カテゴリー「マダムNの他サイト情報」の158件の記事

2018年10月22日 (月)

フランス語版ウィキペディアが伝える大戦中の迫害、ペレストロイカ後のロシアで復活したブラヴァツキー

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の「人名インデックス」を工事中ですが、時間がかかりそうなので、公開しつつ書き加えることにしました。

また、「26 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキーとオウムをくっつける人」を一部以下のように書き直しました。「フランス語版ウィキペディア」と題していた部分です。

フランス語版ウィキペディアが伝える大戦中の迫害、ペレストロイカ後のロシアで復活したブラヴァツキー

シモーヌ・ヴェイユのウィキペディアの記事が日本語版とフランス語版ではずいぶん違っていたので、「神智学協会」をフランス語版ウィキペディアで閲覧してみた。次の写真が使われている。

Blavatsky_olcott_mavalankar_1_2

Helena Blavatsky (au centre, debout), Henry Steel Olcott (au centre, assis) et Damodar Mavalankar (3e de gauche) à un congrès de la Société de théosophie à Bombay (Mumbai) en 1881.
出典:Wikimedia Commons

同じようなことが書かれていたとしても、ブラヴァツキーを貶めようとする意図が感じられないというだけで、こんなに清々しい印象を受けるものだろうか。

神智学を誹謗中傷したゲノン(エッセー 25 「ブラヴァツキー批判の代表格ゲノンの空っぽな著作『世界の終末―現代世界の危機』 」を参照されたい)の考えも紹介されているが、冒頭に次のように書かれている。

Parmi les opposants à la théosophie moderne, René Guénon est un des plus virulents.*16

Google先生に訳していただくと、「近代神学の反対者の中でも、ルネ・ゲーノンは最も毒性の強い人のひとりです」と訳されたので、笑ってしまった。

確かに、ゲノンは辛辣というより毒性が強い。ゲノンを辛辣というには、彼のブラヴァツキー批判にそれなりの論拠が必要だが、ゲノンにはそれがない。それにも拘らず、誹謗中傷という毒性を持ち、強い伝染性があるのだ。

「Persécutions(迫害)」という項目を読むと、第二次大戦中、ドイツ、フランス、オランダ、スペインといった西欧の国々で、フリーメーソン同様、神智学協会の会員が迫害されたことがわかる。

「ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー」をロシア語版*17で閲覧してみた。ロシア語は全くわからず、辞書もないので、完全にGoogle先生に頼るしかないが、充実した内容に驚かされる。

Google先生が次のように訳された箇所に、特に興味が湧いた。

ロシアの3つの主要な図書館(RSL、NLR、BAN)によって2012年にリリースされた図書館書誌分類では、E. P. Blavatskyの思想は「ロシアの哲学」セクションに割り当てられています。宗教と宗教の哲学科のメンバーを含む哲学と宗教の分野で、多くの専門家が参加しました。モスクワ州立大学の哲学科がこの版の作成にあたりました。
    (略)
20世紀の終わりには、科学界でも、神学文献での関心が急増しました。以前は、20世紀半ばの80年代半ばに「ペレストロイカ」の始まりに至るまで、理想的な理由から、E. P. Blavatskyの作品の出版は不可能でした。例えば、1953年の百科事典辞典(The Encyclopedic Dictionary)は、Theosophyを「反動的ブルジョア隠喩の一形態」と呼んでいます。
E.P.Blavatskyの研究のなかには、ロシアの宇宙主義(N.F. Fedorov)の起源であったと主張するロシアの哲学者の研究と比較される研究者もいます。Blavatskyの教義は、ロシアの宇宙論者の理論に反映され、哲学と芸術におけるロシアの前衛に近いものでした。

ぺレストロイカ後に、ブラヴァツキーの著作の出版や研究が可能になったようだ。ブラヴァツキーの研究が一気に進むかもしれない。

何しろ、「82 18世紀のロシア思想界を魅了したバラ十字思想」で見ていったように、オンライン論文、笠間啓治「『戦争と平和』にあらわれたロシア・フリーメイスン」*18には、「中世が生んだこの形而上学的思考方法は、18世紀ロシア思想界を席巻したと言っても過言ではない。というより、まったくの無菌状態のロシアにて異常繁殖したと表現してもよいだろう」と書かれていた。

イルミナティがフリーメーソンを侵食しなければ、ロシアは暴力革命に走る代わりに、豪華絢爛な思想を花開かせたかもしれなかった。その影響は哲学的深みのあるロシア文学に見ることができるのだが、ブラヴァツキーが母国ロシアで復活したと考えると、わたしはまばゆいような喜びでいっぱいになる。

・・・・・・・

*16:「Société théosophique(神智学協会)」『フリー百科事典 ウィキペディアフランス語版』。2018年10月1日14:29 UTC、URL: http://fr.wikipedia.org

*17:「Еле́на Петро́вна Блава́тская(ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー)」『フリー百科事典 ウィキペディアロシア語版』。2018年9月19日07:33 UTC、URL: http://ru.wikipedia.org

*18:スラヴ研究(Slavic Studies), 42: 41-59,北海道大学スラブ研究センター,1995,URI: http://hdl.handle.net/2115/5233

|

2018年10月18日 (木)

息子からiPad貰いました。新しく作った神秘主義エッセーの目次。アバ嬢の綱渡り(お休み中ですが)。

チェコに一週間出張していた息子が、プラハで買ったチョコレート、コーヒー豆、マグカップを送ってくれました。

一緒に iPad を、「誰か使ってくれれば」といって送ってくれたので、今日はほぼそれに夢中でした。

娘がアップルの iPhone を使っているので、設定には慣れていました。娘はスマホがあるからといって、わたしたち夫婦に渡してくれました。

好奇心旺盛だけど飽きやすい夫がまずあれこれ調べたり、動画を視聴したりして、飽きたころにわたしのところへ。

わたしは自分のブログが iPhoneではどんな風に見えるか、時々娘から借りて見え具合を確認したりしていたのですが、同じことが iPadでできるので、便利です。画像が鮮明に見え、動画も視聴しやすいことが何かわくわく感を誘います。

iPad という別の媒体で見たせいか、自分のブログを客観的に見ることができ、目次機能のある「はてなブログ」で作ったブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」にはやはり目次を作ったほうがいいなと思いました。

本ですと、ばらぱらめくって先のほうに何が書かれているのか、簡単に確認できますが、ブログを閲覧してくださる方々は、はじめのほうを閲覧して面白くなければ、先――ページの下――のほうに何が書かれているのかわからないまま――知ろうとしないまま――出て行ってしまわれることが多いのではないかと思います。

目次があると、全体に何が書かれているのか、おおよその見当をつけていただくことができます。

その「はてなブログ」の機能で、「https」化(暗号化通信)設定を有効にして安心していたのですが、目次作りのついでに早い時期に書いた記事を確認すると、画像のアドレスが結構「http」のままだったりしました。まだ全部の画像を「https」化できてはいないのですが、これもやらなくてはなりません。

過去記事に書いたように、人名インデックスも作る必要を覚えていますが、こうしたことばかりやっていると、また萬子媛の歴史小説が放置状態になりかねないので、そこそこにして、ゆっくり改善していこうと考えています。

iPad で当ブログのいつもの編集画面にアクセスし、新規投稿しようとしたら、HTML でしか書けず、面倒だったのでやめました。

前掲はてなブログで、目次をつけたのは以下の記事です。

15 最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル――その豊潤な詩また 神智学との関わりについて
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/08/29/191929

目次

  • 大人の世界を開示してくれたミストラル
  • ミストラルの詩の核にある、高度に洗練された哲学性
  • 神智学の会に入会した23歳のミストラル
  • 異母弟とも実子ともいわれるジンジン、その死
  • 「母たちのうた」「別れ」

20 バルザックと神秘主義と現代
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/02/225128

目次

  • 神秘主義の芳香を放つ、バルザックの「谷間の百合」
  • ブラヴァツキーに結実した神秘主義の流れ
  • 史的唯物論を基本的原理とするマルクス
  • マルクス主義の鬼子に冒される日本文学

22 グレイ 著『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ 』を読了後に
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/08/181833

目次

  • 財力に飽かして過保護の限りを尽くしたシモーヌの両親
  • シモーヌと両親の別れ、兄アンドレと両親の確執
  • 聖女に祭り上げられたシモーヌ
  • 神秘を意味する言葉がない神秘主義
  • シモーヌ・ヴェイユ研究の偏り
  • わたしのシモーヌ体験

49 絵画に見る様々なマグダラのマリア
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/05/05/025512

目次

  • 絵画によるマグダラのマリアの競演
  • 東方教会が伝える、誇り高く行動的なマグダラのマリア(主の復活の第一証人、方々へ伝道、ローマ第二代皇帝にイエスの冤罪を直訴)
  • イエスが結婚していたとする説
  • イエスの愛しておられた者とは誰か?(横になって食事するローマ式だった最後の晩餐)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

萬子媛の小説をいくらかでも進めるためにインターポットをお休み中です。前にランキングでいただいた「お世話ストーン」を設置しているので、楽です。

ビンゴは、新しいアイテムが登場したとき、チャレンジすることがありますが、1~3回程度しかしないので、ビンゴ券がどんどん貯まります。しないと貯まるって、本当ですね。

それでも、たまたま「コイコイ綱渡り」が当たったので、設置しました。執着がなくなると、当たるのかしらね。

|

2018年10月16日 (火)

神秘主義的エッセーブログの記事に初めての目次。人名インデックス作成中。

昨日加筆した拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の以下の記事が長文となって読みにくいので、目次をつけました。はてなブログだと、簡単につけられるんです。これを活用してこなかったのは、もったいなかったと思いました。

26 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキーとオウムをくっつける人
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/22/183629

目次は次のようになっています。

目次

・ SPRが誕生した経緯
・ ウィキペディア日本語版「神智学」を検証する
・ ブラヴァツキーの方法論
・ ブラヴァツキーが愛したインド、活発な報道機関
・ オウム真理教の反日性を一顧だにしない文学博士
・ ブラヴァツキーが回答する、神智学と心霊主義の違い
・ フランス語版ウィキペディア
・ 追記: 『岩波哲学・思想事典』の項目中「神智協会」から抜粋

また、今日は萬子媛ノートのアップを置いておいて、「人名インデックス」を作成していました。前掲記事の読みにくさが気になって目次をつけましたが、記事が増えるにつれ、人物を探しにくいことが気にかかっていたのですね。

当ブログも、「当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を作り、2017年5月に2013年4月13日の記事に登場した345番目の人名を収めたところで、放置状態になっています。6,000記事超えた今となってはもうお手上げです。

「マダムNの神秘主義的エッセー」はまだ記事数が少ないので、それほど時間はかからないと思います。もう少し収めたら、工事中でも公開します。

|

2018年10月15日 (月)

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました(新しい記事2本、加筆1本)

息子が一週間のチェコ出張から帰ってきました。土産話を聴き、娘のスマホに送ってきたプラハにあるカレル橋とその下を流れるモルダウ川の写真をブログにアップする許可を得たので、その記事を書こうと思っていますが、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新するのに追われています。

新しくアップしたのは次の2本。このところの萬子媛関係のノートを全部、アップしておきたいと思っています。

86 祐徳稲荷神社参詣記 (7)神社に参拝する僧侶たち。冷泉家の乞巧奠 (七夕祭)。
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/10/14/035744

87 祐徳稲荷神社参詣記 (8)鹿島鍋島家の御殿医
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/10/14/042302

それから、加筆したのは、前掲ブログの次の記事です。

26 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキーとオウムをくっつける人
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/22/183629

ウィキペディア「神智学」の最新版を閲覧しました。

かなり加筆されていますが、新プラトン派、ベーメ、ブラヴァツキーといった、このテーマに関係のある重要な著作そのものを読まないという基本姿勢が変わっていず、ブラヴァツキーを貶める意図で書かれているためか(そのように読めます)、改善されたとはいえません。

信用できる情報もそうでないものも(そうでないもののほうが多い)ごっちゃに引用されているため、ますます玉石混交状態、訳のわからないものとなっています。咲き誇る花園に大量の生ごみが投棄された状態とでもいいましょうか。芳香より、悪臭がひどい……

エッセー26へのわたしの加筆は古い版(2015年9月16日 (水) 01:27 UTC)への加筆です。ライン以下の続きに、加筆したところまで、転載します。加筆したのは青字部分です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました(新しい記事2本、加筆1本)"

|

2018年9月15日 (土)

9月14日に、循環器クリニックを受診。思い出した、心臓カテーテルの名医のオーラ。

検査日で、いつものように尿検査、血液検査(4本)、胸部レントゲン、心電図(普通のと長めのと2種類)。

先月くらいから、日々の健康に関しては放置気味だった「マダムNの体調ノート」にメモしている。当ブログは文学、神秘主義、時々料理が中心になっているので、受診記録以外はそちらに記録したほうが自分にとって効率的なので。

朝、バタバタしながら、ブログを開いて、メモ帳に発作が起きたときの日付とタイトルを写した。「8月13日朝1・夕1、8月14日夕1、8月26日朝1・夕1」。

処置室で看護師さんから発作のときのことを訊かれたとき、わたしはすかさずバッグからメモ帳(表紙の色はブラック。格好よくて、結構気に入っている)を取り出し、読み上げると、「ちゃんとメモしているんですね」と褒められた。人から褒められるなんてことはめったにないので、嬉しかった……

看護師さんはカルテに、わたしのメモの内容を写しておられた。

診察室での先生のご様子、会話は、デジャヴみたいだった。

心電図を丹念に見、胸部レントゲンで心胸比を出しておられ、そのあと、発作のときのことを訊かれたので、お話しする。その間に、脈、聴診。

心電図や胸部レントゲンの説明はないままに、「Nさん、血管造影したことはあったっけ?」とお尋ねになった。先生、リピートなさるんですね、と思いつつ、いいえ、と答えた。

このクリニックではできない検査だそうで、県立、医大、A…病院など、総合病院の名を五つほど挙げられたあとで、ふっと思い出したように何か明るいお顔になって「O…循環器病院でもやっている……」とおっしゃった。

日赤に別件で検査入院したとき、25日間も入院したため、長居していた同室の人達とはすっかり仲良しになり、合宿しているような気分になったものだった。その中には情報通もいらして、その人が「この県ではNさんがかかっている先生と、О…循環器病院の先生が一、二を争う名医らしいよ。わたしのかかっている先生がおっしゃっていた」と教えてくれた。

「検査は痛いのでしょうか」とお尋ねすると、「痛くないよ。手首からカテーテルを通して、麻酔で眠っている間に終わるよ」と先生。局部麻酔ではないのだろうか。

心臓カテーテル検査をすることになるのかなと思っていると、「でも、Nさんはコレステロールは髙くないからねえ……」と先生。

実際には時々基準値をオーバすることがあるのだが、「コレステロールが基準値内だったら、動脈硬化になる心配はいらないのでしょう?」とお尋ねすると、「それがそうでもないんだよ。安心するわけにはいかない」と先生。うーん、医学音痴のわたしには、訳がわからない。

結局、具体的な検査入院の話にはならなかったが、先生が迷っておられることは確かだ。夫の転勤でこの街に住みつき、喘息発作が起きて飛び込んだ呼吸器クリニックの先生からこのクリニックに紹介していただいて、初受診したのは平成17(2005)年3月29日のことだった。

その間、発作をご報告したことは数え切れないほどあったのだが、血管造影検査のことを先生が続けておっしゃったことはなかった。心臓の写真と心電図からその必要を感じておられるとしか思えないのだが、何もおっしゃらないので、真相はわからない。わたしの思い過ごしかもしれない。

検査には当然ながらリスクも伴うので、もし先生がわたしに検査を受けさせることを迷っておられるのだとしたら、それが理由ではないかと想像する。何にせよ、総合病院に勤務なさっていたころは、多くの心臓手術を手がけた先生が迷っておられるのだとしたら、それだけの理由があるに違いない。わたしは先生に粛々と(?)従うまでだ。

一応、造影剤を使う心臓カテーテル検査と費用について調べた。先生は二泊三日とおっしゃったが、一泊二日、日帰りでも行われているようだ。

結構お金は飛ぶ。検査がよりよき治療――心臓の症状の改善――に結びつけばいいのだが、合併症だけおまけについてくる結果になることだって、覚悟しておかなくてはならないだろう。

何にせよ、年内に検査入院ということはなさそうだ。

胸の圧迫感や浮腫みが出たときにニトロの使用を迷うことを、リピートしてお尋ねしたら、前回と同じように先生は使うなとはおっしゃらなかったが、「使いすぎると効かなくなるよ」と注意をされ、「でも、我慢できないと、使うよね……」とおっしゃった。

その通りです! 受診後、休日で家にいた夫に迎えに来て貰い(一緒に、最近、近くにできたケンタッキーに行くため)、ケンタッキーで昼食をとったあとスーパーに寄って帰宅したら、疲れて胸の圧迫感が出た。我慢できなくなり、使ってしまった……

そういえば、昔、頻脈の原因を知りたい、そのとき受けていた治療が適切かどうか知りたい、もっと楽になりたいと思って病院ジプシーしていたときに、小倉にあるK…病院を受診し、たまたま心臓カテーテルを日本で初めて行った有名なお医者様、N…先生の診察を受けたことがあった。

検査室で運動負荷心電図をとって貰い、先生は脈を診て話を聞いてくださった。

で、カテゴリー違いの話になるが、わたしはごくたまに他人のオーラをまざまざと目撃することがあり、先生のオーラも目撃した。

N…先生は小柄で、ちょっとお笑い系かと思えるようなユニークな感じに見えた。ところが、優雅といってよいくらい上品に見える瞬間もあって、印象的なかただった。

そのときわたしに見えたN…先生のオーラはブルー系で、その色合いははっとするほどに精妙で美しかった。治療以上に、あのオーラに癒される患者も多いのではないだろうか。

ウィキペディアを見ると、その後、小倉のK…病院から京都大学医学部に教授として移られたようだ。

クリニックの先生は、N…先生が小倉のK…病院にいらっしゃったころではないかと思うが、その病院に勤務したこともおありのようだ。以前、壁に貼ってあった先生の略歴を見たとき、そのように書かれていたことを思い出した。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • シグマート錠5mg 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ヘルベッサーRカプセル100mg 1回1Cap 朝・夕食後
  • アイトロール錠20mg 1回1錠 朝・夕食後
  • ニトロペン舌下錠0.3mg   1回1錠×10回分

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤、吸入薬) 1個 吸入

|

2018年5月26日 (土)

神秘主義エッセーブログ「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」に加筆しました

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の記事「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」に今日になって加筆しました。

『戦争と平和』に登場するバラ十字系フリーメーソンの長老の言葉について、あまりに不親切な説明しかしていなかったので。あとで当ブログにもアップするかもしれません。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

|

2018年5月24日 (木)

「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

|

2018年5月22日 (火)

「29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章」をエッセーブログにアップしました

オンラインエッセー集、ブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。当ブログの過去記事を元に加筆、修正したものです。ライン以下に転載しておきます。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章 2007.10.9~2018.5.22

小説を書くとき、傍に置いているのは、いつ頃からかフランソワ・モーリアック(遠藤周作訳)『愛の砂漠』(講談社[講談社文芸文庫]、2000)だ。

フランスのボルドーに生まれた、カトリック小説家として知られるフランソワ・モーリアック(François Mauriac, 1885 - 1970)。

Franois_mauriac_1952

フランソワ・モーリアック(1952年)
From Wikimedia Commons, the free media repository

小説の技法の高度さ、視点の柔軟さ、内容の小市民的良識から傾斜した底知れない深み……短編小説を書きたいときには、本当に参考になる。

父と子がマリア・クロスという蠱惑的な女性に恋をし、どちらもが失恋するという幻滅の二重奏、否マリアの幻滅をも容れれば、幻滅三重奏ともいえる物語なのだが、物語の展開や登場人物――特にマリア――の心理には共感を誘う中に意外性があって、何ともいえない余韻を残す作品なのだ。

男女の心の機微、家族模様、背景の移り変わるさまが丹念に描かれている。幻滅も、これだけの美意識を以って克明に描かれると、幻滅そのものが神秘的なエッセンスのようにすら思えてくる。何て成熟度の高い小説であることか。

男である作者になぜ、女の心理が手にとるようにわかるのかと呆れさせられる。スタンダールやフローベールの描く女が、女の皮をかぶった男にしか思えないのは、むしろ男の書き手としては自然なことだろう。

しかし、このモーリアックやバルザックときたら、男でありながら完全に女でもあるという不可思議さを示す。

マリアの心理には共感を誘う中に意外性がある――と、わたしは前述した。ここを正確に述べれば、マリアの心理は同性からすれば意外でも何でもない――といい換えなくてはならない。

娼婦的なムードを纏ったマリア・クロスの心理が男性小説家に多く描かれてきたような、男性本意というのか、男性の幻想性に依拠したものではなくて、同性の観点からすれば、ごくありきたりと思える心理が克明に掘り下げられており、それがわたしにはとてつもなく意外だったのだ。

語弊のあるいい方だが、マリアのような強い香りを放って多くの男性を惹きつける特殊なタイプの女性であったとしても、その心の動きはわたしのようなごく一般的な女と変わらないという意外さであり、それは作者モーリアックを通した発見であったといえる。

というと、まるで自分が一般女性を代表しているかのようだ。実際には同性であろうとなかろうと、自分以外の人間のことは想像でしかないにせよ、わたしにはとにかく、モーリアックの描くマリア・クロスがありきたりなようでありながら、とても新鮮に思えた……。

しかも、『愛の砂漠』ときたら、内部に女を包み込ながら全体としてはこの上もなくダンディーで、上質の強い男の香りがするのである。

例えば、『愛の砂漠』の中の何気なく装われた次の一場面の文章の香気は、如何ばかりであることか。

父が食卓から急に立ったあの晩の翌朝、夜が明けるやいなや、食堂でココアを飲んだことを覚えている。窓が外の霧に向かって開かれていたので、彼はひきたてのコーヒーの香りの中で寒さを感じて震えた。小径の砂利が古いクーペの車輪の下できしんだ。医師はその朝、出かけるのに手間どった。クーレージュ夫人は桃色の部屋着をはおり、夜、いつもそうする引っつめて編んだ髪のままで、中学生の額に接吻した。だが息子は食事をするのをやめなかった。*1

どこにでもありそうな朝の情景。それでいて、この家庭だけに潜在する特殊な事情がおぼろげに見えてくるような描写だ。この父はあの晩、なぜ食卓から急に立ったのか? この母親の接吻を気にも止めなくなった、この成長した息子。

食堂に漂うコーヒーの香り(嗅覚)。霧が立ち籠める外気の冷たさ(触覚)。古い車がきしませた砂利の音(聴覚)。ココアを飲んだ記憶(味覚)。部屋着の桃色(視覚)。

短い文章であるにも拘らず、作者の五感が隅々まで働いていることがわかる。

『フランソワ・モーリヤック インタビュー集 残された言葉』(田辺保・崔達用訳、教文館、1989)を再読し、かつてはこのような、明晰で正直で人類という観点から多様な物の見方ができる作家がノーベル文学賞を受賞していたのだと改めて思った(1952年に受賞)。

ノーベル文学賞が左右に偏向するといったような生易しい危機ではなく、どこの街中にでもある人気コンテストになってしまった現状をモーリアックが知ったら、何というだろうか。彼は小説の危機を次のように分析している。

時代というものはいつでも、多少の差こそあれ、悲劇的なものであったのです。だから、わたしたちが日常体験している出来事だけでは、大ざっぱに小説の危機と呼ばれているものを十分には説明しきれないでしょう。(……)小説の危機とは、わたしが思うには、形而上的な性質のもので、ある種の人間観と結びついているのです。*2

その危機は、現在のわが国でこそ深刻な状況にあると感じられるのだが、確かにモーリアックの時代、プルーストがモーリアックにいわせれば「人格としての人間の解体」を見せつけたあたりから始まっているという見方に同感だ。

*1:モーリアック,遠藤訳,2000,p.32
*2:モーリヤック,田辺・崔訳,1989,p.151

|

2018年5月 7日 (月)

神秘主義エッセーブログ「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア」に追記

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました(過去記事に追記)。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

神秘主義エッセーブログの人気記事に追記しました(マグダラのマリアを描いたパブリックドメインとなっている名画を紹介しています)。

「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア 」は、当ブログに2016年2月23日に公開した記事を元にしています。同年4月6日に書いた記事を元に以下のように追記しました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年4月6日における追記:イエスの愛しておられた者とは誰か?

『ヨハネ福音書』がグノーシス的とは一般にもいわれているところで、カタリ派がグノーシス的であったことから考えると、カタリ派が『ヨハネ福音書』を愛した理由もわかる気がしたのだが、結局のところ偏愛したほどの理由がわたしにはわからなかった。

ところが、エレ―ヌ・ペイゲルス&カレン・L・キング(山形孝夫・新免貢訳)『「ユダ福音書」の謎を解く』(河出書房新社、2013)を読む中で、共観福音書とヨハネ福音書の違いを改めて意識させられ、なるほど……と思わせられた。

共観福音書というのは、比較のための共観表が作成されたマルコ福音書、マタイ福福音書、ルカ福音書のことで、この三つの福音書は共通点が多い。

エレ―ヌ・ペイゲルス、カレン・L・キングはイエス亡きあと、集団の指導者争いが起きた可能性が高いことに注意を促し、マルコ福音書、マタイ福音書、ルカ福音書がペトロを指導者として描いているのに対して、ヨハネ福音書だけが違った見方を示していると書く。

『ヨハネ福音書』の著者も、ペトロが弟子集団のなかで重きをなしていることを認めている。しかし、著者は一貫して、弟子集団のなかで最も高位にある者と彼が見なす者――それは「イエスの愛しておられた者」(『ヨハネによる福音書』13章23節)と彼が単純に呼ぶ者――を除けばの話であると限定づきである。*4

『ヨハネ福音書』では、「イエスの愛しておられた者」は明らかにペトロより高位に置かれている。「イエスの愛しておられた者」はヨハネ福音書にはたびたび登場し、共観福音書には登場しない。

このイエスに愛された弟子が誰であったかについて、古来憶測を呼んだようであるが、わたしはこの人物の特異な描かれ方について、昨日になるまで全く気づかなかった。

レオナルド・ダヴィンチ「最後の晩餐」からダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』に至るまでイエスの影のように存在する人物像のモチーフとなり、果てはバチカンに付きまとう男色傾向の原因となってきたものが何であるかをわたしはこれまでわかっていなかったことになる。

だが、それもそのはず、翻訳の問題があったのである。主に新改訳聖書刊行会訳で新約聖書を読んできたわたしが気づかなかったのも仕方がない。

「イエスの愛しておられた者」を女性と考えるか男性と考えるかで、ヨハネ福音書の世界は180度変わってくる。

その部分を、わたしが大学時代、集中的に丹念に読んだ新改訳聖書刊行会訳と後年参考のためにカトリック教会付属の書店で買ったフランシスコ会聖書研究所訳とで比較してみよう。

新改訳聖書刊行会訳『聖書 新改訳』(日本聖書刊行会、1978・2版)

弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた。
*5

・‥…・‥…・‥…

フランシスコ会聖書研究所訳『新訳聖書』(中央出版社、改訂1984)

弟子の一人が、イエズスの胸に寄り添って食事の席に着いていた。その弟子をイエズスは愛しておられた。(11)
*6

フランシスコ会聖書研究所訳では異様な光景に思えるが、この箇所には次のような注がつけられている。

「食事の席に着いていた」は直訳では「横になっていた」。宴会では、身を横たえながら左肘をついて食事をするのが当時の習慣であった。「弟子の一人」はイエズスの右側に横になり、顔をイエズスの胸に近づけていたのであろう。*7

イエスたちはローマ式のマナーで食事をしていて、最後の晩餐でもそうであったというだけの話であるが、そうした予備知識なしに読むと、何だか官能的なムードの最後の晩餐に思えてギョッとする。

何にしても、最後の晩餐でイエスや弟子たちが身を横たえて飲み食いしていたと考えると、イメージが狂う。

自身の磔刑死を予感していたイエスが最後の晩餐の席で最愛の者を最も身近に置きたいと思ったとしても、何の不思議があろうか。

イエスがしばしばラビと呼ばれ、ラビは結婚していたことが普通であったことから考えると、その最愛の者が最高位の弟子であり、また最愛の者であったと外典が語るマグダラのマリアであっては、なぜいけないのか。

正典から除外された、いわゆる「外典」に分類されるグノーシス主義的福音書『マリア福音書』ではマグダラのマリアとペトロが口論し、『フィリポ福音書』ではイエスがマグダラのマリアを全ての弟子たちよりも愛してしばしば口づけしたと書かれ、『トマス福音書』では女性蔑視とマグダラのマリアに対する敵意を露わにするペトロをイエスがたしなめる。

こうした外典を知ってしまうと、イエスに愛された弟子はマグダラのマリア以外に考えられず、その事実をぼかし、曖昧にするために架空の「イエスに愛された弟子」が追加されたとしか考えられなくなる。

つまり、「イエスに愛された弟子」もまたマグダラのマリアであり、マグダラのマリアは表現上の工夫から二人に分けられた。ヨハネ福音書ではマリアをペトロより高位に位置づけながら、そのことをぼかすために架空の弟子が配置させられたのだ……

グノーシス主義的な福音書が正典として生き残ってこられたのは、こうした工夫があったからこそだろう。もっとも、「イエスの愛しておられた者」が実在した他の人物であったことを否定する根拠には乏しい。

ヨハネ福音書をごく素直に読めば、「イエスに愛された弟子」は使徒ヨハネだと考えるのが自然であろうから、そうだとすれば、そこにはプラトン描く美少年愛好癖のソクラテスかと見まごう光景が最後の晩餐では繰り広げられていたことになり、バチカンが男色にお墨付きをもらったような気分に誘われるのも道理な話ではある。

ただ実際にはソクラテスの美少年愛好癖はひじょうにプラトニックな、情操を高めるためのアイテムといってよい性質のものだと思われ、こうした傾向にしても、「秘すれば花」的男色を語る『葉隠』にしても、ここまでプラトニックになると、もはや男色とは呼べない種類のひじょうに高級な情操であろう。

イエスと母マリアが列席している印象的なカナの婚宴が出てくるのも、ヨハネ福音書である。イエス自身の婚宴との説もある(結婚相手はマグダラのマリア)。他人の婚宴で、母マリアが葡萄酒の心配をして息子イエスに相談するのは妙だが、それが息子の婚宴だったとすると不自然な話ではない。

いずれにしても、ペトロよりもマグダラのマリアと「イエスに愛された弟子」が存在感を持つグノーシス主義的ヨハネ福音書を異端とされたカタリ派は偏愛したということである。

ブラヴァツキーは『シークレット・ドクトリン』の中で、グノーシス派を高く評価している。

仏陀とピタゴラスではじまり、新プラトン派とグノーシス派に終わるこの時代は、頑迷と狂信の黒雲によって曇らされることなく、過ぎ去った幾時代もの昔から流れ出た輝かしい光線が最後に集まって現れた、歴史の中に残された唯一の焦点である。*8

*4:ペイゲルス&キング,山形・新免訳,2013,p.66

*5:ヨハネ13.23,新改訳聖書刊行会訳,1978・2版,p.190

*6:ヨハネ13.23,フランシスコ会聖書研究所訳,1984,p.360

*7:(11),フランシスコ会聖書研究所訳,1984,p.361

*8:H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ,1989,序論p.181

|

2018年5月 5日 (土)

「82 トルストイ『戦争と平和』… ③」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

当ブログに公開した複数の過去記事を編集し、加筆修正したものです。長くなりましたが、18世紀ロシア思想界に強い影響を及ぼしたとされるバラ十字思想、その始祖の一人とされるヤコブ・ベーメを採り上げました。

重要と思ったので、長くなりました。

|

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Livly | Notes:アストリッド・リンドグレーン | Notes:アントニオ・タブッキ | Notes:グノーシス・原始キリスト教・異端カタリ派 | Notes:不思議な接着剤 | Notes:卑弥呼 | Notes:国会中継 | Notes:夏目漱石 | Notes:江戸初期五景1(萬子ひめ) | Notes:江戸初期五景2(天海・崇伝) | Notes:源氏物語 | Notes:百年文庫(ポプラ社) | Theosophy(神智学) | top page | ◆マダムNの電子書籍一覧 | ◇高校生の読書感想文におすすめの本 | ★シネマ・インデックス | ★マダムNの文芸作品一覧 | ★当サイトで紹介した作家、思想家一覧 | ☆☆紹介記事 | ☆マダムNのサイト総合案内 | ☆メールフォーム | おすすめKindle本 | おすすめYouTube | おすすめサイト | お出かけ | お知らせ | ぬいぐるみ・人形 | やきもの | よみさんの3D作品 | アクセス解析 | アニメ・コミック | アバター | イベント・行事 | イングリット・フジコ・ヘミング | ウェブログ・ココログ関連 | ウォーキング | エッセー「バルザックと神秘主義と現代」 | エッセー「卑弥呼をめぐる私的考察」 | エッセー「宇佐神宮にて」 | エッセー「文学賞落選、夢の中のプードル」 | エッセー「映画『ヒトラー最期の12日間』を観て」 | エッセー「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」 | エッセー「百年前の子供たち」 | エッセー「精神安定剤」の思い出」 | エッセー「自己流の危険な断食の思い出」 | オペラ・バレエ・コンサート | オルハン・パムク | カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン) | ガブリエラ・ミストラル | クッキング | グルメ | コラム「新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について」 | シネマ | シモーヌ・ヴェイユ | ショッピング | テレビ | ニュース | ハウツー「読書のコツを少しだけ伝授します」 | バルザック | パソコン・インターネット | マダムNのYouTube | マダムNの他サイト情報 | マリア・テレジア | メモ帳Ⅰ | メモ帳Ⅱ | ライナー・マリア・リルケ | 俳句 | 健康 №1(治療中の疾患と服用中の薬) | 健康 №2(体調)  | 健康 №3(受診) | 健康 №4(入院) | 健康 №5(お役立ち情報etc) | 健康 №6(ダイエット) | 健康 №7(ジェネリック問題) | 健康 №8(日記から拾った過去の健康に関する記録) | 健康№8(携帯型心電計) | 児童文学 | 児童文学作品「すみれ色の帽子」 | 写真集「秋芳洞」 | 創作関連(賞応募、同人誌etc) | 占星術・タロット | 友人の詩/行織沢子小詩集 | 地域 | | 夫の定年 | 季節 | 家庭での出来事 | 山岸凉子 | 思想 | 恩田陸の怪しい手法オマージュ | 息子の就活 | 息子関連 | 手記「枕許からのレポート」 | 文化・芸術 | 文学 №1(総合・研究)  | 文学 №2(自作関連) | 日記・コラム・つぶやき | 時事・世相 | 書籍・雑誌 | 未来予知・予測(未来人2062氏、JJ氏…) | 村上春樹 | 村上春樹現象の深層 | 東京旅行2012年 | 植物あるいは動物 | 検索ワードに反応してみました | 歴史 | 瀕死の児童文学界 | 父の問題 | 珈琲 | 神戸旅行2015 | 神秘主義 | 福島第一原発関連 | 科学 | 経済・政治・国際 | 美術 | 能楽 | 自作小説「あけぼの―邪馬台国物語―」 | 自作短編童話「風の女王」 | 自作童話「不思議な接着剤」 | 芥川賞・三田文學新人賞・織田作之助青春賞 | 萬子媛 - 祐徳稲荷神社 | 薔薇に寄せて☆リルケの詩篇『薔薇』のご紹介 | 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』 | 評論・文学論 | | 連載小説「地味な人」 | 電子書籍 | 音楽