カテゴリー「息子関連」の92件の記事

2017年7月18日 (火)

息子の土産話。温まった旧交を冷やす、女友達との価値観の違い。

昨夜、フランス語圏の国に2週間出張していた息子から電話があり、長電話になった。興味深い話をいろいろと聞くことができた。

古い洋館が研修施設になっていたそうだが、近くに森があり、その森は日本の森や林といったイメージからは遠く、そう大きな森ではないのに、とても暗くて、ヨーロッパの昔話によく出てくる魔女でも出てきそうな感じだったとか。

魔女裁判があっていたころ、異端視された人々が森の中で秘密の集会を開く場面を本で読んだことがあったが、隠れるにはぴったりといった雰囲気だそう。

尤も、息子は森に入ったわけではなく、近くを通ったときに見た程度だったようだ。

小さな国の割には放牧地が広大で、牛の群れが無造作に点在していたとか。

森の近くの研修施設も、そこからは離れた研究団地のようなところにあるオフィスも国際色豊か、人々は友好的。

ただその国の礼儀作法で、親しい男女間、女性同士が頬を触れ合う挨拶があり(男性同志ではしない)、女性と頬をくっつけ合う挨拶では固まってしまい、それを察知した相手は次の日から握手に代えてくれたとか。

オフィスには世界中飛び回っているアフリカ出身のキャリアウーマンがいて、その人は大の日本贔屓だそうで、それは青年海外協力隊に親切にして貰ったからだという。

オフィスのある街の住人もとても親切で、フランス語しか通じないレストランで戸惑っていると、隣で食事していたお客さんが通訳を買って出てくれたそうだ。

研修の間もオフィスでも昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチ。ハーブがきつくて、息子はそれが苦手だったそう。

息子がチョコレートを送ってくれるそうで、娘と楽しみにしている。

暗い森の話のところで、つい魔女裁判を連想してしまったのは、わたしが児童小説に魔女裁判にかけられる女性を登場させたいと思い、いろいろと調べてきたからだった。

そして、ヨーロッパの昔話に見られるような魔女の起源はキリスト教会に異端視されたカタリ派に求められるらしいこと、またカタリ派ではイエスとマグダラのマリアが結婚していたと教えていたらしいことを知った。

『異端カタリ派と転生』(原田武、人文書院、1991)によると、カタリ派は都市部における富裕層の知識人たちによって担われ、栄えたが、弾圧されるにつれて農村部に移り、次第に迷信化、妖術化していった。つまり、どんどん俗化を強めていき、遂には絶えたということである。

イエスとマグダラのマリアの結婚については、拙神秘主義ブログの以下の記事を参照されたい。

これも過去記事で書いたことだが、上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社〈講談社学術文庫〉、1998年)によると、魔女裁判が異端審問の延長上に生まれたことは確かであるようだ。

フランスのように教皇庁指揮下の裁判は異端審問、世俗裁判所では魔女裁判――という風に担当が明確であった所もあれば、ドイツのように教皇庁の力が弱くて双方が入り乱れていた所もあって、地域により時代によりまちまちだったようである。

異端者という語を生み、異端審問の開始のきっかけとなったのは、カタリ派だった。カタリ派は、それだけキリスト教会を脅かす存在だったのだ。

現代であれば精神病者に分類されるような人々が訴えられたり、逆に訴えたりするケースは多かったようだ。

一貫して魔女裁判の抑止力となったのは、神秘主義者たちだった。

前掲書『魔女とキリスト教』によると、魔女裁判の衰退に最も影響を与えたのは、ヴァイアーの医学的アプローチ、魔女懐疑論だった。

ヴァイアーはパラケルスス、アグリッパの思想系譜に属する神秘主義者で、彼の師アグリッパは魔女迫害推進派から邪悪な魔術の象徴として攻撃された。

アグリッパは異端視されながら『女性の高貴』など女性賛美の文章を書き(男性優位の社会背景があった。ちなみにカタリ派は男女平等論者だったという)、パリに秘密結社をつくり、メッツ市の法律顧問となって、魔女の嫌疑のかかった老婆の救援に立った。

勿論彼自身も魔女裁判の犠牲となる危険と隣り合わせだったが、個人的に教皇から好意をもたれていたことが幸いしたという。

ヴァイアーは、メランコリーという医学概念を魔女の判定に持ち込んで、魔女は責任能力を有しないことを立証しようとした。

こうした精神病理学の発達で、魔女裁判をリードしてきたフランスの法曹界がその影響を受けるようになったことから、魔女は火炙りにされるよりは拘禁され始め、山火事のようにヨーロッパに拡がった魔女現象は次第に鎮静化したという。

旧交を温めた友人のご主人が統合失調症と診断され、大変なようだ。別の医者は別の診断を下しているという。薬漬け、アル中気味だったのが、療養所に入所したことで、少なくともアルコールとの縁は断っているそうだ。

律儀に夫を支え続けている彼女は立派だ。

が、残念ながら、彼女と前述したような話はできない。

戦後の日本が、共産主義者が大勢入り込んだ進駐軍による愚民政策によって唯物主義、現世主義に大きく傾いたように、彼女の物の考えかたにはその影響が色濃く、それが現代日本における主流なのだから、目下わたしに勝ち目はない。

物心ついたときから神秘主義者であったわたしなどは、非科学的な時代錯誤の人間と映って当然だ。これをいってはまずいのかもしれないが、わたしにはむしろ彼女のような人々のほうが古めかしい人々に映る。

高校時代に親しかった彼女に、当時のわたしは自身のほのかな前世やあの世の記憶について、話したことはなかった。話せない雰囲気を感じていたからだろうが、かくも価値観の異なる青春時代における友人関係というものが、互いにとって有意義であったかどうかは微妙なところだろう。

ただ、何にせよ、神秘主義は科学に反する立場をとっているわけではない。オーラが肉体を包んでいるように、神秘主義は科学そのものを包含し、包含する観点から正誤を考察しようとするものなのだ。

近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの著書はそのようなもので、その著書には古代から当時知られた科学者に至るまで、多くの科学者、哲学者の説が沢山出てくる。

わたしは友人ににこうした考えを押し付けようとは思わない。彼女が思った以上に現世主義者で、価値観があまりにも異なることがわかったため、高校時代にそうであったように、今後こうした方面の話はしないだろう。

彼女も、彼女のご主人も一定の落ち着きを得たようだし、頼りになる妹さんもいるようだから、元のように距離を保つほうがいいかもしれない。

もっとも、神秘主義の研究を標榜しながら出鱈目な論文を書く学者や、スピリチュアルという名の下に誤った知識を商売道具にしている者など怪しげな人々が沢山いて、神秘主義が誤解されるのも無理はない。

それでも、精神病理学を発達させたのがヴァイアーのような神秘主義者であったことから考えると、神秘主義を排除して唯物的なアプローチを続けたところで、精神医学が停滞を続けるばかりであることは想像できる。

ユングのような神秘主義に関心を持った心理学者も出たが、そのアプローチの仕方はあまりに恣意的なのではないだろうか。

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2017年7月 6日 (木)

2台めの乗り物、ゲット! 息子のヨーロッパ出張②

インターポット
マダムNさんの庭を見に行く

二台目の乗り物、空飛ぶロケットC・イエローをゲット! 

管理画面にくっついているアバターの欄が空欄なのがふと気になり、うっかりアバターを作ったのが間違い(?)でした。

リヴリーアイランドのペットの世話だけでいっぱい、いっぱいなのに、ついこちらも世話したくなります。

その結果早くもゲーム欲が満量に達しました。

カードとスターを貯め、期間限定のカード合成の成功率30パーセントを100パーセントにするためにスターを倍投入し、二ーューヨーク市街が見える窓に2回めのチャレンジ。

あーまた壁でした。前のは白茶で、今回は漆黒。壁紙ホワイトもあるから、似たようなものばっかり当てていることになります。

アバターの帽子か髪飾りがほしいけれど、スロット見るだけで、おなかいっぱい。

庭のアイテムをゲットするためにビンゴをするのですが、やっとビンゴというときに死神が出て、ゲームオーバーということがよくあります。

リヴにアバターに、と気分転換には事欠かなくなったので、まずは「祐徳稲荷神社参詣記」の②を書いてしまって、小説の第二稿を進めなくては。

ヨーロッパ出張中の息子は、ヨーロッパのある国の山奥の洋館にいるらしく、ラインで娘に写真を送ってきました。なるほど、洋館としかいいようのない瀟洒な建物です。ハエが沢山いるらしくて、イメージが壊れますけれど。洋館が研修施設となっているようです。

二番目の会社は大きな化学メーカーの日本支社でしたが、三番目の今度の会社はぐっと小規模で、NASAのための構造解析プログラム開発を手がけたことで知られている会社だとか。

ああそういう分野も、宇宙事業には必要なんだと思いました。尤も、息子の仕事は宇宙とは全く関係ないようです。プライベートなことはあまり書かないことにしたのに、アバターの空飛ぶ乗り物からつい連想が働き、書いてしまいました。

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2017年7月 4日 (火)

初の乗り物ゲット!。息子のヨーロッパ出張。

インターポット
マダムNさんの庭を見に行く

初の乗り物、スペースシャトルライドをゲット。昨日家族でデップ様の海賊映画を観にいったせいか、この一つ前に出てきたコイコイ宇宙海賊船がほしかったんだけれど、大地がないと飾れないので、まあこれでよかったかな。

うちのアバターも楽しそうに乗ってるみたいだし。アイテムを購入すれば、もっと簡単にゲットできそうですが、リヴ優先なので、こちらは気が向いたときに、運任せでやります。

息子がヨーロッパへ2週間出張するというので、娘が「気を付けて」メールをラインで送ったら、すでに発っていて、乗り継ぎのためオランダの空港にいたみたいです。

こんなとき、ラインができるので、スマホは便利ですね。わたしはガラケー。

ただ、世の中便利になったのはいいけれど、アナログ社会だったころに比べると、お金がかかるようになったし、世の中、物騒にもなりましたね。

ヨーロッパも物騒になったので、心配です。

息子は二度転職しており、最初は上司のパワハラが原因のようです。この会社で身につけた技術のお陰で、今度の転職が可能となったわけですから、物事はわからないものですね。

次に入った会社は、聞く限りにおいては恵まれた職場に思えたのですが、仕事が簡単すぎてつまらなかったとか。自分の能力を生かせない職場だったということでしょう。

ところで、都知事選関連で調べているときに、思わず噴き出したことが……これについては、記事を改めます。

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2017年5月30日 (火)

久しぶりの息子の帰省

久しぶりに、息子が帰省した。二泊三日の短い滞在ではあったが、家族旅行で顔を合わせたときとは異なる日常的な雰囲気の中で過ごせ、家族揃っての団欒を満喫することができた。

母親としては、第一に我が子が都心で――横浜から東京都内に引っ越した――安全に健康に暮らしているかどうか、ということが気になる。次には、とにかく美味しいものを食べさせてあげたい。

体重が増えたようなので、栄養のバランスが悪いのではないかと心配になった。で、二日目の夜はカフェ&ダイニング「かもめのジョナサン」に行く予定だったので、一日目の夜は大皿に野菜たっぷりのサラダがほとんどメインの風格(?)。

メインはキングサーモンに決めていたので、息子に食べさせたかった大分県認定のブランド地鶏「冠地どり」を2枚焼き、皆が食べやすいように切り分け、サラダに添えた。

冠地どりは美味しいので、過去記事で採り上げている。

息子の仕事のことでお祝いすべきことがあったので、クリスマスのときのように、スパークリングワインを開けた。

わたしは神秘主義者としての見地からアルコールには警戒心を抱いており、現代医学がまだ切り込んでいない分野に関することなのだが、このことには科学的根拠がある――秘教科学ではよく知られている――と思っている。

が、一般人と結婚している人間でもあるので、自分の原理原則を杓子定規に家族に押しつけるわけにもいかない。

アル中気味ではないかと疑っている女友達には神秘主義者であろうがなかろうが、はっきりしたことをいうべきだと思ってそうして、結果的に敬遠されたようだ。アル中気味を疑ったのは、わたしの勘違いかもしれない。

でも、飲みすぎていることは事実のようだし、昼間からお酒を飲む習慣はアル中臭いではないか。もう自己責任で、アル中にでも何にでもなればいいと思う(アル中になってしまうと、責任をとれなくなるのが問題ではある)。

アル中気味というのがわたしの誤解なら、なぜ誤解を解こうとしてくれないのだろう? 神秘主義まで持ち出して説得しようとしたから、逆にこちらの頭を疑われたのかもしれない。

夫には休肝日を作って貰い、飲みすぎないよう注意しているが、その範囲内で自由に飲んでいる(だいたいビールか、炭酸飲料で割った焼酎)。定年後の仕事柄からか、自然に酒量が減ったのはありがたい。

この年齢になってみると、本人や夫がアル中気味で悩んでいる人は多い。老年に近づいてようやく、長年の飲酒のツケが回ってくるということだろうか。

夫の場合は飲酒より、長かった喫煙による影響が心配なところだ。相手がストーカーだったとはいえ、不倫騒動を起こした夫と別れたくなってそういうと、夫は泣いて別れたくないと縋りついてきた。

わたしも、自分のような変人と暮らしてくれる物知りで面白い夫は捨てがたかったので、結婚継続の条件を夫の禁煙にした。

いざ別れるか否かといった選択に直面したとき、わたしのような専業主婦は生活できなくなる不安を真っ先に考えそうなものだが、追い詰められると、逆に精神的な損得しか考えなかった。自己管理の下手な夫と暮らしていく限り、そちらに引き摺られて、わたしも精神的に破滅するだけだろうと思ったのだ。

離婚して暮らせなければ、生活保護を申請すればいいと思った。それが通らなければ、日本に見放されたと思って自然に帰るしかないと考えた(日本という国のことを本当に真剣に考えたのはこのときだった)。

まさか、夫がまた泣くとは思わなかった。というのも、夫は22歳のわたしが結婚を断ったときにも泣いたのだ。

わたしが大学を卒業する直前に母が倒れ、重体に陥ったのだが、母が長い昏睡から覚めたとき、乳児に帰っていた。家族が患者について世話をするのが当たり前だった当時、決まっていた就職は諦めるしかなかった。

母が重体を脱して頭も正常になるまでには、時間がかかった。すっかり正常になるとは思えなかった時期に、わたしは別れるなら早いほうがいいと思い、夫に結婚できないから別れたいといった。そのときに泣いたのだ。

母の頭は奇跡的に正常に戻り、悪化していた腎臓も改善して退院し、通院できるようになった。やがて、無理しない程度の家事であれば、できるようになったので、わたしは公文教室で助手の仕事に就いた。

その後、妹が博多で就職できなかったため、帰省することになり、実家から通える商事会社に就職することになった。夫とわたしは晴れて結婚できたわけだが、夫の泣き顔を再び、このような形で見る羽目になるとは当時は想像もしなかった。

泣いてすがったわりには、夫は禁煙に成功するまでに2~3年要した。夫が挫折するたびに、夫婦喧嘩になった。

わたしたちのごたごたを息子が怒った。当然だろう。夫以上に、生活力のないわたしがどこまでも巨大化して息子にのしかかってくるような恐怖感を与えたのではないだろうか。

会社のことや、会社に通いながら籍を置いている大学院、またプライベートなことでも息子は大変だったようで、その大変な時期を、わたしたちのごたごたが一層大変なものにしたことについては、本当に親として恥ずかしく、反省している。

夫は、久しぶりの息子の帰省を心底喜び、歓迎した。勿論、わたしも。プライベートなことはもうあまり書かないことにしたのだが、古くから当ブログを訪問してくださっている方々もいらっしゃると思うので、この記事では例外的に昔のことまで引っ張り出して書いた。

娘が選んだスパークリングワイン「モスカート・ダスティ」を出した。モスカートはマスカット、アスティは地名だそうだ。甘くて飲みやすい。

試食してみて、濃厚で美味しいと思ったハードタイプのチーズ「ミモレット」も用意していたのに、これは出しそびれてしまった。尤も、仕事で欧米に行く機会があっても、息子は本場のチーズにもさほど関心がないようだ。オランダのヨーグルトは絶賛していた。むしろ夫のほうがチーズ好きといえるかもしれない。

雰囲気が壊れると思ったので、大皿に盛った野菜の写真は撮らなかった。備忘録として書いておくと、まず、野菜売り場で目に留まったとうもろこし。

とうもろこしは鍋に沸かした湯で茹でるよりもレンジで調理するほうが美味しいと「楽天レシピ」で知ってから、ずっとこの方法で調理している。以下はそのサイトから。

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美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*
美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*

料理名:トウモロコシの茹で方
作者:maria's room

■材料(1~2人分)
トウモロコシ / 1本
塩 / ひとつまみ
サランラップ トウモロコシが / 包める量

■レシピを考えた人のコメント
トウモロコシって茹ですぎると旨みが逃げてしまうので レンジで調理が一番美味しい♪
家で採れたトウモロコシです★

詳細を楽天レシピで見る

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フリルレタス、ザラダ菜、ベビーほうれん草、クレソン、アスパラガス、プチトマト じゃがいも(インカのめざめ)、ブロッコリー、紫アスパラガス。

紫アスパラガスは茹でてしまったので、グリーンアスパラガスになってしまった。

北海道物産展で紫アスパラガスを購入したのだが、紫アスパラには抗酸化成分ポリフェノールの一種アントシアニンが豊富に含まれていて、茹でるとそれが飛んでしまうという。生食を勧められた。

家で試食してみると、茹でなくても柔らかく、シャリシャリした食感。しかし、わたしには生臭くて、無理だった。それで、茹でてしまったのだ。

野菜の山になったサラダは、白ワインビネガー大さじ2、粒マスタード小さじ2、しょうゆ小さじ1、塩、こしょう各少々、サラダ油80mlを混ぜたドレッシングで。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第30号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)の中のレシピ「豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラダ」に載っていたドレッシングで、さっぱりとして美味しい。

サラダと冠地どりの大皿の次に、小さめに切った豆腐に小葱、ちりめんじゃこ、みょうがを散らしてテーブルへ。茄子の一夜漬けも出す。

家族がそれらを食べながら談笑している間に、キングサーモンの味噌漬けを焼き、大根おろしを添えてテーブルへ。そして、ごはん。

息子は外資系企業に勤務しているので、外国人に接する機会も少なくない。その中には女性もいて、友人づき合いに発展することもあるだろう。

話に出てきた中に、息子は友人と思っている様子だが、相手の女性は恋人と思っているのではないかと思ったケースがあったので、そういい(わたしの勘違いかもしれない)、そして念のために、外国人との結婚を考える場合は国籍に注意したほうがいいといった。

日本では国籍単一の原則から、多重国籍を認めていないからだ。詳しくは「国籍法」、外務省の「国籍の選択について」を参照していただきたい。

皿を洗っていると、息子が汚れた食器を運んできてくれた。子供のころに親の手伝いをするような躾はしたが、いわなくても自然に手伝ってくれる優しさは大人になってからも変わらず、天性のものだろう。

娘は翌日、博多に出張で、早朝出かけた。午後、息子が宇佐神宮へ行きたいというので、家族三人で出かけた。

真夏のような陽気だった。

中国からの旅行者らしい団体が、添乗員の号令に従って、一糸乱れぬ「二拝四拍手一拝」を行っていた。

厄年の表を見ると、わたしは前厄に当たっていた。娘が祐徳稲荷神社に行きたいといっているので、来月行くことにしていた。そのときに厄払いしていただくことにして、宇佐神宮では家内安全のお守りを買った。

そういえば、宇佐神宮の宮司問題はどうなったのだろう?   敷地内にある山頭火の句碑を撮った。

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夜、娘が帰宅後してから「かもめのジョナサン」へ。翌日、朝と昼を兼ねた食事には何を作るか迷った。幸い、娘は休みだった。

とりあえず、洗ってすぐに出せるアメリカンチェリーをテーブルへ。

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日田市に住んでいたころ、ダイエーによく綺麗なアメリカンチェリーが安く出ていて、見かけるたびに買った。それより値段はいくらか高かったが、量はそのころに買ったのと同じくらい。アメリカンチェリーは健康にいいそうだ。

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サラダにはオリーブ油、しょうゆ、甘酢を同量ずつに辛子、塩コショウを入れて混ぜた、いつものドレッシングで。

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ピーナッツ豆腐にかけたのは、わさびじょうゆ。

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食べやすく切った豚ヒレに塩こしょう、エルブ・ド・プロバンスを振りかけて焼いた。ソースは、フライパンでマッシュルームをサラダ油で炒めて、マスカルポーネと牛乳を加えて火にかけ、塩で味を調えた。

肉を焼いたあとのフライパンでソースを作るつもりだったが、ソースを綺麗な白色にしたくなったので、別に作った。ごはんも出す。梅や海苔も出した。

口直しに、ほんのり甘いアボカドのスープを出した。

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服部先生のレシピを紹介した過去記事へ、リンクを張っておく。

娘が休みだったので、三人で息子を駅まで見送りに行った。空港行きのバスに息子が乗り、バスが行ってしまうと、何だか寂しくなり、三人でスタバに入った。

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2015年6月15日 (月)

神戸旅行2015 ①久しぶりの家族旅行

家族旅行中

東京方面から合流した息子、娘とわたしたち夫婦での家族旅行は本当に久しぶりです。

夫と息子、長年のこだわりがまるでなかったかのように、ずっと話しています。

よくあんなに話すことがあるわね、と娘と呆れるほどです。

嬉しいのは勿論ですが、男心って、わかりません。

2つの部屋の間にはドアがあり、行き来できます。

二人は時々来てなにか話して、また二人になり、話しています。

写真は、昨日の夕方、神戸オリエンタルホテルの最上階にあるフロントで撮りました。

神戸港が見えます。

大阪の伊丹空港からリムジンバスに乗って、神戸三宮で降りました。

伊丹空港でリムジンバスの乗車券を自販機で買ったとき、自販機が「発見しました!」といったので、「えっ? なにを発見したの?」と思いましたが、「発券しました!」の聞き間違いでしょうか。

ホテルは旧居留地にあり、三宮、元町を散策するのに便利です。

神戸へ来るのは4度目ですが、いつも大阪のついでに寄るという感じで、前回は慌ただしく異人館めぐりをしました。

昨日は、神戸市立博物館に行き、プラハ国立美術工芸博物館所蔵「輝きの静と動ボヘミアン・グラス」を観ました。

中世に製造されたビーカーに描かれた絵は、タロットカードの絵を連想させました。

水晶のようにきらめくボヘミアン・グラス。水晶で製造されたものも展示されていました。

乳白色を帯びたものは陶磁器と間違いそうでしたが、柔らかな、透明感のある感じが陶磁器とは違っていました。

ウランを加えて製造されたものは、黄色い輝きを放っていました。

ウランといっても、人体に影響しない使われかたなんでしょうね。

伊万里焼の地図皿も観ました。天保期に製造された地図皿には、小人国、女護国という不思議な国が書かれていました。

そのような国があると、信じられていたのでしょうか。ファンタジーなんでしょうか。

沖縄が四国より大きく描かれ、北海道には松前しかないように描かれたりしています。

博物館を出たあと、UCCコーヒー博物館に行く予定でしたが、間に合いませんでした。

ゴンチャロフがプロデュースするカフェ「ガルニエ」でランチしました。

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2014年10月27日 (月)

息子のイタリア出張

1週間ほどイタリアのローマに出張していた息子が帰宅し、昨晩電話をかけてきた。

最初、娘と1時間半ほど話し、次にわたしとやはり1時間半ほど話した(話したいことを話すと、偶然それくらいの時間になった)。

息子は電話を切るときに今日も仕事といっていたので、休みとばかり思っていたわたしは疲れさせたのではないかと心配になったが、海外に出かけたときは大抵、疲れた様子がない。

普段は会社で遅くまで仕事をし、食事は外食かコンビニ弁当(近くにHotto Mottoなどのお弁当屋さんはない)、休日や有休を使って大学の研究室へ行くときなど――会社と大学の博士課程を掛け持ちしている――はいつも安ホテルに泊まっている息子には、むしろ海外出張のときに泊まる普通のシティホテルやその土地での食事、仕事のスケジュールなどが体に優しいものだからだろう。

息子が出かけたのは会社で行っている仕事の分野における専門家の集まりで、主催者はベルギーの会社。前に行ったオランダでの集まりもそうで、会場はヨーロッパを転々としているらしい。

前回アメリカのサンフランシスコに行ったときは大きな化学会で、そのとき息子はポスター発表をしたといっていた。

今回のローマの集まりでは、英語で30分ほど講演をしたそうだ。

主催者の手違いで、後から送った修正した資料ではなく、修正前のものを渡されたため、用意した講演内容に狂いが生じ、困ったそうだが、強気で押し通したとか。

ナポリの大学から学生が講演を聴きに来ていたという。主催した会社の社長が運動好きで、講演会、長い時間続くパーティー、行きたい人は夜でも行く観光……と出席した人々が例外なく夜更かしをした翌朝、マラソン大会を催した。

息子はとてもつき合いきれないと思い、出なかったそうだが、外人のスタミナには感心したようだ。息子の会社からは4人行ったそうだが、今回は割合に市内を観光をする時間がとれたらしい。

息子は、バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂に圧倒された。何より、天井の高さに圧倒された。どうやって造ったんだろうと思ったよ、としきりにいった。

システィーナ礼拝堂は壮麗だが、観光客がいなければ、教会らしい落ち着いた雰囲気だと思うと息子はいった。ミケランジェロの天井画は落ち着いた色調だったとか。

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(Photo:GianniG46)

あるテレビ番組で、ミケランジェロが足場を組み、仰向けになったまま、顔に滴り落ちてくる絵の具を物ともせず、描いている様子を再現していたわよ、とわたしはいった。

すると、息子は「足場を組むったってさ、物凄い高さなんだよ。見当もつかないな」といった。そういわれてみると、わたしも不思議になってくる。足場を組むだけでも、大変な作業だろう。高所恐怖症にはできない仕事に違いない。

コンビニ間隔で教会があり、そのどれもが凄かったという。ステンドグラスにも圧倒されたようだ。あそこに住んでいたら、嫌でもカトリック教徒にならざるをえないと思うよ、と息子はいった。

そういえば、もう何年も前の話になるが、義父母は義妹母子とドバイからクールーズの旅に出た。ローマにも行き、義父の感想は「寺ばかり」という一言だった。寺とは教会のことだろう。

カトリック教会だらけの国。イタリアの神秘主義者たちは、どう生きていたのだろう?と思ってしまう。

文盲であることが普通だった中世ヨーロッパの民衆には、キリスト教を理解するために絵が必要だった。

しかし、原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1992年)によると、北イタリアのロンバルディア地方、南フランスのラングドックで栄えた異端カタリ派は、土地の言葉に翻訳された独自の聖書を持ち、集会のたびに福音書が朗読、解説されたという。

カタリ派には裕福な知識層が多かったというのも頷ける。当時は相当なインテリでなければ、聖書を読むことすらできなかった。ましてや、継承した思想を育み、カトリックに対抗することなど、ひじょうに特異な事態で、そこからカタリ派の独自性と隠れた歴史が透けて見えてくる気がする。

息子の話を聴いていると、『不思議な接着剤1: 冒険前夜』の続きを書くためには、ローマぐらい見ておかなくては、と思ってしまう(まあ無理だけれど)。

トレビの泉は工事中だったそうだ。コロッセオ――円形競技場――は巨大。外から見ただけだそうだが、それだけでもローマ帝国の威容が伝わってきたよ、と息子は心底感嘆したようにいった。如何にも廃墟という感じらしいが……。

カラカラ浴場の遺構も、浴場という現代の概念を超えた壮大なものらしい。それでいて、残った壁画、床のタイルなど見ながら、そこに佇んでいると、どこかしら日本の浴場を連想させる雰囲気があって親しみが湧いたそうだ。ヤマザキマリのお風呂漫画『テルマエ・ロマエ』の着想をなるほど……と思わせるものがあったとか。

街のいたるところに遺跡が転がっているという。遺跡と共存というより、ローマ帝国時代の遺跡を邪魔しないように造られた街――と、息子には映った。遺跡が暮らしの邪魔になっているように見える場所もあったという。

遺跡を見て、息子は天井の高さにつくづく驚いたようで、「ああいったものを造るために、奴隷がずいぶん死んだだろうね」といった。教会でも天井の高さに驚いたようだから、ローマのいにしえの建築物の天井の高さは、よほど印象的なものなのだろう。そうした建築物と一体化した沢山の彫像も凄かったそうで。

遺跡の壁が印象的だったとも息子はいう。あるテレビ番組で、ローマ帝国の優れたコンクリート技術があのような壮大な建築を可能にしたといっていたわよ、とわたしは話した。

ローマを強いて日本に例えれば、雰囲気的には京都というより奈良。都会度は岡山市くらい。そこに教会と遺跡がいたるところにある風景を連想すればいいというが、わたしはうまく想像できなかった。

書店のことを尋ねると、日本のような大型書店は見かけなかった、日本の書店のように本がぎっしりとは置かれていないという印象を受けたようだ。展示品のような感じで、平台に表紙を見せておかれている本が多かったという。アメリカのサンフランシスコで行った書店も、日本のようにぎっしり――という本の置き方ではなかったとか。

食べ物では、パスタがとても美味しかったそうで。コーヒーは特に感動したとかはなく、スーパーで買い物をしたが、ちょっと食べる程度の物は日本の物のほうが好み。

ウェイターはユニーク、一般的な店員は無表情。観光客が多かったが、それを除けば、街中ではオバサンの比率が高い気がした。ドイツ――オランダに行ったときに、フランクフルトにちょっとだけ行った――のオバサンの静的な感じと比較すれば、動的、活動的な感じだったとか。

バイキングで何か取ろうとしたら、陽気なウェイターから「ホー! それとるの? 今日はせっかく新鮮な魚介類が入っているのに」と、英語と身振り手振りで海鮮パスタをすすめられ、それを食べたら、とても美味しかったという。

レストランでジュースを注文しようとしたら、そこでもウェイターから、「え、エスプレッソ?」といわれ、「うんにゃ、わしはジュースじゃ」というと、さらにウェイターが「ん、カプチーノだって?」としつこくアピールしたので、カプチーノにしたのだそうだ。

強引だけれど、愉快な感じで、少しも嫌みなところがなく、ジュースじゃなくて自慢のコーヒーを飲んでほしい!という精神に溢れていたから、それじゃカプチーノにしてみようかなと息子は思ったとか。

フェレロのチョコとパスタをお土産に買ってきてくれたそうだ。

フェレロはイタリア老舗チョコレートブランドで、息子のオランダ土産のフェレロにはメイド・イン・ドイツとあった。今度のはさすがにメイド・イン・イタリーかな。「ガーデン」という銀色の包みのココナッツクリームが香るチョコが忘れられなかったのだけれど、あれ、入っているかしら。

エスプレッソ専用のコーヒー豆を手にとり、お土産に追加を迷ったが、「道具がないと、これ使えないな」と思い、戻したそうで、それは残念。エスプレッソメーカーがうちには2台もあるのに……。その代わり、ホテルの部屋に備え付けられたインスタントコーヒーを数スティック入れてくれたそうだ。

ホテルにあった、そんなちょっとしたものを入れてくれるのは嬉しい。

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2014年8月22日 (金)

息子のサンフランシスコ土産

過日、サンフランシスコに出張した息子でしたが、お土産が届きました。

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オランダに出かけたときは、チョコレートと現地のお金を送ってくれたのですが、今回はギラデリのチョコレート2箱とビーフジャーキー、現地のお金を送ってくれました。

海外旅行をしたことのないわたしと娘には、外国のお金は珍しくて、見ているだけで楽しい気分になるのですね。

金色とオレンジ色の箱には、ソフトキャラメルが中に入ったミルクチョコレートが詰まっていました。ダイエット継続中のわたしですが、息子のお土産は例外的に自分に許可。

味がリンツのチョコレートに似ていると思い、ギラデリについてググってみると、ギラデリはアメリカの代表的な老舗チョコレートブランドで、「1852年、イタリアから来たドミンゴ・ギラデリ(Domingo Ghirardelli) によって創業され、現在はスイスに本社を置くリンツ&シュプルングリー社 (Lindt & Sprüngli) の子会社となっている」(ギラデリ:Wikipedia)とありました。

ギラデリのチョコレートは、サンフランシスコ土産の定番であるようです。

青いアソートのほうは、後日のお楽しみ!

ビーフジャーキーには煮付けにしたような味がついていました。

ギラデリのチョコレートはアマゾン、楽天に出ています。

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2014年8月15日 (金)

息子のサンフランシスコ小噺

海外旅行、海外滞在が全く珍しくなくなったこのごろなので、息子の海外出張の話は自分のための家族の記録。

オランダに出張したときも学会に行ったのかと思っていたのだが、それは学会ではなく、会社で行っている仕事の分野における専門家の集まりだったとか。200人くらい。

今回のサンフランシスコへの出張は上司とふたり、アメリカの大きな化学会に出るためで、その集まりでは出席者は1万人を超えていた。

息子が空港に降り立ったとき、アメリカのカラフルなお菓子によく使われている甘い香料が匂った気がした。坂の街で、日本ではあまり見かけない類いの植物が印象的だった。

街中のこぢんまりとしたレストランで、息子はステーキを注文した。レアかミディアムかと訊かれたけれど、息子はウェルダンと答えた。

実は息子が出発する前に、ステーキはミディアムでも血がにじむと思うから、ウェルダンにしたほうがいいと思うわよ――とわたしがメールしておいたので、それを思い出したらしい。

夫は、定年退職するまでいた会社でアメリカ研修に出かけ、ロサンゼルス、ダラス、アトランタへ行った。そのときステーキハウスで、ミディアムを注文した同僚たちを「こんな生々しい肉は無理」と泣かせた。

肉好きの夫はウェルダンで注文したデカいステーキを平らげただけでなく、同僚たちのステーキも平らげてやったと手柄のように話していた。

息子はしっかり焼いた肉でないと苦手なので、忠告しておいたのだった。ウェルダンでも赤い色は残っていたそうだが、シンプルに塩だけ振って食べる、厚みが半端でないステーキはまあまあ美味しかったそうだ。

ステーキの横に、巨大な蒸しジャガイモがごろんとのっかっており、このジャガイモを律儀に食べたらステーキが入らないと息子は思った。

オランダであった専門家の集まりでは男性は皆スーツ姿で、きちんとしたものだったそうだが、サンフランシスコの学会では相当にアバウトで、Tシャツ、ジーンズ姿は普通といってよいくらい。外の芝生でならまだしも、会場の床に平気で座ってパソコンを叩いている人たちも目についた。

ポスター発表は日本からポスターを持っていくのが大変だと息子は出発前にいっていたが、その肝心のポスター発表ではテーマ的なずれがあって、受けはもう一つだったと感じたそうだ。

学会では世界各国から人々がやってきていたが、街中で目についたのは中国人だった。中国人はかなり多い。

歩いていると、1ブロックごとに物乞いがいた。物乞いにはアジア人は見当たらず、黒人の物乞いがよく目についた。

アメリカでは通りが違うだけで怖いところだったりすると夫がいっていたので、ツアーで行くわけではない息子たちの旅がわたしは心配だった。幸い、10年ほどサンフランシスコにいた人が会社にいて、その人が危険な場所に印を入れた地図を作ってくれたのだそうだ。

オランダに行ったときはヨーロッパにいるという、これまでとは異なる感覚があった。日本がアメリカナイズされているせいか、サンフランシスでは日本にいるような感じがした。日本人も多かった。

ホテルは歴史のあるよいホテルだったが、オランダのホテルのほうが落ち着けた。尤も、普段、自分では――大学へ行くときなど――リーズナブルなビジネスホテルばかり利用している息子にとって、宿泊するホテルがシティホテルというだけでも嬉しいようだ。

オランダのホテルの話からはオランダの話になってしまった。息子にとっては、オランダのほうが印象深かった様子。秋に予定されているイタリアでの集まりも、専門家の集まりだそうだ。

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2014年8月10日 (日)

わたしもそろそろ脱皮を

最近、世界情勢が不穏で、謎の航空機事故が続いたりもしたので、息子の海外出張が心配になり、メールすると、電話がありました。

今度の会社の出張先はアメリカで開催される大きな化学学会で、息子は大学で研究した成果をポスター発表するようです。

海外出張は、オランダ・ドイツ、韓国に続いて3回目。秋にはイタリアが決まっているそうです。

「わたしも外国行きたいなあ」というと、「一度は行っておいたほうがいいよ。作品の世界も拡がるだろうし」と息子。

「そうするわよ。お金さえあればね」とわたし。「出してあげるよ、*くらいでよければ」と息子。わたしは一瞬フリーズしましたが、「もしそれ貰えたら、全部家計に入れてしまいそう。カツカツの暮らしじゃあね」というと、息子は冗談と思ったのか、楽しそうに笑いました。

ド・カツカツの暮らしを学生時代に経験している息子には、わたしのいうカツカツなんて、冗談にしか聴こえなくて当然です。

息子は時にO型(血液型)らしい大らかなことをいうときがあるのですが、わたしは聴かなかったことにしています。

いえ、過去には本気にして、これまで息子に甘えたこともありましたが(一緒に旅行したときに宿代を持って貰ったり)、大学の修士課程時代、アルバイトと学業でどれだけ大変だったか……、また会社に入ってからの仕事の大変さや、その仕事の合間を縫って大学の博士課程に通う努力を思えば、息子にはこれ以上、決して甘えるわけにはいかないと思います。

ストイックに目的を絞って生きている息子の厳しい――が、たまにズッコケたり、試練に遭ったりしながら脱皮していく生き方を見ると、胸のすく思いがします。

わたしもそろそろ脱皮したい、しっかりとした歴史小説を書くことで、それが果たせないかと自らに期待をかけてみようと思うのです。わたしも一度くらいは、子供たちに胸のすく思いをさせてみたいものです。

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2014年7月 6日 (日)

『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』のルビ振り、ようやく終わり! 初の協同作業へ向けて始動。

『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』のルビ振りがようやく終わりました。

ルビ振りやり出すと、創作が停滞する泥沼に填まるような気がしますが、電子出版であれ、子供向きの本を自分で出そうと思えば、避けられないことかと。

冒険物語、前夜――といった内容ですが、これを出してからでないと、初の歴史小説に本格的に取り組む覚悟ができませんでした。

表紙はyomiさんが提供してくださりそうなので、変更になりそうです。本当に提供していただけるとすれば、わたしにとっては初の協同作業ということになり、ちょっぴり興奮しています。

息子は夏にアメリカ、秋にイタリア出張が決定したとか。社会人として働きながら大学のドクターコースに籍を置いていますが(物理寄りの化学で、ちょっとマイナーな研究領域)、会社の仕事と大学での研究とがリンクするようになり、出張は学会に出るためだとか。

わたしもイタリアに行けたらなあ。そうしたら、『不思議な接着剤』(2)を書くための参考になりそうなんですが。息子は観光で行くわけではないので、どんな感想が聞けるかはわかりませんが、歴史好きの息子が捉えたイタリアの印象、少しは期待したくなります。

『不思議な接着剤』の陰の主役、時空を超えて商売の手を拡げるアルケミーグループが関係する物語はシリーズにしたいと考えている児童小説です。

『不思議な接着剤』(1)(2)は三人の子供たちが主人公。主人公の一人、瞳という少女の視点で描いた日記体児童小説を既に電子出版しています。『不思議な接着剤』とリンクする部分はあるのですが、カラーが異なります。

サンプルをダウンロードできます。
    ↓

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