カテゴリー「イングリット・フジコ・ヘミング」の9件の記事

2014年5月 5日 (月)

別府アルゲリッチ音楽祭で、またしてもフジコを想う

 1日に「第16回 別府アルゲリッチ音楽祭 ベスト・オブ・ベストシリーズ Vol.2 アルゲリッチ&クレーメルデュオ」に出かけた。以下はプログラム。

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M.ヴァインベルク: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第5番 ト短調 op.53
第1楽章: アンダンテ・コン・モート
第2楽章: アレグロ・モルト
第3楽章: アレグロ・モデラート
第1楽章: アレグロ~アンダンテ~アレグレット

L.v.ベートーヴェン: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第10番 ト長調 op.96
第1楽章: アレグロ・モデラート
第2楽章: アダージョ・エスプレッシーヴォ
第3楽章: スケルツォ、アレグロ
第1楽章: ポーコ・アレグレット

(休憩)

M.ヴァインベルク: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 op.126

L.v.ベートーヴェン: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第8番 ト長調 op.30-3
第1楽章: アレグロ・アッサイ
第2楽章: テンポ・メヌエット・マ・モルト・モデラート・エ・グラツィオーソ
第3楽章: アレグロ・ヴィヴァーチェ

A3

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 アルゲリッチはどうしても聴いておきたいピアニストの一人だったが、アルゲリッチ音楽祭は毎年あり、グランシアタで演奏会があるため、いつでも行けるような錯覚を覚え、引き延ばしてきた。

 さすがに上手で、両手のバランスが実によい、無理のない、生で見ると本当にフォームが綺麗なアルゲリッチのピアノだった。が、演奏会の途中でわたしはまたしても、ふいにフジコ・ヘミングのピアノが聴きたくなった。

 ギドン・クレーメルのヴァイオリンがあまり好きではないせいもあったかもしれない。上手で、繊細な音色から迫力満点の音色まで自在に出せる感じなのだが、全体的になぜか筋張って聴こえてしまった。ヴァインベルクの曲が抽象的すぎる現代絵画を連想させ、わたしには全然理解できなかったためかもしれない。

 アルゲリッチを聴いたあとで、彼女以外のピアニストの演奏をCDや動画で、物故者から活躍中のピアニストまで、ここ3日ほどいろいろと聴き比べていた(創作関係は完全なサボり。たまにはいいじゃない、こんなことって、めったにない)。

 ギーゼキング、ギレリス、クラウディオ・アラウ、アルトゥル・シュナーベル、ポリーニ、ホロヴィッツ、リヒテル、ブレンデル、バックハウス、ラザール・ベルマン、ホルヘ・ボレット、ジョルジュ・シフラ、ディヌ・リパッティ、ルービン・シュタイン、グレン・グールド、マリヤ・グリンベルク、マリア・ティーポ、ブリジット・エンゲラー、アリシア・デ・ラローチャ、イーヴォ・ボゴレリチ、キーシン、ブーニン、内田光子、マリア・ジョアン・ピリス……

 昔はリヒテル、ルービン・シュタイン、グールドが好きだった。ディヌ・リパッティは初めて聴いた。リパッティを聴いたあとでグールドを聴くと、うるさく感じた。特に、声がうるさいと思う。それが好きだったのに。自分の弾くピアノで足りないところを彼は思わず声で補うと伝記にあったと思う。グールドだけ聴いていると、うるさいとは感じない。

 リヒテルはやはり好きだ。タイプが違うので比べられないが、リヒテルは巨匠、リパッティは若き芸神といったイメージがわく。

Dinu_lipatti_1

 このリパッティの指、わたしにはとても人間の指には見えないのであるが……指なんかじゃなく、蛸足でしょ? そういって! 

 クラウディオ・アラウも好きになった。クラウディオ・アラウの「Trois études de concert、S.144/R.5 ため息~3つの演奏会用練習曲より 第3曲」はすばらしい。フジコの演奏と交互に何度も聴いた。

 オーケストラと一緒のときに、ギーゼキングほど強度を発揮した人が他にいるだろうか? ギーゼキングもかなり好きだ。

 前掲のピアニストたちの音楽を聴いたあとでフジコを聴くと、重たく感じた。一部の専門家がフジコを批判するのもわからぬではないなと思う。オーケストラと一緒だと特によくない。もたついて聴こえるときがある。

 が、ショパンの革命を聴きたくなり、ジョルジュ・シフラ、ウラディーミル・アシュケナージ、キーシン、ブーニン、ポリーニ、ボリス・ベレゾフスキー、ホロヴィッツ、ユンディ・リ、ヴァレンティーナ・リシッツァ、アンドレ・ワッツ、リヒター、イディル・ビレット、イグナツィ・パデレフスキ、アナトール・キタイン、ギオマール・ノヴァエス、ヴラディーミル・ド・パハマン、フランチェスコ・リベッタの革命を聴いた。

 ガタガタとうるさく感じられるものが多かった。名だたる演奏家たちの音がうるさいだけに感じられるとは。さっきまでとは印象が逆転してしまった。古い人のは録音状態が悪いせいもあるのかもしれないが。

 ふと思ったのだが、フジコはピアニストには珍しい文系タイプの人なのではなかろうか?

 音楽家には理系が多いそうで、実際にわたしは子供の頃にピアノを習っていて、そう感じた。アルゲリッチとは対照的なピアノ奏法――中村紘子がハイ・フィンガー奏法と呼ぶ――を教わり、それでピアノが嫌いになったのだが、それとは別に疎外感を覚えることがあって、理系人間の中に文系人間がぽつんと混じっているような感じを受けることがよくあった。

 文系人間だからかどうかはわからないが、わたしには無味乾燥な指の訓練が耐えられなかった。が、理系人間の人々は正確に音を刻み、一抱えもある精密な世界を構築することに快感を覚えているように見えた。

 リズムの乱れは神経に障るのだろう。フジコは理系でもあるのかもしれないが、文系の要素を備えていることは間違いないと思う。彼女が弾きながら物語を繰り広げているからだ。文系人間のわたしにはそれが透けて見えるから、バルザックを読んでいるような感じさえすることがある。

 フジコの革命からは、街の通りが見え、民衆の生活ふりが見えてくる。彼らの喜び、街路樹や花の香り、そしてまた男のタバコ、女の化粧が匂い、労働の汗が匂い、赤ん坊から乳が匂い、家の奥からすえた臭いまでしてきて、嘆きが感じられ、やがて動乱の物音や人々の叫びが聴こえてくる。

 そうした物語が、多くのピアニストからは見えてこない。技術的にはすばらしいことがわかってしばらくは驚嘆し、指が紡ぎ出す妙なる調べに浸っていても、物語が見えてこないと、わたしはそのうち退屈してしまうのである。

 多くのピアニストは、例えば、革命なら、「革命とはこんなものだろう」という浅い解釈で弾いている気がしてしまう。それはやはり解釈をもとにした肉付け、音色に表れる。

 フジコは年がいってからのデビューだったので、オーケストラとの共演にはつらいものがあるのではないだろうか。巨匠と呼ばれる音楽家でさえ、ある年齢になれば、仕事を減らしたりするのではないか。

 普通の人間がひかえめとなる頃に、フジコはデビューを果たした。若い頃に出ていたら、また違ったかもしれない。しかし、長い孤独の中で彼女は曲の内容を深め、それを演奏で表現してくれる。

 またフジコの演奏会に行きたい。

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2012年6月 7日 (木)

フジコ・ヘミング, ソロピアノリサイタル.

昨日、フジコ・ヘミングのソロピアノリサイタルに出かけました。

最近フジコが体調を崩した(急性腸炎だったよう)との情報を得ていたので(よくお邪魔する静岡のかたのブログで)、何よりフジコのコンディションが気がかりでした。

昨晩は、アンコールに入る前に「暑い」とのフジコの言葉はありましたが、演奏はわたしがこれまで聴いた4回のうちの最高の出来映えに思えました。ミスもむらも、ド素人の耳にはほとんどわかりませんでした。

音色のゆたかさ、美しさ。たったひとりでオーケストラを構成しているかのような曲想の理解力、多彩な演奏技術。

フジコを知る以前は、ソロピアノリサイタルというと、退屈という印象しかなかったのですが(いや、いまでもフジコ以外のソロピアノリサイタルに行くと退屈。中村紘子なんて、その最たるものだった……アルゲリッチは生で聴きたいのですが、まだです)、フジコのソロピアノリサイタルに限ってはそれを心配することなくチケットを購入できるありがたさがあります。個人的な満足感を得られない音楽会に行けるほど、余裕のある暮らしではないので。

ただ、不安定なコンディションから発生することのあるむらが少々心配でした。

昨晩のフジコの出来映えについては娘も同意見で、「精進が感じられるねー!」といっていました。

ただ――わたしが寝ぼけていたのでなければ――1部に演奏された曲目がプログラム通りではありませんでした。受付で渡されたプログラムの1部にバッハのカンタータから『主よ、人の望みの喜びよ』があるのを見、胸をときめかせていました。

ですが、それはありませんでした。バッハはショパンの付け足しといった感じの構成に変わっていました。フジコが『主よ、……』をどう弾くか聴いてみたかったので、残念でしたが、バッハはフジコには合わない気もしました。

バッハの曲は、1音1音を厳密に自律させて弾くものだというわたしの思い込みがあるせいか、単に好みの問題なのか、フジコのバッハはなめらかすぎる印象を受けるのです。麺でいえば、こしがないという感じかしら。解釈の違いでしょうが(もしかしたら、わたし寝ぼけていて全部ショパンだったのかしらん)。何にせよ、ショパンはすばらしかった! アンコール曲もショパンの『遺作』でした。

2部はプログラム通り。ムソルグスキーのピアノ組曲『展覧会の絵』は圧巻でした。特にわたしの印象に残ったのは、『9.バーバ・ヤガーの小屋』でした。

そのあと、リスト『ため息』、バガニーニ『ラ・カンパネラ』でした。

聴衆の頭の中で情景が見えてくるまでに、しっかりと構築されている演奏。時に瞑想に入り込ませてくれる奥深い演奏は、フジコならではのものだと改めて感じた昨晩のリサイタルでした。

『展覧会の絵』の感想など、もう少し詳しい記事にしたいのですが、昨日リサイタルに行く前に慌ただしく書いたメアリー・スチュアートの記事をちょこちょこと手直ししたり、外出疲れの残るなか、這うように家事をしたりで、落ち着いて書けません。気が向けば、また書きます。

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2010年5月 3日 (月)

中村紘子のピアノ・リサイタルで、フジ子・ヘミングを想う

 先月10日の中村紘子のピアノ・リサイタルから日が経ってしまったが、若干メモがあるので、過去記事と合わせて書いておくことにした。

 以下は、プログラム。1961年12月、東京文化会館での初リサイタルの再現プログラムとのこと。

  • スカルラッティ[タウジヒ編]
    パストラーとカプリス
  • ヘートーヴェン
    ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」Op.13(※作品13番の意)
  • シューマン
    謝肉祭Op.9
  • フォーレ
    ワルツ・カプリース第1番Op.30
  • ラフマニノフ
    10の前奏曲Op.23より〈変ホ長調〉Op.23-6、〈ト短調〉Op.23-5
  • ショパン
    バラード第1番ト短調 Op.23
    12の練習曲Op.10より第5番 変ト長調「黒鍵」、第12番ハ短調「革命」
    ポロネーズ変イ長調Op.53「英雄」

 20100410161249

 アンコール曲は以下。

  • ドビュッシー
    月の光
  • ラフマニノフ
  • ショパン
    ワルツ第2番
  • グラナトス
    アンダルーサ
  • ブラームス
    ハンガリー舞曲第1番

 光沢のある白地に、黒いラインと黒い花の模様の入ったドレス姿で紘子さん、登場。背中から、床に引き摺る長いリボンが垂れている。時折、宝石がきらめく。テレビで観る通りの華やかさで心が浮き立った。夫の双眼鏡を借りて行ったので、表情までよく見える。引き締まった顔つき。

 昔、教育テレビの『ピアノのおけいこ』をよく観ていた。エッセーも好きで、考えかた、感じかたに共感を覚えてきた。それで、かなりの期待と共に、耳を傾けたのだった。

 なめらかで上質、均整がとれているという当初の印象。要所で確認をとるかのように小さく頷く癖もお馴染のもので、楽しい。

 しかし、この時点から既にわたしはフジ子・へミングの演奏と比べていて、「フジ子のように、何が出て来るかわからない面白さはない」などとメモっている。

 劇的な曲になると、紘子さんとフジ子の違いが歴然としてくる。

 フジ子に比べて、表現が表面的で、曲想を掴みえていないのではないかと感じさせるが、紘子さんのエッセーなどからして頭でわかっていないとは思えないため、これは体験から滲み出るものの違いとしか思えなかった。テレビのコマーシャルで観ているほうがよかった、とまで思う。 

 後半近くから、わたしはもうフジ子のことしか考えていなかったので、メモにはフジ子のことしか書いていない。紘子さんには失礼な話だけれど、こんな事態は自分でも予想外だったのだ。

 あれは英雄だった――妙に紘子さんの演奏がガンガン乱暴に聴こえたのは。帰宅後に、同じ曲をCDで聴いたフジ子のほうは、重苦しかった。

 このことから、両奏者のタッチの質の違いと、彼女たちがいずれも楽譜に忠実な弾きかたをしていることが推測できた。

 楽譜に、強いタッチをするようにとの指示が連続して下されているに違いない。

 指が太くて重厚な音を出せるフジ子は重くなりすぎ、軽い音になりがちな紘子さんのほうはガンガンうるさく聴こえたのだった(声量の乏しい歌手が声を張り上げているような感じ)。

 紘子さんの場合、模範的な弾きかたという印象で、ピアノのレッスンの域を出ない。強いていえばサロン芸術という感じの演奏……。

 そうした見方からすると、フジ子のピアノは――服装までもがそうだが――ジプシー的、野生的。大自然と人間社会の香りがし、双方に対する並外れた理解力と彼女独自の哲学を感じさせる。また純然たる霊性の美の輝きわたる瞬間がある。フジ子の演奏には天から地までが含まれるのだ。バルザックの文学がそうであったように。

 フジ子のよさが改めてわかった、中村紘子のピアノリサイタルだった。

 芸術家とは、分野は違っても哲学家、そして神秘家でもあるのだ――と改めて、わたしは思った。そうでないピアニストは、職業としてピアノを選んだ職人にすぎない。職人的ピアニストが大勢を占めるなかで、フジ子はやはり芸術家としてのピアニストなのだ。

 風雪に耐えて弾いて来たフジ子。それは決して無駄ではなかった。叩き込まれた古き佳きヨーロッパのピアニズムが、彼女の感じかた、考え、思想を濾過し、純度の高いものにしている。

 そして、また、若い頃のフジ子の失敗――デビューコンサート前日に聴力を失い、当日の失敗を招くという彼女の苦い経験――は、偶然ではなかったのだと思った。

 彼女はプロにしてはミスをしがちだ。大ステージでの経験が不足していることが原因だろうか、と考えていたが、中村紘子と比較してみて、そうではないとはっきりとわかった。

 フジ子は神経が細すぎるのだ。若いとき、彼女はプレッシャーに勝てなかったのだ。それで、デビューの大舞台をふいにしてしまった。

 彼女はミスをすると、混乱状態となってミスを重ねたり、投げたような感じになることがある。そのナイーヴは生まれつきのもので、彼女の芸術家としての感性を研ぎ澄ませてきた反面、諸刃の剣となって、彼女自身を傷つけてきたのに違いない。

 彼女の求道性は、そんな切迫した感性のありかたがもたらした面もあるのかもしれない。一個の芸術家は、不思議な生まれかたをするものだと思う。彼女の遅いデビューは、多分悪魔がもたらした悪戯などではなく、必然だった……! 

 革命。フジ子の演奏では、左手がもっと重く、うねるように持続的に響いた。激動の革命の内部構造が見え、民衆の息遣いが聴こえてくるようだった。

 フジ子はペダルの使いかたが絶妙だと感じたが、それはドビュッシーのような抽象性の高い曲では、ひときわ生きていた。紘子さんのドビュッシーは味気ない。

 紘子さんがアンコールで弾いたラフマニノフの鐘(真央ちゃんが滑った曲)を、フジ子で聴いてみたいと思った。

 ただ、紘子さんは楽譜通りに狂いのない弾きかたができ、音に色がないだけに、平均的なオーケストラには合わせやすいのではないだろうか。フジ子は過度に敏感でミスする頻度も高いから、よほど熟練した、フジ子の芸術性を理解できるオケでないと、うまくいかないだろう。

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2008年6月 2日 (月)

イングリット・フジコ・ヘミング2008ソロリサイタル~4月23日のメモより  

この日、メモをとり始めてしばらくしてポールペンが書けなくなりました。
娘が隣の席からアイブローペンシルを差し出してくれ、それで書き続けましたが、残念なことには読めない箇所が続出。
また、持病持ちのわたしは薬で予防していったにも拘らず、喘息の発作が出かけたため、それをこらえるのに死に物狂いとなり
、メモをとるどころではなかった15分間がありました。
そんな不完全な、印象をとどめたにすぎないメモです。

今回のピアノはスタインウェイ。前回は優美な荒馬ベーゼンドルファーに手こずらされていた感のあったフジコだったが、今宵の演奏はどうだろう?

今回、わたしの座る位置からはフジコの顔を拝める幸運はあっても、鍵盤を走る肉厚の指も、ペダルを踏み込む足も見えない。従って技術面の観察はあまり期待できない。〔この点では、観察可能だったときのリサイタル・メモ、こちら及びこちらへ。〕

プログラム第一部

今回も、千代紙のような着物地の服をガウンのように羽織って、フジコ登場。袖に白いレースの飾り。白いブラウス。透明感のある素材の黒いパンツ。

スカルラッティ
高音部の美しさ。

フジコは今日はピアノを信頼しきって、のびのびと弾いている。アルベニツ「スペイン組曲」とショパン「エチュード 遺作」の間に、プログラムにはなかった「夜想曲」が挟まった。彼女が最高に乗っている証しと見てよい。夜想曲はしっとり落ち着いて、リラックスして弾いていた。

ショパン エチュード3番 ホ長調 別れの曲
このあとプログラムはまだまだ続く予定だが、この曲が今宵一番の出来栄えとなるのではないだろうか。実際そうなった。わたしはこの日のフジコの演奏では、この曲が最もよかったと思う。〕
ショパンは改めて凄い人だと思わせる。祖国ポーランドとのとわの別れを描いたといわれる曲。その別れにまつわる物悲しさが何という華やかさで描かれていることか。運命のうねり、流転……そうしたものを謎めいて感じさせる箇所もある。
ショパンの凄さをフジコは伝えてくれる。彼女自身の技術、生きざまというフィルターを通して。
実は、凡庸なピアニストが弾くショパンほど退屈なものはない。実際、フジコの演奏でショパンを聴くまでは、わたしにとってのショパンは退屈さと切っても切れない作曲家だった。

ショパン エチュード第12番 ハ短調 革命
前回と同じくすばらしい。実によどみない。冴えている。娘は今回はこれが最もよかったといった。わたしは革命はベーゼンドルファーならではのよさが出た前回がよかったと思ったが、とにかくよかったことに間違いはなかった。〕

プログラム第二部

フジコ、袖に祭太鼓を想わせる模様のある粋な黒い衣装を羽織って登場。背中は青い磁器を連想させる。この衣装は、大正時代末期の幟旗だとあとで司会者による説明がなされた。〕

ベートーベン ピアノソナタ 第17番ニ短調 テンペスト
タッチの力強さ、なめらかさ。音の重なり合いかたの絶妙さ。ペダルの使いかたの絶妙さだろう。

演奏者の持つ雰囲気は演奏を支配する。内面の静けさ。フジコはひじょうに成熟したものを感じさせるが、大人が皆その雰囲気を持つとは限らない。むしろ、ほとんど持っていない。

苛々、ピリピリ、を感じさせた前回とは別人のような落ち着きかただ。

これまでにフジコのソロリサイタルを3回視聴したが、第1回目と今宵の第3回は甲乙つけがたい出来栄え。だが、ベーゼンドルファーと格闘気味だった第2回目も、ピアニストという仕事の過酷さを、また彼女の気迫やナイーヴさをまざまざと見せてくれたという点で、実に魅力的ではあった!

リスト 愛の夢 第3番 変イ長調
甘く物悲しく響く。

リスト 春の宵

リスト パガニーニ エチュード 6番
高音部のやわらかさ。指のタッチの慎重さだろう。

リスト ラ・カンパネラ
まるで、玉が転がるよう。

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2007年8月 3日 (金)

美容院で聞いた話~フジコさんのエピソード

  ……と、わざわざ題するほどの話ではなく、わたしがいきつけの美容室に、昨年フジコ・ヘミングさんがピアノのソロリサイタルでこの街に見えた際、テレビ出演の前に髪を整えにいらっしゃったというだけのエピソード。

 すぐに続きを書くようなことをいいながら、遅くなってしまった。

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2007年5月29日 (火)

フジコ・ヘミング、ソロコンサート②『革命のエチュード』の素晴しさとベーゼンドルファー

へ〕

 今、家にあるフジコの4枚のCDのうちから、「憂愁のノクターン/フジ子・ヘミング」(ビクター、2000年)に収録されている『革命のエチュード』を聴きながら、この記事を書いている。

 これが、今回のフジコのコンサート中、わたしの記憶に最も焼きついた曲だったからだ。

 コンサートで演奏されたその同じ曲をこうして聴いてみても、そのときの感銘は鮮明には甦ってこない。あのときのものとは違う――そう思ってしまう。

 生との違いなのか、そのときの演奏自体との違いなのか。

 正直いって、あまりにも有名すぎてわたしには陳腐とさえ感じられていた『革命のエチュード』。

 それまでに聴いたこの曲から、自身が経験したこともない革命を生々しく感じさせてくれるだけの衝撃を与えられたことは1度もなかった。

 それで、プログラムの中にこの曲を見つけたときも、「何だ、『革命』か。『木枯らし』だったらいいのにな」と思ったくらいだった。『革命』よりもむしろ『木枯らし』のほうが好きだったから。

 優れたピアニストの手によらないショパンの曲ほど、退屈なものはない。あまりに退屈な『革命』を聴きすぎたのかもしれない。

 CDには『革命』について、次のように解説されている(原明美による)。抜粋してご紹介したい。

ショパンがウィーンからパリへ向かう途上、立ち寄ったシュッドガルトで、故郷のワルシャワがロシア軍の侵入を受けて陥落したことを知り、絶望と怒りをこめて書いた、というエピソードが伝えられている。

 これほどまでに深刻なテーマの曲が練習曲集に入っているというのは、不思議なくらいだ。

 そして、今回のコンサートでフジコが弾いたこの曲は、素晴らしかった。ショパンのそのときの鼓動が感じられるような生々しさがあった。

 左手が世のどす黒い動きを伝えていた。右手が、人間的な声を、情感を伝えていた。

 左手の不気味な音色が右手の人間的な訴え、嘆きを、光を際立たせる陰のような働きかたで浮き彫りにしていた。とにかく、左手によって奏でられる響きが印象的だったのだ。

 今、ふと思ったのだが、これにはベーゼンドルファーというピアノがかなり与っていたのではないだろうか。

 ①で書いたように、フジコを後半のプログラムで荒馬的に苦しめた(とわたしには思えた)ベーゼンドルファーという低音部に未知の魅力を秘めたピアノが、このコンサートで用いられたピアノだった。

 あの左手の奏でる音色の迫力、濃やかさといったらなかった。……ロシア軍の包囲網……市井の人の息遣い……血生臭さ……それらが感じられるようなあんな味わいが出たのは、ベーゼンドルファーという類稀なピアノと、フジコという優れた弾き手との邂逅があってこそのことだったと思われる。

 様々な意味において、芸術というものの力の凄さを思う。

 感激したことに、今回のコンサートでわたしは彼女のオーラを初めて見た。

 わたしの見間違いでなければ、わたしと同系色のオーラだった。勿論、違いはあるだろう。わたしのオーラはこれまでに大きく2度変化して、現在の色になった。これからも変っていくのだろう。フジコのオーラも。

 いずれにせよ、フジコもわたしも現在は途上の人の色、求道者の色を持っている。その色に生きているといえる。

 イングリット・フジコ・ヘミングはカテゴリーにあります。

 以下は、休憩時間にとったわたしのメモから――。

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2007年5月21日 (月)

フジコ・ヘミング、ソロコンサート①

手軽な携帯からの更新です。

昨日、フジコ・ヘミングのコンサートへ出かけました。興奮と疲れで帰宅後ゴロゴロし、もう真夜中ですが、化粧も落としていません。これを投稿したら、落として寝ます。

今回のコンサートで意識せざるをえなかったのは、使用されたベーゼンドルファーというピアノでした。
パンフレットによれば、希少価値のある大層有名なピアノだとか。
素人のわたしの耳には、高音部がキンキンと甲高く聴こえ、それでいて低音部は何ともまろやかに聴こえる、音色が時に豪華に時に痩せて感じられる、如何にも御し難いピアノに想像されました。
このピアノについて、「標準の88鍵の下にさらに4から9組の弦が張られ、最低音を通常よりも長6度低いハ音とした完全8オクターブ、97鍵の鍵盤を持つ」とパンフレットにありますから、そのせいでしょうか。
また、難曲揃いのプログラムも意識せざるを得ませんでした。彼女にとっては自家薬籠中の曲ばかりなのでしょうが、弾くごとに勝負を強いられるのではないかと思わされる曲が並んでいるではありませんか。

これら2つのことを意識していたせいか、演奏自体にその原因があったせいか、ともかく、前回聴きに行ったとき とは違って、わたしは客席で落ち着きませんでした。第一部のショパン『華麗なる大ワルツ』や『革命』などすばらしかったにも拘わらず、安定した気分が得られませんでした。
そして第二部。あれはリストの『ハンガリー狂詩曲』のときだったか、演奏が一瞬止まったのです。わたしの頭の中も真っ白になりましたが、あるいはわたしの勘違いだったのかもしれません。
そのあとすぐに演奏は再開され、よどみなくプログラムの最後まで全うされましたが、前回のような全曲を浸していた情感の潤いや、シックなまでの落ち着きは感じられなかった気がします。

ベーゼンドルファーはフジコにとって、荒馬だったのでは?
だだそれゆえに、完璧だった前回の演奏では見られなかった、ピアノ、奏者間の迫力あるドラマを堪能できたように思います。

他にメモしてきたこともあるので改めて書きたいのですが、書かなければならない記事が溜まる一方だなぁ。
健康だった頃の体力があれば、難なく仕上げられるのに。
フジコさんが何歳かは知りませんが、フジコさんの充実した体力に乾杯したい気持ちです。
が、タバコ1日1箱は(と購入した本にありました)吸いすぎではないでしょうか。ね、ミホさんもそう思いませんか?(もうこのブログのことなんて、お忘れでしょうけれど・・・)。

体調について。フルタイドのお蔭で、コンサート中は咳一つ出ませんでした。
薬の効果が切れた今、また時々の咳と粘着性の痰が戻ってきました。
でもフルタイドを使うと、体が弱る気がしてなりません。使いたくないなあ。窒息死はそりゃ嫌だけれど。
さて、どうするか。とりあえずご訪問くださったあなた様に、「お休みなさい」。 へ〕

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2006年5月 1日 (月)

イングリット・フジ子・ヘミング(Ⅱ)

承前
 プログラムには、ドビュッシー、ショパン、スカルラッティ、リストの名があった。ドビュッシーは『版画』の3曲。ショパンはノクターン2曲、ワルツ1曲、エチュード8曲。スカルラッティはソナタ2曲。リストは6曲。そして、フジ子がアンコールに応えて弾いた曲はドビュッシー「月の光」とモーツァルト「トルコ行進曲」だった。彼女はこのリサイタルで、全24曲をよどみなく弾いたことになる。呼吸は整えられていて、演奏に乱れは感じられなかった。

  実は、テレビで奏楽堂でのリサイタルの模様を観たとき、また、わが家にある5枚のCDを聴いたとき、曲によるのだが、重い、まどろっこしい、うまくオーケストラについていっていない、といった風なことを感じさせられることが皆無とはいえなかった。

 何しろフジ子自身が、「人間なんだから、少しくらい間違えたっていいじゃない。機械みたいに完全すぎるのは嫌い」というのだ。それで彼女を、危うさを爆弾のように抱え込んだピアニストと捉え、彼女が少しとちったくらいでは失望しないだけの心の準備をし、わたしはリサイタルに出かけた。

 ところがそうした危惧は、プログラムの早い段階で消え去った。演奏にはびくともしない安定感があり、この夜の彼女は最初から最後まで見事だったと思う。高年に入ってからの再起を賭けたデビューだったけれど、フジ子は1曲弾くごとに舞台慣れし、円熟味を増しているのではないだろうか。少なくとも、それだけの努力を自身に課す人であることは間違いないようだ。

 世に出られない長い、気の遠くなるような時間を、拾ってきた猫たち、ピアノと共に過ごし、自分の能力をいつでも直ちに大舞台に立てるほどの水準に保ってきたのだ。それが並大抵の努力では済まないことくらい、わたしにも想像がつく。照明を落とした夜の部屋で、フジ子の演奏を聴いてきた猫たち。猫たちは、今日どれほど彼女を好む聴衆よりも、一等優れた聴き手であったのに違いない。

 休憩時間に後ろの席の女性が、「彼女の演奏って、どこか他の人とは違うのよね。心に沁みるわね……」といっていた。他の人と違う理由は、いろいろと挙げることができる。日本人――ことに日本女性――のピアニストには、演奏中、何かが憑いたのではないかと訝りたくなるくらいに眉を顰め、目を固くつぶり、身をくねらせる人が少なくない。あれは一体、何なのだろう?

 ありがたいことに、フジ子はそんな見苦しいパフォーマンスとは無縁であって、演奏中ずっと理性的な、静かな表情だった。リストの「ため息」が、物憂げに、物哀しげに、それでいて敬虔なおもむきで奏でられるには、理性による客観視と自己制御が必要であるのに違いない。演奏中のフジ子はそれを想像させるような、自己陶酔とは無縁の、多方面に意識を働かせている統監者の顔、分析者の顔をしていた。

 わたしはこういうところに、彼女が半分血を受けた欧州の自然や文化の香りを感じるのだ。実際に、生で見るフジ子は日本人というより白人に見えた。手も大きく、肉厚で、指はかなりの太さだろう。白人の男の人のような手だと思った。鍵盤を充分制圧できるだけの手だ。

 日本人のピアノ演奏は、どうしても、線が細くなりがちだ。彼らの技術も精神力も、牛のように屈強なピアノという楽器には、追いつかないところがあるように見える。ところでわたしは昔、お産のとき医師に、「顔でお産をするな」といわれた。そういわれても、力を入れるべきところにうまく力を入れられないと、つい顔だけで力んでしまうのだ。

 日本女性のピアニストに多い顔や身振りを使った過剰なパフォーマンスは、ムードづくりのための演技かと思ったこともあったが、むしろそうした余裕のなさのあらわれではないだろうか。自己陶酔である可能性もあるが、それも芸術性の欠如からくる。

 ずんぐりむっくりしたフジ子の指を長くすれば、ロシア人の巨匠リヒテルの手になるに違いない。あの手は、女性であるということ、東洋人であるということのハンディを軽く吹き飛ばす。わたしが先に、彼女が肉体的な条件に恵まれているといったのは、こうした点を指す。

 反面、彼女が調子が悪いとか、オーケストラと相性が悪いとかいう場合には、あの指の太さがわざわいに転じて、いらぬ鍵盤に指をひっかけさせたり、演奏を鈍らせたりするのだろう。それくらいのことは仕方がない。心に沁みる音色をつくるにはどうしたって、あの肉の厚みが鍵盤を沈めることでつくり出す陰影が必要なのだから。

 フジ子が弾いた曲はどれもこれもすばらしく、それぞれに忘れがたいのだが、プログラムの中で1曲といわれるとするなら、ドビュッシーの「雨の庭」を挙げたい。この曲では、まるで波紋のように、幾重にも音色が重なったのだ。どうペダルを踏めば、あのように、混濁しない、紗のように重なる音色がつくり出せるのだろう?〔了〕  

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2006年4月29日 (土)

イングリット・フジ子・ヘミング(Ⅰ)

 フジ子・ヘミングのピアノ・リサイタルは、素晴らしかった。あまりにも素晴らしいので、できるだけ印象を持ち帰りたいと思い、休憩時間にメモ帳を開いた。が、うまく書き取ることができない。何て無味乾燥なメモ。

 ロビーに出ると、犬たちがいた。盲導犬だ。このリサイタルの主催がボランティアグループで、収益の一部が盲導犬協会に寄付されることになっていたのだった。イエローと黒のラブラドール・レトリーバーが6匹はいた。

 触りたくなり、思わず撫でてしまった犬はイエローで、泰然としている。まるでフジ子みたいだと思った。でも、彼女はどちらかというと容貌や仕草が猫に似ている。猫を沢山飼ってきたせいだろうか。

 犬の目を覗き込むと、遠くを見るような目つきをしている。もしかしたら、眠たかったのかもしれない。実際、リサイタルが終わってロビーに出ると、帰宅を待ちかねた犬たちがぐったりと前脚の上に頭をのせて目だけ動かしていたり、眠ってしまっていたりした。

 休憩の間に、舞台の上では調律師が丁寧に音をチェックしていた。そこにはグランド・ピアノが一台、ぽつねんとあるだけだ。スタインウェイ・アンド・サンズ社の製品。世界で最も名高いスタインウェイのピアノなんて、昔の日本ではまずお目にかかれなかったのではないだろうか。さすがにいい音だと思った。ピアニストの腕だけでは、あれほどまでに透明感のある響きはつくり出せないに違いない。 

 昔のことを引き合いに出して恐縮するが、わたしがピアノ・リサイタルに出かけたのは随分前の話なのだ。年に1、2回音楽会に出かけることがあったとしても、管弦楽団と一緒だったりすると、ピアノやピアニストだけに注意を集中させたりはしない。今日の舞台はイエローのレトリーバーの毛色に似た色をしている。沙漠の色のようにも見える。そこに現われてピアノに辿り着くフジ子は、ピアノだけが生きるよすがみたいに見える。

 双眼鏡を覗いていると、彼女はピアノを弾く前に、顔をそむけるようにして、困ったような、途方に暮れたような、はにかんだような、独特の表情を見せた。テレビのドキュメンタリー番組で観たときに印象に焼きついた表情だ。わたしが絵描きであれば、この顔を絶対に描こうとするだろう。

 一旦弾き始めてからは、2、3曲ごとに小休止をとった。両手を膝にのせ、少しうつむいて意識を集中させようとする姿が、まるで祈っているようだった。そして、黙々と、ただひたすらに曲をこなしていくその姿は苦行者さながらだった。

 わたしがチケットを買うとき、あまり席が残っていなかったのだが、売り場の人が鍵盤が見える席を教えてくれた。それで、席は後ろのほうだったにも拘らず、鍵盤も、足もよく見えた。

 足は、初めは衣装のせいで見えにくかった。フジ子は髪に白い花飾りをし、着物のように見える紫の衣装をローブのように羽織り、スカートは黒いレース地のようなものを幾重にも重ねたものだった。休憩を挟んでからは、紫の衣装をゆったりと着ているのは同じだが(といっても別の衣装で、模様が違った)、下は黒いパンツだった。

 今度は衣装に妨げられることなく、ペダルを踏む足が実によく見えた。何てすばらしい足、絶妙なペダル使いだったことだろう! 彼女がペダルを自家薬籠中の物にしていることが、ペダルに置かれた足の角度の美しさが物語っていた。さりげなくおかれた足。なめらかに踏み込まれ、そっと離されるペダル。ペダルが愛撫されているかのようだった。 

 肝心の指使いに関していえば、その奏法は指を寝かせて弾く弾き方で、ペダルの使い方と同じような、鍵盤を愛撫しているかのような弾き方だった。これは、中村紘子が日本のピアニズムに残存すると憂い命名した「ハイ・フィンガー奏法」とは、全く対照的な奏法なのだろう。ペダルの使い方は勿論、指の使い方と相関関係にある。

 わたしが子供の頃にピアノを齧ったとき、2人目の先生から教わったのが「ハイ・フィンガー奏法」で、それも絶対的価値観といったていで教わった。それは、手を卵型にして指を一本一本振り上げ、上から鍵盤に叩きつけるような弾き方で、そんな弾き方をすると、音はのびず、響かず、表情がなくなる。ペダルも、音を強くしたり弱くしたり、引っ張ったり途切らせたり、といった狭く固定された域を出ない味もそっけもない使い方だった。尤も、ペダルの使い方にまでいかない初歩のうちにピアノをやめてしまったのだが。

 カチカチと爪の音のするピアノの弾き方にわたしが何となく疑問を抱き始めた頃、ピアノの上手な生徒がクラスに転入してきた。彼女は聴いただけの曲も習った曲も、自分で自由自在にアレンジして弾いた。自分には考えられもしないそんな才能もさることながら、音の響きのあでやかさを耳にし、次いでその弾き方を見たときには愕然となった。

 彼女は指を寝かせて弾いていたのだ。わたしが通っていたピアノ教室は、しばしば名のある音大に生徒を送り出し、権威をもって指を立てて弾く弾き方を教えていた。それからすると、転入生は間違った貧弱な弾き方をしているはずだった。しかしながら、あれほど多彩に音を響かせうる弾き方が間違っているとは、わたしにはどうしても思えなかったのだった。権威というものの愚かしさを、このときわたしは学んだ。

 バッハの「インベンション」をゆっくりゆっくり一音一音、指を金槌のように振るって弾かされた鍛治屋の見習いさながらだった稽古の時間を思い出す。でも、なぜかバッハは嫌いにならなかった。どんなにゆっくりと弾いても、叩きつける弾きかたをしたとしても、バッハの曲には噛めば噛むほど味わいの出るパンのような尽きせぬ魅力があった。

 フジ子には数々の不運があった。その最たる出来事は、ウィーンでのデビュー・リサイタルの直前に風邪をこじらせ、聴力を失ったことだろう(後に片耳だけ40パーセント回復)。だが、何よりも彼女は、ピアノの魅力を最大限に引き出す奏法を教わる幸運に恵まれた人であることは確かだ。彼女が日本で成長したことや時代背景を考えてみると、下手をすれば、間違った奏法を植えつけられていたとしてもおかしくはないからだ。あの中村紘子でさえ、留学先で奏法の改変を余儀なくされ、苦労したというのだから。

 フジ子の場合はそれに加えて、というより、そもそも、といったほうがいいかもしれないが、肉体的な条件に恵まれているという第一の幸運がある。()

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