カテゴリー「夢」の59件の記事

2017年3月25日 (土)

国会を空転させた民進党の大スキャンダル

「国家公安委員長や旧民主党副代表などを務めた岡崎トミ子氏が3月19日、仙台市内の病院で肝機能障害のため亡くなった。73歳だった」

ここまでは現実の話で、ここからは夢の話。小型プロペラ機の運転席に岡崎トミ子氏が座り、操縦している。後ろの座席には民進党の議員たちが座っている。小型プロペラ機は激しく揺れながら危なげに低空飛行している。

一昨日見た夢だったのだが、印象的だったので、つい書いてしまった。

ところで、安倍昭恵夫人と籠池夫人のメールの遣り取りの全文が公開され、大騒ぎになっている。

わたしは昨日の国会中継(参議院予算委員会)における西田昌司議員の質疑の中で、断片的にそのメールの内容を知り、次いで、省略があちこちにあるメールをネットニュースで閲覧した。

今日になって全文を閲覧し、驚いた。辻元議員の名が出てきたことにまず驚いたのだが、その行動が凄い。

「民進」「共産」「社民」「自由」の野党4党は、安倍首相と稲田防衛大臣をターゲットにして森友学園問題と日報問題(南スーダンの国連平和維持活動――PKO――に派遣されている陸上自衛隊の日報問題)を作り上げ、同じような質疑を繰り返して国会を空転させてきた。

国会中継を視聴していれば、安倍首相、稲田防衛大臣の答弁には不自然なところがないにも拘わらず、野党4党は断片的な文章や場面を強調して印象操作しながら、局所的な質疑を高飛車に、執拗に行う。

マスコミがそれを大袈裟に採り上げて、あたかも安倍首相と稲田防衛大臣に非があるかのような偏向報道を行ってきたのだ。

それまでの野党4党の動向から、彼らの目的が共謀罪(テロ等準備罪)の成立を阻止することにあったことは明らかだったので、わたしは一国民、一視聴者として我慢の限界に達していた。

そうしたところへ、この大スキャンダルである。

非があった場合、まさか与党ばかりが責任を問われて野党は何のお咎めもなし、というわけにはいくまい。

民進党は、蓮防代表の二重国籍疑惑も払拭していない。

中国、北朝鮮の脅威、そして韓国の混乱が伝えられる中、昨日の国会で国防問題を採り上げていたのは――わたしが視聴できた時間では――日本維新の会の儀間光男議員くらいだった。

儀間議員「わが国の安全保障の環境がひじょうに厳しくなってます。日本海や東シナ海、まさに天気晴朗なれども波高しでありまして、今や、この両海域は大変な緊迫状態にあるわけであります。まず、中国の動向を見ていると、尖閣諸島の実行支配へいよいよ布石を着々と打っているように見えてならないんです。現在の尖閣諸島警備に不安を、地域住民として覚えるわけであります。(……)

中国の公船の数なんか見ておりますと、2012年には1千トンクラスの艦船が約40隻だったんですね。それが現在は120隻といわれているんですが、2019年までには135隻建造すると、そして就航させるという情報があるんです。

一方、わが国は全管区で120隻はあるんですが、総排出量が桁違いに違うんです。遥かに向こうが大きいということですので、対応能力が全然違うんです。従って、もし仮に中国が尖閣を実効支配、つまり上陸したとなるとですね、これはもう戦争しか奪還にはないんですから、こういうことに至らないように、外交努力を相当にしないとですね、ここはひじょうに危険地域である。(……)

言って聞くような国じゃないんですよね。尺度が違いまして。だから、相当の並み大抵の努力をしないというと、実効支配してから聞く耳を持つというような、南沙島辺りで見れば、そういうような状況ですから、それは生易しいものじゃないですよ、相当日米同盟を強化してやっていく必要がわたしはあるであろうと思えてなりません。(……)」


以下は森友学園関連の記事へのリンクである。

日刊スポーツ2017年3月24日22時4分
安倍昭恵首相夫人と籠池氏妻のメール全文/一覧
http://www.nikkansports.com/general/news/1797239.html

小坪しんや
【拡散】辻元清美のスパイ工作が、籠池夫人のメール内容で暴露か?【許せないと思ったらシェア】
https://samurai20.jp/2017/03/decision-2/

安倍夫人の潔白を西田議員が国会で証明したときの動画がYouTubeにアップされていたので、以下に貼りつけておく。このような証明がなされたにも拘らず、野党議員はそれがなかったかのような質疑を続けた。


共謀罪を知るには、以下の本がおすすめ。

余命三年時事日記―共謀罪と日韓断交
余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2017/3/15)

当ブログにおける関連記事:

2017年3月21日 (火)
ようやく「テロ等準備罪」が閣議決定
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/03/post-6c98.html

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2016年4月27日 (水)

アルコールの害について(成仏した義祖父の話)

当ブログで公開していた記事「危険と恐怖について。アルコールの害について(成仏した義祖父の話)。」を拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録するに当たり、アルコールの害にテーマを絞って加筆訂正したので、転載しておきます。当ブログの元記事はその部分を削り、「危険と恐怖について」としました。

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Pixabay

わたしはアルコールや煙草が死後どのような影響を及ぼすかについて義祖父(夫の父方の祖父)を通して貴重な考察を行ったので、それについて書きたいと思う。わたしの個人的な考察にすぎないため、誤りが含まれている可能性があることをお断わりしておきたい。

ヘレナ・レーレッヒの著作にアルコールと阿片に関する記述があり、これらは死後にまで――死後にこそというべきか――恐ろしい影響力を発揮するようである。

ヘレナ・レーレッヒによれば、酒飲みは死後、精妙界と呼ばれる霊の世界と物質界の中間にある世界*1でアルコールの欠乏に苦しむ。

*1 ヘレナ・レーリッヒは霊の世界を火の世界と呼び、火の世界と物質界の中間にある魂の世界を精妙界と呼ぶ。

それだけではない。火の世界と呼ばれる霊の世界へ渡ろうとするとき、精妙体はもう役に立たぬ殻としてパッと燃え上がり、本人に解放感をもたらすそうだが、酒飲みにはトラブルがあるようである。

酒飲みが不自然に呼び起こした火(サイキック・エネルギー)は彼を強化する代わりに、分解すべき時を前にして彼の組織を焼きつくすというのである。*2

*2 ヘレナ・レーリッヒ(田中 恵美子訳)『アグニ・ヨガの教え』竜王文庫(コピー本)、1996、p.58

それで結果的に酒飲みがどうなるのか、わたしにはわからないが、酒飲みは物質界から霊の世界への移行が円滑にはいかないということだけはいえるのではないだろうか。

霊の世界への移行に際して酒飲みに起きるらしいエレナ・レーリッヒのいう決定的なトラブルは、どの程度の酒飲みに、どの割合で起きることなのだろうか。

別の方面から考えてみても、酒飲みが問題を抱えているとの想像はつく。

神秘主義者であれば、眠りが小さな死であることを熟知している。アルコールや煙草、ある種の薬物――麻薬はいうに及ばず、眠剤などもそうではないだろうか――が本物の眠りを奪うことを考えてみた。

大酒飲みの睡眠は本当の睡眠ではなく、「前後不覚の無感覚状態」であるとブラヴァツキーはいっている。*3

*3 H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995、p.225

本物の眠りを奪われ続けた人間は、つまりあの世を奪われるとはいえないだろうか? 自然に眠ることのできる人間は死後、自然にあの世で目覚めることができるだろう。

しかし、「前後不覚の無感覚状態」を重ねるばかりになった人間はこの世で本物の眠りが得られないために、あの世で目覚めることができない。目覚めるためには、眠らなければならないのだ。

また、酒飲みはあの世で新生活を始めるのに適した精妙な感覚を発達させるどころか退化させてしまい、その結果として、あの世への適性を欠いた――あの世の存在を感じることのできない――亡者となってしまうことも考えられる。

まさに義祖父がそうだった。

あの世とこの世の中間域に身を置いていたであろう義祖父には、この世しか存在していないようだった。夫が中学生のころに亡くなったはずの彼は臨終を告げられ葬られてから本当の意味で死ぬのに、何と50年もかかった!

世の中には酒飲み、ヘビースモーカー、薬物中毒者が大勢いることを考えると、義祖父のような例は珍しいというわけではないに違いない。

酒好きだったという義祖父がアルコール中毒だったという話は聞かない。孫を可愛がる、ちょっと遊び好きな普通の老人として通っていた。それなのに、亡者となってしまったのだ。

死んだはずなのに死んでいない亡者は、当然ながら愉快な存在ではない。生きていたときから性格異常者であった亡者もいるだろうが、この世に生きているときには好ましい人間が宙ぶらりんの世界で不自然な時間を重ねるうちに人格が荒廃してしまうことはありえよう。

幸い、これまでにわたしが関係を持たざるをえなかった亡者は義祖父だけだし(初七日までに挨拶に来た死者たちとははっきり区別できる)、二度と亡者と関わるのは御免である。
亡者を成仏させることが、わたしには修行の一つだったのだと思っている。

そういえば、初七日までに自らの意志で挨拶に来た3人の死者たちも、生前のある時期まで揃いも揃ってとてもお酒が好きな人たちであった。

そのうちの1人は亡くなる数年前に断酒し、残る2人も癌で病院に入っていたお陰で断酒の期間があった。

そしてこれは大事なことだと思うが、1人は神秘主義の研究者であり、残る2人も自らの宗教――1人はキリスト者で、もう1人は浄土真宗の信者であった――を通して生前からあの世のことにまで洞察力を働かせていたということである。

もっとも彼らが無事に成仏した先のあの世で、アルコールの欠乏に苦しむ期間があったかどうかは知らない。

神秘主義者たちの報告からわたしが想像するに、あの世におけるこの世に近い層には食べ物に似たものはある。そっくりなものをあの世の精妙な素材から生成できるのではないかと思う。

ところがアルコール、煙草、麻薬の類はこの世、すなわち物質界にしか存在できない有害物質で、あの世では存在できず、それに類したものを生成することもできないに違いない(ノンアルコールのアルコールを模した飲料がこの世にはあるが、それに似たものなら生成可能だろう)。

だから強くそれら有害物質を欲すれば、死んでもなおこの世に執着し、この世との接点を保つしかないのだろう。アルコール、煙草、有害な薬物を好む人間が減り、この世とあの世の中間域で愚かしい、空しい、無駄な時間を過ごす死者が少なくなることを願わずにはいられない。

亡者たちは生きている者に憑依してアルコールや煙草を摂取し、そうすることで自分たちの仲間を増やしてしまうのだ。亡者にとっても中間域での暮らしなどちっとも楽しくないために、墓場の陰鬱なムードを拡散しながら。

義祖父は夫に憑依していたので、アルコールとニコチンを多く摂取して眠り目覚めたときの夫は夫というより義祖父であり(夫が二重人格に思えたのも道理である)、彼の発散する墓場のようなムードがわたしにはおぞましかった。

結婚後間もなく義祖父が亡者として存在するのに気づいたが、長年どうしていいのかわからず、徒に悪霊扱いしていた(事実、悪霊的な存在に陥っていたのだとは思うが、過度にそう捉えていた)。

自分の誤解に気づき、義祖父を正しく捉え直して対策を練った。夫に協力して貰う必要があったが、世俗的権威とは無縁の一神秘主義者の忠告を聞いてくれる人など、めったにいない。

ところが不幸中の幸いというべきか、夫の不倫問題が浮上し(相手がストーカーであることが後にわかり、警察に相談する事態にまで発展した)、夫はその罪を償うためにアルコールと煙草を控える約束を自ら行ったのである。

加えて、義祖父に対するわたしの渾身の説得――心の中で語りかければ通じる――が功を奏したのか、晴れて義祖父は成仏した。

成仏の様子は夢として見たにすぎなかったのだが、目覚めてからの爽快感はたとえようもなく、いわゆる霊夢といってよいものだったと思う。

義祖父はミイラと見紛うくらい長い間あの世では植物人間状態だったために、あの世の住人は誰も義祖父を相手にしなくなっていたようだ。

義祖父の目覚めにあの世の住人たちは驚き、ささやかな祝宴を開いていたようである――そのような夢を見た。

当ブログに夢から覚めて書いた記事がある。整理のできていない覚書にすぎないが、ライン以下に転載しておく。

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    続きを読む "アルコールの害について(成仏した義祖父の話)"

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    2016年3月 2日 (水)

    2012年2月に亡くなった「詩人」と呼んだ女友達の夢

    2012年2月1日の夜に就寝した「詩人」の起床が翌朝の2日、いつになく遅いので、ご家族が呼びに行かれると、亡くなっていたそうです。死因はお尋ねしませんでしたが、そのころの彼女の健康状態から脳梗塞ではなかったかとわたしは憶測しています。

    透明感のある優れた詩を書いた彼女は修道女を育成する学校で思想的な限界と内的な崩壊を味わい、その反動からだったのか、本性的なものだったのかはわかりませんが、案外唯物主義的なタイプで、そのためわたしが彼女に神秘主義的な話をしたことはほとんどありませんでした。

    これまで、死後に別れの挨拶に見えた方が4人ありましたが、お1人を除けばいずれも神智学、キリスト教、仏教と思想形態は違っても、何らかの宗教哲学に造詣が深い方々ばかりでした。

    亡くなった彼女の訪問があったようには感じられませんでした。

    高校時代から亡くなるまで統合失調症に苦しんだ彼女は亡くなった後は正気に戻り、健康を回復して(と亡くなった人のことをいうのは変ですが)、あの世の暮らしを楽しんでいるのではないかと想像しています。

    彼女が亡くなってから一度も彼女の夢らしい夢を見ませんでしたけれど、昨夜、初めて見ました。神秘主義的な夢ではない、普通の感じの夢でした。

    綺麗な空気が印象的な、丘陵地帯に造られた町の一角で、「お元気になられた**さんと、詩を作る散策に行きたいと思っていたんです」とわたしはいいます。彼女はそれに対して、遠慮がちでちょっと恥ずかしそうな微笑を浮かべました。

    以下は、彼女をモデルに、最晩年の日々に光を当てた日記体小説です。

    詩人の死

    以下は彼女の詩を収録したカテゴリー。その4編の中から「あこがれ」を再掲しておきます。

    ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

       あこがれ

    あこがれの
    はるか下界に
    吹きあれていた
    見えざる者の身ぶりは
    いつもの
    思わせぶりの突風か
    出発の
    支度づかれのあと
    ホームの伝言板に置かれてあった
    あこがれよ

    雪解け水に映る
    夕陽とわたしのすき間にも
    おまえがひそんだものだ
    身をかがめ覗きこんだ時の
    おまえのまばゆさは
    化粧する少年の
    うすい唇に塗られた夕陽のかたちだった
    すこやかにくれてゆく落日を背に
    飴色の鞄をたずさえた わたしと夕陽のあいだを
    遠く隔てた白い道 あこがれ

    かれをかたどって
    半透明の柱を建てたものよ
    丘の上を焔白くするまで
    幾柱も
    幾柱も
    だが
    巷のさざめきにうたれたままでいた
    あこがれを
    握りしめた群れの手垢は
    柱に怒りの深みを流し込むだろう   

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    2016年1月31日 (日)

    ブラヴァツキー夫人が出てきた最近の単なる夢三つ

    ブラヴァツキー夫人が出てくる夢を三日連続して見た。神秘主義的な雰囲気の夢ではなく、ありふれた粗雑な素材でできた夢で、記録しておかなければ、あっという間に忘れてしまいそうな夢にすぎない。

    それでも、ちょっと面白いと思ったので、記録しておきたいと思う。

    小説を書いている関係もあって、萬子媛の夢を見られたらいいなと思いながら眠りに就く日もあるのだが、萬子媛が出てくる夢を一度も見たことがない。

    小説を書く以前に、神社にいる駒馬の一頭がベランダに迎えに来た夢を見たことがあるだけだ。

    ブラヴァツキー夫人の夢を見たいと思って眠りに就いたことはなぜか一度もないが、ごくたまにブラヴァツキー夫人が出てくる夢を見る。

    断片的で、覚えていないことが多い。三日連続とは新記録である。たぶん、ブラヴァツキー夫人に対する誹謗中傷にペンで応戦――しているつもり?――の記事を書いたりしているせいだろう。

    日付は記録した日。

    2016年1月29日
    ブラヴァツキー夫人の運転する車の助手席に乗り、車は駐車場を出ようとしている。ブラヴァツキーは大きな目が印象的なよく知られている写真の年齢。

    2016年1月30日
    ある部屋の中。ホテルの一室に見える。わたしはテレビを視聴するように傍観している。

    比較的若く見える長い黒髪のほっそりした日本人女性がオレンジや柿など、新鮮な果物を沢山詰めた袋をブラヴァツキー夫人から贈られる。

    贈られた女性が長テーブルに置かれた小型の冷蔵庫の近くに果物を放置した。その間に果物はどんどん傷んでいき、女性にはその果物がだんだん負担に感じられ出す。

    女性は後ろめたい気持ちになりながら、完全に腐ってしまった柿を他の生ゴミと一緒に捨ててしまう。

    女性のいる部屋にブラヴァツキー夫人がいるのか別の場所にいるのかはわからないが、ブラヴァツキー夫人は不健康に老いて見え、まるで女性に捨てられた腐った柿そっくりの朽ちた老女、腐敗した臭気を漂わせるばかりの末期的病人に見える。

    2016年1月31日
    広壮な寄宿学校。西洋風の綺麗な建物。敷地も建物も巨大すぎて、わたしが知っているのは自分が過ごしているごく一部分である。

    わたしは小学生で、広い廊下を走り回りながら、いじめっ子たちにたった1人で応酬している。いじめっ子たちはネズミのようにすばしっこく、陰険で、執拗だ。

    場面が変わる。わたしは洗い場で、白地に赤い文字の広告入りタオルを洗っている。それで、窓ガラスを拭いていたようだ。

    そこへ、ブラヴァツキー夫人が通りかかる。わたしがイメージしているブラヴァツキー夫人よりスリムで長身で(相当な長身)、若々しく、控えめな印象。黒っぽいスカート、肩に毛糸のショールをかけている。

    ブラヴァツキー夫人が話しかけてくる。「一緒にいらっしゃい」と。わたしは困惑して咄嗟に「あ、いいえ」という。すると、ブラヴァツキー夫人は「そう。誘って、ごめんなさい」と答えて、去ろうとする。わたしは慌てて「待ってください。わたしは誘われると、とりあえず断ってしまう癖があるんです。一緒に行きます」という。

    ブラヴァツキー夫人は優雅な身のこなしで、滑るように広大な廊下を歩いて行く。わたしはあとからついていくが、螺旋階段の踊り場からいじめっ子の1人がわたしを見つけて、意地悪そうな、したたかな顔つきをする。いじめっ子たちにブラヴァツキー夫人は気づいているのか、いないのかわからない。いずれにせよ、柳に風、と何事も気にしない風情だ。案の定、いじめっ子たちが距離を置いて集団でついてくる。

    広大な廊下をかなり歩くと、教師たちが居住する区画に入った。何となく立派で厳粛な感じがする。廊下より数段高くなった奥まったフロアに、ホテルの部屋のような感じで教師たちの部屋が並んでいる。そのフロアの廊下も広大で、手前の部屋まで結構距離がある。

    ブラヴァツキー夫人はその手前の部屋に入っていく。わたしも続いて入ると、目の前にロビー風の細長い空間があり、奥まったところに書斎机があって、そこに――遠すぎて顔はわからないが――長身の男性が座って何か書き物をしている風だ。わたしは何となく「偉い人」だと思う。ブラヴァツキー夫人はその人に「ただいま」とか何とか声をかけて、右側へと見えなくなった。

    わたしはいじめっ子たちのことが気になっている。いっそさらしてしまえと思い、ドアのノブに飛びついて目一杯ドアを開けると、いじめっ子たちが転がり込んできた。

    改めて彼らの顔をよく見ると、男子女子どちらもいて、10名ほど。白い肌に青っぽい目の子、灰色の目の子、黒っぽい肌に黒い目の子など、いろいろいる。子供にしては、むっちりと肉のついた横幅の広い子が多い。彼らには全く悪びれたところがなく、不貞不貞しい顔つきをしている。奥まったところにいる偉い人には気づかないのか、狭い部屋に見えているのか、もっと手前を見ているような目つきをし、見開いた目で前方を見据えている。

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    2015年8月23日 (日)

    夢で会えた、夫のおじいさん ②

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    当記事の参考文献を最初に紹介しアマゾンに一応リンクしておくが、全部中古しかない。

    • 死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな
      エルザ バーカー(著), キャシー ハート(編集), 宮内 もと子(翻訳)
      出版社: 同朋舎出版(1996/03)
    • 神智学の鍵 (神智学叢書)
      H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳)
      出版社:神智学協会ニッポンロッジ(1994/03)
    • 実践的オカルティズム
      H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳) , ジェフ・クラーク(翻訳)
      出版社: 竜王文庫; 改訂2版 (1996/01)
    • 思いは生きている―想念形体 (神智学叢書)
      アニー・ベサント(著), チャールズ・ウエブスター・リードビーター(著), 田中 恵美子(翻訳)
      出版社: 竜王文庫(1994/02)

    アウトラインはABCDEFGまで。順序は入れ替えたほうがいいかもしれない。

    A 最も参考にした『死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな』の紹介

    友人の女性に霊界通信を行ったのは、デイヴィッド・パターソン・ハッチ。判事をしていた関係で、ググると、ハッチ判事と出てくる。

    ハッチ判事は神秘主義に造詣の深い知的な人物だったようで、無知蒙昧な霊媒が受信するようなタイプの低級な霊界通信と誤解されるかもしれないことを予想し、何のための通信であるのかを説明している。受信者の同意を得、アドヴァイスしながら、通信を続けるといった風だ。

    53通の手紙。

    ウィキペディアによると、ハッチ判事が建てた館は、ロサンゼルスの歴史的・文化的モニュメントとなっているらしい。有名な人物であったようだ。哲学的、神秘主義的著作も多いとか。

    Bibliographic details for "Smith Estate (Los Angeles)":Wikipedia
    https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Smith_Estate_(Los_Angeles)&oldid=650233992

    Wikimedia Commonsからハッチ判事のパブリック・ドメインの写真を借りよう。海外のサイトに若いころのハンサムな写真が載っていた(本当はこれを借りたい)。

    引用1――死者X「あとがき」pp.248-249
     ハッチ判事に関する「ロサンジェルス・タイムズ」紙における物故者記事。

    引用2――死者Xp.128 霊界から通信する動機。
     ハッチ判事の動機には、わたしが神秘主義的な記録を公開する動機と共通するものがある。

    引用3――死者Xp.110元素の霊、p.219デーヴァチャンなど、神智学に言及している。
    p.219には「わたしは神智学というものをそれほど深く学んだわけではないので」ともあり、カロッサのように、興味を惹かれて読んだことがあるといった程度なのだろう。カロッサの過去記事にリンク。

    神智学の本を読んだことがあるという程度だったにも拘わらず、霊界にハッチ判事が行ってから、神智学の本に書かれていたことと符合することがあれこれ出てきたというわけだ。

    「デヴァチャン」というチベット語を神智学用語に採り入れたのはブラヴァツキーで、ハッチ判事はそれを使っているから、ハッチ判事が読んだのは、ブラヴァツキーを主な執筆者とした初期の神智学文献だろう。

    なぜなら、ブラヴァツキーよりあとの神智学者は「デヴァチャン」ではなく、「メンタル界」という用語を使うようになったからだ。

    ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (Helena Petrovna Blavatsky)
    1831年8月12日 – 1891年5月8日

    デイヴィッド・パターソン・ハッチ(David Patterson Hatch)
    1846年11月21日 – 1912年2月21日

    ハッチ判事が亡くなったのは、わたしの誕生日と同じ月と日。

    B 死者Xの中で、わたしが地上に降りてくるときに抱きしめてきた記憶と符合する箇所

    引用4――死者Xp.89 霊界の太陽と物質界のそれとの違い。わたしが記憶していたことと同じだ!

    引用5――死者Xpp.81-82 
     わたしが、霊界の太陽の光と前世は修行者だったという記憶をなぜ物質界に持ち込めたかの謎を解く鍵となる説明がなされている。

    引用6――神智学の鍵p.161 
     地上に降りてくる直前、これから自分が飛び込むことになる運命を知ってわたしは尻込みし、ほとほと嫌になったのをはっきりと記憶している。

     わたしなりの使命と宿題があり、それが十字架に思えたのだが、肝心の自分を待っている運命や使命、そして宿題がどんなものかは、産み落とされる時のショックで忘れてしまった。

     子供のころはその記憶が大きな部分を占めていたために、すがるように月に向かって「この灰色の暗い世界からどうか助け出してください!」と心の中で叫び、こっそり瞑想をするという子供時代だった(一方では、ごく普通の高い所にのぼるのが好きな子供だった)。

     こうしたわたしの体験を裏付けてくれるブラヴァツキーの解説。

    C ハッチ判事が霊界の人々から受けた印象

    引用7――死者Xp.101、pp.57-58 

    D デヴァチャンについて

    引用8―死者Xp.217、p.226
     ハッチ判事が「デーヴァチャン」と神智学用語を使った箇所。

    引用9――神智学の鍵「用語解説」 pp.40-41
     ブラヴァツキーによるデヴァチャンの解説。

    E 死者が出てくる夢について

    引用10――死者Xp.67、

    引用11――実践的オカルティズムp.225

    F 地獄について

    引用12――死者Xpp.146ff.
     酒場の霊的光景や若者に憑依してお酒を味わう低級霊の生々しい描写は、酒場や飲酒する人からわたしが受ける感じと符合する。

    引用13――思いは生きている「29図」pp.63-64

     飲酒癖に限らず、依存による習慣は霊媒体質をつくる地獄行きの切符であるという危険性を神秘主義的感性によって実際にキャッチできる神秘主義者は多いわけではなく、普通の人に説いたところで聞いて貰えない。

     義祖父が、地獄行きの切符を買ってしまった人の一例だ。死後、指定された場所へ行きそびれたのに違いない。

     地獄とは――死者Xの説明からしても、わたしの直観からしても――、地上と接した霊界下層を占める、死者自身がつくり出す最悪のある状態を意味する。

     その間、死者はおそらく、霊界の人としては昏睡状態にある。

     ブラヴァツキーの『神智学の鍵』か『実践的オカルティズム』に無神論者の描写があって、彼が死んだあとで霊界で意識を回復せず、自分がいる霊界に気づかないまま、そこでの滞在を終える様子が描かれていたと思う。

     義祖父を成仏させるのに34年かかった。お祓いして、ちょちょいのちょい、というわけにはいかないのが実態ではないかと思う。

     植物人間になった人を回復させるのが難しいのと同じで、普通の愛情や宗教的な儀式くらいではまじないにもならないだろう。

    追記:

    お盆を前に誤解がないように追記しておくと、宗教的な儀式が無用なものといっているわけでは全然ない。わたしがいったのは、自分の意志で成仏しなかった霊についての話なのだ。

    頑固なお年寄りが「わしゃどこにもいかん」といって、心配して連れ出そうとする人に、廃屋のようになった家から出るのを拒むというようなケースを見聞きすることがあるが、死んだあとで霊界に赴くことを拒み、それと同じ状態に陥った「頑固」なケースについて述べているのである。

    心を籠めて行われる宗教的儀式は必要だと思う。

    婚家には義祖父母の位牌があるが、供養は義父母だけでお坊様を呼び、執り行っていた(誰の位牌があるのかさえ、夫は無頓着だった)。

    義祖父母の位牌は本家にあって、分家である婚家に位牌分けしたようだ。最期を看取ったのが義父母だからだそうで、なぜ義父が引き取ったかというと、義祖母が後妻だったからで、末っ子の義父はそのひとりっ子だったためだという。

    わたしの実家では、盆正月には父の実家に家族で出かけていた。船員の父は留守のときも多かったが、帰宅すると、すぐに本家に出かけていた。

    父の実家に行くと、まず仏壇の前で手を合わせ、ご先祖様に挨拶をする。

    その部屋には、ご先祖様の写真がずらりと並んでいた。そこに一族が集まり、お坊様が呼ばれ、お経が唱えられた。儀式が済むと、皆でご馳走をいただいた。

    そういうものだと思っていたので、何もないというのが不思議な感じがした。位牌があるのだから、盆正月にわたしたち家族も一緒に――婚家に半同居していた義妹の家族も一緒に――供養する習慣があれば、義祖父母も喜んでくれたに違いないと思う。

    親戚の絆がご先祖様を通して深まっただろうし(義祖父の成仏ももっと早かったかもしれない)、各人のエゴイズムは抑えられただろう。わたしの嫁としての自覚もしっかりしたものとなったに違いない。

    こちらから「ご供養のときはご一緒させてください」といえばよかったと思うが、新婚当初は何しろ事情がわからず、出すぎた真似はしにくいとあって、引っかかったままだった。

    その程度にはわたしは古い人間なのだ。長男である夫の妻となったとき、夫が跡取りとなって義父母の面倒を見るだろうことは承知の上だった。

    そうこうするうち、嫁いびりがひどくなった。

    この年齢になるまで気づかなかったが、嫁いびりがエスカレートした陰には義妹の姿がいつもあった。義妹はわたしより5歳上である。

    新婚時代、婚家に行くと、義母は家の鍵を握らせて、「あなたたちの家だから」といい、ことあるごとにわたしたちに跡取りと自覚させようとした。

    しかしそこにはいつも義妹一家がいて、わたしは親思いだなと思っていたが、ひそかに義妹一家がまだ来ていなければいいなと思ったりしていた。

    義妹一家が来ていないときは、義母から色々と教わることはあっても嫁いびりにはあまり感じられず、義父母といくらかでも親密になれる気がしたからだった。何より、子供たちに興味を持ってくれることが嬉しかった。

    ところが、いつのまにか婚家には義妹の部屋ができ(夫と義妹が巣立ってから義父母は家を購入した)、半ば同居しているような格好になった。嫁いびりは当たり前のものとなり、エスカレートしていった。

    いきなり「公文をやらせなさんな」と義母に激怒した口調でいわれて驚き、教育にまで干渉されるとなると、もう距離を置くしかないなと思っていたところへ、娘から「ママがいないと、皆でママの悪口をいっているよ」と忠告された。

    わかってはいたことでも、娘にいわれるくらいひどいのなら互いのためによくないと思い、距離を置くことにしたのだったが、公文のことなど義妹がいわなければ、義母が気にとめるはずもなく、義妹が公文のことを悪くいったに違いない。

    わたしは結婚前に公文教室で助手をしていた。重い病気から生還した母を見る必要があり、午後2時くらいから夜8時か9時くらいまでの公文教室での仕事はちょうどよかった。

    公文公先生の著書は勿論読んだし、教室が一つから三つに増えたとき、その準備を手伝って、もう少し数学ができれば、わたしも教室をするんだけどなと思ったほど、公文の教育理念には共鳴していた。

    経済的に苦しい中では、公文しかないと思っていた。あのとき無責任な言葉に折れていたら、子供たちは国公立に行けただろうか。

    公文式をいいと思わない理由があるのなら、、二浪して九大に入ったほど頭がよく(わたしのころでも、大学に行けない女性のほうが多かったことから考えると、浪人もできるような恵まれた環境だったといえる。夫も浪人しており、義父母が相当に無理したのかもしれない)、快活なはずの義妹は、なぜわたしに直接いわなかったのだろう。類似の思い当たることが沢山ある。

    たぶん、それは本当のところどうでもよいことで、義父母と仲違いさせることで、わたしたちを婚家から遠ざけたかったからではないだろうか。

    その後に起きたことを考えると、義妹にとって、婚家は甘えられる大切な場所というより、そして自分が親の面倒を見たいというより(わたしはそうなのかと勘違いしていた)、賄い付別荘として使いたかったというのが本当のところではないかと思う。

    義妹夫婦は複数の家を所有する、少なくともうちよりは遙かに裕福な人達だから、夫が継ぐはずの家がほしかったわけではないだろう。

    それに比べ、いずれは義父母と暮らすつもりだったわたしたちは、転勤族ということもあって家を買うことはしなかった。バブルが弾ける前は、高い家賃を払うくらいなら家を買うことを中小企業のサラリーマンでも考えたことだった。

    しかし、長い時間をかけて育むはずの関係は育めず、わたしたち一家は根無し草のまま不安定な日々を送っている。

    友人達は一人、また一人と老いた親と同居を始めている。

    義妹夫婦は現在、都会からUターンして福岡市に家を建て、義父母用の6畳の部屋を作り、そこに外から出入りできるドアをつけているという。

    夫は感心していたが、わたしには意味不明のドア設置である。耄碌でもすれば、かえってそのドアは危ない気がする。

    婚家で好き放題振る舞ってきたのだから、自分の両親にも自分の家で好き放題に振る舞って貰えばいいではないか。

    夫の話では、義父母は義妹夫婦に見て貰うつもりはないそうで、見て貰うとすれば、わたしたちだという。しかし、ここまでこじれた仲となった今、体力的にもわたしには自信がない。

    義妹に責任をとって貰いたいが、現実問題として我が儘な彼女に介護ができるとは思えない。義父母には馴染んだ場所から動きたくないという思いもあるようだ。

    幸い、今のところは、高齢ながら共に元気で、ふたりでカラオケに行ったり、市民講座に通ったりしているそうだ。

    さあ、どうすべきか。時の流れに任せよう。

    いずれにせよ、嫁いびりの原因を成仏しない義祖父のせいだと考えていた時期がわたしにはあった。

    だが、もしそうであれば、義祖父は嫁いびりで盛り上がっているその場所に透明な姿ながらいて、影の采配を揮っていなければならなかったはずだ。

    優しかった祖父に夫は大層なついていたくらいだから、むしろそうした場に馴染めず、1階の居間ではなく、一人2階の部屋の仏壇にいたのだろう。

     肉親ですら、どうにかしてあげることは難しい。それこそ人が本来は完全に自由である証拠ではないだろうか。その人がそう望んだので、そうなっただけの話なのだから。

     もし縛られると感じられるものがあるとすれば、それはカルマという宇宙的なプーメラン作用による結果にすぎない。

     ブラヴァツキーがその辺りのことをどこかで書いていたが、見つけ出せない。何にせよ、霊界における地獄状態からその人を救うのは本人の自覚以外ないそうである。

     その予防や治療薬に当たるのが芸術や本物の神秘主義なのだが、この地上はある意味では地獄なので、デヴァチャン的価値観は通用しにくい。

     地上が客観的な世界であり、霊界が主観的な世界であるとは神秘主義ではよくいわれることで、ブラヴァツキーの著書にも死者Xにも繰り返し出てくるが、芸術的、創造的な人間が霊界でどれだけ楽しめるかは想像もつかないくらいである。

     今ではすまないと思っているが、義祖父を負担に感じるあまり、悪霊扱いして――ある意味ではそうだったにせよ――何でもかんでも義祖父のせいにしていた時期がわたしにはあった。

     こう書くと、生前の義祖父を知っていたかのように思われてしまうかもしれない。夫が中学校のときに亡くなったので、わたしの知る義祖父は浮かばれない霊としての義祖父なのだ。

     新婚時代、仏壇の前で心をこめて手を合わせたわたしに、仏壇の奥から視線を投げかけ、ほくそ笑んだ何かがいることをありありと感じたのが最初だった。(以下、長たらしく、ここに至るまでの経緯を書くべきかどうか。)

     幽霊を見たことは一度もないが、こんな風に目に見えない何かの存在を感じることはたまにだがあるのだ。

     過去記事のどこかに書いていると思うが、何年か前に、小鬼のような老婆を内的な目で見たことがあった。老婆は強烈な汗の臭いを発散させ、「ケケケ……」と哄笑しながら走り去った。

     それを、わたしは内的な目でありありと目撃し、内的な耳で聴いたのだった。

     心のスクリーンに映るのを見たといえばいいだろうか。想像とはまた違うリアリティがあるのだ。尤も、普通はここまではっきりと見えることは少ない。

     オーラや想念形態はまた話が別で、時々見るが、ネオンや絵画を見るより力強く、細かいところまで見えたことがあった。

     母の枕許で神秘的な内的格闘をして以来(拙著『枕許からのレポート』参照)、オーラが本格的に見え始め、オーラというものは無理に見ようとすれば、いつでも見えるものだが(たぶん普通の人でもそうだと思う)、無理に見ようとしたら疲れるし、無理にそうするときは肉体に近い層の鈍い光しか見えず、オーラを見る歓びには乏しいため、自然に見えるに任せている。

     オーラがありありと見えたときは、相手の高級我がわたしにそれを見せる必要があると判断したので、見せていただいたのだ、と思っている。

     で、小鬼のような老婆の話に戻れば、背は3歳児の半分くらいしかなかった。物凄く額が広くて、頬がぷっくり膨らんでおり、細い目、白髪を無造作に束ね、草鞋を履き、絣の着物を着ていた。そして空中を蹴って、どこへともなく走り去ったのだ。

     あれは人間と関係のある存在ではなく、神智学でエレメンタルといわれる妖精の類いに違いない。

     いつ目撃したかといえば、社交的に近づいてきて性的に誘惑しようとした男性を撥ねつけたときだった。剣を手にしていたら、斬ったかもしれないというほど、わたしは怒っていた。文学の手ほどきを受けたいという純なムードで近づいてきたので、すっかり信頼してしまったのだった。

     その男性のよこしまな心の隙に小鬼が入り込んで、悪さをしていたのだろう。あんなものが存在するなんて、驚きだった。今も誰かの心の隙に入り込んで、悪さをしているのかもしれない。

     不倫している人はご用心! 接吻している相手の男性や女性は、実は汗臭い老婆の顔した妖怪かもしれないのだから。

     おとぎ話は空想譚とは限らないとこのときつくづく悟った。

     話を戻すと、相手が生きていようといまいと、思いが伝わってくることはよくある。

     この行は昨日公開した記事に加筆しているのであるが、公開したあと、おそらくお酒が好きな人々だろう……怒りや憤慨、不安や訝るような感じが伝わってきた。こうした否定的な感情は似通っているので、わたしはその感情の発信者を特定できないことのほうが多い。

     わたしは、別にお酒に恨みがあるわけではない。アルコールが惹き起こしがちな現象について、そのまま書いているだけなのだ。

     それとは対照的に、わたしが書いたことに共鳴した人々の爽やかな思いも伝わってきた。その方々には、私心を去った、知的な理解の仕方をしていただけたに違いない。

     美しい思いには不思議と個性があり、どこのどなたかはわからなくても、その人がどんな人かが内的なスクリーンに描けるのである。清らかな心の持ち主は霊的にはとても目立つので、自然と高級霊には知られるはずで、そのような人々は高級霊から目をかけられているのではないかと思う。

     尤も、同じ人間であっても、天使と悪魔の間を振り子のように揺れているのが一般的ではないだろうか。少なくもわたしはそうだ。美しい心持ちになることもあれば、低級な人間になることも日常茶飯事である。

     Fが長すぎる。あれこれ詰め込みすぎる。どうせ詰め込むなら、天使だと思った高級霊の話や、わたしに別れの挨拶に来た死者たちの話なども全て書き、こうした話を裏付ける引用もした、本格的なエッセーにしたいものだが、時間がない。 

    G 古代ギリシア、霊界の図書館

    引用14――死者Xp.129

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    2015年8月18日 (火)

    アクセス解析からわかる、当ブログに求められているもの。本日の体調と対策。

    文学、歴史、神秘主義といった分野の検索でお見えになっている方々には、個人的な体調に関する残念な記事ばかりが続く。

    が、一方では健康に関する検索でお見えになっている方々も少数ながらあるようだから、まあいいか。健康状態は人それぞれだろうから、参考になるかどうかはわからないけれど。

    お盆の間、以下の記事に思いがけないアクセスがあった。

    ノートをきちんとした記事にすると予告していたためか、その催促のような検索ワードとアクセスが複数あったのだ。お盆内に書けなくて申し訳ない。

    こんな記事ばかり書いていると、よくて霊媒、悪くすると気違いに思われてしまうかもしれないという危惧がわたしにはあり、神秘主義的な記事はそれなりの自己犠牲を払って書いている。

    体験も知識も少ない人間が、体験も知識も豊富……になりつつある一神秘主義者の真面目な記事をどう思おうが知ったことか。そう開き直っている近頃のわたしがいる。

    「祐徳稲荷神社」「花山院萬子媛」という検索ワードではほぼ毎日、複数のアクセスがある。これはどういった方々なのか、わからない。わたしの小説の構想とは関係のないところで、たまたまお見えになるのかもしれない。

    花山院萬子媛のことをもっと知りたいという方が含まれているのかもしれないと思うと、わたしの創作意欲は増す。

    幸か不幸か、政治関係の記事へのアクセスは極めて少なく、当ブログに求められているものが何であるかがわかる。総合すると、何といっても、文学に関する記事へのアクセスが多いのだ。

    リルケの詩は、著作権の問題がクローズアップされてきたころ、出典を明記しただけではまずいと思い、非公開としたが、今もお見えになる。リルケの小詩集『薔薇』を山崎栄治訳で読みたいという人は案外多いのかもしれない。

    健康の話題に戻ると、現在の状況は、喘息対策としてフルタイドの吸入を増やし、不整脈対策として、不整脈を自覚したときにサンリズムを頓服として使用するか、食後の服用時に1錠追加するという対策をとっている。

    これを書いている夕方の時点では体調がいい。

    朝は一度起きたものの、体調がよくなく、また寝てしまい、次に起きたのが正午。その間、へんてこな夢を見ていた。以下は夢の内容。

    クリニックで薬を処方して貰うところなのだが、処方していただくにはテストを受けなければならないという新方式が採用されることになったという。患者が無知ではいけないからだそうだ。

    その問題というのが奇妙奇天烈で、薬の種類ごとに訳のわからない問題が並んでいる。どんな問題だったかはあまり覚えていないが、ある薬(インデラル?)の問題は薬の開発者の家族に関する歴史を長いレポートにせよ、というものだった。

    わたしは古い新聞から必死になって関係のありそうな記事を切り取って集めている。が、うまくまとまらない。まとめるためには決定的な何かが不足しているのだ。

    わたしは全問解けない、無理だと思っているうちに、薬を飲む時間になってしまう。いつもは優しい先生だから、お願いすれば、薬を出していただけるに違いないと思い、「先生、難しくて、どうしても解けません。薬を飲む時間になりました。処方箋を書いていただけないでしょうか」という。

    そこはクリニックというより、美術館のような公共施設の一室のような部屋で、そこに作業用のテーブルがいくつか置かれている。

    わたしは土下座までするのだが、先生はなんと、「嫌だよ、アッカンベー」といって、左側にある診察室(?)に引っ込まれる。

    目覚めたとき、朝の薬も飲まないで寝てしまったせいか、軽い胸の圧迫感と動悸を覚えた。夢は、変な夢すぎて、どっと疲れた。

    再度洗顔を済ませると、とりあえずバナナを食べて薬を服用。サンリズムは通常通り1錠。薬を服用後、2時間くらいして、期外収縮かと思われる不整脈が起きた。

    この不整脈が曲者で、これが数回出たあと、数時間して大抵、心房細動と思われる不整脈が起きる。心房細動が起きると、生活の質が低下する。

    ただ、今のところ咳が出ないので(わたしの場合、心房細動と、咳、冠攣縮性狭心症が連係しているかのような症状が出がち)、本当に調子がよくなりつつあるのかもしれない。長い記事を書いても何ともないのがその証拠かも。動悸も今は感じない。

    夕食後の薬には念のためにサンリズムを追加しよう。

    今日の夕飯のメインはカレイの煮付けの予定。冷凍しておいたカレイを使う。料理の写真も溜まってきた。あまり書かなくなったが、料理の記事にお見えになる方は結構ある。

    過去記事「パンダの後ろ姿」が当ブログの隠れた人気もの。

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    2015年7月21日 (火)

    夢で会えた、夫のおじいさん  ①おじいさんと本物の家族になれた喜び

    昨日、唐突に小説の構想が浮かび、それを書いても世に出られぬ身、書いてどうなるだろう、初の歴史小説もあるし……と思いながらも書き始め、徹夜してしまった。

    若いころは、1~2時間の仮眠をとれば、3晩はいけた。今はだめで、朝になると、1時間だけと思いつつ、爆睡。

    そして、何と本当に1時間で目が覚めた。「今日はママ、だめ。何も用意できないかもしれないから、早く起きて自分でやって」といって、早めに娘を起こした。

    その娘は、まだシャワーを浴びていた。たっぷりとはいえなかったが、時間はまだあり、すばらしい幸福感に包まれていたお陰で、わたしは徹夜したにも関わらず、朝から元気いっぱい、目はぱっちり。

    義祖父(夫の父方のおじいさん)の夢を見ていたのだった。わずか1時間の間に、とても長く感じる充実した夢だった。

    夢の中で、わたしが義祖父を発見する。義祖父はずいぶん長い間、部屋の隅で寝ていたらしい。まるでミイラになったみたいに。

    誰もそれに気づかず、義父母なんかは薄情にも死んだことにしてしまって、しかも、親を亡くしたことすら忘れ、思い出しもしなかったようだ。

    しかし、発見者のわたしも、自分の見つけた老人が、夫の父方のおじいさんなのか、母方のおじいさんなのか、区別がなく、ただ、おじいさんだと思っていた。正体がわかるまでは、怖かった。

    夢の中で、おじいさんと一緒にいるうちに、わたしはおじいさんのことを大好きになった。

    夢であろうとなかろうと、あんなに優しい人をわたしは未だ知らない。目覚めてから夫に尋ねると、優しい人だったそうだ。前にも夫はそういったが、わたしには信じられなかった。

    本来が優しかったところへ、成仏して菩薩のような優しさが加わっていたのだろう。

    この世の人で、あれほど無条件に優しい人はいない、この世の人の過剰な優しさは欠落を感じさせるが、充実した、実りのような優しさだった(うまく表現できない)。

    そして、現実には義祖父を写真で観て、義祖父が夫にも夫のおとうさん(舅)にも似ていないと思っていたのだが、夢で会った義祖父には舅を想わせるところと、夫を想わせるところがあり、自然の造形の妙に打たれた。

    わたしは夢の中で夫と喧嘩して、義祖父の背中の後ろに隠れ、義祖父に甘えたりした。

    「おじいさんがもっと早く目を覚ましてくれていたら、わたしは婚家でいじめられることも、夫と喧嘩することもなかったのに。おじいさん、おじいさん、大好き……」と、わたしは夢の中で、おじいさんにそういったようでもあり、思っていただけのようでもあった。

    どうして、長くあんなところで眠っていたのだろう、とわたしは不思議だった。わたしの知らない親戚の人々――現実に会ったことのある夫の親戚の人々とは異なる、知らない人々――がいて、皆で何となく御祝いをしようとしていた。

    わたしはただ、おじいさんの優しい雰囲気にうっとりとし、甘えていた。

    結婚して34年になるが、新婚時代から、わたしはこの義祖父の成仏を願ってきた。成仏していないと確信していた。

    想像の義祖父に反発したり、悪霊扱いしたり、妄想だろうか、とわが脳味噌を疑ったりしながら。

    これが、わたしの今生の課題の一つだと感じていた。

    おじいさんの夢は、雑念が作り出した条件反射的、生理的な夢ではなく、霊的な夢だと感じている。おじいさんは成仏したのだ。この世に囚われていたために、あの世の人としては昏睡状態にあったのだと思う。

    自分の生きているうちに、義祖父を成仏させることに成功しなければ、わたしは自分が死ぬときに彼を連れて行くつもりだった。もし、それに失敗して、自分も成仏できなかったらと思うと、怖かった。そこまでつき合うつもりはないが、何せあの世の細かいことはもう一度死んでみなくてはわからない。

    毎日ではないけれど、心の中で語りかけたり、あの世の魅力を語ったり、夫の嗜好に依存(憑依)しないよう、夫の依存体質を改善しようと、いろいろやってみたが、どうもおじいさんが成仏できたようには思えなかった。

    義祖父が幸福でいるという感じが伝わってこなかった。

    義祖父は酒好き、遊び好きな人であったという。映画や競輪が好きで、蛍狩りにも夫は連れて行って貰った。

    あの世はもっと壮大な遊び場であることを、わたしは義祖父に心の中で説いた。死んだばかりの人のために、あの世にもお酒に似たものはあると思うと語りかけた。

    孫を愛するあまり、心配してくれているのだとしたら、あの世からのほうがもっと効果的に見守れるはず、といって安心させようとした。

    義祖父の成仏を確信できないまま、何年も経ったが、今日、確信した。

    たぶん、義祖父は成仏した。おめでとう!

    義祖父の夢を見たのは初めてだった。

    まあ、全てがわたしの妄想と思っていただいたらよいと思う。本当にこれまでのわたしの努力は妄想の中で行われ、すばらしい夢もただの夢だったのかもしれないので。

    ただ、わたしは神秘主義者で、神智学協会の会員でもある。きちんと書き残しておきたいと思うのだ。

    またわたしは自称作家でもあるので、結末が決まらないまま、義祖父をモデルに小説を書き始めていた。執筆計画が充分でないまま書き始めたものなので、つまらない冒頭となっている。いずれ、書き直すつもり。

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    2014年10月25日 (土)

    洋服を着て現れるようになった、夢の中のプードル

    わたしの夢では、創作意欲、作品傾向をシンボライズしていると思われるプードルが時々出てきます。

    昨夜の夢では、登山家か冒険家のような重装備で現れました。あのアトムのような足に、紐のついた靴も履いていました。

    前回プードルの夢を見たときから服を着ていて(それまでは裸でした)、何を意味しているのだろうと考えたくなります。前回はバーバリ風の茶色い立派な服と洒落た帽子を被っていました。

    今回重装備で現れたのは、初の歴史小説を構成する第一作目の短編を書こうとしている自身の意気込みを表現しているのではないかと。

    わたしの夢ではしばしば、作品は赤ん坊、電子書籍は馬、賞は公衆便所(家のトイレの場合は家計)をシンボライズしています。

    夢占いの本では、大便はお金をシンボライズしていると書かれています。夢では、トイレが経済活動と関係しがちであることは間違いありません。尤も、トイレへ行きたい場合、それがそのまま出てくることがあります。

    公衆便所の様子、そこにズラッと並んで順番を待っている人々は、賞の性質、応募者を表現していて、これがなかなか絶妙な表現をしてくれます。

    手洗い場もないような田舎の農家風なひどく臭う、汚いトイレ(個室は3つ)。民宿風の廊下から庭に出たところにある、小鳥の声なども聴こえて、長閑だけれど、子供の嘔吐痕がこびりついているトイレ(個室は1つしかない)。比較的小綺麗で、長い手洗い場が印象的なトイレ(個室は4つ)。

    あまり賞に応募しなくなったので、それを意味していると思われる夢を見る回数は減りましたが、以前見た夢では、凍てつくような広場一面に、沢山の犬が横たわっていました。

    ゴールデン・レトリーバー、シベリアン・ハスキー、ドーベルマン、ダルメシアンのような大型犬。秋田犬、紀州犬、柴犬のような日本犬。それに、いろいろな室内犬がいました……

    そこへ、飼い主が自分の犬を探しにやってくると、犬はむっくり起き上がり、飼い主と一緒に帰宅していきました。犬たちは落選の通知でトーンダウンした応募者たちの創作意欲をシンボライズしていたのでしょうね。

    夢を見た当時、応募仲間(?)のうちの1人の女性の犬は、ちょっぴりお尻が垂れたパンダ風の犬でした。体力のありそうな大型犬。実際にその人は多作する人で、そのあと某賞で佳作をゲット。

    当時は張り合ったために互いに神経過敏で、よくくっついたり絶交したりしました。その人とは今はおつきあいがありません。それがたまたま、その人のブログを発見してしまいました。

    感じのいい、面白いブログで、ああ賞狙いさえしていなかったら、互いにあんなにぴりぴりすることもなく、よいおつき合いができていたかもしれないのにな、と思ったりします。

    賞がヨットレースになって、夢に出てきたこともありましたっけ。海の色合いは日本の海というより、エーゲ海。様々なヨットがありました。晴天なのに、風が強く、次々に難破していくのですが、その難破する様子もいろいろで、興奮しました。

    賞では数人の受賞者を残して(「該当作なし」だけのこともありますね)、あとは全部落選するわけですが、創作という行為自体がミューズに愛でられているんだろうな、とすばらしいヨットの夢を見たあとで思いました。

    1度落選した作品を他へ応募してはいけないという文学界のムラ的習わし、わたしには世俗的な理由としか思えません。

    作品は、落選したからといって紙屑と同じではないのです。その賞の観点からは如何に不出来に見えようと、作者にとっては生命の宿った、かけがえのないものです。丹精こめたものです。

    印象派のアンデパンダン展を想えば、わかるでしょう?

    賞の評価は、いうまでもなく絶対ではありません。落選したあとで別の選者を求めて、別の賞に応募するのがむしろ自然ではないでしょうか。

    そんな賞ごとの使い捨て作品というのが、わたしには理解できません。

    複数の賞の下読みが同じ人達で構成されていることがしばしばあると、見聞きします。怖ろしい話です。あっちに行っても、こっちに行っても、同じ首斬り役人に出くわすのですね。

    左派にのっとられているという日本の文学界らしい現象ですわ。

    電子書籍の世界には落選者の作品も多いと思いますが、印象派のアンデパンダン展的世界を形成できたらいいですね。でも、電子書籍の世界は一頃に比べると、活気がなくなった気がします。

    そういえば、過去にいろいろと教わった女性編集者から会おうとお誘いがありましたが、絶交の原因となった文学観の違いを、わたしはどうしても乗り越えることができそうになく、ありがたいと思いながらも断ってしまいました。

    なつかしかったし、お目にかかれば、またよい刺激を受けられるだろうと思うと残念ですが……

    わたしの犬(創作意欲、作品傾向をシンボライズ)は、過去記事で書いたように、なぜかいつもプードルです。

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    2014年9月15日 (月)

    KDPに提出予定の『不思議な接着剤1』は校正の泥沼状態。続けてみた友人の夢。

    P1

    原稿を表示した一太郎、Kindleプレビューア、Kindle Paperwhiteの各画面で何回読み直したことか。

    昨日はとうとう徹夜になり、朝、洗濯物を干した直後に爆睡。お昼ごろ目覚めて、再びこの三つの媒体を徘徊し、いつまでも作業終了とならず、もう気違いになりそう。

    子どもの本には特に神経質になるので、書いている内容、国語的なことを何回調べ直して書き直しても、これで満足とはなりません。

    写真は、Kindle本の出来具合を確認するために無料で使用できるKindleプレビューアの画面です。

    これで確認している間にKindle Paperwhiteにプレビューアで生成されたmobiファイルを送り、字のサイズを変えて、そちらで最終確認となるのですが、ここ数日、犬が自分の尻尾を追ってぐるぐる回るみたいなことになっています(わたしは犬年)。

    深夜には子どもたちが洞窟に持ち込むことになるライトについて、再度調べたりしていました。2巻目の冒険に入ったとき、ライトはとても重要になってくるので。

    調べているうちに、ほしくなってきました。お金があれば、きっとライト収集家になったと思います。ランタンライトに、なかなかすてきなものがあります。

    この記事をアップしたら、またKindle Paperwhiteでの確認作業が待っています。それでOKを出せるかどうか、今日中に登録作業までいけるかどうか。

    電子本作りには慣れてきたはずなのに、逆に完成までの道のりが険しく感じられたりします。ある意味では、電子本作りに慣れたゆえのゆとりが生む皮肉な現象なのかもしれませんが。

    Kindleプレビューアはアップデート後に、カラーモードでNormal、Night、Sepiaを選択することが可能になっていました。写真はSepia。シパシパしている目には優しく感じられます。

    さあ、ちょっとだけ休憩したら、また作業に入らなくては。出た本を見て、あれだけやってそれなの、と思われるかもしれませんが、「ローマは一日にして成らず」ですわ、ハイ。

    話は変わりますが、このところ続けて大学時代に一緒だった友人の夢を見ます。

    体調が最悪だった10年くらい前に、心配して毎日のように電話をかけてくれた彼女でしたが、そのころわたしは、電話に出るのも億劫なくらいで、這うようにして家事をやっていました。

    それを思えば、元気になりましたわね、我ながらずいぶん。病気は増え、体力は乏しくなったはずだけれど、家事の量が違うのでしょう。

    で、わたしはありがたいと思っていたはずなのに、ありがたい電話すら体に負担で、「もう放っておいて、電話しないで」といってしまったのでした。後悔しても、後の祭り。年賀状のやりとりは続いていますが、連続して彼女の夢を見てしまうと、気にかかります。

    夢の中で、彼女は元気そうではありましたが、まるで纏足でもしたみたいに歩行が不自由でした。何か、象徴的な意味があるのかどうか。何か心配だなあ。

    夢の話題を出したついでに、めったに更新しなくなった最近の夢日記から、ライン以下に引用しておきます。

    ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

    続きを読む "KDPに提出予定の『不思議な接着剤1』は校正の泥沼状態。続けてみた友人の夢。"

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    2014年7月 4日 (金)

    集団的自衛権が若者の不安をそそる理由。スイスの『民間防衛』。JJ氏の予知夢。

     1日の臨時閣議で、政府は集団的自衛権の行使を限定的に容認する憲法解釈の変更を決定しました。

     左翼、反日系の人々の反対運動は盛り上がりに欠けたようですが、若者の間で徴兵制が布かれるのではないか――という漠然とした不安が拡がっているという記事をニュース記事検索中に見ました。

     集団的自衛権行使の限定容認が決定されたからといって、そんなことはまずないだろうと思いますし、自衛隊との関係でいえば、この限定的容認の決定が自衛隊の行動の縛りをむしろ強くする――ために、まずい場合もある――という見解もあるようです。

     いずれにしても、しきりに威嚇してくる近隣諸国や世界の警察官を自負したくなさそうなオバマ政権を見ていると、わたしたち日本人もそろそろアメリカにおんぶに抱っこを期待してばかりいるよりは、スイス人にでも倣って国民一人一人が防衛意識を高めるべきではないかという気がします。

     KAZUYA CHANNELのKAZUYAくんが、以下の動画で防衛意識を高めるのに役立ちそうな本を紹介しています。

    永世中立国スイスの民間防衛に学ぶ 現実的平和主義

     緊縮経済下にあるわたしは、那須田稔氏の本を数冊買ったばかりなので(50円の美品!は本当でした。新品も同然の本でした)今すぐには買えませんが(ここの図書館には置いてないようです)、そのうち買いたいと思っています。

     スイスはさすがですね。この本は、防衛ばかりでなく、防災意識を高めるためにも役立つそうですよ。

    民間防衛―あらゆる危険から身をまもる [新書]
    原書房編集部 (翻訳)
    出版社: 原書房; 新装版 (2003/7/4)

     ところで、同じ記事で予知夢について書くのはナンですが、現在「予知夢、予言」をテーマとする掲示板で脚光を浴びているのは、過去記事で触れた「2062年から来た未来人」「JJ氏」「ケイン」といったお三方の書き込みでしょう。

     書き込みの内容の信憑性とは別なところで、わたしは2062年未来人の書き込みにはスタイリッシュなものを、JJ氏には優しさを感じ、ケインの書き込みは比較的短い日数で予知の検証が可能――といったところが魅力的です。下手なSFを読むより、楽しいのです。

     で、今回採り上げるJJ氏の予知夢とは、彼がすごく疲れていて、心の中で強く「見たい」という意志を持って寝たときに予知夢という形で時々見ることができるのだとか。検証可能だった最初の予知夢は小学校3年のときに見た(1982年)、ホテルニュージャパンの火災の夢だったそうです。

     彼の予知夢は2004年11月8日、2ちゃんねるの「未来が予知できる人います?その9」にJJというハンドルネームで書き込まれたのが最初でした。2035年ごろまでの未来が予知夢として描かれています。

     わかりやすくまとめられたサイトが沢山あります。おすすめは以下。

     JJ氏の書き込みにはいろいろと興味深いものがあるのですが、集団的自衛権の容認を連想させるものがあります。

     そして、彼の夢では憲法が改正されています。その原因となったのは有事です。以下に、それに関係のある部分を引用します。

    私がわかるのはいわゆる憲法9条が改正されてるみたいです。「自衛隊」も呼称が変わっています。 なぜわかったかというと、2017年5月23日に見た新聞で現在の「自衛隊」という言葉ではなく 「自衛軍」という呼称に変わっていたからです。夢の中でその記事を見ていたのです。 内容は見直しが必要かどうかのような論争が記事だったと思います。

    ここでいう「内容」とは憲法を改正の内容、見直しとは改正した事への見直しの意味です

    2017年5月23日の政権与党は社民党や共産党じゃないです。

    要は独立国として一般的な国になる、要請があれば国際協力で軍隊を提供する、それに関して法律の整備 (その関連で憲法の改正もした)と、こういうことです。 悲しい出来事ですが、これは私が言葉の使い方が悪かったとおもいます。これに関しては 私が未来で、居間の端末(おそらくパソコンだと思うんだけど今のテレビに画面が出ていたので なんともいえません。キーボードなかっし・・)で記事を見たんです。 「ちょっと」という言葉をつけたのはその事件に関しては今聞けば相当大きなことなんだけど その事件が起こってからもうすでに時間が経っているからでしょうか、タイムリーで起こって いるわけじゃないからでしょうか・・ともかくそれほど大事件的なあつかいでなかったので わたしもその夢の中のイメージをひきずって「ちょっと」とつけたんだと思います。 これは「悲しい出来事」と変えさせてください。いま起こるわけじゃないし、非常にむずかしい問題なので そのまま書くということはできないけど、残念ながら自衛隊がその本来の意味で仕事をするような ことが戦後の日本の歴史史上で初めて起こるということです。

    憲法改正する前に事件がおきるんです。憲法改正したのはその後でしょう。 つまり現状のままの体制で歴史史上初めてのことが起こるんです。

    憲法がいつ改正したのか側からないのであんまり的確な事はお答えできないですけど、アメリカは 日本の選択を尊重したような感じだと思いますが。 私が見た時代では別段アメリカとの関係が悪いという印象は受けませんでしたしね。 夢を見た当時、アメリカやその他の国と集団安全保障を結んでいる様子をみると、アメリカがいろいろ 昔みたいに日本の選択にちゃちゃを入れることはないかと思うのですが・・・ ただ軍事協力?というか武器開発?見たいな事は日本の企業とアメリカの企業の協力関係のみでやっているみたいで 未来での安全保障会議で槍玉に上がっていたみたいでしたけど・・

    国土って言うか海上なんです。だけど軍隊は日本本土に上陸するわけじゃないけど 一部地域に着弾があるていう感じだと思います。

    本土というか島?には着弾するようですがこれで直接的に民間の人に被害は出ません。 戦闘で被害がでるのです。

    もう一つ補足ですが中国は2017年5月23日時点で分裂していたという事です。 分裂したのがいつかはわからないです とりあえず昨日書き込みしたんですけどちょっと釈明させてください。 どうにもこうにも自衛隊と交戦したのが韓国のような書き込みありましたけど、ちがいます。 昨日自分がぼかして書いたらいいかと思ったんだけど、余計悪かったですね。 ぶっちゃけて言えばあの国です。 あと正直、その起こった時のことをタイムリーには見ていないのです。ですから正確に どこの海上で起こったのかとか、果たしてどういった理由で中国が干渉してきたのかとかはたまたそれがどういうレベルのものだったのかとか、韓国がどういうかかわりを持って いたのかとか等は本当にわからないのです。 ただ自分の夢の中で雑誌などで、その辺の記事をちょっと拾い読みした感じで事実を拾っているだけですから。 だから例えば、北朝鮮が本格的に海上で戦闘を行ったのは考えにくいですし、あまり現実的では ないと思いますよね。私の夢の中でも、もし本格的に戦闘が行われていたとしたら、もっと違う 扱い方をしていたんじゃないかなと感じたんです。ちなみに2017年5月23日では統一国家のテレビでの扱いを見るに、確かに友好的ではないにしろ かなり収まりを見せている感じもしているので、果たして国交も結んでいない状態なのかと言われると そんな感じはしなかったんですけどね・・・。

    私が記事で見たのは海上保安庁と自衛隊の犠牲者です。その後のあつかいについてはわかりません。ただその中で犠牲者がでたとのことしか読んでません。何人なのかもわかりません。

    自分が政治大国と感じたのは、集団安保の会合をしているときの夢を見たんだけど、日本の代表者(誰だかわからない。外相?)がずいぶんとイニシアチブをとった感じでそう受け取りました。ずいぶん後の時代の夢だったと思う。

     生々しいJJ氏の夢ですが、大変なことがあるにせよ、未来の日本は概ね「そうとう豊かで国力が大きくなっているみたい」だそうです。そうなれればいいですね。未来ではロボット産業も盛んだとか。

     6月5日、ソフトバンクが人型ロボット「ペッパー」を発表しましたね。本体価格19万8,000円というパソコン並みの価格には、驚かされました。ほしいわ~。政府はロボット産業に力を入れるようなことをいっていましたっけ。

     現在の日本は、もう既にJJ氏の豊かな未来の夢のうちにあるのかもしれません。我が家はまだ苦しいですが、2062年未来人が確か「2014年までは日本はあがいてもどうにもならない。耐えるんだ!」みたいなことを書いていましたっけ。耐えましょう。

     JJ氏は書いています。

    自分が原チャリで走っている夢見たんだけど、そのときは建築現場で資材を運んだり、加工したりしているロボットが居た。(例えるならエイリアン2で出てきたようなロボットかな) あとCM(ネットCMみたいな動画のCMだった)で、自立移動可能な家庭用ロボットの宣伝してました。 「遊び相手も留守宅のセキュリティーも料理も何でもできるよ!」みたいなコピーで、名前は~とかいうネーミングがついてました。(ノートに記入してある)介護ロボットの云々については不明。なによりも自分の将来のすんでいる家に、ロボットと思われるる物体がありました。自分で自由に動いていて、リュック代の大きさの箱をつけてフローリング掃除してました。まあそういう夢の姿をみてロボットが日常の生活にとけ込んでいるのかなと、思ったわけです。

     2020年の東京オリンピックもJJ氏は夢で見ています(2005年の書き込み)。

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