カテゴリー「評論・文学論」の262件の記事

2018年10月10日 (水)

シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書

10月5日に「アルベール・カミュのシモーヌ・ヴェイユに関する文章」というタイトルの記事をアップしましたが、ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録するに当たり、大幅に加筆を行いましたので、過去記事を削除し、前掲ブログにアップしたエッセー 86 「シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書」を転載します。

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シモーヌ・ヴェイユ(不詳)
出典:Wikimedia Commons

図書館から借りた『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に、アルベール・カミュがシモーヌ・ヴェイユに関して書いた短い文章が収録されていた。

アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)はフランス領アルジェリアの出身で、純文学小説『異邦人』、哲学的エッセー『シーシュポスの神話』で有名になったフランスの作家である。カミュは不条理という言葉を『シーシュポスの神話』で鮮烈に用い、その後、この言葉は実存主義の用語となった。不条理とは、人間存在の根源的曖昧さ、無意味さ、非論理性に由来する絶望的状況を意味する言葉とされる。

わたしの大学のころ――40年ほども昔の話になる――には、第二次大戦後にフランスからサルトルなどによって広まった実存主義はまだ流行っていた。

否、今でも哲学的主流はこのあたりに停滞していて、現代哲学は唯物論に依拠して局部的、細部的分析に終始しているのではないだろうか。

カミュは自分では実存主義者ではないとしているが、その思想傾向からすれば、実存主義者に分類されていいと思われる。

カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil, 1909 - 1943)はパリでユダヤ系の両親から生まれ、晩年、キリスト教的神秘主義思想を独自に深めていったが、しばしば実存主義哲学者に分類される。だが、そのシモーヌも、ジャン・ヴァールへの手紙で次のように書いて、実存主義に警戒心を抱いていたようである。シモーヌ・ペトルマン(田辺保訳)『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』(勁草書房、1978)より、引用する。

<ここから引用>
わたしは、《実存主義》的な思想の流れは、自分の知るかぎりにおいて、どうやらよくないものの側に属するように思えますことを、あなたに隠しておくことができません。それは、その名が何であれ、ノアが受け入れ、伝えてきた啓示とは異種の思想の側に、すなわち、力の側に属するように思われます。*1
<ここまで引用>

実存主義はマルクス主義の影響を受けた思想で、唯物論的であり、マルクス主義の流行とも相俟って一世を風靡した。しかし、一端、唯物論的袋小路へ入り込んでしまうと、自家中毒を起こし、下手をすれば阿片中毒者のような廃人になってしまう危険性さえある。

村上春樹のムーディ、曖昧模糊とした小説はこうした不条理哲学の子供――ただし、カミュの作品が持つ聡明さ、誠実さを欠いた子供といえる。戦後、日本はGHQによる洗脳工作(WGIP)や公職追放*2などもあって、唯物主義、物質主義が優勢となったのだった。

わたしが「カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ」と先に述べたのは、シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『超自然的認識』(勁草書房、1976)の訳者あとがきで述べられている、次の文章を根拠としたものだった。

<ここから引用>
ガリマール社版のシモーヌ・ヴェイユの著作はほとんどすべて、本書と同じ「希望[エスポワール]」双書に収められているが、この双書はアルベール・カミュ(1913―60)によって創設された。第二次大戦下の英国において、34歳で死んだ、当時まったく無名だったといっていいシモーヌ・ヴェイユを、戦後のフランスの思想界に紹介した大きい功績は、当然第一にカミュに帰せられるべきであるが、本書の編集も(明記されてはいないが)、カミュであるとみなすことは充分に可能である。*3
<ここまで引用>

現在60歳のわたしが、『超自然的認識』によってシモーヌ・ヴェイユの思想に触れたのは大学時代だった。この本には「プロローグ」というタイトルで、シモーヌ・ヴェイユの有名な美しい断章が紹介されていた。『超自然的認識』の新装版がアマゾンに出ていたので、紹介しておく。

超自然的認識
シモーヌ・ヴェイユ (著), 田辺 保 (翻訳)
出版社: 勁草書房; 改装版 (2014/5/1)
ISBN-10: 4326154292
ISBN-13: 978-4326154296

『超自然的認識』を読んだときから、シモーヌの作品の邦訳版を読み漁り、またシモーヌとカミュとの接点を求めて、あれこれ読んだ。カミュがシモーヌを発見した人物であることを雄弁に物語っているような文章には、出合えなかった。

邦訳されていないだけだと思っていたのだが、『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に収録されたアルベール・カミュの文章、及び解説を読んで、シモーヌの母セルマの関与が浮かび上がってきた。

訳出されたカミュの文章は、竹内修一氏の解説によると、『NRF出版案内』1949年6月号に発表された「シモーヌ・ヴェイユ」と題された文章だという。

カミュがシモーヌの発見者であるにしては、その文章の内容からしてシモーヌを高く評価していることに間違いはないにせよ、短いというだけでなく、いささか精彩を欠くものであるようにわたしには思える。竹内氏は述べている。

<ここから引用>
1943年8月、ロンドン郊外のサナトリウムで死したとき一般の人々にはほとんど知られていなかったシモーヌ・ヴェイユが、戦後これほど有名になるためには、彼女が「生涯のあいだ頑なに拒否した「第一級の地位」を獲得するためには、みずからが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書から彼女の著作を次々に刊行したカミュの功績があったのである。*4
<ここまで引用>

ところが、この叢書が1946年3月に創刊されたとき、カミュはヴェイユのことをほとんど知らなかったばかりか、シモーヌの遺作の出版は全く予定されていなかったというのだ。

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シモーヌ・ヴェイユの歴史的・政治的著作の初版のカバー
出典:Wikimedia Commons

カミュの文章「シモーヌ・ヴェイユ」は本来なら〈希望〉叢書の9冊目の書物『根をもつこと』のための序文として書かれたものだった。それがヴェイユの遺産相続者――シモーヌの父母なのか、兄アンドレなのかは不明――の依頼によるものか、あるいは何らかのトラブルによって、この文章は別個に発表された。『根をもつこと』は序文も注釈もなしに出版されたのだそうだ。

1960年にカミュが自動車事故で死んだとき、〈希望〉叢書24作品のうちの7つの作品がシモーヌ・ヴェイユの著作だった。カミュの死後も2つのシモーヌの作品が出版された。

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シモーヌ・ヴェイユの署名
出典:Wikimedia Commons

竹内氏の解説中、ギー・バッセによれば、〈希望〉叢書から出版されるシモーヌの著作に無署名の「刊行者のノート」が付されたとすれば、それはカミュではなく、母セルマが作成したものだという。

シモーヌ・ヴェイユの兄アンドレ・ヴェイユの娘で、シモーヌの姪に当たるシルヴィ・ヴェイユ(1942 - )は自著(稲葉延子訳)『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』(春秋社、2011)の中で、シモーヌの死後、アンドレと両親との間にシモーヌの死や彼女の自筆原稿をめぐって亀裂が生じたと述べている。シモーヌの死後、ヴェイユ夫妻の残りの人生は娘の原稿を後世に残すための清書に費やされたそうだ。

シルヴィはその著書で、「父はこの分析が正しいのかどうかはわからないが、自分の母親がシモーヌの内に、母親がいなくてはならない状態をつくりあげ、それが原因でシモーヌは死んだと見做していた」*5と述べている。

また、エッセー 22 「グレイ著『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ 』を読了後に」で採り上げたフランシーヌ・デュ・プレシックス・グレイは、シモーヌの摂食障害――拒食症の傾向――に迫っている。

これはわたしの憶測にすぎないが、シモーヌ・ヴェイユの母セルマは、豊かな財力によってカミュが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書の9つの出版枠を買い取ったのではないだろうか。

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シモーヌ・ヴェイユの墓
出典:Wikimedia Commons

我が身に自ら拘束帯をつけたかのような、ストイックすぎる生きかたをしたシモーヌ・ヴェイユ。高純度の思想を書き残したシモーヌと母セルマを思うとき、一卵性親子と呼ばれた美空ひばり(加藤和枝)と母・加藤喜美枝を連想してしまう。

セルマには、シモーヌをプロデュースしたステージママのような一面があったように思う。シモーヌは哲学者となり、兄のアンドレは高名な数学者となった。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅰ・Ⅱ』『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ』『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』を読むと、セルマの並外れた母親ぶりに圧倒される。

わたしはエッセー 23 「ミクロス・ヴェトー(今村純子訳)『シモーヌ・ヴェイユの哲学―その形而上学的転回』から透けて見えるキリスト教ブランド」で、次のように書いた。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは、おそらく母親の偏愛――シモーヌ・ヴェイユが理想とする愛とはあまりにもかけ離れたものを含む現象――を感じ、その呪縛性を知りつつも、それをそっとしておき、恭順の意さえ示している。キリスト教に対する態度も同じだったように思える。

彼女はキリスト教というブランドを非難しつつも、それに屈し、媚びてさえいる。その恭順の姿勢ゆえに、シモーヌ・ヴェイユという優等生は西洋キリスト教社会では一種聖女扱いされてきたということがいえると思う。
<ここまで引用>

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-159)によると、セルマは演劇的な人物だった。シモーヌの死後は聖女の母という役を演じて能力を開花させ、修道女のような態でシモーヌの賞賛者である限られた数人の聖職者たちと亡き娘の部屋に籠っていたという。

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-176)はまた、17歳のセルマが母親ジェルトルード宛の手紙に「使用人と類する人たち」に対する嫌悪感を綴ったこと、その同じ人物が第一次大戦後ほどなくヴァカンスで過ごした豪奢なホテルのサロンにあるピアノで「革命家インターナショナル」を笑いながら自慢げに演奏し、組合主義者の教師となったシモーヌが右翼メディアに「赤い聖処女」と採り上げられたときには、その赤い聖処女の母という役回りに愉悦していたという事実が信じられないと語る。

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シモーヌ・ヴェイユと生徒(ル・ピュイ)
出典:Wikimedia Commons

完全主義者で所有欲が強く、演劇的で矛盾に満ち、絶え間なくシモーヌを見守った――ある意味で操ったとさえいえる――セルマは、どこか世俗キリスト教と重なる。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』の著者シモーヌ・ペトルマンは、ヴェイユの最も親密な友人の一人であったそうだが、「日本語版によせて」の最後に、次のように書いている。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは宗教問題に深い関心を寄せていましたが、それはキリスト教の限界を越えるものだったことを、もう一度思い出しておきたいと思います。特に彼女は、禅仏教に強い興味を示していました。フランスにおいて、禅なんてほとんどまったく知られずにいた時代のことでした。
*6
<ここまで引用>

その禅とは、鈴木大拙の著書を通したものだったと考えてよい。シモーヌ・ヴェイユは、ペトルマン宛の手紙で次のように書いている。

<ここから引用>
英語で書かれた、禅仏教に関する、哲学者鈴木テイタロー[大拙、仏教哲学者]の著書をおすすめします。とてもおもしろいわよ。*7
<ここまで引用>

エッセー 24 「ルネ・ゲノンからシモーヌ・ヴェイユがどんな影響を受けたかを調べる必要あり」で書いたように、鈴木大拙は神智学協会の会員だったから、シモーヌ・ヴェイユは大拙の著作を通して近代神智学思想に触れたといえるかもしれない。

しかし、その同じシモーヌ・ヴェイユがルネ・ゲノンという、極めて混乱した宗教観と貧弱な哲学しか持ち合わせないばかりか、近代神智学の母と謳われるブラヴァツキーの代表的著作すらろくに読んだ形跡がないにも拘わらず、神智学批判を行った――これは誹謗中傷というべきだろう――人物の著作の愛読者だったそうだから、わたしはあれほどまでに輝かしい知性の持主のシモーヌがなぜ……と、違和感を覚えずにはいられない。

それは、シルヴィが祖母セルマに感じたのと同じような、信じられない思いである。

…………………………

*1:ペトルマン,田辺訳,1978,p.370

*2:わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まった。20万人以上もの公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれる。

*3:ヴェイユ,田辺訳,1976,訳者あとがきpp.409-410

*4:『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行・鈴木宏、水声社、2017、p.49)

*5:シルヴィ、稲葉訳、2011、p.152

*6:ペトルマン,田辺訳,1978,日本語版によせてp.433

*7:ペトルマン,田辺訳,1978,p.323

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2018年9月20日 (木)

勝本華蓮『尼さんはつらいよ』(新潮新書、2012)を読んで

図書館から『尼さんはつらいよ』という本を借りた。

尼さんはつらいよ (新潮新書)
勝本 華蓮 (著)
出版社: 新潮社 (2012/01)
ISBN-10: 4106104539
ISBN-13: 978-4106104534

尼僧の環境がどのようなものであるかを中心に、現代日本における仏教社会の裏事情が活写された、興味深くも脱力感に襲われるような内容だった。

著者は、在家出身で、広告関係の仕事で成功していたが、ある仏教者との出会いがきっかけとなって仏教にのめり込む。会社を畳んで比叡山に転居し、佛教大学と叡山学院に学んだ。三年後に、京都の天台宗青蓮院門跡で得度。佛教大学卒業後、尼寺に入り、そこで現実をつぶさに見、幻滅して尼寺を出た。その後、仏教研究者(専攻はパーリ仏教)の道を歩んで現在に至るようである。年齢はわたしと近く、著者(1995年大阪府生まれ)は三つ上になる。

パーリ仏教は上座仏教(上座部仏教)、南伝仏教ともいわれるようだが、昔は小乗仏教といった気がしてウィキペディア「上座部仏教」を閲覧すると、小乗仏教という呼称はパーリ仏教側の自称でないため、不適切であるということになったらしい。

本には、上座仏教圏のスリランカ、タイ、大乗仏教のチベット仏教の話や、尼僧の活動が目立つという台湾、香港の話も出てきた。そういえば、YouTubeで梵唄を検索したとき、台湾か香港からのアップと思われる仏教音楽の動画が沢山出てきて、驚かされたことがあった。

本の核心に触れると、日本の尼寺は絶滅の危機に瀕しているらしい。

尼寺における、あまりに俗っぽいエピソードの数々が紹介されている。全ての尼寺がそんな風ではないのだろうが、著者自身の体験が報告されているのだから、その一端が描かれていることは間違いない。

尼寺が絶滅の危機に瀕している原因を、著者は「なぜ尼寺に弟子が来ないか、来ても続かないか、その理由は、日本が豊かになったからである。生活や教育目的で寺を頼る必要がないのである。そういった福祉は、国家や公共団体が面倒をみてくれる」(42頁)といった表層的社会事情に帰している。

しかし、いくら物質的に豊かになったとしても(今の日本はもはやそうではなくなっているといえる)、人間が老病死を完全に克服しない限りは宗教は需要があるはずである。

歴史的原因を探れば、明治期の廃仏毀釈、第二次大戦後のGHQによる占領政策、フランクフルト学派によるマルクス主義の隠れた強い影響を見過ごすことはできない。これらによって、日本の仏教が壊滅的ダメージを被ったことは間違いないのだ。

本には、著者の神秘主義的能力の萌芽と思われる体験や、心霊現象といったほうがよいようなエピソードがいくつか挟み込まれていたが、こうしたことに関する知識は著者が身を置いた世界では全然得られないのだと思われて、この点でも何だか脱力感を覚えた。

江戸中期に亡くなった萬子媛のような筋金入りの尼僧は、今の日本では望むべくもないということか。

以下の過去記事で紹介した本では、まだ萬子媛の頃の名残が感じられたのだが……

2015年1月19日 (月)
歴史短編1のために #12 尼門跡寺院
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/12-293c.html

あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公
花山院 慈薫 (著), バーバラ ルーシュ (編集), 桂 美千代 (編集), ジャニーン バイチマン (翻訳), ベス ケーリ (翻訳)
出版社: 淡交社 (2009/1/30)
ISBN-10: 4473035697
ISBN-13: 978-4473035691

前掲記事で引用した編者バーバラ・ルーシュの文章を再度、引用してみたい。

<ここから引用>
このような経験を積み重ねてゆくにつれ、尼門跡寺院という制度があることがわかってきました。この制度は、日本の真なる文化財の一つともいえますが、十九世紀の廃仏毀釈令によってほとんど破壊されてしまいました。尼門跡寺院というのは、何かを抑えつけるところではなく、逆に解き放つところといえる存在であり、もしこのような場が存在しなかったら、日本のきわめて高い文化的教養をもった女性たちが幾世紀にもわたって活躍できなかっただろうと思われます。皇室由来の寺院におられた尼僧様たちが、和歌の古典的な形態をみがき上げ、『源氏物語』に関する文化、さらに茶道、華道、香道、年中行事などの保存にお勤めになられたのでございます。
<ここまで引用>

尼門跡とは皇女や貴族の息女が住職となる寺院で、随筆集『あやめ艸日記』の執筆者、花山院慈薫(臨済宗大聖寺二十七代門跡 1910 - 2006)は31代・花山院家正(1834 - 1840年)の娘。萬子媛は、21代・花山院定好の娘だった。

和歌には、拙神秘主義エッセーブログ「78 祐徳稲荷神社参詣記 ⑤扇面和歌から明らかになる宗教観」でみたように、日本人の宗教観が薫り高く織り込まれてきたのだ。

その貴い伝統を、左翼歌人の俵万智が壊した。

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2018年9月 9日 (日)

盗用疑惑が持ち上がった芥川賞候補作「美しい顔」。東日本大震災のニュースで観た犬のその後。

芥川賞受賞作「送り火」の感想の続きが途中ですが、リンチシーンを再読したくなくて、まだ書いていません。萬子媛ノートの続きがあるのに。

芥川賞候補作となった北条裕子「美しい顔」には、選考前から盗用疑惑が持ち上がっていたと知り、呆れました。

別に新人賞を受賞した作品でないと、芥川賞候補になれないというわけではないのだから、もう一、二作書かせてみて、優れた作品が仕上がれば、芥川賞候補に選べばいいだけの話です。

芥川賞をとらせたくてたまらなかった事情があったとしか思えません、わたしには。

東日本大震災をモチーフとした作品のようですが、前の記事に書いた拙児童小説『すみれ色の帽子』に、東日本大震災のニュースで観た犬に登場して貰ったことを思い出しました。

『すみれ色の帽子』は日記体児童小説で、「(11)ポセイドンの気まぐれ」にその犬が登場します。

テレビのニュースで視聴したものであり、作品にもテレビで見たと書いているので、発信元を書く必要はないと思い、書いていません。ただ、その中にギリシア神話事典からの引用があるので、引用元を明記し、そのまま引用しています。

犬の話題に入る前に、一家でギリシア神話に出てくるポセイドンを話題にする場面があります。Kindle版だと頁を明記できないのが不便ですね。児童小説なのでルビを振っていますが、省略します。

<ここから引用>
 わたしは、地震と大津波が起きたときの様子を、テレビで見ました。
 波がまるで生き物のように、道路をかけのぼっていました。行く手をはばむいっさいを、なぎたおし、のみこみながら。
 画面がかわって、めちゃくちゃになった沿岸部がうつりました。がらくたのようになった家や塀や車にまじって、船がありました。船は海にいるのが自然なので、それは異様な光景でした。
 また画面がかわり、今度は、闇のなかに、まっ赤なほのおが見えました。このほのおも、あの波の仲間に思え、飢えた怪物のように見えました。何もかものみこもうとしているかのようで、ぞっとしました。
 火災は石油のコンビナートで起きたものだと、アナウンサーが説明しました。


 地震が発生したときのジグザグにゆれる地面が、何度も、何度も、うつります。
「ポセイドンだわ!」
 わたしがさけぶと、ママは、
「えっ?」
 といって、わたしを見ました。
 でも、パパはいいました。
「そうだ、ポセイドンだ。」
 そして、ずり落ちたメガネを指で押し上げると、だまってテレビを見つめていました。
 ママは、いいました。
「ポセイドンですって? あれはギリシア神話に出てくる神さまでしょう? ギリシアの神さまが日本に祟って、あんなことになったなんて、いわないでちょうだいね。」


 わたしはママの言葉にいらいらして、頭をふりました。すると、ポニーテールにした髪のたばが自分の頭をぶったわ。

 ママは、ギリシア神話をよくは知らないのでしょうね。よく知っていれば、ポセイドンが大震災におおいに関係があると、わかるはずです。
 いいえ、ママのように疑いぶかい人には、こういってやらなくてはならないわ。大震災におおいに関係のある何かを、古代のギリシア人はポセイドンとよんだのだ――と。
 昨年の一年間、わたしは壁新聞の係でした。その壁新聞で、ギリシア神話の神々を紹介したので、あのかたたちのことなら、よく知っているというわけなの。


 先生が、バーナード・エヴスリンという人の書いた『ギリシア神話小事典』②(※脚注)という本をかしてくださったので、わたしはその本のなかから、毎月、壁新聞を作るたびに、これは、と思った神さまをとりあげました。
 この日本という国は、海にかこまれていて、ポセイドンは海の神さまだもの、紹介しないわけにはいかないじゃない?
 本に書いてあったポセイドンのことが、テレビで震災のようすを見たときに、頭に浮かびました。

<ここまで引用>

その次の文章が引用になるのですが、Kindle版では引用とわかるように工夫し、脚注で「バーナード・エヴスリン著(ちょ)『現代教養文庫(げんだいきょうようぶんこ) 1000 ギリシア神話(しんわ)小(しょう)事典(じてん)』(小林稔(こばやしみのる)訳(やく)、社会思想社(しゃかいしそうしゃ)、1979年)」という風に引用元を明記しています。ルビを加えたので(ルビ引用者)と断っています。

物書きが、引用していながら、そう書くのを忘れることがあるのかなあと不思議に思います。引用であれば、カギカッコで括るなり、行を下げるなり、するはずです。

自分がギリシア神話を研究したり、翻訳したりしたわけではないのですから、自分がそうしたように装い、自分のものとして書くなんて、怖ろしいことはできません。

『ギリシア神話小事典』を参考にして自分の言葉で書いたのであれば、参考文献として挙げることになります。この二つを混同しますか? 

わたしがここであえて引用という方法を選んだのは前掲書に「ポセイドンはたいへん気まぐれな神で、かんしゃくと愛情、残酷と親切が同居していた」(『ギリシア神話小事典』248頁)という説明があったからで、ここに日記の書き手である少女・瞳なら強い印象を受けると思い、そのまま引用しようと考えたのでした。

東日本大震災のニュースで視聴した犬のことは、次の箇所で出てきます。

<ここから引用>
 ね、あれは、ポセイドンのしわざだったのだと思わざるをえないじゃない?

 そのあと、もう一度、ポセイドンを思い出させるニュースを見ました。
 漂流する住宅の屋根の上に犬がいるのを、海上保安庁のヘリコプターが見つけ、犬はぶじに助け出されたというのです。
 犬は、三週間も、こわれた住宅の屋根にのっかって、海の上をただよっていたことになるわね。
 犬は海をただよいながら、どんな空をながめていたのかしら? 夜は寒かったでしょうね。おなかもすいたことでしょう。もし、犬に文字が書けたとしたら、きっとロビンソンのように、漂流記を書くと思うわ。
 たぶん、ポセイドンの気まぐれだったのでしょうが、海の上をただよっている犬には、彼はやさしかったのでしょうね。


 犬は、三日後に、飼い主に再会することができました。
 飼い主の女の人は、大きな犬をあかんぼうをだくようにだいて、もう二度とはなれないというように、犬と一つとなっていました。
 そのようすを、おおぜいの人間がニュースをとおして見ていたわけですが、それは、だれしも見とれてしまうような、おかしがたい、うつくしい情景でした。

<ここまで引用>

もし、ニュース記事をまる写ししたのであれば、引用元を明記したでしょうけれど、ここでは必要ないでしょう。

「美しい顔」を全文読んだわけではありませんが(講談社が全文公開していたようですが、もう消えてしまっています)、感想を書いている人は沢山いて、引用もされているので、どのような作品であるかはだいたいわかりました。

それから推測すると、引用部分がごく一部書き変えられただけで、引用元の明記もなく、作品に挿入されているようです。何箇所も。

尤も、引用であれば、書き変えてはいけません。引用といわれないように、ごく一部を書き変えたのでしょうか。

過去記事で、拙小説『台風』から引用しましたが、あれがそのままどなたかの文章に挿入され、その作品が新人賞をとったり、芥川賞候補になったりしたとすれば、心穏やかではいられないでしょうね。泥棒、と叫びます。

書いている本人には、引用、参考、創作の区別が明確についているはずです。その区別もつかないような物書きの作品に、文学賞が授与されるなんて、あんまりですから。

でも、盗用が意図的な行為であれば悪質で、尚更、文学賞に値しないと考えるのが常識だと思うのですが、選考委員達は盗用など気にする必要がないかのように、引用と参考の区別を曖昧にし、作品を褒めちぎります。芥川賞は授与されなかったものの……腐敗しきった文学界。

一つ前の記事で書いたように、盗用は、「芸術の一分野としての純文学的動機からというのは考えられません。自分ならではの発見と独自の表現こそ、物書きが求めるものであることを思えば。目的は別のところにあるのでしょう」としか、同じ物書きとして想像できません。

ところで、わたしは東日本大震災のニュースで視聴した犬のこと、そして飼い主との美しい再会の場面を忘れたくなかったので作品に書いたのですが、今回改めて調べてみたら、あのとき助かった犬はその後、事故で死んでいたことがわかりました。ショックでした。

2015年11月2日のJ-CASTニュースの記事で知りました。⇒https://www.j-cast.com/2015/11/02249623.html?p=all

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2018年9月 3日 (月)

リンチを遊びとすり替える芥川賞受賞作家。それは犯罪者心理だ(作品「送り火」を文章から考察する)。

本日、赤字部分を加筆しました。2018年8月1日2時22分にアップした記事でした。次の記事でもう少し、作品を分析したいと考えています。

第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した高橋弘希「送り火」(『文藝春秋』(平成30年9月号))の感想の続きです。

関連記事:
8月28日: 神事、そして文学に対する冒涜でしかない高橋弘希「送り火」(第159回平成30年上半期)
8月29日: 芥川賞受賞作「送り火」のちゃんとした感想を、次の記事で(青字部分、加筆)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

選考委員によれば、作者は描写力があるそうだが、文章を見てみよう。冒頭。

<ここから引用>
欄干の向こうに、川沿いの電柱から電柱へと吊るされた提灯が見え、晃が語っていた習わしを思い出し、足を止めた。河へ火を流すというのは、例えば灯篭流しのようなものだろうか――、(322頁 ※「習わし」のルビの位置に「、、、」。引用者)
<ここまで引用>

文章が頭に入ってこない。冒頭がこれではわかりにくい。

わたしは提灯に火が入っているのだと思ってしまった。しかし、続く文章から、時間的に、提灯にはまだ火が入っていないと思われる。

冒頭の作者の文章が「河へ火を流すというのは」と続いているので、提灯には火が入っており、その提灯を舟に積んで河へ流すのだと勘違いしたのだった。

後のほうを読むと、そうではないようだ。その習わしというのは、急流の中を、集落の若衆が帆柱に火を灯した三艘の葦船を引いていくというものらしい。まぎらわしい書きかたである。

また、後のほうに、市街地の祭りとは別に河へ火を流す習わしがあり、提灯はその習わしの準備だと書かれている。提灯の色は茜色とある。

欄干の向こうに、提灯が見えた。茜色の提灯が、川沿いの電柱から電柱へと吊るされているのだ。晃が語っていた習わしを思い出した。河へ火を流すという習わしなのだが、それは灯篭流しのようなものだろうか。

ここで、提灯の茜色を出しておいてもいいのではないか。もし提灯に火が入っているとすると、提灯自体の色よりも明かりの色が目に映るものなので、提灯が茜色と書けば、昼間で、提灯には火が入っていないとわかる。

「足を止めた」は余計だと思う。「晃が語っていた習わし」と「足を止めた」の二方向に、読者の注意が分散されてしまうからだ。ここで重要なのは、前者のほうではないかと思うので、それのみを生かすほうがいいのではないだろうか。そうすれば、強調の「、、、」は必要ない。

もう一つ、先のほうに取り出しやすい文章があるので、見てみよう。

<ここから引用>
その簡素な祠には、赤い前掛けをした地蔵菩薩が祀られていた。夏蜜柑が二つ供えてある。五穀豊穣を願ったものだろうか――。(323頁)
<ここまで引用>

ここも説明的で、映像的に入ってこない。夏蜜柑がここでは鍵となる。

その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた。赤い前掛けをしている。お供えの夏蜜柑が二つ。

地蔵菩薩というと、わたしには子供の守り仏というイメージなのだが、五穀豊穣の願いが感じられるというのであれば、夏蜜柑を瑞々しく描けば、効果的だと思う。野菜を豊かに盛った籠を置いたなら、より「五穀豊穣」を願う場としての雰囲気が出る。

夏蜜柑といっても、どこにでもある夏蜜柑というものは本来ないのだ。どの夏蜜柑も、他の夏蜜柑とは違う。

地蔵菩薩の前に置かれた夏蜜柑が萎びていたなら、どこか哀しい。

実際には、地蔵菩薩の赤い前掛けが鮮やかだったり、色あせていたり、お顔もくっきりとしていたり、目鼻が消えかかっていたりで、一様ではない。容貌も様々だ。作者の描きかたでは一般的な地蔵菩薩の域を出ず、小説に出せる状態ではない。

地蔵菩薩が置かれているということだけを印象づけたければ、「その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた」だけでいいと思う。

作者の文章はわたしにはわかりにくく、描写力があるとは思えない。

弱者がリンチを受ける場面は生々しく、一見、描写力があると思わせられるが、即物的で、どこかで読んだような文章である。ここにしかない蜜柑を、作者はどこにでもある蜜柑のように描くが、それと同じ印象を受ける。

大衆週刊誌の事件簿、エンター系バイオレンス小説を連想させられる。否、実際のバイオレンス小説の描写はこれほどくどくない。案外あっさりしているので、夫の本棚にあっても気にならない。

「送り火」は、これでもかこれでもかといわんばかりである。リンチを受け続ける稔は、医学的に見れば、もう何回か死んでいるのではないだろうか。

明らかにリンチ殺人事件として報道されるような暴力沙汰であるのに、発表誌『文藝春秋』(平成30年9月号)の受賞インタビューで、高橋氏は次のように話している。

<ここから引用>
物語の最後に、‟サーカス”という遊びを描きました。‟サーカス”が乱暴な色合いの濃い遊びなので、彼は日常的にもう少しマイルドな遊びをやってただろうなと思って、四種類くらいの遊びを考えた。(略)ただ自分としては、殊更に子どもたちの凄惨さを書こうと考えたわけではないです。この年頃の男子ってけっこうバイオレンス好きだと思うんで、だから、物語の中の彼らも、普段から度胸試しというか、チキンレースのような遊びを日常的に行っているだろうと思って。(前掲誌320頁)
<ここまで引用>

「すると、稔は卒倒し、地べたに蹲った。白目を剥いて泡を噴き痙攣すると、低い鼾をかき始めた。ズボンの股当りが濡れて染みになっている。観客から次々に野次が飛ぶ。立ち上がらねぇぞ、演技ばしてら。汚ぇ、小便もらしてら。バケツだ、バケツの水ばかけろじゃ」(前掲誌376頁)

これがサーカスという遊びで遊ぶ「子どもの情景」というのだ。おぞましい血みどろの場面が長々と続く。

最終的に、稔は「バケモン」になる。「確かにその姿は人間には見えなかった。稔の肉の形をした人外にしか見えない」(掲誌376頁)

これを遊びと表現する高橋氏は、頭がどうかしているとしか思えない。作品がどうの、という以前の深刻な問題があるように思える。

作者は明らかに、暴力シーンを見せ場としている。誇示している。暴力を、リンチを賛美しているのだ。だから、作者にとってはどこにでもある田舎の神事を適当に持ってきて、場面を盛り上げることも厭わない。これが純文学小説であるはずがない。

リンチを遊びとすり替えるな。それは犯罪者の心理だ。

作者がリンチ――作者にいわせれば、遊び――という状況下に、主人公を執拗に追い込んでいることが小説をよく読めば、わかる。

ノンフィクション的に、そのような状況下に至った経緯を描いているのではない。作者が神――鬼神――となって、そのような宿命を主人公に押し付けているのだ。これが芸術の一分野である純文学の創作とは別物の、趣味、それも悪質な趣味でしかないとわたしが考えるのは、それが理由である。

祭りも、そうした主人公の運命操作に使われている。祭りをそのように使うとは、作者は地域の祭りに参加したことがないのだろうか。帰国子女か? 

高橋氏の前作は戦争文学だそうだが、その内容は「送り火」から推して知るべし。

芥川賞は、壊れた日本語で書かれた小説や、異常な人物の出てくる不快な小説を量産して、日本文学を、日本文化を破壊するつもりか? 

danger まとめるには、時間がかかりそうなので、後回しにするかもしれません。候文は難解ですが、『鹿島藩日記』が美しく見えます。そこに戻りたい。

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2018年8月29日 (水)

芥川賞受賞作「送り火」のちゃんとした感想を、次の記事で(青字部分、加筆)

前の記事で、第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した「送り火」の感想を書いたが、乱暴な感想になってしまったので、次の記事か拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で、もう少し丁寧なものを書こうと思う。

なぜ、「送り火」を神事、文学に対する冒涜と考えたのかの説明もろくに行っていないし、神秘主義的考察が唐突に出てくる。

小説では、神事で使用される道具や用語がアイテムとして出てきてリンチが行われ、神秘主義的な知識なしでは考察できない領域に作者が無知な状態で安易に踏み込んでいたため、不快感と懸念から、つい説明もなしに書いてしまった。

1人の弱者が、6人からなる中学生男子集団(弱者と主人公を含む)とその上部組織とでもいっていいような何人かのヤクザな男達からなる集団から凄惨なリンチを受け、最終的にはその弱者が復讐鬼と化し、主人公にムカついていたといって襲いかかる。

「バケモンだ」「あだま狂ったじゃ」「神降ろしばしでしまっだ、彼岸様ァ、此岸さおいでになられた!」と、ヤクザな男達が恐怖に駆られて叫ぶ。

主人公は都会的で、幾分偽善的なところはあるが、それは誰にでもある長所、短所の域を出ない程度のものにすぎない。弱者へのリンチが加害者の身勝手な理由でなされたのと同様の身勝手さから、被害者であった弱者は加害者へと豹変して主人公を攻撃する。

彼らは餌食を探しているだけであって、相手がどうであろうと、どうでもいいのだ。草食動物を餌食にする肉食動物は、草食動物の個性に立腹して襲うわけではない。仕留めやすそうな草食動物を狙うだけだ。それは自然の営みの一環なのであるが、リンチする者達はこの自然、この地上の営みに属しない忌まわしい性格を帯びている。

「送り火」の文章を借りるなら、彼らはこのとき、神秘主義的にいえば、彼らが「バケモン」とも「彼岸様」とも呼ぶ、普通の人間の肉眼には見えない低級な別世界に属する者達に憑依されているのだ。

小説ではそれが、人間的知性と危機感を帯びて表現されているわけではない。作者の意識はむしろ忌まわしいあちら側にあって、むしろ楽しんでいる。

そのことが、良心的な読者に嫌悪感を惹き起こすのだ。選考委員の中では唯一、高樹のぶ子氏だけがそうだった。他の選考委員はリンチをゆとりをもって傍観している、あちら側に属する者達にわたしには見える。

発表誌『文藝春秋』(平成30年9月号)に掲載されている受賞者インタビューが、それを裏付けている。

インタビュアーは表現を和らげて「リンチにもつながりかねない危険な遊戯」といい、作者がそうしたものを「沢山創作なさっています」といっている。

リンチにもつながりかねない危険な遊戯どころか、警察に通報しなければならないような犯罪性のある、まぎれもないリンチであるのに、作者がそれを「遊び」というので、インタビュアーはそれに合わせているのだ。

書店勤務の娘に、作者がリンチを描いて楽しんでいるようにしか思えない、それによる社会的影響を考えているようには全く思えないと嘆くと、「そういうの、エンター系ではいっぱい出てるよ。例えば、山田悠介とか」といった。

「純文学なんて、ない」といって純文学排斥運動の行われた結果が、これだ。芥川賞は純文学作品ともエンター系作品ともいえない、バケモンを産出するようになってしまった。

娘のいう山田悠介は、登場人物の生命を賭け金代わりにする「死のゲーム」というジャンル(そんなジャンルが存在するとは!)の作家であるようだ。現実にも、死のゲームのような忌まわしい事件が起きている。以前、海外のニュースで見た記憶がある。

そう、あれは、ロシア発「青いクジラ」(2017年頃の発祥だという)という名のSNSを利用した、参加者を自殺に導く死のゲームだった。世界のあちこちで多くの犠牲者を出し、社会問題化した。

作家がそうした風潮を安易に作品づくりに利用しているのかもしれないが、ならばそれは純文学作品であろうと、エンター系作品であろうと、死の灰だ。

「送り火」で見られる単純なリンチといわゆる「死のゲーム」とでは性質の違いがあるが、生命を軽視しているというところに共通点がある。いずれにせよ、本物の純文学作家であれば、そうした風潮の解明にこそ、腕を揮うはずであるのに。

芥川賞は過去の業績から国内では権威ある文学賞であり、そのブランド性が信頼されて、読書感想文の課題に選ばれたり、翻訳されて海外に紹介されたりする。

まさか、日本の神事が「送り火」にあるようなものだとは海外の読者も思わないだろうが――そう信じたい。もはや芥川賞は弊害でしかない。

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2018年8月28日 (火)

神事、そして文学に対する冒涜でしかない高橋弘希「送り火」(第159回平成30年上半期)

ノーベル文学賞は終わった感があるが、『文藝春秋』(平成30年9月号)に発表された高橋弘希「送り火」(第159回平成30年上半期)を読んで、芥川賞もとうとうここまで冒涜的、おぞましいシロモノを日本社会に送り出すようになったか、と脱力感を覚える中で思った。

書きかけだった「鹿島藩日記第二巻ノート (6)祐徳院における尼僧達」の続きがまだだし、トルストイ『戦争と平和』に関するエッセーも「マダムNの神秘主義的エッセー」に連載中で時間がないのに、今日はこれを読まされた(絶賛されていたのだから、「読まされた」だ)。

高橋氏の文章は描写力があって素晴らしいそうだが、誉めすぎだ。描写力というほどの印象的な描写はなく、くどくどしく説明が重ねられているだけで、どちらかというと平板な文章である。

ただ、過去記事で書いたように、わたしは文学界に新星が現れたと確信したので、日本文学が終わったとは思っていない。この希望の光がなければ、不快感、絶望感で今日は何もできなかったかもしれない。

2018年5月12日 (土)
「三田文學」(第24回三田文学新人賞)から新星あらわる
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/05/24-98ca.html

選評の中では、高橋のぶ子「青春と暴力」だけがまともで、他の選考委員の選評は批評能力以前に常識を疑う。

高樹氏の選評のタイトルに青春とあるが、複数の中学生、そして後半は複数の大人が主体となるリンチ事件(殺人になったかどうかがストーリー上は不明)を長々と描いたものが、青春文学などであるはずがない。

しかも、このリンチ事件には神事を――ミサの倒錯であるかのような黒ミサに匹敵するおぞましさで――絡めてあるのだ。虚構なら、何を書いてもいいというわけではないだろう。

実際にも報道されることのある、凄惨なリンチ事件を神秘主義的に見れば、凶悪な低級霊の憑依事例といえそうであるが、話が文学から離れるので、これ以上は追究しない。

ただ、果たして「送り火」が文学といえるだけの資格を備えているかどうかといえば、微妙である。

高樹氏の選評に同感の部分を以下に引用したい(前掲誌309~310頁)。高樹氏が選考委員の中にいてくれたことは芥川賞にとって、わずかな救いだった。そうでなければ、芥川賞の名を辱めただけで終わっただろう。

<ここから引用>
けれど受賞作「送り火」の十五歳の少年は、ひたすら理不尽な暴力の被害者でしかない。この少年の肉体的心理的な血祭りが、作者によって、どんな位置づけと意味を持っているのだろう。それが見いだせなくて、私は受賞に反対した。〔略〕文学が読者を不快にしても構わない。その必要が在るかないかだ。読み終わり、目をそむけながら、それで何? と呟いた。それで何? の答えが無ければ、この暴力は文学ではなく警察に任せれば良いことになる。
<ここまで引用>

懸念されるのは、あれだけの冒涜、暴力を描きながら(そこでは平板な文章が活気づいている)、受賞者インタビューに「暴力性と言われますけど、自分としては男の子たちが皆でお祭りでワイワイしている様子を描こうと思ったのが最初です」という自覚のなさだったことである。

村上春樹の創作姿勢にも、わたしは同様の疑問を覚えた。過去記事「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅲ)」から以下に引用する。

<ここから引用>
 ネットで、『海辺のカフカ』について新潮社が作者の村上春樹にインタビューした記事を見つけた。そこで「この小説はいくつかの話がばらばらに始まって、それぞれに進んで、絡み合っていくわけですが、設計図みたいなものは最初からあったのですか?」という問いに答えて、彼は次のように答えている。
いや、そういうものは何もないんです。ただいくつかの話を同時的に書き始めて、それがそれぞれ勝手に進んでいくだけ。なんにも考えていない。最後がどうなるとか、いくつかの話がどう結びつくかということは、自分でもぜんぜんわかりません。物語的に言えば、先のことなんて予測もつかない。
 『ノルウェイの森』が『海辺のカフカ』と同じような書き方をされたかどうかはわからないが、わたしには同じご都合主義の臭いがする。『海辺のカフカ』を読みながら、本当にわたしが憔悴してしまうのは、死屍累々の光景が拡大され、即物的な描写が目を覆うばかりにリアルなものになっているからだ。以下は、そのごく一部分だ。
ジョニー・ウォーカーは目を細めて、猫の頭をしばらくのあいだ優しく撫でていた。そして人指し指の先を、猫のやわらかい腹の上で上下させた。それからメスを持ち、何の予告もなく、ためらいもなく、若い雄猫の腹を一直線に裂いた。それは一瞬の出来事だった。腹がぱっくりと縦に割れ、中から赤い色をした内臓がこぼれるように出てきた。猫は口を開けて悲鳴を上げようとしたが、声はほとんど出てこなかった。舌が痺れているのだろう。口もうまく開かないようだった。しかしその目は疑いの余地なく、激しい苦痛に歪んでいた。
このような息も詰まる残酷な場面が、何の設計図もなしに書かれ、無造作に出てくるというのだから驚く。作品が全体として現実とも幻覚ともつかない雰囲気に包まれており、主人公がまだ15歳の少年ということを考えると、作者の筆遣いの無軌道さには不審の念すら湧いてくる。

<ここまで引用>

神秘主義的に考えれば、作家が質〔たち〕の悪い低級霊に憑依され、そのような低級霊の影響下で書かれた作品が流行病のように広がることだって、ある。売れているからといって、有名な賞を受賞しているからといって、油断してはならない。娯楽や慰めのために読む本の影響を、わたしたちは学問的な読書のとき以上に受けると思うべきだ。

勿論、村上氏や高橋氏を霊媒作家というのではない。作家の姿勢次第で、読者は思わぬところへ導かれることがあるということを警告したいだけだ。

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2018年8月12日 (日)

「試着室」(金平糖企画新作公演、作・演出 時枝霙)を観劇して

インターネットでの拡散はOKのようなので、下手なレビューを書きます。ネタバレありなので、これから観劇なさるかたはご注意ください。

金平糖企画主宰、時枝霙さんを採り上げた記事がネット検索で出てきたので、リンクしておきます。

クローズアップ 2018  輝きの女たち
いつも行く美容院や飲食店を舞台に公演
演劇、朗読、写真、文章など多彩に表現
時枝 霙さん
金平糖企画主宰

http://www.josei-oita.jp/2018_7h.html

「医師と表現者の二足のわらじ。演劇、朗読、文章、写真など活動は多彩」と前掲記事にあり、驚かされます。

以下は、「金平糖企画」のツイッターです。

金平糖企画 @confettiplannin
舞台作品をつくったり、ライブをします。9/23.24熊本DENGEKI参戦。諫早独楽劇場シアターバー10月。

https://twitter.com/confettiplannin

8月8日、「試着室」(金平糖企画新作公演、作・演出 時枝霙)を観に行きました。

貸店舗での舞台と客席の境界を設けない上演で、全体に実験的要素が感じられる劇でした。

舞台はアパレルショップ。舞台装置は極めてシンプルで、境目のない舞台からドアに向かう空間が舞台の延長として活用され、能楽でいう橋掛りの役目を持っていました。

音響はレトロ調、近距離からの照明は迫力がありました。

店主役によって吊り下げられていくハンガーには折鶴がぶら下がり、床には折り紙が巻き散らされます。それらは服に見立てられているようでした。

登場人物は、アパレルショップの店主、アルバイトの女子学生(長身のスリムな男性が演じていました)、女性客、沈黙したまま片隅に蹲っている首にギブスをつけた怪我人。

台詞はしばしば詩のようで、客と店主が会話を交わすとき、客が失恋を独白するときなどに、学生がバックミュージックのように髪、爪、血液などの人体に関する自然科学的な台詞を詩の朗読のようにいう場面があり、不思議な雰囲気を創り出していました。

客が学生と一緒に駆け回りながら、床にまき散らされた折り紙を掴んではまき散らす場面は圧巻で、絶望感に囚われた女性に合う服はどうしても見つかりません。

ストーリーらしいストーリー、結末らしい結末はなく、別の客がアパレルショップへやってきて(片隅に蹲っていた怪我人との二役。演じていたのは時枝さん)、店主と新しい客が、前の客と全く同じ会話を交わすところで、存在しない幕が下りました。

アパレルショップは、エンドレスに循環する宇宙的な営みをシンボライズしているようでもありました。

娘の友人の演技には磨きがかかっていました。アパレルショップへの訪問者(客)を過去のトラウマから自分探しの旅(?)へと誘う店主の役を、品よくこなしていました。

この品のよさこそが、劇中で日常と非日常を違和感なく一体化させていた重要な要素に思えました。

「試着室」からはよい意味でのアマチュアリズムというべきか、ひじょうにナイーヴな芸術性というべきか、純粋志向が感じられ、いささか古い用語を用いるならば、「不条理」なテーマへの純粋すぎるくらいのアプローチが印象的でした。

不条理という言葉は、今の若い人々には馴染みのない言葉かもしれませんが、アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)の哲学的エッセー「シーシュポスの神話」で有名になった実存主義の用語で、人間存在の根源的曖昧さ、無意味さ、非論理性に由来する絶望的状況を意味する言葉です。

ここからは蛇足になりますが、わたしの大学のころ――40年ほども昔の話になります――には、第二次大戦後にフランスからサルトルなどによって広まった実存主義はまだ流行っていました。否今でも哲学的主流はこのあたりに停滞していて、現代哲学は唯物論に依拠して局部的、細部的分析に終始しているように思えます。

ちなみに、カミュは自分では実存主義者ではないとしていますが、その思想傾向からすれば、実存主義者に分類されていいと思われます。

カミュに発見された女性哲学者シモーヌ・ヴェイユは晩年、キリスト教的神秘主義思想を独自に深めていきますが、しばしば実存主義哲学者に分類されます。

実存主義はマルクス主義の影響を受けた思想で、唯物論的であり、マルクス主義の流行とも相俟って一世を風靡したのでした。

しかし、一端、唯物論的袋小路へ入り込んでしまうと、自家中毒を起こし、下手をすれば阿片中毒者のような廃人になってしまう危険性さえあります。村上春樹のムーディ、曖昧模糊とした小説はこうした不条理哲学の子供、ただしカミュの作品が持つ聡明さ、誠実さを欠いた子供といえます。

戦後、日本人はGHQによる洗脳工作(WGIP)や公職追放(注)などもあって、唯物主義、物質主義が優勢となりました。こうしたことに起因する現代日本の問題点が演劇という形式で真摯に表現されているという点で――それが意図されたわけではなかったのかもしれませんが――、「試着室」は興味深い作品でした。

(注)
わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まりました。20万人以上もの公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれます。

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2018年7月11日 (水)

椿山滋「今夜は鍋にしましょうよ」(民主文学 2018年8月号)を読んで

一昨日の記事で書いたことですが、椿山滋さんが『民主文学 2018年8月号』(日本民主主義文学会、2018年8月)を送ってくださいました。

本格的なプロレタリア系文芸同人誌で、神秘主義者のわたしが不用意に読んでいいのだろうかと思ってしまいましたが、文学作品はどこに発表されていようと、文学作品として読み、感想があれば書く、というスタンスですので、拝読しました。

前掲誌「支部誌・同人誌評」の冒頭で評者が「『民主文学』本誌に掲載されるのは民主文学的作品(この定義自体が曖昧なのだが)に限定されるという誤解があるが、掲載されるかどうかはジャンルではなく、社会と人間の真実にせまる、その作品の芸術的評価による」(136頁)という第25回全国研究集会での話を伝えておられ、このスタンスには共鳴するところです。

椿山さんの作品は「今夜は鍋にしましょうよ」です。以下に、掲載小説四篇の感想を掲載順に記します。連載小説については、のぞかせていただきました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

今後千寿子「柿」

小説では、アル中問題、農業の衰退、過疎、老人問題などが複合的に重なっている。それぞれの問題は関連し合っているようでもあり、そうでないようでもある。

例えば、農業の衰退によって過疎化が進み、老人問題を深刻化させることはあっても、アル中問題はまた別のところにある気がする。

これは私事になるが、政府の減反政策で米作りが振るわなくなり、家業を農業から肥育農家に転じた親戚があった。

儲かったそうだが、肥育農家が家風に合わなかったようで、伯父は牛供養に力を入れ、伯母は牛を市場に送り出すたびに泣いていた。牛市場の競争が激化する中、息子は公務員に、伯父夫婦は高齢となり、肥育農家を廃業した。

牛市場の競争の激化は、1991年(平成3年)4月の牛肉・オレンジの輸入自由化によるものだった。牛肉・オレンジの輸入自由化はアメリカの要求によるものであり、その原因を遡れば日本の敗戦にまで行き着いてしまう。

「柿」はリアリズムの手法で描かれていながら、歴史的な背景が欠落しており、読んでいて物足りなさを感じる。

青木資二「スタンダード」

安倍政権になってから道徳の教科書、授業に偏りが出てきたことを憂う、元小学校教員――退職して7年経過――が主人公。小学一年生になる孫が夢遊病(?)となり、そのことと学校教育が関係あるような、ないようなストーリー展開となっている。

35頁に「戦争法」と出てくる。ウィキペディア「戦時国際法」に「戦時国際法(せんじこくさいほう、英:Law of War)は、戦争状態においてもあらゆる軍事組織が遵守するべき義務を明文化した国際法であり、狭義には交戦法規を指す。戦争法、戦時法とも言う」(ウィキペディアの執筆者. “戦時国際法”. ウィキペディア日本語版. 2018-04-14. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E6%99%82%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%B3%95&oldid=68198605, (参照 2018-04-14).)とあるが、「平和安全法制」に批判的な人々は、それを戦争法と呼ぶようだから、小説の安倍政権に批判的な内容からすると、後者の意味だろう。

ただ、平和安全法制に肯定的な人々は同じ法律を戦争防止法と解釈しているわけで、小説は論文ではないが、もう少し中立的な視点も必要ではないかという気がする。尤も、授業参観後の懇談会を描き、様々な意見を紹介することで、バランスがとられているのかもしれない。

教育勅語も出てくる。教育勅語の内容を、わたしは安倍総理に絡んでそれが話題となるまで、全く知らなかった。知らない人のほうが多いのではないかと思う。

「教育勅語」「大東亜戦争 開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」「玉音放送」を歴史資料集にでも載せるべきではないか。

日本人として子どもたちには――当然大人にも――大日本帝国の教育方針がどのようなものであったのか、また大日本帝国が日本となるに至る決定的な瞬間に著された二つの文書の内容を知る権利があるのではないかと思う。

これらを知った上で、大日本帝国に暮らしていたわたしたちの祖先の生き方をどう思うかは、思想統制されていないはずの今の日本に生きる人間として自由であるはずだ。

戦前の教育への回帰を危機感と捉える人物を主人公とするのであれば、そうは捉えない人々にも説得力を持つだけのストーリー展開と描写力が要求されるだろう。子どもの夢遊病と担任教師の道徳教育に対する逡巡だけでは、弱い気がする。

ところで、小説では子ども――主人公の孫――の夜中の異常行動が夢遊病(睡眠時遊行症)とは書かれていない。

わたしが夢遊病ではないかと思ったのは、自身の体験からそう思っただけのことである。小説の中の子どものように、それが起きたと聞かされたのは小学校一年生のときで、2回だったか3回だったか忘れてしまったが、それくらいの回数で治まった。

わたしは極度に過敏な子どもだった。その原因としては、両親の都合で子守さんの手を転々としたり、親戚に預けられたりして、常に興奮状態にあったためではないかと思う。

子守さんが不要となり、一人きりの静かな時間が持てるようになって、児童文学全集を次々に読むようになってからは精神的に安定した。文学様様なのだ。文学こそがわたしの真の母といえるくらいである。

「明治神宮」のオフィシャルサイトより、教育勅語の口語文訳を転写しておく。
http://meijijingu.or.jp/about/3-4.html
<ここから引用>
【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~
<ここまで引用>

サイト「日本に生まれた若い人たちへ」で、「大東亜戦争 開戦の詔勅  (米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」「玉音放送」が紹介されている。わたしはこのようなものであったのかとの感慨を覚えた。受ける印象は人それぞれだろう。

椿山滋「今夜は鍋にしましょうよ」

若年性アルツハイマー型認知症と診断された女性が主人公。病気に怯える主人公の日常生活が主人公の意識に沿って描かれ、「恋待ち商店街」の人々との温かみのある親交がホームドラマのような趣で描かれる。

完成された文体と工夫されたストーリー展開に手練れと感じさせられるが、何作も読むと、パターン化されているようで、ちょっと飽きがくる。登場人物は、あえてそう造形されているのか、個性がない。特に、一緒に暮らしている夫や電話をかけてくる娘は平板な描き方で、遠景のようだ。

主人公の症状にしても、若年性アルツハイマー型認知症とはこのようなものだろうという、一通りの情報をもとに描かれているように感じられてしまうのだ(実際にはどうであれ)。医者の言葉なり、医学書の解説なりを使った、専門的な知識が読者にもたらされれば、主人公の症状が説得力を帯びてくるかもしれない。

小説の終わりの方で、「生きているかぎり、人間に賞味期限などあってはならないのだ」という主人公の胸のうちの言葉が出てくる。施設に入れられることを恐れる主人公にとって、賞味期限の切れた人間の送られるところが施設というイメージなのだろうか。

より突っ込んだ読み方をすれば、商店街でのぬるま湯のような親交、雑事の積み重ねであるにすぎない日常生活は賽の河原での石積みのようであり、人間は運命に翻弄されるだけの存在と印象づけられる。

椿山さんの小説には救いがない。登場人物がありきたりで魅力に乏しいことが、その救いのなさを助長する。その救いのなさこそがおそらくは作者の思想で、危険性を孕む微温的な日常生活を描き続ける椿山さんの作品には、哲学的ペシミズムが通奏低音として流れている。

増田竹雄「二年目の春」

印象的な作品だった。プロレタリア文学というジャンルを思い出させてくれる小説で、1965年ごろの国鉄を時代背景として、そこを職場とする一プロレタリアの生き方(活動)を克明に描こうとする一途さが感じられる。

冒頭の投身事故が衝撃的である。後始末をする主人公の様子が淡々と描かれる。

主人公の野原進は国労内の反主流派で、統一戦線を掲げ政党支持自由を方針にしている1947年発足の「革同会議」の有志グループに所属していた。しかし、野原は職場の同期だった共産党員――斎藤の頼みを受け入れ、1964年四・一七スト中止のビラを撒く。その目的は、親米的な組合幹部がアメリカ帝国主義の企む挑発ストに乗るのを阻止することだった。

国労本部の方針に反した野原の行動は問題となるが、彼の教宣活動を好意的に捉える組合員が増え始めており、彼ら120人が所属する大分会の組合員が野原を統制処分から守ってくれる。

こうした事件がきっかけとなり、斎藤の勧めもあって、野原は共産党に入党し、三人でつくる「細胞」の一人として活動を始める。1965年の春闘四・三〇ストの成功がクライマックスだろう。

ストが進行するなかで、管理の隙をかい潜るように、動力車労働組合に巣食う革マル派集団がバケツに白ペンキと刷毛を手にして旅客車両に「国鉄解体・国鉄粉砕・動労革マル」と殴り書きする姿が読者の目にも異様に映る。管理者は彼らの動向を野放しで泳がせているようだ。

国鉄ストがどのように行われていたかが克明に描かれており、歴史的、史料的価値のある作品といえるのではないだろうか。

野原の活動は、輸送の安全と労働者の生活の改善だけを純粋に目的としたものではなく、マルクス理論の実践という側面を持つ。

マルクス主義は絶対的なものという前提がこの小説にはあるようだが、一般読者の一人として、そこに疑問を持つのである。マルクス主義が絶対的なものとして語られるには、小説として、マルクス主義がどのようなものであるかの丁寧な説明が必要だ。

小説が背景とする時代から時が流れた現代では、最も帝国主義的な国家はアメリカより中国であるようにわたしなどの感覚では思われるのだが、小説の主人公野原は現在どのような活動をしているのだろう。続編を書いてほしいものである。

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2018年6月25日 (月)

H.P.ブラヴァツキー(忠源訳)『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』(竜王文庫、2018)を読んで

アマゾンに書き込んだ拙レビューを転載します。

 シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書)
 H.P.ブラヴァツキー (著), 忠 源 (翻訳)
 出版社: 竜王文庫 (2018/1/1)
 ISBN-10: 4897416205
 ISBN-13: 978-4897416205

シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書)

霊(モナド)・魂(知性)・肉の三つの面から総合的に捉えられた人類発生論
★★★★★

まだ読み込んだとはいえませんが、この著作が貴重な、またこの上なく面白いものであることには間違いないと思われますので、おすすめです。

ブラヴァツキーの著作を読むと、人類の知的遺産の薫りがして、作品の中に破壊されたアレクサンドリア図書館までもがまるごと存在しているかのような感動を覚えずにはいられません。

肉体的、物質的な面に限定された観点からではない、霊(モナド)・魂(知性)・肉――七本質――の三つの面から総合的に捉えられた人類発生論ですから、宇宙発生論同様、この『第2巻 第1部人類発生論』の内容も深遠です。

『シークレット・ドクトリン』がブラヴァツキーの渾身の執筆作業を通じて、大師がたの監修のもとに人類に贈られた科学、宗教、哲学を統合する一大著作であるとすれば、それは現人類にとって、自分を知るための最高の教科書であるはずで、その記述が深遠、難解であるのも当然のことでしょう。

宇宙発生論を復習すると、目に見える惑星には自分を含めて七つの仲間球があり、一つの惑星チェーンを構成します(四番目のものが最も濃密、目に見える実体のある球体です)。惑星上の生命の源モナドはその七つの球体をまわり――一環(ラウンド)といいます――、七回まわります(七環あります)。

わたしたちは第四環の第四球体である物質地球(D球)上に存在しており、第5〈根本〉人種期にあります。第6、第7と続きます。

「人間は――動物の姿をした神だが――〈物質的自然界〉の進化だけによる結果であり得るのか?」(106頁)というテーマが壮大な宇宙と地球的ドラマを見せながら展開される中でも、月と地球の関係など、本当に神秘的な記述でありながら、なるほどと納得させられるだけの根拠が感じられます。

月から来たモナドである月ピトリ達(月の主方)のアストラル的な影(チャーヤー)であり、自生であった第1人種。滲出生であった第2人種。卵生、二重性(雌雄同体)であった第3人種。その終わりに、性の分離が起きます。

人間の性の分離後における半神的な人間の最初の子孫がアトランティス人で、このアトランティスの巨人達が第4人種でした。

レムリア、アトランティスに関する記述は圧巻です。古代の宗教・哲学、神話、寓話、伝説、伝承がかくもダイナミックに甦るとは。

わたしは昔、学研から出ていたオカルト情報誌「ムー」でアトランティス伝説を知り、その後アトランティスについて書かれたプラトンの未完の作品『クリティアス』を読みました。この度、美しい、わかりやすい日本語で、ブラヴァツキーの筆が醸し出す精緻、荘重な雰囲気を味わいながらアトランティスに関することを読める幸福感はまた一入でした。

プラトンは、アトランティスに関することをファンタジーとして書いたわけではありませんでした。新プラトン学派とも呼ばれた古代神智学徒の流れを汲む近代神智学徒ブラヴァツキーにアトランティスに関する記述があったとしても、不思議なことではありません。

初めてこの本を開いたのは、2017年のクリスマスでした。クリスマスに、旧約聖書に登場するノアがアトランティス人として語られるくだりを読むのは、格別の面白さに感じられたものです。

「訳者 あとがき」で『シークレット・ドクトリンの第1巻 宇宙発生論』を平成元年に上梓された第二代竜王文庫社長で綜合ヨガ竜王会第二代会長、神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長でもあった田中恵美子先生による訳者はしがきが紹介されており、その中で『シークレット・ドクトリン』の構成について、次のような説明がなされています。

<ここから引用>
『シークレット・ドクトリン』の原典の第一巻は第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈、第2部「シンボリズム」、第3部「補遺」となっています。又、二巻は第1部「人類発生論」スタンザと註釈、第2部「世界の宗教とシンボリズム」、第3部「補遺」となっています。
<ここまで引用>

第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈に関しては、以下の邦訳版をアマゾンで購入できます。

    シークレット・ドクトリン 宇宙発生論《上》
    H・P・ブラヴァツキー (著),‎ 田中恵美子 (翻訳),‎ ジェフ・クラーク (翻訳)
    出版社: 宇宙パブリッシング; 第1版 (2013/4/15)
    ISBN-10: 4907255004
    ISBN-13: 978-4907255008

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2018年5月12日 (土)

「三田文學」(第24回三田文学新人賞)から新星あらわる

関根謙 編集人、吉増剛造 発行人「三田文學」(第97巻 第133号 春季号、2018.5)誌上で、第24回三田文學新人賞が発表になり、受賞作と選評が掲載されている。

三田文學を定期購読してきたのだが、ここ数年は積読になっていた。この号も積読の中に入れるつもりで、新人賞の応募要項だけ確認しようとして開くと、第24回三田文學新人賞とある頁が目に入った。

受賞作は、佐藤述人「ツキヒツジの夜になる」。村上春樹の影響を受けた小説だろうと思い、雑誌を閉じようとしたところ、ふとその頁が光を宿しているかのように美しく見えた。

それが気のせいかどうかを確認するために、読み始めた。

以前から、商業誌、同人誌いずれにしても、目につく純文学小説は大抵、プロレタリア系私小説の流れにあるものか、同じ左派系土壌から生まれた妄想ファンタジー系主観小説の流れにあるものかのどちらかだった。

前者は日本語の使いかたは概ね正しく、安心して読めるという利点はあるが、辛気臭くて退屈なこと、この上ない。どこからともなく黴臭がしてくるほど。後者はしばらくは楽しませて貰えても、所詮は表面的な遊戯にすぎないと感じられて退屈になる。どちらを読んでも、モチベーションが低下する原因の一つになるだけなのだ。

この小説は後者だろうか、無駄な読書をする時間はないけれど……と思いつつ、読んでいった。

以下、ネタバレありです。ご注意ください。

主人公武一のいる室内の描写が丹念に続けられる中で、彼に生き物の声が聞こえてくる。

わたしは「露わになったTシャツ一枚の背」という表現に引っかかった。露わとはむき出しのことで、一枚とはいえ着ているものがあるのだから、余計だ。「耳に血液を集中させる」という表現も妙ではないだろうか。注意を集中させることはできても、血液を意図的に集中させるのは難しい気がする。注意を集中した結果、生理学的にそのような現象が起きるにせよ。

正体のわからない生き物の声に誘われて主人公が外へ出ると、斜め向かいの女性住人が先に生き物の声に誘われて出てきていた。倉庫の下に生き物はいて、これまでは挨拶を交わす程度だった女性がそれはツキヒツジだと教えてくれる。

それだけのことで家に戻った武一は、両親のことや図書館から借りっぱなしの本のことを考えているうちに眠る。早朝に目覚めたあと、午前9時まで旧約聖書のルツ記を読む。それだけのことで、場面は移る。

これは春樹とは違うぞ、とわたしは考え出した。春樹であれば、女性をそのまま帰すわけはないし(センスのよい女性であることを印象づける、何らかの記述のあることが多い)、旧約聖書など出すなら、それを利用した気の利いたセリフを吐くはずだ。

武一は牛丼屋と古本屋にいったあと帰宅し、またベッドに座って21歳のときに再会し、去年死んだ同級生寛史のことを回想する。武一はそのとき、芸術哲学を学ぶ美大の学生だった。同級生は国立大の学生。

友人というほどの関係はなかったが、自己主張の強い武一とは対照的に、思慮深そうな寛史の顔つきは記憶に刻まれていた。

待ち合わせて再会したときの寛史に関する描写は簡潔で美しい。

彼の横顔は変わっていなかった。短かった髪を今は伸ばしており、前髪は二方向に分かれ、細いフレームの眼鏡をかけ、顔の無駄な肉がなくなっていた。だから正面の印象は随分違っていた。けれども、横顔はあのままだった。…(24頁)

大学4年生で起業した寛史は世間で有名になるが、去年の夏、自殺した。

寛史を知っている同級生4人が彼を偲ぶために集まる。そこでヒツジニンゲンの話が出る。再会したとき、寛史がヒツジニンゲンの話をしたことを武一は思い出す。小さい頃に見たと寛史は言った。

寛史のために集まった同級生の男女の中で、退職して実家にいる武一は浮いた存在となる。

彼らはきっと寛史の横顔を覚えていない。有名な学生企業家の知りあいだったことや友人を失った痛みを経験したことを自分のステータスに刻みたいだけだ。でも、武一は彼らにみじめな微笑みを向けることしかできない。彼らが仕事帰りだということを考える今の武一が何を言っても中学生のころの選挙権がないのに選挙を語るおさない言葉と変わらない。できることが少なすぎる。社会の端でなんとか生かされている。そしてこれからも生かされていくのだろう。これからもずっとみじめな微笑みしかできないのだろう。…(30頁)

わたしは読みながら、段々と自分がこの小説を書いたような気がしてきていた。そこまで共感していたのだ。冷静に自己を見つめる武一。

両親は、仕事をやめた武一に休養の期間もたまには必要だからしばらく実家にいなさいと言ってくれた。そのことに感謝しながらも武一は、両親はどうやって武一を追い出そうかと会議しているに違いないなどと考える。「会議」の言葉が、みじめさの中にもユーモラスな雰囲気を演出している。

慰めや勇気づけを音楽に求める人間はわたしを含めて多いと思うが、作者が次に書くようなことを意識化できる者がどれだけいるだろうか。既にわたしは作者の観察眼と分析力に非凡なものを感じていたが、この箇所で確信した。新星あらわると。

音楽を耳に流し込む。音楽はいつも体の周りを温めて、しかしやっぱりどこか深くへは来てくれない。音楽は魔法ではないのだ。そんなことはわかっているだろう。わかっているだろう? 寒い。夜の音はもう聞こえない。代わりに音楽が流れているのだ。イヤホンの外にある夜の音は感じることができない。もしかしたらそれが奥まで来てくれるはずのものなのかもしれない。…(33頁)

作者の言葉は何て静かに、リリカルに、そしてまた力強く訴えかけてくることだろう。これこそ、文学だ。文学の力である。

武一の観察と分析は研ぎ澄まされて、身の回りにあるもの全てが、夜でさえもが、誰かが作ったものだと思えてくる。聖書に手を伸ばそうとして、あれ? と武一は思う。

なぜページがあるのだろう。聖書もだれかが製本したのだ。なるほど、と声に出している。大量の聖書が製本されていく工場を想像している。だとすれば、武一にはこの本を開く権利もない。言葉にふれる権利はあるだろう。あると信じている。…(34頁)

このくだりは、もはや思想である。哲学だ。箴言のような、詩のような文章。静かな、毅然とした言葉。まるで耳に響いてくるようだ。わたしは涙していた。すばらしい書き手があらわれた。ついに、あらわれた。

すべてが参加に裏付けされている中で、自分にはそれに参加する――それを享受する――資格がないと武一は思う。それを確認するときの畳みかけるような言葉の連続が美しい。

演劇を見ることで参加する側の一員になろうとして、富山の劇場に出かけた武一は、そこでも参加できない自分を発見し、テーマを深めることになるが、どうやら答えは出ない。

小説が終わりに向かう中、武一は塀に蔦のように這ったコードに額の毛の白い金色の小さな生き物の死体がぶら下がっているのを見る。彼は、その死んだ生き物――おそらくはツキヒツジ――を入れたと思われる紙袋を穴に入れ、燃やす儀式を行う。

その行動をとる前に、斜め向かいの女性住人と会話を交わす場面が出てくる。その女性がわたしにはなぜか、統合失調症と闘い続けて亡くなった「詩人」と呼んだ女友達に思えて仕方がなかった。

女性住人は、計算されていなければ出て来ない雰囲気を持っている。だが、わたしにはツキヒツジの意味も、その女性が登場した意味もわからなかった。

出ない答えを出そうとする作者の焦りが、ツキヒツジという存在の曖昧さに出ているとも思える。この案が充分に練れているとは思えないが、ファンタスティックな生き物と飄々とした女性はこの作品に合う。

儀式のあと、図書館の本が入ったもう一つの紙袋を持ち上げて、武一が公園から出ていくところで作品は終わっている。

武一が参加にこだわるのは、その時期が来ているにも拘わらず、社会参加ができていないからである。参加するには違和感のある社会なのだ。人間は社会的な生き物であると、改めて思わずにはいられない。

もう還暦を迎えたというのに、ここ数年この主人公のような意識をわたしは強めてきたので、共感も一入だった。そして、読んだ後で、武一を作ったのは誰なのかと考えさせられた。神秘主義的深みのある、哲学的な小説に出合えた喜び。

創作に入るには、最低限、借り物でない作者自身の発見がなければならず、芸術の一分野としての文学行為であるためには真善美への焦がれるような憧れがなければならないとわたしは考えてきた。

この小説はこれらを満たしているように思われた。めったにないことである。技法的な問題は、創作を重ねることで解決していくだろう。

本物の才能が現れましたよ、三枝先生。日本文学は大丈夫です。この才能には土壌があるはずで、それを誕生させた優れた人々が周りにはいるはずです。作品がそう明かしているではありませんか――わたしは亡き三枝和子先生に語りかけていた。

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