、エドナ・オブライエン(井川ちとせ訳)『ペンギン評伝双書 ジェイムズ・ジョイス』(岩波書店、2002)を読んだ。

わたしのジョイスに関する見方は、オブライエンの評伝によって、裏付けられた気がする。

彼は様々な知識を、概念を、頭の中がパンクするくらいに蓄えたが、それらは断片のままで、纏まりを欠き、深められることもないまま、頭の中で極彩色を放ちながら散乱している状態にあったのではないだろうか。

詩的(?)小説家として、彼はそれらに勝手なイメージを付与し、いわば音律的感覚で、利己的に利用した。

わたしはジョイスの評伝を読みながら、太宰治を、あるいはフィッツジェラルドを連想した。

アイルランドの子沢山の家庭に生まれたジョイスは、幼少時には「おひさまジム」と呼ばれた可愛がられる子で、イエズス会の学校に入ってからは、まるで現代日本の児童のように、ある少年の意地悪と司祭(教師)の無理解が発端となり、養護室通学をしたりした。

カトリックの壮麗な内装や典礼に魅了され、聖母マリアを憧憬したが、司祭によって語られるありとあらゆる罰や灼熱の地獄に関する説教に恐怖し、その恐怖体験から終生逃れられなかったようである。

ジョイスは十代ですでにカトリック教会とは決別していたが、ある意味では決して信仰を離れることはなかった。離れられなかったのだ。母や司祭に教え込まれたことはあまりに強烈だった。(オブライエン,井川訳,2002,p.14)

ジョイスは、家庭の経済事情で学校を何度か変わる。優等生で、将来は聖職者になると思われていたほど敬虔だった。ジョイスの創作は早い時期に始まり、彼が作家になることを予想していた司祭もいた。

しかし、その後、ジョイスは変貌する。反抗期に入ったのかもしれない。

わずか数年のあいだに彼に起こった変化は、サムライのごとき決断によるものだった。それは子どもらしい優しさから冷淡な無関心へ、臆病ゆえの敬神から不信と反逆への移行であった。(オブライエン,井川訳,2002,p.7)

こうした反抗期が、人生の終焉まで続いたようだ。わたしがジョイスの作品を読んで感じた幼稚さは、こうしたところから来ているのではないだろうか。

しかし、成人した後も反抗期を引き摺るというのは、どう考えても知的な何かが足りない。彼の作品が如実にそのことを物語っている。

一方、ジョイスの人気の秘密が、彼のこうした、ある種の永遠の若さにあるのではないかとも思わせられる。

性に目覚めたのは12歳のときで、集英社版『ユリシーズ Ⅲ』年譜によると、14歳で娼婦との体験を持った。早熟すぎて(只というわけでもないだろうに)、このあたりの記述はわたしには信じられない。

青年期のジョイスは家を罵倒しながらも、両親をはじめとする家族に期待され、フラフラする自由を与えられている。

物書きとしてのジョイスは、ダブリンに根付けなかった。

ダブリンでは彼は周縁に追いやられ、嘲られ、文芸サークルからも締め出された。ジョイスはその都市を、徹底的に作り直してやろうと決めた。(オブライエン,井川訳,2002,p.16)

この記述は、ジョイスの主観ではないかと少々疑う。

というのも、ジョイスはアイルランド文学復興運動の指導的人物であったラッセル、イェイツ、グレゴリー夫人らの恩恵を被っているはずだからである。

また、『ユリシーズ』でジョイスはブラヴァツキー夫人のことをあくどく、見てきたように書いているが、二人に接点があったはずはないのである。純粋に、空想の産物である。

ただ、22歳のジョイスが20歳のノラ・バーナクルと駆け落ちする資金集めにイェイツ、グレゴリー夫人に無心したときは、その申し出を断られていることから考えれば(グレゴリー夫人はあとで金を送ってやっている)、彼の逆恨みがあったのかもしれない。

評伝及びジェイムズ・ジョイス(丸谷才一&永川玲二&高松雄一訳)『ユリシーズ Ⅲ』(集英社、1997)巻末の「ジェイムズ・ジョイス年譜」を参考にすると、ノラとアイルランドを出発したジョイスはイタリア領プーラ(現在はクロアチア共和国のプーラ)のベルリッツ校に英語教師の職に就いたのを皮切りに、23歳でトリエステのベツリッツ校に転任。24歳でローマに移って銀行に職を得(父がダブリン市長に書いて貰った手紙のおかげ)、25歳でトリエステのベツリッツ校に復職。27歳で映画館ヴォルタ座を開館(翌年潰れた)。

31歳でレヴォルテッラ高等商業学校(後のトリエステ大学)にポストを得、33歳でジョイス一家は(長女ルチア、息子ジョルジオ)はチューリヒに移住。1919年、ジョイス37歳のとき、アイルランド独立戦争が始まっている。一家でトリエステに戻り、レヴォルテッラ高等商業学校に復職。

40歳のとき、アイルランド自由国成立。49歳のとき、ロンドンで妻ノーラと結婚式を行っている。1939年、57歳のとき、第二次大戦勃発。南仏に移住。58歳で、チューリヒに移住。翌1941年、1月13日に十二指腸潰瘍穿孔で死去。

作品の発表については早くから発表舞台にも、出版にも恵まれていたように思える。

なぜかジョイスには孤独癖があり、恨みがましく、僻みっぽかったようだが、常に協力者が都合よく現れていて、世渡りは上手だったとしか思えない。甘え上手だったのかもしれない。

ノラとの間では紆余曲折あったようだ。

ジョイスはノラと別れず、それどころか、ますます依存するようになっていた。スチュアート・アルバートは、一年ほど前の悶着を回想している。ジョイス夫人がホテルに移るために荷物をまとめていると、ジョイスが椅子に丸くなり、ひとりでは自分のこともできない、彼女がいないとだめだと言い、それに対してノラは、川に身投げしたらどうかと言ったというのだ。(オブライエン,井川訳,2002,p.200)

が、ノラは添い遂げ、彼の死後ノラは自分の妹に宛てた手紙で「かわいそうなジム、彼はとても素晴らしいひとだった」(オブライエン,井川訳,2002,p.196)という感動的な言葉を綴っている。

死の前年にスイスに移住したのは占領下のフランスにいるのが危険になったからだった。長女ルチアは長年精神を病んでリヴリの病院に入院しており、溺愛する娘を心配しながらの出発だった。

フルンタン墓地で行われた葬儀はささやかだった。

ポール・ルッジェロは司祭を呼んではどうかと提案したが、ノラは、ジムに対して自分にはそれはできないと言った。(オブライエン,井川訳,2002,p.204)

新約聖書「ルカによる福音書」に「放蕩息子」(15:11 - 32)という例え話がある。

ある人に二人の息子があり、弟のほうが父に生前分与を要求する。その財産を持って遠い国に旅立った弟は、放蕩で身を持ち崩し、飢えて帰郷する。

父はその弟を温かく迎え、弟は改心の言葉を父に告げて、もう自分に子と呼ばれる資格はないという。しかし、父は祝宴を開いた。

ジョイスは、キリスト教の観点では帰還した放蕩息子なのだろうか。唯物主義者の観点では、ジョイスは自由に正直に生き、世界を諧謔的に眺めた才能豊かな小説家だろうか。

一神秘主義者の観点から眺めると、ある特殊な知力はずば抜けていたにせよ、落ち着いて物事の考えられない、バランス感覚と高貴さに結び付くような高級なタイプの知力の不足した人に見える。ジョイスが死後、あの世でどのような状態にあるかは浅学のわたしにはわからない。

ところで、死んだ人を眺めると、この世にはどうも、死んだはずなのに死んでいない人々がいるようである。

そのような人々のあの世での霊的な体は、死人さながらの昏睡状態にあるようだ。

そして、彼らの強すぎる欲望のために崩壊しきれない遺物、カーマ・ルーパと呼ばれる「物質に関するあらゆる精神的、肉体的欲望と思いによって作られた主観的な形体」(H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』田中恵美子訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版、「用語解説」24頁)は、時にこの世の人々に憑依してまでも、欲望を存続させようとする吸血鬼となる。

その強すぎる欲望の対象の筆頭に来るのがアルコール、麻薬ではあるまいか。

神智学の観点では、この世に有害物質を置き土産とする放蕩息子たちは、自らの意志であの世に――霊的価値観に――目覚めるしかない。人は完全に自由であり、天国も地獄も自分で創り出す世界にすぎないからだ(客観世界であるこの世が地獄である以外は)。

なぜ、この世が、この世だけが地獄というかといえば、神智学徒は自我の賞罰をカルマとの関係で考えるからである。ブラヴァツキー夫人の言葉を引用しておきたい。

自我の前世の罪が罰せられるのは、自我のために用意されているこの再生においてです。新しい人生は、この神秘で容赦のない、しかも公平さと賢明さで絶対に誤りのない法則によって選ばれ、用意されるのです。自我が投げ込まれるのは、芝居がかった焔や尻尾や角のあるばかばかしい悪魔達のいる想像上の地獄ではなく、この地上です。つまり、自分が罪を犯したこの世界でこそ、あらゆる悪い思いと行いを贖[あがな]わなければなりません。自分の蒔いた通りに刈り取るのです。(H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』田中恵美子訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版、142頁)

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2019年6月15日 (土)

香港デモと中共の闇の深さ、そしてブラヴァツキー夫人の心臓に関する注目すべき美しい文章

※ 昨日アップした記事に加筆し、再公開するものです。

ブログを通して窺える行橋市議会議員小坪しんやさんのご活躍には、いつも感心させられています。

今、香港が大変な状況にありますが、小坪さんのブログの記事に寄せられたコメントを読んで、複雑な気持ちになりました。

わたしの香港加油の気持ちに変わりはありません。何にしても、一国二制度は、少なくとも2047年までは法的に有効なはず。有効でなければならないはずです。

複雑な気持ちにさせられた、日出処の天子さんのコメントを転載させていただきます。

【第二の天安門】守るべき民に、武器を向けたCHINA共産党に強く抗議する。: 行橋市議会議員 小坪しんやのHP
https://samurai20.jp/2019/06/china-10/

日出処の天子  のコメント:
2019年6月14日 12:51 AM
単純な二択脳では、この騒動は理解不可能。

香港とお隣の深センは江沢民は率いる上海派閥のテリトリーです。
リーマンショック以降、ウォール街は建物はNYに残したものの本拠地を深センに移して香港を舞台にマネロンに精を出して来た。

北京派は昨年あたりまで江沢民派の制圧に力を注いできましたが、米国民主党と金融街を背景に持つ資産50兆~100兆の江沢民上海派には力及ばずの処でしょう。

『一国二制度』と言う治外法権地域を作って、国内投資の7割を香港に集中させ、マネロンしてきた江沢民派が米国クリントン財閥と組んで法輪功、チベット、ウィグルの人々を弾圧し臓器売買にも勤しんできた。
米国民主党支持基盤の東の金融と西のIT企業がそれに協力して、収容所の監視カメラの導入技術提供を推進。
チベット、ウィグル、法輪功の弾圧は江沢民派であり、ファーウェイも江沢民派が擁する企業である。

香港の学生たちに銃やらゴム弾を向けて制圧している警官に扮した江沢民派の国安部員の画像や動画を世界に流布し、いかにも北京派の横暴な香港デモ弾圧のように見せかけている。
中国で凶悪犯罪を犯しても、香港に脱出すれば逮捕出来ない。 香港市民は、偽りの民主主義に踊らされてる。

トランプ大統領は、デモを支持していない。
トランプ大統領は香港の独立や中国からの離脱を望んでいない。 台湾は、地政学に米国の核心的利益です。 双方の事情は異なる。

香港のデモは、北京(習近平) vs 上海(江沢民)である。 香港の人々は踊らされている。

ソロスは、ダボス会議の時点で、既にGAFAによる搾取の限界を感じ取ってる。
もう燃やす段階に入ったのでは?
キンペーがこれをしのげるのか?
中国が燃えて、アジアが混乱で分断されると、 EUの欧州中央銀行周辺の危ない連中が息を吹き返す・・・イラン情勢も・・・・。

江沢民派による法輪功弾圧の実態、それが臓器ビジネスへとつながっていることを知ったときの驚き。

儲けと、臓器ビジネスを支える病院、スタッフなどにかかる経費のためにも、臓器移植をどんどんしなければならないそうです。それには臓器がいくらあっても足りません。

臓器移植の実態を伝える記事の写真で見たところでは、臓器移植のためのとても立派な病院がいくつもあるようでした。日本人はお得意さまですってね。

「チャイナ“臓器狩り” 日本は最大の顧客か」『産経ニュース』2017年7月28日12:00、URL:https://www.sankei.com/premium/news/170728/prm1707280005-n1.html

そして、大規模なウィグル人の拘束とハイテクを駆使した管理……もうこれは有名ですね。

政治犯は臓器の鮮度を保つために、生きながら臓器を抜き取られているという話もあります。

こうした情報は以前は作り話とされていた時期すらありましたが、現在ではそうではありません。多くの情報が発信されています。

例えばBBC(英国放送協会が制作する報道番組)は2018年10月8日、『誰を信じるべきか? 中国の臓器移植』(Who to Believe? China’s Organ Transplants)という番組で、中共の臓器移植産業の闇に迫っています(YouTubeで視聴できます)。

以下の動画は、2019年1月27日に公開された林原チャンネル「ノンフィクション作家・河添恵子#11-2★中国臓器狩りの真実◉人道を超えた臓器売買&移植手術の実態」です。

以下の動画は2018年8月27日に公開されたNTDTVJP「メディカル・ジェノサイド: 中国の臓器移植産業の隠れた大量虐殺」です。

臓器移植は唯物主義の観点から進められてきたものです。日本では、臓器移植法の改正後は家族の承諾だけで臓器提供が可能になり、15歳未満の者からの脳死下での臓器提供が可能になっています。

ウィキペディア「臓器の移植に関する法律」

2009年の法改正により、2010年1月17日からは、臓器を提供する意思表示に併せて、親族に対し臓器を優先的に提供する意思を書面により表示できることになった。また2010年7月17日からは、本人の臓器提供の意思が不明な場合にも、家族の承諾があれば臓器提供が可能となった。これにより15歳未満の者からの脳死下での臓器提供も可能になった。
「臓器の移植に関する法律」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年10月22日 13:23 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

2009年改正の経緯を見ると、衆議院での審議において、ABCD案のうちA案が可決されたのですが、意外なことに共産党が審議不十分として全員棄権し、自民党議員を中心にA案賛成者が多く、賛成263人・反対167人でA案が可決され、衆議院を通過しています。

戦後日本人が如何に唯物主義者になってしまっているかがわかりますね。

尤も、衆議院での審議については「2009年5月に世界保健機関(WHO)総会において、臓器不正売買を目的に、移植ツーリズムの原則禁止や、生体移植、組織移植をめぐるガイドラインを決議する見込みになったことから、2009年になって、改正の機運が出てきている」とありますから、自民党議員には臓器移植希望者が移植ツーリズムへ流れることを防ぐために、国内での臓器移植の機会を高めたいという思惑があったのかもしれません。

いずれにしても、現行法では脳死判定が行われて死が確定するのです。しかし、そもそも脳死判定で本当に人の死を確定できるのでしょうか。

こうした分野においては、だまされたと思って神秘主義者のいいぶんも聴いていただきたいものです。極めて限定的な唯物主義的観点からでは、重大な見落としのある可能性があります。

生きながら臓器を抜き取られるなど、誰だってまっぴら御免でしょう。もし脳死が本当は死を意味しないとすれば、現行法下で日本人はとんでもない過ちを犯していることになりますよ。

ブラヴァツキー夫人による、現在は一般公開されている神智学論文集第12巻に収められている秘教部門の教えには、「心臓の中に、肉体の一番最後に死ぬ一点がある……」という注目すべき美しい文章があります。

ヘレナ・レーリッヒによる『ハート(アグニ・ヨガ叢書 第8輯)』(田中恵美子訳、アグニ・ヨガ協会、竜王文庫、2005・コピー本復刻)の註にそこからの引用があるので、以下に引用しておきます。

心臓の中に、肉体の一番最後に死ぬ一点がある。この点は小さな紫色の光で示され、生命の座で、すべての中心でブラフマーである。胎児の中に最初に生まれる点であり、最後に死ぬものである。(略)この点は潜在的に知性や生命やエネルギーや意識を含める。生きている間、その点は火あるいはオパールのような閃光で輝き、虹の七色を放つ。脳が知的意識の中心であると同様に心臓は霊的意識の中心である。(ブラヴァツキー,田中訳,2005,pp.176-177)

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