カテゴリー「村上春樹」の72件の記事

2017年3月13日 (月)

アバウトに植えたジャガイモの収穫。村上春樹『騎士団長殺し』の感想は中断中。

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ジャガイモを新聞紙にくるみポリ袋に入れて何か月か冷蔵庫で寝かせると美味しい――と知り、時々熟成ジャガイモを作るようになりました。

ねっとりとした熟成ジャガイモは本当に美味しい! が、それが行き過ぎて、芽が出てしまいました。食べられるぶんは食べ、捨てるしかないと思うほど盛大に芽が出てしまったジャガイモをプランターに適当に植えました。

いつが食べごろだろうと思っていましたが、「あまりに適当な植え方で、腐ったかもしれないよ」と夫がいいました。確かに葉っぱも枯れかけてきたような……。

で、掘って初収穫ということに。

一番大きいものはお店に出ていてもおかしくありませんが、それ以外は小さすぎて食べられるか心配になるほどでした。

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煮ころがしにしてみました。それが、何という美味しさだったでしょう!

ジャガイモは偉大です。小粒なものほど、美味しかったのですよ。

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1人分はたったこれだけになりましたが、今度は本格的に作ろうと夫と話しました。

ところで、このところブログが滞ってしまい、申し訳ありません。村上春樹『騎士団長殺し』の感想を書いてしまうつもりでしたが、途中で読むのが嫌になってしまい、読破できていません。

アマゾンなどのレビューを見ると、イデア、入定といった哲学用語、宗教用語として確立している言葉の無造作な使いかた、意味の書き換えに疑問を呈しているレビューはわたしの目には留まりませんでした。

しかし、中国によって政治的駆け引きに利用されてきた南京事件の描きかたに疑問を呈し、怒っているレビューは少なくないようです。

世界的作家とされる村上春樹の意識は世界的どころか、中国の思惑に媚びているとしか思えない偏りがあって、あまりにおらが村さ的です。日本の村ではなく、あちらの村であるところが、空しいですね。

これまでとは違って、素人のわたしが躍起になって村上春樹の作品に潜む問題点について書かなくとももう大丈夫という気がしています。

やはりちゃんと書いておくべきだという危機感を覚えたら、そのときに書きます。

以下の過去記事を書いたころ、春樹作品の左派的要素に触れた評論やレビューはあまり見かけず、こうした記事を書くにも勇気が要りました。4年経ち、変われば変わるものです。

以下は、アマゾンのキンドルストアで販売中の村上春樹を論じた拙電子書籍。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

 

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2017年3月 3日 (金)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ③入定とイデアの意味不明なハルキ的関係

このノートを書く前に再びアマゾンレビューを閲覧した。レビュー数が増えているぶん、批判的なレビューも増えていた。

批判的なレビュアーの中には、ハルキストと呼ばれていた人々も結構含まれている気がする。ハルキバッシングに発展する可能性すらあると思えた。

村上春樹がファンの一部から見放された原因は何だろう?

まだ第一巻を読んでいる途中なのだが、全体をざっと確認したところでは、かつてのムーディなところ、お洒落な趣向、リリシズムなどがそれほど感じられず、よく出てくる性描写にしても乾いた、即物性な印象を受け、どうしたのだろうと思ってしまったほどだ。

南京事件の採り上げかたにしても、ノモンハン事件を作品に採り上げたときのような、相変わらずの無造作さで、この御時世にこれではさすがに日本では左派、反日勢力以外の一般人には受け容れ難いものがあるだろう。

ネット検索中に閲覧した記事で、どなたかが村上春樹は中共のハニートラップにやられたのではないかとお書きになっていて、なるほどと思ってしまった。

すぐに寝て、どこへともなく姿を消す女たちの行動を女性諜報員たちのハニトラと思えば、納得がいく。さすがに一般人も騙されなくなってきた中共の工作を真実と疑わないところからも、そう空想させてしまうところがある。

女性たちの娼婦めいた描きかたは初期の作品から一貫したものではあった。それでも、例えば、『ノルウェイの森』では直子、緑、レイコといった主要な登場人物となっている女性たちにはきちんとした肉づけがなされ、描写は繊細であり、筆力にみずみずしさを感じさせるものがあった。

それがこの作品では、意図的なのかどうか、味も素っ気もない描きかたで、女性たちの魅力のなさという点では、わたしが読んだ中では一番といえるかもしれない。読んでいる途中なので、早計な判断かもしれないが。

しかし、作品をざっと見て、わたしがあっと驚いたのは「入定」が出てくる箇所だった。

萬子媛の入定を知った今のわたしにはあの描きかたは知識不足にとどまらない冒涜に思えたが、唯物論の信奉者の理解ではあれが限界なのだろうか、と勉強になった気がする。

イデアも出てきて、プラトンのイデア論をいくらか参考にしている風でもある。

ところが、プラトンでは永遠の真実在であるイデアが春樹の作品の中では、入定を試みた結果、失敗してお化けになった――とは書かれていないが、あの状態からすると、神秘主義的にはそうである――人物が絵の中の人物を借りて現われ、「あたしは霊であらない。あたしはただのイデアだ。」(村上春樹『騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編』新潮社、2017、352頁)とホザくのである。

この記事は書きかけです。

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2017年3月 1日 (水)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ②気になった百田尚樹氏のツイート

村上春樹の新刊『騎士団長殺し』に関する百田尚樹氏の以下のツイートが話題になっているようだ。

百田尚樹
2017.2.24
https://twitter.com/hyakutanaoki/status/835382251378503680
村上春樹氏の新刊『騎士団長殺し』の中に、「日本軍は南京で大虐殺をした」という文章があるらしい。これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。
中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかもしれない。

百田氏のツイートを閲覧する前の2月23日木曜日、NHK『クローズアップ現代+』は「新作速報!村上春樹フィーバーに迫る」というタイトルで村上春樹の新作を紹介し、ファンだけでなく、春樹の作品に批判的なアンチにも光を当てていた。

といっても、番組に登場したアンチはわたしにはファンと区別がつかなかった。さらに、キャスターが村上春樹のことを「唯一無二の存在」とまで表現していて、驚かされた。

書店勤務の娘に春樹の本が売れているかどうか尋ねると、売れているという。

百田氏のツイートが気になり、検索してみたところ、百田氏同様に春樹の作品の「南京大虐殺」に憤っているブログ記事やレビューが出てきた。

しかし、作品のどこにどう書かれているのかがわからなかった。きちんとした評論にはなかなか出合えない。

どんな内容なのか、確認しておきたい気持ちに駆られたが、図書館から借りるとしたら当分先になるだろうと思った。

左派は日本の文学界を握るために純文学作家潰しをやった(「純文学なんてない」キャンペーン、村上春樹キャンペーン)――と過去記事でわたしは書いた。

左派のための御用評論家しかいなくなった文学界には、村上春樹をまともに論じられる評論家がいなくなった。

言論が自由なはずのこの日本で、なぜか抵抗作家を続けてきたわたしなどが問題意識に駆られてブログや電子書籍で世に訴えようとしたところで、所詮は無力感に覆われるだけなのだが、自国の作家の問題点を海外の評論家にしか指摘できなくなったとき、そのときこそ日本文学は終焉を迎えるのだとわたしは考えている。

そして、本来、芸術としての文学――それをわたしは純文学と呼んでいる――にはアマもプロも関係がないと思っている。

だから、世に出られない物書きでありながら、文学について考察を続けてきて、過日も無理して恩田陸『蜜蜂と遠雷』を購入したのだった。感想メモを評論に仕上げないうちにまた、この事態だ。

夫の定年後、本はなるべく図書館から借りるようにしてきたわたしは、春樹の新作にまで手が届きそうになかった。

折しも、2台あるエアコンのうち1台が壊れた。11年使っているものなので、そろそろ寿命かもしれないとは思っていた。買い替えるとなると、家計に打撃である。延長した10年の保証は切れている。

「運よく修理できたら、ハルキを買おうかなあ。エアコンを買うのに比べたら、それくらいの贅沢、してもいいよね?」と家族にいうと、「買えば?」と返事が返ってきた。

幸い、ギアの取り替えで済むという。ギアは15,000円かかるらしい。それに出張費を加えると、20,000円超えるはずだ。

それが、負けてくださいとお願いしたわけでもないのに、「お安くしておきます」といって、何と10,000円にしてくれたのだ。これはもう、本を買って評論を書かなければバチが当たると思い、購入した。

「南京大虐殺」については確認しなくてはならないが、もしかしたら、春樹の新作に文学的成熟が見られるかもしれないし、わたしには考えにくいこととはいえ、感動させられる可能性だってある……と思う。

とはいえ、萬子媛の小説に入りたいので、きちんとした評論を書くだけの時間がない。とりあえず、ざっと書いておくことになりそうだ。

参考のためにアマゾンなどのレビューを閲覧すると、やはり「南京大虐殺」について書かれたレビューがいくつかあった。これまでになく、冷ややかなレビューが目につき、驚いた。

以下の過去記事を書いたころ、春樹作品の左派的要素に触れた評論やレビューはあまり見かけず、こうした記事を書くにも勇気が要った。4年経ち、変われば変わるものである。

以下は、アマゾンのキンドルストアで販売中の村上春樹を論じた拙電子書籍。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

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2017年2月24日 (金)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ①ひ、美しいプラトン用語が第1部のタイトルに!

村上春樹の新作が新潮社から出た。『騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』『騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編』である。

読んでいないのだが、ショックを受けた。

プラトン哲学の中心概念として、あまりにも有名なイデア。それが第一部のタイトルに使われていたから。

以下はウィキペディア「イデア」より。

まず、ギリシア語の語彙体系について若干説明しておくと、ギリシア語では、見るideo系統の用語としては、ideinとeidoがあった。eido の過去形 eidon に由来する「eidos エイドス」という言葉のほうは「形」とか「図形」という意味でごく普通に用いられる言葉であった。
プラトンにおいては、エイドスとイデアは使い分けられており、イデアに特殊な意味が与えられた。

ウィキペディアの執筆者. “イデア”. ウィキペディア日本語版. 2015-12-07. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A2&oldid=57806205, (参照 2015-12-07).

イデア論は、プラトン中期の著作『パイドーン』で初登場し、『パイドロス』に至るまで積極的に展開され、それ以降は変遷していく。

『パイドーン』では、魂の不死性の証明が試みられている。想起説が証明に用いられ、その想起説の前提として語られるのがイデア論なのだ。

何度読んでも、『パイドーン』の中で語られる、あの世の壮麗な描写には感動させられる。プラトンの作品は読みやすいので、騙されたと思って、読んでみてほしい。『パイドーン』『パイドロス』については、以下の過去記事の、ブラヴァツキーの著作に関するメモの中で若干触れている。

村上春樹がイデアという言葉をどのように使ったのかは知らない。

彼の濁りを感じさせる過去の小説と、明るく清浄なプラトンの『パイドーン』とは似ても似つかず、村上春樹はいつものようにお気に入りの言葉を軽薄な気持ちでムード的に使ったのだろうと想像せざるをえない。

過去記事でも書いたように、創作作業を通して、プラトンのイデア論がわたしには実感としてわかる気がする。プラトンのイデア論は、インスピレーションが訪れたときに、ひじょうにリアルに感じられるのだ。

信じてはいただけないだろうが、これも過去記事で書いたように、わたしには物心ついたころから前世に関するわずかばかりの記憶と、また、あの世の光や空気がどんなものであったかの記憶があった(これは当然、一回ごとに新しくなる肉体の脳の記憶とは考えられないため、霊的な記憶と考えている)。

『パイドーン』で、あの世の光景が描写されているのを読むと、郷愁を抑えることができない。

村上春樹の過去の作品からは、高級世界という意味でのあの世に関する概念を彼が持たないことが察せられる。彼の作品で描かれるのはこの世、及びカーマ・ローカの領域のことに限定されているように思われるのだ。

神智学用語ともなっているサンスクリット語カーマ・ローカは、主観的で見えない半物質的世界をいい、古代ギリシア人のハデス、エジプト人のアメンティに相当する沈黙の影の国のことである。

村上春樹の小説の享楽的、催眠的で怪しげな魅力はそこから来ているように思われ、若い人にはあまりすすめたくないタイプの娯楽小説だとわたしには思えてしまう。

村上春樹のこうした限定的な世界観は、彼が唯物論的世界観しか持ちえていないことを意味しており、それはおそらく彼が左派であることと無関係ではない。

村上春樹『騎士団長殺し』をそのうち読んで感想を書きたいのだが、図書館で借りるか、文庫本になるのを待つことになるだろう。以下は、アマゾンのキンドルストアで販売中の村上春樹を論じた拙電子書籍。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

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2015年6月 9日 (火)

電子書籍とパブリックドメインの絵 ①アルノルト・ベックリン「死の島」(追記あり)

過去記事で書いたことと重複するが、キンドル本にしたいと思っている電子書籍のこと。

『神秘主義者のカフェテラス』というタイトルがしっくりこないので、変えることにした。

表紙用のフリーフォントをGIMPにいくつか入れたが、それでなくともGIMPには沢山のフォントが入っているので(使わないフォントは消してしまおうと思ったりもしている)、追加したフォントについては、フォント名やダウンロードさせていただいたサイトなどをメモしておかないと、使うときになって、どれをどこから追加したのか、わからなくなる。

表紙の作成に、商用・非商用を問わず完全フリーで使える画像検索サイトの写真素材を利用していたが、パブリックドメインの絵を利用できないかと思い、調べたりしていた。

例えば、「グーテンベルク21」から出ているキンドル本に、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)「ユディト(Judith)」(1901年)が使われている。

毛皮を着たヴィーナス [Kindle版]
マゾッホ (著), 小野武雄 (翻訳)
出版社: グーテンベルク21 (2015/5/15)

紙の本も含めれば、いろいろと見つかりそう。

ちなみに、クリムトは、「接吻」(1908年)などは一度観ると、忘れられないが、わたしは「メーダ・プリマヴェージ」(1912年)なんかが好き。

Gustav Klimt 050

以下のサイトで、パブリックドメインの絵が沢山公開されている。

国立国会図書館のサイト「カレントアウェアネス・ポータル」の2015年1月5日付記事「2015年から著作がパブリック・ドメインとなった人々」によると、
没後70年(カナダ、ニュージーランド、アジア等では没後50年)を経過し、2015年1月1日から著作がパブリックドメインとなった人物に、画家ではワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)がいる。

2015年から著作がパブリック・ドメインとなった人々

カンディンスキーについては②で書きたい。

以下は、電子書籍作りとは無関係なところで、パブリックドメインの絵の鑑賞時に目に留まった絵。

ヒューゴ・シンベリ(Hugo Simberg)「傷ついた天使」(1903年)。

The Wounded Angel - Hugo Simberg

次の動画はヒューゴ・シンベリ。

アルノルト・ベックリン(Arnold Böcklin)、バーゼル版「死の島」(1880年)。5枚の「死の島」が存在する。

Isola dei Morti IV (Bocklin)

同じく、ベックリン、「聖なる森」(1882年)。

Arnold Böcklin Il bosco sacro

ヒューゴ・シンベリ「傷ついた天使」、アルノルト・ベックリン「死の島」「聖なる森」。どれも美しく、興味を覚えるが、わたしは怖い。

ヒューゴ・シンベリの絵では、傷ついた天使が2人の少年に運ばれていく。天使が出てくるが、ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude)が新約聖書に出てくる出来事を日常生活の中にさりげなく置いたのとは、全く違う印象を受ける。

次の動画はピーテル・ブリューゲル。

ブリューゲルが描いた絵の中には新約聖書の中の惨劇が置かれていることもあるが、そうしたものを含めて、現実世界が聖なる世界を映し出す鏡となっているように思える。

みじめな、危機的状況を孕んだ人間社会を鳥瞰する、意志的な画家の透徹した眼が感じられるのだ。

ヒューゴ・シンベリ「傷ついた天使」の場合は、その逆に、聖なる価値観は現実世界に抵抗できないことを強調しているかのようだ。

ヒューゴ・シンベリの動画に出てくる絵には、死や暴力、あやまち、俗悪または悪を想わせるものが滑稽な形姿で描かれたりもしているが、これらの絵から、それ以上のものをわたしは読みとることができない。

アルノルト・ベックリンの2枚の絵も、美しいが魔性を感じさせる。この人の絵には、ずいぶん怖ろしいものがいろいろとある。

次の動画はアルノルト・ベックリン。

ウィキペディアによると、ベックリンの絵は「第一次世界大戦後のドイツでは、非常に人気があり、一般家庭の多くの家に、複製画が飾られていた。中でも代表作の『死の島』は特に人気が高かったと言われ、複製画の他にポストカードの題材としても盛んに使用された。また『死の島』を真似て描く画家も現れた。アドルフ・ヒトラーも彼の作品を好み、収集していた(代表作である『死の島』の第3作を始め、11点所有していたと言われる)」という。

死の島 (ベックリン):Wikipedia

第一次大戦後のドイツで、ベックリンの「死の島」がインテリに受けただけではなく、一般家庭の多くにこの絵の複製が飾られていたというエピソードは、当時のドイツ市民の単純でない感性と鑑賞眼の高さを教えてくれるが、ドイツ市民が置かれた、ただごとではない――袋小路的な――状況を物語ってもいるかに思われる。

全く性質を異にする、別の絵が飾られていたら……と、想像したくなる。

ベックリンの絵には催眠的なところがあるが、当時のドイツ市民の感性はある面で鈍化していたのか、その危険性が見抜けなくなっていたのかもしれない。催眠性の危険性は、人を霊媒的にしてしまうところにある。

わたしは村上春樹の小説に、同様の催眠性があるのを感じてきた。

関連記事:

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2014年10月23日 (木)

ついに、村上春樹の検索で当ブログにお見えになる方がゼロに。追記:作家らしいエピソード

一昨日、ついに村上春樹の検索で当ブログにお見えになる方がゼロになりました。

村上春樹関係の記事へのアクセスはありましたが、ブログを開始したのが2006年4月。以下の記事を書いたのが5月でした。

村上春樹を検索して当ブログにお見えになる方が次第に増えて爆発的になり、それから次第に減っていって、検索してお見えになる方がゼロになるまでに、実に8年5ヶ月かかったということです。

わたしがなぜ村上春樹を問題視し、この無名ブログからそれを発信しつづけたかは、当ブログの関連記事や以下の2冊の拙Kindle本をお読みになれば、わかっていただけるのではないかと思っています。

この先、村上春樹ブームが再来するかどうかはわかりませんが、この時点で村上春樹の悪影響というわたしの危惧はかなり和らいだといえます(まあファンの方々には「悪影響」は許せない言葉でしょうが、8年間記事という形で分析してきた結論です)。

ある意味で村上春樹は日本の現代文学を象徴している人物であり、その人物をわたしなりにずっと追い続けたのは、日本文学の将来に関わることだからでした。

ようやくそのつらい分析(昂揚するような分析ではありませんでした)が終わりつつあると思ったところへ(まだ河合隼雄の分析も残していますが)、春樹を潜在的に用意したとも思えるテーマとして、国民的作家と崇められ、信頼され、お札にまでなっている夏目漱石が出てきてしまいました。

萬子媛を書こうと思い、江戸時代から明治時代にかけて調べなければ、出てこなかった視点でした。

ざっと調べたところでは、漱石の作品を、明治時代の神仏分離、廃仏毀釈の観点から分析した論文には見当たりませんでした。

こうした大事な研究を、無名の物書きが孤独に何の報酬もなく、光の当たらないところでやらなければならないというところに、日本の現代文学の荒廃ぶりを目の当たりにしている感じを覚えています。

奮い立ったり、逆に無気力になったりの繰り返しの日々です。

漱石の「こころ」で中断している部分を書き終えたら、ひとまず漱石を離れ(ることは無理かもしれませんが)、初の歴史小説に行きたいと思います。

以前のように、テレビ番組や料理、映画や音楽の記事を書くゆとりがなくなり、めっきりつまらないブログになってしまったと我ながら思います。ごめんなさいね。

今後とも、どうかマダムNのサイトをよろしくお願い致します。

追記:

サイト「IRORIO(イロリオ)」の以下の記事で紹介されたペーター・ハントケ。作家らしいですよね。

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2014年10月11日 (土)

村上春樹と大麻

「村上春樹 大麻」の検索ワードで当ブログにお見えになった方々があったので、ググってみると、以下の記事が出てきた。

  • 村上春樹 酩酊した「ドイツ“大麻”パーティ」の一部始終
  • 仰天! 村上春樹が大麻パーティに参加していた! 酩酊写真も流出

これらの記事によると、それは昔のことであり、また春樹が日本で大麻を吸うことはないそうだ。

今、こうしたことについてきちんと調べたり、書いたりしている時間がないので、少し、雑感だけ。

黒っぽい霧のようなオーラを発散している、催眠性のある小説群だと感じ(わたしの妄想と思っていただいても結構だが)、その流行に危機感を覚えてきたのだが……。

大麻と親和性のありそうな作風に、ハーメルンの笛吹き男のイメージが重なる。

ソフトドラッグを煙草やお酒の害と比較して、合法とすべしと主張する記事を複数読んだが(反対する記事はもっと沢山読んだ)、わたしは絶対に反対で、神秘主義者として書きたいことがある。

正統的な神秘主義の本で、煙草、お酒、麻薬をすすめている本などない。厳格に禁じている。現代科学では知られていない理由があるからだ。

無理のないウォーキングやダイエットでも、ハイになることはできる。良質の高揚感だと思う。

わたしは前世で修行したという記憶を少しだけ保持している神秘主義者で、おそらくはその前世の修行体験が手伝って今生で自然に拓けた感覚により、恍惚となるほどにすばらしい内的な体験をすることがまれにあるのだが、それはあの世に行くまでの楽しみとしてとっておいてもよいと思うことがある。

ましてや、薬物を用いてすばらしいと感じられる体験をしても、所詮、それは幽界体験にすぎないと思われる。麻薬には、高揚感をもたらす状態から悪夢をもたらすオゾマシイ状態へと暗転させる作用があるようだが、高級世界の体験ではそれは考えられないことだからである。

勿論、そもそもが薬物を用いて体験できる高級世界などない。

幽界は主観的な、半物質的世界であり、地上界の延長線上にあるといわれる(場所としてではなく、状態として)。

幽界は、日本神話では黄泉、ギリシア神話ではハーデース、エジプト神話ではアメンティ(沈黙の影の国)、サンスクリットではカーマ・ローカ(ローカは存在世界、カーマは欲望)、スコラ哲学ではリンボ界、神智学ではアストラル界ともいう。

幽界的事象に、神秘主義的意味合いで霊的という言葉を使うことはできない。

仮に、時々ほどほどの快適な体験をする程度で済むとしても、薬物でよい思いをしたいという依存性は霊媒体質を作りやすくする。霊媒体質になれば、どんな危険に巻き込まれるかわからない。

最近流行っているらしい前世療法などの催眠療法についても、わたしは心配だ。正統的な神秘主義ではこれは黒魔術に分類される。

こうしたことについて、きちんと書くとなると、時間がかかりそうだ。

初の歴史小説を優先すべきか。ちょっとニュースやアクセス解析をチェックするつもりが、そのたびに変わったニュースや情報が飛び込んできて、気をとられてしまう。

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2014年10月10日 (金)

ノーベル文学賞は、フランスの作家パトリック・モディアノ氏

ノーベル文学賞が昨日、発表になった。

受賞したのはフランスの作家パトリック・モディアノ氏。

いつだったか、娘と書店の海外コーナーで、『失われた時のカフェで』を手に取り、面白そうねえと話した本の著者だ。

結局話しただけで忘れていた。そのうち図書館から借りて読んでみたい。

失われた時のカフェで
パトリック・モディアノ   (著),    平中 悠一 (翻訳)
出版社: 作品社 (2011/5/2)

暗いブティック通り
パトリック・モディアノ   (著),    平岡 篤頼 (翻訳)
出版社: 白水社 (2005/5/25)

ノーベル賞受賞作家について、もっと知りたい読書家だって少なくないのではなかろうか? NHKで、モディアノ氏の特集を組んでほしいと思う。

人類が文学でどれだけのことをなしうるのか――そんな視点で紹介されるだけで、日本の雰囲気が少しは変わる気がしてしまう。

ノーベル文学賞と村上春樹を安直に結びつけた馬鹿騒ぎには、もう、うんざり。ノーベル賞を、よい作家を知るための情報源の一つとして見ることしか、わたしにはできないから。

ノーベル文学賞が純文学作家から選ばれる理由……他の分野を見れば自ずとわかるが、文学には人間に関する――また、人間が惹き起こす現象に関する――研究の一分野としての側面があるからではないだろうか。

ノーベル文学賞作家が、単に楽しく読める作品を書く、売り上げが凄いといった観点から選ばれていないことは確かだろう。ノーベル文学賞には政治的偏りがあることをいわれたりもするが。

ノーベル賞がまずは推薦から始まり、それがどのような形式でなのかを、わたしは憲法9条騒ぎで知った。日本での馬鹿騒ぎに、損得勘定が凄く働いている気がしていたが、それは推薦者たちの稟性の問題だったわけだ。

憲法9条騒ぎというのは、ノーベル平和賞に、ある人々が憲法9条を保持する日本国民を推薦した出来事である。

その出来事に対して、安倍首相と石破氏は、警戒しつつも自らを抑えた、上品な対応だったようだ。以下、Yahoo!ニュースより一部引用。

Yahoo!ニュース:時事通信 10月10日(金)11時57分配信

石破氏が隣席の首相に「9条が受賞したら誰がもらうのか。政治的ですよね」と水を向けると、首相も「結構、政治的ですよね」と応じた。

文学賞をお祭り騒ぎやギャンブルに貶める人々には、「物欲的ですよね」で済むが、村上春樹騒ぎには左派の思惑が絡んでいて、これも「結構、政治的ですよね」といえる現象であることは明らか。

何にしても、ノーベル賞の候補者や選考過程については、50年間の守秘義務があるそうだから、下馬評で騒いでいるだけのことなのだ。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2014年10月 8日 (水)

明日に迫ったノーベル文学賞の発表と村上春樹の記事へのアクセス数。イスラム国の戦闘に参加しようとした大学生とフィクションの関係。

ノーベル文学賞の発表が明日に迫ったが、6日のYahoo!ニュース(時事通信 18時35分配信)によると、英国ブックメーカー(賭け屋)ラドブロークスの予想では、今年も賭け率5倍で、村上春樹がトップ。

ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴ氏も同率で、他にベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチ氏やシリアの詩人アドニス氏らが上位に入っているとか。

では、村上春樹人気は健在なのだろうか? 

なぜ、人気を疑うかといえば、朝日新聞の慰安婦問題謝罪のころから、当ブログにおける村上春樹関係の記事へのアクセス数が激減したからだ。

ノーベル文学賞の結果がどうであれ、この時期にこの少ないアクセス数というのは、昨年までを考えれば、ちょっと考えられない。訪問者が減るのは淋しいが、そのぶん、他のブログの他の作家へのアクセスが増えると思えば、嬉しい。

朝日新聞、村上春樹と並べると、2012年9月28日付で朝日新聞・朝刊に寄稿された村上春樹のエッセー「魂の行き来する道筋」を思い出す。

拙ブログ固有の現象にすぎないことを春樹人気と結びつけ、春樹人気の陰りと独断するわけにもいかないが、朝日新聞の偏向報道が明らかになったことが、村上春樹ブランドに疵をつけたということはありうると思う。

村上春樹人気とは無関係だと思うが、7月21日、92歳になった瀬戸内寂聴の体力的負担が理由で、法話の庵「寂庵 ナルト・サンガ」(徳島県鳴門市。京都市の寂庵の別院)が閉鎖されると報道されたころから、大手出版社が何かおとなしい気がしている。わたしの気のせいだろうか。

村上春樹に戻ると、10月4日にYOMIURI ONLINEで、ドイツ紙「ウェルト」が今年の「ウェルト文学賞」を村上春樹に授与すると発表したとのニュースを目にした。これについても、これまでほどには騒がれなかった気がする。

YOMIURI ONLINE(2014年10月04日21時20分)のニュースによると、ウィルト紙は、

一連の作品について「魔法のように多彩なリアリズム」「様々なジャンルを飛び越えている」などと評した。

とのこと。

この評、1982年にノーベル文学賞を受賞したガルシア・マルケスが「魔術的リアリズムの旗手」といわれていることを連想して笑ってしまったが、マルケスの小説はどう読んでも純文学で、村上春樹の小説のように様々なジャンルを飛び越えてはいない。

そういえば、今日のYahoo!ニュース(TBS系〈JNN〉)、1時15分配信のニュース)、イスラム国の戦闘に参加しようとして警察庁公安部の家宅捜索を受けた北大生がフリージャナリストの取材に応じ、その中で以下のように語っているところがあった。

「社会的地位とかに価値を感じなくなった。ただそれだけ。日本の中で流通しているフィクションにすごく嫌な感情を抱いていて、別個のフィクションの中に行けば、違った発見があると思った。それくらい」(事情聴取を受けた大学生)

日本で流通しているフィクションというのが何を指しているのかは漠然としているが、わが国におけるフィクションのあり方、特に日本独特のファンタジー――村上春樹の作品もその中に含まれる――のおかしさについて考察を重ねてきたわたしには、気になる言葉である。

イスラム国が突きつけてくる、非情な生々しい現実を、「別個のフィクション」とは。まるで、粗悪なフィクション漬けになったために脳が冒された若者のサンプルのようだ。

大学生に取材したフリージャナリストの常岡浩介氏は、大学生には破滅願望があり、シリアは破滅的な場所というイメージがあるだけなのかなと受け取った、と語っていた。

日本国内のイスラム教徒はインタビューで、イスラム国のやっていることはイスラムの教えではないといっていた。大学生の行動に疑問を示していた。

それにしても、大学に行きたくても行けない若者が増えてきた日本で……大学生も大学生だが、学生の渡航を仲介していたとして同志社大学元教授が家宅捜索を受けただなんて、言葉をなくす。

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2014年9月16日 (火)

いお様から頂戴したコメントをご紹介

いお様から先月の16日に、当ブログの以下の記事にコメントを頂戴しましたが、受付停止にしているため、今日になるまで気づきませんでした。

コメントを受付停止にしていますので、ここでご紹介します。

いお

初めまして。コメント受付終了となっていますのに、コメントしてしまい申し訳ございません。
しかも随分昔の記事に…。

大変面白い解説を読ませていただいたので、お礼を言わせて下さい。
私には男性に都合の良い女性ばかり出して、男性に良い想いだけさせる、そして行き当たりばったりの筋しか書けない村上春樹が、ただの普通の男(凡人)にしか見えませんでした。
ですが、マダムN様は彼の凡人以上の不気味さを見抜き、ここで作家としての評価をしておられました。
彼の作品の新しい見方を見つけることができました。

失礼いたしました。
マダムN様の文章に魅力を感じました。
また訪問させていただきます。

わたしにとって、村上春樹の小説が不気味だと感じられる理由には、三点あります。

純文学的技法によって書かれているとは思えない春樹の小説が、純文学扱いされること(ではエンター系かというと、それとも違うように思われる)。また、わたしの神秘主義者としての感性からくるもので、催眠性を感じさせられるところがどうしても薄気味悪く感じられます。

そして、以下の記事を書いたころから、村上春樹が左派のプロパガンダに使われてきたのではないか、という疑念を抱き始めました。

意味の通らない文章を書きがちな大江健三郎がどういうわけかノーベル文学賞を受賞し、左派の広告塔となって久しいですが、ならば同系統の作家として春樹のノーベル文学賞受賞が可能だと思われたとしても不思議なことではないでしょう。

従軍慰安婦、南京事件、靖国参拝はセット物となって、左派の反日プロパガンダに使われてきました。

ところが、今では、従軍慰安婦問題が、朝日新聞の誤報・謝罪から、国家的な――日本の名誉に関わる――問題として大きく扱われるようになりました。

教育現場では盛んに村上春樹の小説や漫画『はだしのゲン』が使われてきたようですが、それらは史料的裏付けに乏しい、反日的な表現を多分に含んでいます。教育現場でそれらを使うのがふさわしいことなのかどうか、検証されるべきではないでしょうか。

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