カテゴリー「カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン)」の4件の記事

2007年4月25日 (水)

カリール・ジブラン『預言者』より、友情について

 アクセス解析を通して、カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン)で当ブログにお見えになるかたが多いことがわかりました。

 そこで、わたしがこれまで一番読み返してきた詩を、まだその詩をご存知ないかたのためにご紹介したいと思います。

 『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)から、友情についての詩です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そこでひとりの青年が言った。お話しいただけませんか。友情について。
アルムスタファは答えて言った。
君の友人は君の需(もと)めへの応え。かれは畑。君はそこに愛をもって種まき、感謝をもって刈り取る。
彼はまた食卓。君の暖炉。
君は飢えてかれのもとに行き、平和を求めてかれを探すのです。

友がその考えを語るとき、恐れるな、君自身の心のなかの「否(いな)」を。そしてまたおさえるな、「然(しか)り」を。
また、友が黙するとき、君の心は止めてはいけない。かれの心に耳を傾けることを。
なぜなら友情にあっては、言葉なしに、すべての思い、すべての望み、すべての期待が生まれて、分かち合われるのです。それも喝采を必要としない喜びのうちに。
君が友から離れるとき、歎いてはならない。
なぜなら、君がかれのなかで一番愛しているものは、かれのいないときにこそ明らかになるのだから。山は、それを目指す者には、平野からこそ明らかに見えるもの。
そして友情には、精神を深めることの他にはどんな目的もあらしめるな。
なぜなら自らの神秘を顕わにする以外のことを求める愛は、愛ではなくて、投げ込まれる網にすぎない。

そして君の最良のものが友のためであるように。
もしかれが君の引き綱を知らねばならぬなら、君の満ち潮も知らせてやるように。
なぜなら、時間をつぶすための友を求めるなら、いったい友とは何だろうか。
時間を生かすための友をこそ常に求めなさい。
なぜなら、友とは君の需めを満たすもの。君の空虚を満たすためのものではない。
そして友情の甘美さのうちに笑いがあるように。そしてまた楽しみの分かち合いも。
なぜなら、小さな事柄の一滴のうちにも、心は自分の朝を見つけてさわやかになるのだから

カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)

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2007年4月12日 (木)

カリール・ジブラン「喜びと悲しみについて」(『預言者』佐久間彪訳、至光社、1984年)をご紹介

 昨日は神智学の恩師、田中先生の命日で、そのことを過去記事に書きましたが、12年前のその日からしばらくのあいだ、わたしは専業主婦であることをいいことに、悲しみに掻き暮れ、食っちゃ寝を繰り返していました。

 全く、自称神秘主義者のプライドも心得も何も、あったものではありませんでした。おなかに脂肪がのる下地は、その頃につくられたのに違いありません。自棄食いは初めての経験でした。

 その頃はとにかく、この世で生きた先生にもう1度会えないということが、いいようもなく悲しかったのです。

 そんなおバカなわたしの気づきとも、慰めともなったのは、カーリル・ジブランの詩集『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)の中の「喜びと悲しみについて」という章の詩でした。

 カリール・ジブランという詩人を教えてくださったのは、先生でした。

 『預言者』の中の詩はどれもすばらしいですが、今日はその「喜びと悲しみについて」を、上に書いた詩集からご紹介したいと思います。

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そこで、ひとりの女が言った。お話ください。喜びと悲しみについて。
アルムスタファは答えて言った。
あなたの喜びは、悲しみの素顔。
笑いのこみあげてくる井戸は、しばしば涙で溢れています。
そういうことなのです。
悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにそれだけ喜びをたくわえることが出来ます。
あなたが葡萄酒を受ける杯は、まさに陶工のかまどで焼かれたあの杯ではありませんか。
あなたの心を慰める楽器、リュートは、もとは小刀でくり抜かれたあの木ではありませんか。
嬉しいときには、自分の心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると見つけるにちがいありません。かつては悲しみの原因になっていたものが、今は喜びの原因となっていることを。
悲しくて仕方のないときも、心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると、気づくにちがいありません。かつては喜びであったことのために、今は泣いているのだ、と。

あなたがたの誰かが言います。「喜びは悲しみに勝る」と。すると或るひとが言います。「いや、悲しみの方こそ」と。
しかし私は言います。喜びも悲しみも分けることは出来ません。
両方とも連れそって来て、一方があなたと食卓についているとき、忘れてはなりません。もう一方はあなたの床に眠って待っているのです。

まことにあなたは秤のようです。悲しみと喜びのあいだに懸かっていて、空のときにだけ静止し、平衡をたもちます。
宝の持ち主が、自分の金と銀を量ろうとあなたを持ち上げるとき、あなたの喜びと悲しみも上がり下がりせざるを得ないのです。

カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)

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2006年9月 7日 (木)

カリール・ジブラン「子供について」

 秋篠宮家に男児誕生で、日本中が華やかなムード。反面、今の日本という国は、誕生する子供たちにとって、どうしようもなく、おかしな社会になってしまっている気がします。

 商業主義のマイナス面が強く出ていることが最大の原因だとわたしは思っていますが、ただ自分も大人の一人としてそのおかしさを作り出している側の人間だと思えば、罪の意識に囚われ、誕生するどのお子さんにも幸多かれと祈らずにいられません。

 前にカリール・ジブランの結婚についての詩をご紹介したことがありましたが、子供の誕生についても有名な詩があります。これもすばらしいものなので、佐久間彪氏の名訳(カリール・ジブラン著『預言者』至高社、1984年)でご紹介致しましょう。

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そこで、子供を胸にかかえた女が言った。お話ください。子供のことを。
アルムスタファは言った。
あなたの子は、あなたの子ではありません。
自らを保つこと、それが生命の願望。そこから生まれた息子や娘、それがあなたの子なのです。
あなたを通してやって来ますが、あなたからではなく、あなたと一緒にいますが、それでいてあなたのものではないのです。
子に愛を注ぐがよい。でも考えは別です。
子には子の考えがあるからです。
あなたの家に子の体を住まわせるがよい。でもその魂は別です。子の魂は明日の家に住んでいて、あなたは夢のなかにでも、そこには立ち入れないのです。
子のようになろうと努めるがよい。でも、子をあなたのようにしようとしてはいけません。
なぜなら、生命は後へは戻らず、昨日と一緒に留まってもいません。
あなたは弓です。その弓から、子は生きた矢となって放たれて行きます。射手は無窮の道程にある的を見ながら、力強くあなたを引きしぼるのです。かれの矢が早く遠くに飛んでいくために。
あの射手に引きしぼられるとは、何と有難いことではありませんか。
なぜなら、射手が、飛んで行く矢を愛しているなら、留まっている弓をも愛しているのですから。

カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年) 

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2006年7月17日 (月)

夫の誕生日(カーリル・ギブラン『預言者』より、結婚)

 今日は夫の誕生日です。

 結婚して長いときが経過し、どこまでが夫でどこまでが自分かがわからなくなるくらい影響しあってきましたが、一方ではどこまでも彼は彼であり、どこまでもわたしはわたしでしかないという違いを噛み締めた日々でもあった気がします。

 2年半ほど前に、彼が末期癌といわれたときは、どれほど自分が彼を頼りにしてきたかを痛感しました。それは紆余曲折を経て幸い誤診だったとわかりましたが、そのときに彼のほうでもわたしを頼ってくれていることがしみじみと感じられ、日々たわいない暮らしを送っているようでも、色々と考えることは増えました。

 ところで、結婚したときに、今は亡き神智学の先生からカーリル・ギブランの訳詩を贈っていただきました。彼へのお祝いと反省とこれからへの思いを籠めて、その詩を再読しつつご紹介したいと思います。

 その詩が収録されている『預言者』(カリール・ジブラン著、佐久間彪訳、1984年)という至光社から上梓された詩集があり、これも名訳ですが、やはりここでは贈っていただいた訳でご紹介いたします。

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     結婚

         カーリル・ギブラン作/田中恵美子訳 

師よ、結婚とは何でしょう。
師はおっしゃいました。
君たちの魂は一緒に生まれたのですから、いつまでも一緒にいることでしょう。
死の白い翼が君達の生涯を離れ離れに散らせてしまってもやはり一緒におりましょう。
そうです。君達は神の沈黙の記憶の中でさえ一緒にいることでしょう。
けれども君達の「一緒」の間には隙間がなければいけません。
君達の間を天国の風が踊って吹きぬけなければいけません。

お互いに愛し合いなさい。でも愛のきずなをつくってはいけません。
君達の魂の岸辺と岸辺の間には、波のうねる海があるようにしておきなさい。
お互いの杯を満たしなさい。けれども一つの杯で飲んではなりません。
お互いに君達のパンを分かち合いなさい。でも同じ塊のパンに一緒に口をつけてはいけません。
一緒に歌い踊りよろこびなさい。でもお互いは別々の人なのです。
リュートの沢山な弦は同じ音楽をかなで出しますが、皆一本一本、別の弦です。
君達の心を与え合いなさい。
でもお互いの手の中に包みこまれてはいけません。
生命の手だけしか、君達の心を包みとることは出来ないからです。
一緒にお立ちなさい。でもあまり近くにくっついて立ってはなりません。
寺院の柱は皆離れて立っていますし、樫の木やいと杉はお互いの木蔭の中では大きくならないものなのです。

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