カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の587件の記事

2016年9月 7日 (水)

トルストイ、イルミナティ、マルクス……と調べ出したらきりがない

③を書きたいと思い、トルストイ、イルミナティ、マルクスにはつながりがありそうな気がして調べていったら、きりがない。

ドイツ語版、フランス語版のウィキペディアや、そこからリンクされた参考論文など、グーグル先生を酷使して調べていたが、独和辞書を持っていないので、ぼんやりとわかった気のするところを詰められない。

萬子媛の御遺物メモは? 芥川賞受賞作品「コンビニ人間」の感想は?

忘れたわけではない。

「コンビニ人間」があまりにひどいから(小説教室の作品としか読めない)、トルストイなんて読んでいると、文学愛好家として日本文学の凋落を思い、泣きたくなった。

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ワカメのサラダ。ちりめんじゃこをカリカリに炒めてふりかけ、和風ドレッシング(甘酢、オリーブオイル、しょうゆを同量。塩こしょう。辛子)を。さらにマヨネーズかけたのは、隠れマヨラーのわたしだけ。

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2015年5月19日 (火)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ⑤一般病棟に復帰

過去記事で書いた、直腸癌を患っている双子みたいな気のする男友達が入院、手術したのですが、昨夜一般病棟に戻ったとの報告が届いていました。

ヘソの上3㎝くらいから、下に向かって20㎝くらい切り、手術痕がとても痛いそうです。

ICUで手術の翌日から歩かされ、とてもかわいい看護師さんから歩きましょうねっていわれて、つい「ハイ」といって歩き、ベッドに戻ってから痛い思いをして後悔したとのこと。

ICUの看護師さんに美人が多いのは歩きたくない患者をとっとと歩かせるための陰謀にちがいない――なんて、書かれていました。

食事も始まり、流動食に近いものを食べているとか。まだ小腸ストーマがついていて、それとのつき合いが大変なようです。

何はともあれ、生き生きと回復に努めている様子に、ひと安心しました。

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2015年4月15日 (水)

幼馴染みから、30年ぶりの電話あり。久しぶりに動画で観た安奈淳(追記あり)。

先日、幼馴染みから30年ぶりに電話があった。

キンドルストアに出している児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』の舞台は、自動車学校の前にある家だけれど、わたしが小学校低学年のときに両親が新築したその家に引っ越したら、隣の家に、1学年下の女の子と弟がいた。

田中さんちにやってきたペガサス

母親同士が電話局勤めで、一つの土地を買って半分こした。そこへ、それぞれの家を建てたのだった。わたしと妹、彼女と弟の4人は始終一緒にいた。

反抗期のわたしは母親が冷たい人間だと思っていて(両親共留守がちだったので、少しひねくれていた)、彼女のほっこりと温かな人柄に文字通り、癒やされていた。

わたしは魚座で、彼女は蟹座。金星はわたしが水瓶座、彼女は双子座に入っている。一緒にいると、絶えずおしゃべりしていたけれど、風のようにさらりとした感触で、それでいて水の星座らしい潤いもあって、幸福とはあんな時間をいうのだという気がする。

が、高校が別で、さらに大学になって、わたしの両親が別の家を建てて引っ越したということもあり、接する機会が減った。

それでも、30年前までは折に触れて会っていた。

娘が赤ん坊のころに、可愛いフード付ダウンジャケットを持って遊びに来てくれた。

京都の人と結婚した彼女は里帰りしたとき、アパートにご主人と泊まりがけで遊びに来てくれたが、その後離婚してしまった。

同じ福岡にいたのに、そのあと、会わなくなった。年賀状は遣り取りしていて、わたしは毎年会いたいと書いたけれど、彼女の礼儀正しい――彼女は人なつこいが、とても礼儀正しい――、温かみのある文面には、会おうという言葉が30年間、一度も書かれていなかった。電話番号も書かれていなかった。

わたしには会いたくなくなったのだ、と思った。里帰りしたとき、街中で彼女のお父様に出くわしたことがあり、そのとき、近況を伺ったりしはした。

数年前に、彼女のお父様が登場する変な夢を見たので、もしやと思った。今度の彼女の電話でわかったことだが、どうも、そのころ亡くなったようだ。

病気、家庭的なごたごた、お父様が亡くなったあとのあれこれ……と、いろいろと大変なことが続いて、ずっとわたしに会いたいと思いながら、そうできなかったのだという。一段落したら連絡しようと思い、そうしようとしたら、また別の大変なことが持ち上がり、結局電話するのが今になってしまったのだとか。

話を聞くと、なるほど大変だったんだなあと驚いた。まあわたしにもいろいろとあったので、こちらも掻い摘まんで話して、お互いにいろいろとあったのね、と二人共思わず爆笑してしまった。

わたしは彼女ほど安らぎを感じさせてくれる女友達には結局出会っていないが、何と彼女もそうだという。彼女のお母様も、「Nちゃんみたいないい人はどこにもいないのに、なぜ会わないの?」と、度々おっしゃっていたとか。

これからは度々電話をかけ合うことにした。お母様もわたしと話したがっておられるそうで、楽しみだ。本当にずっと彼女と話したかったので、少しも変わっていない――少なくとも声だけは互いに――なつかしい声音に、ほろりとなった。

彼女には子供がいないので、他人の子供さんの話は聞きたくないし、会いたいとも思わないが、わたしの娘には会いたいと思っていたそうだ。

それにしても、なぜ病気のことを教えてくれなかったのか……彼女のお父様もそのことは教えてくれなかった。今はだいぶんいいそうだ。

病気といえば、幼馴染みの病気とは違うが、宝塚の安奈淳は膠原病で大変だったという話を前に何かで読み、驚いた。その安奈淳を、久しぶりにYouTubeで観た。

「宝塚歌劇90周年記念 ベルサイユのばら30周年記念」というもので、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、瀬戸内美八、順みつきが登場し、歌い、トークを繰り広げていた。

池田理代子の少女コミック「ベルサイユのばら」に熱中した関連で、大学時代、宝塚に夢中になった。わたしの宝塚熱は3年も続かなかったので、当時「ベルサイユのばら」を演じていたスターたちしか知らない。好きだったのはオスカル役で印象的だった安奈淳だった。

その安奈淳の病気を克服した元気そうな姿に、嬉しくなった。出演者の中で、スタイルが一番よく見えた。声量も昔よりあると感じられるくらいだった。努力を感じさせたが、ググってみると、果たして彼女は大変な努力家だという。

膠原病の悪化はそれが裏目に出た形だったそうだが、彼女の頑張りは病気の克服、体形の維持、今なお薫る魅力となって現れている。

追記:
「宝塚歌劇90周年記念 ベルサイユのばら30周年記念」は10年前の公演でした。最近はお元気なのか気にかかり、再度ググってみました。

もう終わっていますが、「石井好子メモリアル音楽祭2015 前夜祭~  安奈淳・平みちライブ 2015.3.13」という広告が出てきました。ひと月前のものですので、元気に活躍なさっているご様子が窺えますねワーイε=ヾ(*・∀・)/

最近、なつかしい再会が続く。生まれた時期が近いために、星座の影響が似ているためか、似たような試練に遭った友人は多い。互いに連絡し合う精神的なゆとりもなかったほどの……

が、運気というものは落ちっぱなしということはない。わたしたちは、これから生き生きとするだろう。

赤ん坊だった娘に幼馴染みが贈ってくれたフード付ダウンジャケットを、ブログツールで描いてみた。

こんな感じで、これにキルトステッチが入っている。赤い部分はごわごわした毛布のような感じ。胸に入っていたロゴがどんなものだったか、詳しくは覚えていないが、そのロゴがまた洒落た入り方だった。

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2015年3月 1日 (日)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ③ああよかった、まだ生きていた!

過去記事で書いた癌で闘病中の大学時代からの男友達ですが、前回過酷な病状のメールをいただいき、ある程度予測はしていたものの、その件に関して思考停止状態に陥り(逃避状態というべきか)、返事が書けず、お誕生日にようやく返信しました。

その後、今日までメールが返ってこなかったので、もしや……と気が気ではありませんでした。ああよかった!

誕生日が1日違いなので覚えてくれていたのか、このブログを閲覧してくれているのかはわかりませんが、わたしの誕生日を祝ってくれて嬉しくなりました。

わたしは大学時代から占星術にはまったので、当時から一度耳にした誰かの誕生日(あるいは星座)は忘れないのです。サンプルとして記憶の領域に貼り付いているのですね。

もしブログを閲覧して誕生日に気づいてくれたのだとしたら、病気のことなど、あけすけに公開してごめんね。個人が特定できるような情報は混じらないように気をつけているとはいえ、申し訳ありません。嫌な場合は、すぐに削除しますので、いってね。

彼は介護関係の仕事をしているようです。何しろ、ずっと年賀状だけのやりとりだったので(年賀状にはかなりの情報が小さな字で書かれていることもありましたが)、今の仕事については何も知りませんでした。

事務も介護もこなす仕事内容らしく、癌患者としては体力的に過酷な労働環境にあるようで、心配です。

メールに書かれていることはひじょうに興味深く、彼の柔らかな、ユーモラスな文章が、わたしの文章では伝わりません。

転載の許可を得て本格的に紹介したくなりますが、そんなわたしの非常識ともいえる提案が彼の病気に障ったらまずいなとも思い、迷います。

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2015年2月21日 (土)

57歳になりました。リルケの『薔薇』。

大威張りで、57歳になったことを一般公開するわたしって……

でも、57歳になって本当に嬉しかったのですよ。サビアンの年齢域が移ったので。松村潔氏の本では土星の年齢域が56歳からと57歳からになっているのがあって、57歳にならないと安心できませんでした。

というのも、木星の年齢域のサビアンシンボルに漂っていたシビアなムードに合った、思ってもみなかったような種類の極限体験、喪失体験が中年のわたしを次々と襲い、早くこの年齢域を脱したいと思わずにいられなかったのでした。

ペガサスの物語を書くために、馬に乗りに行ったあたりから、思いがけないことに馬に夢中になり、わたしの土星のサビアンシンボルが馬と関係のあるもので、そのあたりから霧が晴れたように明るいムードが漂い始めました。

息子が贈ってくれたプリザーブドフラワーです。

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2~3年、持つそうです。リルケの『薔薇』を思い出します。

ライナー・マリア・リルケ 『薔薇』(山崎栄治訳、人文書院、1953年)は名訳です。

これはアマゾン検索でも出てきませんでしたが、わたしは『新潮世界文学32 リルケ』(1971年)で読みました。その本は現時点で、中古がアマゾンに出ています。

新潮世界文学 32 リルケ (32)マルテの手記・神さまの話・エーヴァルト・トラギー・美術論・小品・詩

詩がお好きな方は、前掲の中古本か、図書館ででもぜひ、読んでみてください。

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造花とは異なる繊細さがあります。

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娘が仕事帰りに買ってきてくれた二つのプチ花束。

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これはまだ袋に入っているところ。包装を解き、同じジャムの空き瓶2個に挿しています。うちにある口の小さな花瓶は安定が悪いので、洒落たジャムの空き瓶に挿してみたら、これがぴったりでした。

春の野原の縮小版が運ばれてきたかのようです。

年齢がいくほどに、花の贈り物が嬉しくなります。若いころは花より団子でしたが。プリザーブドフラワーの薔薇も、二つのプチ花束も、本当にありがたく思いました。

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2015年1月10日 (土)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ②カエルの恨み(追記あり)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率は……

①で書いた男友達から、「続報求む」というわたしの返信に応えて、新しいメールが届いていました。

全文をざっと読み、思わず「アハハハ……」と笑ってしまいました。

以下のような文章で始まっていました。

がんサバイバーなんて、そんなあ、なんかカッコ良いなあ
照れるなあ^_^;
あんまし褒めないでよ<(`^´)>
って胸張ってる場合じゃないか(^o^)

転移していた癌は抗癌剤で消えたようだけれど、CTで転移が認められないかを年末に検査し、その結果を今から聞きに行く、と前のメールにはありました。

実は、前のメールの深刻な内容には友人として相当な精神的ダメージを受けていたのですが、「とりあえず、CTでは転移は認められなかったようです。血液検査でも、腫瘍マーカーは平常値以内だったし」との報告にひとまずホッとしました。

ただ、大腸の狭窄した部分を切除して、つなぎ直す手術を受けなければならないそうです。それによってストーマ(人工肛門)を落とせるかどうかは微妙だそうで、彼は落とすことを望んでいます。

今度、身障者手帳の申請をするそうで、永久人工肛門ではないから4級が認められるかどうかわからないけど、もし認められたらストーマの装具の経済的負担が軽くなるとか。

癌の手術後のいろいろな症状や、なぜそうなるのかについて、わかりやすい詳細な説明があり、勉強になりましたが、読んでいてナンカ脳貧血起こしそうになりました。

そして、メールにはこんなことが書かれていました。

子供のころにカエルのお尻の穴に
ストロー(文字通り麦わら)突っ込んで、息をぷーって吹き込んで
カエルのお腹をパンクさせて遊んでたから、そのカエルの恨みか
バチが当たったんだって真剣に思った。カエルの恨みは恐ろしい。

読みながら笑いつつ、ひーと思いました。

そうか、カエルの恨みだったか、彼の直腸癌は。

幸い、カエルに対して、わたしはそれはやったことがないけれど、カエルを見るたび――特に炎天下でのびているカエルを見ると――罪悪感に駆られます。アリを見ても罪悪感に駆られる理由があるのですが、アリについては過去記事で書きました。ライン以下に全文引用しておきます。

現在わたしには糖尿病の危険信号が点滅しています。これは砂糖責めにされたアリの恨み?

アマガエルに対して何をしたかというと、2つのバケツいっぱいに田圃からアマガエルをとってきて、庭に持ってきたまではいいものの、それをどうするのか、使い途を考えていなかったわたしがバケツを放置している間に、飛び出たアマガエルが庭全体に散り、散ったそこここで一斉にゲコゲコ鳴き始めました。

夏の雨上がり、あるいは水やりをしたあとだったのかは、はっきりとは覚えていませんが、まばゆい光を受けた青々とした芝生の水滴がキラキラと輝いていたことを覚えています。

※「九州沖縄農業研究センター」のホームページに、九州における稲作の時期についての解説があり、「九州での平均的な田植えの時期(田植期)は、1950年代には6月下旬の後半(26~30日)であったのが2000年現在では6月中旬の前半(11~15日)と、2週間ほど早期化しています」とあります。田には水が張られていたので、梅雨の晴れ間だったのかもしれません。

その庭の芝生一面をカエルが埋め尽くした壮観な光景は記憶に焼きついています。このときわたしが叱られたのは母ではなく、わたしと妹が小さかったころは子守りとして、また大きくなってからは家政婦として来てくれていたおばさん。

優しいおばさんだったので、きつくは叱られませんでしたが、困り果てたような表情で、カエルを集めて田圃に帰すようにいわれました。

ですが、アマガエルは水から出したら、想像以上に弱い生きものなのですね。そのことを、わたしはこのとき知りました。

拾い集めようとしている間に、沢山のカエルたちは強い日射しを浴びて、次々にのびてしまったのです。庭一面に、白いおなかを見せてひっくり返ったカエルたち。その光景もまた壮観でしたが、カエルたちをそのあとどうしたのかは、記憶にありません。

わたしはあまり水を飲まず、体が乾燥しやすいようです。人並みだと思っていましたが、意識的に水を飲まないと、すぐに腎臓結石ができてしまいます。それが尿管に落ちてきたときの痛さといったら……

これも、沢山のカエルを乾燥状態に置いた恨み?

西洋占星術で見ると、わたしの月は火の星座の牡羊座にあり、上昇宮も火の星座の獅子座なので、乾燥しやすい体質ではないかとも思えます。

牡羊座が示す体の部位は頭部、獅子座は心臓など。検査のためとはいえ、頭蓋骨を抉る手術を受け、心臓のトラブルは当ブログの古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

火星、金星がいる星座の示す部位も健康に関係するといいますね。わたしの場合は火星が山羊座で、金星が水瓶座です。山羊座は骨。骨腫瘍、関節のトラブルも、古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

1日違いの男友達の出生時間を訊いて、ホロスコープを作成してみたくなりました。

それにしてもねえ。これを閲覧なさっているあなたは、子供のころ、小さないきものに残酷なことをしませんでしたか?

入院中の面白い話はまた今度ね。
抗癌剤治療の副作用についても。禿たりはしてないよ(^o^)
ではまた。

と、メールは結ばれていました。

わたしのほうが禿げてきたわよ。彼の癌年賀・癌メール(もはや連絡のないのが一番のストレス)、湿疹、閉経、創作に行き詰まると頭を掻きむしる癖……禿げないほうがおかしい。

女性の薄毛、抜け毛について、改善策を求め、ネット検索しているところです。中年太りの悩みが遠のいたと思ったら、今度はこれよ。

追記:

カエルの恨み、アリの恨みを神秘主義的に解釈すると、こうした物事の展開はカエルやアリが惹き起こすものではなく、本人自身が招いた事態――つまりカルマの表れということになります。宇宙のバランス感覚の表れですね。小さな生きものに対してであれ、自分がしたことは自分に返ってくるのです。ブーメランのように。

だからといって、それがこのようなかたちで返ってくるとは考えにくいですね。

勿論、糞真面目なこんなことを彼にメールしたりはしません。わたしと彼とのやりとりには常に真面目さと冗談が混ざっていて、お互いがいろいろと複雑なことをわかっているということを前提に、あれこれ含みを持たせて書いています。それができるから、「本当に友人と呼べる人」なのです。

わたしが記事に書いたことをそのまま受け取られても困ると思ったので、付け加えておきます。

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2015年1月 6日 (火)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率が18%弱

過去記事で書いたことを、長くなりますが、引用します。

 昨年の11月25日に以下のような夢を見ました。

建物の立ち並ぶ、どことなくレトロな街。そこに我が家があるのだが、火事が発生する。道路沿いから裏手のほうへ火が回りかけている。道路の角を曲がるときに見ると、白木造りの家屋の至るところから真っ白い煙が出ている。ここまで火が来ているとしたら、裏手の逆端に近いところにある我が家も危ないのではないかと思う。土手のようになった道路に警官がいて、何か指示している。

 この夢が気になっていたところ、大学時代からの男友達から来た年賀状がこれまた晴天の霹靂というべき内容でした。

 彼は、誕生日がわたしと1日違いの本当に友人と呼べる人でしたが、結婚後は年賀状の遣り取りのみになっていました。年賀状に、とても小さな字で「今、元気にがん患者やっています。直腸ガン。2回目の抗がん剤治療中です。外来でやってます。あと1回抗がん剤入れて、2月の中旬に手術予定」とありました。

 昔、大学の第1食堂でしたか、同じ法学部だった彼と授業後などによくカップコーヒーを飲みながら色々と語り合いました。誕生日が近いせいか、考え方や感じ方がそっくりで、双子のように感じることがありました。

 互いの恋人のことも話したりしました。夫を見た彼はなぜか、「こ、怖い……」といいましたっけ。彼が書いた、『緑色の大地』というSFみたいな変わった小説のことはまだ覚えています。

 就職とアパートを決めたことを母に知らせた翌日に何と母が倒れたので、わたしは帰省してそのまま病院の母の傍で数ヶ月を過ごしました(拙手記『枕許からのレポート』参照)。

 就職がおじゃんになり、先の見通しがつかない失意の状態のときに、彼が来てくれました。わたしを何とか物にしようとしていた夫も、よく高級なメロンなど持って母を見舞ってくれましたが、彼は真の友情から一度だけただ来てくれ、勇気づけてくれたのでした。

 アーモンド型をした女性的にすら見える彼の目に宿った綺麗な光を覚えています。このときの彼をモデルにして、わたしは『どこか別の美しい街』(『露草』から改題)という小説を書きました。これはやや倒錯的(?)な小説になりましたが、電子書籍にする予定ながら、まだできていません。まだ表紙だけ。

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これが昨年の出来事でした。

今年の年賀状が来なかったら、もう……と息苦しい思いで待っていたところへ、年賀状が来ましたが、昨年の時点で5年生存率が18%弱といわれたとか。あと4年を頑張りたいとありました。

わたしも彼もメールアドレスと電話番号は連絡し合っていましたが、結婚後のやりとりは一度例外があっただけで、あとはずっと年賀状だけのやりとりでした。

一度の例外というのは、彼のいた会社がだめになったときでした。幸い再就職はうまくいったようでした。

年賀状に続いて今日、メールもあり、病気の詳しい経過が記されていました。

明るい文面で元気に癌患者やっているということですが、暗いときには凄く暗いことを――人間ですものね――大学時代から知っています。

彼が治療を受けている福岡県の大学病院には行ったことがあるので、返信にそうしたこととか、神秘主義的なことを話したことはなかったのに(SF的なことはよく話しましたが)、以下のようなことを書きました。ん?でしょうけれど。

眠れないときなんかは、時間を有効活用?するためにも、おなかの中いっぱいに綺麗な白い光がシャワーみたいに降り注いでいるところを想像してみるといいかも。
内科的なことには効きにくいけれど、外科的なことであれば、効くこともあるよ。癌に効くかどうかは、癌になったことがないからわかりません。

そういえば、同じ大学時代の女友達Rちゃんも、職場で知り合った10歳年上の女友達が膵癌で、その人は仕事をしながら、活動的に明るく癌患者やっているといっていました。Rちゃんの頭の中には絶えず、その女友達のことがあるようです。

神智学の仲間で、直腸癌に倒れた人がいました。

当時やっていた神智学関係の集会のあと、手塚治虫にそっくりな年輩の男性、医大生だった青年、わたしの三人で集会後によく喫茶店へ行き、本当に楽しく神秘主義的なことを話しましたが、手塚治虫そっくりだったその男性が直腸癌になりました。

物凄くサボテンに詳しい人でした。その人が亡くなったあと、夢の中で一緒に馬を乗り回す夢を見たことがあります。

読書の習慣をつけてくれた中学校時代の恩師も、直腸癌で亡くなりました。初の歴史小説でお世話になっている郷土史家に出会う前、その恩師の夢を見ました。知り合いだった可能性があり、恩師の導きだと思っています。

男と女という性の違いを超えて友情を育めた、わたしにはとても爽やかに映った人たちが同じ癌にかかり、亡くなったりするのは耐えがたいものです。

男友達も大変なサバイバルに違いありません。ご家族のためにも、頑張ってほしい思いです。

直腸癌は痔と紛らわしいので、発見が遅れがちになるのかもしれません。男友達も痔かと思って病院へ行ったと書いています。

創作にとりかからなければなりませんが、その前に自分のために書きたいと思っていた短編の純文学小説を書いておきたいと考えています。神秘主義的カラーの強い小説ですが、幻想的な美しい小説を書いてみたいのです。『どこか別の美しい街』と合わせて本にするかもしれません。

頭の中ではだいたい出来上がっているのですが、すんなり出てきてくれません。それを終えたら、初の歴史小説にダイビングです。

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2014年10月17日 (金)

昔とイメージが違う行政書士

契約社員として書店員を勤めている娘が転職を考えているが、長く続けられるような自分に合った正社員の口となると、なかなか難しい。

正社員と全く同じ仕事内容なのに、安定しない立場で安くこき使われている人は今の日本では多いと思うが、娘もそうであり、年齢を考えると、この辺りで本腰を入れないわけにはいかないといったところ。

これまでも娘はずっと転職を考えてきて、たまに面接に出かけることはあったが、面接に行ってその会社の仕事内容、待遇が見えてきたがために「ここにはちょっと」となったり、入りたくても資格や経験がなかったり。

娘は市立大の法学部卒なので、法律関係には抵抗が少ないほうだ。

台風被害で示談。再婚後、少しおかしかった奥さんと長く暮らしているうちに自分までおかしくなった父から、わたしと妹(及び親戚)がふっかけられた、複雑怪奇かつ根拠のない裁判。夫の●●に片をつけるための2度の示談(そのたびに相手がルール違反――ストーカー行為、脅迫――を犯してくれ、2度目には警察に相談せざるをえなかった)。

わたしも一応法学部卒だが、まさか自分の人生にこんな裁判沙汰が起きるとは在学中は想像だにせず、文学ばかりしていた。それでも、法学部だったお陰か、法律にアレルギーはなく、父のとき、弁護士費用が馬鹿高いことを知り、裁判所に提出する準備書面を自分で書こうという気にもなった。

夫の●●に片をつけるための2度目の示談のとき(夫はいつだって、わたしと別れたくないと泣くばかり。遡ればまだ結婚前、母が倒れて再起不能といわれたときから。一旦再起してくれたので、結婚できた)、弁護士さんに相談したが、このとき、娘が要領よくそれまでの経緯をまとめて弁護士さんに話してくれた。弁護士さんは娘を法律の初心者ではないと解釈し、助手と話すような本格的な口調で話していた。

わたしはたぶん、呑み込みの悪い、暗い被害者のおばさんの顔をしていたと思う。

台風被害での示談のとき、当時、娘はまだ学生で、示談書を作成する際、大学の先生に訊いてくれた。理系だが、大学で教養の選択に法律を選んだ息子も手伝ってくれた。

わたしに起きた裁判沙汰は、大学で教養として学んだにすぎなかった抽象的な法律を生き物にしたが、娘はそれを仕事に、とはそのときは思わなかったようだ。

それが最近、法律事務所の求人に目が行くようになったらしい。これまでのことを考えると、娘に法律の仕事は合っているようでもあるが、法律事務所に入るのは難しい。

というのも、個人経営、共同経営、いずれにしても法律事務の経験者を求めているところが多いからである。応募率も高いようだ。債務整理を中心に手がけている法律事務所が目につく。お金になりやすいからだろう。

それにこれまで、書店とはいっても全国型書店の中小企業的な雰囲気に慣れた娘には、法律事務所という小さな形態に不安を覚えるようだ。

が、35歳までに転職を成功させるつもりであれば、この辺りで的を絞り、法律事務所の求人に有利となりそうな行政書士の資格を取り、数年かけてアプローチするのもいいかもしれないね、と娘と昨晩話していた。

行政書士のテストはわたしが大学生だった35年も昔は、法学部でなくとも受けやすい、やさしく取得できる資格というイメージだった。が、それだけ単独で持っていても何にもならないと考え、周囲で受験する人はまれだったと思う。

司法書士が行政書士も兼ねているというイメージだった。

が、改めてネットで調べてみると、行政書士ができる仕事は増えているようで、弁護士、司法書士、行政書士が仕事を奪い合っている領域さえあるようだ。勿論、どこまでできるかの内容の違いはある。

難易度も高くなっているようだ。行政書士の試験制度が大幅に改定された平成18年度以降は、 難易度のバラツキが少なくなり、おおむね6~8%で推移……とか。

ちょっと驚いて、昨日、書店で行政書士資格の参考書を見てみると、昔とどの程度の違いがあるのかはよくわからない。広く、浅く、というところは同じのようだが。

電子書籍のKDP登録の代行業に素早く手をつけたのは、行政書士だったという印象がある。電子書籍自体が儲からないとわかり、すっと熱が冷めた気配があるけれど。

娘がこの先、どうするのかはわからないが、結婚を心配しすぎることだけはやめようと思う。というのも、出戻ったり、バランスの悪い結婚をする若い人が目につくから。何だか日本社会全体のバランスがひどく崩れている、という感じがしている。

この先、娘がどうするのかはわからないが、わたしも行政書士の勉強をしたくなってきて困る。イタリア語も習いたくて困る。

困るのは、そうした勉強がわたしは嫌いではないけれど、今のわたしがそうした勉強をしても趣味にしかならないだろうという見通しの悪さとは別に(創作に役立たないとは思わないにしても)、創作からの逃避の傾向を含んでいるからだ。

歴史小説を書き出すのが億劫、怖い。物になる(お金になる)作品に仕上げたいという下心がそういう気持ちを惹き起こす。萬子媛の品性を損なわない作品に仕上げたいという思いが中心にあるにも拘わらず、世俗欲が働く。

書き始める前はいつだって、そうなるのだ。書き始めさえすれば、純粋に没頭できるのだけれど。「見る前に跳べ」と自分にいってみる。これ、オーデンの詩だったわね。

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2014年9月23日 (火)

お気楽な見学のつもりが体験学習でした。追記あり。

娘がNHKカルチャーのイタリア語講座(初級)を受けるかどうかで迷っていて、とりあえず見学に出かけるけれど、一緒に行かない?と誘ってきました。

わたしは、お気楽に後ろのほうで見学していればいいのだと想像しました。

バルザックに熱中していたころ、フランス語を独学で少しだけ囓ってみたことがありましたが、すぐに創作暮らしにまぎれ、今ではほとんど何も記憶に残っていません。

あのころ、NHKの「フランス語会話」では『スタンダード40』という番組が制作されていて、大木充先生とか可愛らしいファビエンヌとか、ユニークなパトリスといった人々が登場して、楽しい講座になっていました。

その頃「イタリア語会話」には山口もえちゃん、ジローラモ・パンツェッタ、ダリオ・ポニッスィ、コンスエロ・モスケッラ(ナオミ役)といった人々が出ていました。

娘はその頃からフランス語よりイタリア語に興味を持っていましたが、特にここ数年独学でイタリア語に熱中し、ローマとフィレンツェにペンフレンドが2人。わたしは受講に賛成でした。

4月からの1年講座ですが、3ヶ月ごとに区切られているようで、途中から受講することもできるようです。

わたしはいつも創作に時間をとられて、他にしたいことがあっても諦めざるをえませんが、気晴らしに――なんていうと、失礼ですが――見学に行くのもいいかもしれないと思いました。

NHKカルチャーといえば、「日田文學」で知り合ったFさんが確か講座を持っていらしたはずと思い、ホームページを閲覧してみると、ありました。「エッセイ・小説の作法」。Fさんの講座とか俳句の講座とかを見学してみたい気もしました。

そして、どうせ使うこともないだろうけれど、と思いながら、ノートとボールペンをバッグに入れました。

翌日、受付を済ませるときに、「もう先生はお見えになっていますよ」といわれ、ちょっとドキッとしました。講座は1時間20分です。

教室に行くと、既に受講生は着席し、先生が迎えてくださいました。欠席者が2人で、少人数です。ドアは前のほうにあって、大学の小教室みたいでした。中年から老年の男女が目に入りました。その日の受講生で一番若いと思われた男性も40代でしょうか。

先生は、夫婦デュオ「ヒデとロザンナ」で有名だったロザンナ・ザンボンの今の感じを何となく連想させられる、知的かつイタリアのマンマという印象の中年女性です。

わたしたち母子は促されて着席しました。先生が、受講を見学する目的をお尋ねになりました。

娘は、独学でイタリア語を勉強してきたこと、フィレンツェとローマにペンフレンドがいることを話しました。次はわたしの番でした。

娘にくっついて来ただけです、ほんの気晴らしに……とはいえなくなり、イタリア語の知識はゼロだけれど、イタリアの作家タブッキに興味があるといいました。

皆でちょとした雑談になり、とても和やかな雰囲気だったので、わたしは先生のご出身をお尋ねしました。ナポリだそうです。でも日本に来て長いそうで、教えてくださった年数から考えて、この街も長いようでした。

いよいよ授業が始まりました。

とてもすてきな雰囲気でしたが、思っていた雰囲気と違うぞと思いました。なぜか、わたしたちも参加するような雰囲気があるではありませんか。いや、娘はともかく、わたしはただ見学に来ただけで……と心の中で訴えつつ、隣に座る娘を盗み見しました。

澄ました受講生顔になっている娘に、話が違うじゃないのと思いながら(でも娘も見学のみと思っていたそうで、緊張していたとか)、仕方なく娘を真似てわたしもノートとボールペンを出しました。

  • Buongiorno(ボンジョルノ) こんにちは
  • Piacere(ピアチェーレ) はじめまして

と皆さん、おっしゃっています。ボンジョルノは聴いたことがありましたが、ピアチェーレは初めて聴く気がしました。

そうこうするうち、受講生から順に自己紹介が始まり、あれれ、娘が当たって、う、最後にわたしの番?

先生は「心配いらない。大丈夫、大丈夫よ」とおっしゃっています。結局、必死でついていく羽目になりました。

一つの授業で、どうしても覚えなければならない構文は二つだけで、単語は沢山出てくるけれど、とても一度に覚えきれるものではないので、それは徐々に覚えていけばいいとおっしゃいました。

ざっと、以下のようなことを習いました。先生がお書きになる黒板の字は全て大文字でしたが、わたしは書き慣れた書きかたでノートしました(間違っているかも)。

  • Mi chiamo Maki Naotsuka.(ミ キアーモ マキナオツカ) 私の名前は直塚万季です。
  • Sono di Saga.(ソノ ディ サガ) 私の出身は佐賀です。
  • Sono casalinga.(ソノ カザリンガ) 私は主婦です。
  • Sono giapponese. (ソノ ジャッポネーゼ) 私は日本人です。
  • Mi piace la siesta.  (ミ ピアーチェ ラ シエスタ) 私は昼寝が好きです。
  • 雨の日の外出は好きではない。
    Non mi piace uscire con la pioggia.私は雨の中を行くのは好きではない。
    Non mi piace uscire quando piove. 私は雨が降ったときに外出するのが好きではない。
  • Ti piace la carne? 肉が好きですか。
  • Si, mi piace. はい、好きです。
  • Anche a me piace. 私も好きです。
  • No, non mi piace. いいえ、好きではありません。
  • (複数形)
    Ti piacciono gli asparagi? アスパラガスが好きですか?
  • Si, mi piacciono molto. はい、とても好きです。
  • No, non mi piacciono. いいえ、好きではありません。
  • No, non mi piacciono molto. いいえ、あまり好きではありません。※「大嫌い」ではなく、「あまり好きではない」の意味になる。
  • (人間関係。直接いう場合)
    Mi piaci. あなたが好きです。
    Ti piaccio? あなたは私を好きですか?

    Ti amo. あなたを愛しています。※永遠の愛を誓うような意味もあるので、日常会話ではほとんど使うことはない。

その中で、覚えるべき二つは、

  • Mi piace~=わたしは~が好きです
  • Non mi piace ~=わたしは~が好きではありません

であるようでしたが、いきなりのイタリア語に頭が上せてしまっていたので、違っていたかもしれません。

4月から始まっているにしても、皆さん、全くの初心者ではないという感じでした。娘を含めてです。フランス語で遊んでみただけだったわたしとは違い、娘がイタリア語を真摯に独学していたことがわかりました。講座にすっかり溶け込み、皆さんに比べても遜色ないレベルでした。

わたしは最後に当てられると、頭のほうだけイタリア語でいい、あとは日本語をくっつけて、翻訳は皆さんにお任せしました。だって見学だけのつもり……

発音はほぼローマ字読みでいいようでしたが、全部がそうだというわけではないので、ノートに必死でカタカナで読みかたをメモし、当てられるとそれを読みました。

好きなことはお昼寝というと、先生がわたしもよ、とおっしゃいました。昼寝のシエスタという言葉はスペイン語だと思っていましたが、イタリア語でもシエスタというそうです。

先生の発音はテレビで聴いたみたいな、綺麗な、イタリア語特有の切れのよい発音で、感激しました。その発音にうっとり聴き入ったりもしていたので、よけいに授業についていけませんでしたが……

あちらの授業では、覚えたことを文章に組み立てて理解することに重点が置かれているようです。国語のテストは作文だけだとか。歴史のテストにしても、まとまったことを述べる口述試験だそうです。

何が嫌いかをイタリア語でいわなければならなかったとき、何が嫌いかがとっさに出てきませんでした。受講生たちは、あえて少し捻った文章を考え出して自分でイタリア語に翻訳していました。それを先生が訂正したり、 助けたりしていました。そこで、質問が出たりもしました。先生が他の文例をいくつか付け加えたりもなさいます。

文章が調うと、全員で黒板を見ながら読むのです。

わたしは雷が嫌いといおうと思いましたが、もう少し捻ろうと思い、「Non mi piace 雨の中の外出」と日本語まじりでいいました。

すると、今度も先生はわたしを見て、「わたしもそう。よく似ているわね、わたしたち……」とおっしゃるではありませんか。そうした何でもないことに喜びを覚えたりして、緊張と既視感と幸福感とを伴う授業が終わりました。

イタリア人特有のものなのか、先生個人の特徴なのかはわかりませんが、考え深そうな表情のあとに来る鮮明な表情(反応)が、雲間から射す太陽の光みたいで、印象的でした。

本当によいムードでした。皆さん、さりげなくチャオといって、それぞれに帰っていきました。

わたしはゼミを選択しなかったので、マスプロ大学での大教室におけるマスプロ授業が記憶にある授業でした。

大学時代に作家としての足場を築くつもりだったので、ゼミに時間を取られたくないと思ったのでした。あとで後悔しましたけれど。こんな年齢になっても未だに足場が築けない無残な人生になるなどとは、楽天的だった当時は想像もしませんでした。

大学での授業が物足りなかったとの思いがあったため、35年ぶりくらいに受けた少人数での授業が、思いがけないくらい、楽しかったのですね。

娘と受講したいと思いましたが、冷静に考えると、書かねばならない初の歴史小説がありますし、受講するにしても、来年の4月からのほうがいいでしょう。今のままでは皆について行けず、迷惑がかかる気がします。

娘も夫も、わたしがイタリア語講座に魅せられたことは喜んでくれましたが、やはり小説との両立は難しいのではないかという意見でした。

「ママはやろうと決めたら真面目に頑張るタイプだから、授業には追いつくと思うけれど、歴史小説はいいの?」と娘。夫も同調。家族は、わたしが郷土史家のお世話になっていることを思い出したようでもありました。

そうです、まずは小説ですよね、ハイわかっています。いつも孤独に黙々と小説を書くだけ。ろくに売れもしないのに。

受講する娘の土産話を楽しみに、小説頑張ります。

追記:

娘がイタリア語の参考書を沢山持っているので、時間があるときにそれを借りて勉強したり、受講ノートを見せて貰ったりしながら、もし行けたら来年あるいは再来年、イタリア語を受講できたらと考えています(あくまで希望、いや夢かな)。

見聞を広めることは創作には不可欠なことで、外国語を学ぶことが創作の役に立たないはずはないのですが、創作は毎日が自身に課したノルマをこなすことから成り立っており、それ自体の中に調べものや学習が含まれているため、それだけでも容量オーバーとなりがちなのですね。でも、3ヶ月だけでもいいから、受講してみたいという気持ちがむくむくと……。

そういえば、Kindle本にした「昼下がりのカタルシス」では女性主人公がフランス語講座に通う場面が出てきます。講座について調べたものの、実際にはどんなものかがわからないまま、想像で書いたのですが、これが何と想像通りでした

昼下がりのカタルシス [Kindle版]
直塚万季 (著)
出版社: ノワ出版; 2版 (2013/12/2)
ASIN: B00EJ7A5LY

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2014年8月 8日 (金)

昨日書店に立ち寄って

昨日、美容室に出かけた帰りに、書店に寄った。

最近「高校生の読書感想文 おすすめ」といった検索ワードで当ブログにご訪問になる方が増えたので、書店ですぐ手に入りそうな本を見ておこうと思ったのだった。

これまではどちらかというと、高校生が読みやすい、感想文の書きやすそうなプロットのはっきりした作品を収めた本を「おすすめ」していたが、目に飛び込んできただけでなく、ああこの本が今なら文庫で買える――と思わされた本を3冊選び、手にとってみた。

どれも過去に読み、感動した本だが、訳者が異なるので、中身を確認してみた。

昔と比べて近年、書店に本が溢れているようでありながら、すぐに品切れになる本も多い。書店にある本を見れば、いつでも手に入りそうな気がしてしまうが、決してそうではない。

バルザックの『暗黒事件』が今であれば、ちくま文庫で買える。これは歴史小説の傑作だ。

バルザック流のこまかな描写が読書嫌いの生徒には敬遠されるかもしれないが、プロットは鋼鉄のようにしっかりしていて、何しろ面白いストーリーなので、感想文は書きやすいのではないだろうか。

ざっとでも再読しておかなければ、おすすめできないと思い、読み始めると、ざっととはいかない面白さで(何度読んでも面白い)、もう捕まってしまっている。

副産物として、この本を選んだ生徒を歴史好きにするかもしれない。女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの伝記を読むと、学校でかなりバルザックを読まされている。

最近、フランスのことを書いた何かで、バルザックは学校で読まされる定番だという文章を目にしたことがあるので、今もよく読まされるのかもしれない。

そういえば、娘が文通しているイタリア人の書店主さんはバルザックの『オノリーヌ』をお読みになったばかりだそうだ。『オノリーヌ』も今ならちくま文庫で買える。

光文社古典新訳文庫の服を着たリルケの『マルテの手記』、ギッシングの『ヘンリー・ライクロフトの私記』も目に飛び込んできた。

なつかしい友人にでも再会したように、目が潤む。毎日自宅の本棚で見ている癖に、装いを新たにしているのを見ると、何ともいえない感動を覚えるのだ。

この2冊はエッセイ風なので、感想を書きづらいところはあるかもしれない。

しかし、ストーリーものだと挫折してしまう生徒には逆に、どこからでも読めるという利点がある。これらの本を読むと読まないとでは人生の味わいが違ってくる。

高校生で読めるだろうかと心配になったが、『マルテの手記』は中学1、2年で、『ヘンリー…』も高校生で読んだというレビューが出てきた。わたしが思った通り、これらの本が人生を変えたと書いている人のレビューを複数目にした。

自宅にある3冊をざっとでも再読して、おすすめ記事を書きたい。もたもた再読していると、夏休みが終わってしまうかもしれない。

この3冊はおすすめ海外編としよう。日本の本のおすすめも書店で決めたかったが、時間がなかった。自分が若い頃、翻訳物が好きだったせいか、どうしてもそちら中心になる。

バルザックの歴史小説は、これから歴史小説を書こうとしているわたしには刺激になる。高校生のときだったか、山岡荘八の『織田信長』などに夢中になったことはあったものの、大人になってからは日本の歴史小説、中には面白いと思うものもあるが、パターン化されている感じがし、正直いって、わたしにはつまらない。かといってバルザック風には書けるはずもないが……

お世話になっている郷土史家に(暑中見舞いを書きそびれたので)、残暑見舞いを出そうと思い、「かもめーる」を買ってきた。「かもめーる」、残暑見舞いにも使えることを一応窓口で確認した。

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