カテゴリー「Notes:アストリッド・リンドグレーン」の14件の記事

2016年3月17日 (木)

『長くつ下のピッピ』の挿絵で有名なイングリッド・ヴァン・ニイマン

最近、グーグル先生の翻訳を頼りに海外版ウィキペディアをあれこれ閲覧するようになったが、アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』の挿絵を最初に担当したイングリッド・ヴァン・ニイマンについて何も知らなかったことに気づき、スウェーデン語版でニイマンについて閲覧して自殺との記述に衝撃を受け、次いでデンマーク語版でも閲覧した。

イングリッド・ヴァン・ニイマン(Ingrid Vang Nyman)、1916年8月21日生まれのデンマークのイラストレーター。<Ingrid Vang Nyman. (2014, maj 3). Wikipedia, Den frie encyklopædi. Hentet 22:36, marts 16, 2016 fra https://da.wikipedia.org/w/index.php?title=Ingrid_Vang_Nyman&oldid=7586312.

デンマーク王立美術アカデミー中退。画家・イラストレーター・詩人のアルネ・ナイマンと結婚、息子が生まれる。一家は42年にストックホルムに移住。1944年に離婚。

45年からリンドグレーンの「長くつ下のピッピ」シリーズの挿絵を手がける。59年12月13日に経済、健康問題から自殺した。

初めて、ニイマンの挿絵でピッピを見たとき、それまでに馴染んできたピッピの落ち着きのある挿絵と比べて幼くて、天真爛漫、とてもパワフルな印象であることに驚かされた。

このピッピなら、地球を持ち上げることだってできそうだ(逆立ちしたら誰にだってできる?)。

こんにちは、長くつ下のピッピ
アストリッド・リンドグレーン (著),イングリッド・ニイマン (イラスト),いしいとしこ (翻訳)
出版社: 徳間書店 (2004/2/17)

ピッピ、南の島で大かつやく
アストリッド・リンドグレーン (著),イングリッド・ニイマン (イラスト),いしいとしこ (翻訳)
出版社: 徳間書店 (2006/06)

ピッピ、公園でわるものたいじ
アストリッド リンドグレーン (著),イングリッド・ヴァン ニイマン (イラスト),いしいとしこ (翻訳)
出版社: 徳間書店 (2009/05)

ピッピ、お買い物にいく
アストリッド リンドグレーン (著),イングリッド・ヴァン ニイマン (イラスト),いしいとしこ (翻訳)
出版社: 徳間書店 (2015/6/11)

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2016年3月12日 (土)

ロシア語版ウィキペディアに見るブラヴァツキー。オック語版ウィキペディア。ピッピの挿絵で有名なニイマン。

日本語版ウィキペディアのブラヴァツキー、神智学、神智学協会に関するページの記述があまりに低俗、お粗末であることから疑問に思い、外国語版ウィキペディアを参照してみようと思ったことから外国語版ウィキペディアをよく利用するようになった(拙サイト「マダムNの神秘主義的エッセー」の以下の記事を参照されたい)。

グーグル先生や辞書に頼って解読を試みるが、ページの雰囲気がわかるだけでもメリットがある。ところで、以下の記事で次のように書いた。

  • 2016年3月 8日 (火)
    エッセーブログ「The Essays of Maki Notsuka」を更新。
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/03/the-essays-of-1.html
    わたしにはエンリコ・マッツァンティが描いたピノッキオは大人に見えますが、百歩譲って子供だとして、小学校高学年の年齢に見えます。もっと幼いイメージがありました。
    これとは逆に、数年前に初めて見た『長くつしたのピッピ』の初版本の挿絵があまりに幼い印象で、驚いたことも。

スウェーデン語版、デンマーク語版、ノルウェー語版は協力し合っているそうだが、ピッピの挿絵を最初に担当したイングリッド・ヴァン・ニイマンについて何も知らなかったことに気づき、スウェーデン語版でニイマンについて閲覧して衝撃を受け、次いでデンマーク語版でも閲覧。

イングリッド・ヴァン・ニイマン(Ingrid Vang Nyman)、1916年8月21日生まれのデンマークのイラストレーター。経済、健康問題から1959年12月13日に自殺とあった。

ニイマンの挿絵で出ているリンドグレーンの邦訳版絵本の紹介もしたいので、ニイマンについてはまた書きたい。

ブラヴァツキーのことをロシア語版ウィキペディアで調べたことはこれまでになかった。何となく、ロシアのサイトに行くのは怖い気がする。

が、ふと今日、ブラヴァツキーの母国ではどう書かれているのだろうかという興味を抑えられなくなり、出てこないかもしれないと思いつつБлаватская, Елена Петровна(ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー)でググってみた。

何という充実! 意外だ。

ブラヴァツキーの文学的才能に言及されているのが嬉しい。何せ、文豪クラスの名だたる作家が目白押しのロシア文学史なのだ。

ブラヴァツキーは思想書だけではなく、紀行、小説も書いたのである。小説に関しては母親と妹が小説家だったらしいから、血筋なのかもしれない。ブラヴァツキーの小説からわたしはゴーゴリを連想した。

ピアノの腕も相当に本格的であったようだ。家族についても詳細に記述されている(重厚さが漂う)。

それに比べると、Теософское общество(神智学協会)のページはシンプル。革命前にロシアには9つの神智学協会の活動拠点があり、サンクトペテルブルクに4つ、ワルシャワに2つ、スモレンスク・キエフ・カルーガに1つずつあったとか。ワルシャワは当時ロシア皇帝に支配されていたのだろう。

革命からペレストロイカまではメンバーは苦難の日々だったようだが(フランス語版によると、ナチス政権下でもメンバーは苦難の日々だったようで)、現在では状況が改善されている様子。

1975年、インドで神智学協会の創立100周年に捧げた記念切手が発行されたそうで、その画像が紹介されている。

ブラヴァツキーと神智学協会はSPR(The Society for Psychical Research 心霊現象研究協会)が公表したホジソン・レポ-トによって社会的信用を失墜させた。

しかしフランス語版ウィキペディアが明確に述べているように、「ホジソンレポートは、1977年にSPRの別のメンバー、ヴァーノン・ハリソンによって有利な方向に修正された」のである。

Le rapport Hodgson sera corrigé dans un sens favorable par un autre membre de la SPR, Vernon Harrison, en 1977.

Helena Blavatsky. (2016, janvier 6). Wikipédia, l'encyclopédie libre. Page consultée le 20:42, mars 10, 2016 à partir de
http://fr.wikipedia.org/w/index.php?title=Helena_Blavatsky&oldid=121985274.

そのハリソンの著作。

H.P. Blavatsky and the Spr: An Examination of the Hodgson Report of 1885
Vernon Harrison  (著)
出版社: Theosophical Univ Pr (1997/06)

日本のアマゾンでは現在取り扱いなしだが、アメリカのアマゾンでは購入できるようだ。

ロシア語版ウィキペディアはニコラス・レーリヒ、ヘレナ・レーリヒのページもそれぞれ充実している。パブリックドメインとなっているニコラス・レーリヒの絵の中から、一枚。

N_roerich__and_we_are_trying_from_2
Никола́й Константи́нович Ре́рих
«И мы трудимся». Серия «Sancta». 1922
Материал из Википедии — свободной энциклопедии

オック語版ウィキペディアにも行ってみた。カタリ派が話していたのはオック語である。カタリ派が栄えたラングドックという地名は、原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991)によると、文字通り「オックの言語(langued'Oc)」という意味らしい。

カルカッソンヌ生まれのカタリ派研究の第一人者といわれるルネ・ネッリのページ。

フランス語ではカタリ派はCatharisme、オック語ではCatarismeで、綴りからしてやはり違う。

話は変わるが、娘のパソコンがいつの間にか(?)Windows10にアップデートしたという。今のところ使用感に問題ないようだが、もう少し使ってみないと、わからないのかもしれない。わたしも期限までにはアップデートしようと思っているけれど。

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2015年9月14日 (月)

『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』で紹介された「はるかな国の兄弟」と関係のあるエピソード

過去記事で、児童文学作家アストリッド・リンドグレーン(大塚勇三訳)『はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85) 』(岩波書店 、2001年)を考察した。

はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)
アストリッド・リンドグレーン (著),    イロン・ヴィークランド (イラスト),    大塚 勇三 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2001/6/18)

その後、娘にヤコブ フォシェッル監修(石井 登志子訳) 『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』(岩波書店、2007年)を誕生日のプレゼントとして買って貰った。

愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン
ヤコブ フォシェッル (監修),    Jacob Forsell (原著),    石井 登志子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2007/11/14)

このアルバムの写真を見、それらの写真に合わせて紹介されるリンドグレーンの人生の断片の数々をキルト模様を眺めるように読んだ後で、記事を書いた。その記事の中から、リンドグレーンに関する部分を引用しておこう。

  • 2015年2月15日 (日)
    シネマ『バベットの晩餐会』を観て 追記:文学の話へと脱線「マッチ売りの少女」とリンドグレーンの2編
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/02/post-cdaf.html

    石井登志子訳『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』(ヤコブ・フォシェッル監修、岩波書店、2007年)を読んで初めて、それまで断片的にしか知らなかったリンドグレーンの人生全体を鳥瞰できた。
    両親は農場が軌道に乗るまで苦労したかもしれないが、あのころのスウェーデンの時代背景を考えると、彼女は何しろ農場主の娘で、父親は酪農業組合、雄牛協会、種馬協会を結成した活動的な事業家でもあり、娘のリンドグレーンが苦労した様子はアルバムからは窺えない。
    ラッセを産んだ件では苦労しただろうが、一生を共にしたくない男の子供を妊娠し、その男と一生を共にしない選択の自由がともかくもあり、女性の権利拡張運動の闘士(職業は弁護士)エヴァ・アンデンの援助も受けられて……と、確かに一時的な苦労はあったようだが、自由奔放な女性がしたいようにしたという印象を強く受ける。
    ラッセは、実父から3万クローナの遺産を受けとっている。
    ちなみに、ラッセが大学受験資格に合格したときの写真を見ると、どちらかというと、いかつい男性的な容貌のリンドグレーンとは対照的な、女性的といってよいようなハンサムボーイだ。
    それまでに読んだリンドグレーンの作品解説や伝記的なものからは地味な境遇が想像されていたが、いや、とんでもなかった!
    想像とは違っていたが(違っていたからこそ、というべきか)、リンドグレーンや周囲に写っているものがとっても素敵なので、昨年、娘に誕生祝いに何がほしいかと訊かれたとき、迷わず、リンドグレーンのアルバムを挙げたのだった。
    だから勿論、わたしは、アンデルセンやリンドグレーンが有名だったり、お金持ちだったり、自由奔放だったりしたからどうのとケチをつけたいわけではない。
    無名で貧乏だと、取材もままならないから、有名でお金持ちのほうがいいに決まっているし、自由でなくては書きたいように書けないから、環境的に自由なムードがあり、気質的にも自由奔放なくらいがいいと思う。
    ただ、「マッチ売りの少女」にも、「小さいきょうだい」「ボダイジュがかなでるとき」にも、どことなく貼り付いたような不自然さを覚えていたので、つい、どんな環境で書かれたかを探りたくもなったのだった。
    そういえば、カレン・ブリクセンもアンデルセンも、同じデンマークの作家である。
    リンドグレーンの2編についても、不可解な点や解釈に迷うところがあるので、いずれ考察してみたいと考えている。
    『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』には作品解釈の手がかりになるようなことが多く書かれている。「はるかな国の兄弟」の謎はそれで大部分が解けた。
    わたしが深読みしたより、単純に――シンプルにというべきか――書かれていた。それでも、まだ謎の部分がある。これについても、いずれまた。

いずれまた――と書いたまま、このことについて放置状態だった。申し訳ない。

『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』では、作品解釈に役立つようなエピソードが沢山紹介されている。ここでは『はるかな国の兄弟』に関係のあるエピソードを引用しておこうと思うが、詳細はアルバムを参照していただきたい。

値段は少々張るけれど、豊富な写真と丁寧な解説でリンドグレーンの人生が陰影深く描き出される魅力的な本となっている。リンドグレーンファンには宝物となるに違いない1冊なので、オススメだ。近くの図書館にあれば、ぜひ借りてみてほしい。

『はるかな国の兄弟』について触れられているのはアルバムの中の「写真で綴る、アストリッドの人生」で2箇所、マルガレータ・ストレムステッド「アストレッドの内面のイメージ」で1箇所である。

アストリッドの娘には4人の子どもがあって、それぞれ文学が関連する道に進んだそうだ。アストリッドは創作に一人ひとりの孫に着想を得ることはなかったというが、ちょっとした言葉づかいや心の動きは借りることがあったとか。

『はるかな国の兄弟』の創作時には二男ニルスと三男ウッレが貢献しているらしい。

4歳だった二男ニルスの、死についての不安な気持ちは『はるかな国の兄弟』の創作に貢献した。三男のウッレは1歳の時に、しきりに「ナン-ギ、ナン-ギ。」と口にしていたのが、やはり『はるかな国の兄弟』の中の主人公、クッキーやヨンタンの済む世界“ナカギヤラ”の名前に使われている。(Forsell監修、石井訳、2007、p.106)

弟クッキーと兄ヨナタン・レインイェッタの物語『はるかな国の兄弟』は、1970年あたりに、ふたりの兄弟と死を主題とすることで構想が徐々にまとまったという。

 1971年の元旦の朝、フリーケン湖に沿って汽車に乗っている時、湖上のバラ色に輝く朝日を見て、アストリッドははっとした。「これは人類の夜明けの光だ。そして何かに火がついたと感じた。」兄弟の物語は、この世で展開されるものではないと気づいたのだ。
 善と悪、生と死、そして互いに滅ぼし合うことになるふたつの怪物の登場、これをアストリッドは、第2次世界大戦のナチズムとボルシェビキと見なしていたようだが、物語は緊張感あふれる作品になった。物語を書き始めた時、どんな終わり方をするのか、アストリッドには分からなかった。クッキーが確かな死に向かって飛び降りる結末は、子どもにはよくないと、多くの大人が不快感を示したが、子どもたちは明るい結末ととらえていた。
(Forsell監修、石井訳、2007、p.175)

2番目に紹介したエピソードにもあったが、マルガレータ・ストレムステッド「アストレッドの内面のイメージ」でも大人たちの反応に触れられている。

『はるかな国の兄弟』は、「“死”というタブーの境界に添って展開していくため、多くの大人に不安を与え脅えさせた」という。しかし、子どもたちは大人とは違う方法で読んでいるとストレムステッドは書いている。

『はるかな国の兄弟』が出版された直後、アストリッドが若い心理学者に会い、そのときのことをストレムステッドに語ったという。

アストリッド・リンドグレーンは語った。「彼は、子どもに対しては『はるかな国の兄弟』の最後のあたりを読むことができないと言ったの。兄弟が二度も死ななくてはならないと考えるのはおぞましいから、と。その後、家に帰ったら、エーミル映画でイーダの役をしていた女の子から電話があって、こう話してくれたの。“たった今、『はるかな国の兄弟』を読み終わったんだけれど、幸せな終りにしてくれてありがとう”って、子どもはそのように経験できるのよ。」 (Forsell監修、石井訳、2007、p.255)

大人の読後感はいろいろだろうし、子どもたちの反応も一律ではないと思うが、あの終わらせかたには議論を呼ぶところがあると思う。

前掲の過去記事「アストリッド・リンドグレーン「はるかな国の兄弟」を考察する」でわたしは既に自分の考えを述べたが、またそのうち書くかもしれない。

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2015年2月15日 (日)

シネマ『バベットの晩餐会』を観て 追記:文学の話へと脱線「マッチ売りの少女」とリンドグレーンの2編

録画しておいた、BS2プレミアムシネマ『バベットの晩餐会』を観た。

1987年度アカデミー賞外国語映画賞受賞

原題:Babettes Gaestebud
監督:ガブリエル・アクセル
原作者:カレン・ブリクセン
脚本:ガブリエル・アクセル
音楽:ペア・ノアゴー
製作年/製作国/内容時間:1987年/デンマーク/104分
出演:
バベット=ステファーヌ・オードラン、マーチーネ=ビルギッテ・フェダースピール、フィリパ=ボディル・キュア、娘時代のマーチーネ=ヴィーベケ・ハストルプ、娘時代のフィリパ=ハンネ・ステンスゴー、ローレンス=ヤール・キューレ、青年時代のローレンス=グドマール・ヴィーヴェソン、アシール・パパン=ジャン=フィリップ・ラフォン

以下、気ままな感想ですが、ネタバレありですので、ご注意ください!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

デンマークの漁村に、牧師と、その娘である姉妹が暮らしていた。

清貧といってよい暮らしで、牧師一家と同じように貧しく慎ましく暮らす信者たち相手に、姉妹は奉仕の日々を送っていた。姉妹は美しく、優しかったが、敬虔、信仰という言葉が服を着て動いているような、教条的なところもあった。

姉妹に、ロマンスが芽生えかけたことはあった。姉マーチーネは士官ローレンスとの間に、妹フィリパはオペラ歌手アシール・パパンとの間に。だが、姉妹は牧師館の奉仕に生きて老いた。

1871年9月のこと、パリ・コミューンを逃れた女性がオペラ歌手の紹介で、父亡きあと、姉妹だけで暮らす牧師館にやってきた。パリは市街戦の様相を呈し、女性の夫と子供は殺されたと紹介状に書かれていた。

女性は料理人で、名はバベットだという。

最初は受け入れを拒んだ姉妹だったが、無給で家政婦として雇って貰って構わないという言葉に、バベットを牧師館に置くことにした。

バベットのお陰で姉妹は家の仕事から解放され、信者たちに尽くす時間がたっぷりとれるようになる。

14年経ったとき、天の配剤のように宝籤が当たった。バベットは宝籤の購入を、フランスとのただ一つのつながりと冗談めかしていっていた。

大金らしいので(1万フラン)、彼女はそのお金でパリに帰り、料理人に復帰することもできたのではないだろうか。

しかし、バベットはそうしなかった。

姉妹が企画している牧師の生誕100周年を祝う記念日に、本格的なフランス料理を一度だけ、作らせてほしいと申し出るのだ。姉妹はコーヒーと簡単な夕食を出すだけのつもりだったが、バベットの切なる懇願に、譲歩した。

海亀は直前まで生きていた。それがスープとなる。まとめて購入されたウズラも籠の中で生きていたが、ウズラのパイになる。パイにスライスして入れられていた黒いものはトリュフだろうか? 料理に合わせて出される様々な、由緒ありそうなワイン、シャンパン。ケーキはモロゾフで食べたアーモンドケーキに似て見える。すばらしい果物。イチジク、美味しそう。食後のコーヒーはデミタス・カップに注がれる。対のように、小さなグラスのワイン。

かつて姉に恋したローレンスは将軍となり、経験を積んで料理も評価できる人間となっていた。晩餐会の席で、彼は料理をなつかしむように絶賛し、バベットの経歴を明かす。

「パリにいた頃、競馬大会で勝ち――、騎兵隊の仲間が祝ってくれた。場所は高級レストラン、カフェ・アングレ。驚いたことに料理長は女性でね。そこで食べたウズラのパイは創作料理だった。主催者のガリフェ将軍が料理長のことをこう話してくれた。特別な才能があるんだと。料理を恋愛に変身させる才能さ。恋愛となった料理を食べれば、肉体の欲望と精神の欲望は区別できない」

台所でてんてこ舞いのバベットには、将軍の絶賛が伝わったようだ。12人分で1万フランになるフランス料理のフルコースに、バベットは宝籤で得たお金を使い切ったのだった。

それは彼女の選択であり、将軍が晩餐会でいったように、選択が問題ではなく、神の恵みは無限だと悟ったからだろう。

バベットは、政変のために家族を亡くし、高級レストランの料理長の地位を失い、パリを追われた。料理の腕を発揮する場もない他国の寒村に生きる羽目になった、何とも気の毒な境遇であった。

ところが、晩餐会が終わったあと、台所で1人コーヒーを飲むバベットの凜々しく、美しい、どこか勝利を収めた将軍のような安堵の表情を見ると、彼女はパリの居場所をとり上げられた代わりに、デンマークの寒村をまるごと贈られたのではないかと思えてくる。

彼女は見事にそれを料理したのではないだろうか。

村の信者たちは14年経つうちに、バベットの価値観をどこかで受け入れるようになっていたのだと思う。 

14年もバベットと一緒にいたのだから、彼らは元のままの彼らではないはずだ。棺桶に片足を突っ込む年齢に達して怒りっぽくなっている信者たちではあったのだが、気づかないうちにバベット色に染まっていたのではないだろうか。晩餐会は、その集大成といってもよいひとときだったと思える。

現に、バベットの味に慣れた老人が描かれていた。老人は夕食を牧師の館から届けて貰っていた。バベットが食材の調達のためにパリに帰省していた間、老人には以前のような食事が届けられるのだが、彼はその味に耐えがたい表情をするのである。

バベットは牧師館の屋根裏部屋を提供され、家政婦として料理も任されてきたのだが、彼女は清貧にふさわしい食事の意義を崩さないまま、目立たないように食生活の改善、革命を成し遂げていたのである。

牧師館で食べる料理について、初めてマーチーネに教わり、それを食べてみたときのバベットの表情は印象的だった。

無造作に切って茹でた干しヒラメ。ちぎったパンをビールでどろどろになるまで煮る、おかゆのようなビールパン。バベットの口には合わなかったに違いないが、その表情は分析的、プロフェッショナルなものだった。

次の場面で、早くもバベットは買い物に出ていた。オニオンとシュガーを買っていた。その次の場面では、姉妹にお茶を出しているバベットがいた。シュガーは、お茶のためのものだったのだろうか。オニオンはどう使われたのだろうか。

寒空の下、野に出てハーブを摘むバベットの姿はとうてい忘れられないものだった。その姿からは、厳しい境遇となった彼女の失意、孤独感、また意志力と内に篭もった祈りなどが感じられるような気がした。

バベットは14年間、料理人としての華の舞台が得えられないまま、黙々と生き、ハーブを摘んできたのだろう。ハーブは慎ましやかな料理を活気づけたに違いない。

夕刻の鐘の音を1人聴きながら、涙を流すバベットも描かれていた。

漁村で魚を売る男も、食料品店を営む男も、バベットの影響は免れられない。腐った魚、傷んだベーコンを売ると、見破られるのだ。彼女は人知れず、村全体の意識を高めていったのではないだろうか。

フィリパが嘆くようにいう。「私たちのためにお金を全部使うなんて」
バベットは毅然と答える。「私のためでもあります」
マーチーネが心配そうに、不思議そうにいう。「一生貧しく暮らすなんて」
バベットは誇らしげに答える。「芸術家は貧しくありません」

バベット役のステファーヌ・オードランは、知的で、意志的で、美しかった。

適当なストーリー紹介とまとまりのない感想になってしまったが、わたしはこの映画を観て、勇気づけられたような気がした。バベットのように強くなりたい。

結婚して長い時が経ち、独身時代親しかった人々との絆が一つ、また一つと壊れていく気がしている。人は望む、望まないに拘わらず、影響し合って、一緒にいる相手に合った人間になっていく。

昔ながらのなつかしい感覚が継続していることを感じられる関係もあるが、違和感を覚えるようになった関係の方が多い。影響を与え合う機会の減ったことが一番の原因だろう。

昔、彼女はこんなに無神経なことはいわなかったのに……などと思うわたしがいる。お互いさまなのだろうが。

世間の人々は経済力や社会的地位で相手を見ていることが多いと思うときが、いつごろからか、よくある。わたしも無意識的にそうしているのだろうが、親しい間柄でありながら、そうした上下関係で見るというのがわたしにはよくわからない。

親しくないからなのかもしれない。親しいと思っているのは、わたしだけだったのかもしれない。

もう昨年の出来事になるのだが、「昔は、大きな家で暮らしていたのにね」と、いった女友達。

確かに結婚してからは夫の転勤もあったし(家賃を払うくらいなら買おうかという話が出たこともあったが、転勤を断ってまで落ち着きたいと思える場所には行かなかった)、わたしは外で仕事をしなかったから、いつもお金がなく、住まいでは苦労してきた。それでも、ちょっといい気味という気配が彼女から漂って驚いた。

別に喧嘩をしていたわけではない。賑やかに会話しているときの一コマにすぎなかったので、「えっ?」と思ったものの、忘れていたほどなのだが、時間が経つほどに気にかかる出来事として甦る。

友人関係を解消すべきか。

といっても、連絡しなければ、消えていく関係にすぎず、おそらく、わたしのほうで執着があるだけなのだ。昔、彼女が書いた童話を忘れられないのである。そのころの彼女のそうした一面に、いつまでも執着がある。だから、創作を始めたと聞いたときは本当に嬉しかった。しかし……その彼女は、わたしの知らなかった彼女だった。

彼女にとって、今のわたしは人生の敗残者と映っているようだ。才能もないくせに、文学なんかやって馬鹿ね、文学なんてやれるような経済力のある相手との結婚だったの、と彼女はいいたいようだった。

いってやれば、よかった。文学に生きすぎて、貧乏であることに気づかなかった、と。否、いってわかるような人であれば、あんなことをいいはいないだろう。清貧に生きているマーチーネの言葉とは違う。

友人は努力家で、早期退職する前から創作を始めているが、最初から賞をとりたいようだった。そして、社会的地位を得て退職した夫を見返したい様子。

純粋に文学に打ち込む反面、世に出たいとか、いろいろ打算的なことをずっと考えてきたわたしではあるが、彼女は大学時代にはもっと純粋に童話を書き、わたしに見せてくれた。

元々それほど読書の習慣のある人ではなかった。創作を本格的に始めたわりには、ほとんど読まないらしい。

打算的な(現実的な、というべきか)、冷たい言葉を平気で口にするようになった彼女の変化がショックであるが、逆から考えれば、大学時代、わたし――というより文学――の影響で彼女は繊細で純粋だったのかもしれないと思える。

また、わたしが友情を、作品を、純粋に歓迎したので、彼女は昔、そうしたのではないだろうか。彼女の夫は、花より団子の人なのだろう。

文学は、芸術は、やはりいいものだと思う。彼女は書く以前に読む必要がありそうだ。文学を何かの手段にする前に、文学を知り、楽しんでほしいと願うが、それは彼女次第だ。

原作者カレン・ブリクセンには興味が湧いたので、図書館から借りて読んでみたい。

追記:

ウィキペディアによると、カレン・ブリクセン(Baroness Karen von Blixen-Finecke, 1885年4月17日 - 1962年9月7日)は、20世紀のデンマークを代表する小説家。作家活動は1933年に48歳からと遅いが、翌1934年にアメリカで出版したイサク・ディーネセン名義の作品「七つのゴシック物語」で早くも成功を収めている。

作家として成功するまでは、「父方の親戚のスウェーデン貴族のブロア・ブリクセンと結婚し、翌年ケニアに移住。夫婦でコーヒー農園を経営するが、まもなく結婚生活が破綻(夫に移された梅毒は生涯の病になった)し、離婚。単身での経営を試みるがあえなく失敗し、1931年にデンマークに帰国した」とウィキにあり、紆余曲折あった様子が窺える。

「バベットの晩餐会」は1958年に出版された『運命譚(Anecdotes of Destiny)』の中の一編。

同じ物書きとして思うのは、「バベットの晩餐会」が無名の物書きによって書かれた作品ではなく(そもそも、そのような人物の作品が世に出て残ることはほぼないだろう)、功成り名遂げた作家によって書かれたという事実だ。

映画に感動しながらも、物書きの一人としてはそのことが引っかかり、物にならない物書きの人生――どうやら、それはわたしの人生らしい――が一層つらいものに感じられる気もしている。

そのこととは違うことかもしれないが、アンデルセンが「マッチ売りの少女」を書いたのは滞在中のお城であったこととか、極貧の少年少女が描かれた短編「小さいきょうだい」「ボダイジュがかなでるとき」は、セレブのリンドグレーンによって書かれたこととかを思うとき、わたしは複雑な気持ちになる。

*『小さいきょうだい-四つのものがたり(Sunnanäng ) 1959年』に収録されている作品。日本では1969年に大塚勇三訳『リンドグレーン作品集 14 小さいきょうだい』として出版されている。

石井登志子訳『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』(ヤコブ・フォシェッル監修、岩波書店、2007年)を読んで初めて、それまで断片的にしか知らなかったリンドグレーンの人生全体を鳥瞰できた。

両親は農場が軌道に乗るまで苦労したかもしれないが、あのころのスウェーデンの時代背景を考えると、彼女は何しろ農場主の娘で、父親は酪農業組合、雄牛協会、種馬協会を結成した活動的な事業家でもあり、娘のリンドグレーンが苦労した様子はアルバムからは窺えない。

ラッセを産んだ件では苦労しただろうが、一生を共にしたくない男の子供を妊娠し、その男と一生を共にしない選択の自由がともかくもあり、女性の権利拡張運動の闘士(職業は弁護士)エヴァ・アンデンの援助も受けられて……と、確かに一時的な苦労はあったようだが、自由奔放な女性がしたいようにしたという印象を強く受ける。ラッセは、実父から3万クローナの遺産を受けとっている。

ちなみに、ラッセが大学受験資格に合格したときの写真を見ると、どちらかというと、いかつい男性的な容貌のリンドグレーンとは対照的な、女性的といってよいようなハンサムボーイだ。

それまでに読んだリンドグレーンの作品解説や伝記的なものからは地味な境遇が想像されていたが、いや、とんでもなかった!

想像とは違っていたが(違っていたからこそ、というべきか)、リンドグレーンや周囲に写っているものがとっても素敵なので、昨年、娘に誕生祝いに何がほしいかと訊かれたとき、迷わず、リンドグレーンのアルバムを挙げたのだった。

だから勿論、わたしは、アンデルセンやリンドグレーンが有名だったり、お金持ちだったり、自由奔放だったりしたからどうのとケチをつけたいわけではない。

無名で貧乏だと、取材もままならないから、有名でお金持ちのほうがいいに決まっているし、自由でなくては書きたいように書けないから、環境的に自由なムードがあり、気質的にも自由奔放なくらいがいいと思う。

ただ、「マッチ売りの少女」にも、「小さいきょうだい」「ボダイジュがかなでるとき」にも、どことなく貼り付いたような不自然さを覚えていたので、つい、どんな環境で書かれたかを探りたくもなったのだった。

アンデルセンの「マッチ売りの少女」はよく読めば、不思議な話なのである。

このことについては、YouTube(聴く、文学エッセイシリーズ)の最初の動画「マッチ売りの少女」のお話と日本の現状 2014/02/07」の中で触れているので、以下に抜粋してみたい(このシリーズ、続けるつもりが頓挫している。あまりに話すのが下手なので。まあ、その練習の意図もあって始めたわけではあるが)。

「マッチ売りの少女」を読んでいました。このお話をご存知ない方は少ないんじゃないかと思いますが、アンデルセンの童話です。アンデルセンは1805年に生まれ1875年に亡くなったデンマークの作家です。日本でいえば、生まれたのは江戸時代で、亡くなったのは明治8年ということになります。

貧しい少女が雪の降る大晦日に、マッチを売りに出かけます。マッチを売ってお金を持って帰らないと、お父さんからぶたれてしまうのですね。ところが、マッチは売れませんでした。夜になってしまって、とても寒いんです。風がピューピュー吹いて、雪も降っていますから。

少女は、マッチを擦って、その炎で温まろうとしたわけです。そうしたときに、美しい幻がいろいろ見えました。ストーブや、美味しい食べ物、クリスマスツリーなんかが見えて、終いには亡くなったお祖母さんが見えたのです。その幻が消えそうになったとき、少女はお祖母さんに、自分も連れて行ってちょうだい、といって、お祖母さんと一緒に天へと昇っていきました。翌日、街の人々は、少女が凍えて亡くなっているという現実を見るわけですね。

そういう救いのないお話ですけれど、今の世の中にはこういう現実は、残念ながら沢山あって、この日本ですら、起きるようになってきたのが怖ろしい話です。

わたしは昔は、こういう悲惨な出来事というのは――こういうお話を読むと、ひじょうに心が痛みますけれど――遠い昔の外国のお話という捉え方をしていたわけですが、日本もだんだんと社会的に難しい状況となってきて、時々ニュースで餓死したとかね、目にしますよね。〔略〕

改めて思ったんですけれど、この少女は――まだ小さいということもあるのかもしれませんが――気立てがいいですよね。お母さんがこの間まで履いていたスリッパを少女が履いて無くしたとありますから、お母さんはどうしたんでしょう。この間までお母さんに可愛がられた雰囲気が少女にはありますよね。マッチ売りにも慣れていないみたいだし。お母さんが亡くなったとしたら、幻にお母さんが出て来ないのは不自然ですから、家を出たとかで、お父さんはやけっぱちなんでしょうか。それにしては家があばら屋みたいなのは変で、何にしてもお父さんは廃人っぽいですね。

夫に愛想をつかしたお母さんが少女もそのうち引き取るつもりで、下の子だけ連れて家を出たとか、想像したくなりますが、そこまでの情報をアンデルセンはここでは書き込んでいません。

アンデルセンがどういう意図で書いたかは知らないが、「マッチ売りの少女」が少女の貧しさ、恵まれない子の悲惨を訴えた物語にしては、その肝心のマッチ売りの少女が貧しさにも、商売にも慣れていず、すれた感じがないという不思議さがあるのだ。

そういえば、カレン・ブリクセンもアンデルセンも、同じデンマークの作家である。

リンドグレーンの2編についても、不可解な点や解釈に迷うところがあるので、いずれ考察してみたいと考えている。

『愛蔵版アルバム アストリッド・リンドグレーン』には作品解釈の手がかりになるようなことが多く書かれている。「はるかな国の兄弟」の謎はそれで大部分が解けた。

わたしが深読みしたより、単純に――シンプルにというべきか――書かれていた。それでも、まだ謎の部分がある。これについても、いずれまた。

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2014年4月30日 (水)

アストリッド・リンドグレーン「はるかな国の兄弟」を考察する

 目下、kindle本にする予定で『不思議な接着剤1 冒険への道』のルビ振りをしており、そのルビ振りの参考のために岩波少年文庫の本を何冊か傍に置いている。

 その中の1冊に、リンドグレーンの『はるかな国の兄弟』(大塚勇三訳、岩波少年文庫、2001年)があったので、休憩をとったときに読み返していた。

 この作品の結末と作者の死生観がわたしには謎めいて思え、どう解釈すべきかわからず、もう何度も読んできた。

 以下、ネタバレあり、注意!

 長編児童小説「はるかな国の兄弟」は悲惨な場面から始まる。貧しい地区で火災が起こり、病気の10歳の弟を背負って窓から飛び降りた13歳の少年が亡くなるのだ。物語の語り手は兄を失った弟クッキーである。

 兄のヨナタンは弟にとって、お話の王子のように美しく、優しく、強くて、なんでもできた。弟思いの兄は、死期の迫った弟が死ぬことを恐がらないように、死んだらナンギヤラという「野営のたき火とお話の時代」に行くのだと語って聞かせていた。

 先にそこへ行くはずの弟が残り、弟には「この町じゅうにも、ヨナタンのことを嘆かない人はひとりもなく、ぼくが代りに死んだほうがよかったのに、と思わない人はひとりもいません」というつらい自覚がある。

 ヨナタンに先立たれた今、母親とクッキーにとってお互いはただ一人の家族なのだが、母親は存在感のない人物に描かれている。

 裁縫師として家計を支えている母親が多忙であるにしても、あまりにも描写に乏しいのだ。兄弟にスポットライトを当てるため、作者は故意に読者から母親を遠ざけているようにも思える。

 クッキーにとって、ヨナタンは理想的な兄というだけでなく、父母に代わる人間でもあって、唯一全き他者といってもよいくらいだ。別の見方をすれば、クッキーにとってヨナタンの影響は大きすぎる。クッキーはヨナタンに取り込まれてしまっているかに見える。

 そんな危険な匂いが、冒頭から漂う。

 ヨナタンはクッキーを自分のものとして可愛がりすぎるのである。我が子を溺愛する母親のように。クッキーという愛称もヨナタンが与えたものであって、母親はカッレと呼ぶのだ。

 兄の死から2ヶ月して、兄の待つナンギヤラに弟も行く。死んで他界に行ったと考えてよいのだろうか? 

 ナンギヤラで、星の明るい晩に、どの星が地球かをあててみようとしたクッキーにヨナタンが「地球ね。そう、あれはずっとずっと遠くの宇宙をうごいていて、ここからは見られないよ」というところからすると、彼らは別の星にテレポーションしたのかしらん。

 だが、この作品にSF的な要素はないので、何にせよナンギヤラは人間が死んだあとにいく他界なのだろう。だとすると、ナンギヤラは天国なのだろうか。

 ナンギヤラは中世の村社会を想わせるが、理想郷のようなナンギヤラのサクラ谷で、兄弟は谷の人々と交わりながら楽しく暮らす。暴君テンギルや竜カトラとの戦いが始まるまでは――。

 死後の世界であるにも拘わらず、この世と同じような暴力があり、流血があり、死があり、悲しみがあって、この世にはいない怪物までいるとなると、ナンギヤラは天国ではありえないが、地獄にしてはよいところなので、煉獄といってよい世界と思える。

 クッキーには秘密にされていたが、暴君テンギルに抵抗する地下組織が既にあって、兄はその一員だった。クッキーも一員となる。第一線部隊の目立つ地位にいる兄に対して、クッキーはどちらかというと、彼らを後方で支える側につく。

 クッキーは物語の初めから終わりまで、控えめな存在なのである。常に兄に追従し、兄を信心するよき信徒のようである。クッキーはいつまで経っても主人公にはなれない。兄依存症といってよいくらいだ。

 クッキーも歯がゆいが、その原因に兄ヨナタンの過度な保護や出過ぎたリードがあるように思われ、わたしにはそのことが不気味にすら感じられる。

 彼らがまだこの世にいたとき、弟をなぐさめるためだとしても、ヨナタンは死後の世界を弟に対して規定しすぎたのではあるまいか。クッキーが死んでも天国へ行けず、ヨナタンから借りた煉獄的世界で堂々巡りしなければならないのがヨナタンのせいとばかりはいえないにしても……。

 わたしは神秘主義者だから、死後の世界に関する情報と独自の考えをいささか頑固に持っているが、それをブログや電子書籍で語ることはあれ、他人に強要しようとは思わない。わたしは共鳴して神智学協会の会員になったが、家族を含めて、わたしの周囲に神智学協会の会員は一人もいない。

 人間には死後の世界を自分で想像し、創造する権利があると考えている(こんな考えかたは特殊だろうか)。その自由を、ヨナタンは弟から奪っているように思えるのである(こんな考えもまた、一つの思想であろうが)。

 そういう疑問はわくにしても、この冒険活劇には心に沁みる、美しい場面が沢山あり、ビアンカという伝書バトの出てくる場面などは忘れられない。

 ソフィアのハトたちがほんとに人間の言葉がわかるのかどうか、ぼくは知りませんが、ビアンカはわかっていたように思います。なぜってビアンカは、安心しなさいというように、ヨナタンの頬にくちばしをあて、それから飛び立ったのです。夕方の薄明りの中に、ビアンカは白くきらめきました。ほんとに危険なほど白く。

 戦いは暴君の敗北で終わり、竜カトラも死ぬのだが、この物語はそこでめでたし、めでたしとはならない。犠牲が多く出て、兄弟の馬たちも死に、兄は竜の火に触れたために体が麻痺してしまう。

 そして、この勝利と敗北が残酷に混ざったクライマックスで、奇妙なことに、作者リンドグレーンは物語のはじまりで起きた悲惨な状況を――兄弟の役割を入れ替わらせて――再現してみせるのである。

 場所は、夜のとばりが降りかけた山中。カトラの火――火災の火を連想させる――に触れて体が麻痺したヨナタンにクッキーが「また、死ななきゃならないの、ヨナタン?」と叫ぶと、ヨナタンは「ちがう! だけど、ぼくは、そうしたいんだ。なぜって、ぼくは、もうけっして体を動かせなくなるんだから。」という。

 このヨナタンの言葉には戦慄を覚える。自殺願望のように聴こえるからである。ヨナタンは弟に「ぼくたち、もう一ぺん、とんでもいいかもしれないと、ぼくはおもうんだ。あの崖の下へ。あの草原へね。」という。

 なぜリンドグレーンはこの場面を、火災の場面に似た設定に近づけようとしたのだろうか。実際には全然違う状況にあるのに、である。

 火災の場面では、弟を助けるために兄の犠牲があった。ヨナタンが弟を背負って飛び降りたのは古い木造家屋の三階からだった。

 が、ここでヨナタンが飛んでもいいというのは、クッキーが「ぼくは崖のへりまで出ていって、下をのぞきました。もう、あたりは暗すぎました。あの草原は、もうほとんど見えません。でも、それは目がくらむような深みでした。ぼくたちがここにとびこめば、すくなくとも、ふたりそろってナンギリマに行くことはたしかです。」と描写するような高所からなのである。

 兄ヨナタンの言葉は、どう考えても心中をそそのかす言葉なのだ。

 山を下りるつもりだった弟は、自分たちが別の世界ナンギリマに行ってしまったら、ソフィアとオルヴァルは兄さんなしでサクラ谷と野バラ谷の世話をしなけりゃならないよ、と懸念を口にする。

 それに対してヨナタンは、もうぼくは要らない、というだけだ。「クッキー、きみがいるじゃないか。きみがソフィアとオルヴァルを手伝えばいい」とはいわない。

 兄弟が山中で遭難する危険性がどの程度のものだったのかはわからない。クッキーが山を下りて助けを呼び、体の麻痺した兄を連れ帰って、介護しながらサクラ谷で生きていくこともできたのではなかったか。

 ふたりはもう充分に、サクラ谷や野バラ谷の人々の助けを当てにできるくらいの人間関係が築けていたはずである。

 しかし、あたかも心中でもするかのように兄弟は新たな他界ナンギリマを信じて崖から飛び降り、弟クッキーが「ああ、ナンギリマだ!(……)」と声をあげて物語は幕を閉じる。

 ふたりが飛び込んだナンギリマがどんな世界かというと、ヨナタンの話では「そこでは、まだまだ、たき火とお話の時代」であるという。ナンギヤラが「野営のたき火とお話の時代」だったのだから、その続編的世界ということだろうか。まるでエンドレステープのようである。

 リンドグレーンの死生観については、伝記など読んでもよくわからず、作品から探るしかないが、環境をいえば、リンドグレーンの国スウェーデンはルター派を国教としている。人口の8割がルター派の教会に所属しているという。一方では、エマーヌエル・スヴェーデンボーリのような神秘家を生んだ国としても知られている。

 作品に出てきたカルマ滝のカルマという言葉が気になった。竜カトラは、もう一匹の怪物である大蛇カルムと滅ぼし合ってカルマ滝へ消えていく。

  カルマをKarmaと綴るのだとすればだが、英語にカルマ、 因縁、 宿縁、 因果、 縁、 天命といった意味があるように、スウェーデン語にも宿縁という意味があるようだ。リンドグレーンの死生観にはもしかしたら、東洋的な死生観がいくらかは混入しているのかもしれない。

 Karmaは本来サンスクリット語で、因果応報の原則をいう。

 ところで、わたしはこの記事を書いている途中で病気の発作を起こした。ニトログリセリンを使って具合がよくなったあとで、以下のようなメモをとっている。

ミオコールスプレーをシュッするまでは「はるかな国の兄弟」が死んでから行ったナンギヤラのことが頭に浮かんだりして、怖くなり、あんなとこ、行きたくないとわたしは思った。

でも、物語の世界のしっとりと潤いのある空気が体に染み込んでくるようで、あの世界がリンドグレーンも共に息づく世界であることを確信した。

病人に寄り添うナイチンゲールのような空気だ。

あの世界は死後の世界として描かれてはいるが、この世界のことではあるまいか。

語り手であり、主人公でもあるクッキーはまだ生きていて、夢を見ているだけなのかもしれない。

それだと生きているクッキーの現状は苦しみが長引くだけで、希望がなさすぎるけれど、希望のない現実というものもあるということを、リンドグレーンは多く描いている。もう死にしか希望が見い出せないような過酷な状況を。

ナンギリヤラがいわゆる天国ではないのは、現実にはクッキーがまだ生きている証拠なのではあるまいか。

 ここままで書いてきたが、結論は出ない。疑問は解消しないながらも、この作品がわたしにとって、豊かな、魅力に溢れる物語であることは、どうにも否定しようがない。

 少しまとまりが悪いが、この記事をそのうち語り用の原稿にして、動画「聴く文学エッセイ№3」にしたいと考えている。

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2013年12月23日 (月)

クリスマスの頃になると思い出す絵本『雪の森のリサベット』(リンドグレーン)

 クリスマスの頃になると思い出す絵本に、リンドグレーンの絵本がありました。娘も大好きだったそうで、断片的に覚えている場面とか、色彩、その絵本を読んだときの思いなど、その絵本の話で盛り上がりましたが、ここに引っ越してきてから見ていないということでわたしたちの記憶は一致しました。

 絵本の名前も覚えていなかったので、アマゾンで検索してみたところ、それは『雪の森のリサベット』でした。印象的な青い色ですぐにわかりました。それを見たとたん娘が「わあ、なつかしい~好きだったなあ~! これ注文する!」といいました。

 子供たちが小学生の頃に買ってやった記憶があったのですが、わたしの記憶違いだったようで、発行年は2003年。10年前となると、娘はもう大人です。しかも、その絵本がなぜなくなったのかがわかりません。

追記:娘が年末に注文していた本は、1月4日に届きました。「訳者あとがき」で、この作品が1986年に篠崎書林から『マディケンとリサベット』というタイトルで出版されていたとありました。わたしが幼かった子供たちに買ってやったのはその本に違いありません。少なくとも、小型のこの本ではありませんでした。もっと大きな絵本でした。

 ここに夫の転勤で引っ越してきたのは9年ほど前になりますが、その引っ越してくる前にいた日田市で台風被害に遭い、本棚のあった洋室の天井が破れて、沢山の児童書がだめになったのです。

 そのときの模様はわたしの小説『台風』に詳しいのですが(フィクションですが、台風の場面は体験を最大に生かしています)、そのとき被害に遭った本のことを思い出そうとすると、頭の中が真っ白になるのです。

 何とか救えそうな本は、何日も日の差し込む床や廊下に並べて乾かしました。

 それでもだめになった本も多くて(子供の頃に実家で読んだ本も含まれていたかもしれません)、その中に『雪の森のリサベット』があったのかもしれません。

 クリスマスの贈り物にもぴったりの本です。子供には勿論、本好きの大人にも喜ばれると思います。

 今の日本には貧しい人も増えて(うちも夫の定年退職後はぎりぎりの生活です。実際にできるかどうかは別として、毎日考えるのは倹約のこと)、クリスマスプレゼントを買うのも大変という家庭も少なくないでしょう。

 子供には本がおすすめです。1,000円以内で買える本は沢山あります。本を与えて、あとは子供が一人で絵本であれば絵を見るなり、読むなりするのに任せればいいと思います。

 本は、貧しい孤独な暮らしをも豊かな輝かしいものに変えてくれる魔法です。

 読み聴かせなんて、はっきりいって不要です。わたしは両親が不在がちだったので、結構本にお守りされていたと思います。字が満足に読めない頃は、絵から勝手なお話を作り出し、その習慣が今も続いていて創作をしています。

 字が読めるようになって改めてどんな物語だったかがわかったときの驚き! 本はわたしには二度、いや、何度でも美味しい。

 本の読み聴かせは子供の空想力を殺いでいる危険性があると思います。勿論、時々読んでやるのは親子の思い出ともなっていいと思いますが。

『雪の森のリサベット』では『おもしろ荘の子どもたち』、『川のほとりのおもしろ荘』に登場する子供たちが主人公です。

 おもしろ荘シリーズの中心人物はマディケンですが、リンドグレーンにはマディケンという名前の親友がいました。マディケンは銀行の頭取の娘で、写真で見ると、とっても可愛い。長じて、アストリッドの原稿閲読係になったそうです。リンドグレーンの本には親友マディケンの息がかかっていたのですね。

 以上のことは以下の本に詳しいです。

 リンドグレーンの本の紹介をしたあとでは小さな小さな声にならざるをえませんが、以下のわたしのキンドル本をクリスマス無料キャンペーン中です。本日午後5時まで。無料期間中はダウンロード画面で「kindle購入価格  ¥0 と表示されます。

 向かって右は児童書で、小学3年生以上で習う漢字にルビをふっています。大人の方もどうぞ。(サンタさんになりたい……)。

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2012年2月29日 (水)

瀕死の児童文学界 ⑤独学によさそうな本 

 志高く創設されたと思われる児童文学界における名のある二つの協会がいずれも、コンクールを前面に出した安くはない講座案内を賞の応募者に送りつけてきたり、雑誌でコンクール攻略法を特集したり……といった俗っぽさ丸出しという感じだ。そして、コンクールは沢山あれど、栄冠に輝くのはほとんどがエンター系の作品ばかり――といった偏りかたなのだった。

 エンター系、大いに結構だと思うが、音楽のジャンルからクラシック音楽が消え失せたらショッキングであるのと同じように、本格的に児童文学の執筆を開始し始めたわたしには、それはショッキングな現実といえた。

 というのも、わたしは拝顔も叶わないままではあったが、前掲の二つの協会のうちの一つ日本児童文芸家協会の会長を1975年から1995年まで務められた福田清人氏の以下の本を一番の教科書として、児童文学を独学してきたからだった。

 わたしが以下の過去記事で引用したのは、この本からだった。

2006年11月12日 (日)
新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/11/post_a6be.html

 今読んでも少しも古びていない、このすばらしい創作の指南書には次のようなことが書かれている。長くなるが引用しておきたい。

[引用 ここから]……
 すぐれた児童文学は児童の精神形成――豊かな情緒をやしなわせる点や、勇気敢闘の志を持たせるのに役立つ文学である。それは多くの自伝、回想記類を見ても、きまって幼少時の読書の思い出を述べていることでもわかる。ドイツのすぐれた児童文学者ケストナーは「たいがいの人間は自分の少年時代をコウモリガサのように過去のどこかに忘れてきてしまう。そのあと四十年、五十年の学問も経験も最初の十年間にくらべると純粋さという点ではとても及ぶものではない。少年時代は私たちの灯台だ」といっているが、この少年少女時代に純粋な灯台の日を自覚させ、また灯台の光線の照明する遠いかなたを示す一方、おとなたちにもそれを読めばかつての純粋な時代を回想させるのが児童文学である。ところでわが国の文壇ではなんだか児童文学は一般成人文学より安易なもの、年齢的な児童なみに一段下がったものという誤った観念があるのではなかろうか。
 それは小川未明がすでに述べたように小説と別の独立した文学ジャンルである。詩や小説を書いているうち、自分の文学精神が一般の詩や小説より児童文学に向いていることを自覚し、そちらへ進んだといった方がいいのである。
 日本の児童文学史をみても、その開拓者巌谷小波は、尾崎紅葉硯友社同人で「文壇の少年屋」とよばれたほど、少年の主人公の小説家から少年文学へ進んだ。鈴木三重吉も小川未明も、宮沢賢治もそうであった。
 今日児童文壇の二大家である浜田広介氏も坪田譲治氏もそうであった。
 それは日本の作家ばかりでなく、アンデルセンにも童話以前に小説「即興詩人」があり、ケストナーにも詩集があった。
 私はむしろ詩や小説で文学のデッサンをして児童文学へはいった方がいいのではないかとさえ思っている。
……[引用 ここまで]

 わたしが童話の試作を始めたのは、中学1年のときだった。子供ごころに童話は難しいと感じられた。他にジュニア小説を書き、真似事のような詩を書き散らした。高校生のときには詩と童謡、大学生のときは詩と哲学論文もどきのエッセーと純文学小説、大学卒業後は主に純文学小説で、俳句に熱中した一時期があった。歴史物を書きたいと思って取材に出かけたり(まだ試作品とエッセーしか書けていない)、戯曲を書いたりもした。

 40代で一度児童文学に戻りかけたが、そのときですら時期尚早と感じられた。子育ての最中だから書けるかもしれないと思ってのことだったが、子供というものを至近距離から見つめすぎて苦しく、むしろ書けなかったのだった。

 そして、ようやくわたしは念願の児童文学に戻ってきた。故郷のように感じられるのはこの世界のはずだった。

 生活不安という世俗的な事情から、賞応募には少し早いと思いながらも、昨年いっぱいチャレンジしてみた。ところが、賞に落選したよりはるかにショッキングな前述のような出来事に遭遇したわけだった。しかし、それは子育て中から異変を感じていたことではあった。わたしが子供の頃に親しんだような児童文学全集をわが子にも買ってやりたいと思っているうちに、子供たちは成人してしまった。待っていても出なかったのだ。

 できれば、自身の代表作となるような児童文学の秀作を数編は仕上げてから、児童文学の問題に直面したかったが、早く直面してしまったので、わたしは問題へのとり組みと児童文学の修業を同時に行うという、いささか滑稽なはめに陥っている。碌な作品も書けないでいて偉そうなことをいうなといわれるのが落ちだとわかっていても、放置できる問題とは思えない。かといって、この問題をどうすべきかがわからないから、とりあえずブログで問題と感じる点を記事にしているというわけだ。

 前掲の福田清人氏の本を読めば、わが国の児童文学界がエンター系に偏ることになった発端の事情も窺える。

[引用 ここから]……
 最近、坪田譲治氏にお会いした折り、氏は「小説は書こうと思えば書けるが、童話というものは本当にむずかしい。なかなか書けないものだ」と、しみじみ述懐しておられた。
 児童文学といってもファンタジー性の濃い童話と、児童小説とに分類できる。坪田氏のいうのは主として前者を意味するもののようであった。それは散文詩的な要素を含み、強いモチーフにささえられている。アンデルセンや宮沢賢治や、初期の小川未明や、浜田広介の作品のようなものである。
 こうした傾向の作品は、今日少ない。世間一般に児童文学というとき、この種の傾向を意味している場合が多い。しかしこうした童話のモチーフが浅く、児童に甘えた傾向におちいったとき、児童の現実を描く生活童話が生まれた。それはそれなりに意味はあったが、いつか安易に流れた下手な小説めいたものが多く書かれた。
……[引用 ここまで]

 ウィキペディアに、日本児童文芸家協会「創立当初の会員構成は、文壇作家や放送作家それに「少年倶楽部」系などの大衆児童文学作家が大半を占めていたことが特徴的であった」とあったのも、わたしが電話で訊ねた編集者の認識が冒険物=エンター系であったというのもなるほどと頷ける。純文系は生活童話、それも「安易に流れた下手な小説めいたもの」という印象が今も残っているのかもしれない。

 しかしこれはわが国の特殊事情であって、純文学とは本来そういったものではないはずだ。音楽でいえばエンター系がポピュラー音楽なら、純文学はクラシック音楽といえよう。子供向きの純文学作品でよくできたものは、児童の生活を興味深く照らし出す彫りの深い描写を特徴とし、面白さという点でも格別の、精巧さを宗とする第一級の芸術品なのだ。そして純文学であれば、文化の継承という使命を忘れることはない。宮沢賢治の童話がそうであるし、フィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』は純文学の手法で書かれた傑作だ。

フィリパ・ピアス
岩波書店
発売日:2000-06-16

 わが国の児童文学はイギリスなどとは違って、ジャンル的な確立がうまくできないまま、あやふやなかたちで来ているのかもしれない。このままでは、子供というより中年女性の好みそうなお菓子(スイーツと呼ぶべきか)、魔女、お化けの溢れかえったエンター系の読み物が、宮沢賢治やフィリパ・ピアスのような作家の育つ土壌まで完全に覆い尽くしてしまうだろう。

 以下のような本を一度でも読んでいるのといないのとでは、文学作品に対するとり組みかたが全然違ってくると思う。

レオン・サーメリアン
旺史社
発売日:1989-03
ひじょうにバランスのとれた、格調の高い指南書。

 リンジグレーンの以下の本は、子供の思考、行動がよく捉えられている子供のスケッチ集といってよいような作品集だ。短編集なので、一編くらいなら筆写が可能だろう。ずいぶん勉強になるに違いない。わたしはやってみようと思っている。

アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
発売日:2008-09-26

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2012年1月27日 (金)

書きたい記事が溜まっています

 このところ、15枚の小学校1~2年生対象の童話と童謡の創作にかかりっきりだったので、書きたい記事が溜まっています。

 ②まで書いて放置状態にある、祐徳稲荷神社を創建した萬子媛の記事。実は、神社を訪れたときに、ある内的な体験があったので、記録の意味からも書いておきたいと思っています。過去に書いた萬子媛に関するエッセー『萬子媛抄』も。

 熊沢正子著『ちゃりんこ族はいそがない』他続編を、今日図書館で借りる予定だったのですが、どれもあったものの書庫入りしていて、書庫は早く閉ってしまうため、明日になります。

 図書館から借りた上の「イギリス女流児童文学作家の系譜」シリーズがすばらしいので、感想を書いておきたいのですが、これもきちんとしたものを書くには時間がかかりそう。大事だと思う箇所を抜き書きするくらいのことしか、できないかもしれません。

 イギリスは児童文学のメッカで、特に女性作家の活躍が目立ちます。イギリスにおける児童文学の歴史及び女性作家について、また彼女たちの創作の秘密について知りたいと思っていたわたしには、そうした好奇心を満たしてくれる絶好の書でした。

 以下のリンドグレーンの短編童話集は、物語性がさほど強くなく、子供をスケッチした風の作品集となっています。リンドグレーンの観察眼の鋭さ、濃やかさには改めて感心させられました。これも、感想を書くというよりは、おっと思った箇所を抜き書きしておきたいですね。

アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
発売日:2008-09-26

 今後の創作プランも練り直さなくてはなりません。応募作品を仕上げるごとに、新たに今の児童文学界の現状の一端が見えてくるという感じで、児童文学の賞は沢山あれど、エンター系の作品ばかりが受賞しているように思えます。

 純文系の児童文学作品を書いていきたいわたしとしては、そうした賞に応募する意味があるのかさえ、わからなくなってきますが、まあそれはそれとして、如何に自身の作風を守りながら応募していくかの試行錯誤はしばらくは続きそうです。何せ、お金がないので、賞狙いするしか、本を出せる道が見つかりません。

 ただ、もう昨年の話になりますが、ピリピリした気分でいたわたしが「鬼が島通信」に出合ったとき、何だか嬉しい気持ちになりました。それで、ここの『鬼の創作道場』に投稿してみようと思ったのでした。投稿作品は全て批評していただけるようです。

 今回のテーマは「たまご」。卵料理の材料は3編ぶん揃いました。自由課題を含めて、投稿できるのは2編までです。できれば課題と自由を1編ずつと思っているのですが、書いてみなくてはわかりません。

 1編書きかけたところで、前掲の童話と童謡の創作に入ってしまったのでした。それら応募作品を書いている間にずいぶん幼年童話について勉強したので、作りかけて放置していた卵料理が今は何だか中途半端な書き出しに思えます。

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2012年1月20日 (金)

あと5枚。口紅で気分転換。

昨日の外出疲れで半日つぶれ、残りの時間を家事と童話に割り当てて、5枚。現在10枚で、あと5枚です。

リンドグレーンの童話を読むと、山場がしっかり作られていて、それに比べたら、わたしのはずいぶん低い山だわ、丘くらいでしかないと思いました。

別の要素に重きを置いているので、丘程度でいいと思ったということもあり、まあこれはこれで、自分なりの仕上げかたをしてみるほかはないと思います。

あと5枚が問題です。

話題は変わりますが、昨日、病院のあとで美容室に行き(「なんと7ヶ月ぶりですよ、Nさん」と担当の人から呆れられました!)、その美容室はデパートの近くなので、ついでに化粧品売り場に寄り、口紅を買いました。

気に入って使ってきたシャネルの口紅がちびたので……娘はディオールで、これは案外なくなるのが早いみたいですが、シャネルのは太いので、結構持ちます。でも、ディオールって、楽しいオマケみたいなものがあったりしますね。娘には、シャネルの色合いはちょっと落ち着きがありすぎるのかも。

シャネルの売り場では中年女性をよく見かけますが、ディオールの売り場では、いろんな年齢層の女性たちを見かけます。

ディオールの口紅は使ったことがないので、華やかなディオールの色合いにも惹かれ、迷いましたが、シャネルの春のピンク系の新色にしました。

落ち着きのあるなかにも、可愛らしいといってよいような明るさのある綺麗な色で、唇から一足先に春が来るという感じです。

これまで選んだことのないタイプの色合いでしたが、店員さんも、試したなかではこれが一番似合うといってくれたので、決めました。オレンジ系のもいいなあと思いましたが……。口紅に組み合わせてあったグロスは、透明度の高い、艶やかなタイプのもの。

普段は外見のことなど投げ打って(?)、創作一筋という感じのわたしですが、たまには《女性》であることを思い出させてくれるこうしたものって、いいなあ……と今更ながら思いました。

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2012年1月 6日 (金)

幼年童話と五感の発達。マリー・ホール・エッツ『わたしと あそんで』(福音館書店)。

  • 4~6歳対象で10枚
  • 幼児から小学1~2年対象で15枚

 という目標を掲げて、まず4~6歳対象の童話にチャレンジしているところだが、難しい。

 子供の発達は目覚しいから、自分の子供たちのことを思い出してみても、4歳児と6歳児では全く違う。幼稚園生で考えると、

  • 年少……3歳~4歳
  • 年中……4歳~5歳
  • 年長……5歳~6歳

 という理解でいいだろうか。

 孫でもいれば、もっと身近に感じられるのだろうが、幸い、子供たちのその頃のことはよく記憶している。
 幼稚園の頃の自身の感覚はこの年齢になっても刻印されていて、幼稚園のお弁当温め機から漂ってくる匂い。薪や炭、雪、お日さまの香り。動物の毛の匂い。月の光をあれほど生々しく肌に感じることも、それ以降はめったにない。

 幼年というのは五感の発達するときで、ここからこうといった線引きはできないにせよ、ぐんぐん頭脳的になっていく小学校からとは違いがある。その五感に添う、わかりやすい、はっきりとしたお話を書きたいのだが、どうしても、小学生以上を対象としたものになってしまう。

 ただ、4歳~6歳が対象の童話といっても、大人が読んであげる場合と、子供が自分で読む場合とでは、これまた違う。そこで、「こどものとも」を何冊も読んでみた。うーん。

 悩んでいても始まらない。何編も書くうちに書けるようになるだろうと期待しつつ、とにかく書いてみることにした。題材は、以前から温めていたもの。どうしても、その題材を生かしたい。時間の流れを、一日単位にするか季節単位にするかで迷う。

 マリー・ホール・エッツはさすがに上手だ。


 同じエッツの『もりのなか』は、わたしは怖い。しかし、たまにどうしても読みたくなり、今度こそ買おうと書店に行くが、読み直すとやはり怖くて買えない。家に置いておくのが怖いのだ。
 なぜだろう。リンドグレーンに対するような、信頼できる怖さとは違う。どこかしら油断できないものを感じてしまう(これはあくまでわたしの特異な感じかたにすぎない)。

マリー・ホール・エッツ
福音館書店
発売日:1963-12-20

 日本人作家では、神沢利子が好き。

 海たまごでラッコをみたとき、『いたずらラッコのロッコ』を思い出した。海たまごのラッコは、プールを行ったり来たりしていたが、ターンするときに必ず観客のほうをチラッと見た。その飄々とした表情に、何だかこちらのほうが見られる動物になった気がした。
 『くまの子ウーフ』は小学2~4年向きとある。内容は案外抽象的で、哲学がかっているところすらあるから、対象としてはそんなものかもしれない。

 ただわたしは、神沢利子の作品では、読んでいて結構、止まってしまう。
 たとえば、めんどりがウーフにたまごを「あんたがもらいにきたらそのたびにうんであげるわ。」という場面。

 これは無精卵と解釈していいのだろうか。昔読んだときに、めんどりがわが子をくまの子に生贄として差し出す場面に想えて怖いと感じて以来、何度読んでもここで止まってしまう。大人になってからは、無精卵だから大丈夫、と自分を納得させようとするけれど、だめだ。『銀のほのおの国』も、ウサギが毛皮の履物を履いて出てきたところで、その不自然さにそこで止まってしまった。

 止まりはするが、奥行きがなく、複雑でもない。気楽に読めるから、好きなのかもしれない。こう書くと、賛美しているのかその逆のことをやっているのかわからなくなってくるが、五感を基本にして頭で考え、工夫して書かれている作品という気がする。ホームメイド的といおうか、親しみがわくのだ。
 リンドグレーンの作品の場合は、気楽に読むこともできるが、深みにはまろうと思えば、いくらでもそうなることが可能だ。その作品のうちに潜む哲学的な深みは、ほとんど霊的といっていいぐらいに、重層的で謎めいている。日本の児童文学作家に、リンドグレーンのような詩情、ユーモア精神、哲学性、霊感を備えた作家はいない。

 リンドグレーンの先輩といってよいスウェーデンの児童文学作家ラーゲンレーヴにも同じ傾向が見出せるが、ラーゲンレーヴには、リンドグレーンのような怖さはない。大人向きに書かれた神秘主義小説『幻の馬車』(角川文庫)はわたしの宝物。根に潜むものがラーゲンレーヴの場合は性善説であり、リンドグレーンの場合には高潔ながらもっと深刻なもの――鋭く人類の愚かさを見据えた怒りと哀感――の存在を感じさせる。

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