カテゴリー「書籍・雑誌」の586件の記事

2018年2月24日 (土)

21日に還暦の贈り物。バルザック『リュジェリーの秘密』(春風社)と、久々のインスピレーション。

亀記事ですし(数学の問題集とバルザックの小説に熱中して、アッという間に時間が経ってしまいました)、自分のための覚書になりますが、2月21日に60歳の誕生日を迎え、家族と妹から還暦のお祝いに心のこもった贈り物を貰いました。

息子が贈ってくれたポールスミスのハンドバッグは、わたしがここ数年「こんなハンドバックがほしいなあ」と想い描いていたようなもので、驚きました。使いやすそうで、カッコよくて。娘とデパートの店員さんのアドバイスがあったと知り、ああそれで……と納得しました。

小さなカードの文面に「今後も文芸、学究を深めますよう」とあり、ありがたくて感涙。

住居問題がようやく片付きそうですが、これも息子のお陰なのです。息子は仕事柄出張が多く、夜はベルギーとの間で行われるWeb会議などあって、多忙そうです。

子供たちのためにも、気を引き締めてよい老後にしなくてはと思っています。

娘は色々なものを贈ってくれ、その一つは花束で、マゼンダ、紫、薄ピンク、白の花々を使って、華やかながら落ち着きのある女性をイメージさせるようなものに仕上げられています。そのような女性になりたいものです!

また、贈り物の中には本もあり、その本ではバルザックのカトリーヌ・メディシスを題材にした作品がメインとなっています。

バルザック王国の裏庭から――『リュジェリーの秘密』と他の作品集
宇多直久 (著, 翻訳)
出版社: 春風社 (2017/4/14)
ISBN-10: 4861105447
ISBN-13: 978-4861105449

この宇多直久による新訳『リュジェリーの秘密』は、東京創元社・昭和50年初版の『バルザック全集 23  カトリーヌ・ド・メディシス』に収録されている四編の作品のうちの一編と同じものです。

バルザック全集 23
バルザック (著),‎ 渡辺 一夫 (翻訳)
出版社: 東京創元社 (1975/01)
ISBN-10: 4488019234
ISBN-13: 978-4488019235

『バルザック全集 23  カトリーヌ・ド・メディシス』は序章、第一部 カルヴァン派の殉教者、第二部 リュグジェリ兄弟の告白、第三部 二つの夢――と四つの部分から構成されており、これらは別個の作品が原題『カトリーヌ・ド・メディシスに関する哲学的研究 Etudes philosophiques sur Catherine de Medicis 』に収められたものだということです。

『カトリーヌ・ド・メディシスに関する哲学的研究』は『ルイ・ランベール』や『絶対の探求』と共にバルザックの大構想からなる La Comédie humaine に属する「哲学的研究」の一部を占めています。

解説に「『序章』は、現在の日本の一般読者にとって、非常に難解ではないかと思っている」とあるように、わたしにも難解で、積読になってしまっていました。

ところが、娘が贈ってくれた本では『リュジェリーの秘密』(前掲書『バルザッ全集 23』では「第二部 リュグジエリ兄弟の告白」に当ります)を核として、関連するバルザックの小品、手紙類、エッセーなどが収められており、『リュジェリーの秘密』が嫌でも目に入る構成となっています。この作品は読みやすいです。

前掲書『バルザック全集 23』の解説に戻ると、『カトリーヌ・ド・メディシスに関する哲学的研究』について、次のように書かれています。

バルザックの『カトリーヌ・ド・メディシス』は、同じ種類の歴史小説や歴史劇のなかに伍しても些も見劣りがしないし、更に、他の作品が作者の叙情を核としている場合が多いのに対して、作者バルザックの「史観」或いは「歴史哲学」とでもいうべきものを軸としている点で、異色があり、バルザックがこの作品に『哲学研究』という名を冠しているのも、故なしとしない。(バルザッ全集 23 、9~10頁)

ここを再読したとき、久しぶりにわたしに、稲妻がひらめくようにインスピレーションが訪れました。

そうだ、わたしが書きたいのはいわゆる大衆受けするお茶の間劇場的な歴史小説(実は現代的視点で書かれているという点で、歴史に舞台を借りただけの現代小説)ではなく、バルザックが書いたような歴史の核を形成する宗教・哲学的な部分を照射した歴史哲学小説なのだと思いました。

大それた望みだとは思いますが、わたしが本当に書きたいのはこれに尽きます。

萬子媛をモデルとした歴史小説の第二稿が進まなかったのは、取材の成果が間を置いて、少しずつ表れたということもありますが、何をどう書くかについて、葛藤があったからでした。もう5年もこの小説のことで悶々としてきたのでした。

それでも投げ出したいとは決して思いません。

バルザックの小説が見事なのは一般読者――一般読者といっても、バルザックの小説を当時愛読したのは貴族、ブルジョア、知識人層でしょうが――受けする要素も抜かりなく織り込まれているという点です。

『リュジェリーの秘密』については、また改めて書くことになるだろうと思います。

そういえば、久々にアマゾンのリポートを見たところ、このところ日本とアメリカで本が4冊売れ、誕生日に拙児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』をダウンロードして読んでくださった方があったようで、嬉しいです。ありがとうございます。

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2018年2月20日 (火)

チャート式の安心感。ピタゴラスのデカド(10からなるもの)。

国会中継をつけっぱなしにした居間で、家事の合間に数研出版編集部 (編さん)『チャート式基礎からの中学数学総仕上げ (チャート式・シリーズ)』(数研出版、2012)の問題を解いていました。

チャート式は昔馴染んだ参考書・問題集であるせいか、安心感があります。右側のページの半分ほどを使って、「復習メモ ~解き方のルール~」という解説の欄が設けられているので、問題集ですが、わからなければそこを見て覚えることができるようになっています。

その欄では要点が簡潔にまとめられていて、ぴしっと頭に入ってきます。

中学・高校時代には文学書ばかり読んで、まともに数学をしなかった気がするので、一々新鮮に感じられるのかもしれません。

誤植、ミスの多い大人向きの中学数学の問題集で関数に入るところだったので、チャート式ではそこに入るまでの部分を飛ばすつもりでした。中学数学を早く終えて、高校数学に入りたいという焦りがあって。が、少しやってみて、これは最初からしっかりやっておこうと思い直しました。

採点してみると、大人向きの問題集でも同じような問題をしたにも拘わらず、案外ミスってます~。チャート式のほうが出題傾向は徹底しています。高校受験にも対応できるだけの中学数学総仕上げ、及び実践力を養う問題集であるだけのことはあります。

まあ、やりかたがわかっているのにミスが出るのは、反復練習が足りないからですね。

ピタゴラスの定理(三平方の定理)はまだ出てきません。ピタゴラスを意識すると、どうしたって、神智学の本を開きたくなります。

ピタゴラスの定理などと一緒にピタゴラスの哲学も教わっていたら、確実に数学が好きになれただろうにと思います。

高校生くらいになれば、ピタゴラス哲学に関するブラヴァツキーの以下の解説などはある程度理解できるのではないでしょうか。

ピタゴラスの教えに対する鍵は、多様性のなかの単一性,多くのものに発展し多くのものに浸透している一なるもの,という一般的定式である。これは簡単に言えば,発出[流出] emanation という古代の教えである。[略]神秘的な〈10なるもの〉 Dekad, 1+2+3+4=10 は,この観念を表現する一つの方法である。〈1〉 は神,〈2〉 は物質。〈3〉 は, 〈1からなるもの〉 Monad  と 〈2からなるもの〉 Duad を結びつけて,両方の性質を分かち持つが,これは現象世界のことである。〈3からなるもの〉 Tetrad,つまり完全性の姿は,いっさいのものの空虚さを表わす。そして〈10からなるもの〉,つまりいっさいの総和は,秩序ある宇宙の全体を包摂している。宇宙は 1000 の要素の組み合わせでありながら,一つの精神[スピリット]の現れとなっている――混沌から思慮分別まで,秩序ある宇宙から理性までが,そこにはある。

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010、ベールの前でⅹⅹ)

創造の観念におけるこうした数列の組み合わせは、すべてインド的なものだとブラヴァツキーはいいます。

ピタゴラスの哲学に関しては、以下の本によくまとめられていますが、アマゾンで検索したところでは中古しか出ていないようです。

象徴哲学大系 2 (2)秘密の博物誌
マンリー P.ホール (著),‎ 大沼 忠弘 (翻訳)
出版社: 人文書院 (1981/01)
ISBN-10: 4409010522
ISBN-13: 978-4409010525

以下の本は幸い、新品が出ています。

ピタゴラス的生き方 (西洋古典叢書)
イアンブリコス (著),‎ 水地 宗明 (翻訳)
出版社: 京都大学学術出版会 (2011/6/13)
ISBN-10: 4876981906
ISBN-13: 978-4876981908

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2018年2月 6日 (火)

誤植の多い問題集はボケ防止どころか、ボケを進行させそう

過去記事で、近くにK…教室のスタッフ募集がハローワークに出ていたら、年齢の点だけでもアウトの可能性が高いけれど、チャレンジしてみたいと思い、その準備として、夫がポリテク受験の前に使った大人向けに編集された中学数学の問題集をやってみることにしたと書きました。

ただ、夫がいうには、ポリテク受験にはそのような勉強は必要なかったそうです。

その問題集をあちこちやってみて、その中に挟まれている超難関高校の問題(入試問題ということでしょう)はさすがに難しい……とため息をついて、毎日4ページずつ最初からやってみることにしました。

といっても、最初の簡単なところは速く進めると思ったので、枚数無視で家事や小説の合間に時間がとれる範囲内でやることに。

ところが、すぐに行き詰まりました。全く、今日はこれで一日潰れましたよ。正直、ボケてしまったかと思いましたね。

単純な分数の計算だったので、解答だけパッと見て、次に進んだ問題があったのですが、すぐにその問題に舞い戻り、眼鏡をかけたり外したりして、その問題から解き方、解答に至るまでの全体を凝視している自分がいました。

なぜこの問題に戻ったかというと、その先のほうで、解き方も解答もわたしのそれらと食い違うものが出てきたので、もっと前のほうに同じような問題があったはずだと思い、戻ったわけでした。

すると、参考にしようと思ったこの問題の解き方で、数字の 1 が y になっている箇所があるではありませんか。y が出てくるのはその一箇所だけだったから誤植だとわかりやすかったものの……。

この単純な誤植は、次の式では正しい表記に戻っていました。しかし、 + と - を誤植したままで解き方を進め、解答に至っているものなどは頭を混乱させます。

おかしなところが他にも見つかったので、まさかこんなことがあるのだろうかと思い、アマゾンへ行ってみました。

すると、おすすめ度は極めて低かった! 良書と思えるものでもアマゾンの評価では低評価と悪質なレビューがついているものが珍しくないのですが、レビューはとても真面目でした。

低評価をつけた方々は、間違いの多さを指摘し、怒りのレビューを書いておられました。レビューによると、解答ミス以外に、公式ミスや、問題文がおかしい場合もあるとか。

公式まで間違っているなんて、とんでもない話ですが、何だ、そうだったのかと安心(?)しました。大人向けの商品であったのが、まだしも幸いでした。お金返して、といいたいです。

この件に関して、娘が「この解答おかしいね、ってパパと話したりしていたよ」といいました。そうだっけ。全然覚えていません。やっぱり危ないレベルでしょうか。

コンパスと定規が必要ですし、新しい問題集も必要です。まあ、投資して意味があるのかどうかはわかりませんが。娘が「そんなことやっていないで、早く萬子媛の小説完成させたら」といいました。

小説が乗ってくれば、そちらに集中することになりそうですが、それまでは数学もやりますよ。

この記事を書く前にブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』を少し読んで、頭がすっきりしました。難解で、わからない箇所のほうが多いのですが、頭がおかしくなりそうになったことは一度もありません。ああそれにしても、恐ろしい問題集でした。

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2018年1月23日 (火)

古代エジプトを舞台とした壮麗な物語『睡蓮の牧歌』(メイベル・コリンズ著、星野未来訳、Kindle版)

古代エジプトを舞台とした壮麗な物語『睡蓮の牧歌』がKindle版で出ています。

睡蓮の牧歌
Kindle版
メイベル・コリンズ (著),‎ 星野 未来 (翻訳)
ASIN: B07959C7V7

物語の面白さに釣られて、本好きの人なら最後まで一気読みしてしまうでしょう。

それでいて、読んだ後に確かなものが残り、まるで目に見えない宝物を手に入れたかのような満足感をもたらしてくれます。

神秘主義的な芸術作品にしか見られない、しっかりした構成、繊細な描写、永遠性に根差しているかのような格調の高さを感じさせます。

それというのも、知る人ぞ知る、著者が神智学作家として有名なメイベル・コリンズ(Mabel Collins,1851年9月9日 - 1927年3月31日)ですから、並みの読書体験では済まないというわけなのです。

以下、ネタバレありなので、これから読もうとされているかたはご注意ください

祭司見習いの少年が神殿の門をくぐるところから物語は始まります。そのうち白い女神(睡蓮の女神)が、さらに間を置いて黒い女神が登場します。描写が、どちらも圧倒的です。

生と死の神秘が万華鏡のように散りばめられるなかで、白い女神と黒い女神が、白い祭司と黒い祭司が、光と闇が戦いを繰り広げる様は、一人の人間に起きる内面劇でもあることを、訳者あとがきに引用された著者の言葉は示唆しています。

同じく訳者あとがきで引用されたバラモンの神智学徒スバ・ロウは、この物語の舞台となった古代エジプトがこの頃どうであったかを解説しています。彼らの宗教は純粋さを失い、退廃し始め、黒魔術が利己的かつ非道な目的に使われていたようです。

わたしはメイベル・コリンズのこの作品 The Idyll of the White Lotus (1890) を「白蓮の田園詩」というタイトルで、竜王会の機関誌「至上我の光」に田中恵美子先生が翻訳連載されていたのを、当時楽しみにしていました。

それについて過去記事(2006年8月4の記事)に書いているので、引用します。

神智学を教えていただいた田中先生が竜王会の機関誌に『白蓮の田園詩』という題で邦訳連載されたのをわたしは最初に読み(単行本化はされていません)、その後、「書肆 風の薔薇」発行の『蓮華の書』(西川隆範)という邦訳本を書店で見つけて即座に購入しました。これも美しい訳です。
それはエジプトの神殿を舞台とした物語で、魂の旅路を描いたといえる作品です。
いつ頃からか、ファンタジーものが大層流行っていますが、本来神秘主義のものであるところの神聖なシンボルやイメージ、エピソードなどが玩具のように扱われ、流通する実態をわたしは痛ましいことだと感じてきました。
それらが玩具であるなら The Idyll of the White Lotus は命の糧というにふさわしい作品だとわたしは思います。

今回改めて田中恵美子、西川隆範、星野未来という三者の翻訳で読み、原書は未読なので、あくまで翻訳を通してですが、三者三様の特徴と魅力に気づかされました。

田中訳からは逐語訳的な入念さと、行間から迸る清浄な情熱が感じられます。

西川訳では歴史仮名遣が使われています。そうした工夫と調和している流麗な文体が美しく、古代エジプトの出来事がエキゾチックでありながら、どこか日本の古典を読んでいるかのような親しみをもたらされます。

ただ、訳者あとがきによると、仏訳版を基とし、独訳版が参照されているようで、そのためなのか、あるいは一般向きということが考慮されているためなのか、その辺りのことはわかりませんが、神智学色が消えています。

また、第ニの書(第二部)、第四章の最後の部分に田中訳と星野訳では存在する蓮華の女王の赦しの場面がありません(田中訳では白蓮の女王、星野訳では白い睡蓮の女神)。

星野訳は田中訳、西川訳と比較すると、現代的な文章ですが、気品があります。田中訳と同様の入念さも備えています。

同じ星野訳によるH・P・ブラヴァツキー『新訳 沈黙の声』を読んだときもそうであったように(過去記事参照)、文章から音楽的な調べが感じられました。三者の中では、星野訳が最も文学的だという印象をわたしは受けました。

現代感覚で読める邦訳版『睡蓮の牧歌』と合わせて、人類の歴史の謎に迫るH・P・ブラヴァツキーの著作『ベールをとったイシス』『シークレット・ドクトリン』を読めば、満足度はこの上なく高まることでしょう。

ブラヴァツキーの代表作中最も有名な著作『シークレット・ドクトリン』の第2巻 第1部 人類発生論が予約受付中です。これに関する過去記事はこちらです。

シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書)
単行本
H.P.ブラヴァツキー (著),‎ 忠 源 (翻訳)
出版社: 竜王文庫 (2018/1/1)
ISBN-10: 4897416205
ISBN-13: 978-4897416205

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2018年1月12日 (金)

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』(講談社、2017)を読んで

昨年末に娘が山岸先生の『レベレーション』第3巻を買って来てくれた。

フランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルク(1412 - 1431)を描く『レベレーション』。山岸先生の力量を印象づける力強い筆致で、第1巻がスタートした。

わたしはワタクシ的期待感を籠めて、それの感想を書いた。

2015年1月 3日 (土)
山岸凉子「レベレーション―啓示―」第1回を読んで
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/post-dc53.html

年が明けてから今巻を読み、第2巻を読んだときも思ったように、次の巻を読むまではまだ感想を書けないような気がしている。……といいながら結構書いてしまったので、ネタバレありです、ご注意ください。

というのも、歴史的見地からすると、ジャンヌの今巻での活躍は最高潮に達していたものの、第1巻冒頭に描かれたジャンヌの表情から推測すれば、この後――4巻から――の暗転する状況とそこから起きるジャンヌの内面劇こそがこの作品でのクライマックスにふさわしいものと考えられるからだ。

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』
出版社: 講談社 (2017/12/21)
ISBN-10: 4065106192
ISBN-13: 978-4065106198

百年戦争のただなかにあったフランスで、国王シャルル6世の発狂後、ヴァロア朝支持のアルマニャック派(シャルル6世の弟のオルレアン公ルイ)とイギリスと結んだブルゴーニュ派(叔父のブルゴーニュ公フィリップ2世)が対立し、内戦が拡大していた。

王太子シャルル7世(1403 - 1461,第4代国王シャルル6世と王妃イザボー・ド・バヴィエールの五男。フランス・ヴァロワ朝の第5代国王となる)は、神の啓示を受けたと主張するジャンヌ・ダルクを信じて兵を出す。

オルレアンへ向かったジャンヌ・ダルクは破竹の勢いでイギリス軍の包囲網を破り、オルレアンを解放した。

戦いの場面が連続する割には、今巻はむしろ単調な印象を受けた。

山岸先生は複雑な歴史の流れを説明するのに忙しかったように感じられ、そこから単調な印象がもたらされたのかもしれない。あるいは、神意を享けて動揺していたジャンヌの内面が、ここではさほどの困惑も迷いもなく、安定していたために、そう感じられたのかもしれない。

ただ、精神状態が安定していたからこそ、人々が戦いの中で告解もせずに死んでいったことに対するジャンヌの敵味方を区別しない純粋な悲しみは、人間的心情の華と表現したくなるほどの可憐な印象を与える。山岸先生の手腕が光る。

ちょっと記憶しておきたいのは、ジャンヌが負傷する場面だ。

神意を享けた行動であったにもかかわらず負傷してしまったことに対する恐怖心と傷の痛みから泣いてしまうジャンヌに、聖カトリーヌが出現して(ジャンヌにしか見えない)、恐怖せずに済むだけの根拠を与え、慰める。「そこには大事な臓器がひとつもない 痛くない」と。

人間とは異なる大局的見地に立ってお告げや慰めを与えようとする神的存在のみが持ち得るような、大らかな威厳を感じさせる聖カトリーヌ。圧倒的でありながら、どこかおぼろげな存在感だ。

聖カトリーヌは聖カタリナ(アレクサンドリアの聖カタリナ)のフランス名。

ウィキペディア:アレクサンドリアのカタリナ

聖カトリーヌの両手は抱擁するのをかろうじてとどめているかのような、微妙な開き方をしている。美しい場面である。

一方、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのは、フランスの守護天使(人ではないが、守護聖人)とされる大天使聖ミカエルであったと考えられている。

第1巻で、ジャンヌに神の啓示を与える大天使聖ミカエルは、威圧するような体の大きさで、圧倒的、冷たいといってよいくらいに威厳がありながらも、やはりおぼろげな印象を与える繊細なタッチで描かれている。

第3巻までを、神的存在(大天使聖ミカエル、聖カトリーヌ)とジャンヌの蜜月時代といって差し支えないだろう。それは今後も続くのだろうか。

オルレアンでの勝利の後も、ジャンヌは神意に駆り立てられ、ランスでのシャルル7世の戴冠式を急ごうとする。そこで今巻は終わった。

このあと、シャルル7世の戴冠式が実際に執り行われるが、事態は暗転し、ジャンヌに悲劇が訪れることを歴史は物語っている。

第1巻冒頭でのジャンヌは事態が暗転した後のジャンヌで、処刑を告げられ、火刑場へと引き立てられていくところだ。

ランスへ向かったジャンヌが火刑場に向かうまでを、そして向かった後のジャンヌを山岸先生はどう料理するのだろう? 

『レベレーション』が何巻で完結するのかは知らないけれど、とりあえずは第4巻がとても待ち遠しい。 

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2018年1月 8日 (月)

ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』が予約受付中ですよ!

アマゾンへ行ってみたら、近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの代表作中最も有名な著作『シークレット・ドクトリン』の第2巻 第1部 人類発生論が予約受付中になっていました。

シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 (神智学叢書)
単行本
H.P.ブラヴァツキー (著),‎ 忠 源 (翻訳)
出版社: 竜王文庫 (2018/1/1)
ISBN-10: 4897416205
ISBN-13: 978-4897416205

昨年のクリスマスのころに竜王会の会員にこの本が届けられ、わたしは興奮のただなかでざっと読み、以下の過去記事を書きました。

2017年12月25日 (月)
素敵なクリスマスプレゼント、『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/12/2-1-daa6.html

ちゃんとしたレビューを書きたいと思いながら、年末年始の慌ただしさのために時間がとれず、読破できていませんが、この本が貴重な、またこの上なく面白いものであることには間違いないと思われますので、おすすめです。

ブラヴァツキーの著作を読むと、人類の知的遺産の薫りがして、本の中に破壊されたアレクサンドリア図書館までもがまるごと存在しているかのような感動を覚えずにはいられません。

学研から出ていたオカルト情報誌『ムー』でアトランティス伝説を知り、その後アトランティスについて書かれたプラトンの未完の作品『クリティアス』を読みましたが、美しい日本語でブラヴァツキーの筆が醸し出す精緻、荘重な雰囲気を味わいながらアトランティスに関することを読める楽しさと幸福感はまた格別です。

「訳者 あとがき」で『シークレット・ドクトリンの第1巻 宇宙発生論』を平成元年に上梓された第二代竜王文庫社長で綜合ヨガ竜王会第二代会長、神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長でもあった田中恵美子先生による訳者はしがきが紹介されており、その中で『シークレット・ドクトリン』の構成について、次のような説明がなされています。

『シークレット・ドクトリン』の原典の第一巻は第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈、第2部「シンボリズム」、第3部「補遺」となっています。又、二巻は第1部「人類発生論」スタンザと註釈、第2部「世界の宗教とシンボリズム」、第3部「補遺」となっています。

第1部「宇宙発生論」スタンザとその註釈に関しては、以下の邦訳版をアマゾンで購入できます。

シークレット・ドクトリン 宇宙発生論《上》
単行本(ソフトカバー)
H・P・ブラヴァツキー (著),‎ 田中恵美子 (翻訳),‎ ジェフ・クラーク (翻訳)
出版社: 宇宙パブリッシング; 第1版 (2013/4/15)
ISBN-10: 4907255004
ISBN-13: 978-4907255008

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2017年12月25日 (月)

素敵なクリスマスプレゼント、『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』

竜王文庫の原様から、竜王会の会員に素敵なクリスマスプレゼントが届いた。

シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論
忠源 (著),‎ ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (著)
出版社: 竜王文庫 (2017/11/1)
ISBN-10: 4897416205
ISBN-13: 978-4897416205

出版までの28年に及ぶ翻訳作業、4年に及ぶ校正作業……難産の末にようやく生まれた著作を贈ってくださったのだ……。出版にはずいぶんお金もかかっただろうと思うと、胸が痛くなった。

夕飯の用意もそこそこに済ませて読み耽り、そのまま自分の食事は手つかずのまま、朝になってしまったほど夢中になった。

宇宙発生論から人類発生論へと同質の香るような格調の高さ、重厚さが一貫して感じられることに驚きを覚え、デヴァチャン――極楽――にいらっしゃるであろう故田中先生がお喜びだろうと思った。

レムリア、アトランティスに関する豊富な記述は圧巻である。ブラヴァツキーに対する批判にはアトランティスに関する記述をインチキとするものがしばしば目につくが、そうした単純すぎる批判は全体を読んでのことだろうか?

人種に関するこれも豊富な記述から、人種差別との批判も生まれているが、そうした短絡的な批判もどうかと思われる。いずれきちんとした感想を書きたい。

プラトン『ティマイオス』がしばしば引用されているので、わたしはそれとアトランティス伝説で有名な『クリティアス』を収録したプラトン(岸見一郎訳)『ティマイオス/クリティアス』(白澤社、2015)を再読中だ。

プラトンはアトランティスに関することをファンタジーとして書いたわけではなかった。

新プラトン学派とも呼ばれた古代神智学徒の流れを汲む近代神智学徒ブラヴァツキーにアトランティスに関する記述があったとしても、何も不思議はないとわたしは思う。

膠着言語という言語の形態論上の分類法があり、それに日本語が含まれるということを初めて知った。夫は膠着言語について知っていて、講義までしてくれた。さすが年の功(わたしより七つ上)。

『人類発生論』に膠着言語が一部のアトランティス人種で話されていたとあるのには驚いた。

クリスマスに、旧約聖書に登場するノアがアトランティス人だったというくだりを読むのは、格別の面白さに感じられた。

クリスマスに、拙ブログ「マダムNの神秘主義的なエッセー」の中で人気のある以下の記事をおすすめしておきます。

49 絵画に見る様々なマグダラのマリア
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/05/05/025512

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2017年10月30日 (月)

ブラヴァツキー(アニー・ベザント編、加藤大典訳)『シークレット・ドクトリン 第三巻(上)』を読んで

当記事は、アマゾンの拙レビューに加筆したものです。

レビューを書いた時点では品切れでした(新古品、中古品は表示されていました)。

H・P・ブラヴァツキー(アニー・ベザント編、加藤大典訳)『シークレット・ドクトリン 第三巻(上)――科学・宗教・哲学の統合――』
文芸社 (2016/8/1)
ISBN-10: 4286172430
ISBN-13: 978-4286172439

ブラヴァツキーの二大大著は『シークレット・ドクトリン』と、その前に書かれた『Isis Unveild』です。

ブラヴァツキーが生まれたのは1831年、すなわち日本では江戸時代の天保年間で、亡くなったのは1891年、明治24年です。どちらもそんな昔に書かれたとはとても思えない内容です。

『シークレット・ドクトリン』の原典第一巻の前半に当たる部分が宇宙パブリッシングから『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論《上》』というタイトルで出ています。
第二巻が人類発生論。
第三巻の前半部分が、この加藤大典氏の翻訳による『シークレット・ドクトリン 第三巻(上) ――科学、宗教、哲学の統合―― 』で、未完に終わっていたものがアニー・ベサントの編集で世に出た貴重なものですね。アニー・ベサントは神智学協会第二代会長を務めました。

ただ、『シークレット・ドクトリン』の最新版であるジルコフ版から訳出されたH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)の凡例には「原典『シークレット・ドクトリン』(英文)は四巻になる予定であったが、“第三巻”と“第三巻”は結局出版されなかった」と明記されているのです。このあたりの複雑な事情については冒頭に掲げられたジルコフによる「『シークレット・ドクトリン』の沿革」(松田佳子訳)に詳しく書かれています。
そして、ジルコフは「数年もの間多くの論議をかもした」第三巻、第四巻に関しては、「以上、我々は様々な意見を引用してきたが、第三巻、第四巻の原稿存在に関しはっきりとした是非は下せない」と結論づけています。

『Isis Unveild』の前半に当たる部分の邦訳版が『ベールをとったイシス〈第1巻〉科学〉』上下巻で竜王文庫から出ていますが、わたしはこのアニー・ベサントの編集による『シークレット・ドクトリン 第三巻(上) 』を読みながら、『ベールをとったイシス』の続きを読んでいるような気がしました。

アカデミックの世界ではグノーシス主義の定義すら曖昧でしたが、死海文書やナグ・ハマディ文書の発見により、グノーシス主義の輪郭や初期キリスト教に関することが次第に明らかになってきています。
『シークレット・ドクトリン』より前に書かれた『ベールをとったイシス』には、それらに関する多くの記述があります。またアリストテレスはプラトンの教えをどう間違って伝えかを的確に指摘していますし、プラトン哲学の核となったピタゴラス哲学に内在するインド的(バラモン教的)概念の抽出を行っています。古代イスラエル人は何者だったのか。国家集団の中で最古のものだったインドとエジプトはなぜ似ているのか。アトランティスに関する記述も、そうした考察と関連する中で出てきます。

この『シークレット・ドクトリン 第三巻(上) 』では、プラトンの著作、新旧両聖書、エノク書、ヘルメス文書、カバラ文書などが採り上げられており、ブラヴァツキーは様々な推論や学説を紹介しながら、世界の諸聖典の中にある秘教的寓意と象徴に隠された意味を明らかにしていきます。

ちなみにブラヴァツキーがインドという場合には太古の時代のそれを指すそうで、上インド、下インド、西インドがあって、ブラヴァツキーが『ベールをとったイシス』を執筆した当時にペルシア - イラン、チベット、モンゴル、大タルタリーと呼ばれていた国々も含まれるそうです。

ウィキペディア「タタール」に、「モンゴル高原や北アジアは、19世紀まで西ヨーロッパの人々によってタルタリーと呼ばれており、その地の住民であるモンゴル系、テュルク系の遊牧民たちはタルタル人、タルタリー人と呼ばれつづけていた」とあります。

また、『シークレット・ドクトリン』の宇宙発生論では、「一太陽プララヤ後の地球惑星体系とそのまわりの目に見えるものの(宇宙)発生論だけが扱われている」(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)とありますので、『第三巻(上)』を読む場合にも、このことに留意しておくべきでしょう。

『シークレット・ドクトリン 第三巻(下) 』の上梓も心待ちにしています。

これ以前に、加藤氏の翻訳によるブラヴァツキーの『インド幻想紀行』を読みました。とても面白い本でした。『シークレット・ドクトリン』は副題に科学・宗教・哲学の統合とあるように、学術的で、難解なところのある論文ですから、読み進めるには当然ながらその方面の教養が要求されますが、『インド幻想紀行』は一般の人にも読みやすい本ではないかと思いました。

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2017年10月21日 (土)

歴史短編1のために #31 扇面和歌を通して考察したこと①

何度も同じことを書くようだが、初めて当ブログにお見えになるかたもいらっしゃるので、萬子媛をご存じない方にためにざっと書いておくと……

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萬子媛は佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社の創建者として知られている。

祐徳稲荷神社の寺としての前身は祐徳院であった。明治政府によって明治元年(1868)に神仏分離令が出されるまで、神社と寺院は共存共栄していたのだった。祐徳院は黄檗宗の禅寺で、萬子媛が主宰した尼十数輩を領する尼寺であった。

萬子媛は、公卿で前左大臣・花山院定好を父、公卿で前関白・鷹司信尚の娘を母とし、1625年誕生。2歳のとき、母方の祖母である後陽成天皇第三皇女・清子内親王の養女となった。

1662年、37歳で佐賀藩の支藩である肥前鹿島藩の第三代藩主・鍋島直朝と結婚。直朝は再婚で41歳、最初の妻・彦千代は1660年に没している。

1664年に文丸(あるいは文麿)を、1667年に藤五郎(式部朝清)を出産した。1673年、文丸(文麿)、10歳で没。

1687年、式部朝清、21歳で没。朝清の突然の死に慟哭した萬子媛は翌年の1988年、剃髪し尼となって祐徳院に入った。このとき、63歳。1705年閏4月10日、80歳で没。断食入定による死であった。

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神社外苑にある祐徳博物館には、萬子媛遺愛の品々を展示したコーナーがある。初めてそこを訪れたとき、わたしにとって最も印象深かったものは、萬子媛の遺墨、扇面和歌だった。

金箔を張った扇面の馥郁と紅梅が描かれた扇面に、新古今和歌集からとった皇太后宮大夫俊成女(俊成卿女[しゅんぜいきょうじょ])の歌が揮毫されている。

実家である花山院家の家業は四箇の大事(節会・官奏・叙位・除目)・笙・筆道だから、萬子媛が達筆なのも当然といえば当然というべきか。

元禄9(1696)年――出家後の71歳のころ――に揮毫されたものだ。揮毫されたのは、俊成卿女の次の歌である。

梅の花あかぬ色香も昔にて同じ形見の春の夜の月

俊成卿女は藤原定家の姪だった。

田渕句美子『異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今和歌集(角川選書536)』(KADOKAWA、2014)によると、平安末期から鴨倉初期に歌壇を先導した歌人が藤原俊成で、定家はその子、俊成卿女は孫娘に当たる。

俊成卿女は父の政治的不運により、祖父母に引きとられ、俊成夫妻の膝下[しっか]で定家らと共に育てられたという。しかし、定家と俊成卿女の間には確執が生じたようだ。前掲書に詳しく書かれている。

平安末期から鎌倉初期にかけて在位(1183 - 1198)した第82代後鳥羽天皇(1180生 - 1239崩御)は、院政時代に後鳥羽院歌壇を形成した。

その後鳥羽院の招きに応じ、活躍した女性歌人が、式子内親王[しきしないしんのう]、宮内卿[くないきょう]、俊成卿女だった。

それぞれに際立った個性があり、わたしは三人共好きだ。特に進取の気性に富んだ式子内親王の生きかたや歌には心惹かれる。

『異端の皇女と女房歌人』によると、式子には、禁忌を気にせず、加持祈祷を信じない一面があったらしい。式子は晩年三度も呪詛や託宣の事件に巻き込まれたというから、周辺のそうした傾向にうんざりしていたのかもしれない。

『新古今集』の歌は技巧的だというふうに、国語の授業でだか古文の授業でだか習った覚えがあった。だが、その意味をわたしはあまりわかっていなかったようだ。授業では、そこまで詳しくは習わなかった気もする。

前掲書『異端の皇女と女房歌人』によれば、作者自身の体験や感情を核とした平安時代までの和歌とは異なり、院政期からは宮廷和歌において、題詠歌が主流をなしたのだそうだ。

題詠とは、あらかじめ設定された題によって和歌を詠むことであり、題がそれぞれもっている本意(詠むべき主題)をふまえて、本意によって表現史的に様式化された美的観念を、虚構を土台に詠歌することである。(略)歌の作者は、いわばその詠歌主体の人物になりかわって、歌を詠む。物語の作者が、物語中の人物になりかわって歌を詠むことと、ある意味で似ている。(田渕,2014,pp.59-60)

それにしても、授業でも習った『新古今集』の中の式子の「玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする」という情熱的な歌が、「男歌=男性が詠歌主体の歌」だと論証されていると知って、驚いた。いわば、男装して詠まれた歌だという。

式子の恋歌には男歌が多いらしい。勿論、女歌もあるから、鑑賞する場合は二重、三重に注意が必要になる。

『異端の皇女と女房歌人』に、俊成卿女について興味深いことが書かれていた。

健保元年二月七日、四十三歳の俊成卿女は、出家して天王寺に参籠[さんろう]した(『明月記』)。けれどもこれは遁世の出家ではなく、夫通具への別れと独立の宣言であった(森本元子)。中世においては、夫存命中の妻の自由出家は婚姻の解消を意味し、出家によって世俗女性を縛る制約から放たれ、自由な立場を手に入れた。俊成卿女の出家はまさにこれにあたるものであろう。(田渕,2014,p202)

萬子媛の場合も、夫存命中の出家であった。息子の急死がきっかけだったのだろうが、俊成卿女の出家のような意味合いも含まれていたのかもしれない。いずれにせよ、萬子媛は俊成卿女の歌を愛したようだ。

また、俊成卿女は『源氏物語』の注釈・研究を行ったという。断片的に残っているその内容からすると、それは「非常に学術的・考証的な内容」であり、女房歌人というよりも古典学者のような相貌[そうぼう]を見せている」(田渕,2014,p216)

萬子媛も才媛であり、鍋島藩において、その影響には大きなものがあった。

俊成卿女は80余歳で没したとされる。萬子媛は80歳で、国の安泰を祈願して断食入定した。

定家も俊成卿女も藤原北家の人で、花山院家は藤原北家だから、萬子媛にとっては『新古今集』という存在そのものが望郷の念を誘うものだったのかもしれない。

そういえば、『源氏物語』を著した紫式部も藤原北家の人だった。

ウィキペディア「藤原北家」
右大臣藤原不比等の次男藤原房前を祖とする家系。藤原四家の一つ。

ウィキペディアの執筆者. “藤原北家”. ウィキペディア日本語版. 2017-09-15. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%8C%97%E5%AE%B6&oldid=65515383, (参照 2017-09-15).

萬子媛の扇面和歌が出家後に揮毫されたものであることから考えると、僧侶としての生活の一端も見えてくる気がする。

修行生活は、芸術(文芸)などを通して培われる類の情緒的豊かさを犠牲にする性質のものではなかったということだ。

一方では、萬子媛の亡くなりかたや『祐徳開山瑞顔大師行業記』の中の記述から考えると、萬子媛の修行には男性を凌駕するほどの厳しい一面があったはずだ。

その二つがどのように共存していたのだろうか。いえることは、だからこそ、わたしの神秘主義的感性が捉える萬子媛は今なお魅力的なかただということである。

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2017年10月18日 (水)

カズオ・イシグロ『日の名残り』を、とりあえずざっと

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『日の名残り』(早川書房、2001)を、とりあえずざっと読んだ。

イギリス政界の大物ダーリントン卿に仕える執事スティーブンのモノローグを通して、第一次・第二次大戦の反省(?)がなされる

執事の前の主人ダーリントン卿は、イギリスの戦争対策の失敗を象徴する存在として描かれている。

卿は紳士的であったがゆえに宥和政策を推進する立場で動いた。その見通しに甘さがあったために、性善説に基づいたような行動がナチスに利用され、ヒトラーのドイツ帝国勃興を招いたという見方だ。

執事はダーリントン卿を支持し続け、卿の失脚ののちも慕い続けるが、ここには作者のいささか単純で皮肉な見方が潜んでいるはずである。

でなければ、このような一面的な書き方にはならないはずだ。勧善懲悪の世界観から一歩も出ていない。

その見方を骨格にして、あれこれ工夫を凝らし、お手軽な大英帝国凋落の物語に仕上げているという印象を受けた。

このような、今の時代であればこそ通りやすい歴史的解釈の安易な利用を純文学であれば決してしない。むしろ、あの時代について、独自の調査・取材をし、そこに新たな発見があったときに初めて創作に着手しようとするのだ。

イギリスが大英帝国時代を持つしたたかな国であることを知らない人間は、まずいないだろう。

皮肉としてであれ、本当の思いからであれ、第二次大戦前から激動の時代を主人と共に生きた執事の品格を自ずと浮かび上がらせるには、描くべき歴史的背景をあまりに端折りすぎだ。

イギリスという国が紙切れみたいに薄っぺらに感じられてしまうではないか。イギリスという国の重厚でしたたかな側面が何も感じられない。

「高貴な本能」を利用されてしまうダーリントン卿は、イギリス紳士というより、お人好しな日本人みたいだ。イシグロ氏の身近にいたのが日本人だったから、イギリス紳士が日本人になってしまうのだろうか。

この作品は、ハーレクインロマンスを連想させられる文章で書かれた、執事のマナー読本みたいだ。ただ、そこにも手抜きが感じられ、執事の仕事内容がもう一つはっきりしない。

そして、ハーレクインロマンスでは盛り上がる箇所で、この本ではわざとらしく欠落をこしらえている。

技巧なのか、歴史的背景の説明同様、面倒なことは飛ばすことにしているのか。

人物も場面も描きかたが薄っぺらすぎて、登場人物に会話させるためのアイテムでしかなく、執事は仕える相手がイギリス紳士からアメリカ人の富豪に変更になったとはいえ、現役の執事とも思えない、執事のモノローグというよりボケかけた人の寝言みたいだ。

前回のボブ・ディランのときから、ノーベル文学賞が純文学作品からエンターテイメント系の作品に授与されるものへと変節した。

それならそれで、賞の対象になりそうな面白い作品がごまんとある中で、イシグロ氏の作品というのがわたしには納得できない。

ところで、『日の名残り』ではデュポンが意味ありげに出てくるが、あのデュポンだろうか?

もしあのデュポンだとすると、説明がないため、デュポンが戦争で果たした役割について知らない人は、なぜここでデュポンが出てきたのかがわからないのではあるまいか。黒シャツ隊についても同様。いくら執事のモノローグという設定だとしても、説明を省略しすぎる。

ウィキペディア「デュポン」より引用しておく。

エルテールの祖父はユグノーの時計職人で、父は経済学者で政府の官僚にもなったピエール・サムエル・デュポン・ド・ヌムール(Pierre Samuel du Pont de Nemours)であった。フランス革命を避けて、1799年に一家でアメリカに移住したエルテールは、アントワーヌ・ラヴォアジエに師事し化学知識があり、黒色火薬工場としてデュポン社を設立した。当時アメリカで生産されていた黒色火薬はきわめて粗悪であったため、ビジネスは成功した。徹底的な品質管理と安全対策、そして高品質によりアメリカ政府の信頼を勝ち取り、南北戦争で巨利をあげた。やがて20世紀に入りダイナマイトや無煙火薬などを製造するようになった。第一次世界大戦・第二次世界大戦では火薬や爆弾を供給したほか、マンハッタン計画に参加しワシントン州ハンフォード・サイト、テネシー州のオークリッジ国立研究所でウラニウムの分離・精製やプルトニウムを製造するなどアメリカの戦争を支えた。

ウィキペディアの執筆者. “デュポン”. ウィキペディア日本語版. 2017-09-04. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%9D%E3%83%B3&oldid=65371259, (参照 2017-09-04).

萬子媛関連の資料となりそうな本を図書館から借り、早く読みたいがために『日の名残り』をまだざっとしか読んでいない状況。読み込んで考えが変わる可能性もまだある。

『日の名残り』をちゃんと読んだら、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の以下のエッセーに加筆するつもりだ。

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