カテゴリー「グルメ・クッキング」の19件の記事

2008年2月16日 (土)

バレンタインデーに家族で食べたチョコ

P2110134 上がゴンチャロフ。向かって左がモロゾフ。右がガレ。

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2007年10月25日 (木)

デパートのイタリア展で買ったもの

Pa240024  向かって左から、コースター、サラミ、エッグスタンド、グラッパ(ブランデー)です。

Pa240018_2 Pa240026 グラッパはアルコール度が高いので、カクテルにするといいです。夫は、割るのはもったいないといってロックにして飲んでいましたが……。ほのかに葡萄の香りがしました。 

 夫も娘もわたしも皆心地よく酔い、わたしはこのところの心配事を忘れました。昔父が作ってくれたカクテルの素敵な味など、思い出しましたけれど。。。

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2007年1月 2日 (火)

元旦の食卓から

20070101145615 20070101145559  デパ地下のおせちコーナーで注文したおせち。向かって左の写真上段の海老は、どう見ても伊勢海老ではないなあ……と思ってお品書きを見たら、オマール海老でした。

 おお、よく西欧の料理に出てくるオマール海老!

 おせち料理は自分で作るほうがむしろ高くつきませんか? わが家では数年前から、倹約のために(?)おせちは注文することにしています。珍しい料理も、こんなときでなければお目にかかれませんし、一石二鳥です。

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 千枚漬けが好評でした。イクラは娘とわたしは駄目ですけれど、夫と息子は大好物。イクラのしょうゆ漬けです。男連中はこれをごはんの上にのっけて、美味しそうに食べていました。

 もやしと錦糸卵の酢の物に、息子が「へえーもやしと卵って合うんだね」と感心していました。これならアパートで息子にも作れるはず。

 いつもする雑煮をまだしていません。ボルシチをしたからです。おせちで何となく和風はもういいという感じになり、あえてボルシチに。これも息子には初めての料理だったので、驚いていました。ブログの効用ですね。

20070101232651 20070102004112 20070102094454_1  ボルシチの作りかたを教えましたが、これはアパートでは作らないかな。

 ボルシチ用のサワークリームを作った残りの生クリームを甘くし、かけた苺。夫は苺はそのままが好きなので、彼の苺にはかけませんでした。息子はクリームをなめんばかりでした。

 ぜんざいは、夫の好みに合わせたあっさり味。これがだんだん凝っていって水羊羹みたいになったものも、彼は大好き。

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20070102092924 2日になって、今春初のシフォンケーキ作りを決行しました~。

 シフォンが好きな夫のため娘のため、カステラ好きで手作りのシフォンの味を知らない息子のため、何より自分の快楽のために~♪。写真がひどくぼけてしまいましたが、まあまあの出来でしょ! 

 味見したのはわたし。まだ家族は食べていません。今年も、リーズナブルでヘルシーなシフォン作りをじゃんじゃんしたいと思っています。 

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2007年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
 あなた様にとってよいお年でありますよう、
お祈り申し上げます。

 大晦日に、そして新年になって早くもご訪問くださった方々がいらっしゃって、嬉しくなりました。ありがとうございます。

 ブログペットのウッフも挨拶をしてくれて、新年の誓いを訊かれました。とっさのことで、言葉が出ませんで、「わが心に愛と希望」といいました。またそのうち、誓いが守れたかどうか訊くそうです。可愛いウッフや、今年もよろしくね。

 なごやかな年越し、そして新年の訪れでした。

わが家の問題については、あの世からこの世を見守ってくださっている高貴な方々に、お任せすることにしました。何かあったら、と懼れるより、何があっても、と意志を強くしたいと思います。

20061231214531 ゆっくり写真を撮る時間がありませんでしたが、大晦日の夕飯です。これは、前にご紹介した「朝日クッキングサークル」の中の『中国風ビーフステーキ』を参考にしたものです。

 そのときは豚肉で作りましたが、昨日はレシピ通りに牛ランプ肉で作りました。豚肉で作ったときとは、また違った美味しさでした。わたしはどちらも好きです。再度レシピを簡単にご紹介します。

まず、牛ランプ肉にかたくり粉を薄くまぶします。フライパンにサラダ油、にんにくの薄切りを入れて弱火で焼き、カリッとしたら、肉を入れて焼きます。

肉が焼けたら、酒を振り、(4人分で)砂糖大さじ1、しょうゆ大さじ3、おろししょうが小さじ2、コショウ少々を加えて手早くからめます。

20061231213953_2 この刺身の皿のわさびは、わさびの地下茎を買い、摺りおろしたものです。ちょっと高いと思いましたが、奮発しました。つんとくる香りが、何ともいえません。

 この前日にも作ったばかりだった、さつまいものミルクスープを昨日も作りました。息子に飲ませたくて。幸い、夫も娘も好きなので、続けても文句は出ませんでした。

20070101052747  鍋に水、固形スープ1個、輪切りにしたさつまいもを入れて柔らかく煮、裏ごししたものに写真の缶詰の生クリームを加えて仕上げました。

 さつまいもの甘さに合ったクリームで、本当に美味しいスープができました。牛乳を使ったときとはまた違った華麗な味わいですよ、お試しください。

20070101004039 夕飯でおなかがいっぱいになった娘とわたしは、年越し蕎麦は2人で1人分を食べました。

 そして除夜の鐘を聴いたあとで、皆で屠蘇を呑みました。これまでは正午近くになって、おせちを並べたところで、屠蘇……だったのですが、娘がもう今日が初出勤なので、屠蘇の時間を早めました。
 
 娘は出勤に備えて寝に行き、ほろ酔い加減になった夫と息子とわたしで、干し柿やおつまみを食べながら話していたのですが、夫が寝に行った後もわたしと息子は話し続け、5時過ぎまでいろいろと話していました。

 飼いたいと思っていたヒガシへルマン陸亀のことを話しますと、飼ってほしそうな雰囲気でした。生き物が好きなところも、長所も欠点も、わたしたちはそっくりなのです。違うところといえば、息子が理系、わたしが文系なところくらいかしら。

 夫がよく団欒をひっくり返すことよりも、それに対するわたしのデリケートすぎる反応のほうが息子にはいたたまれないといいます。わたしはわたしで、父親の態度に傷つく息子がたまらないといいました。

 卵が先か鶏が先かみたいな話の展開となりましたが、要するに、わたしたちはこんなにも似ているというわけなのですね。それを再認識した会話となりました。

 ついでに、「どうしておまえは、わたしに完璧であることを求めるの? パパやお姉ちゃんには鷹揚なのに」と訊くと、「それは、どうしたって……」と漠然と、ひどく素直な顔で息子はいいました。

「まだそんな年頃だってことかしら。長男で末っ子だものね」というと、「ママが(と確かにいいました。おふくろというようになっていたはずの息子が)、子供に甘い親であることは確かだと思う。だから、ちゃらんぽらんになったんだよ」というので、「あら、結構ちゃんとやっているじゃない。やっぱりわたしの育て方は間違ってなかったのよ」と、変な会話になりました。

 今回息子と話してみて、新しくわかったことがいろいろと出てきましたが、第一には、息子にはわたしが幸福でないのを見るのが耐えられないということでした。こんなところまで息子はわたしに似ている……。わたしが以前書いた記事を読んでいただければ、それがわかります。

 息子とわたしの関係は、わたしと亡き母の関係にそっくりです。歴史は繰り返すと申しますが、その卑近な例をこんなかたちで見るとは意外でした。わたしは母が亡くなったとき、深く哀しみながらも、どこかでホッとしたものです。

 母がこの世ではもう、それ以上幸福にはなれないような気がしていたからです。息子も、わたしが死ぬとき、そうでしょうか。

 ただわたしは、母が生きていてくれたら、どんなにか孫たちを可愛がってくれただろうと思い、せつなくなります。母が生きていたとしても、婚家の人々はわたしをあれほどいびったでしょうか。卑劣な人間には手厳しかった母でした。

  ここまで書いたとき、予感がして通路に出たところ、ちょうど太陽が昇りかけたところでした。太陽の姿がはっきりと見えました。

20070101073624  11階の通路から携帯のカメラに初日の出を収めようとしましたが、うまくいきませんでした。これ以上身を乗り出すのが恐くて。。。

 でも、向うの空から光が射しているのがわかるでしょう?(クリックしてみてください)  これは7時半頃です。

 ところで、同人雑誌に掲載された『台風』という題のわたしの作品のフィナーレは、初日の出の描写でした。

 央子(ひさこ)が家の前の道路に立つと、正面の建物のあいだから、空が陣痛でも起こしているように波打つ光を投げかけていて、薔薇色やオレンジ色や純白や黄金色が水色を背景に漣のようにひろがっている。

そのような色彩の乱舞がいよいよ澄んだ強い光に晒される頃になって、ようやく坊や――太陽――がそっと空に産み落とされた。

太陽というとダイナミックなイメージがあるが、日の出の頃の太陽はまた何と初々しい、かよわい感じがあるのだろう。

 でも、人間の胸の中にも光源がありますよ。わたしは抽象的に物をいっているわけではありません。そのダイナミックな情景を捉えることに成功したことがありました。その痕跡は、昭和55年に書いた手記『枕元からのレポート』(同人雑誌「VIE」所収)にあります。その前年に母が危篤に陥った晩の記録です(このあと母は一旦回復し、58年に亡くなりました)。

その夜、母の悲惨さはピークに達しました。それまでわたしは木偶のぼうのようでしたが、母が奇妙な呻き声をあげて、自分の離れようとする魂に取りすがろうとするかのようにベッドに起き上がりかけた時、わたしは一変しました。

わたしはわたしではなくなってしまったのです。神秘的な感情がわたしの胸の中心部から、とめどもなく母に注がれるのです。力強く奥深く、しかも穏やかでデリケートな感情がとめどもなくそのあらわれを強めてゆきながら母に注がれるうつくしい情景は、視覚化さえできるようでした。

 物心ついたときからわたしには神秘主義的な傾向がありましたが、オーラがときどき見えるようになったのは、このときからです。この胸の中にある光源のことを、わたしは長年忘れていたような気がします。

 ブログペットのウッフに約束した「わが心に愛と希望」は、胸の中にある太陽の別の表現に他ならないことを、今更ながら気づかされました。

 新年早々、何だかとりとめのない、わかりにくい記事になりました。

20070101004825  これは息子のお土産です。白桃風味のおだんご。

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2006年11月11日 (土)

昨日の夕飯(キャベツとゆで卵のサラダ)&唐津の干物、P-ロール&松浦水軍、わたしの小説の話

20061110233951 昨日の夕飯は、デパートの「九州とっておきの味めぐり」で買った銀ダラの骨なし味醂干しを焼いたもの、春雨の炒めもの、キャベツとゆで卵のサラダ、麩とわけぎの味噌汁でした。

 「九州とっておきの味めぐり」では真っ先に唐津産の干物を見に行きました。佐賀育ちの血がそうさせるとしか思えない、条件反射的行動でした。

20061110233200_1  火曜日までやっているので、とりあえず、唐津「吉村商店」の銀ダラ味醂を買いましたが、次回出かけたときにアジの天日干しを買おうと思っています。

 今は大抵のものはネット通販やっているので、調べてみると、この吉村商店の干物もネット注文できました。唐津のお魚、干物は本当に美味しいです。

 唐津の海も綺麗ですよ。結婚前にはよく夫と、唐津の海を見るためにドライブしましたっけ。夫の祖先は松浦水軍の海賊衆の一員で、唐津の海を縄張りにしていたとか。

 そう、わかります。わたしはときどき彼の海賊めいた無骨さに耐えられない……パイレーツのデップさまみたいだと許せるけれど、現実の海賊(の子孫)はそんなものではないのよ。が一方では、これが男かと思えるくらいになよなよとしていて……どうなっているんだか。わたしの父も船員だったし、海との関係が深いといえます。

 猛々しさを秘めた唐津の海が、晴れた日の夕暮れどきに、銀色を帯びた薔薇色に変る瞬間があります。何ともいえない美しさです。

 わたしは30代の頃、『銀の潮』という日本舞踊の女師匠を主要人物に用いた小説を書きました。その小説を書いたとき、わたしのイメージにあったのは銀色の漣の立つ薔薇色を湛えた唐津の海で、海をひとりの女性の中に表現したいと思ったのでした。

 完成度としてはもう一つでしたが、個人誌に載せて周囲の人々に読んで貰った限りでは、小説の中のその女性はかなりの人気でした。凛とした美貌の女性に描きましたからね。いずれ手を加えて、このブログでご紹介できればと考えています。

 故白石一郎さんとは違った書きかたで、水軍の海賊衆を主人公とした小説も書いてみたいです。その小説には当然ながら、夫によく似た人物が登場するはずです。改稿しなければならない原稿、書きたい作品が目白押しで、パンクしそう。神さま、わたしの寿命はあとどれくらいですか?

 佐賀県の料理は、もちろん土地、宿、店、家庭によって違うとは思いますが、わたしのイメージにあるものとしては、割合あっさりとしていて、こまやかです。大雑把な感じではありません。ご旅行に唐津、嬉野の宿はおすすめです。竹崎の蟹も美味しいです。

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 春雨の炒めものは、以前にもご紹介した『栗原さんちの朝20分のお弁当』(文化出版局、1992年)の中の『春雨とひき肉の炒めもの』を参考にしました。

 今回わたしはにんにくを入れました。

20061110232200  キャベツとゆで卵のサラダは、「決定版 小林カツ代の基本のおかず」(主婦の友社、2002年)の中の『ゆで卵の春色サラダ』を見て作りました。

 本から簡単にご紹介します。

 4人分で、ゆで卵3個(1個は粗くつぶし、2個はくし形に切る)、キャベツ1/3個(せん切り)。ドレッシングの材料は、塩(3本指でひとつまみ)、コショウ少々、ウスターソース小さじ1、米酢大さじ1、マヨネーズ大さじ1、オリーブ油大さじ1~2です。

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「九州とっておきの味めぐり」で、美味しい漬物も買いました。家族はあまり漬物を食べないので、ほとんどわたし一人で食べてしまいます。

 うさぎさんにのっているのは、長崎「富士平野」のきゅうりの浅漬けです。ネット通販ありです。

20061110204727 最後にご紹介するのは、大分は湯布院「B-speak」のPロールです。

 全国的に有名なロールケーキだそうですが、恥ずかしながら、わたしは知りませんでした。エレベーターの入り口付近まで行列ができていたので、通行の妨げになるなあと思って、見ていました。

 すると、プラカードを手にした係りの男性がわたしにいいました。「最後尾はここです、ここへ並んでください」「はあ」「整理券はお持ちですか?」「え……いいえ」「じゃあ、これをさしあげましょう、これを持って、並んでいてくださいね」「ありがとう」

 もしかしたら、券は係りの男性がご自分でPロールを買うつもりだったのではないかとあとになって思いました。なぜって、券はその人の掌の中で握りつぶされてくしゃくしゃでしたもの。そうだったとしたら、ごめんなさいね。

 保冷箱入りで1,381円だったロールケーキの味は、最高でした。クリームが爽やかな味わいで、スポンジもきめこまやかでした。。。   

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2006年11月 6日 (月)

昨日の夕飯(デパ地下で買ったお弁当)

20061105212214 20061105211920 とても美味しいだけでなく、閉店間際にはぐっと安くなったりもして、ありがたいです。

 おかげで小説がはかどりました。今日も……というわけには、さすがにいかないだろうなあ。

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2006年10月28日 (土)

昨日の夕飯&サラダが連想させるオードゥーの『孤児マリー』

 昨日の夕飯は、銀ダラの西京焼き、なすとトマトのケチャップ煮、マカロニサラダ、吸い物でした。

 銀ダラのつけ合せに、椎茸を焼いてしょうゆをかけました。銀ダラの下に野菜を敷いたホイル焼きにしても美味しいでしょうね。いつもそう思うのですが、いざとなると、銀ダラだけ焼いて、銀ダラだけで食べたいと思ってしまいます。

20061027233141  『なすとケチャップのトマト煮』は、「栗原さんちの朝20分のお弁当」(文化出版局、1992年)を参考にしましたが、本ではトマトは軽く炒めてあって、形を綺麗にとどめています。

 わたしはペースト状になるまで、トマトを炒め煮しました。子供たちのお弁当用に作っていたときは形をとどめるようにしましたが、普段食べるぶんにはトマトを煮崩れさせてなすに味を絡めるほうが好きです。ごはんにのせても美味しいですが、パスタにもいいかもしれません。

 本に書かれている材料は、なす1個、トマト1/2個、ケチャップ・オイスターソース・しょうゆを各大さじ1/2です。

20061027233509 昔から我流で作っているマカロニサラダ。クレイジーソルトに出合ってからはほんの少し振り入れるようになりました。入れると、美味しいのです。仕上がりには、飾り程度に黒コショウを少し。

 ところで、わたしは料理をしながら、これまでに読んできた文学作品の一場面が脳裏をかすめることがよくあるのですが、マカロニサラダを作るときは必ずといっていいほど、マルグリット・オードゥー著『孤児マリー』のワンシーンが思い浮かぶのです。

 マリーは孤児院で、マリー・エーメというシスターに出会いますが、シスターは若いながら自分のまわりのものすべてを清潔でみずみずしいものに変える力を持っているかのようです。

 食堂を受け持っていた年寄りのシスターは大きな鉢の中でサラダを作るときに、両袖を肩までまくり上げ、節瘤だった黒い両腕で、しきりにサラダをかきまぜていました。その腕はやがてすっかり濡れ、しずくだらけになって出てくるので、小さなマリーは雨降りの日の枯れ枝を思い出します。

 ところが、配置交換が行われ、マリー・エーメシスターが食堂の担当になると、サラダは長い柄の匙でかき回されることになるのでした。

 このマリー・エーメシスターの魅力は、孤児マリーの目を通してあますところなく描かれていきます。清楚で意志的で、ときには若さゆえのお転婆ぶりさえ発揮するシスターは、灰色の孤児院生活の描写の中で精彩を放っています。

 シスターと司祭とのプラトニックな恋、そして苦悩と司祭の死も描かれるのですが、やがて孤児マリーとシスターには別れがやってきます。

 シスターの清新さをうとましく思っていた院長の策略で、マリーの就職先が婦人帽子店から農園に変更になったのでした。変更にさえならなければ、シスターと孤児マリーは、日曜日ごとに会うことができたばずでした。

 ですが、それは永遠の別れとはなりませんでした。永遠の別れはのちに訪れます。

 恋愛事件が原因で農園にいられなくなったマリーは、もといた孤児院に戻ります。そこにシスターはもういませんでしたが、あるとき、短い再会の機会が訪れるのです。

 その再会のときのシスターは次のように描かれています。少し長くなりますが、『孤児マリー』(掘口大學訳、新潮文庫、昭和28年)からご紹介しましょう。

「可愛いあなたよ、よくお聞き、どんなことがあっても、哀れな尼僧になぞなるのではありませんよ!」
 後悔のそれのような長い溜め息をなさいました。そして、先を続けておっしゃるのでした。
「わたしたちの白と黒のふた色の法衣は、他の人たちに対し、自分たちが光明と力の存在だと告げています。だから、あらゆる涙は、わたしたちの前にきてこぼれ、あらゆる苦悩は、わたしたちによって慰められようと望みます。でも、だれあって、わたしたちの苦悩を考えてくれる者はありません。わたしたちには、顔さえがないようなものです」
 次に、未来について、こうおっしゃるのでした。
「わたしは、布教姉の道を行くつもりです。行ってわたしは、恐怖でいっぱいな家で暮らします。わたしの目の前には始終あらゆる醜と腐敗があることになりましょう!」
 わたしは深いお声に聞き入っていました。お声の底に、一種激しいものが感じられました。どうやらたったおひとりで、ありとあらゆる地上の苦痛を引受けになる力がおありだとさえ思われました。
 わたしと組み合っていた指が解けました。それをわたしの頬にお移しになりました。
「あんたの顔のその清らかさを、深く心に刻みつけておくとしましょう」
 こうおっしゃるお声に、やさしさがこもっていました。お目の視線が、しきりにわたしを見回している間に、付け足しておっしゃるのでした。
「神は、わたしたちに思い出を賜りました。これを奪う力ばかりはだれにもありません」

 マリー・エーメシスターはこのあと、癩病患者の看護に出発したのでした。(同じ作品に触れたエッセー『百年前の子供たち』はこちら

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2006年10月17日 (火)

昨日の夕飯(太刀魚の中華煮、大根サラダ、さつまいものクリームあえ)

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  昨日の夕飯は、太刀魚の中華煮、大根サラダ、もやしの味噌汁、さつまいものクリームあえでした。

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 これは写真では何だかわかりにくいかもしれませんが、ネットで「おかやまコープ」のサイトから『太刀魚の中華煮』を参考に作った一品です。

 レシピは、ネットで検索してご覧ください。ちなみに、わたしの写真とはずいぶんギャップがありますので――、あしからず。この魚料理、病みつきになりそうな美味しさでした。

 写真では濃い味つけに見えるかもしれませんが、中華風の上品な甘辛さです。たおやかな太刀魚の切り身を油で揚げずにフライパンで焼くために、わたしのように料理が下手ですと、皮を剥がしてしまったり崩してしまったりするわけですが、揚げ物料理の煩わしさがなくていいです。

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 大根のサラダ。

 これも同じサイトのものを参考にしましたが、ロースハムがわたしの料理ではベーコンに変わり、大根の千切りだったのがやや厚めの桂むきにして食べやすい長さに切ったものへと変わりました。

20061016230256_1  もやしの味噌汁。

 実は、ここ数日体調不良で外食や弁当が続いたのですが、厭きますね。どれも同じ味がしてきて……。以前であれば手作りでないと嫌がった夫が、今は素直に外食や弁当に従ってくれ、不思議です。本格的に寝込まれるより、そのほうがいいと思っているのでしょうか。 

20061016224743  『さつまいものクリームあえ』はデザートになる一品ですが、『nonno お料理基本大百科』(集英社、1992年)を見て作りました。かいつまんで、ご紹介します。詳しくは、本をご覧ください。材料は4人分です。

 さつまいも3本(700~800g)、生クリームカップ1/2、バター大さじ3、砂糖大さじ2~3、シナモン小さじ1。

 切ったさつまいもは1~2時間水にさらす。鍋にバターを落とし、さつまいもを4~5分いためる。砂糖をまぶし、煮立ったら弱火にして15~20分、鍋を動かしながら蒸し煮にする。器に盛ったさつまいもに、泡立つ程度にかき混ぜた生クリームをかけ、シナモンを振る。

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  この料理でわたしが使ったのは、鹿児島産の紫甘藷(紫いも)です。普通わたしが使うさつまいもですと、ここまで黄色にはなりません。

 写真では、紫いもの断面の淡い薔薇色がうまく出ませんでしたが、綺麗ないもだなあと思います。

20061016224815  わたしは鍋の中のいもに生クリームをそそぎ、ほんの少し煮ました。すると、バターと生クリームと紫甘藷の色が溶け合って、綺麗なたまご色のソースになります。このソースをいもにつけて食べますと、仕合わせな気分になるのです。

 なお、本では、仕上げにフライパンで空煎りしたスライスアーモンドが散らしてあります。 

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2006年10月 4日 (水)

循環器科、欧風料理店、ペットショップを梯子の一日

 昨日の循環器科クリニックは、患者さんたちで芋を洗うようでした。わたしも、その芋の1個だったわけですが。

 膀胱炎には、前回の2ヶ月前とは違う薬が出ました。ガチフロ。前回はクラビット。泌尿器科で診て貰っていた頃は、バナン、オゼックス……など。それ以前となると、『おくすり手帳』を作る前の話になり、記録がありません。 

 泌尿器科で出される薬の中には、きついなと感じられるものがありました。循環器科で出されるものは体に優しいと感じられるのですが、体への負担という点で、実際のところはどんなものなのか、素人のわたしにはよくはわかりません。

 ネットで調べたところによると、抗菌剤ガチフロにはときに、血糖不良を惹き起こす重篤な副作用が出ることがあるようです。

 体調への影響という点で、つい心臓疾患・喘息関係のことばかり頭にのぼりますが、たびたびなる膀胱炎とその治療薬というのにも、案外無視できないものがあるのかもしれません。膀胱炎も癖のようになってしまうと、つらいものがあります。

 胸痛のときにはニトロの舌下錠を、胸が重いときにはニトロのテープを使い、テープを使い切ったことを先生にお話ししたところ、一瞬シーンとなられたので、使いかたがまずかったのだろうかと思いました。

 が、そのあとで、「じゃあ前の2倍の20枚あげとこう……」とつぶやくようにおっしゃられたので、使いかたは間違ってはいなかったのでしょう。

 ラジオ出演のことで、「なかなかの美声に聴こえましたよ。狭心症についての説明もわかりやすかったですし」と、先生を励まし(からかい?)ました。弾みでまた次回も拝聴するといってしまい、ま……まずい、聴き忘れないようにしなくては。でも、心臓疾患の人にはためになるお話です。

 クリニックと調剤薬局を終えた頃には、ランチの時間に間に合うかどうかといった時間でした。この日休日で、料理教室に出かけた娘が、ランチをおごってくれることになっていたのです。娘は料理教室で食べてくるので、ランチが入りそうになければ、飲み物だけにするといっていました。

 その欧風料理店には、一度行ってみたいと前々から娘と話していたのでした。ところが、その日は定休日にあたっていたことを、娘もわたしもすっかり忘れてしまっていました。

 締まっている店の前に立っていると、中から出てきたシェフと目が合いました。シェフは、この日は昼間店を締めていて、予約のあった夜のお客のための仕込みに出てきたのだといわれました。

 帰ろうとしかけたわたしたちを、シェフは躊躇するように引きとめ、せっかく来ていただいたのだから、ランチでよければ作りましょうといってくださいました。悪いと思い、断ったのですが、それでも引き止めてくださるので、店に入りました。

 サラダ、サワラを使った魚料理、フランスパンとバター、アイスコーヒーのコースを作っていただきましたが、どれもはっとするような美味しさでした。野菜も、魚も新鮮で、魚には臭みがまるでなく、コーヒーも何だか違っていました。こくがあるのにさっぱりしていて、さわやかなコーヒーという表現は変ですが、その言葉がぴったりくる味わいでした。

 アイスコーヒーが出てくる前に、透明な液体をなみなみと湛えたコップのようなものが出てきたので何かと思っていたら、それがシロップなのでした。あのさわやかさの秘密がコーヒーに潜んでいたのか、シロップに潜んでいたのかは謎です。

 食材は、朝、獲れたばかりの新鮮なものを仕入れてくるのだそうです。夜の注文では、客の好みを容れて作るのだとか。なるほど、メニューには2人で3,500円くらいのお得なコースがあり、自由に好みをいっていいと書かれていました。勿論1人でも何人でも自由に注文できるし、シェフお任せでもいいのだそうです。

 まだ若そうなのに、飾り気のない、あたたかみのある人間的な魅力が印象的なシェフでした。カッコいいというより、可愛らしい感じの男性シェフ。一度夜にも行ってみたいものです。ランチは大満足を与えてくれて、1人840円でした。

 娘は結局、料理教室と欧風料理店とで2度、ランチをとったことになります。食べきれるのかとこちらが心配になりましたが、ぺろりと平らげ、「自分のおなかが信じられない。料理が何だかさわやかな感じで、いつのまにか食べてしまっていた」のだとか。

 その後、ペットショップにハムスターを見に行きました。白いふかふかした毛並みのシャンガリアンが2匹いました。黒い目。メスのほうは、顔がうちで飼っていたショコラという名のハムスターにそっくりでした。飼いたくてたまらなくなりました。

 呼吸器科の先生にとめられていなければ、間違いなく買ったでしょう。いえ、とめられていても、買ってしまう寸前でした。あの可愛らしさの前には、喘息の悪化ぐらい、どうでもいいような気にさせられます。思いとどまったのは、3匹の綺麗で小さなカメが目に入ったからでした。そして結局、カメも買いませんでした。 

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2006年9月25日 (月)

読書の秋にこちらを見ている本たち その二(レオン・サーメリアン『小説の技法』) 

読書の秋にこちらを見ている本たち その一」へ
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 9月になってすぐに、お気に入りの紅茶――ワイルドストロベリーの入ったウェッジウッドのティーバッグ――を買い、今日、今秋初めての熱い紅茶を家で飲みました。

 昨日までの数日間、体調が悪くて寝たり起きたりしていたのですが、今日は元気。ほんのり苺ジャムの香りのする紅茶は美味しい……。日本社会や自分の将来のことなど考えるとまた体調が悪くなりそうなので、少なくとも紅茶を飲むあいだは考えないことにしました。
20060924052927_1 20060924171629 20060924171721  優雅に紅茶を飲んでいると、写真に写っている、向かって右側の本棚からレオン・サーメリアン著『小説の技法』(西前孝監訳、旺史社、1989年)が、「作家の卵だぁ? どの辺がぁ? 作家の卵だなどと名乗るには50年早い。とにかく、勉強が足りんことだけは、はっきりしておる。芸術は長く、そちの貧弱な人生は短い。これも、はっきりしておる。さあ、ぐずぐずせんと、わしを開いた、開いた!」と大声でいって、わたしを凝視しました。

 写真には写っていないカラーボックスから、『nonno お料理基本大百科』(集英社、1992年)が「ねーねーおばさん。近頃、料理の写真をブログにアップしたりなさっているようだけれど、ヘッタ糞でさ、とても見ちゃいられないわよ。あたしを熟読してから、そうなさればー?」といって、ほがらかに笑いました。

 で、仕方なく、今日の午後は、自分のものとしているとはいえないこの2冊と共に過ごしました。

 『小説の技法』を書いたレオン・サーメリアンは、これが書かれた時点で、作家であり、またカリフォルニア州立大学の創作コースにおいて作家志望の学生たちを指導する教師とあります。

 この本は、わが国に蔓延している賞獲りレースのための対策としての創作指導などとは何の似たところもない、格調高い小説技法の研究書であり、懇切丁寧な創作の指南書です。

 訳者あとがきには、次のように書かれています。

本書においては、目次を一覧しても分るように、場面、要約、描写、三人称、一人称、プロット、人物・性格・意識の流れ・内的独白・文章(文体)などの諸問題が、その関連諸領域にも及んで、肌理細かく、かつ、親切に説かれている。

 ポスト構造主義やメタフィクションを考える今日にあっても、なお、上の諸事項は、殊に作法・技法の観点から、等閑に付すことのできない問題を孕んでいるのである。

 この意味で本書は、文学や小説に関心を持つ全ての学生・教師は勿論、作家を志望する少年・青年・主婦などにとって、有益な知識を提供するはずである

 的を射た案内文だと思います。

 現代においては一方的に軽蔑されている感のある全知の方法についても、そうでない方法と同様にメリット、デメリットの双方が挙げられ、バランスのとれた見方がなされていて、ホッとさせられます。

 というのも、わたしが最終的な目標としたいのが、バルザックの小説において最高度に生かされた、この全知の方法だからです。全知の方法について、小さき人間が「神の視点」で書こうとする、傲慢で、愚かしい、古い方法のような見なされかたをすることに、わたしは疑問を持ち続けてきました。

  彼は、全知の方法のデメリットについて次のように考察しています。

全知に制限を加えれば加えるほど劇的になっていく。全知は本質的に作家の介入を許し、それだけ散漫になる

 全知の方法を最上の方法と信じるわたしの小説が賞の最終選考でいつも落とされ、その理由として、まとまりがない、余分なものが多すぎる、あるいはときに単調とさえといわれるのは、単にわたしが未熟だからということだけが理由ではありません。全知の方法につきまとうデメリットを、既にわたしの小説が含んでいるからなのです。

 全知の方法のメリットについて触れられた箇所を、長くなりますが、引用しておきましょう。

限定三人称視点人物というのはヘンリー・ジェイムズが完成させた。彼にとっては全知は創作方法としては無責任なものだった。我々としては、しかし、このことを決定的な金科玉条とする必要はない。

 全知にはそれなりの場というものがあり、これを最上の方法だと考える作家もいるくらいだ。

 人物視点よりもずっと広々とした領域、人物の広々と豊かな局面を取り込むことができる。散漫になるにしてもそれは同時に多様性を与えることでもあるのだ。この方法は行動を、それを取り巻いている広い世界から締め出したりしないからである。

 作家の介入は読者にとってうるさいと感じることもあるだろうが、また気晴らしを与えることもある。『トム・ジョーンズ』や『虚栄の市』ではそうだ。全知の方法は作家の側での並はずれた知識が要求されるものであって、知的また精神的に厳しい限界を持つ作家にはふさわしい方法ではない。

 限定三人称視点の方法は、日和見主義者や傍観者を決め込む人間には都合がいいだろう。また商業主義に同調する作家にとって理想的な方法となろう。というのも、そういう作家は陳腐なものだけに身を任せていればいいからである。

 トルストイの方法を見ればわかるように、囚われなく全知であるためには、作家として、否、人間として、偉大でなければならない。解説するとは責任を取ることなのである

  ところで、うちでは、本棚の置き場がうまく見つからず、仕方なくダイニング・キッチンとの境目がないリビングに置いているのですが、そこには写真のような本棚が5つと小さな本棚1つ、それに本棚として使っている背の低い3段のカラーボックスが7つ、砦のように取り巻いています。

 リビングには家族全員の本があるのですが、他の部屋にも、本は行き場を求めて群れています。他県でアパート暮らしをしている息子も、本が溢れてきたといってきました。

 毎月数冊ずつでも購入していけば、本というものは溜まるもので、置き場所の確保ということが課題となります。引越しの都度、処分できるものは処分するようにしてきたのですが、また溜まります。本の虫に共通した課題なのでしょうが、皆さん、どうなさっているのかしらと思います。

 写真のような、本棚がL字を形成する一角に、マイクッションとハーボットのぬいぐるみがあり、わたしはそこによく横になっているのですが、震度2くらいでもマンションの上のほうは揺れ、本棚の上に積んだ文庫本が数冊落ちてきます。

 もっと大きな地震だと、どっと本が襲いかかってくるでしょうね。愛する本に埋もれて死ぬのであれば、本望なのかもしれませんが……何とかしなくては……と、この2年思い続けています(24日)。

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