カテゴリー「父の問題」の94件の記事

2016年7月10日 (日)

エッセーブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。父のこと。

エッセーブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。

当ブログの過去記事をもとにしたエッセーですが、父のことを書きたくなって付け加えました。その部分は過去記事を書いた当時の心情というより、現在の心情ですが、当時もおそらく同じだったと思います。

ただ父の再婚した年の離れた――わたしの夫と同年齢の――奥さんが悪女と評判だったということは、今年の正月に東京の従姉と電話で話すまでは知りませんでした。従姉はそのことをわたしが知っていると思っていたとか。

父もわたしが知っていると思い込んでいたのでしょう。わたしは知りませんでした。妹も、変わった人という程度にしか知らなかったといいます。風貌からは悪女には見えませんでした。

むしろ清楚に見え、ちょっときつい人柄に感じました。メンタル面は大丈夫なのかと、その点が心配でした。神秘主義的観点からは他にも心配な点がありますが、こうした記事でそのことを書くと、こちらのメンタル面が疑われそうです。

亡くなった従兄が父にずいぶん忠告したそうですが、父は頑として聞き入れなかったそうです。何人もの男性を手玉にとったと評判だったという彼女はしかし、ずっと父と暮らしています。父夫婦のことを考え出すと、わたしは思考停止してしまいます。

父が更地にしていってしまった土地の管理をお願している方から(母名義のままのこの土地の件も何とかできないかと妹と話しているのですが)、ひと月ほど前のことという父の新情報を得ました。父夫婦は元気ではあるようですが、やはり心配です。車の運転はやめているようで、そのことにはホッとしました。老人が起こす車の事故は増える一方のようですから。

ふたりが仲よく平安に暮らしてくれることを祈るのみです。従姉はずっとわたしたちのことを祈ってくれているそうです。

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2013年8月21日 (水)

妹と電話でおしゃべり

 妹は働いているので、おしゃべりなわたしも電話をかけるのは遠慮している。が、この時期になると、連絡を取り合う。

 母が亡くなったあと、再婚した父が、精神の均衡を欠く奥さんにつられるように自分もそうなっていったことは、わたしたち姉妹にとって重大問題なのだが、心から父夫婦を案じて連絡をとった場合でもよからぬ刺激になることがわかってからは、父夫婦が安全に、周囲に迷惑をかけることなく、快適に暮らしてくれることを祈りつつ、距離を置いてきた。

 夫と同じ年齢の奥さんは、60歳を過ぎたはずだ。

 亡き母の名義だった土地は、今は父とわたしたち姉妹の名義になっている(1/2が父。1/4ずつがわたしたち姉妹)。家計のゆとりのある人であれば、大した額でもない固定資産税かもしれないが、ゆとりのある暮らしぶりとはいえないわたしたち姉妹にとっては、それが結構負担になっていたりもする。

 それについて話し合おうにも、連絡できない状況が続いてきた。

 土地の面倒を見てくださっている不動産屋さんは、父が心身共にすこやかだった頃からのご近所づき合いがあったからこそ、年に5,000円で土地にロープを張り、看板を立てて、管理してくださっている。

 土地を買いたいという人も結構あるようなので、父の頭がまともでさえあれば、話し合って三人で売るなり(三人の土地なので、三人の考えが一致しないといけないそうである)、駐車場にするなり、どうなりと、いずれにせよ、土地問題はとっくになくなっていただろう。

 いや、そもそも父の頭がまともであれば、わたしたちに何の断りもなく、実家を叩きつぶして福岡の分譲マンションに引っ越す――などという暴挙に出たはずはない。

 母の供養は父夫婦のことだからちゃんとやっているとは思うが、母のお参りにもいけないわびしさといったらない。お寺の話では、改葬(納骨堂に安置されていた母の遺骨の引っ越し)の申し出は、唐突なことであったという。

 それ以前の――墓から納骨堂への移転も、唐突なことだった。

 個性的で変わったところのある父だったが、普通の人間だったのに、叔母が裁判所で嘆いたように、「兄さん、変わったわね。面影もないわね」といわれるまでに変貌してしまった父。

 幸か不幸か、父夫婦の問題は父が親しくしていた人々に対する被害妄想に限られていることだろう。そうなるまでの父は当然、わたしたち姉妹と一番親しかったから、わたしたち姉妹に対する被害妄想が最大といえる。

 父は外国航路の船乗りだった。如何にも海の男らしい気前のよさがあって、宴会が大好きだったし、礼儀もきちんとしていた。母任せだった部分には特に気をつけている様子だった。

 父の再婚後、わたしたち姉妹は奥さんに失礼のないよう、車間距離はほどよくとるよう気をつけていたつもりだったが、奥さんがおかしくなったのはこうしたことが原因ではないだろう。原因と症状の発生は結婚前だったとしか考えようがないが、確かめようがない(自分で病院に行くことはないだろう)。

 わたしには統合失調症の女友達がいたから、精神疾患に対する偏見はないと思っているが、治療に対する素人の漠然とした不安はあるから、奥さんや父がそんなところとは縁を持ちたくないと考えるのもわかる。というより、病気かもしれないとは全く思っていないようだ。

 おかしくなった片方につられてもう片方も……ということはよくあるケースだと家庭裁判所ではいっていた。認知症老人による訴訟沙汰も増えているとか。

 父の場合は、典型的な認知症とは思えないという調停委員たちの感想だった。こうなると専門家から見ても行政に任せたほうがいいという話でもあったが、その行政は他人に迷惑がかからない限り、手出しができないそうだ。

 父夫婦のことは常に気にかかっているのだが、こんな風にどうしようもないので、外から入ってくる情報だけが頼り――という相変わらずの現状。

 そして、土地管理の更新に関する電話が、不動産屋さんからこの時期にかかってくるのだ。父夫婦から不動産屋さんへの連絡は、パッタリ途絶えているらしい(不動産屋さんに迷惑がかかっていないということでもある)。

 しかし、2~3ヶ月前、T市の法務局の前で、偶然、父夫婦を見たとおっしゃった。今年84歳になる父は以前と変わらない様子で運転をし、助手席には奥さんが座っていたそうだ。

 法務局の前で……と聴くと、不安になるが、まあ元気ではあるようだ。84歳にもなる老人に、免許の更新はしないでほしいと思わざるをえないが。

 妹と父の話を少ししたあと、互いの家庭の話になった。久しぶりにいろいろとおしゃべりして、会いたいね、という話になった。

 姪は相変わらずお洒落なようだが(仕事も頑張っている様子)、わたしのことを「伯母さんはセンスがいい」といってくれているという。そんなことは誰もいってくれないので、その言葉をうっとり反芻していた(前にもいってくれたことがあって、そのときもボーッとなった)。

 近いうちに会うのであれば、出たおなかを何とかしなくてはならない。このおなかがばれると、わたしに対する姪の評価は暴落するかもしれない。ご主人はダイエットをして痩せたそうで、甥も仕事がハードで痩せたそうだから、わたしのおなかは目立つに違いない。

 おなかがうまく隠せれば何とかなるが、自分ではうまく隠しているつもりでも、外出先の鏡を見て愕然とすることがある。

 そういえば、自炊していたときは痩せていた息子が、昨年東京で会ったときは太ったんじゃないの? と、心配になった。娘は「がっしりとなっただけじゃない?」というけれど……。

 外食のため、栄養のバランスが悪いのだろうと想像している。下手に何か送ると息子は怒るので(荷物の受け取りが面倒らしい)、早く結婚してくれないかしらと思ったりもする。

 若い人々は共稼ぎが多いだろうから、結婚しても大変かもしれないが、互いに気をつけ合うことは可能だろう。

 彼氏が4人目という姪が一番結婚が早いかもしれない。尤も、家事は「形から入るほう」と妹はいっていた。姪はとってもキュートだ。バンドを結成して歌っていたので、華やかさもある。

 勿論、歌も上手。残念ながらコンテスト出場ではデビューには結びつかなかったが(仮にデビューできていればできていたで、別の心配が出てきただろう)、バンドの仲間との縁は続いているそうなので、そのうち再結成ということもあるかもしれない。

 そのときは、わたしも生で聴いてみたい。

 最近の若い人々は早婚か、晩婚あるいは結婚しないかの両極よね、と妹がいった。本当にそうだ。結婚する気のなさそうな娘は、昨晩もイタリア語の番組に熱中していた。

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2011年4月20日 (水)

牛の涎の如く

牛の涎の如く

ジュンク堂で、岩波少年文庫からリンドグレーンの本『川のほとりのおもしろ荘』(マディケン・シリーズ)が新しく出ていたので買いましたが、マドレーヌの絵本の横に絵葉書が二種類置かれていました。

お取りください、という雰囲気で置いてあったので、わぁほしいなと思い、いただいていいか尋ねたら、どうぞ、ということでした。2枚とも貰ってきました。
リンドグレーンの本の中に、「マディケン、生きているよろこびを感じる」「貧乏ゆえの無力さって、なあに?」という章があり、それを見ただけでも、ああ読んでみたいなと思いました。さすがはリンドグレーンだけのことはあります。

努力したところで、足元にも及ばないだろうことはわかっているけれど、わたしにしか書けないものを書いている(いや、書こうとしている……ですね)という、思いはあるのですね。

その作品『不思議な接着剤』に南フランスのカルカッソンヌ城塞都市をモデルとした街を描きたくて、いっそ行ってしまえと思いました。

お金があってそうするわけではなく、少ない夫の退職金の中から(それすら本当は定年後の生活に備えるべきなのですが、このままでは自分たちが可哀想……世界が拡がらないという何かわびしい思いがあって。子育て時代はそれはそれは倹約したものでしたから)、夫もわたしもそれぞれ一部分を好きなことに使うことにしたのでした。

それが、夫の予算がこちらに食い込んでくることがわかりました。わたしは作品を売り込んでみて、それに失敗したら、自費出版するつもりでした。しかし、何となく中途半端な金額になってしまったので、娘と海外旅行することに決めたのでした。かえって、そう決めるきっかけができて、さっぱりとしました。

まあ1冊何千円かで作れるブログの書籍化サービスを利用して作品の保存はできますし、没後出版ということだって(?)ありえます。そのうち父たちが正気に返って、母がわたしたち姉妹のために残してくれた少しばかりの土地をお金に変えることを許可してくれないとも限りません。そうしたら、母からのプレゼントと思い、本を出しましょう(ちょうど、それができるくらいの金額になりそう)。

いえいえ、そうではありませんでした。海外旅行をして(しっかり取材して)作品を満足のいくものに完成させ、自信を持って売り込むことにしたのです(現状ではやや弱いかな)。取材を作品に生かすことにかけては、自信があります!

……と、久しぶりの父夫婦の登場でしたが、相変わらずでして、何やかや間接的にいってきます[カテゴリー「父の問題」参照]。

実家を叩き潰して、更地にし、博多にマンションを購入したらしい父夫婦でしたが、過日、マンションの不動産屋さんから妹に電話がかかりました。

父夫婦は、わたしたちが勝手に侵入して何かしているという妄想から、不動産屋さんをメッセンジャーにして、呼び出しをかけてきたのでした。

わたしたちは、そんな呼び出しに応ずるつもりはありません。危険を感じます。父夫婦には頭の治療が必要なことは確かですが、自分たちでそうする気のない父たちは、人権を尊重しましょうという趣旨の法律に守られていて、無理には治療を受けさせることができません(わたしたち姉妹の人権はどうなるのでしょう? 人権って難しいものですね。まるで天秤みたいに、一方が上がれば、他方が下がるのですから)。

不動産屋さんはさすがに父たちの訴えをおかしいと思ったようで、妹が事情を話すと、わかってくれたようでした。上品な感じの不動産屋さんだったとのことです。父は即金でマンションを購入したそうで(手堅い父は昔からそうでした。大きな買い物を好む父は、相当な倹約家でもあります。だから、わたしは父が裁判を起こすまで、貧乏だと思い込んでいました。そう思っていたのはわたしだけだったことも、それによって知りました。こんな鈍いわたしにも、どこか欠陥がありますわね)、わたしたちに関する妄想以外では特に人に迷惑をかけることはしていないようです。目立たない市民として生活できているようです。

自分たちのことを知らせようとして、あれこれいってくるのだとしか思えないときがあります。

昨年、父たちは、父の相続からわたしたち姉妹を廃除するという訴えを起こしていました。その判決は今年になって下り、父たちの訴えは正当でないとして却下されました。わたしたちは一度調査員の調査に応じただけでした。家事審判というのだそうで。

仮にわたしたち姉妹が相続人でなくなったとしても、それは奥さんにではなく、わたしたちの子供に行くという調査員のお話でした。父たちの誤算だろうとの調査員の推理でした。父たちがそれを不服として訴えるとすれば、次は高裁から呼び出しがかかるのですって。

父ももう年ですから、今後が本当に気がかりです。とはいえ、父夫婦の心配ばかりしていてもどうにもならないので、なるべく普通に暮らしたいと考えています(どこか原発事故を連想させるところがあります)。

海外旅行の話に戻ると、息子も行けるかもしれないそうで、そうなると、ツアーでなく、フリーステイもいいかなと思っています。わたしだって「トイレはどこですか?」くらいはいえますよ。

娘の休みが6日しかとれそうにないため、ツアーだと厳しいのです。プラン自体がほとんどありません。

カルカッソンヌが無理なら、ローマ(及びバチカン)かパリでもいいかなと。イタリアの便器に、便座があまりついていないというのは、本当でしょうか?

最近、ブログの更新が少なかったせいか、携帯で書き始めたら、下らないことから記録しておきたいことまで、牛の涎のように出てきます。

本当は、今日の整形外科の受診記録を書くはずが……まだ循環器クリニックのそれも書いていませんでした。

右の五十肩は重症みたいです。自分でうまくストレッチができなければ、リハビリに通うことになるかもしれません。といっても、五十肩ですから、あまり深刻ではありません。

ある限られた動作をするときに、不自由を感じるだけですからね。関節内注射で腫れたのも、あんなに痛んだのも、異常なことだったみたいです。詳しくは記事を改めて(また忘れそう)。

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2010年11月14日 (日)

今日は娘の誕生日。そして、児童文学作家リンドグレーンのお誕生日。

 リンドグレーンの誕生日は13日と思い込んでいて、14日だと気づいたのは一昨年くらいだったか。

 13日だと、父と同じ誕生日ということになるのだ(いやはや)。

 父とわたしは、昔から、意志の疎通という点で問題のある父子関係で、寂しい以前のワケのわからない思いをしてきたから、父のことを考えるのは苦痛だ。

 父は一方的にしゃべり、わたしが受け答えしても聴いていない風で、途中でまたしゃべり出すのが常だった。まともにコミュニケーションのとれたことなど、1度もなく、わたしの会話の試みは独り言に終わってきた。

 それでも、父には一般人に括り込めるだけのしっかりとした輪郭があり、通じるべきところは通じているという安定感があったとはいえる。

 それが再婚後にその輪郭がぼやけてきて、追跡できないほどに危険な人生の軌跡をたどり始めた。

 今となっては、父もとんでもない女性と再婚しちゃったなあ、再婚してなけりゃ妹夫婦と同居して一般的な老人……酒宴好きで趣味の多い、個性的な人間としての人生を終えられただろうに……と躊躇なく思う。〔※カテゴリー「父の問題」参照。〕

 これが一方的なわたしの物の見方であることはわかっているのだが、この先父夫婦がどうなるのかと想うと、暗澹たる思いがある。

 リンドグレーンの誕生日に父の誕生日が重ならないことがわかってからも、娘の誕生日にはリンドグレーンを想い、そこから父への連想が働く。

 しかし、そこには根本的なところで共通する感じ……ある感触があるからだとも思える。

 それは彼らの物事の捉え方にあって、(スケールが大きいとか型破りとは微妙に感じが異なる)ダイナミックで、(純粋というべきかどうか)真っ正直な物事の捉え方が、畏れ多くもリンドグレーンと一緒に3人をまとめて思い出してしまう理由なのではないかとわたしは考える。

 娘は、純粋培養したみたいだといわれたことがあった。お嬢様みたいだともいわれる。

 よくも悪くも、確かにそんなところがあって、世間的なことを考えるといろいろと心配なのだが、わたしが児童文学を執筆するのにふさわしい環境は娘がつくってくれているといってよい気がする。それには感謝したい。

 息子がいった。「おふくろと僕は同類で、何を考えているかおおかた想像がつくし、物事を観るときには多かれ少なかれ主観が入るけれど、お姉ちゃんは純粋に客観的な観察ができると思う。特技だよ、あの域になると。それに、とぼけたような反応はお姉ちゃん独特だよね。ところで何かね、姉はまだ結婚はしないのかね……いい年だと思うが」「他人事みたいに人物評してないで、誰か紹介してちょうだいよ。大学に戻ったりなんかする前に。あんたんとこは給料いいし、都会で暮らせるし……」といいかけると、息子は逃げる。

 息子は祖父、つまりわたしの父が気に入っていた。「おじいちゃんは笑ったらガンジーそっくりだったけれど、あの笑いはもう失われているのかもしれないね」と、いつだったか残念そうにいった。

 そういえば、長期出張中で大変なのか、最近息子は影をひそめている。

 娘は男性の好みに気難しいところがある。それについても、息子は気になる言葉を吐いた。「そりゃおふくろなんかと暮らしていれば、普通のレベルの人とは結婚できなくなるよ」

 どういうことなのか? そのわたしは、海賊カラーではあるが、ごくフツー(だろうか!)の男と結婚して暮らしてきたではないか。

 占星術によると、娘は晩婚型らしい。バースデーの今宵は、職場の女友達と食事をしてくるという。

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2010年11月 2日 (火)

ガスターの使い心地。作品のこと。

 早朝目覚めましたが、珍しく吐き気なしです。

 昨日、肝機能の検査に出かけた大学病院のH先生に、薬剤性肝炎の可能性大といわれ、パリエットとガスモチンをやめておいたほうがよいとアドバイスされました。

 レッドクロスも予約制ですから、代わりのものを出していただこうにも、近日に予約の変更ができるとは限らず、できたとしても、先生へのこれまでの経緯の説明をし……と考えたらうんざりして(1日中吐き気がしている状態なので早急に解決を計りたく)わたしは「ここで代わりの薬を出していただくわけにはいきませんか?」と尋ねました。

 それに対して、逆流性食道炎、胃潰瘍(の可能性)対策として出していただいたのが、ひじょうにポピュラーなガスター。以前どこかで出して貰って使い、あまり効果がなかった記憶がうっすらとあります。

 ガスターD錠20㎎…1日2錠×14日分

 昨夜飲んだあと、胃に清涼感があり、吐き気は今までありません。胃酸の逆流も腹部膨満感もありません。微かに胃痛のあるのが気になります。

 何にしても、胃もたれは酷いので、吐き気その他が戻ってくるのは時間の問題かもしれません。

 わたしは新しく薬を使い始めたときはひじょうに効くのが常なのです。パリエットなんか劇的に効き、ウサギになってどこまでもぴょんぴょん跳んでいきたいと思ったほどでした。それでも、それほど効かなくなっていました(わたしの肝臓が優秀で、よく機能しているからではないでしょうか?)。

 胃の状態がよくないと博多には行けないかもしれないと、昨夜娘に話しました。電車の中で相当につらいだけでなく、戻したりすれば、他の乗客に迷惑がかかりますから(勿論中身の透けない丈夫なポリ袋を持参し、気配を覚えたらトイレに飛び込むつもりですが)。

 昨夜から今朝くらいの状態をキープできれば、メータ指揮イスラエルフィルのコンサートに何とか出かけられます……胃的には。肝臓的にはおそらく、現時点での小旅行はあまり褒められたものではないでしょうね。

 前日、7日の状態によって、行くかどうかを決めたいと考えています。

 そういえば、父は胃に弱点があり、若い頃から胃潰瘍に悩まされていました。入院もしました。

 わたしは結婚後に頻脈が出てきて体調が崩れるまでは、胃をはじめとして健康そのもので、ここまで胃に悩まされるようになろうとは想像しませんでした。父譲りの体質かしらん?

 父は、胃以外はスーパーマンみたいに精力絶倫男です。ああ、再婚以来、頭のおかしな奥さんにつられて自分もおかしくなっちゃいましたけれどね。このところ父の話題は出していませんでしたが、最近もあることがありました。

 妹にそれを報告してくれた人の話では、父のほうは話せばわかるところが感じられたそうですが、奥さんのほうがいよいよ変で、父が叱っていたくらいだそうで……。

 何とかしてあげたいのですが、相変わらずわたしと妹は近寄れない状態です。今は、神様の御加護を祈念するしかありません。

 しかしこれでは……何か公的な迷惑がはっきり確認できないと行政のサポートが得られない、彼らの権利が手厚く保護されている今の状態は、逆から見れば、彼らと関わる人間の安全が脅かされ、何か事件が起きるのを待つしかないという異常なものです。

 わたしが体の不調に苦しんでいる今も、奥さんの妄想では、わたしと妹は神出鬼没で彼女の財産を狙っているのでしょう。

 彼女にあらぬ妄想を抱かせるほどわたしには交際がなく、彼女のことはわずかしか知らないにも拘わらず。

 家が近かったため、わたしよりはつき合いがあった妹は、奥さんがオカルト(本来の秘教科学という意味合いのオカルトではなく、いわゆる幽霊物)、ホラーの本を沢山持っていてはまっていたといっていました。

 神秘主義者のわたしにはひじょうに気になることで、奥さんが内的に、蜘蛛の糸にかかった蝶のような危険に晒されているようにも想像されてなりません。憑衣されている可能性が考えられます。

 解決を求めようにも、ブラヴァツキーはこうした状態に絡めとられた人間を救おうとする試みが如何に困難で危険かを示しているだけです。

 濁流とか強盗の巣とかに飛び込む以上の危険があることは間違いないでしょう。危険に晒されるのは、肉体より精妙な、その人のより本質的な層だからです。

 話題が戻りますが、今回の肝炎騒動から得たこともありました。「とにかく作品に集中したほうがよい、時間は限られている」という教訓でした。

 これからは作品に没頭したいと思います(わたしを女……主婦と甘く見て誘惑し利用しようとして近づいてくる全ての人間に災いあれ!)。

 サイドバーにつけた就活中の表示を外すかどうかも検討中です。表示していたところで、それにはろくでもない人間しか近寄って来ませんし、目下わたしの目標は職業作家になることではなく、「不思議な接着剤」という児童文学作品を完成させることだからです。

 一方では、そのうちエッセー、レビュー、掌編などの仕事が舞い込んで来ないとも限らないという美しい夢想を、当ブログの風穴として残して起きたい気もしています。

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2010年5月31日 (月)

調査官に問い合わせる

 今回、父が家裁で起こした審判事件が母名義の土地のことと思い込んでいたわたしは、妹から父の財産に関することだと教えられ、ああそうだったのかと思い、確認のために電話をした。

 やはり、父の財産に関することだという。そして、父夫婦にも勘違いがあるかもしれないとのこと。自分の財産に関することで申し立てをしたという認識はあるらしいのだが、それに母名義の土地のことも含まれると思っているのかもしれない――とのこと。

 なるほど考えてみれば、父夫婦が利用しようとしたのは、推定相続人廃除という制度。母名義の土地のことであれば、既に母は死んでいて、わたしたちはもう相続人になってしまっているので、推定という言葉が入るのはおかしい。

「とすると、現在審判されている事件の結論が問題となってくるのは、父の死後ということになるのでしょうか?」と尋ねると、そうだとのこと。

 ちなみに、親の財産なんか、相続するのはこちらから真っ平御免だ、遺留分放棄したい……という場合、それは相手が亡くなったあとでないとできない。

 死後、3ヶ月以内だと、遺留分放棄ができる。

 もしわたしと妹が、母名義の土地に関して、遺留分放棄したいという場合は、家裁に申し立てることになるようだ。3ヶ月を(とっくの昔に)越えているので、なぜ越えたか、ということなど、訊かれるかもしれないとのこと。

「父夫婦の勘違いがあったとしても、今回はこのまま進んで行くということですね? やはり8月くらいまでかかるのでしょうか?」と訊くと、「そうですね。それくらいかかると考えていただいたほうがいいと思います」とのことだった。

 これ以上父夫婦と関らないために何もかも放棄したら、と昨日電話で話したときに息子はいったが、放棄するにも、(母名義の土地に関しては)裁判所に出向いたり、(父の財産の場合は)時の経過を待ったりしなくてはならず、簡単ではない(第一、父が先に逝くとは限らない。病気を沢山持っているという点では、わたしのほうが先に逝く可能性が高い)。

 放棄する場合は、それが適切かどうかを、よく考えなくてはならないとわたしは思っている。

 今の段階では、わたしと妹は、自分たちのほうから動いてどうこうすることは考えていない。とりあえずは、降りかかってきた火の粉を払うのみ。  

  今回の審判事件に関しては、過去記事を含め、相当にこんがらがったことを書いている可能性があるので、決して参考にはしないでくださいね。

関連記事⇒カテゴリー:父の問題 

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2010年5月29日 (土)

ホッと一息…つくわけにはいかないのかもしれないが

 『父夫婦ハリケーン』に対処中の現在、ホッと一息……つくわけにはいかないのかもしれないが、久しぶりにパソコンで記事を書きながら、わが家に帰ったようなホッとするものを覚えている。

 このところ、わたしは少しまいっていた。妹という同志がいなければ、危なかったかも。

 父が再婚して、とうに10年は経過したが、わたしの夫と同じ年齢(夫はわたしより7歳上のうさぎ年)という若い奥さんの頭が普通ではないのではないか、という懸念を抱いたのは、父の再婚後、間もなくだった。

 奥さんの出身地は青森で、東京、大阪を経て九州に移転。父と再婚するいくらか前に離婚して(その結婚生活は短かったのではないかと推測される)、父と知り合ったときは、アパートに住み、スーパーに勤務していた。

 父は区長さんの紹介で交際するようになったとはいえ、肝心の区長さんは彼女について、ほとんど何も知らなかった。まじめそうな女性ということから、父に話を持って来たようだ。

 スーパーで、奥さん1人に対して、他の従業員全員が対立していたという話を妹が又聞きで仕入れてきた情報を加えれば(対立の理由まではわからなかった)、奥さんについて、上に書いた以上のことはわからなかった。

 何も起きなければ、それで差し支えなかったのだが、問題は起きた。奥さんをお医者さんに診せたら、というわたしの忠告に父は怒り、そして、いつしか、奥さんにつられるように、父もおかしくなっていった。

 おかしくなって行くと同時に父は親しかった交際関係――親戚づきあいを含めて――を次々に切っていった。

 父は、外国航路の船員だった。職業柄か、変わり者で野生児のようなところがあったが、案外寂しがり屋で、交際は多いという以上に派手なほうだった。人を沢山集めて宴会を開き、エンターテーナーとなるのが好きだった。

 それが、奥さんと2人で引きこもりに近い生活を送るようになったのだった。町内会の集まりには好んで出かけていたらしい。

 わたしと妹は真っ先に切られたようでもあり、いつまでも切られないようでもあって、数年前からは身に覚えのないことで訴えられるようになった。S家裁、S地裁、現在はF家裁で審判事件の進行中。

 わたしより地理的に父に近かった妹は、警察に呼び出されて事情を訊かれたこともあった。父夫婦による訴えはどれも、それが本当なら、刑事事件になるような出来事ばかりであるために、わたしたちの神経は休まらない。

 訴えの内容は、窃盗から、パスポートの偽造という荒唐無稽なものに至るまで、数え切れないほどだ。調べれば、証拠がなく、被害の事実も皆無であることから、父夫婦の訴えが事実無根であることがわかるのだが、それがわかるまでには半年近く要することが多い。

 S家裁とS地裁のときは、父方の親戚の人々も一緒に訴えられた。今回はわたしたち姉妹だけ。わたしたちが父の財産を相続する資格に欠けるという主張であるが、その理由として挙げられたことはS家裁での調停、S地裁での裁判のときと同じ類の身に覚えのないことばかりなのだ。

 外に出たい、人と接したいという父の願望と、父の財産を完全に自分のものにしたい、邪魔されたくないという奥さんの利害とが一致して、被害妄想を生み、おかしな訴訟沙汰になるのだろうとわたしと妹は考えている。

 自分の父親の頭がおかしくなったというだけでもストレスであるところへ、身を脅かすような父夫婦の行動。それでも、父夫婦が生活をきちんと続けている限りは行政に訴えることもできず、わたしたち姉妹は父夫婦のなすがまま、変な裁判に引っ張り出されてきた。

 弁護士を雇えれば、任せればいいわけだから楽だろうし、税金の節約にもなるのかもしれないが、貧乏人には雇えない。手付け金だけで50万円といわれた〔過去記事、参照⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/02/post-1bf1.html〕。

 裁判所が庶民の味方だと思ってはならない。金持ちの味方と思ったほうがいい。

 勧められるままに弁護士事務所に出向いていたら、わたしと妹の家庭は、破産と崩壊の憂き目を見ていただろう。そのこともあって、似た状況にある人々の何らかの参考になればと思い、父の問題というカテゴリーを作り、こうして恥をさらしているわけなのだ。それに、物書きにとっては、こうした状況こそ書き留めるべきとの思いもあった。

 しかし、これはこれで、ストレスが募る原因ともなり、ブログを閉めたくなることがある。

 関連記事⇒カテゴリー:父の問題

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申し立ての内容に関する勘違い

 27日に妹が調査官と面談し、28日に妹と電話で話してわかったことだが、わたしの勘違いがあった。

 父は自分の財産のことで、申し立てをしたとのこと。ただ、父は勘違いして、母名義の土地のことも、それに含めているのではないかと考えられるとのこと。

 いずれにせよ、この審判事件で扱われているのは、父の財産に関することだという。わたしたちが仮に相続権を剥奪されたとしても、代襲相続で、それは子供たちに行く。

 何だか頭の中がこんがらがってしまった。母名義の土地が父夫婦との間で問題となっていただけに、その件かと思い込んでいた。

 勘違いがあったので、調査官に何かちぐはぐなことをいった可能性があり、月曜日に調査官に電話をして確認をとる必要がある。また、調査官から、父夫婦に対して何か秘密にしてほしいことがあるかと訊かれ、特にないといってしまったが、家族に関することは極力秘密にしてください……とつけ加えておきたい。

 家族に関してはざっとしたことしか訊かれなかったが、家族にまで火の粉がかかっては困るので、用心しておかなくてはならない。

 もしかしたら奥さんは、父の財産をすっかり自分のものにしてドロンするつもりかもしれない、という一抹の疑いが拭いきれない。

 父夫婦に何をいわれるかわからないという恐怖は、自作童話の舞台作りの資料として魔女裁判を調べている関係で、よけいに膨らんでしまう。

 今回の審判事件に関しては、過去記事を含め、相当にこんがらがったことを書いている可能性があるので、決して参考にはしないでくださいね。

関連記事⇒カテゴリー:父の問題

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2010年5月27日 (木)

頭痛がします

 喘息のため、寝たり起きたりで、心臓の薬の服用が不規則となり、そのせいだと思いますが、頭痛に悩まされています。

 心臓の薬をきちんと飲んでいるときは、この頭痛はまず起きず、服用が乱れると、起きがちです。

 父夫婦の問題は、わたしにとっては大変なストレスとなっているようで、体調が崩れるだけでなく、厭世観が強まるため、普段は忘れている前世のことまで引っ張り出して来て、生きる意欲を掻き立てなくてはなりません。

 我ながら苦笑してしまう図式ですが、仕方がありません。

 でも、家事は何とかこなし、夕飯も作りました。

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2010年5月26日 (水)

暗黒の時代の神秘主義者たち

 まだ本調子とはいかないので、今日は家事で終わりそうですが、先日からの資料読みのまとめだけ。

 自作童話『不思議な接着剤』の舞台作りの下調べとして、上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社学術文庫、1998年)を読んだことは、資料としての価値以上に、幼い頃から神秘主義に生きてきたわたしには贈り物のような価値を持っていました。

 あの暗黒の時代に神秘主義者たちがどう生きたかを、あまり知りませんでしたから。

 キリスト教会が異端審問、魔女裁判の真の標的としたのは神秘主義者ですから、神秘主義者たちがいなければ、あんなことは起こらなかったのに……とお考えの向きもありましょうが(今の日本でも仏教思想が一般的かどうか)、あんな事態を招く社会は神秘主義者がいようといまいと似たような別の事態を招いたことでしょう。

 魔女集会はサバトと呼ばれますが、サバトの語がユダヤ教の安息日(サバト)から来ていること、黒ミサがミサのパロディとなっていることを前掲書は指摘しています。

 魔女はキリスト教が生んだブラックファンタジーでしょう(それを実演してみせる馬鹿もいたでしょう)が、勿論一方では神秘主義の世界にも正道を外れる人々はいたでしょう。

 前掲書によると、魔女の処刑はショー化すらして、「刑場へは罪人を荷車で運んだ。槍を持ち、鎧を着けた人びとがそれを護衛した。処刑の日は夏の晴れ上がった日が選ばれ、民衆を集めるため、行列の華やかさが演出された。
 裁判所構成員、太鼓手、笛吹が続き、見物人がそのあとに従った。学校の教師と司祭が加わり、刑場には高位高官が豪華な衣裳で列席した。
 都市近郊からは、朝早く農民や職人たちが子供連れでやってきた。乞食や旅芸人も集まってきた。屋台や露店が出て、地方から来た見物人たちにロザリオや聖画、パンフレット、種々のみやげ物を売っていた。処刑場は祝祭の場に変った」とあり、これはもうキリスト教会がどうというより、人間自体の怖ろしさです。まさに地獄の光景です。

 何度か書きましたが、わたしには前世の淡い記憶がありました。過去形なのは、子供の頃のような実感を伴っては思い出せなくなってきているからです。

 年とった男性の修行者として死んだという記憶、彼の世の繊細な光と大気の記憶があり、今生でのテーマを自覚していました。

 もはや、そのテーマについてはおぼろげにしか覚えていず、前世から幼い頃を通じて習慣化していた瞑想のやり方すらも忘れてしまいました。

 ただ、母の子宮を通じてこの世に降りてきた当初の自身のつらさ、彼の世の大気に戻りたい悲痛な気持ちは昨日のことのように覚えていて(脳は生まれ変わりごとに新しくなりますから、脳の記憶ではないでしょう)、それに比較すれば、今どんな気持ちを味わったとしても、せっかくこの世という教室に降りてきたのだから、もう少し頑張ってみよう、しっかり生きようと思い直します。

 他の人々も、忘れているだけで、各人各様の宿題をやり遂げるために、この世に降りてきたのだとわたしは思っています。

 父と夫の考えかたや行動にしばしば悩まされるわたしですが、それはいくつもある前世のうちの二つのわたしの在りかたそのものなのではないかと考えています。すなわち、遠い過去の二つの自分を映し出した人々なのではないかと。

 今のわたしには過去世の自分が――偏っていた点が、よく見えるというわけです。でも現在のわたしの偏りは今のわたしには自覚できず、そこを正すために、死んだあとで(彼の世で休んだあと)またこの世に生まれ変わって来ることになるのでしょうね。その別のわたしは、今のわたしに似た人間に出会って深い関わりを持つことになり、いろいろと悩まされるんでしょう(あー、あと何回ここに降りて来なきゃいけないのやら)。

 そのとき、この世という教室が、いくらかでも居心地がよくあってほしいものです。どこの国か、どんな階層か、男か女か――選択するのは、輪廻する主体である不死の高級我といわれていますから、生まれてくるわたしにとってはあなた(高級我)任せとならざるを得ません。この世のどこもよいところでない限り、困ることになります。そう考えると、何事も他人事ではありませんね。その自覚がまた重い……。

 あの魔女裁判が吹き荒れた時代に、理性を保って生き、人々を処刑から救おうと活動した神秘主義者たちがいたことに安心させられ、彼らは凄いなあと思いました。あの時代、東洋ではなく、ヨーロッパに生まれた神秘主義者は悲劇ですわ。

 普通の人々は、生まれた環境や影響によって仏教徒になったりキリスト者になったりできるようですが、先行する明確なものがあるために、神秘主義者はどこに生まれようと神秘主義者なのです。

 とりあえずは家事! ではでは。

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