カテゴリー「息子関連」の95件の記事

2017年11月 2日 (木)

お土産のお菓子。鶏肉と野菜のごましょうゆ煮(『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』主婦の友社、2013)。

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ドイツのベルリンに出張で出かけた息子が送ってくれた、お菓子です。

輸入食品店カルディコーヒーファーム、ジュピターに行くのが楽しみになっているので、息子がベルリンとフィンランド空港から買ってきてくれたお菓子のブランドには覚えがありました。

が、お土産と同じ商品は見たことがなかったので珍しく、記事にしたくなります。

ミント風味のクッキーをいただいたのは初めてだったので、ちょっとした衝撃でした。メーカー名を見ると、ドイツの老舗ビスケット・メーカー、Bahlsen(バールセン)の商品ではありませんか。

ミニシリーズのビスケットを、何回か買ったことがありました。家庭的な、子供によさそうなビスケットという印象でした。ミント風味のビスケットにも、どこか家庭的な雰囲気があります。

ミント風味のお菓子、わたしは苦手なほうなのですが、このビスケットはミントがほどよい味わいで、抵抗感がありませんでした。

ミント効果でしょうか。お菓子を食べた後の胃もたれ感が全くありませんでした。

手前二つのチョコレートは、フィンランドでは定番とされているらしいFAZER (ファッツェル)の商品です。その奥のグミ(?)もそのようです。グミはまだ、いただいていません。

厚みのある、しっかりとした趣の板チョコは、イタリアやベルギーのチョコレートよりもアメリカのハーシーあたりを連想させました。凝った、洗練されたものというよりは、シンプルな印象を受けました。

わたしは船員の父がアメリカに行くたびに――よく行きました――ダンボール箱で送ってくれるハーシーのキスチョコで大きくなったといってもいいくらいなので、ハーシーのチョコレートは大好きで、時々買いたくなります。

ただ、前に息子が送ってくれたベルギー土産、ガレーのチョコレートの味は忘れられません。神秘主義エッセーブログにはアップしていた下の写真は、日本でも人気のゴディバ(GODIVA)とベルギー王室御用達ガレー(Galler)のチョコレートです。

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最初の写真に戻りますが、向かって右奥のブルーベリー入りのチョコレート(クッキーかと思ったら、チョコレートでした)は、AnthonBerg(アンソンバーグ)の商品です。

ググってみると、1884年創業のデンマーク王室御用達のチョコレートだとか。特に有名なのが、リカーチョコレートだそうです。ブルーベリー入りチョコレートも、お酒が効いていました。

ブルーベリーだけでなく、何か白っぽいものが挟まっているのですが、それが何なのか、わかりませんでした。クリームではないし……日本にはない類の味わいです。木の実を粉末状にして練り上げたものかなあ? うーん、わからない。何せ、説明が読めないので、見当もつきませんでした。

娘にこのチョコレートの感想を尋ねると、「パンチが効いているね~」と表現しました。

珍しいお菓子を味わえ、楽しいおやつの時間でした。

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『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』(主婦の友社、2013)のレシピ「鶏肉と野菜のごましょうゆ煮」がとても美味しかったので、レシピを紹介します。こまの混じったお汁が何ともいえない美味しさなのです。もったいないので、ごはんにかけていただきました。

以下は、『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』(主婦の友社、2013)のレシピ「鶏肉と野菜のごましょうゆ煮」より。

材料(2人分)

鶏もも肉1枚 じゃがいも2個 ブロッコリー120g 塩、こしょう各少々 A【だし3/4カップ 酒、しょうゆ各大さじ1 砂糖小さじ2】 すり白ごま大さじ1

作り方

(1) じゃがいもはくし形に切って、水にさらし、水けをきる。ブロッコリーは大きめの小房に分ける。

(2) 鶏肉は一口大に切って、塩、こしょうを振る。

(3) なべにじゃがいも、Aを入れて火にかけ、煮立ったら鶏肉を加え、ふたをする。再び煮立ったら弱火にして、15分煮る。ブロッコリー、ごまを加えて、さらに4~5分煮る。


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2017年9月26日 (火)

息子の遅い夏休み。美味しいお菓子(東京カンパネラ、フライドパスタスナック、栗のグラッセ、千枚)。

東京在住の息子が、20日の夜から23日の朝まで帰省していた。5月に久しぶりに帰省してから4ヶ月しか経っていなかったので、嬉しい驚きだった。

ヨーロッパの外資系企業(日本法人)からアメリカの外資系企業(日本法人)へと転職した息子だったが、息子は直属の上司共々ヨーロッパにある子会社にも所属しているような仕事形態だそうだ。

前にいた巨大な総合化学メーカーと比べると、全くタイプの異なる、フットワークの軽い会社という印象を受ける。

ホームページやウィキペディアで新しく入った会社の歴史を見ると、元々はNASAに関係した某プロジェクト開発のため、アメリカ政府の要望を受けて設立された会社らしい。ああそうか、このようなものがなければ航空宇宙業界も成り立たないんだ、と思った。

息子は前の会社の仕事内容ではキャリアを積めないと感じ、転職に踏み切ったようだ。5月は転職の報告に帰省したという感じだった。今回は遅い夏休みということらしかった。

夏、息子がヨーロッパへ研修を兼ねて出張したとき、オフィスにいた普段は世界を飛び回っているアフリカ出身の女性が(過去記事参照)息子に、実家には帰っているかと訊いてくるという。

黒人は一般的にアットホームだというイメージがあったけれど、実際にそうなのだろう。その女性の言葉で息子が帰省したのかどうかはわからないけれど、そのようなことをいって貰えるなんて、ありがたいと思う。

話が横道に逸れるが、今はお見合いや合コンを設定してくれる会社が沢山あるらしい。

親たちが貧乏になってお見合いの話を持ってくることができなくなればなったで、それに代わるサービスが商売として成り立つようになり、そこから「赤い糸」が提供されるようになったというわけだ。

娘も何回か会社の友人と一緒に街コンに出かけた。その友人は2万円払って、お見合い形式にもチャレンジしたそうだ。

娘の話では、娘たちの年齢からすると、街コンでは若すぎる男性が多く、お見合い形式では逆に年のいきすぎた男性が多いらしくて、出会いのきっかけづくりもなかなかうまくいかないようだ。

それが息子の話によると、都会では30万円かかるが、高確率で双方に満足のいく結婚相手を探してくれる会社があるという。

前にいた会社の人が、それで女医さんと結婚したそうだ。適齢期を過ぎた年齢――その人は三十代後半――でありながら満足のいく結婚相手が見つかるというのなら、30万円は安い値段なのかもしれない。

息子もそうすることもできただろうにと思わぬでもなかったが、そういうタイプではないからこそ転職したということだろう。

以下は献立の私的備忘録。

20日
(夜)
おぼろ豆腐
キュウリのヨーグルトドレッシング(服部幸應先生のレシピ→ここ
ボルシチ(ざっとした我流レシピ→ここ

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寒くなると盛んに作るボルシチだが、この街に引っ越してきてからチャレンジした料理なので、息子はまだ食べたことがなかった。気に入ってくれたようだ。息子は自炊するので、ボルシチなんかはいいと思う。

栗御飯(鈴木登紀子先生レシピ→ここ

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栗御飯を作ったのは久しぶりだった。

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21日
(朝)
ミニクロワッサンとコーヒーで軽く済ませる。

(昼)
ダリ展を観たあと、ショッピングモールへ。
モロゾフ

(夜)
浜勝(とんかつ屋さん)

22日
(朝昼兼用)
そうめん(夫がそうめんを茹でてくれた)
かまぼこ
日田産梨

(夜)
ワイン
大盛サラダ二皿(緑色のものはプチトマト)

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山盛りの野菜の写真は撮ったものの、他の写真は撮る暇がなかった。山盛りの野菜は結構余るだろうなと思っていたが、皆よく食べてくれた。

リオナソーセージ・ペッパーロースハム・チーズ(6ヶ月熟成ミモレット。前回は12ヶ月)の盛り合わせ。
 ※6ヶ月熟成ミモレットはキャラメルのような風味。12ヶ月はカラスミのような風味。
焼き肉(牛肉)・じゃこ天・ウインナー
カリカリじゃこ・薬味のミョウガ・梅干し・明太子などをお茶漬け用に並べていたが、家族はカリカリじゃこを御飯にかけて「美味しい」と食べていた。

カリカリじゃこは、ちりめんじゃこを油できつね色になるまで炒め、仕上げに鍋肌からしょうゆを絡ませたもの。

マスカット
 ※マスカットは1200円。それで家族4人には充分な分量のデザートになった。

美味しいと思ったお菓子。わたしは普段しない間食をかなりしてしまったので、ダイエットの必要がありそう。

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息子の東京土産、アイル「東京カンパネラ」。クッキー生地がサクサクしていて、美味しかった。

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ドーバーフィールドファーイースト「フライドパスタスナック」。食べ出したら止まらない。

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竹林堂製菓「栗のグラッセ」。あんこに栗のかけらが入っている。お洒落なお菓子。

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渡辺商店(名古屋市)「千枚」。これはまだ封が開いていない。同じところから出ているがんこ焼が美味しかったので、これも美味しいだろうと思う。

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2017年9月24日 (日)

本日一気に三味線、ヒグマ、キンモクセイ2本ゲット(インターポット)。ダリ展。

息子が帰省していたので、その間にビンゴ券が溜まりました(というと変ですね。最低限のビンゴだけやっていたということです、短時間で券を増やすためだけのビンゴを)。

それを使って、本日一気に浮世絵の三味線、ヒグマのオブジェB、キンモクセイ2本(計4本に)をゲットしました。

まあ三味線がほしくてチャレンジしているうちに、他のものもゲットしたというだけのことですが。

インターポット

アバ嬢が三味線を気に入ってくれたみたいで、さっそく神妙な顔つきで弾いています。アバ嬢は顔がデカいので、そばに植えた柳の木がまるで雑草みたいに見えます。

庭には現在、この三味線の他にハープとししおどしがあり、それぞれに音を出すので、なかなか賑やかです。

インターポット

ヒグマの置き場所が決まらないので、とりあえず遠景風に。いただいたものを置くだけの芸のなさですが、そのうち統一のとれた庭にしたいと考えています。

海底シートをゲットしているので、庭を海の底にもできますが、その勇気がありません(?) 海の中って、魅力も感じますが、何だか怖くて。

アバ嬢は設置中の飛び込み台から、可愛いエーゲ海によく跳び込んでいるので、海底散歩は大歓迎でしょうね、きっと。

コイコイ潜水艦、金のイカリ、エンゼルフィッシュ水色、キングハリセンボン、巻貝C、海の花中、海藻大B、おいしい海藻大B、おいしいワカメをゲットしています。

帰省中の息子と一緒に、家族全員で市立美術館へ『ダリ展』を観に行きました。20世紀を代表する画家サルバドール・ダリ(1904 - 1989)の版画200点が展示されていました。

ダリといえば、シュルレアリスムに属する画家で奇人変人、詩人ポール・エリュアールの奥さんガラを奪った(?)男……くらいの知識しかなかったので、今回展示されていた版画の大部分を占めていたのが旧約聖書をテーマとしたものだったのがちょっと意外でした。

ダリはスペイン出身の画家で、裕福だったようです。一族は自分たちをユダヤ系の血筋と信じていたとか。

「信じていた」というのは、どういうことでしょう。古代ユダヤ人の血筋だと信じていた――ということでしょうか。

わたしにはどれも同じような、奇を衒った――つまり解釈の浅い――作品に見えました。同じ旧約聖書をテーマとしていても、東欧系ユダヤ人(アシュケナジム)だったシャガールなどとは、何という画風の違いだろうと思いました。

ただ、1945年にアルフレッド・ヒッチコック監督が制作したサイコスリラー映画『白い恐怖』に出てくる夢のシーンにダリが協力していると知り、ああなるほどと思い、興味が湧きました。

この映画は現在パブリック・ドメインになっているそうなので、YouTubeにアップされているのではないでしょうか。

装飾的に使われるほうが、ダリの作品は本領を発揮できる気がします。印象に残った以下のダリの言葉。

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを!

ふーん。

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2017年7月18日 (火)

息子の土産話。温まった旧交を冷やす、女友達との価値観の違い。

昨夜、フランス語圏の国に2週間出張していた息子から電話があり、長電話になった。興味深い話をいろいろと聞くことができた。

古い洋館が研修施設になっていたそうだが、近くに森があり、その森は日本の森や林といったイメージからは遠く、そう大きな森ではないのに、とても暗くて、ヨーロッパのお伽噺によく出てくる魔女でも出てきそうな感じだったとか。

魔女裁判があっていたころ、異端視された人々が森の中で秘密の集会を開く場面を本で読んだことがあったが、隠れるにはぴったりといった雰囲気だそう。

尤も、息子は森に入ったわけではなく、近くを通ったときに見た程度だったようだ。

小さな国の割には放牧地が広大で、牛の群れが無造作に点在していたとか。

森の近くの研修施設も、そこからは離れた研究団地のようなところにあるオフィスも国際色豊か、人々は友好的。

ただその国の礼儀作法で、親しい男女間、女性同士が頬を触れ合う挨拶があり(男性同志ではしない)、女性と頬をくっつけ合う挨拶では固まってしまい、それを察知した相手は次の日から握手に代えてくれたとか。

オフィスには世界中飛び回っているアフリカ出身のキャリアウーマンがいて、その人は大の日本贔屓だそうで、それは青年海外協力隊に親切にして貰ったからだという。

オフィスのある街の住人もとても親切で、フランス語しか通じないレストランで戸惑っていると、隣で食事していたお客さんが通訳を買って出てくれたそうだ。

研修の間もオフィスでも昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチ。ハーブがきつくて、息子はそれが苦手だったそう。

息子がチョコレートを送ってくれるそうで、娘と楽しみにしている。

暗い森の話のところで、つい魔女裁判を連想してしまったのは、わたしが児童小説に魔女裁判にかけられる女性を登場させたいと思い、いろいろと調べてきたからだった。

そして、ヨーロッパの昔話に見られるような魔女の起源はキリスト教会に異端視されたカタリ派に求められるらしいこと、またカタリ派ではイエスとマグダラのマリアが結婚していたと教えていたらしいことを知った。

『異端カタリ派と転生』(原田武、人文書院、1991)によると、カタリ派は都市部における富裕層の知識人たちによって担われ、栄えたが、弾圧されるにつれて農村部に移り、次第に迷信化、妖術化していった。つまり、どんどん俗化を強めていき、遂には絶えたということである。

イエスとマグダラのマリアの結婚については、拙神秘主義ブログの以下の記事を参照されたい。

これも過去記事で書いたことだが、上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社〈講談社学術文庫〉、1998年)によると、魔女裁判が異端審問の延長上に生まれたことは確かであるようだ。

フランスのように教皇庁指揮下の裁判は異端審問、世俗裁判所では魔女裁判――という風に担当が明確であった所もあれば、ドイツのように教皇庁の力が弱くて双方が入り乱れていた所もあって、地域により時代によりまちまちだったようである。

異端者という語を生み、異端審問の開始のきっかけとなったのは、カタリ派だった。カタリ派は、それだけキリスト教会を脅かす存在だったのだ。

現代であれば精神病者に分類されるような人々が訴えられたり、逆に訴えたりするケースは多かったようだ。

一貫して魔女裁判の抑止力となったのは、神秘主義者たちだった。

前掲書『魔女とキリスト教』によると、魔女裁判の衰退に最も影響を与えたのは、ヴァイアーの医学的アプローチ、魔女懐疑論だった。

ヴァイアーはパラケルスス、アグリッパの思想系譜に属する神秘主義者で、彼の師アグリッパは魔女迫害推進派から邪悪な魔術の象徴として攻撃された。

アグリッパは異端視されながら『女性の高貴』など女性賛美の文章を書き(男性優位の社会背景があった。ちなみにカタリ派は男女平等論者だったという)、パリに秘密結社をつくり、メッツ市の法律顧問となって、魔女の嫌疑のかかった老婆の救援に立った。

勿論彼自身も魔女裁判の犠牲となる危険と隣り合わせだったが、個人的に教皇から好意をもたれていたことが幸いしたという。

ヴァイアーは、メランコリーという医学概念を魔女の判定に持ち込んで、魔女は責任能力を有しないことを立証しようとした。

こうした精神病理学の発達で、魔女裁判をリードしてきたフランスの法曹界がその影響を受けるようになったことから、魔女は火炙りにされるよりは拘禁され始め、山火事のようにヨーロッパに拡がった魔女現象は次第に鎮静化したという。

旧交を温めた友人のご主人が統合失調症と診断され、大変なようだ。別の医者は別の診断を下しているという。飲み薬漬け、アル中気味だったのが、療養所に入所したことで、少なくともアルコールとの縁は断っているそうだ。

律儀に夫を支え続けている彼女は立派だ。

が、残念ながら、彼女と前述したような話はできない。

戦後の日本が、共産主義者が大勢入り込んだ進駐軍による愚民政策によって唯物主義、現世主義に大きく傾いたように、彼女の物の考えかたにはその影響が色濃く、それが現代日本における主流なのだから、目下わたしに勝ち目はない。

物心ついたときから神秘主義者であったわたしなどは、現代日本の価値観からすれば、非科学的な時代錯誤の人間と映って当然だ。一方では、これをいってはまずいのかもしれないが、わたしにはむしろ彼女のような人々のほうが古めかしい人々に映る。

高校時代に親しかった彼女に、当時のわたしは自身のほのかな前世やあの世の記憶について、話したことはなかった。話せない雰囲気を感じていたからだろうが、かくも価値観の異なる青春時代における友人関係というものが、互いにとって有意義であったかどうかは微妙なところだろう。

ただ、何にせよ、神秘主義は科学に反する立場をとっているわけではない。オーラが肉体を包んでいるように、神秘主義は科学そのものを包含し、包含する観点から正誤を考察しようとするものなのだ。

近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの著書はそのようなもので、その著書には古代から当時知られた科学者に至るまで、多くの科学者、哲学者の説が沢山出てくる。

わたしは友人ににこうした考えを押し付けようとは思わない。彼女が思った以上に現世主義者で、価値観があまりにも異なることがわかったため、高校時代にそうであったように、今後こうした方面の話はしないだろう。

彼女も、彼女のご主人も一定の落ち着きを得たようだし、頼りになる妹さんもいるようだから、元のように距離を保つほうがいいかもしれない。

もっとも、神秘主義の研究を標榜しながら出鱈目な論文を書く学者や、スピリチュアルという名の下に誤った知識を商売道具にしている者など怪しげな人々が沢山いて、神秘主義が誤解されるのも無理はない。

それでも、精神病理学を発達させたのがヴァイアーのような神秘主義者であったことから考えると、神秘主義を排除して唯物的なアプローチを続けたところで、精神医学が停滞を続けるばかりであることは想像できる。

ユングのような神秘主義に関心を持った心理学者も出たが、そのアプローチの仕方はあまりに恣意的なのではないだろうか。

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2017年7月 6日 (木)

2台めの乗り物、ゲット! 息子のヨーロッパ出張②

インターポット
マダムNさんの庭を見に行く

二台目の乗り物、空飛ぶロケットC・イエローをゲット! 

管理画面にくっついているアバターの欄が空欄なのがふと気になり、うっかりアバターを作ったのが間違い(?)でした。

リヴリーアイランドのペットの世話だけでいっぱい、いっぱいなのに、ついこちらも世話したくなります。

その結果早くもゲーム欲が満量に達しました。

カードとスターを貯め、期間限定のカード合成の成功率30パーセントを100パーセントにするためにスターを倍投入し、二ーューヨーク市街が見える窓に2回めのチャレンジ。

あーまた壁でした。前のは白茶で、今回は漆黒。壁紙ホワイトもあるから、似たようなものばっかり当てていることになります。

アバターの帽子か髪飾りがほしいけれど、スロット見るだけで、おなかいっぱい。

庭のアイテムをゲットするためにビンゴをするのですが、やっとビンゴというときに死神が出て、ゲームオーバーということがよくあります。

リヴにアバターに、と気分転換には事欠かなくなったので、まずは「祐徳稲荷神社参詣記」の②を書いてしまって、小説の第二稿を進めなくては。

ヨーロッパ出張中の息子は、ヨーロッパのある国の山奥の洋館にいるらしく、ラインで娘に写真を送ってきました。なるほど、洋館としかいいようのない瀟洒な建物です。ハエが沢山いるらしくて、イメージが壊れますけれど。洋館が研修施設となっているようです。

二番目の会社は大きな化学メーカーの日本支社でしたが、三番目の今度の会社はぐっと小規模で、NASAのための構造解析プログラム開発を手がけたことで知られている会社だとか。

ああそういう分野も、宇宙事業には必要なんだと思いました。尤も、息子の仕事は宇宙とは全く関係ないようです。プライベートなことはあまり書かないことにしたのに、アバターの空飛ぶ乗り物からつい連想が働き、書いてしまいました。

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2017年7月 4日 (火)

初の乗り物ゲット!。息子のヨーロッパ出張。

インターポット
マダムNさんの庭を見に行く

初の乗り物、スペースシャトルライドをゲット。昨日家族でデップ様の海賊映画を観にいったせいか、この一つ前に出てきたコイコイ宇宙海賊船がほしかったんだけれど、大地がないと飾れないので、まあこれでよかったかな。

うちのアバターも楽しそうに乗ってるみたいだし。アイテムを購入すれば、もっと簡単にゲットできそうですが、リヴ優先なので、こちらは気が向いたときに、運任せでやります。

息子がヨーロッパへ2週間出張するというので、娘が「気を付けて」メールをラインで送ったら、すでに発っていて、乗り継ぎのためオランダの空港にいたみたいです。

こんなとき、ラインができるので、スマホは便利ですね。わたしはガラケー。

ただ、世の中便利になったのはいいけれど、アナログ社会だったころに比べると、お金がかかるようになったし、世の中、物騒にもなりましたね。

ヨーロッパも物騒になったので、心配です。

息子は二度転職しており、最初は上司のパワハラが原因のようです。この会社で身につけた技術のお陰で、今度の転職が可能となったわけですから、物事はわからないものですね。

次に入った会社は、聞く限りにおいては恵まれた職場に思えたのですが、仕事が簡単すぎてつまらなかったとか。自分の能力を生かせない職場だったということでしょう。

ところで、都知事選関連で調べているときに、思わず噴き出したことが……これについては、記事を改めます。

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2017年5月30日 (火)

久しぶりの息子の帰省

久しぶりに、息子が帰省した。二泊三日の短い滞在ではあったが、家族旅行で顔を合わせたときとは異なる日常的な雰囲気の中で過ごせ、家族揃っての団欒を満喫することができた。

母親としては、第一に我が子が都心で――横浜から東京都内に引っ越した――安全に健康に暮らしているかどうか、ということが気になる。次には、とにかく美味しいものを食べさせてあげたい。

体重が増えたようなので、栄養のバランスが悪いのではないかと心配になった。で、二日目の夜はカフェ&ダイニング「かもめのジョナサン」に行く予定だったので、一日目の夜は大皿に野菜たっぷりのサラダがほとんどメインの風格(?)。

メインはキングサーモンに決めていたので、息子に食べさせたかった大分県認定のブランド地鶏「冠地どり」を2枚焼き、皆が食べやすいように切り分け、サラダに添えた。

冠地どりは美味しいので、過去記事で採り上げている。

息子の仕事のことでお祝いすべきことがあったので、クリスマスのときのように、スパークリングワインを開けた。

わたしは神秘主義者としての見地からアルコールには警戒心を抱いており、現代医学がまだ切り込んでいない分野に関することなのだが、このことには科学的根拠がある――秘教科学ではよく知られている――と思っている。

が、一般人と結婚している人間でもあるので、自分の原理原則を杓子定規に家族に押しつけるわけにもいかない。

アル中気味ではないかと疑っている女友達には神秘主義者であろうがなかろうが、はっきりしたことをいうべきだと思ってそうして、結果的に敬遠されたようだ。アル中気味を疑ったのは、わたしの勘違いかもしれない。

でも、飲みすぎていることは事実のようだし、昼間からお酒を飲む習慣はアル中臭いではないか。もう自己責任で、アル中にでも何にでもなればいいと思う(アル中になってしまうと、責任をとれなくなるのが問題ではある)。

アル中気味というのがわたしの誤解なら、なぜ誤解を解こうとしてくれないのだろう? 神秘主義まで持ち出して説得しようとしたから、逆にこちらの頭を疑われたのかもしれない。

夫には休肝日を作って貰い、飲みすぎないよう注意しているが、その範囲内で自由に飲んでいる(だいたいビールか、炭酸飲料で割った焼酎)。定年後の仕事柄からか、自然に酒量が減ったのはありがたい。

この年齢になってみると、本人や夫がアル中気味で悩んでいる人は多い。老年に近づいてようやく、長年の飲酒のツケが回ってくるということだろうか。

夫の場合は飲酒より、長かった喫煙による影響が心配なところだ。相手がストーカーだったとはいえ、不倫騒動を起こした夫と別れたくなってそういうと、夫は泣いて別れたくないと縋りついてきた。

わたしも、自分のような変人と暮らしてくれる物知りで面白い夫は捨てがたかったので、結婚継続の条件を夫の禁煙にした。

いざ別れるか否かといった選択に直面したとき、わたしのような専業主婦は生活できなくなる不安を真っ先に考えそうなものだが、追い詰められると、逆に精神的な損得しか考えなかった。自己管理の下手な夫と暮らしていく限り、そちらに引き摺られて、わたしも精神的に破滅するだけだろうと思ったのだ。

離婚して暮らせなければ、生活保護を申請すればいいと思った。それが通らなければ、日本に見放されたと思って自然に帰るしかないと考えた(日本という国のことを本当に真剣に考えたのはこのときだった)。

まさか、夫がまた泣くとは思わなかった。というのも、夫は22歳のわたしが結婚を断ったときにも泣いたのだ。

わたしが大学を卒業する直前に母が倒れ、重体に陥ったのだが、母が長い昏睡から覚めたとき、乳児に帰っていた。家族が患者について世話をするのが当たり前だった当時、決まっていた就職は諦めるしかなかった。

母が重体を脱して頭も正常になるまでには、時間がかかった。すっかり正常になるとは思えなかった時期に、わたしは別れるなら早いほうがいいと思い、夫に結婚できないから別れたいといった。そのときに泣いたのだ。

母の頭は奇跡的に正常に戻り、悪化していた腎臓も改善して退院し、通院できるようになった。やがて、無理しない程度の家事であれば、できるようになったので、わたしは公文教室で助手の仕事に就いた。

その後、妹が博多で就職できなかったため、帰省することになり、実家から通える商事会社に就職することになった。夫とわたしは晴れて結婚できたわけだが、夫の泣き顔を再び、このような形で見る羽目になるとは当時は想像もしなかった。

泣いてすがったわりには、夫は禁煙に成功するまでに2~3年要した。夫が挫折するたびに、夫婦喧嘩になった。

わたしたちのごたごたを息子が怒った。当然だろう。夫以上に、生活力のないわたしがどこまでも巨大化して息子にのしかかってくるような恐怖感を与えたのではないだろうか。

会社のことや、会社に通いながら籍を置いている大学院、またプライベートなことでも息子は大変だったようで、その大変な時期を、わたしたちのごたごたが一層大変なものにしたことについては、本当に親として恥ずかしく、反省している。

夫は、久しぶりの息子の帰省を心底喜び、歓迎した。勿論、わたしも。プライベートなことはもうあまり書かないことにしたのだが、古くから当ブログを訪問してくださっている方々もいらっしゃると思うので、この記事では例外的に昔のことまで引っ張り出して書いた。

娘が選んだスパークリングワイン「モスカート・ダスティ」を出した。モスカートはマスカット、アスティは地名だそうだ。甘くて飲みやすい。

試食してみて、濃厚で美味しいと思ったハードタイプのチーズ「ミモレット」も用意していたのに、これは出しそびれてしまった。尤も、仕事で欧米に行く機会があっても、息子は本場のチーズにもさほど関心がないようだ。オランダのヨーグルトは絶賛していた。むしろ夫のほうがチーズ好きといえるかもしれない。

雰囲気が壊れると思ったので、大皿に盛った野菜の写真は撮らなかった。備忘録として書いておくと、まず、野菜売り場で目に留まったとうもろこし。

とうもろこしは鍋に沸かした湯で茹でるよりもレンジで調理するほうが美味しいと「楽天レシピ」で知ってから、ずっとこの方法で調理している。以下はそのサイトから。

…………………………

美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*
美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*

料理名:トウモロコシの茹で方
作者:maria's room

■材料(1~2人分)
トウモロコシ / 1本
塩 / ひとつまみ
サランラップ トウモロコシが / 包める量

■レシピを考えた人のコメント
トウモロコシって茹ですぎると旨みが逃げてしまうので レンジで調理が一番美味しい♪
家で採れたトウモロコシです★

詳細を楽天レシピで見る

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フリルレタス、ザラダ菜、ベビーほうれん草、クレソン、アスパラガス、プチトマト じゃがいも(インカのめざめ)、ブロッコリー、紫アスパラガス。

紫アスパラガスは茹でてしまったので、グリーンアスパラガスになってしまった。

北海道物産展で紫アスパラガスを購入したのだが、紫アスパラには抗酸化成分ポリフェノールの一種アントシアニンが豊富に含まれていて、茹でるとそれが飛んでしまうという。生食を勧められた。

家で試食してみると、茹でなくても柔らかく、シャリシャリした食感。しかし、わたしには生臭くて、無理だった。それで、茹でてしまったのだ。

野菜の山になったサラダは、白ワインビネガー大さじ2、粒マスタード小さじ2、しょうゆ小さじ1、塩、こしょう各少々、サラダ油80mlを混ぜたドレッシングで。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第30号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)の中のレシピ「豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラダ」に載っていたドレッシングで、さっぱりとして美味しい。

サラダと冠地どりの大皿の次に、小さめに切った豆腐に小葱、ちりめんじゃこ、みょうがを散らしてテーブルへ。茄子の一夜漬けも出す。

家族がそれらを食べながら談笑している間に、キングサーモンの味噌漬けを焼き、大根おろしを添えてテーブルへ。そして、ごはん。

息子は外資系企業に勤務しているので、外国人に接する機会も少なくない。その中には女性もいて、友人づき合いに発展することもあるだろう。

話に出てきた中に、息子は友人と思っている様子だが、相手の女性は恋人と思っているのではないかと思ったケースがあったので、そういい(わたしの勘違いかもしれない)、そして念のために、外国人との結婚を考える場合は国籍に注意したほうがいいといった。

日本では国籍単一の原則から、多重国籍を認めていないからだ。詳しくは「国籍法」、外務省の「国籍の選択について」を参照していただきたい。

皿を洗っていると、息子が汚れた食器を運んできてくれた。子供のころに親の手伝いをするような躾はしたが、いわなくても自然に手伝ってくれる優しさは大人になってからも変わらず、天性のものだろう。

娘は翌日、博多に出張で、早朝出かけた。午後、息子が宇佐神宮へ行きたいというので、家族三人で出かけた。

真夏のような陽気だった。

中国からの旅行者らしい団体が、添乗員の号令に従って、一糸乱れぬ「二拝四拍手一拝」を行っていた。

厄年の表を見ると、わたしは前厄に当たっていた。娘が祐徳稲荷神社に行きたいといっているので、来月行くことにしていた。そのときに厄払いしていただくことにして、宇佐神宮では家内安全のお守りを買った。

そういえば、宇佐神宮の宮司問題はどうなったのだろう?   敷地内にある山頭火の句碑を撮った。

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夜、娘が帰宅後してから「かもめのジョナサン」へ。翌日、朝と昼を兼ねた食事には何を作るか迷った。幸い、娘は休みだった。

とりあえず、洗ってすぐに出せるアメリカンチェリーをテーブルへ。

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日田市に住んでいたころ、ダイエーによく綺麗なアメリカンチェリーが安く出ていて、見かけるたびに買った。それより値段はいくらか高かったが、量はそのころに買ったのと同じくらい。アメリカンチェリーは健康にいいそうだ。

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サラダにはオリーブ油、しょうゆ、甘酢を同量ずつに辛子、塩コショウを入れて混ぜた、いつものドレッシングで。

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ピーナッツ豆腐にかけたのは、わさびじょうゆ。

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食べやすく切った豚ヒレに塩こしょう、エルブ・ド・プロバンスを振りかけて焼いた。ソースは、フライパンでマッシュルームをサラダ油で炒めて、マスカルポーネと牛乳を加えて火にかけ、塩で味を調えた。

肉を焼いたあとのフライパンでソースを作るつもりだったが、ソースを綺麗な白色にしたくなったので、別に作った。ごはんも出す。梅や海苔も出した。

口直しに、ほんのり甘いアボカドのスープを出した。

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服部先生のレシピを紹介した過去記事へ、リンクを張っておく。

娘が休みだったので、三人で息子を駅まで見送りに行った。空港行きのバスに息子が乗り、バスが行ってしまうと、何だか寂しくなり、三人でスタバに入った。

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2015年6月15日 (月)

神戸旅行2015 ①久しぶりの家族旅行

家族旅行中

東京方面から合流した息子、娘とわたしたち夫婦での家族旅行は本当に久しぶりです。

夫と息子、長年のこだわりがまるでなかったかのように、ずっと話しています。

よくあんなに話すことがあるわね、と娘と呆れるほどです。

嬉しいのは勿論ですが、男心って、わかりません。

2つの部屋の間にはドアがあり、行き来できます。

二人は時々来てなにか話して、また二人になり、話しています。

写真は、昨日の夕方、神戸オリエンタルホテルの最上階にあるフロントで撮りました。

神戸港が見えます。

大阪の伊丹空港からリムジンバスに乗って、神戸三宮で降りました。

伊丹空港でリムジンバスの乗車券を自販機で買ったとき、自販機が「発見しました!」といったので、「えっ? なにを発見したの?」と思いましたが、「発券しました!」の聞き間違いでしょうか。

ホテルは旧居留地にあり、三宮、元町を散策するのに便利です。

神戸へ来るのは4度目ですが、いつも大阪のついでに寄るという感じで、前回は慌ただしく異人館めぐりをしました。

昨日は、神戸市立博物館に行き、プラハ国立美術工芸博物館所蔵「輝きの静と動ボヘミアン・グラス」を観ました。

中世に製造されたビーカーに描かれた絵は、タロットカードの絵を連想させました。

水晶のようにきらめくボヘミアン・グラス。水晶で製造されたものも展示されていました。

乳白色を帯びたものは陶磁器と間違いそうでしたが、柔らかな、透明感のある感じが陶磁器とは違っていました。

ウランを加えて製造されたものは、黄色い輝きを放っていました。

ウランといっても、人体に影響しない使われかたなんでしょうね。

伊万里焼の地図皿も観ました。天保期に製造された地図皿には、小人国、女護国という不思議な国が書かれていました。

そのような国があると、信じられていたのでしょうか。ファンタジーなんでしょうか。

沖縄が四国より大きく描かれ、北海道には松前しかないように描かれたりしています。

博物館を出たあと、UCCコーヒー博物館に行く予定でしたが、間に合いませんでした。

ゴンチャロフがプロデュースするカフェ「ガルニエ」でランチしました。

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2014年10月27日 (月)

息子のイタリア出張

1週間ほどイタリアのローマに出張していた息子が帰宅し、昨晩電話をかけてきた。

最初、娘と1時間半ほど話し、次にわたしとやはり1時間半ほど話した(話したいことを話すと、偶然それくらいの時間になった)。

息子は電話を切るときに今日も仕事といっていたので、休みとばかり思っていたわたしは疲れさせたのではないかと心配になったが、海外に出かけたときは大抵、疲れた様子がない。

普段は会社で遅くまで仕事をし、食事は外食かコンビニ弁当(近くにHotto Mottoなどのお弁当屋さんはない)、休日や有休を使って大学の研究室へ行くときなど――会社と大学の博士課程を掛け持ちしている――はいつも安ホテルに泊まっている息子には、むしろ海外出張のときに泊まる普通のシティホテルやその土地での食事、仕事のスケジュールなどが体に優しいものだからだろう。

息子が出かけたのは会社で行っている仕事の分野における専門家の集まりで、主催者はベルギーの会社。前に行ったオランダでの集まりもそうで、会場はヨーロッパを転々としているらしい。

前回アメリカのサンフランシスコに行ったときは大きな化学会で、そのとき息子はポスター発表をしたといっていた。

今回のローマの集まりでは、英語で30分ほど講演をしたそうだ。

主催者の手違いで、後から送った修正した資料ではなく、修正前のものを渡されたため、用意した講演内容に狂いが生じ、困ったそうだが、強気で押し通したとか。

ナポリの大学から学生が講演を聴きに来ていたという。主催した会社の社長が運動好きで、講演会、長い時間続くパーティー、行きたい人は夜でも行く観光……と出席した人々が例外なく夜更かしをした翌朝、マラソン大会を催した。

息子はとてもつき合いきれないと思い、出なかったそうだが、外人のスタミナには感心したようだ。息子の会社からは4人行ったそうだが、今回は割合に市内を観光をする時間がとれたらしい。

息子は、バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂に圧倒された。何より、天井の高さに圧倒された。どうやって造ったんだろうと思ったよ、としきりにいった。

システィーナ礼拝堂は壮麗だが、観光客がいなければ、教会らしい落ち着いた雰囲気だと思うと息子はいった。ミケランジェロの天井画は落ち着いた色調だったとか。

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(Photo:GianniG46)

あるテレビ番組で、ミケランジェロが足場を組み、仰向けになったまま、顔に滴り落ちてくる絵の具を物ともせず、描いている様子を再現していたわよ、とわたしはいった。

すると、息子は「足場を組むったってさ、物凄い高さなんだよ。見当もつかないな」といった。そういわれてみると、わたしも不思議になってくる。足場を組むだけでも、大変な作業だろう。高所恐怖症にはできない仕事に違いない。

コンビニ間隔で教会があり、そのどれもが凄かったという。ステンドグラスにも圧倒されたようだ。あそこに住んでいたら、嫌でもカトリック教徒にならざるをえないと思うよ、と息子はいった。

そういえば、もう何年も前の話になるが、義父母は義妹母子とドバイからクールーズの旅に出た。ローマにも行き、義父の感想は「寺ばかり」という一言だった。寺とは教会のことだろう。

カトリック教会だらけの国。イタリアの神秘主義者たちは、どう生きていたのだろう?と思ってしまう。

文盲であることが普通だった中世ヨーロッパの民衆には、キリスト教を理解するために絵が必要だった。

しかし、原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1992年)によると、北イタリアのロンバルディア地方、南フランスのラングドックで栄えた異端カタリ派は、土地の言葉に翻訳された独自の聖書を持ち、集会のたびに福音書が朗読、解説されたという。

カタリ派には裕福な知識層が多かったというのも頷ける。当時は相当なインテリでなければ、聖書を読むことすらできなかった。ましてや、継承した思想を育み、カトリックに対抗することなど、ひじょうに特異な事態で、そこからカタリ派の独自性と隠れた歴史が透けて見えてくる気がする。

息子の話を聴いていると、『不思議な接着剤1: 冒険前夜』の続きを書くためには、ローマぐらい見ておかなくては、と思ってしまう(まあ無理だけれど)。

トレビの泉は工事中だったそうだ。コロッセオ――円形競技場――は巨大。外から見ただけだそうだが、それだけでもローマ帝国の威容が伝わってきたよ、と息子は心底感嘆したようにいった。如何にも廃墟という感じらしいが……。

カラカラ浴場の遺構も、浴場という現代の概念を超えた壮大なものらしい。それでいて、残った壁画、床のタイルなど見ながら、そこに佇んでいると、どこかしら日本の浴場を連想させる雰囲気があって親しみが湧いたそうだ。ヤマザキマリのお風呂漫画『テルマエ・ロマエ』の着想をなるほど……と思わせるものがあったとか。

街のいたるところに遺跡が転がっているという。遺跡と共存というより、ローマ帝国時代の遺跡を邪魔しないように造られた街――と、息子には映った。遺跡が暮らしの邪魔になっているように見える場所もあったという。

遺跡を見て、息子は天井の高さにつくづく驚いたようで、「ああいったものを造るために、奴隷がずいぶん死んだだろうね」といった。教会でも天井の高さに驚いたようだから、ローマのいにしえの建築物の天井の高さは、よほど印象的なものなのだろう。そうした建築物と一体化した沢山の彫像も凄かったそうで。

遺跡の壁が印象的だったとも息子はいう。あるテレビ番組で、ローマ帝国の優れたコンクリート技術があのような壮大な建築を可能にしたといっていたわよ、とわたしは話した。

ローマを強いて日本に例えれば、雰囲気的には京都というより奈良。都会度は岡山市くらい。そこに教会と遺跡がいたるところにある風景を連想すればいいというが、わたしはうまく想像できなかった。

書店のことを尋ねると、日本のような大型書店は見かけなかった、日本の書店のように本がぎっしりとは置かれていないという印象を受けたようだ。展示品のような感じで、平台に表紙を見せておかれている本が多かったという。アメリカのサンフランシスコで行った書店も、日本のようにぎっしり――という本の置き方ではなかったとか。

食べ物では、パスタがとても美味しかったそうで。コーヒーは特に感動したとかはなく、スーパーで買い物をしたが、ちょっと食べる程度の物は日本の物のほうが好み。

ウェイターはユニーク、一般的な店員は無表情。観光客が多かったが、それを除けば、街中ではオバサンの比率が高い気がした。ドイツ――オランダに行ったときに、フランクフルトにちょっとだけ行った――のオバサンの静的な感じと比較すれば、動的、活動的な感じだったとか。

バイキングで何か取ろうとしたら、陽気なウェイターから「ホー! それとるの? 今日はせっかく新鮮な魚介類が入っているのに」と、英語と身振り手振りで海鮮パスタをすすめられ、それを食べたら、とても美味しかったという。

レストランでジュースを注文しようとしたら、そこでもウェイターから、「え、エスプレッソ?」といわれ、「うんにゃ、わしはジュースじゃ」というと、さらにウェイターが「ん、カプチーノだって?」としつこくアピールしたので、カプチーノにしたのだそうだ。

強引だけれど、愉快な感じで、少しも嫌みなところがなく、ジュースじゃなくて自慢のコーヒーを飲んでほしい!という精神に溢れていたから、それじゃカプチーノにしてみようかなと息子は思ったとか。

フェレロのチョコとパスタをお土産に買ってきてくれたそうだ。

フェレロはイタリア老舗チョコレートブランドで、息子のオランダ土産のフェレロにはメイド・イン・ドイツとあった。今度のはさすがにメイド・イン・イタリーかな。「ガーデン」という銀色の包みのココナッツクリームが香るチョコが忘れられなかったのだけれど、あれ、入っているかしら。

エスプレッソ専用のコーヒー豆を手にとり、お土産に追加を迷ったが、「道具がないと、これ使えないな」と思い、戻したそうで、それは残念。エスプレッソメーカーがうちには2台もあるのに……。その代わり、ホテルの部屋に備え付けられたインスタントコーヒーを数スティック入れてくれたそうだ。

ホテルにあった、そんなちょっとしたものを入れてくれるのは嬉しい。

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2014年8月22日 (金)

息子のサンフランシスコ土産

過日、サンフランシスコに出張した息子でしたが、お土産が届きました。

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オランダに出かけたときは、チョコレートと現地のお金を送ってくれたのですが、今回はギラデリのチョコレート2箱とビーフジャーキー、現地のお金を送ってくれました。

海外旅行をしたことのないわたしと娘には、外国のお金は珍しくて、見ているだけで楽しい気分になるのですね。

金色とオレンジ色の箱には、ソフトキャラメルが中に入ったミルクチョコレートが詰まっていました。ダイエット継続中のわたしですが、息子のお土産は例外的に自分に許可。

味がリンツのチョコレートに似ていると思い、ギラデリについてググってみると、ギラデリはアメリカの代表的な老舗チョコレートブランドで、「1852年、イタリアから来たドミンゴ・ギラデリ(Domingo Ghirardelli) によって創業され、現在はスイスに本社を置くリンツ&シュプルングリー社 (Lindt & Sprüngli) の子会社となっている」(ギラデリ:Wikipedia)とありました。

ギラデリのチョコレートは、サンフランシスコ土産の定番であるようです。

青いアソートのほうは、後日のお楽しみ!

ビーフジャーキーには煮付けにしたような味がついていました。

ギラデリのチョコレートはアマゾン、楽天に出ています。

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