カテゴリー「時事・世相」の245件の記事

2018年3月28日 (水)

森友問題より、年金機構が500万人もの個人情報を中国の業者に渡した問題

3月27日の午前に参議院予算委員会、午後に衆議院予算委員会で、佐川前国税庁長官に対する証人喚問が行われました。

その結果は、NHKが次のようにまとめています。

参院では、

財務省の決裁文書の改ざん問題をめぐり、佐川前国税庁長官は、参議院予算委員会での証人喚問で、改ざんや森友学園との取り引きに、安倍総理大臣や夫人の昭恵氏、それに総理大臣官邸関係者の指示はなかったと証言しました。
NHK NEWS WEB(3月27日 11時58分)<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180327/k10011380261000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001>

衆院では、

財務省の決裁文書の改ざん問題をめぐり、佐川前国税庁長官は、衆議院予算委員会での証人喚問で、去年2月に安倍総理大臣が「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」と答弁したことを受け、財務省内や総理大臣官邸との間で対応を協議したことはなかったと証言しました。また、佐川氏は、改ざんや森友学園との取り引きへの安倍総理大臣や昭恵氏の関与を重ねて否定しました。
NHK NEWS WEB(3月27日 11時58分)<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180327/k10011381181000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001>

証人喚問では嘘をつくと、偽証罪に問われるそうです。そのような場での佐川氏の証言であるにも拘わらず、野党はなぜか「疑惑は深まった」だの、「火に油を注いだ」だのと、大騒ぎ。

質問の仕方も、声を荒げて、詰め寄らんばかりで、下品そのもの。もう、国会議員とも思えない野蛮人にしか見えませんでした。

自分たちの望む証言を得るまでは、どこまでも追及するつもりのようですが、まともな国民であれば、野党の検察ごっこにはうんざりしているはずです。

あんな証人喚問には、三権分立が侵される危険性さえ感じます。ネット上には、佐川氏の証人喚問の様子を人民裁判、魔女裁判、吊るし上げと憤る声が渦巻いています。

もう1年以上も森友問題を引き延ばした彼らは、まだ物足りないようです。確たる証拠もないのに、証人喚問に新たな餌食を送り込むつもりでいます。これが、魔女裁判でなくてなんですか? 彼らが大好きなはずの人権という言葉は、彼らのためにしか存在しないのでしょうか。

日米貿易摩擦、北朝鮮・中国の脅威に対する国防問題などが喫緊の課題として立ちはだかる状況下で、森友学園への国有地払下げ問題以上に、中国資本によるわが国の水源地、自衛隊基地周辺の土地の買占めが進行している問題のほうがより重要に思えます。

また文書改竄問題で騒ぐのであれば、当然以下のニュースにも大騒ぎしなければおかしいですよね。同じ文書管理に関する問題です。

……日本年金機構からデータ入力業務を委託された東京都内の情報処理会社が契約に違反し、最大で約500万人分の個人情報を中国の業者に渡して入力業務を再委託していたことが厚生労働省への取材でわかった。……
読売新聞(3月19日 21時55分)<https://news.yahoo.co.jp/pickup/6275975>

中国に、日本人の個人情報が500万人分も流出した可能性があるわけで、ぞっとさせられる話ではありませんか。

中国――で、思い出しましたが、行橋市市会議員小坪慎也氏のサイトで、小坪氏が「ウイグル人・チベット人など、また法輪功など『CHINAが弾圧』する”無実の囚人”らが生きたまま臓器を摘出されている」問題に果敢に取り組んでいらっしゃるという「いま、まさに選挙中」の丸山ひろあき氏について、お書きになっているのを読みました。

【地方議員烈伝⑨】ウィグル・チベット、法輪功らへの臓器狩りを許さない【CHINAと戦う丸山ひろあき】
https://samurai20.jp/2018/03/maruyama-2/

法輪功の人々が恐ろしい目に遭わされていることを知ったのは、3年ほど前になります。そのときから、そのことを忘れたことはありません。当ブログに2本の過去記事がありますが、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」にエッセーとして収録しています。 

48 失われたと思っていた中国五千年の芳香
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/04/29/075132

以下は魔女裁判について神秘主義的観点から書いたエッセーです。

39 魔女裁判の抑止力となった、暗黒の時代の神秘主義者たち
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/17/064216

まとまりの悪い記事でよろしければ、以下にどうぞ。

2015年6月11日 (木)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ①弾圧される人々
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-c356.html

2015年6月13日 (土)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ②ジェノサイドを見て見ぬふりをするしかない日本
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-4872.html

インターポットで、「コイコイ万里の長城」と「水陸観光バス」をゲットしました。万里の長城を歩くリンドグレーン、バスに乗っているアバ令嬢をパチリと撮りました。

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2018年3月26日 (月)

電波オークション。太田理財局長は元野田首相秘書官で増税派(森友問題)。

ニュースを観たいと思っても、反日近隣諸国を忖度しているとしか思えないテレビ局、また海外ニュースといえば、反日近隣諸国にせいぜいアメリカを出す程度といった異常な国際感覚を披露するテレビ局ばかりで、視聴する意欲が減退します。

チャンネル桜、虎ノ門ニュース、チャンネルくららなどの動画をテレビで観たいものだと思っていたところ、以下のニュース。

……首相は政治的公平性などを定めた放送法4条の規制撤廃で、インターネットなどの通信業務とテレビ・ラジオ局などの放送業務の垣根をなくそうとしている。……
読売新聞(2018年3月21日9時1分)「放送見直し、政府内対立…ネットとの垣根撤廃案」<https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0321/ym_180321_2345738289.html>

世界の先進国で電波オークションをしてないのは日本だけだそうで、保守層の間では電波オークションを望む声が以前から聞かれました。

exciteニュース(2017年12月2日)に電波は国民の財産であり、欧米諸国など経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国の中で、電波オークションを導入していないのは日本だけだ。アジアでもオークションをやっていないのは中国と北朝鮮とモンゴルだけである」<https://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201712_post_15241.html>とあるのには驚かされます。

テロ等準備罪成立の過程でも、当時187ヶ国もが締結していたパレルモ条約――国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約,TOC条約――に日本が乗り遅れていることがわかりましたっけ(野党の反対で)。

野党の存在は不可欠ですが、必要なのは当然ながら愛国野党であって、反日野党ではありません。その反日野党と連携プレーする反日勢力に日本のメディアが牛耳られている現状を考えると、電波オークションは必要なのかもしれないと思います。

保守勢力がネット動画でしか情報を発信できない日陰の存在である現状はどう考えても異常で、水面下で何が進行しているかを想像させられ、戦慄せざるをえません。

以下の動画は「Front Japan 桜」による、経済評論家・渡邊哲也氏の解説です。立憲民主党の「共謀罪」廃止法案が日本人にとって如何に危険なものであるかの解説も含まれているので、その部分から貼り付けます。電波オークションについては18:15ごろからです。


ところで、今日も国会(参院予算委員会)では森友問題をやっていました。和田政宗参議院議員は国会でなかなか鋭い質問をする議員ですが、2018年3月19日の参議院予算委員会では次のようなことをいいました。

……まさかとは思いますけれども、太田理財局長は民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めておりまして、増税派だから、アベノミクスを潰すために、安倍政権を貶めるために、意図的に変な答弁してるんじゃないですか、どうですか?……

以下は、それに関する虎ノ門ニュースの動画です。

以下に紹介するのは、「チャンネルくらら」の面白くもぞっとさせられた動画3本(2本は前後編)です。台湾、中国、北朝鮮、韓国の関係は本当に複雑なんですね。

特別番組「中華DNAを語る!」深田萌絵 内藤陽介 倉山満【チャンネルくらら・3月15日配信】
https://youtu.be/AAhe7yEihLs

特別番組「台湾と北朝鮮の知られざる関係~中華DNAを語る!」深田萌絵 内藤陽介 倉山満【チャンネルくらら・3月22日配信】
https://youtu.be/z8Sozdt0hK4

特別番組「平昌五輪後の朝鮮半島」内藤陽介 深田萌絵【3月8日配信・チャンネルくらら】
https://youtu.be/7-5xRVTbA-k

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2018年3月24日 (土)

おっさんレンタル? えびと赤いんげん豆のミルクスープ。ニトロ1錠。

昨日の夕飯に、具沢山のスープがほしいなと思いました。材料を見て、わあ美味しそう……と思ったので、サイト「MILK JAPAN(ミルクジャパン)」のレシピ「白いんげん豆のミルク煮」を参考にスープを作ることにしました。

MILK JAPAN(ミルクジャパン)
http://www.milkjapan.net/pc/

白いんげん豆のほうがミルクには合うだろうなと思いましたが、赤いんげん豆しかうちになかったので、それを使いました。えび、豆、他の野菜の旨味が溶け合ったスープは家族に好評でした。

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過去記事で書いた幼馴染みの手術の立ち会い、実際にすることになるのかどうかはまだわかりませんが、今朝のわたしの浮腫んだ足では靴を履くにも苦労しそう。そりゃ引き受けたら、這ってでもいきますけれどね。

前向きに治療を受けてほしいので、病院の許可があれば、立ち会いだけなら引き受けてもいいと考えていますが、友人でもいいのだろうかと思ってネットで調べていると、手術の立ち会いに「おっさんレンタル」を頼んだという女性の記事が出てきました。

おっさんレンタル~?

冗談だろうと思ってググってみると、本当に存在するではありませんか。サイト「おっさんレンタル」というのが! 衝撃でした。

類似サービスが沢山あるようで、どれが元祖なのか、わたしにはわかりません。

ウィキペディア「西本貴信」に次のような記述がありますので、元祖はこの方が立ち上げたレンタルでしょう。

22歳で渡米し、映画やドラマのスタイリストとして活動開始。
帰国後、ファッションプロデューサーとしてブランドディレクション等に携わり、百貨店スタイリスト、養成塾運営のほかに、大手スタイリスト事務所のエグゼクティブプロデューサーを歴任。その後、大学や専門学校での講師活動を経て、2013年より1時間1,000円で何でも依頼を受ける「おっさんレンタル」を開始し話題となる。

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5:%E3%81%93%E3%81%AE%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%92%E5%BC%95%E7%94%A8&page=%E8%A5%BF%E6%9C%AC%E8%B2%B4%E4%BF%A1&id=60111593

代行業の一種と考えていいのでしょうか。トラブルが発生することはないのかしらね。

トップページに「セール」「新商品」「人気」などと表示された、文字通りおっさんの写真が並んでいて、その一つをクリックすると、「¥1,000」「数量」「カートに入れる」というお買い物仕様のページになっていました。

幼馴染みに「わたしちょっと体がしんどいから、立ち会いはおっさんレンタルで間に合わせてくれない?」って、いってみようかな。いや、冗談です。

数日前からまた心不全の症状が出ていて、重く感じられる心臓、おなかや足の浮腫み、尿量減少、しつこい咳・痰といった鬱血性心不全の症状が出ていました。

夕方になってニトロペンを舌下したところ、かなり改善しました。

ニトロは狭心症に使われますが、全身の動脈・静脈を拡張して心臓の負担を軽くするので心不全のときにも使われます。

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2018年3月17日 (土)

モリ蕎麦をすすってみる(森友文書書き換え問題)

3月13日の記事と14日の追記を、改めてアップします。

森友問題に関する財務省の調査結果が出され、NHK NEWS WEBに書き換え前と後の全文書が掲載された。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/moritomo_kakikae/

PDF版を閲覧してみた。このような行政文書を一国民として読むことになるとは、想像もしていなかったなあ。

NHKの解説では、あたかも指名手配の犯人のような趣で、安倍夫人、鴻池元防災相、平沼元経産相、鳩山元総務相、北川イッセイ元国土交通副大臣のお写真が載っている。

削除された部分を中心に全文書をざっと読んだ。

第一印象としては、覚書風なことがあれこれ書かれていることに驚いた。情報収集のためでもあるのだろうか。

どちらかというと、そのようなものとして、お写真の方々のことは書かれている。行政的流れに強く影響したとは思えない。最初から追ってみよう。

大阪航空局は平成25年4月30日付で、財務省理財局に財産の処分依頼を提出した。

その財産とは、大阪国際航空周辺における航空機騒音対策の一環として買収した土地であったが、騒音区域が縮小されたことにより保有を続ける必要がなくなったのであった。

理財局は平成25年6月3日から公的取得要望を募った。森友学園理事長の籠池氏はその土地を小学校敷地としてほしいと思った。鴻池議員は秘書を通じて照会の労をとらされている。

籠池氏は土地をすぐに購入するのではなく、学校経営が安定するまでの8年間程度仮受けて、その後に購入したいと理財局及び大阪航空局に要請した。

しかし、籠池氏の小学校建設計画はなかなか思うようにいかなかった。

難航する中にあって、籠池氏は要求を通すために様々なアピールを行うのである。安倍夫人はそれに利用された形だ。

大阪府教育記者クラブにて小学校開設について記者発表したのも、このアピールの一環だったろう。朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の名がしっかり書かれていて、これも削除されている。NHKさん、この人たちのお写真はどこ?

籠池氏は、北川副大臣、平沼衆議院議員、鳩山邦夫衆議院議員には、近畿財務局から森友学園に示された概算貸付料が高すぎると訴えている。

北川副大臣には面会できず。平沼議員は秘書を通じて相談してやるが、財務省から「法律に基づき適正な時価を算出する必要があるため、価格についてはどうにもならない」と撥ねつけられた。鳩山邦夫衆議院議員秘書も近畿財務局に出向いて相談してやるが、これも撥ねつけられた。

ところが、平成27年3月26日、籠池氏が弁護士と理財局を訪れたときから形勢逆転の雰囲気が漂う。

籠池氏はボーリング調査結果を提示して、建設予定地が軟弱地盤であり、工事が必要として工事費負担を要請したのだった……

安倍夫人については三箇所記述がある。一箇所は籠池氏が安倍夫人からお言葉をいただいたとアピールして、写真を提示したという記述。

二箇所目は産経新聞社インターネット記事の中のことである。「安部〔ママ〕首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した旨が掲載される」と記述がある。字の間違いがあるなど、如何にもメモ風である。

安倍総理の名は「『学校法人 森友学園』の概要等」の中に出てくる。

「1 森友学園の概要」に(1)運営事業(2)理事長(3)教育方針・教育内容――とあって、(2)に「同氏は『日本会議大阪(注)代表・運営委員』を始めとする諸団体に関与している」とあり、(注)の日本会議に関する説明の中に出てくるだけだ。

現在、役員には特別顧問として麻生太郎財務大臣、会長に平沼赳夫議員、副会長に安倍晋三総理らが就任」という箇所。これを関与というなら、その人は頭がどうかしている。

「(参考)森友学園への議員の来訪状況」には講演会を行った中山議員、平沼議員、三木議員、杉田議員、上田〔ママ〕小百合議員、安倍夫人など、色々出てくる。

ここにもちらっと安倍夫人の名がある。これが三箇所目。上田議員は上西議員の書き間違いと思われる。

要するに、覚書風に記載されているだけであり、やはり情報収集の一環かと思わせられる。その下の方には、籠池氏の名刺が表裏複写されている。

以下は経済評論家の渡邊哲也氏のツイートだが、安倍夫人や政治家たちのことが書かれていたからといって、問題となるようなものではないと思う。

渡邉哲也
‏認証済みアカウント @daitojimari
憲法と国民の権利を理解していない人が多数いるようですね。 政治家に請願や陳情するのは憲法に定められた国民の権利 そこに金銭の授受があってはならないという話 公益性があれば政治家が陳情や請願を受けるのは当然の話 何の問題もないのですよ。
14:52 - 2018年3月11日

https://twitter.com/daitojimari/status/972953455336742912

書き換えるという行為は問題だろうが、国会での佐川理財局長の答弁に合わせて書き換えられたのだとしか思えない。

削除された「特例的な内容」という記述についても、前後の記述から、それが売払いを前提とした貸付処理という特例的な処理のことを指しているとしか考えられない。

削除された記述の中に次のような記述があった。

学園の提案に応じなかった場合、損害賠償に発展すると共に小学校建設の中止による更なる問題発生の可能性があることも含めて、当局及び大阪航空局にて処理方針を検討した結果、学園の提案に応じて鑑定評価を行い売払価格の通知を行うこととした

これは、籠池氏の要求を呑んだ理財局の動機がまとめられたものだといってよい。

野党、メディアの印象操作には目に余るものがある。

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2018年3月 9日 (金)

杉本良男氏の論文、及びニューエイジ雑感。『岩波哲学・思想事典』における神智学協会。

オンライン論文、杉本良男「特集 : マダム・ブラヴァツキーのチベット : 序論 」『国立民族学博物館研究報告』<http://doi.org/10.15021/00005962>(2018年3月9日アクセス)を閲覧した。

この論文は序論らしいから、今後の展開を期待したいが、「日本の神智主義研究をリードしてきた吉永進一」とあったので、過去記事で吉永氏の論文について感想を書いたことを思い出した。その感想へのリンクが以下の記事にある。

2017年11月18日 (土)
前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない(加筆あり)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/11/post-070c.html

杉本氏の論文に「神智主義,神智協会がいまだに知的関心の的であることに驚かされた」とあるのを読むと、序論から既に何かブラヴァツキーの近代神智学運動や神智学協会に対する否定的ニュアンスがあるような感じを受ける。

新たな情報に触れることができるのは嬉しいが、この杉本氏にしても、吉永氏にしても、ブラヴァツキーの主要著作を読んだことがあるのかどうか疑問である。他の論文の引用文からは否定的ニュアンスが感じられなかったりすると、余計に残念な気がする。

論文に「マダムを祖と崇めるニューエイジ運動」とあったので、ウィキペディア「ニューエイジ」<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8&oldid=67581956>を閲覧した。

概要に、ニューエイジが「一般的に、19世紀の心霊主義、ニューソート、神智学の伝統から派生したもの、グノーシス主義、ロマン主義、神智学が現代的に再編されたものであるとみなされている」とある。

そして、「ヨークは、『不便なことに、研究者がニューエイジにアプローチする際、適切で包括的な概説は存在しない』『多くの考えがありながら、運動全体について語ることができる者はいない』と述べている」とあるが、その原因の一つは、ニューエイジに対するブラヴァツキーの影響を指摘しておきながら(杉本氏は前掲のように「マダムを祖と崇めるニューエイジ運動」とまで、いい切っている)、ブラヴァツキーの諸著の研究がアカデミックな場でなされてこなかったところから来ているとわたしなどは思う。

日本では第二次大戦後、GHQによる公職追放によって21万人もの各界の保守層が追放された結果、左翼が勢力を伸ばした。学術研究においても彼らが主導的立場をとることになったことから、ブラヴァツキーのような東洋思想に新たな光を当てて科学、宗教、哲学の総合という偉業を成し遂げた人物をも放置状態で、彼女の諸論文の学術研究も評価もされないままできているのだ。

研究がなされる場合でも、どこか見下したような視点での周辺的な、悪くすればゴシップ的なアプローチが多く見られ、こうした研究が学術研究という名に値するかどうか、甚だ疑問である。

彼らの研究自体がニューエイジの影響を感じさせる、恣意的な特徴を持っているようにわたしには思える。

まずはブラヴァツキーの代表的著作の研究がなされるべきで、それがなされずして影響も何も考察できるわけがない。

ブラヴァツキーの代表的著作の研究には古代ギリシア哲学をはじめとするブラヴァツキーが生きた時代までの哲学の基礎教養が必要で、左翼思想に染まった学者たちにこれらを身につけることが可能なのかどうか……

ニューエイジという潮流には、非学術的、ファンタスティック――というより妄想的といべきかもしれないが――な要素、左翼思想(ニューエイジの特徴らしい世界政府樹立の推進は、アダム・ヴァイスハウプトを祖とするイルミナティが希求したところのもので、マルクス主義に取り込まれた)、心霊主義(ピプノセラピーには無知からくる催眠術の安易な利用があり――ピプノセラピスト本人が如何に善良であろうとも黒魔術となってしまう――、それによる降霊術がその正体である)、金銭的利益を目的とした商業利用が潜んでいるように思われる。

いずれも、ブラヴァツキーの思想には存在しない要素である。

他にもウィキペディアにはいろいろなことが書かれているが、火遊びにも似た軽率な「霊や異次元の存在との交流(交霊・チャネリング)」は心霊主義者を連想させる行為であり、「病気や貧困・悪は実在せず、心の病気または幻影であるという考え」はブラヴァツキーの時代に存在したクリスチャンサイエンティストとメンタルサイエンティスト達の考えである。

「『精神的な豊かさが物質的な豊かさに直結する』、端的に言うと「『精神が物質化する』という考え方」は、民間信仰によく見られる現世利益的考え方である。

ブラヴァツキーの神智学はアリス・ベイリー、シュタイナーの思想とは違うが、これらの区別もつかないままに、大衆的に取り入れられ、民間信仰となった面があるといえるのかもしれない(調べてみないと、わからない)。

左翼が、左翼的解釈で、神智学協会の影響を受けた人々の思想をムード的に取り入れてニューエイジの形成に使った、といえそうな気もする。

というのも、ニューエイジという括りはヒッピー・ムーブメントを連想させるからで、様々な思想、文化芸術のムード的、無節操な取り入れ方が似ている。

アニメーション監督の宮崎駿は筋金入りの左翼として有名であるが、彼のアニメは充分にニューエイジ的なのではないだろうか。

ところで、日本ではおそらく哲学・思想事典の最高峰に挙げられるであろう『岩波哲学・思想事典』では、神智学協会――事典では神智協会――について、どのように書かれているのだろうか。

気になり、読んでみて安堵した。執筆者は歴史学者で、南アジア近現代史が専門の藤井毅氏である。

神智協会について、創設から各地に支部、連携団体が結成されたこと、「A・ベサント夫人の参加によりインドの合法的自治運動や民族的教育を積極的に支持するようになったが,M.K.ガンディーの登場とともに退潮した」こと、一時期J.クリシュナムルティーも籍を置いたことが述べられている。

残る三分の一ほどの記述を、以下に引用しておく。

 宇宙と存在の全ては相互に関わり合いを持つ一体で,偏在する同一の源に発し,目的と意味を持ち秩序ある形で顕現するとした.
 宗教・哲学・科学の統合を目指し,未解明の自然法則と人間の潜在能力の研究が重視された.この点で先行する神智思想を継承するが,個々の宗教伝統が持つ団体の価値観を尊重し,人種・信条・性別・カーストなどに基づく差別を乗り越えて人類同胞の実現を図り,南アジアの精神復興に寄与したことで特異な役割を果たすことになった.インド古典学の研究に多大な貢献をなしたばかりか,オルコットは仏教を受け入れ,セイロンにおける仏教復興を刺激した.人智学を唱えたR.シュタイナーにも影響を与えた.
〔藤井毅〕(廣松渉 ・編集 『岩波哲学・思想事典』岩波書店 ,1998,「神智協会」p.831)

ちなみに、ブラヴァツキーは政治活動について、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)で以下のように述べている。

協会としては、政治に関係することを注意深く避けています。(……)神智学協会は最高の意味での国際的な組織です。協会の会員は人類の改善という唯一の目的で協力して働く、あらゆる人種、宗教、思想の男女から成っています。しかし、協会としては国民的、党派政治には絶対に参加しません。(……)国際的な組織ですから。その上、政治活動は必然的に、時や個人の特異性でいろいろと変わらなければなりません。神智学協会の会員は神智学徒として当然、神智学の原則を承認しています。でなければ、彼等は協会に入るはずはありません。しかし、会員達はすべての問題で意見が一致するということにはなりません。協会としては、会員全体に共通のこと、即ち神智学自体と関係するものだけを一緒に実行することができます。個人としては、神智学の原理に違反せず、協会を傷つけない限り、政治的思想や活動は完全に各自の自由に任せられています。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,pp.227-228)

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2017年12月27日 (水)

ホラーさながらの文学コンクール

ある絵本コンクールの応募要項を怖いと思うのは、わたしだけだろうか?

「応募者は著作人格権を行使しないことを前提とします」だなんて。

一身専属の権利であり、譲渡できない権利であるために、「著作者人格権は行使しない」旨の条項を設けておくことが他の分野などでも流行っているようで、これだけでも充分に怖いのに、ホラーさながらなのはその対象が受賞者ではなく、応募者となっているところだ。

足を踏み入れたが最後、数名の受賞者以外は娑婆に戻ってこられる者(作品)はいない。あらかじめ人権(著作人格権)は剥ぎ取られているのだから、戻ってこられない者(作品)がそこで人間(作品)らしい扱いを受けられる望みはない。

純文学系新人賞の募集要項に「他の新人賞に応募したものは対象外とする」とあるのも立派なホラーだ。

「他の新人賞を受賞したものは」ということではない。

一度でもどこかにチャレンジして落ちたら、もうその作品はどこにも出せないのだから、裏では既に決まっていることも多い新人賞のどこかに出したが最後ということだ。

奴隷売買人に似た非情さを持ち、簡単に我が子を捨てる親に似た無責任さを持ち合わせなければ、現代日本ではもはや作家を志すことはできなくなったということである。

そうやって勤しむ行為は、芸術に属する文学活動などとは到底いえず、穴を掘っては埋める作業に等しい苦役にすぎない。

こうした規定に、純粋に文学を愛し精進している作家の卵潰し以外のどんな目的があるのか、わたしにはさっぱりわからない。

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2017年11月25日 (土)

コイコイフェリーをゲット!(インターポット)。保守論客による討論会。

コイコイフェリーをゲットしました。

時々アバターが乗船するということでしたが、一向に乗船する気配が見られませんでした。ようやく今夜、乗船しているアバ嬢を目撃したので、激写。

創作のほうは現在、萬子媛をモデルとした小説の第二稿の下調べ関連で、新古今和歌集を部分的に精読しているところです。

ところで、気になる北朝鮮情勢ですが、その北朝鮮に影響のある中国の北京で、先月の10月18日から10月24日まで、5年に一度の中国共産党大会が開催されましたね。

そして、その翌日の25日に開催された共産党の中央委員会総会で、習近平国家主席を含む新しい最高指導部7人が選出されました。

それで中国はどう変わるのか、テレビを観ていてもよくわからなかったので、すぐに動画を検索しましたが、そのときは情報分析に役立つような動画をうまく見つけられませんでした。

今日になって再度検索し、チャンネル桜の動画「中国共産党大会終了!緊迫する東アジアと世界」を見つけ、視聴しました。動画のアドレスは以下。

https://youtu.be/4wJc3Mb5dGU

パネリストは河添恵子(ノンフィクション作家)、田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)、野口裕之(産経新聞政治部専門委員)、坂東忠信(元警視庁通訳捜査官・外国人犯罪防犯講師)、ペマ・ギャルポ(拓殖大学国際日本文化研究所教授・チベット文化研究所名誉所長)、宮崎正弘(作家・評論家)、用田和仁(元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)、司会は水島総――と動画の説明にあります。

保守の論客による討論会なのだから、本来はNHKなどで行われても不思議ではないはずですが、左派カラーに染まったメディアに現状ではそれは望めないようです。左派の意見だけ聴いていたのでは情報が偏ってしまい、不安になります。

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2017年11月18日 (土)

前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない(加筆あり)

アマゾンに出ていたはずの『神智学の鍵』にまだレビューを書いていなかったと思い、そちらへ行ってみると、中古品の出品が1冊あるだけで、その本には20万円もの高値がついていた(11月10日の時点)。

『神智学の鍵』は、近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの代表作の一つで、神智学の入門書とされてきた。

ブラヴァツキーの著作の実際の価値は値段がつけられないような高価なものに違いないとはいえ、今やブラヴァツキーがゲームのキャラにまでなっていることを考えれば、これは何か皮肉な現象で、彼女の著作に真面目な興味を持つ人が本当に限られてきている現状を思わせられ、そのことを残念に思う。

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー 70 で紹介した、勉強会の様子が収められた動画でジェフ・クラークさんがおっしゃっていることからすると、神智学協会の会員数は今は三万人くらい。

    大師の御足のもとに①(神智学協会 the Theosophical Society in Japan)
    動画のURL https://youtu.be/UQj6-0zJenQ

1907年から1933年にかけて第二代神智学協会会長を務めたアニー・ベサントが生きていたころは世界的な運動で、何十万人もいたそうだ。

クリシュナムルティをめぐって協会が分裂したことも会員減少の原因となっただろうが、それよりも第二次世界大戦の起きたことが大きかったのではないだろうか。

神智学運動の担い手となっていたのが貴族や知識人だったことから考えると、戦争でそうした階層が没落したことは大きな痛手となったに違いない。

神智学協会の会員はヨーロッパで迫害を受けたことがあったようだし、戦後、唯物主義が優勢になったことなども会員の減少につながっただろう。

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)の中の編者ジルコフ「前書きにかえて」によると、1877年に『ベールをとったイシス』が出版された当時、この本は高い評価を受けた。

発行人はニューヨークのブートン。『ベールをとったイシス』は、ブラヴァツキーの著作の中で最も有名な『シークレット・ドクトリン』の前に書かれた、これも代表作の一つである。

ジルコフ「前書きにかえて」には、当時の報道機関の反応が複数引用されている。その中のトップに来ている、当時の最も有能な文芸評論家の一人シェルトン・マッケンジー博士は『フィラデルフィア・プレス』に次のように書いたという。

それは,考えの独創性,研究の徹底性,哲学的説明の深さ,学識の多彩さと広がりといった点で,遠い過去まで遡っても最高に非凡な著作の一つである。*1

こうもまともな批評に接すると、むしろ驚く。

全体的に好意的な報道機関の反応の中で、「批評のなかには,批評家がこの書を読んでいないことがはっきりわかるほど軽薄で偏見に満ちているものもあった」*2という。

この批評傾向は、日本語版ウィキペディア「ヘレナ・P・ブラヴァツキー」「神智学協会」の記述や、そこに参考文献として挙げられた大田俊寛、吉永進一の文章などを連想させられる。前掲ブログにおける次のエッセーを参照していただきたい。

26 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキーとオウムをくっつける人

56 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ➆吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」から連想したオカルト情報誌とW・ジェームズ

57 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑧吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」の中で印象操作される三浦関造

『ベールをとったイシス』が出版されて大成功を収めたのが、1877年。

しかし、質疑応答形式で著されたH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1987初版、1995改版)には、1875年にアメリカの心霊主義者による神智学協会への迫害、非難が始まったと書かれている。

英国、フランスの心霊主義者たちもそれに倣った。また牧師達が「『自分に同意しない者は自分の反対者である』という一般原理」により、そしてインドの宣教師達は「キリスト教にほとんど改宗しないインドの教育のある粒ぞろいのバラモン達の多くが協会に入会する様子を見」、憎み、つぶそうとした。

英国の心霊研究会による攻撃は有名だが、『神智学の鍵』にはそれについて、次のように書かれている。

初めは私達は心霊研究会の指導者達とたいへんよい友達でした。しかし、神智学者の現象についての攻撃が『クリスチャン・カレッジ・マガジン』に出て、ある下女の偽りの摘発に支えられた時、心霊研究会は神智学協会で起こった現象をあまりに多く議事録に掲載していたので、身に累を及ぼしたことを知りました。彼等の野心は研究会を権威のある厳密に科学的な団体に見せかけることでした。だから彼等は神智学協会を見捨てることにより、さらに協会を破滅させても自分の位置を保つか、または上流階級の「サドカイ派」即ち物質主義者達によって、だまされやすい神智学徒や心霊主義者達と十把一からげにされるかを、選択せねばなりませんでした。研究会には二つの選択の外に道はなく、私達を捨てることを選びました。*3

英国の心霊研究会に属してブラヴァツキーを攻撃した人々がなぜ神智学協会と接点を持てたかといえば、ブラヴァツキーの集まりにはオープンな、サロンのような雰囲気があったからだと想像できる。ブラヴァツキーは書いている。

神智学協会の会員は一般に、もし、協会の三つの目的に共鳴し実行しようとするならば、どんな宗教や哲学を好もうと好むまいと自由です。この協会は理論的な面ではなく、実践的な面で同胞団という考えを宣布するための博愛的、学術的な団体です。会員達はキリスト教徒であっても、イスラム教徒であっても、ユダヤ教徒、パルシー教徒、仏教徒、バラモン、心霊主義者、唯物論者であっても、少しもかまいません。*4

これほど思想的にオープンであったのは、ほとんどの人々が真に自覚的に何かの思想に生きているわけではなく、その時々の優勢な思潮に染まっているにすぎないとの判断があったからではないだろうか。

唯物主義者といっても、思潮の変化によっては、ある宗教の熱心な信者になるかもしれない。戦前、戦後の日本人の思想的変化を見れば、そのことがよくわかるというものだ。

尤も、『神智学の鍵』でいわれているように、「神智学はあらゆる宗教、絶対的真理のエッセンス」*5であるから、どんな宗教や哲学も、神智学とは接点があるといえる。

古代神智学徒は新プラトン派ともいわれたが、「新プラトン派は大きな団体でいろいろな宗教哲学者達が属していました。私達神智学徒もそうです」*6とブラヴァツキーは書いている。

そして、政治については次のように述べている。

協会としては、政治に関係することを注意深く避けています。(……)神智学協会は最高の意味での国際的な組織です。協会の会員は人類の改善という唯一の目的で協力して働く、あらゆる人種、宗教、思想の男女から成っています。しかし、協会としては国民的、党派政治には絶対に参加しません。(……)国際的な組織ですから。その上、政治活動は必然的に、時や個人の特異性でいろいろと変わらなければなりません。神智学協会の会員は神智学徒として当然、神智学の原則を承認しています。でなければ、彼等は協会に入るはずはありません。しかし、会員達はすべての問題で意見が一致するということにはなりません。協会としては、会員全体に共通のこと、即ち神智学自体と関係するものだけを一緒に実行することができます。個人としては、神智学の原理に違反せず、協会を傷つけない限り、政治的思想や活動は完全に各自の自由に任せられています。*7

前掲ブログのエッセー 20 *8で書いたように、わが国では第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まった。公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれる。

その結果として、日本では唯物主義、物質主義が優勢だが、その反動からかその流れからかスピリチュアルブームが過熱しているようだ。

スピリチュアルブームがいつ、どこで、どのようにして起こったのか、その内容、またわが国でブームとなったプロセスなどについては、よく調べる必要があると思っている。

近年、このスピリチュアルブームに乗って退行催眠による前世療法が流行し、退行催眠を行うピプノセラピストが増えているらしい。サイトや動画でその様子がわかり、わたしは戦慄を禁じ得なかった。

『神智学の鍵』の「用語解説」では、「催眠術(Hhpnotism,希)」について、次のように端的に解説されている。

強い意志力をもった者が、心の弱い者を一種のトランス状態に入れるプロセスに、ブレイド博士がつけた名称。この状態にある者は、催眠術師が暗示する通りになる。有益な目的のために為されない限り、オカルティストはこれを黒魔術と呼ぶであろう。神経の流体の流れを妨げるので、道徳的にも肉体的にもたいへん危険なことである。*9

オカルティズム――オカルトという言葉はダークなイメージを伴うようになってしまったが、神智学用語ではオカルティズムは神聖な科学、秘教科学という意味である――に精通していない限り、有益な目的が何であるかの判断もできないはずで、そこから考えると、現代、巷間で行われている催眠術は全て黒魔術といえる。

催眠療法の歴史と資格などに関する現状がウィキペディア日本語版にまとめられているので、次に引用する。

催眠療法(さいみんりょうほう、英語: hypnotherapy)とは、催眠を用いる精神療法の一種である。
催眠療法は1955年に英国医師会 (British Medical Association) が有効な治療法として認めている。米国医師会 (American Medical Association) も1958年に催眠を有効な治療法として認めている。アメリカ心理学会 (American Psychological Association) と米国歯科医師会もまた催眠を有効な治療法として認めている。日本医師会からの承認は現在は行われていないのが実情である。
(……)催眠はそれ自体安全なため欧米でも国家資格はない。欧米では、催眠療法家が協会を結成し、催眠療法士 (hypnotherapist) を認定する仕組みが一般的になっている。(……)日本では2日間の講座に対して発行されるABH認定「ヒプノセラピスト」を保持しているセラピストが多く存在するが、一般的にこれはプロ資格としては認識されていない。
日本の医師免許取得に催眠療法の理論や技能等は必要とされないが、米国には催眠療法の博士号が存在する。一方、日本では資格としては、日本催眠医学心理学会認定の「催眠技能士」等がある。
*10

米国の精神科医ブライアン・L・ワイスが前世療法の代表的な提唱者であるようだ。「催眠はそれ自体安全なため」とウィキの解説にあるが、ブラヴァツキーの見解はそれとは異なる。「ヒプノセラピスト」という資格が、民間資格とはいえ、たった2日間で取得できるというのだから恐ろしい。

催眠術がどこで行われようが、どのような科学的な装いを凝らされようが、如何に善意であろうが、それはその危険性を熟知しない人々が恣意的に行っているというのがどうやら実態である。

そして、民間資格を取得したピプノセラピストの多くが前世療法を行っているようで、それに関する沢山のサイトや動画を閲覧できる。

前世療法がどのようなものであるかを、ウィキペディア「前世療法」から引用する。

前世療法(ぜんせりょうほう、英: past life therapy)とは、催眠療法の一種であり、人間は死後人間に生まれ変わるという転生論を前提とする。退行催眠により患者の記憶を本人の出産以前まで誘導(=過去生退行)し、心的外傷等を取り除くと主張されている。*11

ある一連の動画では、はじめはごく普通に見えた女性がセラピストの退行催眠によって次第に異常体質を強めていき(霊性を弱められ)、霊媒になっていく過程をつぶさに確認できた。

退行催眠中に「あの世にいるマスター」が側に出現するようになり、彼女を通じて前世の細かな様子を語り、忠告などを行う。

しかし、神智学的にいえば、この「マスター」というのはおそらく、霊媒になってしまった彼女の異常体質に引きつけられた死者の影だろう。

霊媒の末路は悲惨であることも珍しくないようだ。前世療法を行うセラピストにその責任がとれるとは思えない。

前世療法が、装いを変えた降霊術であることは間違いない。

ブラヴァツキーの諸著では催眠術と降霊術に関する深い考察が行われている。彼女は古代から魔術という分野で催眠術も降霊術も行われてきたといった歴史と豊富な事例を示しつつ理論の変遷を語り、また人間の七重の性質といった側面に光を当てて催眠術と降霊術の正体を解き明かし、その危険性を警告しているのである。

『神智学の鍵』の「用語解説」の中の「カーマ・ルーパ(Kãma-rūpa,梵)」「物質化(Materialization)」という項目では、降霊術についてわかりやすい解説がなされている。「物質化(Materialization)」から、後半部分を引用しておく。

死者の「影」即ち「幽霊」についても同じことが言える。影達は我々の周囲にいるが、別の世界にいるから我々が彼等に気づかぬように彼等も我々に気づかない。だが生きている人間の強い願望と、霊媒の異常体質によって状態が整えられると、これらの影は引きつけられる。というより、彼等の世界から我々の世界へ引き下ろされて、客観化される。これが降霊術ネクロマンシーである。これは死者にとってよいことではない。これが自然法則を妨げるということに加えて、生きている人間に大きな害を与える。生きている人間のアストラル体、即ちエーテル複体の物質化は、これとは全く別のことである。このような「アストラル体」は、度々死者の幽霊と間違えられる。というのは、この世の人々の「生き霊エレメンタリー」及び肉体化身していないものや、宇宙エレメンタル達のアストラル形体はカメレオンのように、度々、我々の思いの中に最も強く印象づけられたイメージの形をとって現れるからである。簡単に言うと、いわゆる物質化が行われる降霊術の会では、その現象のイメージを作り出すのはそこに出席している者達と霊媒である。自ら現れる現象は別種のサイキック現象に属する。*12

ところで、ブラヴァツキーを霊媒であるかのように解説している文章をよく見かけるが、これはとんでもない誤りである。

『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)の中の編者ボリス・デ・ジルコフ「前書きにかえて」で、ジルコフは霊媒とブラヴァツキーのような媒介者とを厳密に区別している。両者は対極にある。少し長い引用になるが、重要な事柄であるので、引用しておきたい。 

H・P・ブラヴァツキーが通常の霊媒の状態にあると考え,彼女のオカルト現象をトランス降霊術と解釈した批評家たちの意見は,そこに含まれている諸要素に対する無知と単なる外見についての表面的判断にもとづいている。H・P・ブラヴァツキーが見せたある現象は,ほんものの霊媒が見せるそれに似ていたが,それらの外見の類似性は,次のようなふたりの人間の間に存在する類似性になぞらえることができる。すなわち,自発的な意志や意図で通りを歩いている人と,何が起きているかまったく知らずに夢中遊行している人と,である。ともかく,どちらも歩いていることにかわりはない。
 それゆえ,〈オカルティズム〉においては,単なる霊媒と媒介者をはっきりと区別する。前者は,一貫性のない気まぐれな星辰的諸力の不幸で無力な道具であることが多く,後者は,〈熟達者
アデプトたちの同胞団〉とふつうの人間の間に立つ,完全に自発的でありながらまったく従順かつ協力的で自覚を持った仲介者である。したがって,媒介者は,高度に進化し訓練された人間で,強靭さや生き生きとした活力や霊的な洞察力の備わった個性を持っており,たいていは説得力のある肯定的な人格を通して機能する。H・P・ブラヴァツキーの場合も,きっとそうだったのだろう。(……)通常の霊媒は,多かれ少なかれ調子の悪い心霊学的[心理学的]装置が備わった人間で,星辰的な潮流やエネルギーがたまたま彼ないし彼女に向かってくれば,いつも無意識的に,あるいはせいぜい半意識的に,その餌食や犠牲者になっている。じつのところ,霊媒は,その体の諸原理が高次の霊的な意志や精神マインドのコントロール下にない者,あるいは部分的にしかそうでない者である。そのため,彼の体の低次の部分は,多かれ少なかれ一貫性を欠き,他者の考えや感情によって容易に揺らぐものになってしまう。
 一方、媒介者は,少なくとも自分の意志に関しては自由行為者であり,そのなかで内なる神からの霊的な流れが多少とも不断に働いている者である。それゆえ,そしてまた定義からしても,媒介者は,他のいかなるものの意志にも隷属したり服従したりしない高度なオカルト的訓練を積んだ人であり,心霊化にも自己心霊化にも苦しむことがない。そんなことがあるなら,媒介者でいるにはふさわしくないだろう。何をなすにせよ,彼は自己決定と自由選択の結果としてそれをなす。そして,彼が媒介者として活動することは,本質的に,高次の霊的〈原因〉に対する積極的な奉仕の最も壮大にして崇高な部分である。
*13

『神智学の鍵』における次のブラヴァツキーの説明だけでも、聡明な人には通じる気がする。

古代神智学徒は、無限なものは有限なものには分からない、即ち、有限我には感じられない、しかし、高級な霊的我はエクスタシーの状態で神聖な本質と霊交できると言明しました。近代神智学徒もそう言います。この状態は催眠術のような「物理的、化学的手段」では達成できるものではありません。*14

物質主義に偏重した現代社会の原因を探っていくと、わたしはどうしてもアリストテレスに行き着く。

大学時代にプラトンに心酔したあとで、彼の弟子と思って読んだアリストテレスの著作が師プラトンの著作と全く異なるだけでなく、アリストテレスの哲学に依拠した思想が主流となってしまったお粗末な内実を知ったときの衝撃を、今も忘れられない。

ブラヴァツキーは『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』の中で、「彼はプラトンのことを不正確に伝え、ピタゴラスの教えをほとんど戯画化してしまった」*15といい、長くなるので引用はできないが、その理由を詳しく述べている。

プラトンの説は『シークレット・ドクトリン』『べールをとったイシス』では至るところに出てくる。古代神智学徒が新プラトン派ともいわれたことを思い出そう。プラトンの説は勿論必要があって出てくるのだから、プラトンを知らずにこれらを読むのは無理だとわたしは思うのである。

プラトンに限らず、哲学書も旧・新約聖書もろくに読んだことのない人がブラヴァツキーの著作を読んでも、時間の無駄かもしれない。それでも、ブラヴァツキーの著作に触発されて、そこに引用された本を読むきっかけとなることはあるだろう。それだけでも有意義で、楽しいことだ。

いずれにせよ、ブラヴァツキーの諸著は「人類の改善」という目的を果たすためには必読の書と思える。

ブラヴァツキーは日本でいえば江戸時代から明治時代にかけて生きた人であるが、『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』で、現代社会の物質主義に警鐘を鳴らしていると受けとることもできる、次のようなことを書いている。

彼は忘れているのだ。あらゆる科学のなかで普遍から特殊へと進む唯一のものである幾何学こそ,プラトンが自分の哲学に用いた方法だった,ということを。精密科学がその観察対象を物質的な諸条件に限定してアリストテレスのように進んでいくかぎりは,失敗することはありえない。しかし物質世界は,私たちにとってはてしないものであるにもかかわらず,やはり限定的である。それゆえ,物質主義は,この価値下げされた円のなかを永遠に巡り続けるだろう。その円周が許すところより高くは飛べないのである。ピタゴラスがエジプトの秘義司祭たちから習った宇宙論的な数の理論だけが,この二つの単位を,すなわち物質と霊を和解させ,一方に他方を数学的に証明させることができる。*16

『神智学の鍵』には「神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶化した霊にすぎないと言います」*17とあって、これは神智学の基本的な考え方である。


*1:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,前書きにかえてp.2

*2:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,前書きにかえてp.3

*3:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.265

*4:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.29

*5:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.65

*6:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.16

*7:ブラヴァツキー,田中訳,1995,pp.227-228

*8:バルザックと神秘主義と現代

*9:ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説pp.32-33

*10:ウィキペディアの執筆者. “催眠療法”. ウィキペディア日本語版. 2017-11-01. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%82%AC%E7%9C%A0%E7%99%82%E6%B3%95&oldid=66138028, (参照 2017-11-01).

*11:ウィキペディアの執筆者. “前世療法”. ウィキペディア日本語版. 2017-10-17. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%89%8D%E4%B8%96%E7%99%82%E6%B3%95&oldid=65960418, (参照 2017-10-17).

*12:ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説pp.53-54

*13:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,前書きにかえてpp.17-18

*14:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.21

*15:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,ベールの前でp.xix

*16:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,p.8

*17:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,p.42

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2017年10月24日 (火)

杉田水脈氏、鬼木誠氏の当選を祝う(第48回衆院選)

いつもながらの亀記事ですが、第48回衆院選で当選を確認して特に嬉しかったのは杉田水脈氏です。

以下は杉田氏に関する過去記事です。

前回、第47回衆議選で落選してしまわれたときは残念に思いました。議員でなかった期間も、本当に頑張っていらっしゃったという印象です。

  • 産経ニュース【杉田水脈のなでしこリポート まとめ読み】
    http://www.sankei.com/premium/news/160710/prm1607100002-n1.html

今回、第48回衆院選では自民党から出馬し、見事当選。胸が熱くなりました。今後も、日本の汚名をそそぐための、国際的な一層のご活躍を期待しています!

福岡2区から出馬、当選された鬼木誠氏については、よく閲覧させていただいている小坪しんや氏のブログで知りました。

  • 行橋市議会議員 小坪しんやのブログ
    https://samurai20.jp/

メディアの偏向報道には驚かされてきましたが、それに関する予算委員会第二分科会での鬼木議員の質疑を収録した動画をYouTubeで見つけました。的確な内容の質疑だと思いました。

以下に貼りつけさせていただきますが、これは3年も前のものです。今はこのときよりひどくなっているのではないでしょうか。

わたしはよく国会中継を視聴するので、テレビ番組などできちんとした説明もなしに、国会の録画の中からある部分だけが切り取られ、ひどい印象操作に使われることが常態化していることに怒りを覚え、絶望的なものをすら覚えていました。

このことと、電波オークションが政府において検討されていることとは無関係ではないでしょう。

https://youtu.be/KHOXYOERkME

部分的に書き起こししてみました。間違っていたら、すみません。

平成26年2月26日予算委員会、第二分科会での自民党の鬼木誠議員の質疑より。

「(略)憲法や法律上言論の自由ということはわかりますが、しかしその自由が他者の権利を侵害しているという事実にも目を向けていただきたいと思います。

憲法改正以前に、これは自民党が自由に対する責任、権利に対する義務というものをですね、整備して議論する必要があると思っております。

人を叩いて叩いて、叩き潰すまで、首を獲るまで叩くのがメディアの暴力であります。繰り返し繰り返し悪意ある映像を流し、その当事者を憎悪の対象とし、社会的に抹殺する、悪意ある報道によって多くの法人、個人が死に追い込まれてきました。

嘘をつく自由、悪口をいう自由、首を獲るまで叩く自由、日本の表現の自由とは何でもありなのか。いい返す力のない人を一方的に叩きまくるのは、大人のいじめではないでしょうか。ほとんどの人はメディアに対していい返す力を持っていません。

電波の利用権とはそれほど大きな力、権力なんです。

公務員が悪い、公共事業が悪い、一方的な正義の名の下に悪者を設定することで、大衆の不満を煽り、その悪者を叩きまくるショーを見せることで、怒れる大衆の溜飲を下げるマッチポンプが行われてきました。

この大人のいじめを子供が見ています。

人が人を叩き殺し、人が人を許せない、そんな社会をつくっています。こんな状況で、日本からいじめがなくなるはずがありません。こんなメディアの姿勢こそが時代の閉塞感の一因ともなっているとわたしは考えます。

メディアが人を叩くのはどこまで自由なのか、それによって命を絶たれた人がいてもその責めは負わないのか。メディアによる言葉の暴力、映像の暴力、それを規制することについて、大臣は如何お考えになるでしょうか。

……

ほんとうにその情報における民主主義における根幹的な議論になってきているとは思いますが、やっぱり世の中には一日中テレビをつけてそこでしか情報を得ていない人達が鵜呑みにしてしまうと、それが公共の電波であるということに問題意識を持っております。
(略)

今インターネットが現れまして、本当の情報、メディアが伝えない真実がどんどん明るみに出てきているから、だから国民がテレビおかしいよね、ということに気づき出した。まさに国民自身が情報を取捨選択できる時代に確かになりつつあります。

ただ皆が本当に情報、リテラシーを手にすることができるときまでこの状況が続くかと思うと、わたしは憤懣やるかたないわけでございます。
(略)

1966年、国際連合総会にて採択された「市民及び政治的権利に関する国際規約」第19条では、干渉されることなく、意見を持つ権利、表現の自由というものが権利として規定されております。

しかし、その国連で採択された規約においては、表現の自由第二項、その行使は特別の義務と責任を持ってなされなくてはならず、他の者の権利、国の安全、公衆の健康や道徳の保護の目的のため、一定の制限を課すことができるということが明記されております。

日本もこの憲法のくびきに囚われず、メディア、電波を使うものに対する特別の義務と責任を課すること、そして一定の制限を課すること、これには挑戦する価値があるのではないかとわたしは考えております。

現憲法を改正するという議論が行われておりますが、占領軍がつくった、占領憲法だから変えなくてはいけないという議論を離れてですね、現行憲法の運用は今の日本人、わたしたち自身の問題であるという意識を持つべきだと思います。

自由には責任が伴う、権利には義務が伴う、そのことを日本人自身が今整理しなければならないと考えます。行き過ぎた自由、他者の権利を侵害している自由については一定の制限があってしかるべきであるということ、そしてまたこの論点については大いに議論がなされるべきであることを主張いたしまして、わたくしの質問を終わります。

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2017年10月 6日 (金)

カズオ・イシグロ氏の受賞ではっきりした、ノーベル文学賞の変節

カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞の受賞者に選ばれた。NHK NEWSWEBの記事より引用する。

スウェーデンのストックホルムにある選考委員会は日本時間の5日午後8時すぎ、ことしのノーベル文学賞の受賞者にカズオ・イシグロ氏を選んだと発表しました。

イシグロ氏は62歳。1954年に長崎で生まれ、5歳のとき、日本人の両親とともにイギリスに渡り、その後、イギリス国籍を取得しました。

1989年に出版された「日の名残り」は、第2次世界大戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台にした作品で、そこで働く執事の回想を通して失われつつある伝統を描き、イギリスで最も権威のある文学賞、ブッカー賞を受賞しています。

また、2005年に出版された「わたしを離さないで」は、臓器移植の提供者となるために育てられた若者たちが、運命を受け入れながらも生き続けたいと願うさまを繊細に描いたフィクションで、2010年に映画化され、翌年には日本でも公開されました。

ノーベル文学賞の選考委員会は「カズオ・イシグロ氏の力強い感情の小説は、私たちが世界とつながっているという幻想に隠されている闇を明らかにした」と評価しています。

NHK NEWSWEB(2017年10月5日 20時03分)「ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏 英国の小説家」<http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171005/k10011169111000.html?utm_int=detail_contents_news-related_002>(2017年10月6日アクセス)

ノーベル文学賞の選考委員会のいう「力強い感情の小説」という言葉の意味を、わたしは理解できない。登場人物の感情表現が巧みだということか? それとも、作者の感情が充溢した作品であるということか。

後者であれば、いわゆる文学という芸術作品にはなりにくい感傷小説である可能性がある。

また「私たちが世界とつながっているという幻想に隠されている闇を明らかにした」という文章も解せない表現だ。翻訳の問題なのだろうか。

世界とつながっているというわたしたちの思いが幻想にすぎないことを、作者が何らかの闇を描くことで明らかにした――というのであれば、まだわかるが。

作者は何の闇を描いたのか。そのことがなぜ、世界とつながっているというわたしたちの思いを否定させるのか? こうしたことが納得のいくように伝えられなければ、授賞理由はよくわからないままだ。

Yahoo!ニュースに、「ノーベル賞受賞!カズオ・イシグロ『書くことは生きること、読むことは生きるために必要なこと』」というインタビュー記事があり、その中で、「イシグロ作品は広く読まれていながら『文学』の香りがあるように感じます。ご自身が考える『文学』のあるべき要素とはどんなものですか?」という問いに対して、イシグロ氏は次のように答えている。

それほど堅苦しく考えなくてもいいと思いますよ。つまり「文学」と、「娯楽作」「大衆作」を分け隔てることもないのかなと、私は思っているんです。大学の勉強などでは人工的に線引きをすることもありますが、現代のそういう場所で「文学」と呼ばれているものは、過去においては「ポップ」だったんですから。

Yahoo!ニュース(2017年10月6日12時15分),渥美志保(映画ライター)「ノーベル賞受賞!カズオ・イシグロ『書くことは生きること、読むことは生きるために必要なこと』」<https://news.yahoo.co.jp/byline/atsumishiho/20171006-00076589/>(2017年10月6日アクセス)

2015年まで、ノーベル文学賞は純文学作品を対象としていたが、2016年になって突然ポピュラー音楽の作詞を対象とし、2017年の今年は娯楽作・大衆作を対象としたようである。

カズオ・イシグロ氏の本は書店の目立つ位置に置かれていることが多いので、わたしは何度となく手にとりながら、読んだことがない。

ぱらぱらとめくってみて、娯楽作・大衆作と思ったのである。

反日左派によって席巻されたわが国の文学界で、世に出られない物書きとして草の根的(?)な創作活動を続けているわたしには読まなければならない純文学作品のことで頭がいっぱいなので、元の位置にそっと戻してきたのだった。

実際に読んでみなくてはわからない――そのうち読んでみたいと思っている――が、前掲のインタビューの内容自体がイシグロ氏の諸作品がジャンルとしては文学(日本流にいえば、いわゆる純文学)に分類されるタイプの作品ではなく、娯楽作・大衆作に分類される性質のものであることを物語っている。

純文学には学術的、芸術的という特徴があるゆえに、ノーベル文学賞は理系のノーベル賞と釣り合いのとれるものであった。ところが、昨年から文学賞に関していえば、人気コンテストになってしまったのだった。

純文学は文学の土台をつくる研究部門といってよい分野だから、純文学が衰退すれば、娯楽作・大衆作も衰退を免れない。

音楽に例えれば、クラシック音楽が衰退してポピュラー音楽だけが存在する世界を想像してみればよい。

純文学が衰退することによる、人々の言語能力や思考能力の低下、また伝統の継承や優れた文化醸成への悪影響なども懸念される。

一体、ノーベル文学賞に何が起きたのか?

産経ニュースの記事によると、イシグロ氏と村上春樹は互いにファンであることを公言しているという。

ノーベル文学賞に決まったカズオ・イシグロ氏。毎年、有力候補に名前が挙がる村上春樹氏とは、互いにファンを“公言”していることでも知られる。

産経ニュース(2017年10月5日21時27分)「カズオ・イシグロ氏と村上春樹氏、互いにファンを公言」<http://www.sankei.com/life/news/171005/lif1710050041-n1.html>(2017年10月6日アクセス)

以下のエッセーは、昨年の10月16日に拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に公開したものである。ライン以下に折り畳んで再掲しておく。

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続きを読む "カズオ・イシグロ氏の受賞ではっきりした、ノーベル文学賞の変節"

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