カテゴリー「書籍・雑誌」の553件の記事

2017年3月25日 (土)

国会を空転させた民進党の大スキャンダル

「国家公安委員長や旧民主党副代表などを務めた岡崎トミ子氏が3月19日、仙台市内の病院で肝機能障害のため亡くなった。73歳だった」

ここまでは現実の話で、ここからは夢の話。小型プロペラ機の運転席に岡崎トミ子氏が座り、操縦している。後ろの座席には民進党の議員たちが座っている。小型プロペラ機は激しく揺れながら危なげに低空飛行している。

一昨日見た夢だったのだが、印象的だったので、つい書いてしまった。

ところで、安倍昭恵夫人と籠池夫人のメールの遣り取りの全文が公開され、大騒ぎになっている。

わたしは昨日の国会中継(参議院予算委員会)における西田昌司議員の質疑の中で、断片的にそのメールの内容を知り、次いで、省略があちこちにあるメールをネットニュースで閲覧した。

今日になって全文を閲覧し、驚いた。辻元議員の名が出てきたことにまず驚いたのだが、その行動が凄い。

「民進」「共産」「社民」「自由」の野党4党は、安倍首相と稲田防衛大臣をターゲットにして森友学園問題と日報問題(南スーダンの国連平和維持活動――PKO――に派遣されている陸上自衛隊の日報問題)を作り上げ、同じような質疑を繰り返して国会を空転させてきた。

国会中継を視聴していれば、安倍首相、稲田防衛大臣の答弁には不自然なところがないにも拘わらず、野党4党は断片的な文章や場面を強調して印象操作しながら、局所的な質疑を高飛車に、執拗に行う。

マスコミがそれを大袈裟に採り上げて、あたかも安倍首相と稲田防衛大臣に非があるかのような偏向報道を行ってきたのだ。

それまでの野党4党の動向から、彼らの目的が共謀罪(テロ等準備罪)の成立を阻止することにあったことは明らかだったので、わたしは一国民、一視聴者として我慢の限界に達していた。

そうしたところへ、この大スキャンダルである。

非があった場合、まさか与党ばかりが責任を問われて野党は何のお咎めもなし、というわけにはいくまい。

民進党は、蓮防代表の二重国籍疑惑も払拭していない。

中国、北朝鮮の脅威、そして韓国の混乱が伝えられる中、昨日の国会で国防問題を採り上げていたのは――わたしが視聴できた時間では――日本維新の会の儀間光男議員くらいだった。

儀間議員「わが国の安全保障の環境がひじょうに厳しくなってます。日本海や東シナ海、まさに天気晴朗なれども波高しでありまして、今や、この両海域は大変な緊迫状態にあるわけであります。まず、中国の動向を見ていると、尖閣諸島の実行支配へいよいよ布石を着々と打っているように見えてならないんです。現在の尖閣諸島警備に不安を、地域住民として覚えるわけであります。(……)

中国の公船の数なんか見ておりますと、2012年には1千トンクラスの艦船が約40隻だったんですね。それが現在は120隻といわれているんですが、2019年までには135隻建造すると、そして就航させるという情報があるんです。

一方、わが国は全管区で120隻はあるんですが、総排出量が桁違いに違うんです。遥かに向こうが大きいということですので、対応能力が全然違うんです。従って、もし仮に中国が尖閣を実効支配、つまり上陸したとなるとですね、これはもう戦争しか奪還にはないんですから、こういうことに至らないように、外交努力を相当にしないとですね、ここはひじょうに危険地域である。(……)

言って聞くような国じゃないんですよね。尺度が違いまして。だから、相当の並み大抵の努力をしないというと、実効支配してから聞く耳を持つというような、南沙島辺りで見れば、そういうような状況ですから、それは生易しいものじゃないですよ、相当日米同盟を強化してやっていく必要がわたしはあるであろうと思えてなりません。(……)」


以下は森友学園関連の記事へのリンクである。

日刊スポーツ2017年3月24日22時4分
安倍昭恵首相夫人と籠池氏妻のメール全文/一覧
http://www.nikkansports.com/general/news/1797239.html

小坪しんや
【拡散】辻元清美のスパイ工作が、籠池夫人のメール内容で暴露か?【許せないと思ったらシェア】
https://samurai20.jp/2017/03/decision-2/

安倍夫人の潔白を西田議員が国会で証明したときの動画がYouTubeにアップされていたので、以下に貼りつけておく。このような証明がなされたにも拘らず、野党議員はそれがなかったかのような質疑を続けた。


共謀罪を知るには、以下の本がおすすめ。

余命三年時事日記―共謀罪と日韓断交
余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2017/3/15)

当ブログにおける関連記事:

2017年3月21日 (火)
ようやく「テロ等準備罪」が閣議決定
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/03/post-6c98.html

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2017年3月 3日 (金)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ③入定とイデアの意味不明なハルキ的関係

このノートを書く前に再びアマゾンレビューを閲覧した。レビュー数が増えているぶん、批判的なレビューも増えていた。

批判的なレビュアーの中には、ハルキストと呼ばれていた人々も結構含まれている気がする。ハルキバッシングに発展する可能性すらあると思えた。

村上春樹がファンの一部から見放された原因は何だろう?

まだ第一巻を読んでいる途中なのだが、全体をざっと確認したところでは、かつてのムーディなところ、お洒落な趣向、リリシズムなどがそれほど感じられず、よく出てくる性描写にしても乾いた、即物性な印象を受け、どうしたのだろうと思ってしまったほどだ。

南京事件の採り上げかたにしても、ノモンハン事件を作品に採り上げたときのような、相変わらずの無造作さで、この御時世にこれではさすがに日本では左派、反日勢力以外の一般人には受け容れ難いものがあるだろう。

ネット検索中に閲覧した記事で、どなたかが村上春樹は中共のハニートラップにやられたのではないかとお書きになっていて、なるほどと思ってしまった。

すぐに寝て、どこへともなく姿を消す女たちの行動を女性諜報員たちのハニトラと思えば、納得がいく。さすがに一般人も騙されなくなってきた中共の工作を真実と疑わないところからも、そう空想させてしまうところがある。

女性たちの娼婦めいた描きかたは初期の作品から一貫したものではあった。それでも、例えば、『ノルウェイの森』では直子、緑、レイコといった主要な登場人物となっている女性たちにはきちんとした肉づけがなされ、描写は繊細であり、筆力にみずみずしさを感じさせるものがあった。

それがこの作品では、意図的なのかどうか、味も素っ気もない描きかたで、女性たちの魅力のなさという点では、わたしが読んだ中では一番といえるかもしれない。読んでいる途中なので、早計な判断かもしれないが。

しかし、作品をざっと見て、わたしがあっと驚いたのは「入定」が出てくる箇所だった。

萬子媛の入定を知った今のわたしにはあの描きかたは知識不足にとどまらない冒涜に思えたが、唯物論の信奉者の理解ではあれが限界なのだろうか、と勉強になった気がする。

イデアも出てきて、プラトンのイデア論をいくらか参考にしている風でもある。

ところが、プラトンでは永遠の真実在であるイデアが春樹の作品の中では、入定を試みた結果、失敗してお化けになった――とは書かれていないが、あの状態からすると、神秘主義的にはそうである――人物が絵の中の人物を借りて現われ、「あたしは霊であらない。あたしはただのイデアだ。」(村上春樹『騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編』新潮社、2017、352頁)とホザくのである。

この記事は書きかけです。

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2017年3月 1日 (水)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ②気になった百田尚樹氏のツイート

村上春樹の新刊『騎士団長殺し』に関する百田尚樹氏の以下のツイートが話題になっているようだ。

百田尚樹
2017.2.24
https://twitter.com/hyakutanaoki/status/835382251378503680
村上春樹氏の新刊『騎士団長殺し』の中に、「日本軍は南京で大虐殺をした」という文章があるらしい。これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。
中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかもしれない。

百田氏のツイートを閲覧する前の2月23日木曜日、NHK『クローズアップ現代+』は「新作速報!村上春樹フィーバーに迫る」というタイトルで村上春樹の新作を紹介し、ファンだけでなく、春樹の作品に批判的なアンチにも光を当てていた。

といっても、番組に登場したアンチはわたしにはファンと区別がつかなかった。さらに、キャスターが村上春樹のことを「唯一無二の存在」とまで表現していて、驚かされた。

書店勤務の娘に春樹の本が売れているかどうか尋ねると、売れているという。

百田氏のツイートが気になり、検索してみたところ、百田氏同様に春樹の作品の「南京大虐殺」に憤っているブログ記事やレビューが出てきた。

しかし、作品のどこにどう書かれているのかがわからなかった。きちんとした評論にはなかなか出合えない。

どんな内容なのか、確認しておきたい気持ちに駆られたが、図書館から借りるとしたら当分先になるだろうと思った。

左派は日本の文学界を握るために純文学作家潰しをやった(「純文学なんてない」キャンペーン、村上春樹キャンペーン)――と過去記事でわたしは書いた。

左派のための御用評論家しかいなくなった文学界には、村上春樹をまともに論じられる評論家がいなくなった。

言論が自由なはずのこの日本で、なぜか抵抗作家を続けてきたわたしなどが問題意識に駆られてブログや電子書籍で世に訴えようとしたところで、所詮は無力感に覆われるだけなのだが、自国の作家の問題点を海外の評論家にしか指摘できなくなったとき、そのときこそ日本文学は終焉を迎えるのだとわたしは考えている。

そして、本来、芸術としての文学――それをわたしは純文学と呼んでいる――にはアマもプロも関係がないと思っている。

だから、世に出られない物書きでありながら、文学について考察を続けてきて、過日も無理して恩田陸『蜜蜂と遠雷』を購入したのだった。感想メモを評論に仕上げないうちにまた、この事態だ。

夫の定年後、本はなるべく図書館から借りるようにしてきたわたしは、春樹の新作にまで手が届きそうになかった。

折しも、2台あるエアコンのうち1台が壊れた。11年使っているものなので、そろそろ寿命かもしれないとは思っていた。買い替えるとなると、家計に打撃である。延長した10年の保証は切れている。

「運よく修理できたら、ハルキを買おうかなあ。エアコンを買うのに比べたら、それくらいの贅沢、してもいいよね?」と家族にいうと、「買えば?」と返事が返ってきた。

幸い、ギアの取り替えで済むという。ギアは15,000円かかるらしい。それに出張費を加えると、20,000円超えるはずだ。

それが、負けてくださいとお願いしたわけでもないのに、「お安くしておきます」といって、何と10,000円にしてくれたのだ。これはもう、本を買って評論を書かなければバチが当たると思い、購入した。

「南京大虐殺」については確認しなくてはならないが、もしかしたら、春樹の新作に文学的成熟が見られるかもしれないし、わたしには考えにくいこととはいえ、感動させられる可能性だってある……と思う。

とはいえ、萬子媛の小説に入りたいので、きちんとした評論を書くだけの時間がない。とりあえず、ざっと書いておくことになりそうだ。

参考のためにアマゾンなどのレビューを閲覧すると、やはり「南京大虐殺」について書かれたレビューがいくつかあった。これまでになく、冷ややかなレビューが目につき、驚いた。

以下の過去記事を書いたころ、春樹作品の左派的要素に触れた評論やレビューはあまり見かけず、こうした記事を書くにも勇気が要った。4年経ち、変われば変わるものである。

以下は、アマゾンのキンドルストアで販売中の村上春樹を論じた拙電子書籍。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

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2017年2月24日 (金)

村上春樹『騎士団長殺し』を読む ①ひ、美しいプラトン用語が第1部のタイトルに!

村上春樹の新作が新潮社から出た。『騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』『騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編』である。

読んでいないのだが、ショックを受けた。

プラトン哲学の中心概念として、あまりにも有名なイデア。それが第一部のタイトルに使われていたから。

以下はウィキペディア「イデア」より。

まず、ギリシア語の語彙体系について若干説明しておくと、ギリシア語では、見るideo系統の用語としては、ideinとeidoがあった。eido の過去形 eidon に由来する「eidos エイドス」という言葉のほうは「形」とか「図形」という意味でごく普通に用いられる言葉であった。
プラトンにおいては、エイドスとイデアは使い分けられており、イデアに特殊な意味が与えられた。

ウィキペディアの執筆者. “イデア”. ウィキペディア日本語版. 2015-12-07. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A2&oldid=57806205, (参照 2015-12-07).

イデア論は、プラトン中期の著作『パイドーン』で初登場し、『パイドロス』に至るまで積極的に展開され、それ以降は変遷していく。

『パイドーン』では、魂の不死性の証明が試みられている。想起説が証明に用いられ、その想起説の前提として語られるのがイデア論なのだ。

何度読んでも、『パイドーン』の中で語られる、あの世の壮麗な描写には感動させられる。プラトンの作品は読みやすいので、騙されたと思って、読んでみてほしい。『パイドーン』『パイドロス』については、以下の過去記事の、ブラヴァツキーの著作に関するメモの中で若干触れている。

村上春樹がイデアという言葉をどのように使ったのかは知らない。

彼の濁りを感じさせる過去の小説と、明るく清浄なプラトンの『パイドーン』とは似ても似つかず、村上春樹はいつものようにお気に入りの言葉を軽薄な気持ちでムード的に使ったのだろうと想像せざるをえない。

過去記事でも書いたように、創作作業を通して、プラトンのイデア論がわたしには実感としてわかる気がする。プラトンのイデア論は、インスピレーションが訪れたときに、ひじょうにリアルに感じられるのだ。

信じてはいただけないだろうが、これも過去記事で書いたように、わたしには物心ついたころから前世に関するわずかばかりの記憶と、また、あの世の光や空気がどんなものであったかの記憶があった(これは当然、一回ごとに新しくなる肉体の脳の記憶とは考えられないため、霊的な記憶と考えている)。

『パイドーン』で、あの世の光景が描写されているのを読むと、郷愁を抑えることができない。

村上春樹の過去の作品からは、高級世界という意味でのあの世に関する概念を彼が持たないことが察せられる。彼の作品で描かれるのはこの世、及びカーマ・ローカの領域のことに限定されているように思われるのだ。

神智学用語ともなっているサンスクリット語カーマ・ローカは、主観的で見えない半物質的世界をいい、古代ギリシア人のハデス、エジプト人のアメンティに相当する沈黙の影の国のことである。

村上春樹の小説の享楽的、催眠的で怪しげな魅力はそこから来ているように思われ、若い人にはあまりすすめたくないタイプの娯楽小説だとわたしには思えてしまう。

村上春樹のこうした限定的な世界観は、彼が唯物論的世界観しか持ちえていないことを意味しており、それはおそらく彼が左派であることと無関係ではない。

村上春樹『騎士団長殺し』をそのうち読んで感想を書きたいのだが、図書館で借りるか、文庫本になるのを待つことになるだろう。以下は、アマゾンのキンドルストアで販売中の村上春樹を論じた拙電子書籍。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

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2017年2月21日 (火)

夫の祖父の働きぶりが窺える市史 ①カラーが異なる2人の祖父

本日はわたしの誕生日で、恐ろしいことに59歳になった。

しかし、嬉しいことに、注文した『伊万里市史 現代篇Ⅰ』(伊万里市史編さん委員会、平成18)3冊と、無償頒布していただけるという『肥前鹿島円福山普明寺禅寺誌』(佐賀大学地域学歴史文化研究センター、平成28)が届いた。

どちらも図書館から借りてみて、ぜひ購入したいと思った書籍で、『肥前鹿島円福山普明寺禅寺誌』は萬子媛の小説の貴重な資料となりそうだ。『肥前鹿島円福山普明寺禅寺誌』については別の記事にする。

『伊万里市史 現代篇Ⅰ』からは、夫の母方の祖父Iが佐賀県の当時は町だった伊万里で町長をしていたころのことが窺えるので、これは家宝とすべきものだと思い(そちらの家系は絶えそうだということなので、尚更)、義母と息子にも送ろうと思い、3冊注文していたのだった。

佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社を創建した萬子媛のことを小説にしたいと考え、あれこれ調べていたところ、思わぬところからわたしの母方の祖母の祖先に関する情報を得た。

父方の祖先に関しては、本家がしっかりしているので、かなりのことがわかりそうな気がするが、ご無沙汰していながらいきなり祖先の話はしにくいので、こちらは保留中である。

夫の祖先のことも知りたいと思っていた。夫の父方の祖父は唐津出身で、確実な話ではないが、祖先は松浦水軍(松浦党)だったという。過去記事で書いたように、長年かかってようやく成仏してくれたのは、この祖父――わたしからすれば義祖父――Zであった。

Zは百姓が嫌で、子供たちを置いて旅芸人になり、座長を務めた。子供たちは出て行った父を恨み、自分たちで頑張らなければと結束したという。Zは劇団員の一人で髪結いであった女性と再婚した(前妻とは死別)。この女性が夫の父方の祖母であり、その子が夫の父である。

ZとI というカラーの異なる夫の2人の祖父がどうやって知り合ったのか、夫は知らないそうだが、後にZはIから、旅館の経営を任された。

Zは、前妻との間に3人の子供を儲けている。そのうちの1人は戦死し、1人は父が棄てたも同然の農家を立派に継いだ。もう1人は町議会議員になった。

夫の母方の祖父Iは、伊万里市が伊万里町だったころに町長を務めた。その後、昭和29年(1954)に2町7村合併により、伊万里市が発足。

選挙運動が大変だったということは義母から、またIが町長を辞めたあとに消防長を務めていたことは夫から聞いていたが、その程度のことしかわからなかった。

Iは養子だった。養子に行った先が旅館を3軒所有し、企業の役員なども務めていたらしい資産家で、夫の母方の祖母となるIの結婚相手は神戸の貿易商の娘である。

「ねえ、ねえ。もしかしたら、おじいさんは関西あたりの名のある人物の落胤だったんじゃないの?」とわたし。
「うーん、どうだろうねえ。自分のことは一切話さない人だったからなあ。若いころに『青島の戦い』に行って飛行機に乗ったというのも、人から聞いた話だよ」

『青島の戦い』とは第一次世界大戦中の戦闘であるが、どんなものだったかをウィキペディアで閲覧すると、第二次世界大戦とは全く様相が異なる。この時代に投入されたモーリス・ファルマン式水上機の写真など見ると、「わあ、おじいさんがこれに乗ったの~?」と驚かされる。⇒ウィキペディア「青島の戦い」

昨日が市議会議員選挙の日だったこともあって、夫との間で、町長をしていた夫の祖父Iの話になった。

「どんな町長さんだったの? どんな時代に町長をしていたの?」とわたし。さあ、と夫。

夫はおじいちゃん子だったが、なついていたのは祖父Z。祖父Iは怖かったそうで、あまりなついていたという感じではない。しかし、怖いというのは厳格という意味らしく、夫は祖父Iをとても尊敬しており、夫にとって祖父Iに関することは一種の聖域といってよいくらいだとわたしは感じていた。

残っている写真はとても立派だ。毅然とした表情だが、柔和な感じも混じっていて、魅力がある。胸には勲章がいっぱい。

伊万里の歴史を扱った書籍に祖父Iのことがあるのではないかとわたしは考えた。

伊万里市のホームページの《刊行物》に『伊万里市史』の案内が出ていた。

約10年の歳月をかけて、平成18年度末に本編12巻、副読本1冊の発刊を完了」したそうで、各巻のタイトルは次のようになっている。

1.『陶磁器編 古伊万里』
2.『陶磁器編 古唐津・鍋島』
3.『自然・地理編』
4.『教育・人物編』
5.『民俗・生活・宗教編』
6.『建築編』
7.『映像編』(全市編・地域編)
8.『原始・古代・中世編 』
9.『近世・近代編』
10.『現代編 I 』
11.『現代編 II 』
12.『資料編』
13.副読本『絵図・地図に見る伊万里』

『原始・古代・中世編』には松浦党のことが書かれているようだし、『現代編 I 』には伊万里町が市になるころのことが書かれているようなので、一気に夫の2人の祖父のことがわかると思い、図書館から借りることにした。『陶磁器編 古唐津・鍋島』 も借りた。

想像した以上に、『現代編 I 』からは第二次世界大戦直後の大変な時期に町長を務めたIの働きぶりが伝わってきた。   

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2017年2月 8日 (水)

恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ2(オマージュ?)

恩田陸『蜜蜂と遠雷』で描かれたクラシック音楽の世界があまりに陽性かつ単純なので、芸術行為に潜む魔性――デモーニッシュな側面――を描いたブラヴァツキーの「不思議なヴァイオリン」から圧倒的な演奏の場面を引用し、先に引用した恩田陸の場面と比べてみたいと思った。

それは置いておいて、ちょっと気になったことをメモしておきたい。

わたしは『蜜蜂と遠雷』を読みながら、参考文献が何も示されていないことが気になった。

というのもメモ1で書いたように、資料を参考にしていると思われる部分とそうでない独自性が高いと思われる部分とに異なる地層を見るような違和感があったため、参考文献の文章を原形に近い形で借り、しかもその部分が非常に多いのではないかと思ったからだった。

わたしは第2稿に入った自身の初の歴史小説の中で、資料からかなり引用しているが、歴史研究の側面を持つ作品であることから意図的にそうしていることであって、引用した箇所には出典を明示するようにしている。

そのようなやりかたとはどうも違う……疑問に思いながら、別のことで調べていたところ(恩田陸の独自性の高いと思われる文章におかしなところがある気がして、帰国子女なのだろうかと思い、検索した)、恩田陸と関連して「オマージュ」という和製フランス語に出くわしたのだった。

それは「オマージュ」という言葉で、オマージュとはフランス語のはずだが、どうも日本独自の使いかたがなされているらしい。

いくら説明を読んでも、わたしには和製フランス語「オマージュ」とパクリの違いがどうしてもわからなかった。

当然、わたしと同じ疑問を覚える人もいるようで、パクリ、盗作、オマージュの違いを知恵袋などで質問している人や、オマージュという技法を疑問に思っているブロガーの記事など閲覧した。

恩田陸はオマージュ作家として有名らしい。自分の作品のほとんどが先行作品へのオマージュであることを公言しているとか。例えば、恩田陸『チョコレートコスモス』は美内すずえ『ガラスの仮面』のオマージュらしい。

わたしは驚いた。それはそうだ。直木賞作家――『チョコレートコスモス』が出たときはまだ直木賞作家ではなかっただろうが――の作品が漫画化されるのであればまだわかるが、その逆なのだから。しかも、そのようなオリジナリティに欠ける「オマージュ」作家が直木賞まで受賞するという日本の文学界。恐ろしい……ここまできたのか。

何がオマージュだ。フランス語で誤魔化すのはやめて貰いたい。

すみません、また中断です。

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2017年2月 7日 (火)

恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ1

作家の卵を続けているうちに、他人の作品の構造が嫌でも見えるようになる。

資料を参考にしている部分とそうでない部分。

資料がうまく消化され、それが創作にうまく生かされていないと、異なる地層を見るような違和感がある。

そこが創作の難しいところで、歴史小説初体験のわたしの悩みでもある。消化するのが難しいとあって、資料そのものを損ないたくないために、引用という形で資料を用いる箇所が多くなった初稿であった。

恩田陸『蜜蜂と遠雷』はまだ3分の1程度読んだところなのだが、資料を参考にしていると思われる部分とそうでないオリジナルと思われる部分とに、異なる地層を見るような違和感がある。

本日読んだ最後の頁は162頁で、その頁の次の引用部分などは作者が表現に工夫した独自性の高い部分だろう。

「なんという迫力。/ 曲は後半のクライマックスに向かって突き進んでいた。きらびやかなメロディ、凄まじい和音の連打と加速。ピアノから、いや、ステージ上の大きな直方体の空間全体から、音の壁が飛び出してくるかのようだ。/ 観客は、その音圧に、飛び出してくる音楽に吹き飛ばされまいと、席で踏ん張って必死に耐えている。むろん、耐えているのは、驚異的な演奏を聴いている衝撃に対してであり、それは形容しがたい無類の快楽でもあるのだ。地響きにも似た分厚いトレモロが、正面から剛速球で顔を、眼を、全身を打ってくる。」を読んで、いくら形容しがたいからといって、ここまで物理的な表現を重ねられると、スポ根コミック『巨人の星』を連想してしまう。

生演奏を視聴する醍醐味は、演奏者の生活ぶりや肉体的強みと弱点、内面などが透けて見えるところである。

アルゲリッチはすばらしかったが、テレビで観るのとそれほど大きな違いを感じなかった。

中村紘子の指の体操のような(技術に終始したような)、内容の痩せた演奏には愕然とさせられた。テレビで視聴していたNHK『ピアノのおけいこ』はよかったし、舞台でのチャーミングなスピーチとよく似合っていた可愛らしい衣装は忘れがたいけれど。

中村紘子のエッセーがあれほど秀逸なのに演奏が無味乾燥に感じられたのはなぜだろう、とずっと考えている。もしかしたら、彼女には左派的、唯物論的考えかたがあって、そのせいだったのだろうか……と最近は考えたりしている。

思想が何もない人間など考えられず(凡人であっても、その時代と地域で支配的となっている思想の影響は受ける)、思想が曲の理解に影響しないはずはない。

テレビで観るよりずっと白人ぽく見えたフジ子・ヘミングの曲に対する深い解釈と瞑想的な趣も、生でないとわからなかった。それだけに、フジ子はソロ向きで、オーケストラとの共演には向かないのではないだろうか。中村紘子はその逆だろう。

以上は勿論、わたしの勝手な印象にすぎない。

いずれにしても、絵に描いたような天才はいないのだとわたしには感じられる。だからこそ、演奏家が、人間が、いとおしく、興味深い。

絵に描いた餅のようでない小説が読みたかったわたしは既に『蜜蜂と遠雷』に失望しつつあるが、文字通り絵にしたらいいかもしれない。

「ガラスの仮面」はストップしたままだが、美内すずえに漫画にして貰えば、ぴったりかもしれない。映画にもよさそうだ。

白髪三千丈式の馬鹿馬鹿しい表現や、ステレオタイプの登場人物たちと現実には存在しえないスーパー天才ぶりなども上手に肉づけされて、広告通りの名作になるかもしれない。

参考文献の記載がないので、作者がどのような本を参考にしたのかはわからないが、わたしが魅力を覚えたとしたら、そうした資料的部分である。

クラシック音楽の名エッセーは多い。わたしの印象に特に残っているのは、中村紘子『チャイコフスキー・コンクール―― ピアニストが聴く現代』(中央公論社、1991)や『ピアニストという蛮族がいる』(中央公論社、2009)、あるいは奥田昭則『母と神童―五嶋節物語』(小学館、1998)などである。

題名は失念したが、グレン・グルールドの評伝、吉田秀和のエッセーも記憶に残る。まだ読んでいない、青柳いづみこのエッセーを読んでみたい。

小説では何といっても、『ジャン・クリストフ』である。読み返そうとして、あまりの厚さ、内容の濃さに、すぐには読み返せないと思った。ブラヴァツキー「不思議なヴァイオリン」(『夢魔物語』所収。田中恵美子訳、竜王文庫、1997)も忘れられない。

「不思議なヴァイオリン」はピアノの名手であったブラヴァツキーが神秘主義的教訓を籠めた作品で、手っ取り早くいうと、悪魔に魂を売り渡したヴァイオリニストの話である。恐ろしい演奏の場面を描いた部分を147頁から引用してみると、

すみません、中断しますが、この記事は書きかけです。

関連記事:

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2017年2月 5日 (日)

恩田陸『蜜蜂と遠雷』を齧って、妄想的雑感(結局、本買った)

「テーマ」と題された出だしの部分の最後の文章に蜜蜂が出てくる。ネットで試し読みできるページだから、ここに引用しても構わないだろう。

「今、改めてこの時の光景を見ることができたならば、きっとこう言ったことだろう。/明るい野山を群れ飛ぶ無数の蜜蜂は、世界を祝福する音譜であると。/ そして、世界とは、いつもなんという至上の音楽に満たされていたことだろう、と。」

作者の世界観に、祝福者として利用される蜜蜂。

少し蜜蜂を観察すればわかることだが、働き蜂は巣にみつや花粉を持って帰るために、懸命に働いている。自分たちの女王国を維持し、存続させるために。

蜜蜂が無数にいれば、はちみつが今のように高い値段になることはないだろう。

世界がいつも至上の音楽に満たされているのなら、「至上」よりは劣らざるをえない人間がつくり出す音楽など、要りますかね?

屁理屈にすぎないかもしれないが、わたしは端からこうした文章に違和感があり、早くも読書欲を削がれた。

試し読みのページを利用させていただいて引用を続けると、次の「前奏曲」で、審査員の嵯峨三枝子が高校時代の友人で売れっ子のミステリ作家になっている友人の一人と会話する場面がある。

真弓は会うたび、「文芸業界とクラシックピアノの世界は似ている」という。

「ホラ、似てるじゃない、コンクールの乱立と新人賞の乱立。同じ人が箔を付けるためにあちこちのコンクールや新人賞に応募するのも同じ。どちらも食べていけるのはほんの一握り。自分の本を読ませたい人、自分の演奏を聴かせたい人はうじゃうじゃいるのに、どちらも斜陽産業で、読む人、聴く人の数はジリ貧」という。

まさにその通りだが、次の引用部分を読みながら怒りが湧いた。

「なのに、ますますコンクールも新人賞も増えるいっぽう。いよいよみんな必死に新人を探している。なぜかっていうと、どちらもそれくらい、続けていくのが難しい商売だからよ。普通にやってたって脱落していく厳しい世界だから、常に裾野を広げ、新しい血を輸血し続けていないとすぐに担い手が減ってしまい、パイそのものも小さくなる。」

文芸業界で、必死に新人を探している「みんな」とは誰を指すのか。今のつくられた日本の文芸業界に、必死に才能のある新人を探している人がいるのであれば、その人の名をわたしは知りたい。

音楽の世界のことは知らないが、作者はまぎれもなく文芸業界の人間である。しらばっくれるな、といいたい。

左派はコンクールを乱立させ、新人賞を増やすことで(個々の主催者がそうした意識で行ったことではないだろうが)、作家の卵をまんべんなく把握し虱潰しにしてきたくせに。もしかしたら、作者はそんなことも知らないのだろうか。

左派は日本の文芸業界を握るために、純文学作家潰しをやった(「純文学なんてない」キャンペーン、村上春樹キャンペーン)。純文学作品の商業出版を手がけている大手出版社に作品を持ち込もうとしても、「新人賞へどうぞ」といわれる。

こう書くと、お前の作品を見せてみろといわれそうだが、わたしは自分が潰されたといっているわけではない。わたしは毎日努力はしているが、才能の乏しい、技巧的にもまだ下手な、平凡な作家の卵にすぎない。だが、潰された人を確実に数人知っている。

造反者を出さないために、才能のない追従する作家に賞をやることで自分たちの立場を安泰なものにしてきた。彼らは大学に文芸創作科を新設し、創作教室を作り、そこから自分たちにとって安全なつくられた作家を調達してきたのだ。

それは仲間内で食べていくためのゆるやかな相互扶助でもある。それ以外は野垂れ死にしようが、自殺しようが、日本がどうなろうが、どうでもいいのである。

泉鏡花、吉屋信子、夢野久作といった作家が大衆作家と呼ばれて愛された、そんな時代もかつてあった。同レベルの大衆作家たちを育て続けることも、本来の日本にはできたはずである。

一思想家でもあるような、豊かな教養と奥深い精神性を備えた孤高の作家――純文学作家とはかつてそんなイメージだった――のまるでいなくなった文学的に沙漠になってしまったような国が日本以外にあるのだろうか?

こうした文芸業界の舞台裏を面白おかしく、作品にしていただきたいものである。直木賞作家向きの仕事であるはずだ。

……と、これでは野良犬の被害妄想でしかないから、ちゃんとした感想を書くために泣く泣く本を買った。

実は、名作に巡り合えるかもしれないという純粋な期待感から、書店で恩田陸『蜜蜂と遠雷』を手にとったのだった。

じっくり読みと斜め読みを繰り返し……粗悪な安酒に酔っぱらったような気分になりながらも、作品の概要と雰囲気は掴んだ。

感想を書くために、図書館から本を借りようと思い、検索したらきっかり 40 人予約者がいた。

どうしてもほしいと思う本はあれこれあって、それですらほとんどが買えないでいるのに、悔しいが、ちゃんと感想を書くためには買うしかないと思った。そのお金で他の本が買えるし、リヴリーアイランドが贅沢にできると思うと、本当に悔しいが、書店での立ち読みやネットでの試し読みでは、もちろんいくらか読んだともいえず、不確かな部分が相当に残る。

物書きとしての確かな才能を、そうではないと勘違いしている可能性だってある。

ただ、他にしなければならないことが沢山あるので、つまらなければ、読破できないかもしれない。ちゃんとした感想も書かず、この妄想的雑感で終わるだろう。

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2017年1月29日 (日)

発表に気づかなかった「芥川賞」「直木賞」。山岸先生『レベレーション』第2巻の感想はまだ書きかけ。

19日、第156回「芥川賞」に山下澄人氏『しんせかい』 、「直木賞」に恩田陸氏『蜜蜂と遠雷』が選出されていた。トランプ旋風に気をとられていたためか、気づかず、今頃になって知った。

完全に興味がなくなっているのだろう。カテゴリー「芥川賞」を設置しているというのに、これではいけない。次の芥川賞が選出されるまでには、『しんせかい』を読んでおきたいと思っている。

そういえば、前回の受賞作の感想もちゃんと書くつもりで、書いていない。

山岸先生のコミック『レベレーション』第2巻は、面白かったのでちゃんと感想を書くつもりだが、ジャンヌ・ダルク関係の本を数冊借りたり、ブラヴァツキーがジャンヌ・ダルクについてどう書いているか調べたりしていたら(現象の一つとして言及されている箇所が見つかった程度)、トランプ、となったのだ。

完成までに12年を費やし、新人の登竜門と呼ばれる芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む4人の演奏家を描いたという恩田陸『蜜蜂と遠雷』を読んでみたいと書店員の娘にいうと、「うーん、ママの好みではないと思うよ~」と返ってきた。

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2016年12月27日 (火)

正月に読む楽しみ、山岸先生の『『レベレーション』第2巻、政治情報誌『ジャパニズム34』。

まだこれからの年賀状。アマゾンに注文していた互換インクカートリッジは届きました。まだ試してはいません。馬鹿に大きな箱でした……

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今日は窓拭きと家具磨きで力尽きました。何とか注連縄を飾り終えました。

昨日は家族で、ちょっとした家具を買いにホームセンターへ出かけました。夫の部屋に引き出しが何段かついたチェストを買うのが目的でしたが、わたしがパソコンをするときに使っている椅子も、手頃なのがあれば、買い替えたいと思いました。

この街に引っ越してきてから買った椅子です。その頃はパソコンを娘と共有していました。パソコンデスクは引っ越し前から使っていたものがありました。

椅子を買う必要があり、安いのでいいから椅子を買ってきて、とまだ定年前でホームセンター勤務だった夫に頼むと、一番安かったという2,000円の椅子を買ってきました。高いのを買ってきて、といえば、夫はそうしたでしょう。

その2,000円の椅子は娘には座り心地が悪かったみたいで、ドーナツ型のクッションをお尻の下に敷いたりしていました。わたしはお尻の筋肉が丈夫なのか、支障なくその椅子を使っていました。

共有していたパソコンがだめになり、各自のノートパソコンを持つようになったとき、娘はパソコンデスクと椅子をわたし専用にしていいといいました。椅子が嫌なようでした。そのとき、椅子を買い替えようかと娘と話したのに、なぜか買い替えないままになっていました。

おそらく娘がその椅子を使わなくなった一方では、わたしは問題なく使えていたためでしょう。

創作に没頭して徹夜したりしたときはお尻の筋肉が強張った感じがしましたが、それが椅子のせいだとは思いませんでした。

ところが椅子が破れたとき、板と布の間に挟まれたスポンジのあまりの薄さに、娘のお尻がこれに耐えられなかったのも、さしものわたしのお尻にも徹夜すると問題が生じたのもなるほど……と思いました。

それに、この椅子にはちょっと危険なところがあったのです。背もたれに体をあずけてしまうと、ひっくり返ってしまうことがあるのですね。幸い運動神経がよかったために(?)、難を逃れたことが何回かありました。

で、今度はもう少し座り心地のよい椅子にしました。ついでに、3,000円くらいのブックカートも買いました。執筆中の資料をまとめて置ける台がほしかったのです。

ブックカートは移動させられるので、便利そうです。ただ、狭いので、邪魔になりそうな気もします。わたしが使わなくても、誰かが使うでしょう。

椅子とブックカート……これで、これまでとは違って、名作が書けるかもしれません!

ホームセンターで担当してくれた人と夫は、飲み仲間でした。その人が大阪に転勤になったため、その集まりはなくなったのです。が、その人は大阪に馴染めなくて、こちらに転勤願いを出して戻ってきました。

安くしていただいたお陰で、「かもめのジョナサン」へ行けました。

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お正月に読むつもりで、山岸先生の『レベレーション(啓示)』第2巻と政治情報雑誌『ジャパニズム』を購入しました。

山岸先生のレベレーションはどう展開するのか、ドキドキします。

レベレーション(啓示)(2) (モーニング KC) コミック
山岸 凉子 (著)
出版社: 講談社 (2016/12/22)
ISBN-10: 406388676X
ISBN-13: 978-4063886764
発売日: 2016/12/22

余命ブログで知った余命さんの対談と漫画が掲載されている『ジャパニズム34』。新連載の山野車輸『余命三年時事漫画』だけ先に読みました。

前半の余命一族に起きた出来事の描写は凄惨です。後半の現代になったところで、パイプ加えて登場する三代目余命さんのまあカッコいいこと! 興味深い内容で、続きが待ち遠しい。

余命ブログが削除されてしまったときのことは、忘れられません。

『ジャパニズム34』はアマゾンの売れ筋ランキングで、社会・政治カテゴリーの上位につけています。おや、動画で有名なKAZUYAくんの記事もあるようですね。

ジャパニズム34
出版社: 青林堂 (2016/12/10)
ISBN-10: 4792605725
ISBN-13: 978-4792605728
発売日: 2016/12/10

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