カテゴリー「アニメ・コミック」の31件の記事

2018年1月12日 (金)

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』(講談社、2017)を読んで

昨年末に娘が山岸先生の『レベレーション』第3巻を買って来てくれた。

フランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルク(1412 - 1431)を描く『レベレーション』。山岸先生の力量を印象づける力強い筆致で、第1巻がスタートした。

わたしはワタクシ的期待感を籠めて、それの感想を書いた。

2015年1月 3日 (土)
山岸凉子「レベレーション―啓示―」第1回を読んで
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/post-dc53.html

年が明けてから今巻を読み、第2巻を読んだときも思ったように、次の巻を読むまではまだ感想を書けないような気がしている。……といいながら結構書いてしまったので、ネタバレありです、ご注意ください。

というのも、歴史的見地からすると、ジャンヌの今巻での活躍は最高潮に達していたものの、第1巻冒頭に描かれたジャンヌの表情から推測すれば、この後――4巻から――の暗転する状況とそこから起きるジャンヌの内面劇こそがこの作品でのクライマックスにふさわしいものと考えられるからだ。

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』
出版社: 講談社 (2017/12/21)

百年戦争のただなかにあったフランスで、国王シャルル6世の発狂後、ヴァロア朝支持のアルマニャック派(シャルル6世の弟のオルレアン公ルイ)とイギリスと結んだブルゴーニュ派(叔父のブルゴーニュ公フィリップ2世)が対立し、内戦が拡大していた。

王太子シャルル7世(1403 - 1461,第4代国王シャルル6世と王妃イザボー・ド・バヴィエールの五男。フランス・ヴァロワ朝の第5代国王となる)は、神の啓示を受けたと主張するジャンヌ・ダルクを信じて兵を出す。

オルレアンへ向かったジャンヌ・ダルクは破竹の勢いでイギリス軍の包囲網を破り、オルレアンを解放した。

戦いの場面が連続する割には、今巻はむしろ単調な印象を受けた。

山岸先生は複雑な歴史の流れを説明するのに忙しかったように感じられ、そこから単調な印象がもたらされたのかもしれない。あるいは、神意を享けて動揺していたジャンヌの内面が、ここではさほどの困惑も迷いもなく、安定していたために、そう感じられたのかもしれない。

ただ、精神状態が安定していたからこそ、人々が戦いの中で告解もせずに死んでいったことに対するジャンヌの敵味方を区別しない純粋な悲しみは、人間的心情の華と表現したくなるほどの可憐な印象を与える。山岸先生の手腕が光る。

ちょっと記憶しておきたいのは、ジャンヌが負傷する場面だ。

神意を享けた行動であったにもかかわらず負傷してしまったことに対する恐怖心と傷の痛みから泣いてしまうジャンヌに、聖カトリーヌが出現して(ジャンヌにしか見えない)、恐怖せずに済むだけの根拠を与え、慰める。「そこには大事な臓器がひとつもない 痛くない」と。

人間とは異なる大局的見地に立ってお告げや慰めを与えようとする神的存在のみが持ち得るような、大らかな威厳を感じさせる聖カトリーヌ。圧倒的でありながら、どこかおぼろげな存在感だ。

聖カトリーヌは聖カタリナ(アレクサンドリアの聖カタリナ)のフランス名。

ウィキペディア:アレクサンドリアのカタリナ

聖カトリーヌの両手は抱擁するのをかろうじてとどめているかのような、微妙な開き方をしている。美しい場面である。

一方、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのは、フランスの守護天使(人ではないが、守護聖人)とされる大天使聖ミカエルであったと考えられている。

第1巻で、ジャンヌに神の啓示を与える大天使聖ミカエルは、威圧するような体の大きさで、圧倒的、冷たいといってよいくらいに威厳がありながらも、やはりおぼろげな印象を与える繊細なタッチで描かれている。

第3巻までを、神的存在(大天使聖ミカエル、聖カトリーヌ)とジャンヌの蜜月時代といって差し支えないだろう。それは今後も続くのだろうか。

オルレアンでの勝利の後も、ジャンヌは神意に駆り立てられ、ランスでのシャルル7世の戴冠式を急ごうとする。そこで今巻は終わった。

このあと、シャルル7世の戴冠式が実際に執り行われるが、事態は暗転し、ジャンヌに悲劇が訪れることを歴史は物語っている。

第1巻冒頭でのジャンヌは事態が暗転した後のジャンヌで、処刑を告げられ、火刑場へと引き立てられていくところだ。

ランスへ向かったジャンヌが火刑場に向かうまでを、そして向かった後のジャンヌを山岸先生はどう料理するのだろう? 

『レベレーション』が何巻で完結するのかは知らないけれど、とりあえずは第4巻がとても待ち遠しい。 

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2017年1月29日 (日)

発表に気づかなかった「芥川賞」「直木賞」。山岸先生『レベレーション』第2巻の感想はまだ書きかけ。

19日、第156回「芥川賞」に山下澄人氏『しんせかい』 、「直木賞」に恩田陸氏『蜜蜂と遠雷』が選出されていた。トランプ旋風に気をとられていたためか、気づかず、今頃になって知った。

完全に興味がなくなっているのだろう。カテゴリー「芥川賞」を設置しているというのに、これではいけない。次の芥川賞が選出されるまでには、『しんせかい』を読んでおきたいと思っている。

そういえば、前回の受賞作の感想もちゃんと書くつもりで、書いていない。

山岸先生のコミック『レベレーション』第2巻は、面白かったのでちゃんと感想を書くつもりだが、ジャンヌ・ダルク関係の本を数冊借りたり、ブラヴァツキーがジャンヌ・ダルクについてどう書いているか調べたりしていたら(現象の一つとして言及されている箇所が見つかった程度)、トランプ、となったのだ。

完成までに12年を費やし、新人の登竜門と呼ばれる芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む4人の演奏家を描いたという恩田陸『蜜蜂と遠雷』を読んでみたいと書店員の娘にいうと、「うーん、ママの好みではないと思うよ~」と返ってきた。

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2017年1月 9日 (月)

正月気分の体調。ジャンヌ・ダルク。キャベツと焼豚のからし酢和え。

明けてから昨日くらいまで、心臓の調子が不安定だった。

軽い胸の圧迫感、血圧の低下、眩暈……といった症状から不調期に突入するのがいつものこと。

暑い間は血圧が低くて上が80くらいだったのが、11月の循環器クリニック受診のときには上は140だった。

寒くなってからはだいたいそれくらいか、もう少し高めの血圧で推移していたのではないかと思う。若いころに高血圧だったので、血圧は徹底管理したことがある。といっても、その頃は上がり下がりが激しくて一定しなかった。

心臓の薬が増えるにつれ、この種の薬には降圧作用があるのが普通だから、低血圧になり、それが当たり前になった――とはいえ、心臓の調子と関係があるのか、胸の圧迫感がちょくちょく起きてニトロの使用を迷うときは大抵低血圧になっている気がしている。

だから暑い間は眠くてたまらない。ここへニトロを使うと、ニトロにも降圧作用があるので、気を抜くと、気絶したように寝てしまうことがあるほど。

暑いと、頻脈にもなりやすいので、わたしは冬のほうが比較的体調はいい。しかし、周期的に冠攣縮性狭心症の発作はやってくる。胸の圧迫感、眩暈、おなかの調子も悪くなる。

いや、今回は食べすぎもあっただろう。正月気分で、食べ過ぎた。胃腸の調子がおかしくなり、空腹時にむかむかするようになった。それで、いつもの心臓の薬に、自己判断で薬局から購入したビオフェルミンを服用。

軽い圧迫感や胸痛が起きたときには静かに体を休めるようにしたら、これまでのところニトロを使わずに済んでいる。

ニトロの副作用は血圧が下がることくらいだから、積極的に使っていいようだが、血圧が下がりすぎると、眠くて、だるくて、生活の質が低下してしまうので、なるべくなら使いたくないのだ。

こんな感じの体調でスタートした。

山岸先生の『レベレーション』第2巻は読んだ。面白かったので、感想を書こうと思っているが、主人公がジャンヌ・ダルクとなると、改めて調べたいことなど出てきて、すぐにはまとまったものが書けない。

いうまでもなく、ジャンヌ・ダルクは救国の乙女と讃えられるフランスの国民的英雄であり、またカトリック教会の聖人の一人である。

だが、よく考えれば、ジャンヌが生きていたころのフランスはまだ統一がなされていなかったし、イングランド側もフランス側と同じカトリックだった(イングランド国教会の成立は16世紀、ヘンリー8世の治世時)。

だから、ジャンヌに出現した霊達の正体が何なのかがわからなくなってくる。

山岸先生は霊的な現象をジャンヌの側から繊細に描いている。

感想は、またあとで書こう。

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余った焼豚で作った和え物。サイト「ゼクシィキッチン」の以下のレシピを参考にさせていただいた(リンクはOKのようなので、リンクを張っておきます)。もう一品というときに、おすすめ! キャベツの葉が硬かったので、わたしはさっと茹でた。

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2016年12月27日 (火)

正月に読む楽しみ、山岸先生の『『レベレーション』第2巻、政治情報誌『ジャパニズム34』。

まだこれからの年賀状。アマゾンに注文していた互換インクカートリッジは届きました。まだ試してはいません。馬鹿に大きな箱でした……

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今日は窓拭きと家具磨きで力尽きました。何とか注連縄を飾り終えました。

昨日は家族で、ちょっとした家具を買いにホームセンターへ出かけました。夫の部屋に引き出しが何段かついたチェストを買うのが目的でしたが、わたしがパソコンをするときに使っている椅子も、手頃なのがあれば、買い替えたいと思いました。

この街に引っ越してきてから買った椅子です。その頃はパソコンを娘と共有していました。パソコンデスクは引っ越し前から使っていたものがありました。

椅子を買う必要があり、安いのでいいから椅子を買ってきて、とまだ定年前でホームセンター勤務だった夫に頼むと、一番安かったという2,000円の椅子を買ってきました。高いのを買ってきて、といえば、夫はそうしたでしょう。

その2,000円の椅子は娘には座り心地が悪かったみたいで、ドーナツ型のクッションをお尻の下に敷いたりしていました。わたしはお尻の筋肉が丈夫なのか、支障なくその椅子を使っていました。

共有していたパソコンがだめになり、各自のノートパソコンを持つようになったとき、娘はパソコンデスクと椅子をわたし専用にしていいといいました。椅子が嫌なようでした。そのとき、椅子を買い替えようかと娘と話したのに、なぜか買い替えないままになっていました。

おそらく娘がその椅子を使わなくなった一方では、わたしは問題なく使えていたためでしょう。

創作に没頭して徹夜したりしたときはお尻の筋肉が強張った感じがしましたが、それが椅子のせいだとは思いませんでした。

ところが椅子が破れたとき、板と布の間に挟まれたスポンジのあまりの薄さに、娘のお尻がこれに耐えられなかったのも、さしものわたしのお尻にも徹夜すると問題が生じたのもなるほど……と思いました。

それに、この椅子にはちょっと危険なところがあったのです。背もたれに体をあずけてしまうと、ひっくり返ってしまうことがあるのですね。幸い運動神経がよかったために(?)、難を逃れたことが何回かありました。

で、今度はもう少し座り心地のよい椅子にしました。ついでに、3,000円くらいのブックカートも買いました。執筆中の資料をまとめて置ける台がほしかったのです。

ブックカートは移動させられるので、便利そうです。ただ、狭いので、邪魔になりそうな気もします。わたしが使わなくても、誰かが使うでしょう。

椅子とブックカート……これで、これまでとは違って、名作が書けるかもしれません!

ホームセンターで担当してくれた人と夫は、飲み仲間でした。その人が大阪に転勤になったため、その集まりはなくなったのです。が、その人は大阪に馴染めなくて、こちらに転勤願いを出して戻ってきました。

安くしていただいたお陰で、「かもめのジョナサン」へ行けました。

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お正月に読むつもりで、山岸先生の『レベレーション(啓示)』第2巻と政治情報雑誌『ジャパニズム』を購入しました。

山岸先生のレベレーションはどう展開するのか、ドキドキします。

レベレーション(啓示)(2) (モーニング KC) コミック
山岸 凉子 (著)
出版社: 講談社 (2016/12/22)

余命ブログで知った余命さんの対談と漫画が掲載されている『ジャパニズム34』。新連載の山野車輸『余命三年時事漫画』だけ先に読みました。

前半の余命一族に起きた出来事の描写は凄惨です。後半の現代になったところで、パイプ加えて登場する三代目余命さんのまあカッコいいこと! 興味深い内容で、続きが待ち遠しい。

余命ブログが削除されてしまったときのことは、忘れられません。

『ジャパニズム34』はアマゾンの売れ筋ランキングで、社会・政治カテゴリーの上位につけています。おや、動画で有名なKAZUYAくんの記事もあるようですね。

ジャパニズム34
出版社: 青林堂 (2016/12/10)

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2016年11月21日 (月)

わあ、リラックマのおかず皿だ~!

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娘が「これ使う?」といって、リラックマのお皿を見せました。

「わあ、可愛い! どうしたの?」とわたし。「コンビニで貰ったよ」と娘。

写真では鮭に隠れてよく見えませんが、リラックマの上にLAWSONとあります。

LAWSONで、『秋のリラックマフェア』(キャンペーン期間:2016年9月16日金~12月5日月)をやっているとか。

このお皿もっとほしい、といったら、「リラックマのおかず皿」はシール40枚で貰えるそうで、「会社の人に貰ったりしてようやく集めたんだから、もう無理」だそう。

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上の写真はちょっとムーディに加工しすぎて、はっきりしないので、もう一枚アップ。鮭が生々しいですが、リラックマもはっきりしました。鮭をのせる前に撮ればよかったのですが……

娘はリラックマのお皿で鮭をいただいていました。リラックマ効果で、より美味しかったでしょうね。

詳しいことは、ローソンのホームページに出ています。

 

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2016年1月24日 (日)

よみさんの3D作品「蝶」

当地では珍しく雪が降り、まだうっすらと残っている処もあります。昼間は日が射してシーズン一の寒波とは思えませんが、昨夜はさすがに冷えたので、今夜も冷え込みが強いのでしょうね。

さて、一足先に春を感じさせてくれるよみさんの3D作品「蝶」が届きました。2D処理する段階で3Dの魅力は失われますが、角度を変えて2D処理することでその雰囲気は味わっていただけるかと思います。

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2015年1月 3日 (土)

山岸凉子「レベレーション―啓示―」第1回を読んで

週刊 モーニング 2015年 1/15号 [雑誌]
出版社: 講談社; 週刊版 (2014/12/25)

どうです、このジャンヌ・ダルク。力のこもった表紙絵からも、山岸凉子先生の復活が充分に感じられるというものです。

「テレプシコーラ」終了後、もう一つパッとしなかった山岸先生。美内すずえ先生の「ガラスの仮面」は一向に完結せず、40年ぶりに出た池田理代子先生の「ベルサイユのばら」新刊のオスカルの顔は変。

一世を風靡した先生方も、さすがに、もうお年というべきなのだろうか……と淋しく思っていたところへ、山岸先生、新連載の朗報。そして、このジャンヌ・ダルク。いや、山岸先生はまだいける!と確信した次第。

以下、ネタバレあり、注意!

第1回では、まず刑場に曳かれていくジャンヌの姿がクローズアップされ、そこから場面が変わって、13歳のジャンヌが暮らす村の様子、時代背景が描かれます。

勘が鋭そうなジャンヌは、結婚した姉カトリーヌが一見軟弱そうな夫に暴力をふるわれているのではないかと案じますが、そんな折、教会の方から光が射し、ジャンヌが初めての啓示を享ける、ある絶頂感が描かれます。

完全なネタバレになってしまうので、最終ページに書かれたジャンヌの言葉は書きませんが、この言葉は読むに値します。光――啓示――の性質がどんなものであったかを、山岸凉子が科学風に分析しているのです。

ジャンヌは初めて浴びた超自然的な、自分を招いた光のことを刑場に曳かれながら思い出しています。

思い出しているジャンヌと、思い出されているジャンヌの表情の違い……。

思い出しているジャンヌの表情は、いわゆる世に流布されている聖女ジャンヌ像とは違う、すさんだ、痛ましい内面をさらけ出しています。

山岸凉子がどんなジャンヌ像を創り上げようとしているのか、興味深いところです。

これはレビューから離れますが、わたしには昔からキリスト教について個人的に抱いている疑問があって、それは殉教という概念です。

神(または、それに準ずる聖なる存在)がある人物にあることをするように命じ(あるいは懇願し)、命令(懇願)に従ってそれを行えば、天国のご褒美が与えられる――しかし、その前に受難があるという、このパターンがわたしにはどうしてもわからないのですね。

他の宗教者にも、信ずるところに命を賭け、結果的にそれで命を落とすことがかつてあっただろうし、今もあるでしょう。現に、チベット自治区での出来事として、中国の圧政に対して抗議の焼身自殺を行う僧侶たちのことが報道されることがあります。

そうした僧侶たちの行為を、受難とは呼ばない気がします。あくまで、彼らが自らの信念と責任に基づいて行う抗議の自殺なのではないでしょうか。

自殺という手段がよいものではないことは、僧侶自らわかってのことでしょう。この世への絶望感から追い詰められた僧侶たちは、自らを犠牲にし、つかのま燃え盛る松明となることで人々の良識に訴えかけようとするのでしょうか。

それは、あまりにも痛ましく、怖ろしい、宗教者の純粋すぎる愚行と映ります。

ルルドで聖母体験をしたベルナデッタを描いたルネ・ローランサン『ベルナデッタ』(ミルサン&五十嵐茂雄共訳、ドン・ボスコ社、1982年3版)はわたしの愛読書ですが、拷問や刑死ではなかったとはいえ、死に至るまでの凄まじいばかりのベルナデッタの病苦はわたしには怖ろしいと感じられ、上記パターンに当てはまるような気がします。

なぜ愛読書かというと、あちこちに挟まれたベルナデッタの写真の顔と、素朴でありながら率直で理知的、時にユーモアを湛えている言葉が好きだからです。

ジャンヌ・ダルクについて書かれた本もこれまでに数冊読みましたが、ジャンヌがいったとされる言葉には、ベルナデッタとの共通点が見られるように思いました。

すなわち素朴さ(飾り気のなさ)、率直、理知的、機知という点です。

1412年生まれのジャンヌは、読み書きの教育を受けていなかったようです。日本では室町時代です。1844年生まれのベルナデッタは、学校や修道院などで教育を受けました。日本では江戸幕府の第12代征夷大将軍、徳川家慶の時代です。

聖なる存在に接していながら(大天使ミシェル、聖カトリーヌ、聖マルグリットの姿を幻視し、「声」を聴いたとされます)、否、接したゆえにとさえ思われるジャンヌの受難。

利用され、捨てられる。

イエスでさえ十字架上で、今際のきわに「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたとマタイ、マルコは伝えています。

神秘主義的(神智学的)に解釈すると、人間であれば、どんなにできた人物であれ、高級な界から低級な界を内的に行き来しながら生きています。その七つの界に対応できる七つの本質が、人間には備わっているといわれます。

イエス、ジャンヌ、ベルナデッタにしても、この世に生きていたからには同じで、下の界に意識があるときほど、人間の内なる神性は弱められ、苦しむでしょう。十字架上のイエスはその弱い人間としての素顔をさらけ出したのではないかと考えられます。

その逆に、高級我としての内なる人間は聖なる存在と同格と考えられるので、依頼されたときは同格の立場だったともいえるのではないでしょうか。

が、何にせよ、キリスト教の神、聖なる存在がわたしには度を超えて強制的、お節介(?)に感じられてしまうのですね。

召命され、目的が達せられたあとに無残に捨てられるという、この現象は何なのだろう、とずっと疑問に思ってきました。

レビューが横道に逸れてしまいましたが、その解明の手がかりを「レベレーション」にちょっと期待したくなったわたしです。

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2013年11月23日 (土)

終わってしまった『バリスタ』、ますます面白い『銀の匙』。美味しかったチョコ。

 月1回、コーヒー豆を買うために行くカルディで、美味しかったと記憶のある「ノエル」、飲みやすい「モカブレンド」、初めての「ウインターブレンド」を買った。

 我が家がはまっているサイフォン式のコーヒーではないが、以下のコミックには皆ハマっていた。最終巻で伏線を回収してしまおうとしたためか、いささか雑になった感はあるが、楽しく読んでいたので、終わってしまったのが残念だ。

 以下の『銀の匙』にも、うちでは皆ハマっている。ますます面白くなってきた。

 そういえば、前出のカルディで、娘が同僚から美味しいと教わったベルギーのカヴァルニー「プレミアムトリュフ(コニャック)」を買ったが、これがかなり美味しい。コニャックが利いていて、どこか黒砂糖みたいな味わいがある。

 アマゾンにあったらリンクしようと思ったが、出品が待たれる状態。

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2012年4月28日 (土)

荒川弘のコミック『銀の匙 Silver Spoon』が面白い!

 娘が荒川弘のファンで、過去、映画『鋼の錬金術師』につき合わされました。その娘の最近のおススメがこれ。書店員の顔つきになり、少年サンデーで連載されていることやマンガ大賞を受賞した作品であることなども教えてくれました。

 娘は昔から少年漫画が好きで、夫とは未だにジャンプ仲間。わたしは少女漫画派。佐々木倫子の『動物のお医者さん』が好きで(大ヒットしましたものね)、それに出てくるシベリアン・ハスキーのチョビが気に入っていました。同じように動物の出てくる漫画らしいと思っても、娘のおススメを少年漫画というだけで最初は拒否。

「作者は女性だよ~」と娘。
「あらかわ ひろし――が女ですって?」
「あらかわ ひろむ。女性だってば」
「でも『鋼の錬金術師』の人なんだし、サンデーだし、少年漫画はねー、ママはいいわ。読まなきゃならない本がいっぱいあるから」

 と放置していたところ、ジュンク堂書店で見て、改めて動物の漫画だわと思い、読んでみたところ、はまりました!

 鶏卵は毎日といっていいくらい食べているのに、鶏が卵を肛門から産むとは知らなかったなあ。正しくは総排泄腔というそうです。排泄物も卵も精子も、同じ穴から体外に排泄されるそうで。

 産み立ての卵を見たことがあり、その卵に泥には見えない汚れがついていて不思議に思ったことがありました。謎が解けました……。

 娘は③まで買っています。まだ②を読みかけているところです。豚丼と名づけられた(命名に纏わるエピソードには、万人共通の問題が潜んでいます)仔豚がいつお肉になるのか、気が気でなりません。

 作品の舞台は、広大な敷地面積を持つ大蝦夷農業高校。自分の進路を明確に自覚している仲間たちの中で、毛色の違う自分探しの男子生徒を中心に、動物の生態、家畜の実態など、専門的な説明がさりげなく織り込まれながら生き生きと描かれていきます。

 ここまで書いたときに息子から電話があり、おしゃべりしているうちに夕飯を作らなくてはならない時間になりました。息子は今、大学の近くにマンスリーを借りて研究室に詰めています。5月中旬までに切り上げて、東京での会社の仕事に戻るとか。仕事のほうが気になるようです。

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 これ、昨日の夕飯。アラカブとわかめの煮付けがメインでした。今日は家族が大好きなドライカレーです。

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2011年6月27日 (月)

ドラマ「JIN ―仁―」完結編、ついに最終話!

 村上もとかのコミックのパラレルワールドともいえる、ドラマ「JIN ―仁―」が終わった。

 アクセス解析を見ると、「JIN ―仁―」の検索ワードでお見えになるかたが増えてきていた。感想を書きたいと思いながらも、外出や家事やうっかりで、なかなかちゃんと観ることができなかった。

 ということもあるし、毎回ドラマで「神の計画は」というキリスト教史観から出てくる――という意識は脚本家にはないのかもしれないが――言葉が繰り返され、そのことに神秘主義テイストのわたしは鼻白んでしまった……ということがあったのかもしれない。

 それが最終回になると、「パラレルワールド」という言葉が出てきて、一気にSFめくといおうか、科学めくといおうか、それに伴い、仁も江戸に行った仁、江戸から帰ってきた仁、そのどちらでもありどちらでもない仁……と混乱を極めながら、皆――仁、咲、赤ん坊の安寿まで――が「白い巨塔」化したかの如く、天に手を差し伸べたりした揚句、脚本家の懸命な辻褄合わせを感じさせて終わった。

 村上もとかの原作に比べてまとまりが悪いように思えたし、ワタクシ的には一抹の寂しさを感じさせられるドラマの終わりかただった。原作では、江戸時代にタイムスリップした仁の生きた痕跡が歴史として残る。しかし、ドラマでは、江戸時代に仁が及ぼした影響は残るのだが、そこで彼が生きた痕跡は跡形もなく消えてしまうという設定になっていた。

 ドラマでは、江戸時代の仁がなした医学的貢献は仁友堂のメンバーの手柄となっていた。ペニシリンは歴史通りフレミングによって発見される一方、仁友堂のメンバーによって土着的に開発されてもいた。そして、後に内科には東洋内科という科ができたりしている。

 また、仁が最も信頼した有能な助手の咲は、仁友堂の正式な一員とはならなかったようだ。日本初の女医でありながら、橘医院という小さなクリニックの助産婦、小児科医として慎ましい人生を終えたあたり、何んとなく研究中のマグダラのマリアを連想してしまった。

 咲はさらに、野風の遺児である安寿を引き取って育てていた。その子孫が橘未来で、野風及び友永未来にそっくりだ。彼女は医学史を研究している。その橘未来の手術を仁が――友永未来のときとは違い、今度は自信に満ちて――手がける場面でドラマは幕が下りた。

 江戸時代に生きる咲の記憶に仁の面影は残っていないのだが、咲は仁の残り香を忘れず、現代社会にタイムスリップして帰ってしまった仁に宛てて手紙を書く。咲の清廉な哀愁を帯びた表情は、祈りにも似た純度の高い恋情を物語っており、すばらしい一場面となっていた。

 原作より多感で軟弱な南方仁(大沢たかお) も、隠れダンディーの坂本龍馬(内野聖陽)も、凛として婀娜な野風[友永未来、橘未来](中谷美紀) もよかったが、橘咲を演じた綾瀬はるかの可憐さ、健気さには、毎回心を打たれた。何歳なのだろうと思い、ウィキペディアで調べてみると、息子と同じ1985年3月生まれとあった。 

 胎児のかたちをした腫瘍や龍馬の影響については、原作でもドラマでも一応の医学的な説明がなされていたけれど、あれはどう考えたって、オカルト現象――憑依だろう。憑依霊というより、守護霊の部類だろうが。

 原作では、仁と咲はめでたく結ばれている。子供はなさなかったが、明治の世になって医学の発展に尽くし、夫婦で大病院『仁友堂』を創立した。江戸時代から戻った仁はそこで治療を受けたのだった。

 回復した仁は、「わしらあは……同じ船にのっちょるがじゃき」という龍馬に応え、「そういうことか龍馬さん…この体…この脳が我々の船。ならば…帆を上げよう…このわたしを必要としてくれる人が住む国へ」と決意する。

 仁は国際機関の要請に応え、アジア・アフリカの医療過疎地へ医師として派遣された。GM(総合医療)を目指す仁は訪れた国々で江戸時代の経験を生かし、それらの国々で江戸時代の人たちの底抜けの笑顔と同じ笑顔に出会う。

 10年後、仁はパリ大学医学部のGMドクターと面会する。そのドクターこそ、海外に渡った野風の子孫だった。

 ストーリーの比較からいえば、わたしは原作のほうが馥郁としてスケールが大きいように感じられて好きだ。ドラマの魅力は俳優たちの個性と演技力に負うところが大きいように思う。

 それにしても、村上もとかの「龍―RON―」にしても、この「JIN ―仁―」にしても、なぜか本妻的な女性と妾的な女性が出てきて、主人公は両手に華だ。

 実は、わたしには前世の記憶が(彼の世の質感に関する記憶を交えて)一つだけごく断片的にあり(これは当然新しくなった脳の記憶ではない)、それによると、前世のわたしは修行者として高齢で死んだ精悍な男だった。が、今生では女だからか、両手に華で嬉しいというような心理は今はわかるようでわからない。わたしは一つの華だけでいい。

 ただ、わたしは外見上も生活上も男性的といわれたことはないにも拘らず(自分でいうのもナンだが、若い頃は可愛いといわれたほう)、書くものでは男性的といわれることが多い。書くときは前世の自分が顔を出す気がしている。

 こんなことを書くと、初めてご訪問になったかたは「とんでもないブログに来てしまった」と驚かれるだろう。まあ常連のかたがたは「また始まった」とお見逃しくださると思うが。この「「JIN ―仁―」のようなドラマを観ると、わたしはせつないのだ。多くのかたがたが置いてきた記憶の欠片をこの世に持ってきてしまったばかりに、仁の苦悩が身につまされて。

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