カテゴリー「エッセー「創作の神秘」」の5件の記事

2006年4月23日 (日)

創作の神秘(Ⅴ)

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 ハーブ専門店で喉によいハーブを訊くと、「エルダーフラワー(西洋ニワトコ)かネトル(西洋イラクサ)がお勧めです。エルダーのほうが飲みやすいでしょう。これはエルダーの花の抽出シロップで、10倍から20倍に薄めて飲んでいただくようになっています。マスカットのような香りが楽しめますよ。エルダーは風邪・インフルエンザの特効薬として知られていて、炎症を鎮めますし、アレルギーにも効果があります。保湿効果があるので、お肌にもいいですよ。特に注意すべき副作用もないとされています」といって、湯で割ったものを試飲させてくれた。

 レモン抽出シロップが加えてあって、ホット・レモネードのようで美味しく、喉が優しくフワッと包まれるような感触があった。特効薬といわれるだけあって即効性があり、すぐに痛みがとれ、咳がとまった。「あら嘘。こんなに効いていいの?」と思わずいうと、お店の人がちょっと窺うような半信半疑の顔をし、次いでいくらか笑った。

 わたしは薬物に限らず、いろんなものに過敏に反応するほうかもしれない。この「創作の神秘」に書いてきたことは、あくまでわたしの観点から書いていることであって、わたしにしか当てはまらないことかもしれない。その点は、読者のかたによくわかっておいていただきたいと思う。ステロイドのことも、ハーブのことも、わたしに関することは何であれ……。

 購入したエルダーシロップは炭酸で割ったり紅茶に入れたりしても楽しめるようだが、湯で割ると、蒸気とともに喉にフワッとくるので、荒れた喉には気持ちがよい。その夜、10ccのシロップを100ccの湯で割って飲んだが、夫と娘にも試して貰った。風邪気味だった娘は「あ、喉が気持ちいい。へえー、こんなにすぐに効くんだね」といった。

 いくらかアトピー体質で鼻が悪く、煙草飲みの夫は夜間、あるいは明け方、よく咳をするので、エルダーが効くかどうかを確かめるつもりだったが、わたしは朝までぐっすり眠ってしまい、確認しそびれた。少なくとも、朝5時半にわたしが起きてからは、彼は咳をしなかった。わたしはお店で試飲したあとは咳が出ず、夜家族とエルダー湯を飲んで眠りに入るまで、何と一度も咳をしなかった。

 その眠りはといえば、沢山の花びらに包まれたような優しい眠りだった。病気になってから長年馴染んできた不快な苦痛に満ちた、まるでくたびれるために眠っているような眠りとは、比ぶべくもなかった……。

 リンドグレーンの「ミオよわたしのミオ」(大塚勇三訳、岩波少年文庫)の中で、『はるかな国』の住人となった主人公のミオが友人のノンノに「ああ、なんておいしいんだろう! いったい、このパンはなんていうの?」と訊く場面がある。するとノンノは「さあ、べつにかわったパンかどうか、ぼくは知らないな。ぼくらはね、『ひもじさをしずめるパン』っていっているけど」と答える。ミオはひもじさをしずめるパンを食べ、かわきをしずめる泉の水を飲む。その味わい豊かな表現をわたしは思い出す。わたしは疲れをしずめる眠りを眠ったのだ。

 が朝起きたときはまた痰があり、咳も出始めたので、エルダー湯を飲んだ。

 ネットで調べたところ、エルダーには脂肪酸、フラボノイド、タンニン、ビタミンCなどが含まれているという。フラボノイドもタンニンもいわゆるポリフェノールの類、植物細胞の生成・活性化を助けるもので、抗酸化作用があり、健康にいいということでブームになった。脂肪酸については、脂肪酸不足を警告する論文を見つけた。

 必須脂肪酸が不足すると、細胞の機能低下を惹き起こし、病気を発生させる原因をつくるが、ほとんどの医師はこのことに何の注意も関心も払わないという。現代人の多くは必須脂肪酸不足で、特にこの不足が関係している病気は、高コレステロール血症、高血圧を含む冠状動脈疾患、アレルギー皮膚炎、癌、自己免疫疾患だそうだ。

 わたしは中性脂肪値が1月末に受けた検査で、基準値40-150のところを341だった。これはいいほうで、総合病院にかかっていた頃は500以上ということがあった。わたしは大飯食らいではないし、少し間食しても全くしなくても、こうなるのだ。一方善玉コレステロール値は低い。自己免疫疾患は、どれがいつ発病してもおかしくないといわれている。血圧は、薬を飲まなければ160-110くらいになってしまう(140の頻脈になってしまう)。癌になったことはないが、随分前に子宮体癌になる惧れがある(前癌病変)といわれて、治療を受けたことがあった。よほど脂肪酸が不足しているのだろうか?

 いや、わたしには難しいことはわからない。自分の中で頼りになるのは、感覚ばかりだ。同じように咳をとめるといっても、ステロイドは力づくで、エルダーのほうは優しく包んで、という雰囲気の違いがあり、わたしの感覚的な好みはステロイドよりもエルダーのほうに傾く。このままステロイドと縁が切れると期待するのは早計かもしれないが、これからもハーブを試していきたい。

 そうはいっても、今月末にフジ子・へミングのピアノリサイタルに行く予定があり、そろそろフルタイドを使い始めなければならないと考えている。でなければ、リサイタルに行くのを諦めるかだ。ステロイドは使いたくないのだが、咳をすることも席を立つことも人に迷惑をかける惧れのある場所へ出向くときだけは、例外とせざるをえない。そんな吸入ステロイドの使用の仕方は、おそらく問題のあることに違いないのだが。

 エルダーの花や実はワインやジャムにして楽しむことができ、花だけでなく実にも葉にも根にも薬効があり、ヨーロッパでは「万能の薬箱」として、庭に植えられてきたそうだ。そんなエルダーは多彩な民間伝承を育んだようで、古代から中世にかけて人々はエルダーの木を「守神」を招くとして村の入り口に植えた。伝説では、不老長寿の薬の調合にも用いられたという。錬金術師はエルダーを研究し、その薬効を知っていたに違いない。主導権を握りたいキリスト教は当然ながらエルダーの木を敵視したと見え、ユダはこの木で縊死し、キリスト処刑の十字架をつくったのも、この木でなのだそうだ。

 エルダーの即効性を考えると、わたしの児童文学作品で主人公の弟が薬草で喘息が癒える場面に使えそうだ。錬金術師の娘には、夢で出てきた女神様が投影されるだろう。 不思議なことに、自分の書いたものが人生に思わぬ展開をもたらしたり、新境地を拓いたりすることがある。薬草も、錬金術師も、わたしにとっては創作のためのちょっとした思いつきにすぎなかった。それが、これほどの重みを持つようになろうとは想像もしなかった。錬金術師の娘にどんな薬草を持たせればいいかもわからなかったが、今はもうわかった。

 わたしはその作品の結末部分で、主人公の心臓病で入院中の祖母を出し、祖母が前夜見た夢の話をする場面を設定していた。花瓶に生けられた花々を見ながら眠りについた祖母は、花の妖精たちがあでやかな貴婦人の姿で現われて、お茶会を開いてくれる夢を見たと主人公に話す。祖母が話してくれた妖精たちの中の女王の眉目や装いは、異次元の鍾乳洞の先にある竜から解放された町で、主人公一行を饗応してくれた錬金術師の娘にそっくりなのだ。

 錬金術師の娘に人間を超えた優美な存在感を持たせたいという衝動が起き、そんな衝動を自分でもいぶかりながら、結末でついに花の女王にしてしまったわけだが、そんな衝動が起きたことも、今では自然なことだったように思える。(了)

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2006年4月19日 (水)

創作の神秘(Ⅳ)

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 わたしが通っている循環器クリニックでは予約をしなくてもいけるのだが、薬のなくなり具合で、どの日に行くかは決まってくる。4月の受診予定の日に出かけたら、緊急手術で、受診できなかった。心臓血管外科医の先生は、入院設備のないオフィス型のクリニックで、週に2回静脈瘤や人工透析のための内シャントといった日帰りでできる手術を行っておられる。

 クリニックは歩いて15分で行ける距離だし、わたしは何しろ三食昼寝付きの専業主婦なので、受診できなかったことを別に苦にすることもなく、また翌日出かけた。前日受診できなかった患者でいっぱいだろうと予想した通り、ロビーは患者で溢れていた。受付の看護師さんが「昨日は申し訳ありませんでした」とおっしゃる。体重と血圧を測り、様子を窺い患者の不安を訊いてくる看護師さんも同じことをおっしゃる。診察時に先生も、「昨日も来てくれたんだってね。悪かったね、緊急手術でさ」とおっしゃった。

 前日にわたしがちらと顔を見せた程度のことまで、報告が行き届いている。心臓から送り出された血液が、体内に張り巡らされた血管の隅々にまで届くみたいに。以前同じように受診できなかったとき、夜になって先生から様子を窺う電話があったこともあった。そういえば、検査にだけ出向いたときも、先生が何気なく出てきて、わたしの顔を確認だけしてまた引っ込んだ。あれも、変化がないかを確認するために出てきたのだろう。一見アバウトに見えないこともないクリニック内では、実に循環器科らしい管理がなされているということだろう。

 ロビーで、わたしの隣に座っていた2人の女性が、先生の噂をして、頻りに褒めていた。何でも、先生は何とかという難しい研究を修めた権威で、他所で匙を投げられた患者が随分助けられた、噂を聞いて自分は車で片道1時間かけて、通っている……というようなことをおしゃべりしているのだった。左隣の綿貫衆義院議員に似ている女性は、弁膜症で、バセドー氏病もあり、ある日病院で点滴を受けていたときに血液が袋の中に逆流してしまったという。総合病院に搬送されて治療を受けたが、先生の評判を聞き、通院先をここへ替えたそうだ。他所の市から、半年に1度受診しているという。

 そのまた左隣のリッチそうな、贅沢な装いの女性は、総合病院で部長をしていた時代の先生から大動脈瘤の手術を受けた。手術には6時間かかったとのこと。その総合病院にずっとかかっていたが、そこでは午前10時の予約で、実際に受診できるのは午後2時。ごく短時間しか診て貰えない、脈もとってくれない。診察を受けたという満足感に乏しいため、丁寧に診察してくれ、人間的にもよくできたここの先生に診て貰いたいと思ったという。

 わたしも、ここへ通うまでは総合病院にかかっていた。リッチそうな女性がこぼしていた愚痴の内容と同じようなことを、わたしも感じていた。尤も、わたしには脈拍異常があるので、脈はとって貰えたが……。わたしは先生の評判については何も知らず、最初に受診したときに「おや、 ここは何だか血の匂いがする。ここの医師はドラキュラなのでは……」と思ってしまった。

 この市へ引っ越してきたとき、それまで通院していた総合病院の主治医から紹介状を書いて貰っていたのだが、引っ越し先の街で見知らぬ呼吸器科に飛び込むという想定外の事態が生じた。そして、そうやって受診した呼吸器科で、この循環器クリニックを紹介されたのだった。迷いながらここへきたわたしに、先生は「本当に、うちでいいの?」と訊いてきた。いいのかどうか、そのときはわからなかった。

 診察時に、先生に「患者さんたちが先生の噂をして、先生のことを褒めていましたよ」と教えると、先生はにやにやして、「えっ、本当? 何て?」と嬉しそうだった。気さくなので、本当に権威? 何の? と疑ってしまうほどだが、いつ見ても明るい先生の目には、感心させられる。まなざしの明るさは、春の光がその目を愛でて差し込んだかのようだ。目が釣り上がって見えるときは、緊急事態が発生したときなのかもしれない。

 いつでも行ける理想的なホームドクターがほしいと、わたしはずっと願っていた。先生は、そのホームドクターの理想像に近かった。呼吸器科の先生も、またタイプは違うが、理想像に近い。ステロイドの常用という、ただ1点の不安材料を除けば……。両医師との関係は続けていきたいし、医療不信から民間療法に走るといった風の愚を冒すつもりは決してないのだが、試せる範囲内と自分で感じられることは試してみたかった。()   

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2006年4月17日 (月)

創作の神秘(Ⅲ)

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 ただ全身的に爽快だったのは、カモマイルを最初に使用した日だけだった。それでも、カモマイルはわたしの湿疹に合っていたらしく、5年間毎日掻き毟ってきた湿疹が、ほとんど気にならないまでになり、今では思い出したように塗るだけだ。ひどかったのが、嘘のようだ。1000ml入りの青い壜に入った「ローマンカモマイル」は、まだ使い切っていない。

 そして、話は4月に飛ぶ。その間、健康状態には紆余曲折あった。現在服用している薬は、心臓の薬がインデラル、ヘルベッサー、ニトロペン(狭心症発作時の舌下錠)。整腸剤がコロネル、エンテロノン。気管支喘息の薬がフルタイド(吸入ステロイド)。

 作家の卵として壁にぶつかっているのと同様、喘息治療でも壁にぶつかっていた。というのはわたしの側の認識であって、医師は壁になどぶつかっておられず、わたしの治療の受けかたに問題があるばかりだとおっしゃるだろう。

 わたしはこれ以上、どんなかたちであれ、ステロイドを体内に入れたくなかった。それは、生き物としてのわたしの勘がそう思わせるのだった。わが国では、フルタイドのような吸入ステロイドに副作用はほとんどないとされているけれど、そうではないとする薬害摘発関係者もおられるようだ。

 わたしが喘息治療を受け始めて、まだ1年半ほどにしかならない。台風被害の後始末や引越し作業で埃や黴菌を吸い込んだことが原因なのかどうか、咳が出てとまらなくなった。立て続けに長時間咳き込むといくらでも尿が漏れ、本気でオムツをしようかと思ったくらいだった。喘息の発作だった。

 呼吸機能の検査で、喘息だということがはっきりした。喘鳴がなく、咳が続いていただけだったから、喘息といわれて驚いた。ただ、これまでこれほどの発作に発展したことはなかったとはいえ、異常に咳がとまりにくいことは小さな頃からあり、自分で気づかなかっただけで、元々が喘息体質だったのだろう。呼吸器科と循環器科どちらの医師も、頻脈を抑えるために飲んでいるインデラルの副作用である可能性も指摘されている。原則として喘息患者にインデラルは厳禁らしいが、わたしの頻脈をうまく抑えてくれる薬は他に見つからなかった。

 とにかく、わたしはこれ以上ステロイドを使いたくない気持ちだったが、今の喘息治療の主流は吸入ステロイドで、毎日使用しなければならない。今年に入ってからなるべく使わないようにしてきたが、そうすると痰にむせて目覚めることが多くなって日常生活に差し支え、ときには命の危険すら感じないわけではない。でも毎日使っていると、全身的にいろいろなことが起きてくる。それら全てがステロイドのせいとはいいきれないが、ステロイドを使っていないときには、そんな気味の悪い現象は起きないのだ。

 わたしがほとんどステロイドを使わなくなっていることに、呼吸器科の医師は気づいておられるようで、先生との関係が悪化しそうだった。診察日に、勇気を出して吸入ステロイドは使いたくないというつもりでも、いえない。これまでにも何回かステロイドを常用する不安を訴えたことはあったが、そのたびに理路整然と説得された。

 患者のいう細かなことまで逐一パソコンのカルテに書き込む、記憶力も管理力も優れた、とてもプライドの高い先生なのだ。循環器科の医師と連携して治療にあたってくださり、最新の吸入ステロイド治療を売り物にしている医師に、他の治療法を選択できないかを伺うには、蛮勇が必要だ。何より循環器科の医師との関係を壊したくないだけに、万全の対策が必要だった。

 4月に入ってから、喘息の発作が出ていた。大きな発作に発展することはなかったが、ときどき休止状態を挟みながら絶えず咳き込み、咳と痰で眠りを妨げられ、当然体調はよくなかった。こうなるともうステロイドなしではやっていくことが難しいのだったが、あえて使わずに、咳き込みつつ、不快な気分でカモマイルを購入したハーブ専門店に出かけた。

 夢の中で、ハーブの女神様(?)は、「あなたの身も心もさわやかに」とおっしゃった。ハーブは確かに湿疹には効いたけれど、ハーブが、ハーブなんかが、喘息にも効くのだろうか。この時期にわたしは書きかけの児童文学作品の中で、主人公の弟の喘息が薬草で癒えることを書かなければ作品は進行しないのだったが(ここのところをどうしても書けないでいた)、これも不思議といえば不思議なことだった。

 わたしの喘息がハーブで癒えなければ、中世の西欧に通じる異次元の巨大な鍾乳洞の中で苦しんでいる、あの小さな可愛い男の子は死んでしまうのだ。自分がつくり出した作中人物と運命を共にするとは、何と壮絶な悦びであることか! (

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2006年4月16日 (日)

創作の神秘(Ⅱ)

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 高貴な存在といったが、そのようにわたしには感じられるからそういったまでで、実際には、その存在をどう分類すべきかわたしにはわからない。「女神様」といったのも、あくまで仮の名にすぎない。目に見えない領域の体験を重ねれば重ねるほど、また神秘主義を生半可ながら知るようになればなるほど、目に見えない領域の広大さ、複雑さに目の眩む想いがする。そして、神秘主義の解説するその世界は実に整然としているため、そこには一分の狂いもないだろうと想像しないわけにはいかなくなる。まさに「大自然は幾何学的に創造する」であろうことを。

 ブラブァツキーは、植物界の様々な種は一条の光線が分裂して生れた光線であり、光線が7つの世界を通るときに各世界で弱められ、何千も何百万もの光線になり、そうした光線はそれぞれ、自分の世界で一つの有知者になるという。そして、どの植物にもエレメンタル実在がいて、目に見える植物は物質界でのその実在の外的な装いだというのだ。

 わたしが仮に女神様と呼ぶ存在は、そうしたいわば植物界の精と無関係とは思えない、否、何らかの深い関係があると想像せざるをえない、植物的な、清涼な光と香りを発散させていた。それで、アロマテラピーの女神様、あるいはハーブの女神様と呼びたくなったのだった。()

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創作の神秘(Ⅰ)

 35年間もアマチュアで書いてきて、年齢も48歳ともなると、世に出られる可能性はほぼゼロに等しいだろうと推測せざるをえない。この年齢は、母が亡くなった年齢だ。

 母はわたしが中学1年生のときに慢性腎炎を患い、それが終生の宿痾となった。その年、わたしは月経が始まり、神経症がスタートし、創作が芽ぐむという波乱に満ちた年だった。なぜ神経症が始まったかといえば、小学生のときに親しい若い男性2人に性的な悪戯を受けたことが、重い意味合いを持って迫ってきたからだった。神経症といっても、内容は大したものではなく、頻尿になったというだけのことだ。

 だからこそ、やりきれなく、苦痛だったともいえる。現在、わたしは不整脈、狭心症、喘息、メニエール病、子宮内膜症と病気を沢山抱えているが、他愛ない頻尿を惹き起こすにすぎない強迫神経症ほどつらく感じられる病気は、まだ経験がない。それは別に肉体的な痛みをもたらすものではないのだが、何か人間の尊厳に関わる部分を剥奪されるかのような実感を伴う厭らしい病気なのだった。

 とりわけ母にいてほしかったその年、母は1年間の入院生活を強いられた。父は外国航路の船員で留守だったが、家政婦さんがきてくれていたので家事に困ることはなかった。わたしはそのうち母の留守をいいことに、したいことをするようになった。つまり、読みに読み、書きに書いた。そうやって、神経症を叩きのめそうとしていたともいえた。文学の世界は、光と香りでいっぱいだった。

 今でもそれは変らず、たとえアマチュアの物書きで終わろうとも、この世界から受け取っためくるめくばかりの悦びだけで、わたしは人生から過分の好意をもって遇されたといえよう。つい最近も、特筆すべきことがあった。

 尾籠な話題で申し訳ないが、わたしはここ5年ほど、お尻がお猿さんのように湿疹で赤くなっていた。ステロイドのつけすぎで患部は悪化し、日に5回は掻き毟らなくては気が治まらなかった。左耳の中もよくない。ステロイドはもうつけたくなかったが、つけなければどうしようもない窮地に立たされていた。

 なぜか、ふと、中断している児童文学作品のことが頭に浮かんだ。作品の中で、主人公の幼い弟が中世の西欧に通じる異次元の巨大な鍾乳洞の中で喘息の発作を起こす。それを錬金術師の娘が持っていた薬草で癒される場面がある……のだが、わたしの筆は進まなかった。薬草で、薬草なんかで、喘息が癒されるのだろうか? そういう疑問がわたしの中にあったためだった。

 デパートに新しく入ったハーブ専門店が連想され、わたしは衝動的にそのお店へと向かい、湿疹に効能のあるというカモマイル精油を勧められるままに買った。遮光性の青い壜に入っていた。化粧水としても使える、濃度の低いものだという話だった。

 その夜つまらないことで夫と喧嘩し、湿疹は痒い、おなかの具合は悪い、喉はゼロゼロするで、不快感もピークに達した感があった。でも、せっかくだからカモマイルを試してみようと思い、耳に塗り、肛門部にはナプキンに染み込ませて当てた。そして、本を読みながら炬燵でうたた寝してしまった。

 夜中に、高貴な清々しい雰囲気に包まれてはっとして目が覚め、女神様が「あなたを身も心もさわやかにしてさしあげますよ」とおっしゃったのを聴いた気がした(声を聴いたわけではない)。同じようなことが、もう一度あった。

 朝、目が覚めて不思議な夢を見たと思ったが、夢で女神様が約束してくださったように、爽快な気分だった。朝はいつも大量の痰を吐くことから始まるのだが、この朝はその必要がなかった。湿疹で傷んだ患部も、ほとんど痛みがない。心臓も重くなく、気分も爽快で、創作に関する焦りさえ消えていた。

 夢に現われた女神様を薬師如来と呼ぶべきかアロマテラピーの女神様(ハーブの女神様)と呼ぶべきか、ただ女神様と呼ぶべきかはわからないが、このところ長い間忘れていた高貴な存在のことを思い出した。創作の動機となってきたそうしたものへの信頼が、このところ薄らいでいたことをしみじみと反省した。それが1月の話で、これには続編がある。()

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