カテゴリー「自作小説「あけぼの―邪馬台国物語―」」の94件の記事

2008年12月 8日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第93回

 ナシメさんたちの話では、城都洛陽の宮殿の幾つかは未だ造営中であったということです。後漢末期の混乱で見る影もなくなっていた洛陽でしたが、後漢全盛の頃の絢爛さがほぼ甦っていました。

 城壁に囲まれた都市である洛陽は、東西がおよそ6里(19、南北がおよそ9里(20の大きさだということです。

 城壁が巡らされた内部には、北宮、南宮を中心として、行政の施設、武器や食料品の倉庫が並ぶ区画や、貴族の住居がある区画、貧しい人々が生きる区画などがあり、市がひらかれていました。

 南に洛河が流れています。郊外には、明堂(21、霊台(22、癖擁・太学(23などがありました。

 トシゴリ氏は、堅牢な囲いの中で構成され、営まれている魏都のあり方の特異さや、宮殿や貴族の邸宅に見られる石づくりのスケールの大きさに度肝をぬかれ、自分を野鼠のように感じたそうです。

 カルチャー・ショックが癒えた後でトシゴリ氏は、母なる自然に添って暮し、大国に比べて貧富の差も刑罰もゆるやかな、大国の人々に比較した場合にはっきりしてくる我々の柔和さ――この、柔和さに潜むものが文化的遅れなのか、徳なのかと、自問してしまったとか。〔続〕


  19 当時の中国の1里は約434メートル。約2.6キロメートル。
 20 約4キロメートル。
 21 祖廟。
 22 天文台。
  23 共に、学校。

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2008年8月 3日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第92回

 公孫氏落城が238年の8月のことでした。そして、ナシメさんとトシゴリ氏が献上品と共に帯方郡に到着したのは、翌239年の6月です。

 帯方郡太守の劉夏(りゅうか)は、一行に案内役をつけて魏都洛陽まで送らせますが、この年、魏では明帝が崩御し、8歳の幼い曹芳(そうほう)が即位するという政変があり、そのための一行の帯方郡での滞りがありました。

 帯方郡を訪れてから6ヶ月後の同年の239年(1512月、遂に倭国の一行は華の都洛陽を眼にしたのでした。

 女王の一大事業といえるこの度の中国王朝への朝貢は、タルの楽天的でありながらも的を射た予測に違わない稔り多いものでした。

 魏の廃帝(はいてい)(16)より下された詔書(しょうしょ)には、遠路はるばる朝貢して忠孝を示したことに対するねぎらいの言葉から始まり、女王を『親魏倭王』とする旨が述べられ、金印紫綬(しじゅ)を授与すること、よって倭人たちを充分に治めて魏に従うようにせよ、との指示があって、使者たちに褒賞として与える官位〔ナシメさんには卒善中郎将、トシゴリ氏には卒善校尉。いずれも高級武官の官名〕と印綬(17のことが触れてある後は、それは豪華なプレゼントの目録となっていました。

 濃い赤地の咬竜の模様のある錦5匹、細かく縮れた濃い赤地の毛織物10枚、あかね染めの織物50匹、紺青染めの織物50匹、また特に女王に、紺地の曲紋のある錦3匹、まだら模様の毛織物5枚、白絹50匹、金8両、五尺刀2口、銅鏡100枚、真珠・鉛丹各50斤が下賜(かし)されることになるのでした。

 ナシメさんたちの帰国にあたり、帯方郡太守の弓遵(きょうじゅん)は梯儁(ていしゅん)らを派遣して、魏帝からのプレゼントを持たせました。

 女王の使節団がこれほどまでに厚遇されたのは、幼い魏帝を補佐する司馬懿の意向によるものだったと思われます。

 女王は思った以上の魏のきらびやかな処遇に応えるために不調を押して、中国の使者である梯儁と接見なさいました。

 この時の女王は、王位を象徴するダイアデム(18をお付け遊ばされました。このダイアダムはガラス製の管玉をつないだものなのですが、管玉の色はスカイブルーで、美しいものです。

 中国文化圏には存在しないタイプの王冠であり、女王の御姿は、中国の使者の眼に印象的に映ったことでしょう。女王は、魏帝への礼状をお託(ことづけ)になりました。〔


  15 魏の景初3年。
 16 曹芳。
 
17 銀印青綬。
 18 ヘアバンド式の王冠。

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2008年7月13日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第91回

 第五章

「さしたる献上品は必要ないんですね。中国の皇帝は太っ腹。心ばかりのものを持って行けば、よしよしして、沢山のプレゼントを持たしてくださるはずですから。使者となるナシメさん、トシゴリさんの容貌は、質のよい恭順さに溢れている。何よりの献上品ですよ」

 タルの言葉にわたしは噴き出し、ピチピチする魚さながらでいらっしゃる姫君をとり押さえ損ないました。

 宮中では、朝貢のための準備が着々と進められているところでした。

「乳人殿は、今日はどうされたの?」
「熱がありますの。別の局で休んでいますのよ」

 タルは頷きました。わたしに手を貸しながら、「遼東はまだ混乱しています。魏の官吏を襲うゲリラが出没するという話ですし、抵抗している豪族も少なくないようです。ナシメさん、トシゴリさんのご無事を祈らなくては」

「姫君、お父君がほどなく異国へとご出立なさいますんですよ。きちんと、行ってらっしゃいがおできになりますか」とわたしは姫君に、殊更陽気に語りかけました。

 お召し替えが終って気持ちよくおなりになった御子は、愛らしいお口に指をまるごと突っ込んで、小鳥のような、泡のような声をお立てになります。

「公孫氏を撃った司馬懿は元々清流派(13に属し、曹操(14時代にブレーンを成した1人で、底意のありそうな人物なんですが、今や、魏の権力を二分する大官ですものね。
 彼の併合した旧公孫領の帯方郡を経てはるばる魏に朝貢しようとする我が国の使者は、悪いようにはされないはずです。

 それというのも、司馬懿のかつてのライバル――この人はもう死んじゃったけど――が帯方郡に力を入れてシルクロードの交易路を圧え、大月氏王の朝貢を促したことがありました」

「まあ、タル。大月氏国というと、あなたの出生地ですわね」

「そういうことにしておくかな。
 大月氏王はその時、親魏大月氏王の称号を贈られている。魏王朝ではその事実とのバランスをとる必要があるでしょうから、おそらく女王様は、親魏倭王の称号を贈られるのではないかと思いますね」

「タル」
 イサエガが妙な動きをひろげていますわ、と続けようとして、わたしはふと気だるくなりました。

 けれども、タルは感受したようで、ほっそりとなって髭を生やした栗色の顔が翳りました。

 およそ不思議なことでしたが、その時タルとわたしの間で、同じ側近の1人であるイサエガを容疑の対象として囁き交わすことを阻む、ある清廉にして不合理な抑制力が同時に働いたようでした。

 わたしは額に手の甲を当て、乳人の風邪が移ったのかしら、と思いました。〔


  13 後漢末宦官の横暴に抵抗した知識人グループ。
 14 太祖武帝。

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2008年6月 4日 (水)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第90回

「あなたが、前王と同じくらいのお齢とは存じませんでした。ところで、老子の言葉はわたしの心の深みに流れ星のように達して、燦然と輝きますが、先だって、特別に輝いた言葉がありましたのよ。

天無以清、地無以寧、将恐発、神無以霊、将恐歇、谷無以盈、将恐竭、
 天は清くさせるものがなかったら、おそらくは裂かれるだろうし、地はおちつかせるものがなかったら、おそらくはくずれ傾くであろう。神々はその霊妙さを与えるものがなければ、(その力は)発散し、尽きはててしまい、谷は満たしてくれるものがなければ、干上がってしまうであろう。 (※6参照⇒原文・口語訳共に、『老子』(小川環樹訳、中公文庫、1973年))

 というのがそうですけれど、この言葉は、神々の霊妙さを受けて与える巫女として、厳(いつく)しさに華(かがや)いておいでになる女王様が今の倭国に大事である訳や、先程の、わたしが巫女にかかずらう訳になりそうな気がします。天が裂け、神々が発散して尽き、谷が干上がるのと同じことがわたしたちにも起こってしまったら、大変ですわ」 

 それにしても、独りで読書するとき、女王様と解釈を巡らす時、綺羅星よりも煌く老子の言葉が、イサエガの前で例にとると、色褪せ、意味をなくすように感じられてしまうのは、どういう訳なのでしょうか?

 わたしは呪縛されたような苦しさの中から不思議な思いで、イサエガを見ました。

「女王様の、まるで玄牝(げんぴん)のお乳のような純良な光(オーラ)を、あなたはお感じになりませんの?
 それは、女王様の霊性の高さの度合いまでは、凡人のわたしの窺い知れないところですわ。ですが、首長にふさわしい器量をお持ちなことは確かだと思えますの。
 聖人であろうと、大人(たいじん)、下戸であろうと、人には、天から頂戴した個性というものがあることを、よくお考えくださいませ」

 星霜を経ても歳をとらないかに見える、相変わらず、端麗なる男――イサエガ。その冴え冴えと徹った瞳を無邪気にのぞき込む勇気は、もはやわたしにはありませんでした。

「女王連合国をまとめてきた理念が、一部の人間の貴族趣味、霊妙趣味を満足させる道具へと変質してきていることが、そなたにはわからぬのか――
女王家は、後漢王朝と共に亡び去るべきだった。古い器を壊すことも必要なのだよ」

「まあ、ようやく、器ができかかっているところなのですわ……!」

 イサエガを追ったわたしの叫びは一陣の風に空しく舞いました。冷気の漂う激しい余韻を残して、イサエガは夜気に消えたのです――。〔続〕                       

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2008年1月22日 (火)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第89回

「これは一種の革命理論となるが、わたしの大望が成就するためには、国境を超え、クニを超えた構成員が必要である。クニや国といった囲いから飛翔できる人間だけが、構成員になれるのだよ。

 このクニの大人(たいじん)階級に生まれ、蝶よ花よと育てられたそなたの頭には、所詮、入り込めない思想かもしれないが。

 クナ国には、クニや国の意識どころか、女の意識すらも超えた、まさに両性具有さながらの、至純といったタイプ女人が結構あるのである」

 その両性具有に近い至純タイプの婦人たちに嫉妬心が兆したわたしは、
「わたしだって、これでも、おとめの頃は男の子顔負けでしたのよ。ウリボウを捕まえるのが上手でしたし……」と言いかけ、ふいにそんな自分に気づき、慄然として言い澱みました。

「一体、女王連合国を支えてきた理念の何処に、間違いがあったとおっしゃりたいのでしょう?」

「女王連合国の指導理念に違いがあったと思っている訳ではない。先王(せんのう)が実現しようとしたことはすばらしい。わたしとて、十二分に評価している」

「それでは、なぜ……? 物事は一朝一夕にはなりませんでしょ」

「女王の代になって、その理念が奇妙に物質がかり、しかも世俗離れの様相を呈してきたからだ」

「おっしやる意味がよくわかりません。雅を貴ぶことがいけないという意味ですの?」

「あたりまえの人間は、世俗に生き、世俗に死ぬのだということを忘れてはいけない。

 先王は超俗していても世俗を忘れなかった。女王は俗人であるのに――俗人だから、と言うべきか――世俗を熟知しない。

 先王は聖人であったが、女王は女司祭、女学者、趣味のよい俗人にすぎないのだ」
                                                〔

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2007年11月12日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第88回

 途方に暮れたわたしは、イサエガをぽつねんと見つめました。

「わかりませんわ。どうしてだか、自分でもわかりませんの。数々の理由を取り除いてみたら、御子をお護りしたいという気持ちも消えるのかしら。でも、そうしたら、このわたしも消えてしまいそうですわ。あなたは、や、夜盗のような真似を、どうしてなさいました?」

「わたしは今さると処に公孫氏政権の高官を匿っている。しかし病弱だった令室と幼い令嬢は死んだ。政変のショックとむごい船旅のためであろう。

 司馬懿(い)の指揮した魏軍は4万人、過去に蜀の諸葛孔明指揮下の軍と交えた最強部隊である。公孫氏官僚に対する魏軍の残酷さは、想像を絶するものであったということだ。

 魏が如何に、東方が呉寄りになることを懼れたかの証拠だな。

 そなたも知っているように、わたしの目標とするところは平等の確立、その手段は冨の分配だ。冨は物質的冨だけではなく、最も文化的な――すなわち情操的、霊的冨も含まれるのである。

 公孫氏政権の許で培われた高官の人脈は、朝鮮のみならず、中国江南の呉にまで及ぶ。

 そして、女王連合国が帯方郡を通じて盛んに交易を行なって来たように、クナ国は旧くから東シナ海を渡って、江南との直接交易を行なって来た。体面と才(ざえ)と雅を後生大事に宝玉の上に頑固に居座り続けている、かの銀色の髪を戴くオールドミスを」

「ひ、ひどい言い方は許しませんよ」

「……かの銀色の髪を戴く老婦人を突き崩せば、クナとこの地との通いも不可能ではない。これぞ、わたしの大望が走る回路だ。

 回路に力が漲れば、分配、平等、兼愛(12)に基づいた一大文化圏の成立も夢の話ではない」 

「分配、平等、兼愛に基づいた…・・・ですの? 

 あなたの思想には目覚しい力が感じられて、心が震えるほどですのに、わたしが馴染んで来た物の考え方とはひどく異なる薫りがいたしますし、また、指標のない物の考え方のようにも感じられて、わたしを怯えさせますの。

 あなたは大国を甘く見過ぎてもいますわ。魏は朝鮮を経ての遠い北方にあり、風俗も異なればこそ、それがクッションとなって、倭国の脅威になることが回避されているのではないでしょうか。

 逆にクナの国は、同じ倭国にあって、風俗が異なり、力は拮抗しているだけに、危険ですわ。しかと境界を設けて共存してゆくか、でなければ、どちらかが呑み込まれるしかないと思えますの」〔


 
12 戦国時代に墨子が提唱。親族、他人を区別しない、無差別、平等な愛。 

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2007年9月30日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第87回

  翌238年、公孫氏は終に魏の司馬(しば)氏率いる大軍に討たれました。

その時、宮殿では御前会議の席が既に用意され、女王が自らの考えを繰りひろげておいでになりました。

「僕は会議の行方以上にね、女王様が夜ご就寝になるまでの体力の残量があとどれくらいかと、気が気ではありませんでした」と、タルがわたしに打ち明けました。

 乳人とわたしは庭で小さな姫君のよちよち歩きを見守りながら、「いくらもしないうちに、ご誕生からまる1年におなりですね」などと言い交わしていたところでした。

 滴るばかりであった草木の緑が和らいで、御子の玉のような手足に水のように優し味のある光がふんだんに注いでいました。御子のオーラがきらきらと輝く透明なケープのように見え、両手を突き出してよちよちなさるその御姿が天翔ける天の童のようで、微笑をそそられます。

 木陰でタルからわたしが会議の話を聞くともなく聞いている時(注意が姫君に奪われてしまっていましたので)、イサエガはひそかに、公孫氏政権の高官が日本列島に亡命する手引きをしていたのでした――

(イサエガ!  イサエガがこの局(つぼね)にいる!)
  御子の寝所であり、乳人とわたしが寝起きしているきよらかな局に、どうしてイサエガが忍び込むことができたのか、わかりませんでした。

 ぐっすりと寝入っていたわたしは、いつの間にか、夜の庭に連れ出されようとしていました。イサエガは、声をあげようとしたわたしの口を掌で覆いました。苔に伏した桃色の花びらのようにお休みになっていらっしゃった御子も、乳人も、幸いなことに、恐ろしい深夜の出来事には関わらずに済むようです。

 木陰にイサエガは、わたしを打ち捨てました。そして、呆然としているわたしに、彼は気色ばんで詰め寄るのです。

「何ゆえ、御子にばかりかかずらう? 聖なる御巫(みかんこ)だから、とは言わせぬ。まだ得られていない、人としてのごく普通の恵みを必要としているみどりごは、あまた、いる。そなたに、聞いているのだ。何ゆえ、あのみどりごにばかり、かかずらうのか、と」

  問い詰められて、わたしの心は大空に縋りました。どうしてこの男は、非常識なやり方でわたしの内部に入り込むだけでなく、わたしの心の琴線を、掻き切らんとするばかりに掻き鳴らすことができるのでしょう……?

  磨かれたように冷え冷えと光る夜半の月です。〔

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2007年6月29日 (金)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第86回

 ヤエミ様がお亡くなりになり、御子がお生まれになった237年は、中国の遼東(りょうとう)半島から朝鮮半島にかけて、眼の離せない政情にありました。

 この一帯は、50年の長きにわたって中国系の軍閥である公孫氏の支配下にありました。遼東は、倭と中国を結ぶ交通ルートの北の拠点として、南の拠点である会稽と共に重要です。

 公孫氏のあり方によっては倭国の交易、さらには倭国の存続自体が脅かされることになったでしょうが、幸い、そのようなタイプの政権ではありませんでした。

 公孫氏政権は、後漢時代に公孫氏が遼東太守(※10)に任命されたことからスタートしました。公孫氏政権はいつしか持ち場を我が物とするようになり、やがて、三代にわたって、朝鮮半島北部にまで権勢を及ぼすようになりました。

 楽浪郡の南半分を分割して帯方郡を設置してからは、我が国を含む東夷(とうい)(※11)の国々をも睥睨(へいげい)する存在になったのですけれども、内実は東方経営に熱中している小さな勢力にすぎませんでした。

 我が国にとっては脅威ではなく、むしろ交易に都合のよい政権と言えました。反面、公孫氏は、形式上は未だ魏の地方長官でありながら、蝙蝠(コウモリ)さながらに、魏と呉の間を飛び巡って自律を画策している所詮は権威なき存在です。

 通商関係は持てても正式な国交はひらけませんから、中国から『倭王』と認められることによって、倭国における女王の地位と女王連合国のあり方をゆるぎないものとしたい女王連合国上層部にとり、公孫氏政権は、それを阻む存在としてもやもやした影を落として来たと言えました。

 そしてこの年、公孫氏が魏に公然と背いたというニュースが速やかに宮殿にもたらされました。

 公孫氏との接触を陰で謀って来た呉の皇帝孫権は、高句麗とも接触して、南北から魏を挟み撃ちにしようとしました。それに敏感に反応した魏はこうした動きを封じようとしましたが、公孫氏はこの時、魏からの自立を宣言したのでした。〔

 註
 
10 郡の長官。
 
11 東方の異民族を指す中国の語。

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第85回

  わたしは女王を深く敬愛していました。

 が、それ以上にわたしの愛の対象であったのは、(わたしがたまたまヤエミ様に垣間見ることができたような)霊の神聖な実相に外なりませんでした。真珠はどの貝にも隠れているわけではありませんが、この至宝はどんなに霧に閉ざされた人間のうちにも隠されているということをわたしは疑いませんでした。

 それは、それを教えとして学ぶ以前から誰に教わった記憶もないままにわたしの内にあって、わたしの生きる原動力となり、わたしに自律した自由人としての自覚を与えてきた本能的知識――思い出すたびに、わたしを霊感に満ちさせる知識――でした。

 それで、わたしは、深く霧に閉ざされて見える人には、至宝を明らかにしている人と同じくらいに惹きつけられてしまうのです。閉ざされた霧の中に入って行って、その人にとっても、またわたしにとってもかけがえのない至宝を探したい欲求に駆られるのでした。

 イサエガの黒色がかった灰色の霧は不吉でありながらも謎めいた光沢をもつ荘重な垂幕のようでしたし、ヨモギの沼のような色合いは白蓮のための序曲のようでした。

 このような霧や沼の存在自体がわたしには不思議でならず、至宝とも、真善美とも関わりのある何かの原理が潜むのかどうか――、不条理や不可知の言葉で片付けてしまうなどできない性分でした。

 霧や沼の中で、誤って死んでしまうかもしれませんでしたが、女王に疑いを持たれてしまった今となっては、却って決心がつきました。

 その決心とは、わたし自身のテーマのためだけではなく、こんなにも弱ってしまわれた女王や、いとけない御子を守護するためとあらば、霧も沼も物ともしないようにしましょう、という決意でした。

 女王や御子をお守りしようとする現実は、女王の氏族が継承した――継承することに甘んずることなく、意識的に異国の教えに学びつつ貴重さを深めて来た――霊的宝玉を守ろうとする意味合いを帯びていました。

 しかしそうした決意には、自らの霊の存亡を賭けるだけの怖ろしい覚悟が必要であることをわたしはわかっていなかったのでした。

 霧や沼の存在には、わたしの馴染んで来た原理とは別の原理の息がかかっているということを、その濃密な息がかかっても安全なほど自分が強くはないということを、わたしはまだ生半可にしか知らなかったのでした。〔

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2007年5月26日 (土)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第84回

 そのわたしに女王は「ええ、そうね、姪の遺言ですからね。お里で平和裡に暮らしていらしたところを、またこちらの勝手な都合で、あなたには相済まないことだと申し訳なく思っておりますよ」と、歯切れ悪くおっしゃって、何となく話を打ち切っておしまいになりました。

 これまで女王から受けたこもなかったような冷ややかな感触を受けたわたしの心臓が、早鐘を打ち出しました。

 何ということでしょう! 女王は、わたしに御子を任せることに懸念がおありになるのです……! それは疑うすべもない直感でした。

 ですが、尤もな話です! わが身を振り返ってさえみれば、それは女王ほど卓越した御方にではなくとも、まともな観察力のある人にであれば、当然見破られ、抱かれて然るべき危惧であることがわかるのでした。

 ある意味でわたしは、自分でも説明のつかない主体性の下に生きているわたしという人間は、他ならぬ女王がその才覚においてひじょうに買っておいでではあるにしても決して腹心の、とは言い兼ねられる、現に灰色、あるいは黒色であるような男――イサエガ――と密通していると言ってもおかしくない立場にいたのですから!

「トヨは姪に似ておりますね。この秋は白露が降りなかったのでもなかったのに、姪は逝ってしまった」と幽(かそけ)くおっしゃる女王は、もはや、わたしを見てはいらっしゃいませんでした(白露の有無で病の流行を占う風習が中国にあります)。

「お亡くなりになったことが耐え難く存ぜられます」と申して、わたしは消え入りそうなお辞儀をし、逃げるように退出したのでした。〔

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