カテゴリー「マダムNの他サイト情報」の139件の記事

2017年9月19日 (火)

「74 祐徳稲荷神社参詣記 ④神仏習合」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2017年8月13日 (日)

「73 息子の土産話から連想したお伽噺の…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

過去記事に加筆したものです。

仕事でヨーロッパに滞在した息子が見た暗い森の話から、魔女を連想し、魔女狩りのスケープゴートとなったのは産婆であったこと、それはなぜだったのかを上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社〈講談社学術文庫〉、1998)から引用、紹介しています。

上山安敏著『魔女とキリスト教』は、表立ってはなかなか語られないヨーロッパ文化史の裏面を考察した優れた著作だと思います。

グーテンベルクの出版革命が、印刷物を通じて魔女妄想をヨーロッパ中に拡大させることに一役買ったというのですから、文明の利器は諸刃の剣なのだなあと考えさせられました。

『魔女とキリスト教』によると、魔女は元々「賢い女性[ヴアイゼ・フラウ]」と呼ばれ、そこには悪い魔女というイメージはなかったということです。

息子が滞在中、昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチで、どれもハーブがきつかったとかで、息子はそれが苦手だったようですが、薬草の知識が豊富で、自然治癒、予防医学を実践していた魔女の貢献が今もヨーロッパに生きているのを感じさせられました。

魔女とキリスト教 (講談社学術文庫)
上山 安敏 (著)
出版社: 講談社 (1998/1/9)
ISBN-10: 4061593110
ISBN-13: 978-4061593114

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2017年8月 6日 (日)

「72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

45 祐徳稲荷神社参詣記 ①2012~2014年
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/02/10/210502

71 祐徳稲荷神社参詣記 ②2016年6月15日
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/06/30/172355

72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/08/06/205710

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2017年7月20日 (木)

うちのアバターのブレスレットと靴を見て! 娘の友人の劇。エッセーについて。

マダムN
唯一のおしゃれ着のドレスを着せ、手に白薔薇と楽譜を持たせていたので、せっかくゲットしたブレスレット(左手首。よく見なければわからない)と靴が隠れていました。

で、一挙公開(二点だけですが)。

靴、よく見ると、おしゃれでしょ。

アバターは二頭身であるだけでなく、こうして体形のわかる服を着せると、おなかが結構出ているようにも見えます。何だか自分みたいな気がしてきました。

拙神秘主義エッセーブログ(⇒ここ)に「祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日」をアップするつもりですが、その前に当ブログの前の記事に手を加えてアップしておこうと思い、神秘主義エッセーブログの過去記事一覧を見たら、以下のエッセーを既にアップしていました。

39 のエッセーを削除して、ここに別のエッセー(ユイスマンスか何か)を入れ、改めて新しいエッセーを書こうかと考えています。

となると、72 になるはずだった祐徳稲荷神社参詣記③ は 73 になります。

何となく家事雑用に追われて、こうしたエッセーのアップなどの作業がはかどりません。創作に入るには、この種の作業をやっておかないと、あとで不便なことになるので。小説ブログの連載も止まっていますが、忘れたわけではないのです。

新しい電子書籍作成となると、一体いつになるやらです。電子書籍の作り方を忘れてしまったかも。

ところで、娘の友人が劇をやっていて、昨年娘と観に行きました。確かそのときの感想も過去記事に書いていたはず。彼女は情感の表現に秀でていて、わたしは感動しました。

今年も彼女の出る劇がホルトホールであるそうで、来月初旬に行く予定でしたが、ふとカレンダーを見ると、日赤の内科受診の日と重なるではありませんか。

うーん、どうしましょう。病院の予約を変更して貰うべきかどうか迷います。日赤はいつも予約が詰まっていて、あとでどこかに入れて貰うとなると、結構大変そうですし。

劇は来月末にも野外であるそうなので、その日に行くべきか。でも、野外はまだ暑そうですねえ。

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2017年7月 2日 (日)

「71 祐徳稲荷神社参詣記 ②2016年…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
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今年の参詣記は③として公開します。

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2017年6月29日 (木)

二つ目の追記を、神秘主義エッセーブログの記事「0 当ブログについて」にアップしました

二つ目の追記を、神秘主義エッセーブログの記事「0 当ブログについて」にアップしました

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

以下の文章を加筆しました。

2017年6月29日における追記


神智学がいうように、人間が七つの本質からなり、オーラの卵と呼ばれる色彩を帯びた卵形の光の中に生きている存在だとすれば、わたしが時々見るオーラと呼ばれる色彩を帯びた放射物を、今はまだ見ることができない人々もいずれは全員が見るようになるはずだと思うのです。

そのオーラが見え始めたのは大学生のころからで、それが比類なく美しいために、物書きの本能として、わたしは描写せずにはいられませんでした。他の神秘主義的な体験についても、自己肥大や商売っ毛からそうしてきたわけではありません。

自分の体験を特別視していないからこそ、描写し、記録し、神智学などの神秘主義関係の書籍と照らし合わせて研究したくなるのです。

自己肥大や商売っ気からなる著作は、記録や試行錯誤の研究というには自信満々で、その内容はわたしには何か遠いものに映ります。

海外には行ったことがないから、他の国ではどうなのかは知りませんが、今の日本社会では、わたしのような人間は「オーラが見えてすみません」くらいの低姿勢でいないと、一般の人々からは精神病患者あるいは詐欺師と疑われかねず、神秘主義と関わっているのに神秘主義的感性には欠けているインテリ――彼らが神秘主義について何かいうと、絵に描いた餅のように響きます――からは霊媒に分類されかねません。

一般の人々や頭でっかちのインテリは、神秘主義の本格的な勉強に入るより、芸術に触れて情操を高めるほうが先かもしれません。情操の発達こそが、健全な感受性を、つまり透視力や透聴力を育むはずだからです。

一足飛びに大師になれるわけではないといわれるのが真実なら、大師になるずっと前に、誰しもいずれはわたしと同じ段階に至るでしょう。

そのとき、神秘主義的体験の記録をとろうと思ったわたしの動機を人々はようやく理解し、聖典や大師方の手の加わった大著作と霊媒の著作との間に、このような成長記録――つまり当ブログに収録していくエッセー――のようなものがあってまあ助かる、と思ってくれるのではないでしょうか。

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2017年6月25日 (日)

「70 YouTubeで視聴できる…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

神智学協会ニッポン・ロッジ制作の動画「神智学を学ぶ」「勉強会動画」が公開されています。

神智学協会ニッポン・ロッジのオフィシャルサイト

神智学協会
http://theosophy.jp/

わたしは神智学協会ニッポン・ロッジの一会員にすぎませんが、40年神智学と共に生き、神智学が生きる糧となっているため、それについて語らずにはいられません。

そして、間違ったこともずいぶん書いているはずですので、もし当ブログの記事をきっかけとして神智学に関心を持ったかたがいらっしゃいましたら、こうした動画や神智学書籍を通して、神智学にじかに接していただけたらと思います。

埋め込み有効になっていたので、前掲ブログに動画を貼り付けさせていただき、紹介の記事としました。

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2017年6月19日 (月)

「69 イルミナティ用語としての…」を神秘主義的エッセーブログにアップしました

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マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

Adam_weishaupt01

アダム・ヴァイスハウプト
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2017年6月11日 (日)

追記を、神秘主義エッセーブログの記事「68 今東光が…」にアップしました

9日にアップした記事「祐徳稲荷神社と普明寺に行き、博物館で取材しました」には、続きがあります。

博物館で取材し、岩本社や普明寺を見学したことから、なるほど……と納得したことがあった反面では、大変に意外で、驚かされたことがありました。

気持ちの整理がつかないため、続きが書けず、今東光のエッセーを優先しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

追記したのは、当ブログの過去記事に加筆訂正したもので、以下の文章です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

追記:

ウェブサイトで閲覧した記事には今東光の著作からの引用も多く、参考になった。しかし、本人の著作を読まずに済ませるわけにはいかないので、色々なタイプの今東光の5冊の著作――歴史エッセー2冊、時代小説1冊、身上相談物2冊(『最後の極道辻説法』は文庫版『毒舌 身の上相談』に含まれていることがわかったので、1冊とすべきかもしれない)――と、今東光をよく知る編集者による追想エッセーをまだざっとだが、読んだところだ。

読み込む時間がとれないので、とりあえずメモ程度の感想を記しておきたい。

6冊を紐解いてみて、今東光は神智学に薫染した父親を持っただけあって、その思想が血肉となっていることがわかった。図書館の本を含めて、今手元にあるのは次の6冊である。

  • 今東光『奥州藤原氏の栄光と挫折』(講談社、1993)
  • 今東光『毒舌日本史』(文藝春秋〈文春文庫〉、1996)*13
  • 今東光『ポピュラー時代小説全15巻 第8巻 今 東光集(大きな活字で読みやすい本)』(リヴリオ出版、1998)*14
  • 今東光『最後の極道辻説法』(集英社、1977)*15
  • 今東光『毒舌 身の上相談』(集英社〈集英社文庫〉、1994)*16
  • 島地勝彦『異端力のススメ 破天荒でセクシーな凄いこいつら(文庫オリジナル)』(光文社、2012)

身上相談物を読んで東光が大好きになってしまい、ああ会ってみたかったと思った。

親に恵まれなくとも、昔の日本には今東光のような慈父であり、またどこか慈母でもあるような人物がいて、魅力的な毒舌口調で相談にのってくれていたのだ。読んでいて感激の涙が出てくるくらいに、真正面からこの上なく真剣に東光は回答している。

身上相談を読んでも東光が身につけている豊かな教養とユーモアのセンスは感じとれるのだが、今東光『毒舌日本史』(文藝春秋、1996)を読むと、その教養から神智学の薫りがするのである。

例えば、聖徳太子の描きかたにもそれが表れているように思う。

今東光は阿育王(アショーカ王)の善政を評価し、その善政に倣った隋の文帝を評価し、短命だった隋だが、「僕に言わせるとこの文帝の仏教治国策は古代東洋における阿育王の話に次ぐ近代性を有つ国家です」*17という。

そして、人民の民度は低く、野蛮と無法とが貧困と同居していた当時の日本で、この隣国の仏教治国策を施そうとしたのが聖徳太子だといい、東光は聖徳太子に最大級の賛辞を捧げている。

アショーカ王の特色は、彼が熱烈な仏教信者でありながら、他の諸宗教を排斥しなかったところにある。中村元は『古代インド』(講談社、2004)で、それは仏教に、本来このような性格があるからだと述べている。

仏教とは覚者(ブッダ)の教えである。覚者とは万有の真理を会得した人にほかならない。このような覚者は、偏狭な先入見を去って、ありとあらゆるものにその存在理由を求め、主種な思想的立場に対しては、そのよって成立するゆえんを洞察するものであらねばならない。覚者の教えは他の教えと対立することがない。それらを超越してしかも包含しているところのものである。ゆえに仏教それ自身はかならずしも他の思想体系を否認せず、それぞれの意義を十分に承認し、それぞれの長所を生かそうとするものである。*18

わたしはここから神智学の教えを連想するのであるが、アショーカ王は真の仏教信者であったから排他的でない宗教性を持っていたのだろうし、今東光は真の仏教信者であったからこそ、神智学に親和性があったのだろう。あるいは、神智学に親和性のある資質が東光を仏教信者にしたといえるのかもしれない。

アショーカ王はチャンドラグプタの孫だった。ブラヴァツキーを指導、守護したモリヤ大師のモリヤの名は、同大師の化身であったモリヤ(マウリヤ)王朝の始祖チャンドラグプタ・モリヤから来たものだといわれている。東光はこのことを知っていただろうか。

東光は神仏分離を次のように批判している。

僕の持論はね、明治初年の神仏分離は稀に見る悪法で、稀に見る悪法で、あのために日本はモラルのバックボーンを喪失したと見るんです。従って神仏は改めて新しく発足し直し、昔ながらに手を握るべきである。これなくして日本はモラルを恢復することが出来ないと主張してるんですどうです、こりゃ名論卓説てえもんでしょう。*19

平安時代末期に編まれた歌謡集『梁塵秘抄』に収録された歌では神道と仏教とがそれぞれの系譜を純粋に保ちながら渾然一体となっていて、そこからは高い美意識と倫理観が感じられる。

日本人の美意識、倫理観がこのとき既に高度な水準に達していたことを考えるとき、わたしにも、神仏分離は悪法だったとしか思えない。神智学徒であれば、誰しもそう思うだろう。

絶世の美女とされるクレオパトラの知的魅力を、「アレクサンドリア学派の哲学を修めた教養の高い才女」*20という風に、アレクサンドリア学派を背景に説くところなども、神智学徒らしさを感じさせる。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1987初版、1995改版)の用語解説「アレクサンドリア学派(Alexandrian Philosophers School)」を読むと、アレクサンドリア学派について総合的な知識を得ることができるが、ここに、アレクサンドリア市は「西暦173年にアンモニオス・サッカスが設立した折衷学派即ち新プラトン学派で一層有名になった」*21とあり、質疑応答形式の本文に「神智学という名称は三世紀に折衷神智学を創始したアンモニオス・サッカスとその弟子達から始まったものです」*22とあるように、神智学はアレクサンドリア学派から起こった。

だからアレクサンドリア学派という名称は、神智学徒にとっては特別の響きを持っているはずである。

今東光は嵐のような日教組に対する批判活動を繰り広げていたらしい。「共産主義てえもんは赤色帝国主義だってえ解るときが怖いんだ」*23という東光は、その怖さを緻密な歴史研究を通して知っている。

そして、引用する左翼的教育に対する今東光の懸念は、唯物史観とは到底相容れない神智学的歴史観からすれば、当然のものだ。

日本の左翼的教育てえものは、つまり馬鹿を拵[こしら]える教育で、それでねえとインチキなマルクス・レーニン主義を押しつけることが出来ねえんだね。だから日本の歴史も、仏教も何も知らねえ二十世紀人ばかりになってきた。将来、此奴等が大人になって人の親となったら、それこそ歴史の悲劇だろうな。*24

東光の懸念は当たってしまった。

島地勝彦『異端力のススメ 破天荒でセクシーな凄いこいつら』は、今東光をよく知る編集者・島地勝彦による追想エッセーである。

あまりにあけすけな筆致に、この編集者こそ破天荒だと思った。東光の破天荒ぶりには、稀に見るナイーヴな心が秘められているようにわたしには思われる。そうした東光の一面も捉えられているので、島地氏は優れた編集者だったのだろう。

『ポピュラー時代小説全15巻 第8巻 今 東光集(大きな活字で読みやすい本)』に収録された「お吟さま」は、千利休の娘・お吟の悲劇を、流麗な文章で、繊細に描いた時代小説である。

歴史エッセー『奥州藤原氏の栄光と挫折』は、端正な、わかりやすい文章だ。前掲小説「お吟さま」とこの作品には、今東光の美意識が遺憾なく発揮されている。ただ、どなたかアマゾンのレビューに書かれていたように、参考文献の記されていないのが残念である。

エッセーの冒頭で、荒廃に近い姿で二百余年を経過した中尊寺にある金色堂に東光が住職として任命され、六ヵ年の再現を費やして復元修理してから一躍、世の脚光を浴びたことが書かれている。東光は金色堂を「眩[めくるめ]くような藤原時代の宝石箱」*25と表現している。

ブラヴァツキーの神智学に薫染した人々の中から、文化保護のために働いた人物が数多く出ている。今東光もその一人といってよい。

明治の神仏分離(廃仏毀釈)を東光が批判していることは前述した。その廃仏毀釈から仏教美術品を部分的にでも救い上げることに成功した岡倉天心、フェノロサ、またアジア主義を唱えた大川周明、そして仏教復興運動に尽力したスリランカ(セイロン)独立の父アナガーリカ・ダルマパーラといった神智学の影響を受けた人々についても、そのうち簡単にでも書いておきたいと考えている。

………

*13:単行本化は1972年。

*14:収録作品は昭和31年茶道雑誌「淡交」に連載された中編「お吟さま」。第36回直木賞受賞。最初の単行本化は淡交社、1957年。

*15:「週刊プレイボーイ」に連載されたもので、『極道辻説法』『続極道辻説法』『最後の極道辻説法』と単行本化された。

*16:『続 極道辻説法』『最後の辻説法』を合わせて一冊とし、文庫収録にあたり『毒舌 身の上相談』と改題された。

*17:(今,1996,p.59)

*18:中村,2004,p.193

*19:今,1996,p.98

*20:今,1996,p.39

*21:田中,1995,「用語解説」pp.16-17

*22:田中,1665,p.13

*23:今,1996,p.133

*24:今,1996,p.19

*25:今,1993,p.12

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2017年6月 3日 (土)

「68 今東光が…」を神秘主義エッセーブログにアップしました

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Kon_toukou_4

中央公論社『週刊公論』3月1日号(1960)より今東光
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

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