カテゴリー「詩」の36件の記事

2016年6月 9日 (木)

20世紀前半のイタリアで神智学・アントロポゾフィー運動。ガブリエラ・ミストラル。ジブラン。(加筆あり)

※加筆部分は青字

過去記事で書いたオープンアクセス可能な吉永進一氏の論文は、今後時間を見つけながら閲覧していくことにしたい(読んだら感想をアップする)。

神智学協会の影響を受けていたことがわかった「青い鳥」のメーテルリンク、「不思議の国のアリス」のルイス・キャロル、「オズの魔法使い」のボームについて調べていたときに、このことも過去記事で書いたが、海外の論文を偶然閲覧した。

Marco Pasi、Joscelyn Godwin英訳、Theosophy and Anthroposophy in Italy during the First Half of the Twentieth Century (20世紀前半のイタリアにおける神智学とアントロポゾフィー)というタイトルの論文である。

論文は神智学の前史時代から説き起こされていて、ああそうだった、イタリアはルネサンスを起こした国だった――とわたしは再認識させられた。論文の結論ではアントニオ・タブッキの小説『インド夜想曲』が採り上げられている。

戦後もイタリア国内では神智学・アントロポゾフィー(人智学)運動はいろいろな形で連続して存在しており、それは今日まで続いているそうだが、20世紀の最初の30年のような社会と文化への顕著な影響力を継続させることはできなかったという。

しかし、『インド夜想曲』の中の、アディヤールの神智学協会国際本部で語り手が会長と会話する章のあいまいで魅惑的な雰囲気こそが、神智学協会・アントロポゾフィーの運動がイタリアで花開いた20世紀の最初の30年にどれくらい浸透したかを物語っていると述べられている。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイトによると、現在、イタリア神智学協会はアオスタ、フィレンツェ、ミラノ、ぺルージャ、ローマ、トリノ、トリエステ、ウーディネ、ヴィチェンツァに存在する。

論文の執筆者マルコ・パシ氏が神智学協会・アントロポゾフィーに対立する立場の人であるのか、協会に属する人なのかがわからないくらい、論文は資料を元に客観的な視点で描かれている。

竜王会の会長に就任された岩間先生の『ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会』(学苑社,2008)を読んだときも、綿密な取材と資料に基づいた客観的な視点で書かれていると思った。

このバランス感覚を保持した純一、客観的な視点こそ、アカデミックな学者の仕事のあかしではないだろうか。

前掲のお二人とは対照的に、わたしが読んだ吉永進一氏の論文はあまりにも偏向した姿勢と、資料の読解力を欠いた憶測で成り立っているという印象で、助成を受けている研究者の論文とも思えなかった。

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175  (2015/12/27 アクセス)

わが国ではノーベル文学賞というと、村上春樹のことばかりで違和感があるが、タブッキはノーベル文学賞をとるかもしれないといわれていた。

タブッキが亡くなったときに娘が「タブッキが死んでしまった! 死んだらノーベル文学賞は貰えないよね」と悔しがっているのを見、わたしは初めてタブッキを読んでみようと思ったのだった。娘にタブッキを教わったのだ。

タブッキについては当ブログに①~④までノートしており、今後もそれは続ける予定だが、萬子媛の江戸時代に戻る前に、これまでのノートをエッセーブログに入れておこうと思う。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイトを閲覧し、「著名な神智学者の名前の一部」という項目を閲覧したところでは、タブッキが神智学協会のメンバーであったかどうかはわからなかった。

鈴木大拙の名があり、最近奥さんだけでなく、鈴木本人も神智学協会のメンバーだとわかったという報告がなされていた。1年ごとの更新だし、協会には誰がメンバーだったかどうかを詮索する習慣もないので、何かのきっかけでわからない限り、メンバーだったかどうかの確認は難しい。

ドイツの小説家カロッサの小説には神智学、アントロポゾフィーに言及した箇所があるのだが、カロッサのこうした面について書いた文章をこれまでに読んだことはない。

文学の分野は、わたしのような文学好きの人間がコツコツ堀り起こしていくしかないのだろう。

「ラテンアメリカの母」と敬愛されたチリの国民的詩人で外交官だったガブリエラ・ミストラルは、チリの神智学協会の形成期にメンバーだったのではないかとわたしは考えている(拙エッセーブログの以下の記事参照)

ミストラルは1889年に生まれ、1957年に亡くなっている。チリの神智学協会が設立されたのは1920年で、ミストラルはこのとき既に31歳になっている。

ガブリエラ・ミストラル(田村さとこ訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 (双書・20世紀の詩人 8)』( 小沢書店、1993)の「ガブリエラ・ミストラル年譜」には1912年、23歳のときに 神智学の会〈デステージョス〉に入会すると書かれている。

年譜に書かれた神智学の会は、チリ神智学協会の形成期に作られた会ではないだろうか。伝記にそれを思わせる印象的な記述があるので、改めて見ていきたいと思う。

ノーベル賞を受賞した中に神智学協会のメンバーだったことが判明した人々くらいは採り上げて、研究していくべきだろうと考えている。

そうすることで、ブラヴァツキーや神智学協会の本当の影響がわかると思うからだ。

スピリチュアルブームの中でいろいろとおかしなことが起きてきて、それらを全てブラヴァツキーに結びつける傾向があるけれど、それはあまりに大雑把で根拠を欠いた、危険な話である。

ブラヴァツキーは心霊的な領域で起きる様々な危険性について警告しただけでなく、その原理を解き明かし、また東西の諸宗教哲学が共通の源としている教えを書物に著した。

それは人類を見守ってくださっている方々に助けられて可能になったことで、ブラヴァツキーは常に謙虚な姿勢でそのことを控えめに表現した。

彼女の代表作すらまともに読まずに誹謗中傷する人々は、人類を見守ってくださっている大先輩方を貶めているだけでなく、スピリチュアルブームを刺激し、煽り、危険性を膨張させているとわたしは思う。

魔女狩りでもしているつもりだろうか。

そういえば、「神智学ウィキ」にカリール・ジブラン(ハリール・ジブラーン、カーリル・ジブラン)​​の神秘主義は、キリスト教、イスラム教、スーフィズム、ユダヤ教と神智学といった異なる影響が収束したものだと書かれていた。(→ここ

カリール・ジブランは人気のある詩人だ。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイト「著名な神智学者の名前の一部」にもカリール・ジブランの名があった。その部分を引用しておく。

Kahlil Gibran, celebre poeta e scrittore di origine libonese (1883-1931) (cfr. Il Profeta: la vita ed il tempo di Kahlil Gibran/Robin Waterfield (New York: St. Martin’s Press, 1999), pag. 225);

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2016年6月 1日 (水)

神智学の影響を受けたボームのオズ・シリーズ、メーテルリンク『青い鳥』、タブッキ再び

過去記事で書いた「Theosophy Wiki 神智学ウィキ」に作家、詩人、劇作家といったカテゴリーがあり、神智学協会と関係があった作家、詩人、劇作家がリストアップされている。著名人というカテゴ リーもあり、そこからアインシュタインを閲覧すると、アインシュタインについて興味深いことが書かれていた。このことについては、別の機会に。鈴木大拙も 著名人のカテゴリーにある。

アインシュタインもそうだが、第二次大戦中ナチスの影響下にあった国々では神智学協会のメンバーは迫害を受けたようだから(共産圏でもそうだろう)、神智学の影響を受けた人々が出てきにくいという事情がありそうである。

迫害を恐れたために関係を否定せざるをえなかった人々もいたに違いない。過去記事で書いたカンディンスキーの奥さん(ニーナ夫人)の場合はどうだろう。

  • 2015年7月 5日 (日)
    電子書籍とパブリックドメインの絵 ②カンディンスキーと神智学、アントロポゾフィー(人智学) ※6日に追記あり
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/07/i-f865.html

また日本語で調べている限り、神智学と作家との関係が出てきにくい。

ウィキペディアに書き込まない我々日本の神智学協会のメンバーに責任 があるのかもしれないが、ウィキペディアが研究者や翻訳家の出版物を元に書かれていることが多いことから考えると、戦後赤化してしまった日本の研究機関で、調査中の人物が神智学と関係があることがわかったとしても故意に無視されるといったこともありそうである。

そうした疑いをわたしは次の過去記事でぶちまけている。

  • 2014年2月27日 (木)
    神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ②「インド夜想曲」その1
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/02/post-be66.html

イタリア神智学協会の公式ホームページで「有名な神知学者の名前の一部」という項目を閲覧すると、名が見当たらないから、タブッキは神智学協会に入ったことはなかったのかもしれない(鈴木大拙の名が挙げられている)。

  • Società Teosofica Italiana(イタリア神智学協会)
    www.teosofica.org

しかし、「インド夜想曲」では神智学協会インド国際本部が舞台の一つとなり、会長なる人物まで登場して意味深な会話を交わす場面があるのだ。

「インド夜想曲」はアラン・コルノー監督によって映画化されている。当時、急に知人が神智学協会のことを知りたがったので不思議に思ったら、この映画を観たばかりだったのだとわかった。このように、一般的感覚からいっても、神智学協会に関するちょっとした情報がほしくなるくらい印象的なモチーフの一つとなっていた。

また、タブッキにとっては研究対象という以上の大切な存在だったと思われるポルトガルを代表する詩人フェルナンド・ペソアはバラ十字会のメンバーだったそうだが、ペソアは神智学協会第二代会長アニー・ベザントの著作を訳しているという。

それだけタブッキのムーディーな作品は神智学の薫りでいっぱいであるのに、作品解説にも作家の特集号にも神智学や神智学協会に何の言及もないというのは不自然である。

ところで、前掲の神智学ウィキで「詩人」を閲覧したら、イェイツの名があった。ウィリアム・バトラー・イェイツは(William Butler Yeats, 1865 - 1939)は詩人で、アイルランド文学復興運動の指導者であり、わが国での知名度も高い。

作風から神智学の影響が感じられ、以前本や日本語版ウィキなどで調べてみたが、「黄金の夜明け団」のメンバーだったことしかわからなかった。

今改めて閲覧してみると、日本語のウィキペディアにはイェイツが英国バラ十字協会系「黄金の夜明け団」のメンバーで日本の能の影響を受けたことや1923年にノーベル文学賞を受賞したことなどは書かれているが、やはり神智学の記述は皆無である。

英語版ウィキには神智学協会との関係について書かれている。神智学ウィキでは、イェイツが神秘学、スピリチュアリズム、バラ十字運動に興味を持ち、神智学協会ダブリン・ロッジの重鎮だったと記述されている(→ここ)。

『オズの魔法使い』を書いたライマン・フランク・ボーム(Lyman Frank Baum、1856- 1919)の『オズの魔法使い』は日本語版ウィキペディア「オズの魔法使い」に「アメリカ初のおとぎ話」(→ここ)と書かれているように文学史、ファンタジー史、またアメリカの文化史においても極めて重要な作品だと思われるので、神智学ウィキの「作家」で逸早く目に留まった。

ライマン・フランク・ボームがメソジスト派の家庭に生まれたことは日本語版ウィキペディアの「ライマン・フランク・ボーム」に、ボームがルイス・キャロルの1865年の『不思議の国のアリス』から影響を受けていたらしいということは「オズの魔法使い」に出ているが、神智学との関わりについての記述は皆無である。

神智学ウィキによると、ボームは1892年9月4日に神智学協会に入会している(→ここ)。英語版ウィキペディアにも記述がある。ボームが神智学協会のメンバーとなったのは36歳のときであった。

それから8年後の1900年、46歳のときに『オズの魔法使い』がアメリカ合衆国イリノイ州シカゴのジョージ・M・ヒル・カンパニーから初版が出版され、以後20年に渡って14巻からなるオズ・シリーズが刊行された。

オズ・シリーズに神智学の影響がないとは考えられず、ボームが影響を受けたというルイス・キャロルだが、神智学ウィキによると、ルイス・キャロルは心霊現象研究協会(略称SPR)の会員で、神智学にいくらかの関心があった。彼はシネットの『エソテリックブディズム』のコピーを所有していたという。

過去記事でも引用したが、SPRが誕生した経緯について、ブラウァツキーの伝記ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(竜王文庫内 神智学協会 ニッポンロッジ,1981,p.265)には次のように記されている。

マイヤーズは神智学協会に関係のある超常現象に特別な興味をもっていました。彼もその友人達も皆、博学な人達でしたが、最近、自分達の特殊な協会をつくり、このような現象の研究を始めました。

これがSPRと呼ばれるようになった組織なのである。

SPRの設立に関わったフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース(Frederick William Henry Myers, 1843年2月6日 - 1901年1月17日)は長い間神智学協会のメンバーだった。

ホジソン・リポートの存在もあって、SPRを神智学協会の上位に位置付けた対立構造を煽るような書かれかたをすることが多いが、実際にはSPRは神智学協会の知的で自由な、開かれた雰囲気のなかから生まれた組織であった。

ブラヴァツキーの相棒オルコット大佐はSPRを歓迎して一生懸命に協力したが、ブラヴァツキーにはSPRの研究全体に懸念があったようで、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(竜王文庫内 神智学協会 ニッポンロッジ,1981,p.266-267)には次のように記されている。

彼女はこの研究全体に懸念をいだいていました。S・P・Rの高慢な英国の知識人達は現象の背後にある人間についての深いヴェーダの考え方については何も知りませんでしたし、自分の徳性の全傾向を変える放棄のヨガや自己放棄については何も知りませんでした。彼等にとっては推理的な心が最高の神でした。彼等の心は非常に訓練されていたかもしれませんが、制限されており彼等がつかもうとしている超メンタル界にはとても及ばぬものでした。――間違った角度から本質的な謙虚さもなくとらえようとしていたのです。

神秘主義者であれば、目に見えない世界の研究には浄化された心の認識力が用いられることを知っているが、SPRのメンバーはそのような心得のないまま、世俗的な心と物質界の装置で無意味な研究を行おうとしてい.るという懸念がブラヴァツキーにはあったのだろう。

ルイス・キャロルは1832年に生まれて1898年に没しており、ブラヴァツキーは1831年に生まれて1891年に没しているから、2人は同時代を生きている。神智学協会とSPRの形成期に、ルイス・キャロルが双方に興味を持ったとしても不思議ではない。

ホジソン・リポートに言及したついでに書いて置くと、神智学ウィキに「Category:People who encountered Mahatmas」というのがあって、マハトマに遭遇した人々――38人――がリストアップされている。興味本位な記述ではない。

一方で38人全員が精神障害者かペテン師か、あるいは霊媒だったと想像するのであれば、他方でブラヴァツキーを代表者に選定して彼女を霊媒でペテン師だったと性急に結論づけたかった人々の利害と目的は何だったのかと想像するのでなければ、バランスがとれない話である。

いずれにせよ、ホジソン・リポートの虚偽性は1977年にSPRの別のメンバー、ヴァーノン・ハリソンによって暴かれた。

この調査結果はブラヴァツキーを誹謗中傷した人々にとって面白くないからか、ブラヴァツキーの世間的な名誉回復はなかなか進展しない。

『オズの魔法使い』に話を戻すと、再読の途中だが、中年になって読むと、ドロシーが子供らしく自然な感じに描かれていることに感心した。次の部分に、心臓病の発作に悩むわたしは慰められた。

少しずつでもオズ・シリーズを読んでいって、神智学の影響を探りたいと思っている。

『青い鳥』を著したモーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck, 1862 - 1949)についても、調べてみたい。

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2016年1月 2日 (土)

天啓のように響いた年賀状の詩(追記あり)。カルディのニューイヤーブレンド。アパレルショップの福袋。

Coffee1

久しぶりの珈琲の記事です。本日が初コーヒーとなりました。年末に、お正月はちょっぴり贅沢しようと、カルディコーヒーファームで「NEW YEAR BLEND」、北野エースでダルマイヤー「プロドモ」を購入。

すっかりコーヒーを淹れる人になった夫は悩んで、「NEW YEAR BLEND」を初コーヒーにチョイス。ダルマイヤーコーヒーは美味しいことがわかっているので。マキネッタではなく、サイフォンで淹れてくれました。

どちらもサイフォン向きだと思います。

Dallmayr ダルマイヤーコーヒー prodomo プロドモ 250g
原産国:ドイツ

NEW YEAR BLENDはすっきりした味わいで、後味がすごくいいです。ほのかにチョコレートっぽい後味が残る気がしました。文句なしに美味しい季節のコーヒーです。

娘が、あるアパレルショップの1万円の福袋を買いに出かけました。昨年初めて買って、すっかり気にいったようです。

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写真を御覧になれば、このお店のファンのかたなら店名がおわかりになるでしょう。わたしは娘についてファッションビルに入っているそのお店へたまに行くことがあるのですが、結構中年女性が試着しているのを見かけます。店員さんが「年齢層の幅が広いですよ」とおっしゃっていました。

写真は中わた入りのハーフコートです。裏地がしっかりしています。これが本来なら21,000円。Tシャツ5,900円。毛糸の帽子4,095円。コーデュロイのシャツワンピース15,000円。ニットのカーディガン7,900円。この合計が1万円になる妙味。

ところで、いただいた年賀状の中に、今のわたしにぐっとくる詩の書かれたものがありました。大学の文芸部仲間だったMくんの年賀状です。

わたしの知り合いにはMさんやらMくんやらが多いのですが、このMくんは当ブログで初出ではないでしょうか。

振り返るのはまだ早い
立ち止まればそこまで
前を見れば
良し悪しなんて誰も解らない

何だか励まされたような気がしました。今のわたしにぴったり! Mくん、まさにそうです。お互いに、前進あるのみ! 

追記:

Mくんに昨年送った年賀状の記録を読み返してみた。詩は、それに対するMくんの助言、激励であることがわかった。

わたしが書いたことは年賀状に書くようなことではないのだが、このような本音を本当の意味で打ち明けられる相手は文芸部で切磋琢磨し合った当時の仲間以外にはいない。

Mくんは当然、わたしたちの先輩に当たる故人となった「詩人」のことも知っている。同じ文芸部で同じ学年でもあったこのMくんとEちゃんには時々もろに弱音を吐いた年賀状を送ってしまう。以下は、わたしの昨年の年賀状の文面。

電子書籍『詩人の詩』が4冊売れ、3人の女性から心のこもったコメントを頂戴したのが嬉しかった昨年でした。
世に出られないまま、ブログで文学の地下活動(?)をし、イソップの「アリとキリギリス」のキリギリスのような生き方をしてきた自分の人生をふと振り返り、何ともいえない気持ちになることがあります。これでよかったのだろうか、と。

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2015年8月28日 (金)

最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル――その豊潤な詩また神智学との関わりについて

過去記事で断片的にガブリエラ・ミストラルという女性詩人について書いてきましたが、神秘主義的エッセーを集めたKindle本に収録し、新ブログで公開するために、、2007年10月31日に書いた記事を中心として1編のエッセーにまとめました。あとで改稿すると思いますが。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル――その豊潤な詩また神智学との関わりについて」
マダムNの覚書、2007年10月31日 (水) 04:56

抽象的な事柄を血肉化し、生きた事例として見せてくれる教科書として、世界の名作といわれるような文学作品に勝るものはない。

ただ巷で人間を眺めているだけでは、その人生まではなかなか見えてこないものだ。それを知るには、先人たちが心の中までつぶさに開示してくれ、渾身の力をこめて人生について語ってくれた薫り高い文学作品を読むのが一番なのではないだろうか。

子供はそのような文学作品の中で様々な人生模様を見、恋愛の仕方を学び、理想的な生きかたを模索する。

命の尊さ――などといわれても、ぴんとこなくて当たり前なのだ。よき文学作品を読めば、そのことが叩き込まれる。生きた水となって土壌に滲み込む。逆のいいかたをすれば、そのような文学作品がよき文学作品ということなのだろう。

詩に目覚めたわたしが自分のお小遣いで買った詩集は、角川書店から出た (深尾須磨子編)『世界の詩集 12 世界女流名詩集』(角川書店、昭和45年再版)だった。

中学1年生のときのことで、その本は大人の女性の世界を開示してくれていた。その中でも、わたしの印象に最も残ったのは、ガブリエラ・ミストラルの「雲に寄す」であった。

 雲に寄す

                    ミストラル

 軽やかな雲よ、
絹のような雲よ、
わたしの魂を
青空かけて運べ。

 わたしの苦しみをまのあたりにみている、
この家から遠く。
わたしの死ぬのをみている、
これらの壁からはるかに!

 通りすがりの雲よ、
わたしを海に運べ、
そこで満潮の唄をきき、
波の花輪のまにまに
うたおう。

 雲よ、花よ、面影よ、
不実な時の間を
消えてゆくかのひとの面影を
描き出しておくれ、
かのひとの面影なくては
わたしの魂は切れ切れに引き裂かれる。

 過ぎゆく雲よ、
わたしの胸の上に
さわやかな恵みを止めよ。
わたしの唇は渇きに
開かれている!

                  (野々山ミチコ 訳)

(深尾編、昭和45)『世界の詩集 12 世界女流名詩集』(野々山ミチコ訳)「雲に寄す」pp.162-163

中学1年生のわたしは、格別な大人の女性の薫りに陶然とさせられた。

私的な、内面的な――おそらくは恋愛の――苦悩をテーマとしながらも、その詩は内向的に萎縮し閉じていくのではなく、青海原へと開かれたスケールの大きさを持ち、高潔さ、清々しさを感じさせた。

Gabrielamistral
Gabriela Mistral

ガブリエラ・ミストラル(本名はルシラ・ゴドイ・アルヤガ。1889年4月7日 - 1957年1月10日)。

ガブリエラ・ミストラルは1945年にラテンアメリカに初めてノーベル文学賞をもたらしたチリの国民的詩人で、教育者、外交官としても知られ、「ラテンアメリカの母」といわれた。

Gabriela_mistral_1945
Gabriela Mistral

『世界の詩集 12 世界女流名詩集』は「女に生まれて」「恋愛と結婚」「あこがれ・孤独・別離」「自然――四季おりおりの詩」「時と永遠」「世界の苦悩――平和への祈り」というカテゴリーに分けられているが、ミストラルの詩は1編にその全てのカテゴリーを網羅しているような詩である。

ミストラルの詩は前掲の詩「雲に寄す」の他に、「ゆりかごを押す」「ひとりぼっちの子」「小さな手」「ばらあど」「死のソネット」 の5編が収録されている。

ミストラルの詩は彼女の知る土地の香りを発散しているが、その香りには土地に限定されない、広大な宇宙の香りが混じっている気がした。

その詩の核には、高度に洗練された哲学があるような感じを受けた。

ミストラルは教育者、外交官であったが、そのスケールの大きさの秘密は職業的なことからだけでは解けない気がしていた。

大学生になって神智学を知るようになったわたしは、ミストラルの詩から神智学の芳香を嗅いだ気のすることがしばしばあった。

その後、さらにミストラルを知ることのできる本として、次の2冊にめぐり合った。

  • 芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』JICC出版局、1989年
  • (田村さと子訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』小沢書店、1993年

ミストラルの詩の数々を愛読し、神智学とミストラルの関係が気になっていたにも拘わらず、その点がもう一つはっきりしなかった。

ところで、 このところ、わたしは婦人科的なトラブルと思われるものを抱えて、検査を受けていた。そんな中で、脳裏をよぎったのは、ミストラルの詩であったり、古典文学に造詣の深い円地文子の小説であったりした。

彼女たちが、女性ならではの苦悩を深く考察し、それを作品化した人々だったからだろう。彼女たちには人類の歴史がよく見えているように思われた。

そして今日、(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集』の中から選んだ詩をブログで紹介しようと思った。それがいつ書かれたのかを確かめようと、巻末の年譜を見た。

そのとき偶然わたしの目がとまったのは、次の一文だった。

1912年 23歳 神智学の会〈デステージョス〉に入会する。
 
(田村さと子訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』「ガブリエラ・ミストラル年譜」p.209、小沢書店、1993年

稲妻に打たれたような衝撃、次いで感動が走った。何て、馬鹿だったのだろう! この貴重な一文を見落としていたなんて。ああ恥ずかしい! やはり、ガブリエラ・ミストラルは神智学の影響を受けていたのだと思った。

実は、何という神さまの悪戯か、その「神智学」という印字が薄くなっていて、文字が拾いにくくなっていた。

それに、わたしがこの詩集を開くのは詩を読むためで、ミストラルの生涯を知るにはもっぱら芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』(JICC出版局、1989年)に頼っていた。詩集の年譜は大雑把にしか見ていなかったに違いない。

ノーベル文学賞詩人ガブリエラ・ミストラルは、間違いない、近代神智学というブラヴァツキーによって確立された神秘主義思想の影響を受けていた! わたしの直観は正しかった! ――と興奮してしまった。

前掲の伝記(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』では、ミストラルと「見神論」との関わりが「見神論――宗教観の深まり」という見出しの下に7頁に渡って書かれている。※

(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』「見神論――宗教観の深まり」pp.68-75

その文章からすると、どう読んでもこれはブラヴァツキーの神智学だなと思ったが、見神論という訳語にしても、神智学という訳語にしても、ドイツの神秘主義者ヤーコブ・ベーメ(1575 - 1624)の思想を意味する言葉でもあるのだ。

つまり、神智学と訳されていてもベーメの思想を意味することもあるから情況は同じともいえるが、特に見神論と訳された場合にはヤーコブ・ベーメの教義を意味することが多いため、確信を得ることができなかったのだった。

だが、もう間違いないだろうと思う。ミストラルはブラヴァツキーの神智学の影響を受けているに違いない。何より、彼女の詩からそれは薫ってくるものだ。

(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』によると、独身で通したミストラルは、37歳の頃、異母弟の子とも実子ともいわれるファン・ミゲル・ゴドイ・メンドーサを引きとり、共に暮らした。

ミストラルはファン・ミゲルを「ジンジン」(ヒンドゥー語で「忠実」を意味するという)と呼んで可愛がり、ファン・ミゲルはミストラルを「ブッダ」と呼んで慕った。

その最愛のジンジンに、ミストラルは自殺されてしまう。ブラジルにいたときで、ジンジンは17歳だった。

ジンジンの死因と自殺の動機について、(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』p.228には次のように書かれている。

 死因は麻薬あるいは砒素の服用といわれている。そしてその動機は通っていた学校のナチ親衛隊のグループとのいざこざとも、恋のもつれが真因ともいろいろに推測それている。いずれにせよ、ブラジル社会および学校集団での軋轢、情緒の不安定に加えた思春期特有の疎外感といったものがからみあって、この繊細な少年を押し潰してしまったのだろう。

ミストラルは20歳のときに、かつての恋人ロメリオ・ウレタにも自殺されている。苦悩は如何ばかりだったろう。

ここで、(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』から抜粋だが〔母たちのうた〕「母たちのうた」〈よろこび〉p.42、「いちばん悲しい母のうた」pp.46-47を紹介しておきたい。

 母たちのうた

〈よろこび〉
 ねむりについた吾子を抱いて わたしの歩みはしめやかだ。神秘を抱いてから わたしの心は敬虔だ。

 愛の音を低くして、わたしの声はひそかになる、おまえを起こすまいとして。

 いま この両眼[め]でいくつもの顔の中から心底の痛みを探しだす、なぜこんなに青ざめた瞼をしているかを わかってもらいたくて。

 鶉[うずら]たちが巣をかけている草の中を 親鳥の思いを気づかいながらゆく。音をたてずにゆっくりと野を歩く、木々やものものには眠っている赤ん坊がいるから、身をかがませて気づかっているものの傍に。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 いちばん悲しい母たちのうた

〈家を追われて〉
 父は わたしを追い出すといい、 今夜すぐにわたしをほうり出してしまうように と母にどなった。

 夜はなまあたたかい。星あかりをたよりに、わたしは隣の村まで歩いてゆかれるだろうけど、もし、こんな時間に生まれたら どうしよう? わたしの嗚咽が、呼び起こしてしまったのだろう たぶん、たぶん わたしの顔が見たくなって出てくるのだろう。そして むごい風のもとで震えるだろう、わたしがぼうやを包みこんだとしても。

〈どうして 生まれてきたの?〉
 どうして生まれてきたの? おまえはこんなにかわいいのに だれもおまえを愛してくれはしないのに。ほかの赤ん坊たちのように、わたしのいちばんちいさな弟のように おまえが愛嬌たっぷりに笑ったとしても おまえにくちづけしてくれるのはわたしひとりだけなの。おもちゃがほしくてそのちっちゃな両掌をゆりうごかしても おまえの慰めはこの乳房と わたしのつきない涙だけなの。

 どうして 生まれてきたの、おまえを選んできたあの人は この腹部におまえを感じとるとおまえをうとんじたのに?

 そうじゃないのよね。わたしのために生まれてきてくれたのね。あの人の両腕[かいな]で抱きしめられていたときでさえ、ひとりぼっちだったわたしのために、ねえ、ぼうや!

わたしは大学時代、第2外国語でスペイン語を選択していた。囓った程度のスペイン語の断片が記憶にこびりついているにすぎないのだが、スペイン語は学習しやすい明快さを持った言語であること、歯切れのよい、シックな言語という印象がある。

そうした言葉で、ミストラルの詩は書かれたのだ。

Gabriela_mistral01
Gabriela Mistral

晩年の詩集『ラガール』の中の「別れ」という詩には、さよなら、ありがとう、という言葉が印象的に登場する。

さようならはアディオス、ありがとうはグラシアスなのだということくらいはわかり、陰に籠もった依頼心の強い日本的情緒とは無縁の感じを持つ詩を想像している。

「別れ」を(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』〔ラガール〕「別れ」pp.147-148から紹介しておく。

 別れ

いま 突風に
吹き寄せられ 散らされてゆく
おおくのさよなら、
このようなものだ、どんな幸せも。
もし 神が望むなら いつの日か
ふたたび ふり返るだろう、
わたしの求める面差しが
ないならば わたしはもう帰らない。

そう わたしたちは椰子の葉をふるわせているようなもの、
喜びが葉っぱたちを束ねたかと思うと
すぐにみだれ散ってゆく。

パン、塩、そして
孔雀サボテン、
ハッカのにおう寝床、
“語りあった”夜よ ありがとう。
苦しみが刻みこまれた
喉もとに もうことばはなく、
涙にくれる両眼〔め〕に
扉は見えない。

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2015年2月21日 (土)

紹介していた詩を非公開にしたことについて 追記:山崎栄治訳のリルケ『薔薇』

カテゴリー「詩」で、有名な詩人の詩――主に翻訳されたもの――をまるごと紹介していましたが、著作権、著作財産権のことを改めて調べて、さすがにこれはまずいと思わずにいられませんでした。

善意だから、閲覧数は高が知れたものだから、出典を明記しているから、というのでは済まされないことはいうまでもありません。

どうしても紹介したいと思う詩については、転載を許可していただけないものか、調べてみたいとは思っています。

前に一度調べかけたことがあったのですが、翻訳者がお亡くなりになっていて、調べるのも結構大変そうだなと思い……そのころは、わたし同様にお気に入りの詩を紹介しているブログをよく見かけたことでもあり、気になりつつも放置してしまったのでした。

とりあえず、今後すぐにできることは、アマゾンの中古本へのリンクくらいでしょうか。――と、思いましたが、もうアマゾンでも全然出てきませんでした。

閲覧を楽しんでくださっていた方々には申し訳ありませんが、どうにかして中古本を求めるなり、図書館で借りるなりして、薫り高い詩に触れていただきたいと願うばかりです。

追記:

ライナー・マリア・リルケ『薔薇』(山崎栄治訳、人文書院、1953年)はアマゾン検索でも出てきませんでしたが、わたしは『新潮世界文学32 リルケ』(1971年)で読みました。その本は、現時点では中古がアマゾンに出ていました。

山崎栄治訳のリルケ『薔薇』は、名訳中の名訳です。

新潮世界文学 32 リルケ (32)マルテの手記・神さまの話・エーヴァルト・トラギー・美術論・小品・詩
出版社: 新潮社 (1971/09)

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2014年12月 4日 (木)

『詩人の死』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『詩人の死』(B00C9F6KZI)を11月26日ごろ、お買い上げいただいたようです。ありがとうございます!

『詩人の死』は5冊目のお買い上げでした。

冒頭に掲げている2編の詩は一部だけですが、以下で完全な形でお読みいただけます。

詩人と呼んでいた女友達が2012年2月に亡くなってから、孤独を噛みしめる日々です。彼女が亡くなってから、わたしには真の意味での――文学を芸術の一分野と意識した――文学仲間と呼べる友人がいなくなりました。

唯一の慰めは、郷土史家と知り合いになれたことでしょうか。無私の境地で郷土の歴史に取り組んでいらっしゃる姿が、わたしにはとても励みになります。使用の許可をいただいた資料を無駄にしないよう、時間がかかっても、それを生かした作品に仕上げなければと思います。

でも、作品を仕上げたところで、読んでほしい彼女はもういない。霊的感受性には優れ、見えない世界の人々のオーラや気遣いを感じる機会の少なくないわたしですが、彼女のことは何も感じられません。あの世のことに関心のある人ではなかったし、そうした話題はわたしたちの間ではありませんでした。

彼女の作品には神秘的なところがあり、形而上的なところがありますが、それはあくまで理知的に、いわば理系的に突き詰めた性質のものではなかったかとわたしは考えています。

形而上的な彼女は、決して神秘主義的ではありませんでした。そんな、自分とはタイプの異なる彼女との会話は、本当に楽しいものでした。話すたびに、自分が何か高められるような気がしたものです。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

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2014年11月28日 (金)

シネマ「インターステラー」を観ながら連想した、2ちゃんねるの未来人

インターステラー(Interstellar)は「星間の」という意味だとか。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

インターステラー

監督・脚本・製作 クリストファー・ノーラン

主なキャスト

  • マシュー・マコノヒー(主人公クーパー)
  • ジェシカ・チャステイン(クーパーの娘マーフ)
  • マッケンジー・フォイ(マーフの子供時代)
  • エレン・バーステイン(マーフの最晩年)
  • マイケル・ケイン(ブランド教授)
  • アン・ハサウェイ(アメリア・ブランド。ブランド教授の娘)

原題 Interstellar
製作年 2014年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 169分

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

以下、ネタバレあり、注意!
まだこの映画をご覧になっていない方、内容を知りたくない方は、お読みにならないでぐたさいね。

砂嵐に襲われるアメリカ中部の田舎町。砂嵐は頻繁に起きた。農作物がだめになり、人類は飢餓と窒息死を待つだけかと思われた。

予算の膨らむ宇宙開発は今では否定され、NASAは秘密基地で細々と研究を続けていた。

そこへ偶然に引き寄せられたクーパー。クーパーは農業を営む元パイロット兼エンジニアだったが、クーパーの過去の業績を買ったNASAの依頼で、人類の救出を賭けた宇宙探査プロジェクト・ラザロ計画に参加することになる。

クーパーには宇宙船を墜落させた過去があり、それは重力の乱れによるものだと説明を受ける。砂嵐も、重力の乱れによるものだという。

ブランド教授がラザロ計画の中心人物で、彼は理論物理学者だった。その娘アメリアも、ラザロ計画に参加していた。

ところで、クーパーの娘マーフの部屋では、本棚から本が勝手に落下した。マーフはその現象をもたらす何かを、ある種の親しみを込めて幽霊と呼んでいた。

実は、その本棚の裏側には異次元の空間が構築されているのだが、何かあると思いながらも、2人には謎のまま、父子の別れが来たのだった。

部屋に吹き込んだ砂模様が「ここに留まるように」というメッセージを送っているから、行かないで……と訴えるマーフ。それを振り切って宇宙へ行ってしまうクーパー。

ラザロ計画。ラザロは、新約聖書のヨハネ福音書に出てくる人物で、イエスが大声で「ラザロ、出て来なさい」と叫ぶと、生き返る。

太陽系から出て人類の生存を計るには、移住か、培養した卵子からコロニーを作るという種の存続を目指すかのどちらかだった。

先発隊が、三つの星から情報を送ってきていた。クーパーたちは宇宙船「エンデュランス」で、土星付近のワームホールを使い、そうした星へ向けて出発することになる。

ワームホールとブラックホールがよく出てくる。以下はウィキペディアより抜粋。

ワームホール:Wikipedia 

ワームホール (wormhole) は、時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。

由来
ワームホールが通過可能な構造であれば、そこを通ると光よりも速く時空を移動できることになる。ワームホールという名前は、リンゴの虫喰い穴に由来する。リンゴの表面のある一点から裏側に行くには円周の半分を移動する必要があるが、虫が中を掘り進むと短い距離の移動で済む、というものである。
ジョン・アーチボルト・ホイーラーが1957年に命名した。

第1の星は、生物学者ミラーが向かった星であるが、山と見紛うほどに物凄い津波の起きる海に覆われた星で、ミラーは既に死んでいた。

ここでのアクシデントで時間を食う。星での1時間が地球では7年間に相当し、地球時間にして23年もの時間が経過してしまったのだ。

第2の星は、最も優秀な科学者マン博士が向かった星で、そこは氷に覆われた星だった。

生きていたマン博士は功利心と自分だけが助かればいいという思いの塊になっていた。そこが住めない惑星と知りながら、住めるという嘘の情報を送って助けを呼び寄せたのだ

クーパーは、自分を殺そうとするマンと殴り合う。

マンはクーパーたちの母船エンデュランスを乗っ取ろうとするが、クーパーはそれを阻止した。マンは自業自得の形で、宇宙の藻屑と消える。

しかし、母船エンデュランスは傷つき、もはや地球に戻るだけの力はなかった。近くに存在したガルガンテュアという弱い、回転するブラックホールを利用した航行法で、アメリアの恋人エドマンズの待つ可能性のある第3の星へと向かうことにする。

が、クーパーは独自の判断で、輸送能力のある部分を母船から切り離し、アメリアのみエドマンズのもとへと向かわせた。残された燃料や食料では、1人生き延びるのが限界だと思われたからだった。驚くアメリア。

クーパーは、ガルガンチュアへと吸い込まれていく。

広がる漆黒の空間で、辿り着いたのはマーフの部屋にあった本棚の裏側だった。そこは、様々な時間軸が回線のように走る異次元の空間として存在していた。

マーフの部屋の中で起きる本棚や砂、そして腕時計が惹き起こしていた異常な物理現象は、その異次元世界に拘束されたクーパーが過去にいる娘マーフに送る合図やモールス信号だったのだ。

クーパーは、重力を利用したモールス信号(?)で、ブラックホールの解析データを腕時計の針に送る。

クーパーの必死の行動と、それを読みとらんとするマーフの行動は、実は5次元空間に住む未来人(未来のわれわれ)に導かれたものだった。少なくとも、クーパーはそう解釈した。

マーフはブランド教授の研究を継承していたのだが、父クーパーが送った情報により、重力に関する研究を完成させ、ユリイカ!と叫んだ。

最初に「ユリイカ!(わかった)」と叫んだのはアルキメデスだったが、バルザックも『絶対の探求』で主人公の化学者に「ユリイカ!」と叫ばせた。

クーパーはやがて、「クーパーコロニー」と名づけられた宇宙ステーションに救出される。

そこは土星の軌道上に建設された巨大なコロニーで、理論物理学者マーフ・クーパーにちなんで命名されたコロニーだった。

異なる時間の流れに身を置いてきたクーパーは124歳になっていたが、見かけ上は変わらない。年老いた娘のマーフは、死を迎えようとしていた。マーフの枕もとで果たされた父子の再会。マーフの病室では、沢山の親族がマーフを見守っていた。

クーパーはマーフに「親は子の死を看取るものではないわ」といわれ、アメリアに関する情報を得たクーパーは再び宇宙へ旅立つ。アメリアのいる星へ。

既に恋人エドマンズは死んでいたが、生存可能なその星でアメリアは孤独に生きていた。アメリアが愛の中で得た、恋人のいる星へ行きたいという切実な想いは、未来を孕んだインスピレーションでもあったのだ。

映画では、ディラン・トマスの詩“Do Not Go Gentle Into That Good Night”が使われていた。

穏やかな夜に身を任せるな
老いても怒りを燃やせ、終わりゆく日に
怒れ。怒れ。消えゆく光に

詩が映画に合っていたかどうかは微妙だが、独特の雰囲気をもたらしてはいた。ディラン・トマスの詩を収録した詩集があるので、あとでどれか紹介したい。

映画制作には、重力の権威キャップ・ソーンが協力しているとか。理論物理学者で、時空、ブラックホール、ワームホールに関する権威の一人らしい。

しかし、ワームホールはともかく、クーパーがブラックホールに呑み込まれた辺りから、SFがファンタジーになってしまった気がした。別々の科学理論が短絡的に結びつけられているような違和感を覚えたのだ。

そして、「愛は人類を救えるか?」的な単純なヒューマニズムがあぶり出されてくるところは、あまりにも、あまりにもアメリカの映画……尤も、だからこそ、娯楽映画として、安心して映画鑑賞できるというところもある。

「インセプション」で魅了されたクリストファー・ノーランには、今回も壮大な映像で楽しませて貰った。何よりノーランの考え方に、神秘主義者のわたしにも共鳴できるところがあるのは、嬉しい。

「インターステラー」で描かれる地球の荒廃した姿に、今自分が生きている世界の世界規模で起きるようになった異常気象と生活環境の変化、それに絡んで起きてくる外交問題、増えるばかりの国内問題、内憂外患の事態、揺らいでくるこれまでの価値観……といった社会現象が脳裏をよぎり、他人事ではないと感じさせられた。

映画を観ながら、2ちゃんねるの「未来人さんいらっしゃい」を連想してしまった。以下のサイトで、2062年から来たという未来人の言葉がわかりやすくまとめられている。

民主党政権時代に国会中継を観ていると、日本は他国にのっとられてしまうのではないかという戦慄を覚えずにはいられなかった。そんなとき、どうせ書き込んだのは現代人だろうと思いながらも、その言葉にどれだけ励まされたことか。

Q.次の日本の首相や政権交代の時期
A.首相は今の民主党議員が入れ替わりで就任する。それが終わると自民党に移る。
(2010/11/14)

Q.外国人参政政権、人権保護法は成立するか
A.外国人参政権人などない。
(2010/11/16)

今は、以下の言葉を励みとしている。書き込まれた日付を思えば、何にしても不思議な書き込みではある。

Q.現代の日本人に言っておきたいことは?
A.時に身を委ねることだ。2014年までは足掻いてもどうにもならない。
日本人の忍耐強さが試される時だ。
おそらく今は、他国を攻めるべきだ、強く対応すべきだ、守るべきだ、と色々考えはあるかもわからないがね。
(2010/11/14)

Q.私たちが未来のあなた達への財産として、残しておいてほしいものや、やっておいてほしいものはありますか 。
A.何もない。今の環境で十分すぎるからむしろ感謝しなければならない。
つくづく日本人に生まれて良かったと感謝している。
(2010/11/16)

追記:ライン以下に、映画に使われていた詩ではありませんが、ディラン・トマス「十月の詩」(安藤一郎訳)『世界文学全集――103 世界詩集』(1981)から一部を紹介しておきます。好きな詩なので1編全部を紹介したいのですが、長いのです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2014年11月 5日 (水)

ユネスコの精神的母胎となった、神智学協会の理念

注文していた本がAmazonから届いた。

ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会
岩間 浩 (著)
出版社: 学苑社 (2008/08)

H・P・ブラヴァツキーがH・S・オルコット大佐と共に設立した神智学協会が20世紀の世界の文化人に多大な影響を及ぼし、後継者のアニー・ベサントがガンジーや詩聖タゴールらと関係を持ちながらインド独立運動で指導的役割を果たしたこと 、また文化財を保護するレーリッヒ条約については知っていたが、教育関係にも大きな役割を果たして、モンテッソーリ教育を発展させ、神智学協会の理念がユネスコの精神的母胎となったことまでは知らなかった。

神智学協会は博愛的、学術的団体〔H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年改版)p.29〕であるので、政治活動はあくまでプライベートな領域である。

また、竜王会を設立して総合ヨガや神智学を日本に紹介した三浦関造氏が兄と共に教育者としても大変有名であったことなど、竜王会、神智学協会の会員でありながら、あまり知らなかった(竜王会の内部部門として存在した神智学協会ニッポン・ロッジ。その初代会長・田中恵美子先生の没後、組織は竜王会と神智学協会ニッポン・ロッジに分かれた)。

初代事務局長はイギリスのジュリアン・ハクスリ―(在任期間1946年12月 - 1948年12月)。ハクスリー一族の出身で、生物学者、ヒューマニストとして知られる人物だが、弟は作家オルダス・ハクスリー。オルダス・ハクスリ―は神智学協会との深い関係で知られている。

アンネ・フランク、ジャーナリストだったキャサリン・グラハム、Amazon.comの創立者ジェフ・ベゾス、Googleの共同創立者セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、wikipedia創設者ジミー・ウェールズなども、モンテッソーリ教育の生徒だったという。

明治時代の神仏分離による廃仏毀釈で宗教が骨抜きになり、思想的に混乱した日本。

その日本からイギリスに国費留学して神経衰弱に陥った漱石や、その生徒で、「大なる悲觀は大なる樂觀に一致する」などとカッコつけて厭世観から自殺した藤村操のような人間とは異なる強靱な探究心、スケールの大きさで、日本の宗教思想の再生を試みた三浦関造のような人物もいたのだ。

私事になるが、前世は修行者であの世の光はすばらしかった……というわずかばかりの霊的記憶を持って生まれたわたしを、見えない世界からずっと見守ってくれているうちの中心にいたのがこの方だった。

竜王会に入ろうかどうしようかと迷ってうたた寝しかけたとき、眼前高くぽっかり空いたエメラルドグリーンの円の中から気品の高い方々がこちらを見ていた。その真ん中に写真で見た三浦先生がいらして、「ようやく辿りついたね」と、楽しそうにお笑いになったのだ(そのような幻影、あるいは瞬間的な夢を見たといいかえる方が無難だろうか)。

しかし、竜王会に入ったわたしは三浦先生の諸著作には関心がなく、業績にも興味がなかった。三浦先生の長女、田中先生をただ、ただ慕い、神智学に関する疑問をしきりに手紙に綴って回答を求めた。

そして、日本には仏教があるのに、なぜヨガ? とわたしは疑問に思っていたのだ。その疑問が、初の歴史小説を書くために明治の廃仏毀釈を探ったことで解けたのだった。

仏教思想の本質に触れることは、三浦先生の時代にはもう日本では不可能になっていたのではないだろうか。仏教の源流を求めれば、ヨガに行き着く。

三浦先生のヨガ会得の精華が総合ヨガであり、また三浦先生は神智学に魅せられ、日本に紹介した。ブラヴァツキーの代表作「シークレット・ドクトリン」は、東西の宗教思想が共に源泉としている根源的真理を、仏典の詩編をモチーフに解説している。

三浦先生が達人と呼ぶにふさわしい人物であったことが、綿密な取材を経て本に書かれている。

教育をテーマとしながら、神智学協会が世界に及ぼした計り知れないほどの影響力について、これほど包括的、具体的、検証的に書かれた本はこれまでに出ていなかったのではないだろうか。

「はじめに」から、ユネスコについて、また本が書かれた主な目的が述べられた部分を、紹介しておきたい(pp.2-3)。

ユネスコ(UNESCO)は、戦争の原因は人々の心に根ざすとして、平和な心を育てることなしに、永久的平和はありえないという認識から、人類の教育、科学、文化の発展を目指す国際機関として、国連内に誕生した。その仕事は地味ではあるが、ユネスコは「国連の良心」として、国連の世界平和の実現という大目的に向かって努力している。
 そのユネスコは、どのようにして生まれたのか、それを追求するのが本書の主たる目的である。本書では、国際連盟内の国際知的協力委員会(ICIC)や連盟の外郭団体であった国際教育局(BIE)など、ユネスコの前駆として既に知られている組織の他に、(国際)新教育連盟(NEF)がユネスコ創設に当たり大きな役割を果たしたこと、及びそのNEFを創設したのが神智学協会であったという隠れた事実を浮き彫りにする。この基線の上に、スイス、インド、南アフリカ、日本などでの新教育連盟の展開ぶりを示し、新教育連盟の軌跡の一端を紹介する。また、エンソア、タゴール、モンテッソーリ、レーリヒなど新教育連盟及び神智学協会と密接な関係を有した人々を取り上げ、日本では下中彌三郎、三浦修吾・関造兄弟の新教育運動に影響を与えた人物をケーススタディ的に記述し、かつ、東京の冨士小学校における新教育実践の姿を明らかにする。
 

読了後にきちんとした記事を書きたいが、ざっと目を通してすっかり興奮してしまった。

「ユネスコ憲章」の前文、第1条(目的及び任務)をここで閲覧できる。

神智学の理念を映した、この崇高なユネスコの理念が、日本では日教組の反日愚民教育によってすっかり歪められ、日本の子供たちには本物のユネスコ精神が伝えられなくなってしまっていると思う。

詩聖と称されたタゴールの詩を、わたしは岩崎書店の『ジュニア版 世界の文学 35 世界名詩集』(山本和夫編、昭和44年)で中学1年生のときに読み、魅了された。

タゴールの詩を青空文庫で読むことができる。タゴールは「ギタンジャリ」によって、1913年にノーベル文学賞を受賞している。

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における関連記事:

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2014年3月15日 (土)

神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ④フェルナンド・ペソアの青い哲学的果実

 ③を書いたあと、フェルナンド・ペソア読んでおかなくてはと思い、図書館からフェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』(澤田直訳、平凡ライブラリー780、2013年)を借りた。タブッキ『黒い天使』、『イタリア広場』。『フェルナンド・ペソア最後の三日間』を再度。『ビクトリアス・ポターの生涯』。他は初の歴史小説のための資料として借りた本。

 フェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』は神秘主義者の瞑想的断章という趣ではなく、形而上学的思索の断章で編まれた本という印象で、わたしには難しいところがある。しばしば著者の思考を追っていけず、取り残される。わたしの読解力のなさが原因の一つではあろうが、これがペソアの試行錯誤の書でもあるからだと思う。

 タブッキに覚えたのと同じ親しみを期待して、ペソアの本を繙いたのだった。ところが、ペソアの本は見知らぬ思索者の本として存在していた。

 流派の違いをはっきりと感じ、改めてアントニオ・タブッキが神智学という思想、思考法と如何に関係の深い人であるかがわかった気がした。タブッキが神智学協会の会員であったかどうかは知らないが、彼の諸作品は神智学の芳香を放っている。

「神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界」ももう④になってしまった今頃になってだが、神智学をご存知ないかたのために、ライン以下に「はてなキーワード:神智学」から引用しておく。

 タブッキは「インド夜想曲」で、「僕」に、ペソアはグノーシス神秘主義者と公言していた薔薇十字だったといわせている。「インド夜想曲」は小説だが、著者タブッキはペソア研究の第一人者だったそうだから、「僕」の言葉はタブッキのペソア研究から出たものなのだろう。

 解説には、それらしいことは何も書かれていない。わたしは薔薇十字をのぞき見したことがあるだけなので、ペソアの作品が薔薇十字的かどうかはわからない。そこに漂う薫りは少なくとも神智学の薫りではない。「汎神論、アレゴリー的解釈法、折衷主義、直接の体験によって真理を知ろうとする神秘主義」といった神智学の特徴が見出せない。

 ペソアはひじょうに真摯な、形而上学的思索者というほうがぴったりくる気がする。

 グノーシスの定義は難しいようだが、グノーシス主義の特徴は二元論だといわれる。ペソアは二元論的である。が、神秘主義者といわれても、わたしにはどこがそうなのかがわからない。

 ウマル・ハイヤームの詩が引用されているせいで、連想が働くのかも知れないが、イスラム思想の影響がある気がする。わたしは大学時代、ハイヤームにも惹かれた時期があったが、ペルシャの神秘主義的詩人ルーミーの『ルーミー語録』を読み、イスラム神秘主義[スーフィズム]の高級感ある世界に驚嘆した。

20140312190649

 しかしペソアは、ルーミーの洗練の極みのような陶酔の境地からも、ハイヤームの虚無的完成度からも遠く、現代的な、そして過渡的な青臭さがあって、陶酔しかけては用心して覚め、虚無に徹するには躊躇があるといった風ではないだろうか。

 タブッキが描いたようなペソア像――ペソアの創作した群像というべきか――は、わたしはちょっと違うという気がある。タブッキのペソア像は、すこやかに神秘主義を呼吸していたタブッキ自身の投影、ヴァリエーションとしか思えない。

『新編 不穏の書、断章』には印象的な断章が多く存在する。わたし好みの――引っかかる部分も含まれるのだが――独特の禁欲的な美しさを帯びた断章を以下に抜き書きしておきたい。

P249
 私たちひとりひとりが小さな社会なのだ。少なくともこの地区の生活を優雅で卓越したものにしなければならないし、われらの感覚の祝祭を抑制し、われらの思考の祝祭を簡素で礼儀正しいものとしなければならない。周囲では、別の魂たちが、貧しく汚い地区を建設することもあるだろう。どこからがわれらの地区なのか、その境界をはっきりと標し、われらが高い建物の外壁から、遠慮深い秘密の部屋まで、すべてが高貴で、静謐であり、簡素に彫刻をほどこされ、すべてが物静かで、目立たないようにしよう。こうして、愛は、愛の夢の影となり、青白く、月に照らされた二つのさざ波の、波頭のIあいだのさざめきのようになる。欲望は無用で攻撃性のない、魂が自分とだけ交わす優しい笑顔のようにしよう。そして、魂はけっして実現を夢見ることも、自分に言って聞かせることもないようにする。捕らえた蛇のように憎悪を眠らせ、恐怖には、視線の奥底、われらの魂のなかの視線の苦悩以外の表現を控えるようにさせること。これこそ唯一、美学に反さない態度だ。

P308-309
 私は、肘をついてぼんやりと座っていた机から立ち上がる。私はこれらの不揃いな印象を自分に語って楽しんだ。私は身を起こし、窓のところへ行く。窓からは屋根が見え、沈黙がゆっくりと始まるなかで、眠りにつく街が見える。月は大きくて、ほんとうに真っ白で、家並みの微妙な違いに悲しく光を当てている。そして、月の光は、その氷のような白さで、世界の神秘全体を照らしているかのようだ。それはすべてを示しているように見える。だが、すべては偽の光と、まやかしの間隔(インターヴァル)と、不合理な高低差と、目に見えるものの不整合性からなる影にすぎない。風ひとつなく、神秘が増したように思われる。私は抽象的な思考に嘔吐感を覚える。私自身の啓示であり、なにかの啓示であるような文を、私はけっして書くことはないだろう。薄い雲が月の上を、隠れ家のように、ぼんやりと漂っている。私は、これらの屋根と同様、なにも知らない。私は、自然全体と同じように、座礁してしまったのだ

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2013年12月30日 (月)

まだ捨てられそうにない文芸部の機関誌 - 自作詩3編と合評メモ。

 3年前にも、わたしは黄ばんだ紙の束を捨てようとして、思いとどまったようです。

 今年もまた捨てられそうにありません。中身を確認さえしなければ、捨ててしまえたでしょうけれど。

 福岡大学で学生生活を送ったのが、昭和51年4月~55年3月までで、1回生の早い時期に入部し、卒業する前年まではよく合評会に出席していました。

 創作詩を中心とした「太陽」の合評会はだいたい毎週行われていました。他にも、年に2回小説部門に主眼を置いた『福大文学』、年に1回詩部門機関誌『シャバ』が発行されていて、その選考のための合評会もありました。

 全部保存していればかなりの数になったでしょうが、わたしが保存しているのはその一部です。「福文連機関紙創刊号 vol.1」も混じっていました。雑誌になったものもあったはずですが、これはガリ刷りです。行織沢子さんの「あこがれ」が載っています。

 「福文連機関紙」は九州産業大学、西南学院大学、福岡大学の作品を集めた、合評のための機関誌でした(その前には九州全域の大学に呼びかけた「九文連」が企画されたこともあったとか。続かなかったようですが)。九州大学にも呼びかけていましたが、当時九大は不活発で、愛好会か同好会しかなかったように記憶しています。

 でも交流はあり、わたしはその中の1人から、「蜜柑」という小説に分厚い感想の手紙を頂戴したことがありました。いろいろと批判してありましたが、あなたなら小説家になれるという激励の手紙だったような……よく覚えていませんが。

 ガリ刷りは年月が経つと印字が薄くなったりするんですね。ほとんど読めなくなっているものもあります。はっきりしているものもあります。なつかしさがこみ上げてきます。

「太陽」には熱心に作品が寄せられていました。わたしも沢山書き、「太陽」で批評して貰い、そして卒業する頃には自身の詩の才能に見切りをつけ、小説に転向しようとしていました。

 詩ではなく、散文になってしまうのですね。そのように指摘されることも珍しくありませんでした。

 沢山書いた中では、以下の記事で紹介した「月とたましい」だけがどうにか詩になっているように思えます。『シャバ』に載りました。

 今回、一部を読み返してみました。書いたことすら、すっかり忘れていた詩が出てきて、びっくりしました。3編の拙詩及び合評会で受けた批評のメモを紹介します。といっても、少ししかメモできていませんが、合評会の余韻があります。

 合評会では、作者は最後にひとこということができるだけで、合評中は静かに耳を傾けているのが作者のとるべき基本的な姿勢とされていました。

「或る記憶」は、飼っていた犬のポリーが死んだときのことを描いた詩。「ろうそく」、もう一つという気がしますが、確か『シャバ』に載せて貰いました。「エロス」は何でしょう、プラトンに心酔していたときの詩でしょうか。プラトンの『饗宴』を読んだあとに書いたのかもしれません。同じ号に「直観をめぐって」という未消化な哲学的エッセーを載せています。

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「或る記憶」

後足の細さが かすかにもがいて赤んぼうのように
ポリーは土に降りた。歩いて 歩きながら
ポリーの目は脹れる様(さま)に

見開いてしまった。  わたしは見たのだ。
いつもと変わらぬ 天と地と空(くう)のその一さいが
ポリーの小さな瞳めがけて
雪崩(なだ)れ込むのを
語らぬものの全てが語らぬを周知に 
ポリー
の瞳を選定した。
わたしは見た。ポリーがなぜ死ぬのかを。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • 「視覚的理解」と視覚的恐怖をそのままスケッチしようと思った。
  • 外界、命もたないもの。
  • 感覚的言葉の連続。ぎこちない。
  • 「死の瞬間」
  • 人間――見る側の選定。
  • 最終行の「なぜ」はある部分をごまかしているのではないか? しめくくりに問題あり。
  • 一瞬ゾッとした。
  • 文全体では入ってこない。
  • 「感ずることのあまり新鮮にすぎるとき それを概念化することは きちがひにならないための 生物体の一つの自衛作用だけれども いつまでもまもってばかりゐてはいけない」 [注]司会者のまとめとして引用された文章でしょうか?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「ろうそく」

ろうそくの灯は わたしを招く手のかたちです
とうの昔から今も眠るものたちの透明な殻が
大地へと染み通った風に擦(こす)られ聴こえてくる
さざめき
ろうそくの灯の疼痛に似た濃い黄は確かに幾ばくかの
ミステリーを隠している
生に立ち還ろうとするもののミステリー
わたしはうわべにすぎぬ
いくら剥ぎ取っても玉葱のように薄ら闇を抱いた
うわべのわたし
泣きにも叫びにも笑いにも実体のほうで籠もってくれはせず
裸足で見つけた わたしの乳母 夢
うつろになるまで夢を見果て
ああ 脳がまた歯ぎしりをしだす

ろうそくの灯はあかいマントの旅人です

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • ろうそく……誰でも使いそうな題材。
  • 「うわべ」重厚な観念か? 生活していくことの貴重な認識。調ったいい詩。
  • 5行~7行「ろうそくの灯の疼痛~ミステリー」の部分では、生に対する考えがもろに出ている。きつい表現があっても、柔らかくしか読めない。読者にとってはそれがよかった。
  • 1行1行の魅力。
  • 8行~10行「わたしはうわべ~うわべのわたし」は愚痴っぽい。
  • 9行~11行「いくら~籠もってくれはせず」は生の声。限りなく共感を感じる。静かな焦燥感。
  • 「わたしはうわべにすぎぬ」「裸足で見つけた わたしの乳母 夢」の定義すごい。切望が籠められている。
  • 最後の4行は少女漫画のような構成。「ろうそくの灯はあかいマントの旅人です」は乙女チック。
  • 閉じた中にろうそくという対照的な構成。
  • いい詩なのか、悪い詩なのか、わからない。
  • 「ああ また脳が歯ぎしりをしだす」では作者の中に葛藤がある。高次元の葛藤。
  • ろうそくの灯の明晰さとの対比。
  • 「ああ また脳が歯ぎしりをしだす」と収束していくが、ひどく重たくなった1行。
  • 行ごとに主張が深まっている。
  • 読んだイメージとしてはいいが、気に入らなかったのは、「うわべ」が2回来ている。「うわべ」が強調されすぎているのではないか? 後のうわべは削ってほしかった。ろうそくのイメージになじまないものがある。全体の感じとしてはよかった。
  • ぐるぐる人生のサイクルの中で、夢のような美しいものを捉えようとするけれど、捉えられないということが書かれている。
  • 最後、言い切ってしまっている。言い切ってしまってほしくなかった。
  • 行の間に時間が感じられない。一瞬の思考。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「エロス」

空にあって完璧に
翳と光は聖別されている
無数の絵を
どこにもかしこにも散りばめて
見る者を酔わせる空
わたしとは現在を
その空間と時間を
できるだけ充たそうとする
いっしゅんの
わたし
その集積が醸(かも)し出す
光景(ヴィジョン)ではない
酔って酔いどれて
このいっしゅんの輝きのグラス
指の間からこぼれるままに
おまえの峻別する翳と光
身にしみてふるわせるおまえの
うつろさ貧しさ
愚かなおまえ
酩酊の片恋(エロス)よ
たましいの一点だけの明晰
ああ ソクラテス
翳と光の賢者

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • 言葉のつながり。エーゲ海あたりの紺碧の空。「ソクラテス」へのあこがれ。かなり強く伝わってくる。この詩には共感できた。
  • 作者が次元の高い所を求めていっているような感じを受けるが、もう一歩なのではないか? 「ソクラテス」は不自然に感じる。読者が相当に読み込まないと駄目な詩。
  • 最初から「いっしゅんの わたし」までは素直に入ってきた。作者のいいたいことがおぼろげにわかる。「酔って酔いどれて」どうしてここで出てきたのか、わからない。「ソクラテス」はあったほうがいいように思う。
  • 「酔って酔いどれて このいっしゅんの輝きのグラス」書かれていることはわかる気がする。少々の混乱。
  • はじめ読んだとき、作者にしかわからない。しかし感覚としてわかる。「ソクラテス」読者に漠然としたものしか感じられない。最初、ああ今から入っていくのだと思った。「酔って~おまえの峻別」するまでは。「ソクラテス」という哲学をもって来られると困る。全部をつつむように「ソクラテス」をもってこられたら困る。哲学で最後を締めくくられるのは嫌いだ。最後の4行は戸惑う。詩的形式が無視して書かれているからだ。比喩が少ない。かといって、直截的ではない。概念――思考内での解釈をそのままで横たえている。問題――詩的魅力があるかどうか。こういう書き方では観念が鈍化していくのでは。散文にしたほうがいいのではないか。映像を氾濫させるとか。
  • 思考の姿を空に託そうとするように感じられる。「酔って」以降、思考の展開。「おまえ」がはっきりしない。手際よく行われてはいない。表現はいいが、展開がよくない。体言止めが三つ続く――もう少し考えるべき。「ソクラテス」唐突すぎる。「わたし~光景ではない」には共鳴できる。
  • 硬質の詩。タイトルがエロスだけに、詩として収めきれない。「ソクラテス」気にはならなかった。

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