カテゴリー「近くで起きた火事」の10件の記事

2013年5月22日 (水)

気のせいだったのかもしれませんが

『茜の帳』のあとがきに時間をとられ、気づくと、もうこんな時間。しかも、まだ書き上がっていません。同人誌からエッセーを写す作業も、これから。

 この本を完成させるのにさえ手こずっているのに、日記体児童文学作品『すみれ色の帽子』、幻想小説集『杜若幻想・フーガ・牡丹』、歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』、神秘主義小説『露草』『昼下がりのカタルシス』、時事小説『地味な人』、純文学小説としかいいようがない『銀の潮』『救われなかった男の物語』を早くやっつけてしまわなければと気が急きます(このところサボっていただけに)。

 7月になると新しい小説を書く予定があるので、またしても『不思議な接着剤』はお預けです。まだノートをとる段階ですしね。いつか完成させられるのでしょうか。おぼつかないので、やっぱりミニチュア、書いておこうかしら。

 タイトルとは別のことを書いてしまいましたが、わざと関係のないことを書いているともいえます。あまり目立ってほしくない記事なので。

 わたしの気のせいか、寝言と思っていただければ幸いです。ライン以下に畳んでおくことにします。ライン以下からは神秘主義メモです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2013年5月 8日 (水)

わあ、お帰りなさ~い!

 近くで起きた火事の影響で、お隣さんは大変だったのですが、ほとんど全面改装となり、そして、帰っていらっしゃいました~!

 日本舞踊の先生をなさっているとはいえ、高齢といってよいお年だし、一時はやつれて見えたので、心配でした。

 昨日の昼間、我が家のエアコンの後ろにいつ飛んできたのか(毎日ベランダに出ていて気づきませんでした)、汚れた薄いアルバムを見つけ、中を確かめると、お隣のおばさんのお写真でした。

 舞踊の発表会のお写真のようで、すてきでした。返しにいったとき、1枚くださいといいたかったのですが、何となく恥ずかしくていえませんでした。

 昨日は念入りに化粧をなさっていて、晴れやかそうで、とっても綺麗でした。お部屋が直って戻っていらっしゃるのを心待ちにしていました。お隣のおばさんがいらっしゃらないと、淋しかったんです、とっても。

 鳩も、またやってくるようになりました。来たら来たで、飼えませんから、追い払うことになりますが、近くで火事があってから長いこと、鳩も来ないところになっていたのは、何となくわびしいことだったのですね。

 ところで、連休明けには完成していたはずの電子書籍、連休前と同じ状態です。何をしていたのでしょう?

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2013年3月24日 (日)

サビアンシンボルの移行期に、人生を考える

 過日、南海トラフ巨大地震、別府湾地震を想定した校区防災マップが配られた。

 わたしの住むマンションは(わたしたちは借りている)、地区では、というより市全体でも建物としては高いほうで、マップで津波避難ビルに指定されている建物を見ても、何だか心許ない。

 津波となると、ここにいるのが一番だという気がする。しかし地震では古い型のマンションだから、バランスをとるために強く頭を振るに違いない。ここに引っ越してきてから地震に敏感になったのは、どうかしたら震度1でも体感できるくらいの建物の揺れ方なのだ。

 実際、3ぐらいでもこの階の住人は皆通路に飛び出す。巨大地震となると、もうどうなるのか、見当がつかない。

 近くの公民館は避難所にも津波避難ビルにも指定されない貧弱さで、ADAの設置もないが、何と防災井戸がある! 個人宅でも、井戸のあるお家は防災井戸に指定されていて、震災後に市民が押しかけるとなると、大変だろうなあ。

 最低でも、水、トイレットペーパー、カップヌードルはケースで各一つずつ、切らさないように心がけたい。

 わが家族は、日田市にいたときは台風被害、過日は近くで起きた火災など、結構怖い目に遭ってきた。

 夫(と相手)の過ちの後始末としての示談時に両家庭で再出発を誓ってすぐに起きた相手のストーカー行為(今後も何かあれば通報するしかない)や、再婚後にパートナーの影響で徐々におかしくなった父からふっかけられた裁判沙汰など合わせると、ここ10年近く、異常事態が続いてきたといってもよい。

 その間、体がストレスを受け止めきれなかっらしく、頻脈だけだったのが、喘息、冠攣縮性狭心症、骨腫瘍、弁膜症など、大きな事が起きる度ごとに病気が増えていった。

 ここ10年ほど、サビアン占星術ではシンボルが「割れたビンとこぼれた香水」〔※松村潔著『サビアン占星術』(学習研究社)参照〕で、色々なものが壊れやすく(実に、頭蓋骨まで手術でほんのちょっととはいえ割れた!)、示談や裁判など目立ったのは、これが木星の年齢域だったからだろうか。

 年齢的にはそろそろ「玩具の馬に乗っている小太りの少年」の域に移ろうかという時で、鏡関係には「パームの枝を刈る男」、意識の表と裏の関係と解説されている90度には、「聖職の浄化」「半旗として掲げられた旗」が来る。

 マグダラのマリアに関するリサーチには神秘主義者としての「聖職の浄化」としての意識が働いているように思え、鋭さを増してしまった評論活動(ブログと電子書籍を通してやっているにすぎないが)には「パームの枝を刈る男」というしつけ、教育にも関係しているというシンボルが大いに関係しているような気がする。

 わたしは、ケチをつけるとか悪口をいうとかといった心境とは遠い危機的意識で評論を書いている。というより、書くように促されているような切羽詰まった心境にあるといったらいいだろうか。辛辣になりがちなのは、そのためで、自分でもよくないとは思っている。

 大切なものが失われそうな恐怖感がある。その意識は、マグダラのマリアに関するリサーチとも無関係ではない。そして大切なものが失われそうな恐怖感は、「割れたビンとこぼれた香水」の年齢域に起きた災害の恐怖感から引き継がれたものともいえる。

「半旗として掲げられた旗」とは死んだ人を悼む旗のことだそうで、これは死んだ人というより退職する人などの引き際を意味するという。夫の定年退職はわたしにもストレートに影響があり、社会状況の悪化もあって再就職は大変だったが、夫婦で力を合わせて乗り切らなければならない状況は今後も続くのだろう。

 その状況と、わたしが始めた電子出版は無関係ではない。「玩具の馬に乗っている小太りの少年」は創作と関係しやすいシンボルであるようだ。

 近くで起きた火事は、もう一室火元がずれていれば、現在わたしたち家族はここで暮らしていられなかっただろう。実際、隣のおばさんのお宅はそうであり、最近LEDランタンと軍手をプレゼントをしたばかり、というと、まだどんな状態にあるかが想像できると思う。放水で濡れたものの整理に毎日通って来られていて、根を詰めていらっしゃる様子なのが心配だ。

 延焼は免れても、火元の上は大変なのだ。溜めていた浴槽の水が全部蒸発していたという。床が熱かったため放水されたが、床下に溜まった水は火元の鎮火後の夜、300度もあったそうだ。床は、床下も含めてボコボコになったらしい。消防の人がその夜は遅くまでいた。

 わが家は見た目にはベランダが煤けたくらいで変化がなかったが、室内のポリ袋が煤けていたり、萎びたようになったりしていたことから考えると、下に避難していた間に煙がかなり入り込み、室内の温度も高くなっていたに違いない。ベランダの植物は健在だったが、室内に置いていた植物は枯れた。

 おばさんのお宅で、一昨日、盛大な工事の音がしていた。喧しかったが、嬉しい音でもあり、心が弾んだ。来月が終わる頃には、おばさんにも以前の生活が戻ってくる見通しで、わたしも早くそうなればいいなあと思っている。

 ところで、色々なことが起き、これからもまたいつ――という不安感に駆られやすいわたしには、カロッサの戦時下における日記が参考になる。そのときはそのときと割り切り、いつものように過ごす、それが大事なことであるような気がする。

 今日すべきことをする、それが大事。現在のわたしの場合は、家事と創作。家事は家族の勤務を支える欠かせない仕事で、これが一番大事だが、創作はそれとは次元のことなる重要味を帯びた仕事だ。

 傍目にはおばさんのお遊びにしか見えなかろうと、神秘主義的体験をわたしのような形で持ち、かつそれを客観視できる知識と能力に恵まれた人間は少ない。そうした体験を通して社会を見、考察する力量は貴重だ。プロにはなれないまま終わろうとも、他人にはその重要さが認識できないとしても、歴とした仕事なのだ。

 その仕事はまだ始まったばかりといってよい段階で、これから充実させていきたいのだが、さてどこまで体が持つのか。

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2013年2月 7日 (木)

大好きなお隣さん

 夜になると、近くで火事が発生したときの怖ろしさが蘇ってきます。

 消火するまで1時間40分かかり、出火元一室が全焼しました。一室だけが、まるでそこで焚き火でもしているみたいにぼんぼん燃えていました。

 わたしたち家族は火災の発生した分譲マンションの一室を借り、そこで暮らしています。たまたま上のほうの階を借りることになったのでしたが、地震とか火事になったら、うまく逃げられるのかしら、と時々思うことがありました。

 分譲マンションなどは耐火構造になっているようで、火災が発生したのはマンションの10階でした。

 耐火性能の規定時間をググってみると、最上階から数えて5以上14以内の階の場合、壁・柱・床・梁は2時間、屋根・階段は30分間となっています。

 なるほどね、という感想です。はしご車が到着するのが遅く、放水までに時間がかかったという印象を持ちましたが、どうなんでしょう? 火災報知器が鳴り出すのも、ずいぶん遅かった気がします。

 それにしても、松村潔氏のサビアン占星術で見て、木星が蠍座の2度『割れたビンとこぼれた香水』の年齢域に入ってから、まるでビンが割れるかのように、自然災害で借家が壊れたり、火災で脅かされたり、権利の侵害を受けたり、検査で頭蓋骨をえぐられたり……と色々な目に遭います。

 ただ不思議なことに、そうしたダメージから思ってもみなかった贈り物をもたらされることがしばしばです。

 今回は、感じのよいかただなと思っていたお隣のおばさん――老婦人といってよい年齢のかたです――と心のふれあいができたという点でしょうか。

 お隣のおばさんは日本舞踊の師匠をなさってきただけあって、着物姿のよさといったら、ありません。それでいて、素顔のときは可愛らしくて、亡くなった母を思い出します。

 忙しそうなので、挨拶を交わす程度でしたが、今回のことで、着物姿のときはきりっと見えていても、やはりご高齢なのだと痛感させられ、何かあったときのために電話番号くらいは教えておきたいと考えました。

 すぐにそうしたかったのですが、火災や消火の影響がほとんどなかった我が家に比べると被害があるようで、あれこれ人の出入りがあったり、片付けもあるようでした。大変なようであれば、手伝いたいと思いましたが、ご家族がおありのことだし、挨拶する程度の関係では言い出しにくくて遠慮していたのでした。

 昨日、買い物のために通路に出たとき、偶然お隣のおばさんが出て来られたので、今後何かあって近所の助けがほしいときには連絡してほしいといって、電話番号を渡しました。

 そのとき、「見てみる? ぐしょぐしょでな、とても住まれへんわ」とおっしゃったので、玄関から部屋の中を見せていただき、息を呑みました。こんなにひどかったのか、と驚きました。

 一緒に玄関ロビーに避難していたとき、消防士さんがお隣さんの鍵を取りに来られたのです。それで、延焼や放水の可能性があるのだろうと思ったのですが、こんな大変なことになっていたのだなと思いました。

 近所に住む肉親の家に今はいらっしゃるようで、そこから片付けに通って来ているそうです。罹災証明書の提出などもあり、色々と大変そうです。

 でも、真っ先にお隣のおばさんから出た言葉は「あんた、怖かったやろ?」という言葉でした。

「もっと怖かったのは、おばさんでしょ?」と驚くと、「うちは呑気でな。テレビ見とったんや」ですって。丸い、優しい眼で。

 そして、おばさんは「うちも、電話番号、教えとくな」といい、わたしに背を向けて、壁を下敷き代わりに書いていらっしゃったのですが、救出が遅かったら、一酸化酸素中毒の危険もあったのではないかと思うと、涙が出てきました。

「おばさんったら、呑気なこといって! 留守だと思っていたんです。危なかったんですよ!」といいながら、背中に抱きついてしまいました。

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2013年2月 5日 (火)

トラウマっぽいけど、心臓への影響はなし。作業と翻訳サービスの話と文学論。

 夜になり、ベランダからオレンジ色や赤い色のライトが見えると、火事を思い出して怖くなる。

 赤系の色は大好きだった。透明感のある赤は特に。

 学生時代はブルーが大好きで、憑かれたようにその色ばかり着ていたが、たまに赤を着ると、「へえー赤、凄く似合うんだ」と驚かれた。

 そんな大学時代のわたしには緑色ばかり着ている綺麗な女友達がいて、着ている物ばかりか持ち物まで徹底した緑主義(?)。ゆえに彼女は葉緑素といわれていた。

 わたしが着る物の基本色はクールな色だが、子育て時代を通してジーンズとセットで着ていたジャンパーは真紅だったし、長く着ているオーバーは赤紫。綺麗なピンク色も、ワンポイント的にあると、落ち着く。

 赤系でも、オレンジになると似合わなくなり、黄色、茶色、緑色はさっぱりだ。

 神智学の本、ブラヴァツキーの『実践的オカルティズム』で生まれた曜日を調べると、普通のカレンダーでは金曜日になるのだが、神秘主義的には生まれた時間によって調整が必要となるらしく、火曜日になる。色は赤。

 赤とは相性がいいはずだ。それなのに、今は赤が怖い。オレンジも。

 物音がすると、ドキッとする。

 しかし、不思議なことに、火事が起きたとき、何度も心臓が縮みあがるような思いをしたのに、心臓は至ってすこやかだ。一度も、ニトロのお出ましはない。

 たぶん、冠攣縮性狭心症の発作期(?)ではないからだろうが、それにしても……この心臓、マイペース。

 生命保険料の前払いが2年半分残っている。更新できるかどうかわからないので、骨腫瘍の手術はその期間内にできればと思う。

 弁膜症も、もしいずれ悪化するものなら、その期間内にさっさと悪化するなり何なりしてほしいものだ(?)。

 尤も、心臓関係は出ないかもしれない。出たところで、妻型を切り離した生命保険だから、大した金額は出ないが、緊縮財政下では少しでも違う。

 作業のほうはちんたらとだが、進めており、息子の女友達に英訳して貰えるかもしれない作品の再校正は終えた。

 この作業は、電子書籍にする場合の最終チェックも兼ねていた。

 チェックを終えたのは、児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』『病院で』『卵の正体』、童話『マドレーヌとわたし』。

『病院で』は、作品として弱いものを感じている。本当に習作という出来具合で、ショパンの完成度の高いエチュードのような自律した作品と考えるわけにはいかない。

 従って、『病院で』の電子書籍化は見合わせるかもしれない。好きなところもあるのだけれど。『マドレーヌとわたし』『卵の正体』は問題ないと思う。小品ながら、それなりに自律している。あまり高いレベルではないが。

 純文学小説『台風』は既にチェック済み。

 Kindleダイレクト・パブリッシングで電子書籍を出版するために残っている作業としては、あと、ギンプを使った表紙の作成と作品の説明文の執筆だ。

 ギンプ……久しぶりに起動させると思うと、ドキドキする。まずは、最初にKindleストアに出したい『田中さんちにやってきたペガサス』だ。

 ギンプでうまく作成できなければ、パブー用に作成した表紙を使うしかない。

 お絵描きのほうは徐々に……。あとで表紙だけ替えることもできるようだし、本文の改稿と合わせて第2版として公開することもできるだろうから、表紙絵にかける時間はそこそこにしておきたい。

 新しい作品を書かなくてはならないし、遅くとも4月くらいからは中断中の長編児童小説『不思議な接着剤』にかかりたい。昨年はノートしかとれなかった。

 それに、夏になると、どうしたって純文学小説を書きたくなるだろう。年1くらいは書いていかないと。大人の小説の書きかたを忘れるわけにはいかない。

 昨年と一昨年書いた純文学小説も、電子書籍にするつもりだ。これまでに書いた沢山の小説の他にエッセー集、評論集、手記なども電子書籍にしておきたい。作業が追いつかないが、紙は、燃えたらお仕舞いなのだ。

 延焼していたら、焚書坑儒みたいな光景を公開してしまうところだった。

 ところで、火事を心配して電話してきた息子と翻訳サービスの話をした。

 今は金銭的余裕がないから、どちらにしても無理だが、ここはどうだろう、と思うサービスを見つけたので。

「どうかなあ?」と息子。息子の会社では、1頁1万円もするような翻訳サービスに出したりもするそうで、息子はそれをよくチェックするという。

「まだ自分で翻訳したほうがましだと思うようなのも、多いよ。1頁1万円のですら」だとか。

 うーん、10頁2万円で、わたしの掌編がヒンディー語とかアラビア語とかロシア語とかポルトガル語とかになったところをうっとりと想い描いていたのに、少し萎んじゃったわ。この件は、また改めて記事にしたい(それを書いているときに、近くで火事が発生したのだった……)。

 娘のふたりのイタリア人のメル友のうち、フィレンツェの書店主さんは本当に読書家で、今はバルザックの『ウェジェニー・グランデ』を読んでいらっしゃるそうだ。

 娘はスカイプで話もしていた。互いに独学の初心者なので、勉強になる以前の段階だったみたいだが、互いの背後には本が沢山――。

 そのフィレンツェの書店主さんは中年男性で、ハンサムさんではなかったそうだが、ずっとニコニコなさっていたという。背景は、書店内という感じではなく、こぢんまりとした書斎のようなところで、本が沢山あったそうだ。

 息子が「教養という点では日本人はひどいと思う。おおかたが労働者になってしまっているから、そんなものは必要ないんだよ。」という。

 息子の会社には、高学歴の人も多いという。確か同期の中では息子が大学のランク的に最下位だった(?)と記憶しているが、「学歴がどんなによくても、所詮は労働者だから、教養なんて余分なんだ」というが、そうかもしれない。

 労働者には、美味しい食べ物と余暇があればいいだろうから。労働者の余暇に合うのはエンター系の小説だ。

 戦後、知識階級が消えていった。国民のほとんどがただの労働者になってしまった。

 知識階級は国の文化を設計する人々であったから、日本人は指針のないまま、精神的漂流を続けている。

 知識階級の作家たちが担い手であった純文学も衰退を続けており、近年芥川賞で選ばれる作品の正体はエンター系である。いや、エンター系ともいえない欠陥作品としかいいようがない。児童文学は、完全にといっていいくらい、エンター系が独占してしまっている。

 それがわたしにもわかり始めたので、海外で売りたいという夢を見始めたのだった。

 フィレンツェの書店主さんが源氏物語やバルザックを読まれると聴くと、何だかホッとするものを覚える。

 息子は職場の自分のスペースの壁に我流の漢文を貼り付けて、鬱憤晴らしをしているという。

 教訓を書くこともあれば、不満を書くこともあるそうで、若い人はそれを見て「呪文みたいで気持ち悪いから、よせ」といい、年輩の人は「ほほう、懐かしいねえ、漢文か……」といって、通り過ぎるそうだ。

 息子はきっと、相当な変わり者と思われているに違いない。まあ母親が母親だから、文句はいえない。

 最近、仕事で、たまたまベルギー大使館の人と話す機会があり、ベルギーのことを色々と聴けて楽しかったそうだ。

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2013年2月 4日 (月)

しばらくはトラウマになりそう

 夕食の支度が遅れたと焦りながら管理画面で記事を途中まで書いたとき、近くで火災が発生し、中断を余儀なくされた。その3日後には、これまでの部屋で、こうしてまた普通に記事を書いている事が不思議だ。人間、何が起きるかわからない。

 普段は、自分自身でつくり出す想念の繭につつまれて、快適に生きているのだということがつくづくわかった。あのときは、その繭から暴力的に引き摺り出された気がした。

 自分の体は全くの物質であり、物質界の法則に支配されているのだということが嫌というほどわかる瞬間。台風被害に遭ったときも、そうだった。「なぜ、今なの? 楽しく記事を書いていたのに。たった今まで、何事もなかったのに、嘘でしょう?」

 寝ていた夫を起こし、娘を急かす。そうしながらも、「なに、これ。嘘でしょう?」と考えている。わたしたちはもしかしたら、死んでしまうのだろうか、という思いもよぎった。そんな、まさか、嫌だわ、と思った。

 しかし、危険が迫っていることを認めないわけにはいかなかった。あまりに異様なので、ベランダに出ると、「火事だよ! あんたんとこだよ!」と向かいのホテルの人が拡声器を通して教えてくれたのだから。あれは本当にありがたかった。

 確かに、既に熱くて、煙たかった。出る準備を急ぎながらも、困惑は続いていた。神経も何も、むき出しになったように感じられた。

 最初はドンドンドンと聴こえたのだ。ドンドンドンといっても、叩くような音ではなく、ほとんどボンボンボンとも聴こえる、天井を突くような圧迫音とでもいおうか。こんな時間から大がかりな改装工事なんて……と呆れた。

 次いで、バリバリバリと聴こえた。これまでに聴いたこともなかったような、凄まじい音。樹木を裂くかのような。

 あっという間にそうなった。この時点では、もう床がとても不安定に感じられ、いくらか熱くなっていた。離れていてもこうだったのだから、出火元の真上の人はどれほどの恐怖だったことだろう。

 室内着の上にオーバーを羽織り、大事な書類(自分の作品ではない)を抱え、ショルダーバッグを肩にかけた。娘もショルダーバッグを肩にかけていた。夫は車のキーとなぜか飴玉を3個ポケットに入れたそうだ。家族の誰にも、ブレーカーを落とす心理的な余裕がなかった。ドアの鍵は夫が締めた。

 通路には人影がなく、不思議なくらいに静まり返っていたので、同じ階の他の人々は皆避難したか、外出中だと思った。

 火事の場合は身に危険が迫っていても、本当にわかりにくい。地震のときであれば、少しの揺れでも、皆、通路へと飛び出すのだが。

 それに、他がどうなっているのかさっぱりわからなかったので、この辺りだけがこんな非常事態にあるとは思わず、マンション全体のあちこちがこんな風だと思い込んでいた。

 それで、無理をしてでも外に直に通じている非常階段を下りるつもりだったのだが、そこは黒煙が立ちこめていて、暗く、上からはほとんど何も見えなかった。明かりのあるエレベーターのほうへ行くしかなかった。エレベーターの近くの階段を使って下りた。

 下りている間中、拍子抜けするくらい、安全だった。管理組合の役員の人たちなのか、消火器を抱えて上へ行く幾人かの私服の男性とすれ違った。

 この時点で、まだ出火元の真上にいた人は、ドアが熱風で開けられずにいたという。消防の男性がドアを開け、おんぶして安全な場へ連れ出してくれたそうだ。

 部屋で横になってテレビを見ていると、ドンドンドンと、まるで悪戯でもするようなひどい音がしてきたそうだ。「やめて、悪戯は!」と叫び、それでも続く音に気が変になりそうになり、外出中の家族に電話をしたという。

「電話している間に、なぜ外に出なかったの?」と、家族にあとでいわれていた。

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2013年2月 3日 (日)

前の記事のそのまたまた続きです。神秘主義的メモ。

 消化を見守った火災の出火原因を知りたいと思っていましたが、事件性は見当たらず、仏壇周辺からの出火の可能性が極めて高いとのことです。

 これは個人的に聴いた、あくまで推測による場面の再現ですが、亡くなったかたは仏壇のロウソクをつけたまま入浴。あがってきたら火がひろがっていて、それを自分で消そうとしているうちに一酸化炭素中毒に陥り、残念な結果になってしまったのではないか――。

 亡くなったかたのご冥福をお祈りします。

 昔、母が亡くなったとき、通夜、葬式、法要と親類が集うたびに、仏壇のロウソクと線香は火事の原因になりやすいからくれぐれも気をつけるようにと、口を酸っぱくして注意されました。

 今回の火事の原因が仏壇のロウソクかもしれないと知り、ロウソクの火に限りませんが、火の元には本当に気をつけなくてはならないと改めて思いました。

 ここからは別の話題――神秘主義的な話題になりますが、『エレナ・レーリッヒの手紙』(田中恵美子訳)に、空間に色のついた点を見、色合いによって、それが何を暗示しているのかを知ると書かれています。わたしも同じ類の点を見ることがあるので、参考にしています。

 そして、火事の起きる前夜、わたしは黄色い大きな点(円といったほうがいいかもしれません)を見ました。金色の点を見ることはたびたびあり、金色の点は幸福感をもたらすのですが、それはどう見ても、明るく楽しげにきらめく金色には見えず、不吉な感じのする黒ずんだ黄色でした。

『エレナ・レーリッヒの手紙』を読むと、下記のような事が記されていました。

黄色の点は、危険の警告である。

 それで、何かが起きる不安を覚えたものの、修行が足りないわたしには、その危険が何を意味するのかは、危険が迫るまでわかりませんでした。

 今回わたしが見た黄色の点は、おそらく近所に起きる火事を警告するものだったのでしょう。大気にはそのとき既に緊張が漲っていて、神秘主義者の目にはそれが見えるのだと思います。

 郵政選挙の前に、空間に赤い点を見たことは前に書きました。エレナ・レーリッヒは赤い点については下記のように記しています。

赤い点は大気の中の大変な緊張を示し、その時、地震や嵐や革命さえも予期できる。

 わたしは赤い点が見えたとき、地震の前触れかと思いましたが、おそらくそれは革命を警告していたのです。小泉首相の郵政改革は日本にとって、改革などという生やさしい表現で済む度合いのものではなく、革命という言葉に匹敵する内容のものだったはずです。

 神秘主義者として成熟するということは、予期することのつらさに耐える力を養うことでもあるのではないでしょうか。わたしにはまだそのつらさに耐えうるだけの力が備わっていません。その力が充分に備わって初めて、あらかじめ知ることができる能力は深まるのかもしれません。

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2013年2月 2日 (土)

前の記事のそのまた続きです

一夜明けてみると(ほとんど眠れませんでした)、火事を見上げていたときの疑問が改めて湧いてきました。

玄関側には、窓に金属製の格子のはまっているところと、そうでないところがありましたが、いずれにしても、なぜ、消防の人達はあの窓を破らなかったのでしょう?

パニック映画なんかでは、よく、そのようなシーンを見るような気がするのですが。

夫も、同じ疑問を覚えていたとか。専門的なことはわからないので、そうすることのできない事情があったのでしょうね。

今回、火事を見て怖ろしい思いをしましたが、うちの場合、ご近所との連繋がもう少しは必要ではないかと考えました。

わたしも、もう長いことマンション住まいで、両隣、そのまた両隣くらいは顔見知りです。

一方のお隣さんには、高齢のかたがいらっしゃるので、ご家族がお留守のときなどに何かあったら……と心配ですから、そのかたが連絡できるように、ご迷惑でなければ、電話番号を教えておきたいと思いました。

地震のときは、少しの揺れでも皆さん結構外に飛び出しますが、火事って、近くでも案外わかりにくいものだと感じました。

逆に、遠くの消防車のサイレンが生々しく響いたりしますよね。

新聞によると、マンションの火事を見つけ、通報したのは向かいのホテルの警備員さんだったとか。

そのホテルからだったのでしょう、拡声器で「火事だよ! あんたんとこだよ!」と住人にしきりに呼びかける声が聴こえていました。

冬のことで、どこも窓を閉めていますし、何しろ大きなマンションですから、もしかしたらあれだけの騒ぎでも、気づいていなかった人もいたのではないかと思えたくらいです。

警察の人が住人の点呼をとっていました。

マンションって、在宅か留守かわかりにくくて、回覧板を回すときなんかでも、どちらかよくわからないことがあります。

物騒な世の中ですし、マンションの人間関係は希薄になりがちで、居留守を使う人だって、いるでしょうし。

新聞には、火元の亡くなったかたの年齢も出ていましたが、火事を見ていたうちの何人かが、あそこにはお爺さんが住んでいるといっていました。

実際に新聞に出ていたのはわたしに近い年齢で、さすがにわたしはおばさんといわれたことはあっても、まだお婆さんといわれたことはありません。

住んでいたのは、お爺さんではなく、おじさんだったはずです。

しかも、そういっていたのはかなり年齢のいった人々でした。人の噂は、半分程度正しいと思ったほうがよさそうですね。

火事を見ていたときについた燻されたような臭いが髪にまだ残っているので、シャワーを浴びようと思います(昨日は入りそびれました)。

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前の記事の続きです

マンション火災だったのですが、ニュースによると、はしご車など13台が出動して、1時間40分後に鎮火。

一室が全焼で、残念なことに、そこのかたがお亡くなりになってしまったようです。

一緒に見ていた人々は、口々に、火元の住人は外出中のようだといっていましたし、救急車もわたしは見なかったので、死人が出ていたのだ……と驚きました。

現場にいて消火の様子を見ていても、ニュースを見ないと、全貌ってわからないものですね。

マンションの玄関側は一室から黒煙が上の階に向かってとめどもなく立ちのぼり、もう一方のベランダ側は、あちこち普通に電灯がともっていましたが、一室だけが火の海。

なかなか鎮火できない様子だったので、延焼しなかったのが奇跡的なことに思えたほどでした。

出火の原因は何だったのでしょうか。なんか、あんなにつぶさに火事を見てしまうと、トラウマになってしまいそうです。

家事の合間に翻訳サービスのサイトを見つけて記事を半分書きかけ、辺りの騒動に気づきました。

消防車のサイレンが聴こえていたので、どこかが火事だと気づきましたが、それが思いのほか近いと知り、怖くなって外に出ました。

現場では、消防の人たちが沢山いて、あちこち走り回っていました。

ドアがなかなか開かなかったことが、消火に手間取った原因だったのでは?

火事からくる風圧のせい? 鍵が開かないようだといっている人もいました。

ナンにしても、何人もの消防の人たちがドアを囲むように数珠繋ぎになって長い間、立っていました。あの黒煙の中……消防の人って、本当に命がけですね。

反対のベランダ側に行って見上げたとき、一室だけが圧倒的なオレンジ色だった、その光景が繰り返し脳裏に浮かび、つらい。眠れません。

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怖い思い

近くで火事があり、怖かったです。

独身時代に実家の近所で火事があったとき以来の、ショッキングな出来事でした。

片側からはあかあかと炎が見え、もう片側からは黒煙が見えました。一室が全焼したとのことです。

今夜は眠れそうにありません。

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