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2017年9月 2日 (土)

『風と共に去りぬ』のアメリカにおける上映禁止について

映画『風と共に去りぬ』に関する以下のニュースがTwitterで話題になっている。

irr @IrrTenko ・ 8月28日
米テネシー州の劇場で、内容が「無神経」「レイシスト」などの批判のコメントを多く受け取ったとして、34年間続いた映画『風と共に去りぬ』の上演が終わる。同映画はユダヤ系プロデューサーが当時、黒人に対する差別表現を避けて作ったといわれる。

Tennessee Theater Cancels ‘Gone With the Wind’ Screening After 34 Years Over ‘Racist’ Content Complaints
http://www.breitbart.com/big-hollywood/2017/08/26/tennessee-theater-cancels-gone-with-the-wind-screening-after-34-years-over-racist-content-complaints/

Irr_2017831access


YouTubeに公開されていた予告編を貼りつけさせていただく。

動画のタイトル:『風と共に去りぬ』予告編』(※2009年初ブルーレイ化時)
動画のURL:https://youtu.be/lWcdyySRZck

風と共に去りぬ(Gone With the Wind)

監督 ビクター・フレミング
脚色 シドニー・ハワード
原作 マーガレット・ミッチェル
製作 デビッド・O・セルズニック
撮影 アーネスト・ホーラー
音楽 マックス・スタイナー
出演者 スカーレット=ヴィヴィアン・リー、レット・バトラー=クラーク・ゲーブル、メラニー= オリビア・デ・ハビランド、アシュレー・ウィルクス=レスリー・ハワード、マミー=ハティ・マクダニエル
制作会社 セルズニック・インターナショナル
配給 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
公開 1939年(アメリカ)、1952年(日本)
上映時間 222分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
制作費 $3,900,000、

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『風と共に去りぬ』(1939年)。相手役のレット・バトラーはクラーク・ゲーブルが演じた。
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ハリウッド映画史に残る不朽の名作といわれる『風と共に去りぬ』は南北戦争を背景に一人の女性の生きる姿が繊細、巧みに描かれた壮大な映像芸術作品なのだが、テネシー州の劇場が上映禁止に追い込まれたというニュースに衝撃を覚えた。

しかし、調べてみると、これは初めてのケースではないようで、今やアメリカでは『風と共に去りぬ』を上映するのは大変なようである。

アメリカでの公開は1939年。この年の9月には第二次大戦が勃発している。第二次大戦前にこのような映画が制作されたことは驚くべきことで、歴史的な価値がある映画であることに間違いない。

テネシー州の劇場での上映は無神経、差別主義者という非難を浴びたようだが、そうした非難は誰が誰に、何に対して投げかけた言葉なのだろう?

70年以上経って「今更……」と思わぬでもなかった。人種差別は依然として存在しており、改善されなければならない部分なのだろうが、数の力にものをいわせた『風と共に去りぬ』潰しにも想像され、詳細な経緯を知りたくなる。

黒人の奴隷化を肯定することが目的で制作された作品でないことは映画を観ればわかるはずのことなのだから、黒人が奴隷扱いされた歴史的事実を考慮した上で、上映禁止に関しては慎重に検討されるべきではないかと思うが、甘い考えなのだろうか。

『風と共に去りぬ』は南北戦争という大事件に呑み込まれていく人間模様を南部の視点で描きながら、その中でもがきつつ大倫のロマンスの花を咲かせようとするヒロインの精神的な成長を扱った大河小説である。

原作の終章で、ようやく自分にとってレットがかけがえのない存在であるに気づいたスカーレットであるが、レットは去り、絶望感の中でスカーレットは遂に悟るのである。

彼女は、愛するふたりの男を、ふたりながら、ついに理解していなかったのだ。そして、そのために、ふたりながら失ったのである。もしアシュレを理解していたら、彼を愛するようなことにはならなかっただろうし、もしレットを理解していたら、彼を失うことはなかったであろう。そのことがおぼろげながらわかったのである。いったい自分は、だれにしろ、人をほんとうに理解したことがあったのだろうかと思うと、さびしい気持ちになった。(マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬⅡ』大久保康雄・竹内道之助訳、集英社、昭和44年、688頁)

『風と共に去りぬ』に登場するマミーと呼ばれる黒人の侍女役をハティ・マクダニエルが演じて、アカデミー助演女優賞を受賞している。

マミーは主人公スカーレットの母エレンの部屋付きの侍女で、エレンと共にタラに来た忠実な奴隷である。スカーレットの教育係でもあったマミーはスカーレットにとってタラと一体化した何か大きな存在として描かれている。

生まれたときからスカーレットの側に侍女としてマミーがいるのは、スカーレットの咎ではない。原風景の中に黒人奴隷がいるのはスカーレットにとっては自然なことであり、それがそのまま描かれている。

文学作品は風俗史の役割を果たすものでもあるが、南部では黒人奴隷が農場の担い手であったという歴史的事実がある。

南北戦争後の荒廃したタラの大地を耕して作った綿花畑の中で、きつい監督者のまなざしをしたスカーレットが妹たちを叱咤しながら、手籠に綿を次々に摘み取っていく場面が思い出される。スカーレットは黒人奴隷と同じ労働を体験するのである。

レットに去られたスカーレットは、絶望の中でタラに帰ろうと思う。ヒロイン以外の人間で、『風と共に去りぬ』の最後に顔を出すのはマミーである。

それに、あそこにはマミーがいる。きゅうに彼女は、マミーが、子どものときのように、むしょうに恋しくなった。頭をもたせかけてくれる広い胸や、髪をなでてくれる節くれだった黒い手が恋しくなった。マミーこそは、自分となつかしい昔をつなぐ最後の輪なのだ。
 たとえ敗北に直面しようとも、敗北を認めようとしない祖先の血を受けた彼女は、きっと顔をあげた。レットをとりもどすことができる。かならずできる。いったん、これと心をきめたら、自分のものにできない男なんて、いままでにも、けっしてなかったではないか。
(みんな、明日、タラで考えることにしよう。そしてら、なんとか耐えられるだろう。明日、あのひとをとりもどす方法を考えることにしよう。明日はまた明日の陽が照るのだ)
(ミッチェル,大久保・竹内訳,昭和44,pp.689-690)

こうして大河小説『風と共に去りぬ』は終わるのだが、映画は原作を損なうことなく、印象的な場面を数々残して幕を閉じる。

わたしが調べたところでは、前掲の上映禁止の動きには民主党ヒラリーのポリコレリベラル団体が絡んでいるらしい。

ヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに大統領選で敗れてから、アメリカでデモや暴動が相次いでいる様子からすると、民主党のリベラル勢力が『風と共に去りぬ』をトランプ政権潰しのアイテムの一つと見なして利用していることも考えられる。

ポリコレというのが何なのかわからなかったので、ウィキペディアを閲覧すると次のように解説されていた。

ウィキペディア「ポリティカル・コレクトネス」

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・障害者・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。

1980年代に多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という活動だけでなく、差別是正に関する活動全体を指すこともある。

ウィキペディアの執筆者. “ポリティカル・コレクトネス”. ウィキペディア日本語版. 2017-08-24. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9&oldid=65237460, (参照 2017-08-24).

これが行き過ぎた場合、あるいは別の目的のためのアイテムとして使われた場合は、それに対する反発が起きてくるのは当然のことで、梓弓さんというかたの解説にはなるほどと思わせられたので、引用しておきたい。

クリントン敗北の要因の一つはポリコレによる言葉狩り"在米駐在の中小企業サラリーマン、梓弓さんがアメリカの実情を解説。
https://togetter.com/li/1046979

梓弓 @Ma_R8
2016-11-10 06:26:02
今回のクリントン敗北の要因の一つはポリティカル・コレクトネスによる言葉狩りが典型で、普段「和解」とか「融和」と言いながら、リベラル側が決めた枠にハマらない人達に対する言論封殺やヘイトスピーチ全開のリベラル達の非寛容さの偽善に多くの米国民が拒否反応を示したからだと思う。

梓弓 @Ma_R8
2016-11-10 06:30:52
「今年の会社のクリスマスカードはハッピーホリデイズじゃなくてメリークリスマスにするぞ!」と同僚。キリスト教徒以外にメリークリスマスと言えと強制したら問題だが、キリスト教徒が会社ではメリークリスマスのクリスマスカードが使えない窮屈さから解放されそうな同僚は晴れ晴れとした気分だった。

これは日本の左派にもいえることで、左派による言論封殺、自分達には甘くてヘイトスピーチやり放題、不寛容、偽善には多くの日本人に拒否反応が出始めているところなのではないだろうか。

わたしは改めて、映画の原作であるマーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』とアン・エドワーズによって書かれたミッチェルの伝記『タラへの道 マーガレット・ミッチェルの生涯』を本棚の奥から引っ張り出して再読したわけだが、今回の再読で初めて気づいた、面白い――というと語弊があろうが――事実に気づいた。

南北戦争当時、南部は民主党の地盤だったということに。ウィキペディアで確認をとってみた。引用する。

ウィキペディア「アメリカ合衆国民主党の歴史」

奴隷制をめぐる対立が激化し、反奴隷制を掲げて共和党が結党された後、1860年から1932年にかけては共和党優位の時代となった。特に南北戦争前後の民主党は弱体化し、一時期は南部の地域政党の様相を呈した。
………………………
南北戦争が終結し、レコンストラクション(再建)の時代に入ると、旧連合国諸州の合衆国復帰や、奴隷制廃止後の諸問題の解決をめぐり、共和党内部にリンカーン等穏健派と急進派の分裂が生じた。共和党急進派は1866年アメリカ合衆国下院選挙で議会の3分の2を占める勝利を挙げて、国内問題を処理するための権力を手に入れ、南部を軍事的に占領して黒人に投票権を与える等の急進的政策を実行した。民主党議員は共和党急進派の再建政策に全力で反対したが、無駄であった。

ウィキペディアの執筆者. “アメリカ合衆国民主党の歴史”. ウィキペディア日本語版. 2017-03-11. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2&oldid=63317093, (参照 2017-03-11).

民主党と共和党の地盤が入れ替わるのは、リチャード・ニクソン大統領のときであるようだ。

『風と共に去りぬ』には、クー・クラックス・クランも出てくる。

「もちろん、ケネディさんも、クラン団にはいっていらっしやるのよ。それからアシュレもね。あたしたちの知ってる男たちは、みんなはいっていますよ」とインディアが叫んだ。(ミッチェル,大久保・竹内訳,昭和44,p.375)

クー・クラックス・クランは白人至上主義団体である。ヴィキペディア「クー・クラックス・クラン」には「民主党最右翼の人種差別過激派として保守的な白人の支持を集め始めていく」と書かれている(ウィキペディアの執筆者. “クー・クラックス・クラン”. ウィキペディア日本語版. 2017-08-25. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3&oldid=65246229, (参照 2017-08-25). )。

民主党ヒラリーのポリコレリベラル団体は自分たちの黒歴史を消し去りたいのだろうか。

共和党は戦争屋というイメージが形成されているが、実際には民主党こそ戦争屋の名にふさわしい。第一次世界大戦、シベリア出兵、第二次世界大戦、朝鮮戦争、キューバ侵攻、ベトナム戦争、イラク空爆、ボスニア・ヘルツェゴビナ空爆、スーダン空爆、アフガニスタン空爆、コソボ空爆は民主党政権下で始まっている。

それに対して、共和党政権下で始まったのは米西戦争、アメリカ-フィリピン戦争、コロンビア・パナマ介入、ニカラグア派兵、キューバ派兵、カンボジア侵攻、ラオス侵攻、グレナダ侵攻、リビア空爆、パナマ侵攻、湾岸戦争、イラク空爆である。

話を戻すと、ミッチェルがクー・クラックス・クランを登場させたのは、小説がメロドラマ調に流れないよう、面白くするための試みだったと前掲の伝記に書かれている。

そういえば、ミッチェルの母メイベルはフェミニストだった。「アトランタの戦闘的な婦人参政権推進グループのリーダーの一人だった」(アン・エドワーズ『タラへの道 マーガレット・ミッチェルの生涯』大久保康雄訳、文藝春秋、1986、30頁)。『風と共に去りぬⅡ』巻末の年表によると、メーベルの父は南北戦争当時ジャクスン将軍の兵站総監本部大尉だった。

自由奔放なスカーレットを主人公とする『風と共に去りぬ』は、フェミニズム的色彩を帯びているということもできそうだ。

一方ではスカーレットには日本風にいえば大和撫子的とでもいいたくなるような従順で忍耐強い面があり、一途に片恋するアシュレーから妻メラニーの面倒を見るように頼まれると、神妙にそれに従う。

恋敵であった憎きメラニーの出産がアトランタの陥落間近になって始まるのだが、スカーレットは彼女を見捨てることなく、医師が来てくれないなかで自分の出産時の記憶だけを頼りに産婆役まで――仕方なく――勤めて見事に赤ん坊の産声をあげさせ、その後、北軍によって炎上したアトランタから万難を排してメラニーを連れ出そうとする。

その救出劇に一役買うことになったのが、レット・バトラー。これを書きながら、自分が若いころ、レット・バトラー役を勤めたクラーク・ゲーブルにぞっこんだったことを思い出した。

でも、このレット・バトラー役ほど素敵だったクラーク・ゲーブルは見つけられなかったので、レット・バトラーに恋していたのかもしれない。

一癖も二癖もある人物だけれど、本当に困ったときにはどこからともなく現れて助けてくれる――しかも、必要以上は決して助けず、時には「お題」を出すこともある――レットはまるで白馬の王子様のようだ。

前掲の伝記によると、「生き抜くこと[サヴァイバル]がミッチェルの小説のメインテーマであった。それは彼女の言葉でいえば、「進取の気性」。第二のテーマは大地の魅力だった。

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2016年11月12日 (土)

7日の外出時から今日まで、少し不調。映画『インフェルノ』。

7日に家族で商業施設へ出かけ、映画を観た。

トム・ハンクス主演のシリーズ第3弾『インフェルノ』。イタリアのフィレンツェ、ヴェネツィア、トルコのイスタンブールが舞台となっていた。

人口増加を解決するために人類の半分を滅ぼすウィルスをつくった狂信的化学者ゾブリスト。映画の冒頭で死亡した彼の計画を実行しようとする一味から世界を守ろうとする、ハーヴァード大学教授ロバート・ラングトン。

『ダ・ヴィンチ・コード』のような歴史ミステリー的要素や、イルミナティの出てくる『天使と悪魔』(この映画、今観たら違った感想を抱くかもしれない)のようなオカルティックな要素はなく、ダンテの『神曲』(わたしはこれつまらなかった)に謎を絡めたりしているが、ミステリーアクション映画という感じで、それはそれで楽しめた。

ロマンス(老人同志のほのかな恋、というところが今回は異色ではあった)、家族の温かな思い出といったまとめかたが如何にもアメリカ映画的で、単純で、わたしはだからアメリカ映画が好きだ。

で、健康の話題に移る。この外出のときから腹部膨満感、じわっとくる軽い胸痛といった、心臓がくたびれたときによく起きる症状が出ている。

おなかパンパン、体が腫れぼったく、尿が出にくい、止まりにくい咳、といつもの症状が出揃った。今日は静かにしていたせいか、回復傾向。

強い胸痛や圧迫感は出ていないので、ニトロを使わずに様子を見ている。携帯心電計を当ててみた。

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今日の午前4時05分。目が覚め、腹部膨満感のため何となく苦しくて眠れないので、パソコンをしていた。冠攣縮性狭心症の発作は出ていなかったが、前触れ的な感じあり。結果メッセージは「拍動が一定ではありません。波形に乱れがあるようです」。

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そのあとの5時35分。発作の前触れ的症状はこちらの方がはっきりしており、腹部膨満感も続いていた。結果メッセージは「心拍が遅めで、拍動が一定ではありません。波形に乱れがあるようです」。

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これは午後3時29分。その後も幸いニトロを使うほどの症状は出ず、このときの結果メッセージには「拍動が一定ではありません。波形に乱れがあるようです」とは表示されているが、体調はよくなっていた。

でもまだ警戒が必要。40日に1回くらいの割合で、5日から10日ほどの不調期がやってくる。前回の不調期から6日までは体調がよかったので、このままいけるかと思っていたのだけれど。

大抵、外出後に体調が崩れるが、外出しても崩れないこともあるので、不調の波がやってくるころに外出すると、覿面といった感じで形で出るのだろう。

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2016年9月 5日 (月)

トルストイ『戦争と平和』 ①映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面

文豪トルストイの代表作をオードリー・ヘプバーン主演で映画化した『戦争と平和』(1956年、アメリカ・イタリア)」がNHKのBSプレミアムで9月1日に放送された。

録画しておいたのを3日に分けて観た。普段テレビは15分からせいぜい長く観ても1時間なので、3時間30分を一気に見るのは無理だと思った。

過去にも放送されているが、断片的にしか見ていない。

  • NHK……1970年1月3日・4日、ノーカット版
  • フジテレビ……1972年5月19日・26日、ゴールデン洋画劇場
  • テレビ朝日……1980年12月14日・21日、日曜洋画劇場

今回は隅々まで楽しめた。ただ、オードリー・ヘプバーンのナターシャ、ヘンリー・フォンダのピエールにメル・ファーラーのアンドレイが加わると、このメル・ファーラーがわたしには『風と共に去りぬ』(1939、アメリカ)に登場するレスリー・ハワードのアシュレーに見えてしまい(そっくり!)、セットも似ている気がして、ちょっぴり『風と共に去りぬ』の劣化版に見えてしまった。

『風と共に去りぬ』のセットがもったいないので、『戦争と平和』に使い回したのだろうかとさえ思ってしまったのだが、1939年ごろのセットを17年後の映画に使うのは無理がありそう。

1939年というと、昭和14年。第二次世界大戦が勃発した年ではないか。そんな昔、そんな御時世にあの豪華な映画『風と共に去りぬ』が制作されたとは……!

3回に分けて観たせいか、ヘプバーンの『戦争と平和』が長いとは全然感じられなかった。如何にもハリウッド版らしい編集で、ロシアの対ナポレオン戦争をほどよく背景としながら恋愛物にまとめていた。

途中、新潮社版『戦争と平和』(これ、夫の蔵書。わたしのは文庫だが、夫の単行本を愛読している。夫はコレクションしただけなので、綺麗)と岩崎書店のジュニア版『戦争と平和』を書棚から引っ張り出して紐解いたりした。

ジュニア版が映画のストーリーを追いながら原作をざっとなぞるにはちょうどよくて、プログラム代わりになった。

視聴後、ソ連の国家的威信をかけて制作されたという『戦争と平和』(1965-67年、ソ連)はどうだったかが気になった。7時間30分という気の遠くなるような長さ。

こちらも、テレビで放映されたものを断片的に観た記憶があった。テレビ初放映は1974年。日曜洋画劇場で4回に分けて放送されている。その後NHKのBSプレミアムで2012年1月30日から同年2月1日まで放送された。

何となく「最近」ソ連版をちらっと見た気がしていたのは、2012年に放映された『戦争と平和』を断片的に視聴したからに違いない。YouTubeにロシア語版がアップされている。

やはりこちらは壮大で、音楽も素晴らしいが、日本的(?)なリュドミラ・サベーリエワのナターシャは可憐でいいとしても(わたしの好みはヘプバーンかな)、セルゲイ・ボンダルチュクのオヤジ風ピエールにはちょっと我慢できない。

時代に忠実な映画化であるためか、夜の場面になると薄暗くて(舞踏会の場面もそう。幻想的で美しいが)、ノートパソコンで観るYouTubeの小さな画面では老眼にこたえるので、所々映画の雰囲気を確認するために観ただけだ。

ハリウッド版も、ソ連版も、どちらも最後の方はドタバタ終わってしまう気がする。原作をなぞりきるには7時間30分かけても時間が足りないというわけだろう。

ナポレオン1世率いる大陸軍(仏軍を中心としたヨーロッパ諸国連合軍)とクトゥーゾフ率いるロシア軍との間で行われた「ボロジノの戦い」の場面が、ソ連版では圧巻だった。

Battle_of_borodino

Artist: Louis Lejeunet(ルイ・ルジューン)
Title: Battle of Moscow, 7th September 1812
Date: 1822

ハリウッド版も迫力といえば迫力だが、どうしても「あっ南北戦争」と思ってしまう。

映画の中の戦闘ですらあの凄まじさだと思うと、つくづく恐ろしい国である。ハリウッドの中で何度も戦争をやらかし宇宙戦争すら辞さないアメリカとなるともう……あんな国とよく日本は戦ったものだ。

もっと早く降伏すればよかったのに――という言葉を聞くことがあるが、映画で観ても敗れた側のみじめさといったらない。皆殺しに遭い国がなくなる可能性すらあるというのに、「もっと早く降伏すればよかった」というのは概ね結果論にすぎないと思う。現に、ソ連は日本の降伏後も侵攻を続けた……。まあ当時の日本に生きていたら、もう何でもいいから早く終わってほしいと思っただろうけれど。

映画『戦争と平和』の中の凛々しいロシア帝国軍の姿に、那須田稔『ぼくらの出航』(木鶏社、1993)の次の場面を連想した。

満州にソ連軍が侵攻するときの様子が描かれ、それを観ていた満人ヤンとロシア人の御者が会話する場面から引用する。

 ヤンは、ロシア人の御者に中国語で話しかけた。
「おじいさん、あなたたちの国からきた兵隊だね。ロシアの兵隊がきたので、うれしいでしょう?」
 ところが、ロシア人の御者は、はきだすようにいった。
「あれが、ロシアの兵隊なものかね。」
「ロシアの兵隊じゃないって?」
 ヤンはけげんな顔をした。
 御者のじいさんは、白いあごひげをなでて、「そうとも。ロシアの兵隊はあんなだらしないかっこうはしていないよ。わしらのときは金びかのぱりっとした服をきていたものだ。」
「へえ? おじいさんも、ロシアの兵隊だったことがあるの……。」
「ああ、ずうっと、ずうっと、むかしな。」
「それじゃ、ロシアへかえるんだね。」
「いや、わたらは、あいつらとは、生まれがちがうんだ。」
 おじいさんはぶっきらぼうにいった。
「よく、わからないな。おじいさんの話。」
「つまりだ、生まれつきがちがうということは、わしらは、ちゃんとした皇帝の兵隊だったということさ。」
 ヤンは、まだ、よくわからなかったが、うなずいた。
「皇帝だって! すごいな。」
「そうとも。わしらは、あいつらとは縁もゆかりもないわけさ。あいつらは、レーニンとか、スターリンとかという百姓の兵隊だ。」
「ふうん。」
 ヤンが、小首をかしげて考えこんでいると、ロシア人の御者は、馬車にのっていってしまった。
(那須田,1993,pp.75-76)

満州には、ロシア帝国時代にロシアから移住した人々や、1917年の十月革命で逃げてきた貴族たちが住みついていたと書かれている。

作品の最後で主人公タダシら子供たちを救ってくれたのは新しい中国の軍隊であったが、その中国の軍隊とは中華民国の国民党だろう。

新しい中国への希望を抱かせる明るい場面となっているが、事実はこの後、中国国民党は中国共産党(人民解放軍)との内戦となる。

内戦で勝利した中国共産党の毛沢東は1949年10月、中華人民共和国を樹立した。しかし、発展した社会主義国家建設を目指す「大躍進」政策は失敗し、中国はプロレタリア文化大革命と称する凄惨な暗黒時代へと突入……。

そういえば、『戦争と平和』ではフリーメーソンについて長々と描写されているのだが、御存じだろうか?

『戦争と平和』はかなりの長編なので、有名なわりに読破した人は少ないのかもしれない。欧米の純文学作品を読んでいると、フリーメーソンなど珍しいとも思わなくなるのだが(よく出てくるため)、『戦争と平和』ほどフリーメーソンでの入会式の様子が克明にリポートされた文学作品は珍しい。

主人公ピエールがフリーメーソンになるのである。

トルストイがフリーメーソンだったかどうかははっきりしない。その理由は、当時のロシア政府が入会を禁止していたことにあるという。

レフ・トルストイ(1828年生) - 作家。著書は主人公(ピエール)がメイソンリーに入会する『戦争と平和』など。『10,000 Famous Freemasons』は、多くの者がトルストイをメイソンだと考えているが当時のロシア政府が入会を禁止していた、と記述している。当局のその措置のためトルストイはメイソンでないとの説もある。

ウィキペディアの執筆者. “フリーメイソン”. ウィキペディア日本語版. 2016-08-19. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&oldid=60821276, (参照 2016-09-05).

禁止されていたにも拘らず、あそこまであけすけに描写できるとは何て大胆不敵なのだろう。もっとも、その程度の禁止だったのかもしれない。

フリーメーソンの思想が『戦争と平和』に深い影響を与えていることは確かだと思う。

ピエールがフリーメーソンの思想に心の中でいくらか距離を置くような場面は出てくるのだが、その後も小説の終わりかけまで、訪ねてきた知己のフリーメーソンと会話する場面が出てくるのである。

トルストイは取材魔だったようだから、綿密な取材を行ったとも考えられる。でも、秘密結社というのは禁止されたり迫害されたりするからこその秘密にされざるをえない結社であることを考えれば、トルストイがフリーメーソンだったとしても不思議ではない。

トルストイの下の方に「マルク・シャガール(1887年生、1912年入会) - 画家。作品は『私と村』『誕生日』など」とあって、シャガールもフリーメーソンだったと知った。

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2016年7月 7日 (木)

『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』を観て。神智学に何らかの関心を持っていたルイス・キャロル。

昨日の不調は遊び疲れから来たものだった。

月一回、家族でカルディコーヒーファームへコーヒー豆を買いに行くことが恒例の行事となっている。そのときに観たい映画があれば、観ることにしている。

夫に比べたらあまり観たい映画がないわたしと娘は商業施設内をブラついたり、お茶を飲んだりすることのほうが多いが、今回はあった。『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』。『アリス・イン・ワンダーランド』の続編である。

2本の映画はうまい具合につながっていた。続編となる本作は、ルイス・キャロルの原作からはますます遠ざかっていたけれど、楽しめた。上映方式は2Dと3D。3Dで観たかったが、映画代のことを考え、2Dで我慢した。

映画については少し触れるだけにしておこうと思うが、ネタバレありdanger

『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』
原題……Alice Through the Looking

監督……ジェームズ・ボビン
脚本
……リンダ・ウールヴァートン
原案
……ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』
製作総指揮
……ティム・バートン
出演者
……ミア・ワシコウスカ,ジョニー・デップ,ヘレナ・ボナム=カーター,アン・ハサウェイ,サシャ・バロン・コーエン
音楽
……ダニー・エルフマン
主題歌
……『ジャスト・ライク・ファイア』 - P!nk
撮影
……スチュアート・ドライバーグ
編集
……アンドリュー・ワイスブラム
製作年
……2016年
製作国
……アメリカ
配給
……ディズニー
上映時間
……113分
上映方式
……2D/3D

マッドハッターと家族の再会、女王姉妹の絆の回復のためにアリスが時間を超えて働く……手短にいえば、そのようなお話。

前編では結婚を拒否したアリス。本作のアリスは未亡人となった母親が切実な思いから娘に押し付ける世間体及び女性らしい安定した生き方を冒険後に受け入れかけるが、土壇場で母親のほうがそれらを蹴飛ばす。

母娘で意気揚々と、手放さなかった船に乗り込む結末は清々しい。嵐が来たらひとたまりもないかもしれないリスクを恐れない強さがあって。続々編も観たいものだ。

前編を観たとき、赤の女王の頭の形はなぜハート形に膨張しているのかと不思議に思っていた。その謎が本作で解ける。

前編ではアン・ハサウェイ演ずる白の女王の存在感が際立っていた。本作ではオーストラリア出身の女優ミア・ワシコウスカ演ずる主人公アリス・キングスレーが存在感を増していた。

わたしは帽子職人マッドハッター演ずるジョニー・デップが好きで、デップ独特の物柔らかに訴えかけるかのような人懐こい表情にはほろりとさせられるのだが、今回もその表情を見せてくれて安心した。

サシャ・バロン・コーエン演ずるタイムもなかなか魅力的で、目が離せなかった。ヘレナ・ボナム=カーター演ずる赤の女王は今回も弾けた、味のある演技をしていた。

子役達が素晴らしい演技をしていた。前編と本作がよくつながっていたように、子役と大人の役者もよくつながっているように見えた。それにしても、日本の子役のようなわざとらしさが全くないのはどういう工夫によるのだろう?

映像が美しくて、夢のようだった。海賊とやり合う航海シーンや遊園地のような楽しいシーンがあったので、『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『チャーリーとチョコレート工場』を連想した。

嫌な事件がよく起きる昨今、こういう映画を観るとホッとする。以下にディズニー公式YouTubeチャンネルの予告編を貼っておく。

そういえば、原作者のルイス・キャロルについて書くつもりで、そのままになっていた。神智学の影響を受けた人々を探している中で、ルイス・キャロルが神智学に関心を持っていたことがわかった。

神智学ウィキによると、彼は心霊現象研究協会の会員で、神智学に何らかの関心を持っていた(A・P・シネットのEsoteric Buddhism(『エソテリック ブディズム』)のコピーを所有していたといわれている)。→Lewis Carroll,http://www.theosophy.wiki/en/Lewis_Carroll(2016/7/7アクセス)

心霊現象研究協会(SPR)は神智学協会の会員だったフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤースが友人達とつくった会だった。

心霊現象研究協会の会員によって公開されたホジソン・リポートはブラヴァツキーが誹謗中傷される原因を作ったが、ホジソン・リポートの虚偽性は1977年に心霊現象研究協会の別の会員ヴァーノン・ハリソンによって暴かれた。

ブラヴァツキーが生きていたそのころ、神智学協会はロンドンの社交界の流行になり、指導的な知識人や科学者、文学者達が訪れていた。→ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981、p.265)参照。

サロンのようなオープンな雰囲気があったようだから、様々な人々が神智学協会に興味を持ち、訪れたようである。ルイス・キャロルもその中の一人だったのだろうか。あるいは、神智学協会との接触のある心霊現象研究協会の会員を通じて神智学論文のコピーを入手したのかもしれない。

ホジソン・リポートを根拠に、心霊現象研究協会を神智学協会の上位に位置付けて対立構造を煽るような書かれかたをされることも多いが、実際には心霊現象研究協会は神智学協会の知的で自由な、開かれた雰囲気のなかから生まれた会であった。

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2016年5月25日 (水)

カルディコーヒーファームで。観たい映画。サンドイッチの島で(リヴリー)。

月に1回ほどカルディコーヒーファームへ出かけて、200g入りコーヒー豆を3袋買うのがすっかり習慣化しています。

6月19日の父の日はまだ先ですが、「ファーザーズブレンドFather's Blend」という父の日限定炭焼ブレンドというのが出ていたので、1袋はそれにしました。生豆生産国名はグアテマラ、インドネシア、ブラジル他となっています。

「スモーキーな炭焼きの香り、しっかりとした苦みとやさしい甘さを持ち味とした父の日限定ブレンド」と説明があります。

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娘が好物の杏仁豆腐。3等分して、ちょうどいいくらい。

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オランダ産「ヘクター チーズラウンズクリスピーワッフル」が出ていたので、買いました。家族全員これが好きです。

ゴーダチーズ味の薄く焼き上げたワッフルで、ほどよい塩味です。軽い食感ですが、案外腹持ちがいいですよ。わたしは間食をしなくなったので、朝ごパンの代わりにいただきます。

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イタリア産「フルッタチェレスチィーナ レモンマーマレード」もリピート。甘さ控えめで、ジャムとソースの中間的な液体っぽさがあります。パン、ヨーグルトにかけると、爽やかな美味しさで最高。

面白い映画があれば観たいと思いましたが、大抵何かは観るものがある夫でさえ「観たいものが何もない。ビデオになって100円で出ていたとしても、どれも観ない」昨日でした。チラシを貰ってきました。

チラシの中で観たいと思ったのは、『アリス・イン・ワンダーランド~時間の旅~』(全国公開は2016年7月1日)。

マッド・ハッター役のジョニー・デップ、赤の女王役のヘレナ・ボナム・カーター、白の女王役のアン・ハサウェイが好演した『アリス・イン・ワンダーランド』の続編です。

2016年8月11日に全国で公開されるディズニーの新作映画『ジャングル・ブック』も観たい気がします。原作はラドヤード・キップリングの同名小説。人間は実写、ジャングルの動物たちはCGで再現されるのだとか。

『ジャングル・ブック』には、子供のころに読んで虜になりました。キップリングはノーベル文学賞を受賞しています。ウィキペディアから引用します。

ラドヤード・キップリング

ジョゼフ・ラドヤード・キップリング (Joseph Rudyard Kipling, 1865年12月30日 - 1936年1月18日) は、イギリスの小説家、詩人で、イギリス統治下のインドを舞台にした作品、児童文学で知られる。ボンベイ (ムンバイ) 生まれ。19世紀末から20世紀初頭のイギリスで最も人気のある作家の一人で、代表作に小説『ジャングル・ブック』『少年キム』、詩『マンダレー』など。「短編小説技巧の革新者」とみなされ、児童向け作品は古典として愛され続けており、作品は「多彩で光り輝く物語の贈り物」と言われる。1907年にノーベル文学賞を、41歳の史上最年少で、イギリス人としては最初に受賞。他にイギリス桂冠詩人、爵位などを打診されたが辞退している。

ウィキペディアの執筆者. “ラドヤード・キップリング”. ウィキペディア日本語版. 2016-05-22. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0&oldid=59813075, (参照 2016-05-24).

ジャングル・ブック (岩波少年文庫) 
ラドヤード・キプリング (著), 五十嵐 大介 (イラスト), 三辺 律子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2015/5/16)
ISBN-10: 4001142252
ISBN-13: 978-4001142259

ジュディ・フォスター監督作品『マネーモンスター』(全国公開は2016年6月10日)もちょっと気になります。

全米高視聴率の財テクTV番組がジャックされる――という内容だとか。ジュディ・フォスターの監督としての成長が如何ほどか確認したい気がしますが、観に行く余裕がありません。

ところで、無料で楽しませていただいているリヴリーアイランドで「サンドイッチ島」をゲットしました。家出人のピグミー、ネオピグミーが滞在中。

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遊び疲れて全員寝ているところが、何ともいえないかわゆさ!

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2016年5月11日 (水)

ウィリアム・ジェームズに対する疑義、神智学協会国際本部7代会長だったラーダ・バーニアのインド舞踊

辺境、泡沫ブログの一つである当ブログだが、最近、神智学協会、竜王会に関する記事をアップしているためかこの方面に関心のある方々のアクセスが増えたようだ。

58歳になるわたしは学生時代から純文学作家を志し、神智学への興味もそのころからで、さらにいえば、物心ついたときには前世やあの世についてのわずかばかりの記憶が既存のものとして自分の中に存在し、明らかに一般的とはいえない意識で人生を歩んできたといえる。

わたしの中で作家の卵としての生き方と神秘主義者としてのそれに区別が全くないために、左派が権勢を振るうわが国の文学界で作家志望を貫こうとすると、圧迫感、違和感、欠乏感が付きまとい、それに対する決め手を欠いた生き方にはゆとりも安定感もなく、長年集会への参加すらままならない。

だから、何か訊きたいことがおありの方は直接オフィシャルサイトでお問い合わせになってください。

毎年の更新でかろうじて会員となっているにすぎない人間が書きすぎているような気もするが、自身を一人の神秘主義者として見た場合、日々の神秘主義的な発見を自分のような人間が書かなければ誰が書くのかという思いがある。

わたしのブログはこうした思いから綴る個人的、私的な覚書であることをお断りしておきたい。同じ断り書きを繰り返すのはブログの性質上、最初から順を追って閲覧していただくわけではないからである。

今、H・P・ブラヴァツキー『沈黙の声』をジェフ・クラーク訳と星野未来訳とで読んでいる。一方で読んでよくわからなかったところを他方で読むとわかったりするので、わたしには両方が必要だ。

新訳 沈黙の声  Kindle版
星野 未来 (翻訳)
出版社: 星野 未来 (2016/2/10)
ASIN: B01BN85EBM

沈黙の声 オンデマンド(ペーパーバック)
H・P・ブラヴァツキー (著)

出版社: UTRYU PUBLISHING (2015/9/3)
ASIN: B0156B9RLU

すばらしい本で、わたしは読んでいると、本に触発されて自身の胸の辺りから尽きせぬ泉のように出てくる白い光で部屋の中がいっぱいになる。

またブラヴァツキーによる注や訳者による注を読むと、とても勉強になる。この点では特にジェフ・クラーク訳では、初心者から高度な知識を求める者にまで対応できるだけの訳者解説、補注、用語解説が手厚く加えられているので、本格的な学習にはおすすめである。

音楽的な美しさを持つ星野未来訳は、暗誦するのによさそうだ。

ところで、現代哲学・心理学が依拠しているといってもよいウィリアム・ジェームズ(William James,1842年1月11日 - 1910年8月26日)の講義録であるW・ジェイムズ(桝田啓三郎訳)『宗教的経験の諸相(下)〔全2冊〕』(岩波書店(岩波文庫),2015)の「第十六・十七講 神秘主義」には『沈黙の声』からの引用がある。

そして、そこではクロロフイルム、エーテルといった麻酔剤による幻覚も、また聖人と呼ばれようが玉石混交と思われる信仰者たちによる様々な段階の内的経験も精査を経ないまま同一のもの、同一の神秘的経験として扱われている。

神秘主義に対するジェームズのアプローチ法は次のようなものである。

神秘的状態に関する私の論じ方が光を投げるか、それとも暗〔かげ〕を投ずることになるのか、私は知らない。というのは、私自身の性質として、神秘な状態を享楽することが私には全然できないといっていいくらいなのであって、私としてはその状態についてはただ間接的にしか語れないからである。しかし、たとえ問題をこうして外面的に眺めるほかないにしても、私はできるだけ客観的また受容的であるつもりである。 (ジェイムズ,2015,p.182)

神秘な状態を享楽? 

前置きであるにも関わらず、早くもジェームズは「神秘的状態」とは「享楽」する性質のものであるかのように唐突に断定し、その口吻からはそうすることで彼が自らを神秘主義者たちより上位に置き、自分こそ洗練されたストイックな、そして誠実な論じ方をする人物であると印象づけるための心理操作を行っているように感じられる。

『プラグマティズム』でも、同様の読者に先入観をもたらす儀式があったことを思い出す。

ジェームズは暗を投じ、哲学・心理学を混乱、停滞に陥れたとわたしは思う。

ジェームズがいくら客観的また受容的であるつもりであったとしても、これでは神秘的経験を持たない人間の主観的見方の域を出ないはずである。しかしながら、学会は世間はそうは受けとらず、ジェームズの主観的見解は大変な権威を帯びるようになって今に至っている。

神秘主義者ヘレナ・レーリッヒは書いている。

アルコール中毒や阿片中毒は、火の世界に近づこうとする醜い試みである。もし三昧が高級の火の自然な現れだとすると、アルコールの炎はその火を破壊する者である。麻薬は火に接近しているような幻影を起こすというのは本当だが、実際は、アグニの本当のエネルギーの獲得を長いこと邪魔するのである。

ヘレナ・レーリッヒ(田中恵美子訳)『アグニ・ヨガの教え』竜王文庫(コピー本),1996,p.58

レーリッヒはアルコールや薬物による経験を「幻影」と呼び、神秘主義的経験とは厳然と区別している。

ここで今日は時間がなくなったが、ウィリアム・ジェームズについては今後も書きたいと考えている。

動画検索中たまたまラーダ・バーニア神智学協会国際本部インド・アディヤール7代会長(1923 – 2013,1980年から33年間会長を務めた)の若かりし日の舞踊姿を捉えた動画に出合った。

1951年にリリースされたジャン・ルノワール監督による映画『河(The River)』の中の一場面である。

激しい動きの中に優美さがあって、素敵な舞踊だと思う。今後クリシュナを思い浮かべるときは、クリシュナのイメージにこの舞踊が重なりそうだ。

次の動画は追悼動画だろうか。

ラーダ・バーニアは三度来日され、わたしは講演会に行きたいと思いながら行けなかった。

ラーダ・バーニア(高橋孝子訳,高橋直継監修,ジェフ・クラーク注記)『他に道なし: 霊的生活の探求』(宇宙パブリッシング,電子書籍版2014)の中の「ラーダ・バーニア女史の功績」によると、ラーダは12歳で神智学協会に入会、協会が設立した国立女子高校に通い、三代会長ジョージ・アランデールの妻ルキミニ・デーヴィが創立したインド舞踊学校カラクシェトラの最初の卒業生となった。

戦後、二代会長アニー・ベサントが創立に関わったバナーラス・ヒンドゥー大学でサンスクリット語を研究したという。

神智学協会に純粋培養されたような人だったのだ。

そうした意味ではクリシュナムルティに似た境遇といえるのかもしれない。『他に道なし』を読んで、クリシュナムルティの著作を読んでいるような錯覚を覚えたのも道理な話だと思った。クリシュナムルティはラーダの親友だったそうだ。

他に道なし: 霊的生活の探求 Kindle版
ラーダ・バーニア (著), 高橋 孝子 (翻訳)

出版社: UTYU PUBLISHING; 1版 (2014/4/27)
ASIN: B00JZCZR8E

現・第8代国際本部会長ティム・ボイド(Tim Boyd)のアメリカ集会の動画も出てきた。集会では国際本部のあるインドのアディヤールへの旅行が紹介されている。

ボイド会長はチベット問題にも取り組んでおられるようだ。

当ブログにおける関連記事:

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2016年1月20日 (水)

なかなか面白かったアクション・スリラー「アンノウン」

掌編、完成。

昨夜、BS-TBSでやっていたリーアム・ニーソン主演のアクション・スリラー「アンノウン」が意外な面白さで、つい最後まで観てしまった。

何となく面白そうな予感がして夫も観るかもしれないと思い、録画して正解。わたしたち夫婦にはなかなか受けた映画となった。

舞台はベルリン――というのがムード的によかった。

で、それで満足して寝てしまい、今日までに完成させる予定の掌編にエンジンがかからず、午後になってようやくエンジンがかかってドタバタと仕上げた。

といっても改稿したものだった。捨てられない1編なので、今度こそ電子書籍にと思うが、掌編がもう少し溜まらないと、掌編集も出せない。

シネマトゥデイの「アンノウン」予告動画は⇒ここ

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2016年1月 1日 (金)

BSプレミアムシネマ「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」が放送中

NHKBSで、プレミアムシネマ「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」が放送中です。17時20分~19時28分。アン・リー監督

ヤン・マーテルのベストセラー小説『パイの物語』を映画化したものです。レンタルのDVDで観ましたが、印象的な映画でした。

沈没事故のために16歳の少年が動物たち――最終的は一頭のトラ――と漂流することになる冒険ファンタジーです。思いがけない後日談からこの物語を心理学的に読み解くことも可能だと気づかされますが、冒険自体に惹きつけられます。

幻想的なシーンが圧巻です。映画はもう始まっていますが、おすすめ。

2013年9月8日の過去記事から感想を引用しておきます。

『ライフ―オブ―パイ トラと漂流した227日』をレンタルのDVDで観て、楽しい時間を過ごしました。
何と2度も観てしまいました。サバイバル物でありながら、主人公の内面世界が宗教的、哲学的な色彩で描かれ、幻想的なシーンがとても美しい映画でした。最後のところで、実は全てが主人公の空想で、別の現実があったともとれる結末になっているところが何ともいえない小気味のよさでした。
どちらともとれるように、よく伏線が張られていました。
監督はアン・リーという台湾の映画監督。原作は、カナダの小説家ヤン・マーテル著『パイの物語』。

パイの物語(上) (竹書房文庫)
ヤン・マーテル (著), 唐沢 則幸 (翻訳)
出版社: 竹書房 (2012/11/22)

パイの物語(下) (竹書房文庫)
ヤン・マーテル (著), 唐沢 則幸 (翻訳)
出版社: 竹書房 (2012/11/22)

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2015年9月13日 (日)

画家ニコ・ピロスマニの映画がこの冬やってくる・・・!

メールをくださった方にリンドグレーンの記事をお約束しましたが、次に書く予定です。もう少しお待ちくださいね。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

グルジア映画の名作『ピロスマニ』が、『放浪の画家ピロスマニ』という邦題で再上映されるという。デジタル・リマスター版だそうである。

11月21日から、東京の岩波ホール他、全国で順次公開されるとのこと。これは観たいなあ。

37年ぶりの再上映だとか。わたしは大学時代、文芸部の男女数人で観に行った。計算すると、そのとき二十歳だったことになる。

『ジプシーは空に消える』との贅沢な二本立てだった。どちらもすばらしくて、しばらくは感動のあまり口がきけなかったほど。全員そんな風だった。

ジプシーのほうはサントラ盤LPを購入して擦り切れるまで聴き、その後、DVDも購入した。

ウィキメディア・コモンズでピロスマニの絵を観て、昔も思ったがアンリ・ルソーの絵に似ていると思い、ふたりの絵を紹介した動画で見比べてみた。

ピロスマニ
https://youtu.be/kTa2IcczJkM?list=PLisHMnPZ0ZadykE0Vz6_C0AD026cLr-TR

アンリ・ルソー
https://youtu.be/-Bv6b299xkk?list=PL048007512120E1A7

うーん、似ているけれど違う、当然ながら。

ニコ・ピロスマニ:Wikipedia
ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani, 本名ニコ・ピロスマナシヴィリ Niko Pirosmanashvili, グルジア語 ნიკო ფიროსმანაშვილი、1862年 - 1918年4月9日)

アンリ・ルソー:Wikipedia
アンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau、1844年5月21日 - 1910年9月2日)

ピロスマニの描く動物は、何て可愛い顔をしているのだろう。少年の表情も潔い感じでなかなかいい。

Niko_pirosmani_a_little_boy_riding_
Niko Pirosmani. ''A Little Boy Riding a Donkey''.
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

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2015年7月13日 (月)

祐徳稲荷神社がタイで有名ですって(追記:タイ映画「タイムライン」)

眠れないので、5時からの地震解説を見ようと思い、テレビをつけたところ、祐徳稲荷神社がタイで有名になり、観光スポットとなって、沢山の観光客が訪れているというニュース。

映画のロケで、佐賀が有名になったのだそうです。

祐徳稲荷神社も、ロケの舞台となったようです。

「佐賀は静かで、伝統ある食材が楽しめる」と、タイからの観光客は話していました。

よし、タイでも読んで貰えるような祐徳院(花山院萬子媛)の小説を書こう!

追記:

映画というのは、タイ­王国の映画「タイムライン(Timeline)」。佐賀県フィルムコミッションの誘致活動が実ったということのようです。

佐賀県フィルムコミッション ‐Staff Blog」に詳しく書かれています。以下がその記事。

監督はノンシィー・ニミブット。

主役を演じているのは、ジャリンポーン・ジュンキアットと男優ジラユ・タンスィースック。

タイ王国国内での劇場公開は、映画がラブストーリーだけあって、2014年2月14日のバレンタインデーだったそうです。

ロケは祐徳稲荷神社の他に、唐津、呼子、大川内山etc……で行われたとか。

「タイムライン」は2007年に日本でも公開された『レター 僕を忘れないで』の続編なんだそうです。

予告動画を視聴すると、祐徳稲荷神社で柏手を打っている場面が出てきます。

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