カテゴリー「マダムNの他サイト情報」の153件の記事

2018年5月26日 (土)

神秘主義エッセーブログ「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」に加筆しました

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の記事「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」に今日になって加筆しました。

『戦争と平和』に登場するバラ十字系フリーメーソンの長老の言葉について、あまりに不親切な説明しかしていなかったので。あとで当ブログにもアップするかもしれません。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2018年5月24日 (木)

「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2018年5月22日 (火)

「29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章」をエッセーブログにアップしました

オンラインエッセー集、ブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。当ブログの過去記事を元に加筆、修正したものです。ライン以下に転載しておきます。
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29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章 2007.10.9~2018.5.22

小説を書くとき、傍に置いているのは、いつ頃からかフランソワ・モーリアック(遠藤周作訳)『愛の砂漠』(講談社[講談社文芸文庫]、2000)だ。

フランスのボルドーに生まれた、カトリック小説家として知られるフランソワ・モーリアック(François Mauriac, 1885 - 1970)。

Franois_mauriac_1952

フランソワ・モーリアック(1952年)
From Wikimedia Commons, the free media repository

小説の技法の高度さ、視点の柔軟さ、内容の小市民的良識から傾斜した底知れない深み……短編小説を書きたいときには、本当に参考になる。

父と子がマリア・クロスという蠱惑的な女性に恋をし、どちらもが失恋するという幻滅の二重奏、否マリアの幻滅をも容れれば、幻滅三重奏ともいえる物語なのだが、物語の展開や登場人物――特にマリア――の心理には共感を誘う中に意外性があって、何ともいえない余韻を残す作品なのだ。

男女の心の機微、家族模様、背景の移り変わるさまが丹念に描かれている。幻滅も、これだけの美意識を以って克明に描かれると、幻滅そのものが神秘的なエッセンスのようにすら思えてくる。何て成熟度の高い小説であることか。

男である作者になぜ、女の心理が手にとるようにわかるのかと呆れさせられる。スタンダールやフローベールの描く女が、女の皮をかぶった男にしか思えないのは、むしろ男の書き手としては自然なことだろう。

しかし、このモーリアックやバルザックときたら、男でありながら完全に女でもあるという不可思議さを示す。

マリアの心理には共感を誘う中に意外性がある――と、わたしは前述した。ここを正確に述べれば、マリアの心理は同性からすれば意外でも何でもない――といい換えなくてはならない。

娼婦的なムードを纏ったマリア・クロスの心理が男性小説家に多く描かれてきたような、男性本意というのか、男性の幻想性に依拠したものではなくて、同性の観点からすれば、ごくありきたりと思える心理が克明に掘り下げられており、それがわたしにはとてつもなく意外だったのだ。

語弊のあるいい方だが、マリアのような強い香りを放って多くの男性を惹きつける特殊なタイプの女性であったとしても、その心の動きはわたしのようなごく一般的な女と変わらないという意外さであり、それは作者モーリアックを通した発見であったといえる。

というと、まるで自分が一般女性を代表しているかのようだ。実際には同性であろうとなかろうと、自分以外の人間のことは想像でしかないにせよ、わたしにはとにかく、モーリアックの描くマリア・クロスがありきたりなようでありながら、とても新鮮に思えた……。

しかも、『愛の砂漠』ときたら、内部に女を包み込ながら全体としてはこの上もなくダンディーで、上質の強い男の香りがするのである。

例えば、『愛の砂漠』の中の何気なく装われた次の一場面の文章の香気は、如何ばかりであることか。

父が食卓から急に立ったあの晩の翌朝、夜が明けるやいなや、食堂でココアを飲んだことを覚えている。窓が外の霧に向かって開かれていたので、彼はひきたてのコーヒーの香りの中で寒さを感じて震えた。小径の砂利が古いクーペの車輪の下できしんだ。医師はその朝、出かけるのに手間どった。クーレージュ夫人は桃色の部屋着をはおり、夜、いつもそうする引っつめて編んだ髪のままで、中学生の額に接吻した。だが息子は食事をするのをやめなかった。*1

どこにでもありそうな朝の情景。それでいて、この家庭だけに潜在する特殊な事情がおぼろげに見えてくるような描写だ。この父はあの晩、なぜ食卓から急に立ったのか? この母親の接吻を気にも止めなくなった、この成長した息子。

食堂に漂うコーヒーの香り(嗅覚)。霧が立ち籠める外気の冷たさ(触覚)。古い車がきしませた砂利の音(聴覚)。ココアを飲んだ記憶(味覚)。部屋着の桃色(視覚)。

短い文章であるにも拘らず、作者の五感が隅々まで働いていることがわかる。

『フランソワ・モーリヤック インタビュー集 残された言葉』(田辺保・崔達用訳、教文館、1989)を再読し、かつてはこのような、明晰で正直で人類という観点から多様な物の見方ができる作家がノーベル文学賞を受賞していたのだと改めて思った(1952年に受賞)。

ノーベル文学賞が左右に偏向するといったような生易しい危機ではなく、どこの街中にでもある人気コンテストになってしまった現状をモーリアックが知ったら、何というだろうか。彼は小説の危機を次のように分析している。

時代というものはいつでも、多少の差こそあれ、悲劇的なものであったのです。だから、わたしたちが日常体験している出来事だけでは、大ざっぱに小説の危機と呼ばれているものを十分には説明しきれないでしょう。(……)小説の危機とは、わたしが思うには、形而上的な性質のもので、ある種の人間観と結びついているのです。*2

その危機は、現在のわが国でこそ深刻な状況にあると感じられるのだが、確かにモーリアックの時代、プルーストがモーリアックにいわせれば「人格としての人間の解体」を見せつけたあたりから始まっているという見方に同感だ。

*1:モーリアック,遠藤訳,2000,p.32
*2:モーリヤック,田辺・崔訳,1989,p.151

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2018年5月 7日 (月)

神秘主義エッセーブログ「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア」に追記

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました(過去記事に追記)。

マダムNの神秘主義的エッセー
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神秘主義エッセーブログの人気記事に追記しました(マグダラのマリアを描いたパブリックドメインとなっている名画を紹介しています)。

「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア 」は、当ブログに2016年2月23日に公開した記事を元にしています。同年4月6日に書いた記事を元に以下のように追記しました。

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2016年4月6日における追記:イエスの愛しておられた者とは誰か?

『ヨハネ福音書』がグノーシス的とは一般にもいわれているところで、カタリ派がグノーシス的であったことから考えると、カタリ派が『ヨハネ福音書』を愛した理由もわかる気がしたのだが、結局のところ偏愛したほどの理由がわたしにはわからなかった。

ところが、エレ―ヌ・ペイゲルス&カレン・L・キング(山形孝夫・新免貢訳)『「ユダ福音書」の謎を解く』(河出書房新社、2013)を読む中で、共観福音書とヨハネ福音書の違いを改めて意識させられ、なるほど……と思わせられた。

共観福音書というのは、比較のための共観表が作成されたマルコ福音書、マタイ福福音書、ルカ福音書のことで、この三つの福音書は共通点が多い。

エレ―ヌ・ペイゲルス、カレン・L・キングはイエス亡きあと、集団の指導者争いが起きた可能性が高いことに注意を促し、マルコ福音書、マタイ福音書、ルカ福音書がペトロを指導者として描いているのに対して、ヨハネ福音書だけが違った見方を示していると書く。

『ヨハネ福音書』の著者も、ペトロが弟子集団のなかで重きをなしていることを認めている。しかし、著者は一貫して、弟子集団のなかで最も高位にある者と彼が見なす者――それは「イエスの愛しておられた者」(『ヨハネによる福音書』13章23節)と彼が単純に呼ぶ者――を除けばの話であると限定づきである。*4

『ヨハネ福音書』では、「イエスの愛しておられた者」は明らかにペトロより高位に置かれている。「イエスの愛しておられた者」はヨハネ福音書にはたびたび登場し、共観福音書には登場しない。

このイエスに愛された弟子が誰であったかについて、古来憶測を呼んだようであるが、わたしはこの人物の特異な描かれ方について、昨日になるまで全く気づかなかった。

レオナルド・ダヴィンチ「最後の晩餐」からダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』に至るまでイエスの影のように存在する人物像のモチーフとなり、果てはバチカンに付きまとう男色傾向の原因となってきたものが何であるかをわたしはこれまでわかっていなかったことになる。

だが、それもそのはず、翻訳の問題があったのである。主に新改訳聖書刊行会訳で新約聖書を読んできたわたしが気づかなかったのも仕方がない。

「イエスの愛しておられた者」を女性と考えるか男性と考えるかで、ヨハネ福音書の世界は180度変わってくる。

その部分を、わたしが大学時代、集中的に丹念に読んだ新改訳聖書刊行会訳と後年参考のためにカトリック教会付属の書店で買ったフランシスコ会聖書研究所訳とで比較してみよう。

新改訳聖書刊行会訳『聖書 新改訳』(日本聖書刊行会、1978・2版)

弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた。
*5

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フランシスコ会聖書研究所訳『新訳聖書』(中央出版社、改訂1984)

弟子の一人が、イエズスの胸に寄り添って食事の席に着いていた。その弟子をイエズスは愛しておられた。(11)
*6

フランシスコ会聖書研究所訳では異様な光景に思えるが、この箇所には次のような注がつけられている。

「食事の席に着いていた」は直訳では「横になっていた」。宴会では、身を横たえながら左肘をついて食事をするのが当時の習慣であった。「弟子の一人」はイエズスの右側に横になり、顔をイエズスの胸に近づけていたのであろう。*7

イエスたちはローマ式のマナーで食事をしていて、最後の晩餐でもそうであったというだけの話であるが、そうした予備知識なしに読むと、何だか官能的なムードの最後の晩餐に思えてギョッとする。

何にしても、最後の晩餐でイエスや弟子たちが身を横たえて飲み食いしていたと考えると、イメージが狂う。

自身の磔刑死を予感していたイエスが最後の晩餐の席で最愛の者を最も身近に置きたいと思ったとしても、何の不思議があろうか。

イエスがしばしばラビと呼ばれ、ラビは結婚していたことが普通であったことから考えると、その最愛の者が最高位の弟子であり、また最愛の者であったと外典が語るマグダラのマリアであっては、なぜいけないのか。

正典から除外された、いわゆる「外典」に分類されるグノーシス主義的福音書『マリア福音書』ではマグダラのマリアとペトロが口論し、『フィリポ福音書』ではイエスがマグダラのマリアを全ての弟子たちよりも愛してしばしば口づけしたと書かれ、『トマス福音書』では女性蔑視とマグダラのマリアに対する敵意を露わにするペトロをイエスがたしなめる。

こうした外典を知ってしまうと、イエスに愛された弟子はマグダラのマリア以外に考えられず、その事実をぼかし、曖昧にするために架空の「イエスに愛された弟子」が追加されたとしか考えられなくなる。

つまり、「イエスに愛された弟子」もまたマグダラのマリアであり、マグダラのマリアは表現上の工夫から二人に分けられた。ヨハネ福音書ではマリアをペトロより高位に位置づけながら、そのことをぼかすために架空の弟子が配置させられたのだ……

グノーシス主義的な福音書が正典として生き残ってこられたのは、こうした工夫があったからこそだろう。もっとも、「イエスの愛しておられた者」が実在した他の人物であったことを否定する根拠には乏しい。

ヨハネ福音書をごく素直に読めば、「イエスに愛された弟子」は使徒ヨハネだと考えるのが自然であろうから、そうだとすれば、そこにはプラトン描く美少年愛好癖のソクラテスかと見まごう光景が最後の晩餐では繰り広げられていたことになり、バチカンが男色にお墨付きをもらったような気分に誘われるのも道理な話ではある。

ただ実際にはソクラテスの美少年愛好癖はひじょうにプラトニックな、情操を高めるためのアイテムといってよい性質のものだと思われ、こうした傾向にしても、「秘すれば花」的男色を語る『葉隠』にしても、ここまでプラトニックになると、もはや男色とは呼べない種類のひじょうに高級な情操であろう。

イエスと母マリアが列席している印象的なカナの婚宴が出てくるのも、ヨハネ福音書である。イエス自身の婚宴との説もある(結婚相手はマグダラのマリア)。他人の婚宴で、母マリアが葡萄酒の心配をして息子イエスに相談するのは妙だが、それが息子の婚宴だったとすると不自然な話ではない。

いずれにしても、ペトロよりもマグダラのマリアと「イエスに愛された弟子」が存在感を持つグノーシス主義的ヨハネ福音書を異端とされたカタリ派は偏愛したということである。

ブラヴァツキーは『シークレット・ドクトリン』の中で、グノーシス派を高く評価している。

仏陀とピタゴラスではじまり、新プラトン派とグノーシス派に終わるこの時代は、頑迷と狂信の黒雲によって曇らされることなく、過ぎ去った幾時代もの昔から流れ出た輝かしい光線が最後に集まって現れた、歴史の中に残された唯一の焦点である。*8

*4:ペイゲルス&キング,山形・新免訳,2013,p.66

*5:ヨハネ13.23,新改訳聖書刊行会訳,1978・2版,p.190

*6:ヨハネ13.23,フランシスコ会聖書研究所訳,1984,p.360

*7:(11),フランシスコ会聖書研究所訳,1984,p.361

*8:H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ,1989,序論p.181

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2018年5月 5日 (土)

「82 トルストイ『戦争と平和』… ③」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログに公開した複数の過去記事を編集し、加筆修正したものです。長くなりましたが、18世紀ロシア思想界に強い影響を及ぼしたとされるバラ十字思想、その始祖の一人とされるヤコブ・ベーメを採り上げました。

重要と思ったので、長くなりました。

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2018年4月 5日 (木)

「81 トルストイ『戦争と平和』… ②」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログの過去記事に加筆修正したものです。この➁からは、共産主義やテロ組織に影響を与えたといわれるイルミナティに関する重要な考察が含まれますので、ぜひ一読を願います。

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2018年4月 3日 (火)

「80 トルストイ『戦争と平和』… ①」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログの過去記事に加筆修正したものです。タイトルは長いので、省略しています。
タイトルは「トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程」です。

エッセー 80 に全文収録するつもりでしたが、長くなりすぎるので、当ブログ公開時と同じ構成にしました。目次です(括弧内の数字は予定しているエッセー番号)。

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エッセー「トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程」(80~84)

目次 

  1. 映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面(80)
  2. ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ(81)
  3. イルミナティ……主人公ピエールとローゼンクロイツェル系フリーメーソンの長老(82)
  4. イルミナティ創立者ヴァイスハウプトのこけおどしの哲学講義(83)
  5. テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界(84)

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2018年3月19日 (月)

「79 ブラヴァツキーがニューエイジの祖とまつり上げられた過程が…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログにアップした過去記事二本を合わせ、加筆訂正したものです。ライン以下の「続き」に転載しておきます。

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続きを読む "「79 ブラヴァツキーがニューエイジの祖とまつり上げられた過程が…」を神秘主義エッセーブログにアップしました"

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2018年1月18日 (木)

「78 祐徳稲荷神社参詣記 ➄扇面和歌から…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログの過去記事に加筆訂正したものです。

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2018年1月16日 (火)

「28 同人誌提出作品~俳句『回転木馬』2007.7.28」をエッセーブログにアップしました

エッセーブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。

先に神秘主義エッセーブログに「78 祐徳稲荷神社参詣記 ➄扇面和歌から明らかになる宗教観」をアップするつもりでしたが、たまたまアクセス解析を見たら2007年に書いた俳句の記事にアクセスがあったので、「日田文學」に掲載していただいた俳句について書いた記事をエッセーブログにもアップしておこうと思いました。

「日田文學」の再開の兆しはありません。

「日田文學」と、その前に入っていた横井晃先生、横井三保編集長(当時)の「関西文學」では本当によい勉強をさせていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。

横井晃先生は2008年にお亡くなりになりましたが、検索すると朝日新聞の記事が出てきました。

元「関西文学」発行人の横井晃さん死去 <http://www.asahi.com/culture/news_culture/OSK200801100112.html> (2018年1月16日アクセス)

朝日新聞、2008年01月10日20時30分

 横井 晃さん(よこい・あきら=大阪文学振興会副代表、元「関西文学」発行人)が6日、胃がんで死去、88歳。葬儀は近親者で営む。喪主は長女で大阪文学振興会事務局長の三保(みほ)さん。連絡先は大阪文学振興会(06・6775・1567)
 1963年、文芸誌「関西文学」を創刊。96年まで発行人を務めた。

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