カテゴリー「マダムNの他サイト情報」の142件の記事

2017年11月17日 (金)

「77 前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログの過去記事に加筆訂正したものです。過去記事を非公開にし、加筆訂正したものを当ブログにもアップします(次の記事になると思います)。

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2017年10月14日 (土)

「76 モーリス・メーテルリンク『青い鳥』の罪な…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2017年10月 8日 (日)

「75 ノーベル文学賞の変節、及び…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログにおける過去記事「カズオ・イシグロ氏の受賞ではっきりした、ノーベル文学賞の変節」を前掲ブログにアップするにあたり、神秘主義的な考察を加筆しました。

以下の文章です。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

ところで、芸術は古代、神的な行為であった。

文学が盛んだった古代アレクサンドリアを見てみよう。

モスタファ・エル=アバディ(松本慎二訳)『古代アレクサンドリア図書館(中公新書 1007)』(中央公論社、1991年初版、1997年3版)によると、紀元前3世紀、エジプトの国際都市アレクサンドリアには研究施設ムーゼイオンと図書館があり、お互いが補い合う存在だった。

ムーゼイオンの計画はアテナイの二つの有名な哲学教育機関、プラトンのアカデメイアとアリストテレスのリセウムをモデルとしていた。

アカデメイアにはミューズの神殿があり、リセウムにもミューズの神殿があって学院は法的には宗教団体とみなされていたという。

ストラボンが、アレクサンドリアに設立されたムーゼイオンの責任者は国王によって任命される神官だと指摘しているそうだ。「主宰者たる聖職者の存在はこの組織の宗教性をよく表している」(アバディ,1997,p.72)

また、前掲書には次のように書かれている。

「ムーゼイオン」という呼称もまた暗示的である。というのは、学芸の女神ミューズたちを祀る神殿を設けるのは、アテナイの哲学教育機関の特徴であったからである。哲学的、芸術的な霊感はミューズによるというのが当時の一般的な考えであり、ヴィトルヴィウスは科学上のインスピレーションもそれに含めている。(……)リセウムでも、またのちのアレクサンドリアのムーゼイオンでも、科学と文学との完全な融和が見られたのであった。(アバディ,1997,pp.72-73)

わたしは中学時代から芸術家としての作家――純文学作家――を志してきた。誰に教わるでもなくミューズを意識してきた。純文学といわれる分野は求道的で、まるで宗教みたいだと度々思った。

アポロドーロスが伝えるミューズには、恐ろしい一面もある。ミューズと歌の技を競って敗れたタミュリスは両眼とその吟唱の技を奪われたのだ。

ムーゼイオンで開催されていたミューズの祭典(文学コンクール)と比較すれば、今の日本で開催されている文学コンクールは、世俗的な臭気を漂わせているばかりか、左翼思想とはカラーを異にする作家志望者を排除する機関とすらなっている。ミューズはこれをどうご覧になっているのだろうかと考える。

同様に、ノーベル文学賞に関しては、ミューズはどうご覧になっているのだろうかと考える。

私事になるが、過去記事でも書いてきたように、わたしは20歳過ぎてから時々オーラが見えるようになり、他の霊的な能力もいくらか目覚めてきた。こうした神秘主義的な能力は、純文学という宗教的体験の中で育まれたものだと考えている。

神秘主義的な傾向を持つ作家は多い。バルザックもその一人である。

ブラヴァツキーは大著『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』の中で、バルザックのことを「フランス文学界の最高のオカルティスト(本人はそのことに気付かなかったが)」(H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』、神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、p.281)といっている。

神智学を創始した新プラトン学派の系譜に連なるブラヴァツキーの諸著に、わたしは目覚めてきた神秘主義的能力に関する科学的な解説を求め、的確と思える回答が得られた。

ただ、ここでいう科学とは、現代科学がまだそうした分野を解明するには至っていないため、ブラヴァツキーが公開するまでは秘教とされてきた科学ということだが……。

アンモニウス・サッカスが設立した新プラトン学派は、アレクサンドリア学派に属した一派だった。

彼らがミューズの信者であったと知ったとき、ああだから作家志望者のわたしが神智学の本を読んだときに、何の違和感もなく、むしろ懐かしい感じがしたのだと思ったのだった。

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2017年9月19日 (火)

「74 祐徳稲荷神社参詣記 ④神仏習合」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2017年8月13日 (日)

「73 息子の土産話から連想したお伽噺の…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

過去記事に加筆したものです。

仕事でヨーロッパに滞在した息子が見た暗い森の話から、魔女を連想し、魔女狩りのスケープゴートとなったのは産婆であったこと、それはなぜだったのかを上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社〈講談社学術文庫〉、1998)から引用、紹介しています。

上山安敏著『魔女とキリスト教』は、表立ってはなかなか語られないヨーロッパ文化史の裏面を考察した優れた著作だと思います。

グーテンベルクの出版革命が、印刷物を通じて魔女妄想をヨーロッパ中に拡大させることに一役買ったというのですから、文明の利器は諸刃の剣なのだなあと考えさせられました。

『魔女とキリスト教』によると、魔女は元々「賢い女性[ヴアイゼ・フラウ]」と呼ばれ、そこには悪い魔女というイメージはなかったということです。

息子が滞在中、昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチで、どれもハーブがきつかったとかで、息子はそれが苦手だったようですが、薬草の知識が豊富で、自然治癒、予防医学を実践していた魔女の貢献が今もヨーロッパに生きているのを感じさせられました。

魔女とキリスト教 (講談社学術文庫)
上山 安敏 (著)
出版社: 講談社 (1998/1/9)
ISBN-10: 4061593110
ISBN-13: 978-4061593114

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2017年8月 6日 (日)

「72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

45 祐徳稲荷神社参詣記 ①2012~2014年
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/02/10/210502

71 祐徳稲荷神社参詣記 ②2016年6月15日
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/06/30/172355

72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/08/06/205710

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2017年7月20日 (木)

うちのアバターのブレスレットと靴を見て! 娘の友人の劇。エッセーについて。

マダムN
唯一のおしゃれ着のドレスを着せ、手に白薔薇と楽譜を持たせていたので、せっかくゲットしたブレスレット(左手首。よく見なければわからない)と靴が隠れていました。

で、一挙公開(二点だけですが)。

靴、よく見ると、おしゃれでしょ。

アバターは二頭身であるだけでなく、こうして体形のわかる服を着せると、おなかが結構出ているようにも見えます。何だか自分みたいな気がしてきました。

拙神秘主義エッセーブログ(⇒ここ)に「祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日」をアップするつもりですが、その前に当ブログの前の記事に手を加えてアップしておこうと思い、神秘主義エッセーブログの過去記事一覧を見たら、以下のエッセーを既にアップしていました。

39 のエッセーを削除して、ここに別のエッセー(ユイスマンスか何か)を入れ、改めて新しいエッセーを書こうかと考えています。

となると、72 になるはずだった祐徳稲荷神社参詣記③ は 73 になります。

何となく家事雑用に追われて、こうしたエッセーのアップなどの作業がはかどりません。創作に入るには、この種の作業をやっておかないと、あとで不便なことになるので。小説ブログの連載も止まっていますが、忘れたわけではないのです。

新しい電子書籍作成となると、一体いつになるやらです。電子書籍の作り方を忘れてしまったかも。

ところで、娘の友人が劇をやっていて、昨年娘と観に行きました。確かそのときの感想も過去記事に書いていたはず。彼女は情感の表現に秀でていて、わたしは感動しました。

今年も彼女の出る劇がホルトホールであるそうで、来月初旬に行く予定でしたが、ふとカレンダーを見ると、日赤の内科受診の日と重なるではありませんか。

うーん、どうしましょう。病院の予約を変更して貰うべきかどうか迷います。日赤はいつも予約が詰まっていて、あとでどこかに入れて貰うとなると、結構大変そうですし。

劇は来月末にも野外であるそうなので、その日に行くべきか。でも、野外はまだ暑そうですねえ。

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2017年7月 2日 (日)

「71 祐徳稲荷神社参詣記 ②2016年…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

今年の参詣記は③として公開します。

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2017年6月29日 (木)

二つ目の追記を、神秘主義エッセーブログの記事「0 当ブログについて」にアップしました

二つ目の追記を、神秘主義エッセーブログの記事「0 当ブログについて」にアップしました

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

以下の文章を加筆しました。

2017年6月29日における追記


神智学がいうように、人間が七つの本質からなり、オーラの卵と呼ばれる色彩を帯びた卵形の光の中に生きている存在だとすれば、わたしが時々見るオーラと呼ばれる色彩を帯びた放射物を、今はまだ見ることができない人々もいずれは全員が見るようになるはずだと思うのです。

そのオーラが見え始めたのは大学生のころからで、それが比類なく美しいために、物書きの本能として、わたしは描写せずにはいられませんでした。他の神秘主義的な体験についても、自己肥大や商売っ毛からそうしてきたわけではありません。

自分の体験を特別視していないからこそ、描写し、記録し、神智学などの神秘主義関係の書籍と照らし合わせて研究したくなるのです。

自己肥大や商売っ気からなる著作は、記録や試行錯誤の研究というには自信満々で、その内容はわたしには何か遠いものに映ります。

海外には行ったことがないから、他の国ではどうなのかは知りませんが、今の日本社会では、わたしのような人間は「オーラが見えてすみません」くらいの低姿勢でいないと、一般の人々からは精神病患者あるいは詐欺師と疑われかねず、神秘主義と関わっているのに神秘主義的感性には欠けているインテリ――彼らが神秘主義について何かいうと、絵に描いた餅のように響きます――からは霊媒に分類されかねません。

一般の人々や頭でっかちのインテリは、神秘主義の本格的な勉強に入るより、芸術に触れて情操を高めるほうが先かもしれません。情操の発達こそが、健全な感受性を、つまり透視力や透聴力を育むはずだからです。

一足飛びに大師になれるわけではないといわれるのが真実なら、大師になるずっと前に、誰しもいずれはわたしと同じ段階に至るでしょう。

そのとき、神秘主義的体験の記録をとろうと思ったわたしの動機を人々はようやく理解し、聖典や大師方の手の加わった大著作と霊媒の著作との間に、このような成長記録――つまり当ブログに収録していくエッセー――のようなものがあってまあ助かる、と思ってくれるのではないでしょうか。

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2017年6月25日 (日)

「70 YouTubeで視聴できる…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

神智学協会ニッポン・ロッジ制作の動画「神智学を学ぶ」「勉強会動画」が公開されています。

神智学協会ニッポン・ロッジのオフィシャルサイト

神智学協会
http://theosophy.jp/

わたしは神智学協会ニッポン・ロッジの一会員にすぎませんが、40年神智学と共に生き、神智学が生きる糧となっているため、それについて語らずにはいられません。

そして、間違ったこともずいぶん書いているはずですので、もし当ブログの記事をきっかけとして神智学に関心を持ったかたがいらっしゃいましたら、こうした動画や神智学書籍を通して、神智学にじかに接していただけたらと思います。

埋め込み有効になっていたので、前掲ブログに動画を貼り付けさせていただき、紹介の記事としました。

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より以前の記事一覧

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