カテゴリー「時事・世相」の258件の記事

2018年11月 5日 (月)

変な広告に驚いて、アクセス解析ツールを替えました(5日に加筆)

当記事は、3日公開の記事をいったん下書きに戻し、5日に加筆して再公開したものです。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

過去、アクセス解析ツール「AccessAnalyzer」 と「某アクセス解析」の無料版を利用していました。

ブログについているアクセス解析を含めた中で一番利用していた AccessAnalyzer のサービスが終了してしまい、某アクセス解析をよく利用するようになりました。

パソコンでみると、ブログに某アクセス解析の小さなバナーが表示されるだけでした。ずいぶん経ってからですが、何となく気になって娘のスマホでみると、変な広告が表示されているではありませんか。

そのサービスを利用しているせいかどうかがよくわからず、アクセス解析がなかなかよかったということもあって、そのままにしていました。

ところが、息子が家族にプレゼントしてくれた iPad で自分のブログを見たとき、変ぐらいにはとどまらない、どぎつい広告が表示されていたので驚き、即、解析タグを削除しました。すると、表示されなくなったので、ああやっぱりと思いました。

ググってみると、他にも同様のことを書いていられる方が複数見つかったので、間違いないでしょう。

無料版を利用すると、広告の入ることが多いので、どんな広告なのか、気をつけなくてはなりませんね。ブログで高尚(?)なことを書けば書くほど、表示される広告があれでは、滑稽であるにとどまらず、訪問者に逃げられてしまいます(かなり、そうなったのかも)。

現在フルに使っているブログは、当ブログとはてなブログです。はてなに無料版利用で入る広告はわたしの目にはバッグとかシャンプーといった許容範囲のものに見え、 iPadでも同じ見え方なのですが、何だか戦々恐々としてしまいます。

ブログについている無料のアクセス解析では心もとなく、有料にしなければならないほど本格的にブログ運営を行なっているわけでもないので、Google アナリティクス、Google サーチコンソール、Bing Web マスターツールを利用してみることにしました。

Google サーチコンソールは、ウェブマスターツールだったときに設置したものの、使い方がよくわからないまま、放置状態でした。今回真剣に調べてみて、もったいないことだったと思いました。

Google サーチコンソールはGoogle 検索結果でサイトのパフォーマンスを監視、管理ができる無料ツールで、SEO対策には欠かせないツールだとか。

SEO対策といっても、「https」化に乗り遅れている当ブログで、もはや意味のあることなのかどうかは疑問です。はてなブログは、設定で「https」を選択することができます。

Google アナリティクスは Google が提供するアクセス解析ツールで、有料版もありますが、わたし程度にやっているぶんには無料版で充分なようです。

サーチコンソールと Google アナリティクスは連携できます。

Bing Web マスターツールは、Google サーチコンソールの Bing 版ですね。

Bing は Google、Yahoo! に比べたら利用者が少ないかもしれませんが、Appleユーザーの利用者では多いでしょうし、windows10・edg の検索エンジンは、当然ながらデフォルト設定では Bing です。SEO対策には、必要なツールとなっているようですよ。

Google Analytics のトラッキングコードを当ブログのどこに貼りつければいいのだろうと考えたとき、前に使っていたアクセス解析では「ブログのサブタイトル」欄に貼りつけた――そしてやめるときに、それを削除した――ことを思い出し、この場合も同じでいいのだろうかと迷い、以下のブログで、それでいいのだと教わりました。ありがとうございます、助かりました。

今さら聞けない、ココログにGoogle Analyticsを設置する方法 | ローカルブロガーのメモ帳
http://koumetaro.com/blog/google-analytics-for-cocolog.html

Google サーチコンソール、Google アナリティクス、Bing Web マスターツールの設置法は、ググれば、解説記事が沢山出てきます。

Google アナリティクスでは早くも解析が始まっています。以下は、市区町村別のユーザー層です。よく見ると、東京、千葉以外はおおまかですね。

Ana

そして、これが今日(5日)です。

Ana5

「市区町村」上位10件の表示が変わっていますが、トップに来ている (not set) というのは何だろうと思い、ググると、「 (not set) は、Googleアナリティクスがデータを取得できないことが原因で表示される指標です」だそうです。

(not set) は、初日には全く出ていなかったのに、異常に多いなと思いつつ、「国」を見てみました。

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小さくてわかりにくいと思いますが、Japan が73.12% で、United States が25%。異常にアメリカが多いように思います。

見落としがあるかもしれませんが、「市区町村」の中にアメリカの地名らしきものは全件確認してもありませんでした。アメリカからのアクセスは、(not set) なんでしょうか。

「国」のアメリカを、文字通りアメリカと解釈していいものかどうか。アマゾンのキンドルストアに出している本は、アメリカのキンドルストアでよくお買い上げいただきますが……。

一方のはてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」では、こんな風です。作って日の浅い、テーマが限定的な「マダムNの神秘主義的エッセー」の訪問者数は少なく、当ブログの訪問者数が激減したとはいえ、まだこちらのほうが賑わっています。

「マダムNの神秘主義的エッセー」の「市区町村」上位10件でも、5番目に、(not set) の表示があります。6番目にLondon。イギリスの場合は地名が出るのですね。

Ana2

「国」を見てみます。

Ana3

United Kingdom の表示がありますね。ロンドンからアクセスがあったことと国名が一致します。United States らしい地名は、全件見ても、やはり見当たりませんでした。

人気だったアクセス解析サービス「AccessAnalyzer」が終了していなければ、事情が掴めただろうにと残念です。

AccessAnalyzer では、わたしが知らなかったような国名まで表示されていました。ググって、ああこんな国があったのか……と驚いたものでした。海外ニュースなどで、たまたまそうした国が出てくると、親近感を覚えたりしましたっけ。

世界のあちこちから、日本語のわかる人々が訪問してくださっていると思うと、記事の書き甲斐がありました。その地にお住いの日本人がおおかただろうと憶測していましたが。

そして、アメリカであれば、アメリカのどんな組織からの訪問なのかまでわかりました。ビビってしまうような、大きな組織からの訪問だったりね。一体、何の御用? 

何にしても、あの解析はすごかった! 凄い解析ゆえに、そのことをよく思わない勢力から潰されたのではないかとさえ、勘ぐってしまいます。

まだGoogle アナリティクスは始めたばかり。解析もこれからだと思うので、今後の推移を見守りたいと思っています。

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2018年10月10日 (水)

シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書

10月5日に「アルベール・カミュのシモーヌ・ヴェイユに関する文章」というタイトルの記事をアップしましたが、ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録するに当たり、大幅に加筆を行いましたので、過去記事を削除し、前掲ブログにアップしたエッセー 86 「シモーヌ・ヴェイユと母セルマとガリマール書店の〈希望〉叢書」を転載します。

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シモーヌ・ヴェイユ(不詳)
出典:Wikimedia Commons

図書館から借りた『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に、アルベール・カミュがシモーヌ・ヴェイユに関して書いた短い文章が収録されていた。

アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)はフランス領アルジェリアの出身で、純文学小説『異邦人』、哲学的エッセー『シーシュポスの神話』で有名になったフランスの作家である。カミュは不条理という言葉を『シーシュポスの神話』で鮮烈に用い、その後、この言葉は実存主義の用語となった。不条理とは、人間存在の根源的曖昧さ、無意味さ、非論理性に由来する絶望的状況を意味する言葉とされる。

わたしの大学のころ――40年ほども昔の話になる――には、第二次大戦後にフランスからサルトルなどによって広まった実存主義はまだ流行っていた。

否、今でも哲学的主流はこのあたりに停滞していて、現代哲学は唯物論に依拠して局部的、細部的分析に終始しているのではないだろうか。

カミュは自分では実存主義者ではないとしているが、その思想傾向からすれば、実存主義者に分類されていいと思われる。

カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil, 1909 - 1943)はパリでユダヤ系の両親から生まれ、晩年、キリスト教的神秘主義思想を独自に深めていったが、しばしば実存主義哲学者に分類される。だが、そのシモーヌも、ジャン・ヴァールへの手紙で次のように書いて、実存主義に警戒心を抱いていたようである。シモーヌ・ペトルマン(田辺保訳)『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』(勁草書房、1978)より、引用する。

<ここから引用>
わたしは、《実存主義》的な思想の流れは、自分の知るかぎりにおいて、どうやらよくないものの側に属するように思えますことを、あなたに隠しておくことができません。それは、その名が何であれ、ノアが受け入れ、伝えてきた啓示とは異種の思想の側に、すなわち、力の側に属するように思われます。*1
<ここまで引用>

実存主義はマルクス主義の影響を受けた思想で、唯物論的であり、マルクス主義の流行とも相俟って一世を風靡した。しかし、一端、唯物論的袋小路へ入り込んでしまうと、自家中毒を起こし、下手をすれば阿片中毒者のような廃人になってしまう危険性さえある。

村上春樹のムーディ、曖昧模糊とした小説はこうした不条理哲学の子供――ただし、カミュの作品が持つ聡明さ、誠実さを欠いた子供といえる。戦後、日本はGHQによる洗脳工作(WGIP)や公職追放*2などもあって、唯物主義、物質主義が優勢となったのだった。

わたしが「カミュに発見されたといってよい女性哲学者シモーヌ・ヴェイユ」と先に述べたのは、シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『超自然的認識』(勁草書房、1976)の訳者あとがきで述べられている、次の文章を根拠としたものだった。

<ここから引用>
ガリマール社版のシモーヌ・ヴェイユの著作はほとんどすべて、本書と同じ「希望[エスポワール]」双書に収められているが、この双書はアルベール・カミュ(1913―60)によって創設された。第二次大戦下の英国において、34歳で死んだ、当時まったく無名だったといっていいシモーヌ・ヴェイユを、戦後のフランスの思想界に紹介した大きい功績は、当然第一にカミュに帰せられるべきであるが、本書の編集も(明記されてはいないが)、カミュであるとみなすことは充分に可能である。*3
<ここまで引用>

現在60歳のわたしが、『超自然的認識』によってシモーヌ・ヴェイユの思想に触れたのは大学時代だった。この本には「プロローグ」というタイトルで、シモーヌ・ヴェイユの有名な美しい断章が紹介されていた。『超自然的認識』の新装版がアマゾンに出ていたので、紹介しておく。

超自然的認識
シモーヌ・ヴェイユ (著), 田辺 保 (翻訳)
出版社: 勁草書房; 改装版 (2014/5/1)

『超自然的認識』を読んだときから、シモーヌの作品の邦訳版を読み漁り、またシモーヌとカミュとの接点を求めて、あれこれ読んだ。カミュがシモーヌを発見した人物であることを雄弁に物語っているような文章には、出合えなかった。

邦訳されていないだけだと思っていたのだが、『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行人・鈴木宏、水声社、2017)に収録されたアルベール・カミュの文章、及び解説を読んで、シモーヌの母セルマの関与が浮かび上がってきた。

訳出されたカミュの文章は、竹内修一氏の解説によると、『NRF出版案内』1949年6月号に発表された「シモーヌ・ヴェイユ」と題された文章だという。

カミュがシモーヌの発見者であるにしては、その文章の内容からしてシモーヌを高く評価していることに間違いはないにせよ、短いというだけでなく、いささか精彩を欠くものであるようにわたしには思える。竹内氏は述べている。

<ここから引用>
1943年8月、ロンドン郊外のサナトリウムで死したとき一般の人々にはほとんど知られていなかったシモーヌ・ヴェイユが、戦後これほど有名になるためには、彼女が「生涯のあいだ頑なに拒否した「第一級の地位」を獲得するためには、みずからが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書から彼女の著作を次々に刊行したカミュの功績があったのである。*4
<ここまで引用>

ところが、この叢書が1946年3月に創刊されたとき、カミュはヴェイユのことをほとんど知らなかったばかりか、シモーヌの遺作の出版は全く予定されていなかったというのだ。

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シモーヌ・ヴェイユの歴史的・政治的著作の初版のカバー
出典:Wikimedia Commons

カミュの文章「シモーヌ・ヴェイユ」は本来なら〈希望〉叢書の9冊目の書物『根をもつこと』のための序文として書かれたものだった。それがヴェイユの遺産相続者――シモーヌの父母なのか、兄アンドレなのかは不明――の依頼によるものか、あるいは何らかのトラブルによって、この文章は別個に発表された。『根をもつこと』は序文も注釈もなしに出版されたのだそうだ。

1960年にカミュが自動車事故で死んだとき、〈希望〉叢書24作品のうちの7つの作品がシモーヌ・ヴェイユの著作だった。カミュの死後も2つのシモーヌの作品が出版された。

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シモーヌ・ヴェイユの署名
出典:Wikimedia Commons

竹内氏の解説中、ギー・バッセによれば、〈希望〉叢書から出版されるシモーヌの著作に無署名の「刊行者のノート」が付されたとすれば、それはカミュではなく、母セルマが作成したものだという。

シモーヌ・ヴェイユの兄アンドレ・ヴェイユの娘で、シモーヌの姪に当たるシルヴィ・ヴェイユ(1942 - )は自著(稲葉延子訳)『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』(春秋社、2011)の中で、シモーヌの死後、アンドレと両親との間にシモーヌの死や彼女の自筆原稿をめぐって亀裂が生じたと述べている。シモーヌの死後、ヴェイユ夫妻の残りの人生は娘の原稿を後世に残すための清書に費やされたそうだ。

シルヴィはその著書で、「父はこの分析が正しいのかどうかはわからないが、自分の母親がシモーヌの内に、母親がいなくてはならない状態をつくりあげ、それが原因でシモーヌは死んだと見做していた」*5と述べている。

また、エッセー 22 「グレイ著『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ 』を読了後に」で採り上げたフランシーヌ・デュ・プレシックス・グレイは、シモーヌの摂食障害――拒食症の傾向――に迫っている。

これはわたしの憶測にすぎないが、シモーヌ・ヴェイユの母セルマは、豊かな財力によってカミュが監修していたガリマール書店の〈希望〉叢書の9つの出版枠を買い取ったのではないだろうか。

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シモーヌ・ヴェイユの墓
出典:Wikimedia Commons

我が身に自ら拘束帯をつけたかのような、ストイックすぎる生きかたをしたシモーヌ・ヴェイユ。高純度の思想を書き残したシモーヌと母セルマを思うとき、一卵性親子と呼ばれた美空ひばり(加藤和枝)と母・加藤喜美枝を連想してしまう。

セルマには、シモーヌをプロデュースしたステージママのような一面があったように思う。シモーヌは哲学者となり、兄のアンドレは高名な数学者となった。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅰ・Ⅱ』『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ』『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』を読むと、セルマの並外れた母親ぶりに圧倒される。

わたしはエッセー 23 「ミクロス・ヴェトー(今村純子訳)『シモーヌ・ヴェイユの哲学―その形而上学的転回』から透けて見えるキリスト教ブランド」で、次のように書いた。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは、おそらく母親の偏愛――シモーヌ・ヴェイユが理想とする愛とはあまりにもかけ離れたものを含む現象――を感じ、その呪縛性を知りつつも、それをそっとしておき、恭順の意さえ示している。キリスト教に対する態度も同じだったように思える。

彼女はキリスト教というブランドを非難しつつも、それに屈し、媚びてさえいる。その恭順の姿勢ゆえに、シモーヌ・ヴェイユという優等生は西洋キリスト教社会では一種聖女扱いされてきたということがいえると思う。
<ここまで引用>

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-159)によると、セルマは演劇的な人物だった。シモーヌの死後は聖女の母という役を演じて能力を開花させ、修道女のような態でシモーヌの賞賛者である限られた数人の聖職者たちと亡き娘の部屋に籠っていたという。

シルヴィ(稲葉訳,2011,pp.157-176)はまた、17歳のセルマが母親ジェルトルード宛の手紙に「使用人と類する人たち」に対する嫌悪感を綴ったこと、その同じ人物が第一次大戦後ほどなくヴァカンスで過ごした豪奢なホテルのサロンにあるピアノで「革命家インターナショナル」を笑いながら自慢げに演奏し、組合主義者の教師となったシモーヌが右翼メディアに「赤い聖処女」と採り上げられたときには、その赤い聖処女の母という役回りに愉悦していたという事実が信じられないと語る。

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シモーヌ・ヴェイユと生徒(ル・ピュイ)
出典:Wikimedia Commons

完全主義者で所有欲が強く、演劇的で矛盾に満ち、絶え間なくシモーヌを見守った――ある意味で操ったとさえいえる――セルマは、どこか世俗キリスト教と重なる。

『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ Ⅱ』の著者シモーヌ・ペトルマンは、ヴェイユの最も親密な友人の一人であったそうだが、「日本語版によせて」の最後に、次のように書いている。

<ここから引用>
シモーヌ・ヴェイユは宗教問題に深い関心を寄せていましたが、それはキリスト教の限界を越えるものだったことを、もう一度思い出しておきたいと思います。特に彼女は、禅仏教に強い興味を示していました。フランスにおいて、禅なんてほとんどまったく知られずにいた時代のことでした。
*6
<ここまで引用>

その禅とは、鈴木大拙の著書を通したものだったと考えてよい。シモーヌ・ヴェイユは、ペトルマン宛の手紙で次のように書いている。

<ここから引用>
英語で書かれた、禅仏教に関する、哲学者鈴木テイタロー[大拙、仏教哲学者]の著書をおすすめします。とてもおもしろいわよ。*7
<ここまで引用>

エッセー 24 「ルネ・ゲノンからシモーヌ・ヴェイユがどんな影響を受けたかを調べる必要あり」で書いたように、鈴木大拙は神智学協会の会員だったから、シモーヌ・ヴェイユは大拙の著作を通して近代神智学思想に触れたといえるかもしれない。

しかし、その同じシモーヌ・ヴェイユがルネ・ゲノンという、極めて混乱した宗教観と貧弱な哲学しか持ち合わせないばかりか、近代神智学の母と謳われるブラヴァツキーの代表的著作すらろくに読んだ形跡がないにも拘わらず、神智学批判を行った――これは誹謗中傷というべきだろう――人物の著作の愛読者だったそうだから、わたしはあれほどまでに輝かしい知性の持主のシモーヌがなぜ……と、違和感を覚えずにはいられない。

それは、シルヴィが祖母セルマに感じたのと同じような、信じられない思いである。

…………………………

*1:ペトルマン,田辺訳,1978,p.370

*2:わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まった。20万人以上もの公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれる。

*3:ヴェイユ,田辺訳,1976,訳者あとがきpp.409-410

*4:『別冊水声通信 シモーヌ・ヴェイユ』(編集発行・鈴木宏、水声社、2017、p.49)

*5:シルヴィ、稲葉訳、2011、p.152

*6:ペトルマン,田辺訳,1978,日本語版によせてp.433

*7:ペトルマン,田辺訳,1978,p.323

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2018年10月 3日 (水)

美容師さんの憂い……最近の子供達に増えた白髪

髪が伸びて鬱陶しいので、美容室に行きました。行きつけの美容室は、予約のために電話すると、いつも担当していただいている女性美容師さんは休日に当っているということでした。

別の日に行こうかとも思いましたが、たまには違う美容室をお試ししてみるのもいいかと思い、娘推薦の美容室へ。娘と同じハンサムな男性美容師さんに担当していただきました。

白髪染めに、これまでは髪の傷みが少ないということで、マニキュアを選択していたのですが、すぐに色落ちする気がしていました。

初めて行った美容室でお尋ねしてみたところ、マニキュアの場合は確かに傷みはカラーに比べて少ないが、やはり色落ちは速いそうです。また、白髪部分を染めることしかできず、黒い部分はそのままということでした。

カラーとマニキュアの違いも、ろくに知りませんでした。最近のカラーは、染めかたにもよるが――金髪にするとかでなければ――それほど傷まないとのことで、カラーにしてみました。これまでより明るめの髪色になって、満足です。

夫は白髪が増えてから染めない方針で、黒髪は残っていますが、銀髪に近い、艶があるほうなので、見苦しくなく、わたしも賛成しています。ただ、そうなると、散髪をこまめにする必要があるので、少し伸びると、散髪に追い立ててしまいます。

改めてググってみて、カラーとマニキュアの違いがよくわかりました。マニキュアだと髪は傷まないという思い込みが、間違いであるということも。といっても、カラーが髪を傷めることには間違いないようだし、今後はどうするかで迷います。

わたしはどの美容室に行っても、大抵頭の形を誉められます。理想的な卵形だそうで、日本人には少ないそうです。それはいいとしても、肝心の髪の毛が細くて、ぺたんとなりやすいのです。美容師さんが、わたしの髪の毛の特徴を色々と教えてくださり、勉強になりました。

そういえば、最近の子供達に白髪が増えているそうですよ。アシスタントの男性美容師さんが気がかりそうにおっしゃり、担当していただいた美容師さんも同調しておられました。

その原因として、担当していただいた美容師さんはゲームのやりすぎを挙げられ、アシスタントの美容師さんは勉強、勉強といわれすぎてストレスが溜まっているのではないかとおっしゃっていました。わたしはスマホの見過ぎや栄養不足もあるのでは、と思いました。

書店勤務の娘が、最近の母親は玩具として幼児にスマホを与えているように見えるといっていたからです。また、過去記事で書いた息子の話を思い出したからです。

2018年1月 6日 (土)
モロッコ出身の女性**さんに会いたい(家庭創りに関する考察)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/01/post-0ccc.html
<ここから引用>
息子の前々職場には学歴も育ちもよい人が多く、稼ぎもよくて、奥さんも忙しい仕事に就いている共稼ぎの人も多かったようだが、そのような一人であった上司がコンビニ弁当を食べ続けて干からびると冗談をいっていたというから、男女がフルに働けば、やはりそうならざるをえないのだ。
<ここまで引用>

「マーミー」というサイトには、子供に白髪が生える原因として、ストレス、食事の偏り、睡眠不足、眼精疲労、過度に紫外線を浴びた、不適切なヘアケア製品、病気(尋常性白斑、甲状腺疾患、鉄欠乏性貧血、ビタミンB12欠乏症、結節性硬化症、ビオチン欠乏症、金属アレルギー…)が挙げられています。

子供に白髪が生える原因~対策7つ黒髪に改善してあげよう マーミー
https://moomii.jp/kosodate/children-gray-hair.html

2045年に人工知能が人類の知性の総和を越える――という話でも、盛り上がりました。客であるわたしの興味に話を合わせていただいたのでしょうが、地球の全球凍結の時代の話とか、恐竜の話に合わせられる人は少ないので、興味の分野が似ているのでしょうね。

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2018年9月20日 (木)

勝本華蓮『尼さんはつらいよ』(新潮新書、2012)を読んで

図書館から『尼さんはつらいよ』という本を借りた。

尼さんはつらいよ (新潮新書)
勝本 華蓮 (著)
出版社: 新潮社 (2012/01)

尼僧の環境がどのようなものであるかを中心に、現代日本における仏教社会の裏事情が活写された、興味深くも脱力感に襲われるような内容だった。

著者は、在家出身で、広告関係の仕事で成功していたが、ある仏教者との出会いがきっかけとなって仏教にのめり込む。会社を畳んで比叡山に転居し、佛教大学と叡山学院に学んだ。三年後に、京都の天台宗青蓮院門跡で得度。佛教大学卒業後、尼寺に入り、そこで現実をつぶさに見、幻滅して尼寺を出た。その後、仏教研究者(専攻はパーリ仏教)の道を歩んで現在に至るようである。年齢はわたしと近く、著者(1995年大阪府生まれ)は三つ上になる。

パーリ仏教は上座仏教(上座部仏教)、南伝仏教ともいわれるようだが、昔は小乗仏教といった気がしてウィキペディア「上座部仏教」を閲覧すると、小乗仏教という呼称はパーリ仏教側の自称でないため、不適切であるということになったらしい。

本には、上座仏教圏のスリランカ、タイ、大乗仏教のチベット仏教の話や、尼僧の活動が目立つという台湾、香港の話も出てきた。そういえば、YouTubeで梵唄を検索したとき、台湾か香港からのアップと思われる仏教音楽の動画が沢山出てきて、驚かされたことがあった。

本の核心に触れると、日本の尼寺は絶滅の危機に瀕しているらしい。

尼寺における、あまりに俗っぽいエピソードの数々が紹介されている。全ての尼寺がそんな風ではないのだろうが、著者自身の体験が報告されているのだから、その一端が描かれていることは間違いない。

尼寺が絶滅の危機に瀕している原因を、著者は「なぜ尼寺に弟子が来ないか、来ても続かないか、その理由は、日本が豊かになったからである。生活や教育目的で寺を頼る必要がないのである。そういった福祉は、国家や公共団体が面倒をみてくれる」(42頁)といった表層的社会事情に帰している。

しかし、いくら物質的に豊かになったとしても(今の日本はもはやそうではなくなっているといえる)、人間が老病死を完全に克服しない限りは宗教は需要があるはずである。

歴史的原因を探れば、明治期の廃仏毀釈、第二次大戦後のGHQによる占領政策、フランクフルト学派によるマルクス主義の隠れた強い影響を見過ごすことはできない。これらによって、日本の仏教が壊滅的ダメージを被ったことは間違いないのだ。

本には、著者の神秘主義的能力の萌芽と思われる体験や、心霊現象といったほうがよいようなエピソードがいくつか挟み込まれていたが、こうしたことに関する知識は著者が身を置いた世界では全然得られないのだと思われて、この点でも何だか脱力感を覚えた。

江戸中期に亡くなった萬子媛のような筋金入りの尼僧は、今の日本では望むべくもないということか。

以下の過去記事で紹介した本では、まだ萬子媛の頃の名残が感じられたのだが……

2015年1月19日 (月)
歴史短編1のために #12 尼門跡寺院
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/12-293c.html

あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公
花山院 慈薫 (著), バーバラ ルーシュ (編集), 桂 美千代 (編集), ジャニーン バイチマン (翻訳), ベス ケーリ (翻訳)
出版社: 淡交社 (2009/1/30)

前掲記事で引用した編者バーバラ・ルーシュの文章を再度、引用してみたい。

<ここから引用>
このような経験を積み重ねてゆくにつれ、尼門跡寺院という制度があることがわかってきました。この制度は、日本の真なる文化財の一つともいえますが、十九世紀の廃仏毀釈令によってほとんど破壊されてしまいました。尼門跡寺院というのは、何かを抑えつけるところではなく、逆に解き放つところといえる存在であり、もしこのような場が存在しなかったら、日本のきわめて高い文化的教養をもった女性たちが幾世紀にもわたって活躍できなかっただろうと思われます。皇室由来の寺院におられた尼僧様たちが、和歌の古典的な形態をみがき上げ、『源氏物語』に関する文化、さらに茶道、華道、香道、年中行事などの保存にお勤めになられたのでございます。
<ここまで引用>

尼門跡とは皇女や貴族の息女が住職となる寺院で、随筆集『あやめ艸日記』の執筆者、花山院慈薫(臨済宗大聖寺二十七代門跡 1910 - 2006)は31代・花山院家正(1834 - 1840年)の娘。萬子媛は、21代・花山院定好の娘だった。

和歌には、拙神秘主義エッセーブログ「78 祐徳稲荷神社参詣記 ⑤扇面和歌から明らかになる宗教観」でみたように、日本人の宗教観が薫り高く織り込まれてきたのだ。

その貴い伝統を、左翼歌人の俵万智が壊した。

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2018年9月16日 (日)

日本人、必見必聴の動画です、「【討論】国連の本当の姿」(チャンネル桜)

日本バッシングが目に余るようになった国連ですが、一体、国際連合とは如何なる組織なのでしょうか。

実は、国際連合という国際機構は、世界のどこを見ても存在していず、正しくは「連合国」というそうです。日本では戦争に負けた年の11月初めまでは「連合国」と呼んでいたのが、11月からは「国際連合」の名前に変わったとか。

この組織の公用語は六つ。

日本では国連と呼ぶようになったこの組織を、誰が、どんな目的でつくったのか――という観点から、外交評論家・加瀬英明氏、元駐ウクライナ兼モルドバ大使・馬渕睦夫氏が分析を始めます。

司会は水島総。パネリストは以下の方々。https://youtu.be/mPH7psUXDEI より引用します。

<ここから引用>
小野寺まさる(前北海道議会議員・チャンネル北海道キャスター)  
加瀬英明(外交評論家)  
我那覇真子(琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会代表運営委員 / 日本文化チャンネル桜沖縄支局キャスター)  
高橋史朗(麗澤大学特任教授)  
細谷清(歴史の真実を求める世界連合会 理事)  
馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)  
山本優美子(なでしこアクション 代表・慰安婦の真実国民運動 幹事)

<ここまで引用>

聴きごたえのある、日本人必見必聴の動画だと思います。

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2018年9月 7日 (金)

高橋弘希「送り火」の感想が中断しています。「虎ノ門ニュース」に安部総理が出演(9月3日収録)。

自然災害が続きますね。関西への台風に次いで、北海道での地震。

外国からの旅行者も多い中、そうした人々が空港で途方に暮れている様子がニュースで流れました。

安倍政権は成長戦略の一つに「観光立国」政策を掲げているのですから、こうした非常時に対応できる、外国人旅行者専用の窓口をすぐに立ち上げることができるような体制づくりが望まれます。

そういえば、ネットのDHCテレビの番組「虎ノ門ニュース」に安部総理が出演なさっていますね。9月3日の収録。⇒https://youtu.be/zE5_Xm6RN0w

印象操作なしの安倍総理の素顔を観ることができます。北方領土、拉致問題、アベノミクス、(懸念する人も多い)外国人労働者の受け入れ政策などについて、語っておられます。

安倍総理は政治家の家に生まれて、子供の頃から将来の職業として当然ながら政治家を意識していたそうですが、映画監督になりたいという思いもあったとか。

ゴルフで、トランプ大統領に勝つこともあるそうですよ。トランプ大統領はプロ並みの腕といいますから、安倍総理も見かけによらず(?)、ゴルフは相当にお上手だということですね。

トランプ大統領が各国首脳とゴルフをしまくっているという話は聞かないので、トランプ大統領にしてみれば、よいゴルフ仲間を見つけてラッキーという感じでしょうか。勿論、仕事の話を内密にできる機会づくりとしてのゴルフなのでしょうけれど。

ところで、第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した高橋弘希「送り火」(『文藝春秋』(平成30年9月号))の感想の続きを書くつもりで、今日も書いていません。もう少し分析しておきたいので、再読しなければならないのですが、リンチのシーンを再読するのが億劫です。

日本人は生活が上向かない中で、自然災害も増えて、気持ちの沈むことも多いというのに、こうした作品が求められているとは思えません。リンチの起きる背景を純文学的手法で追究した作品であればまだわかるのですが、リンチという自覚も持てない作者が執拗に描写するリンチ――作者にいわせれば、遊び――の場面。

他に、第159回芥川賞の候補になった北条裕子「美しい顔」にパクリ疑惑があるということで、調べていました。講談社が全文公開していたようですが、もう消えてしまっています。

感想を書いている人は沢山いて、引用もされているので、どのような作品であるかはだいたいわかりました。

パクリが流行っているようですね。無意識的に、というのでなければ、芸術の一分野としての純文学的動機からというのは考えられません。自分ならではの発見と独自の表現こそ、物書きが求めるものであることを思えば。目的は別のところにあるのでしょう。

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2018年9月 3日 (月)

リンチを遊びとすり替える芥川賞受賞作家。それは犯罪者心理だ(作品「送り火」を文章から考察する)。

本日、赤字部分を加筆しました。2018年8月1日2時22分にアップした記事でした。次の記事でもう少し、作品を分析したいと考えています。

第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した高橋弘希「送り火」(『文藝春秋』(平成30年9月号))の感想の続きです。

関連記事:
8月28日: 神事、そして文学に対する冒涜でしかない高橋弘希「送り火」(第159回平成30年上半期)
8月29日: 芥川賞受賞作「送り火」のちゃんとした感想を、次の記事で(青字部分、加筆)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

選考委員によれば、作者は描写力があるそうだが、文章を見てみよう。冒頭。

<ここから引用>
欄干の向こうに、川沿いの電柱から電柱へと吊るされた提灯が見え、晃が語っていた習わしを思い出し、足を止めた。河へ火を流すというのは、例えば灯篭流しのようなものだろうか――、(322頁 ※「習わし」のルビの位置に「、、、」。引用者)
<ここまで引用>

文章が頭に入ってこない。冒頭がこれではわかりにくい。

わたしは提灯に火が入っているのだと思ってしまった。しかし、続く文章から、時間的に、提灯にはまだ火が入っていないと思われる。

冒頭の作者の文章が「河へ火を流すというのは」と続いているので、提灯には火が入っており、その提灯を舟に積んで河へ流すのだと勘違いしたのだった。

後のほうを読むと、そうではないようだ。その習わしというのは、急流の中を、集落の若衆が帆柱に火を灯した三艘の葦船を引いていくというものらしい。まぎらわしい書きかたである。

また、後のほうに、市街地の祭りとは別に河へ火を流す習わしがあり、提灯はその習わしの準備だと書かれている。提灯の色は茜色とある。

欄干の向こうに、提灯が見えた。茜色の提灯が、川沿いの電柱から電柱へと吊るされているのだ。晃が語っていた習わしを思い出した。河へ火を流すという習わしなのだが、それは灯篭流しのようなものだろうか。

ここで、提灯の茜色を出しておいてもいいのではないか。もし提灯に火が入っているとすると、提灯自体の色よりも明かりの色が目に映るものなので、提灯が茜色と書けば、昼間で、提灯には火が入っていないとわかる。

「足を止めた」は余計だと思う。「晃が語っていた習わし」と「足を止めた」の二方向に、読者の注意が分散されてしまうからだ。ここで重要なのは、前者のほうではないかと思うので、それのみを生かすほうがいいのではないだろうか。そうすれば、強調の「、、、」は必要ない。

もう一つ、先のほうに取り出しやすい文章があるので、見てみよう。

<ここから引用>
その簡素な祠には、赤い前掛けをした地蔵菩薩が祀られていた。夏蜜柑が二つ供えてある。五穀豊穣を願ったものだろうか――。(323頁)
<ここまで引用>

ここも説明的で、映像的に入ってこない。夏蜜柑がここでは鍵となる。

その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた。赤い前掛けをしている。お供えの夏蜜柑が二つ。

地蔵菩薩というと、わたしには子供の守り仏というイメージなのだが、五穀豊穣の願いが感じられるというのであれば、夏蜜柑を瑞々しく描けば、効果的だと思う。野菜を豊かに盛った籠を置いたなら、より「五穀豊穣」を願う場としての雰囲気が出る。

夏蜜柑といっても、どこにでもある夏蜜柑というものは本来ないのだ。どの夏蜜柑も、他の夏蜜柑とは違う。

地蔵菩薩の前に置かれた夏蜜柑が萎びていたなら、どこか哀しい。

実際には、地蔵菩薩の赤い前掛けが鮮やかだったり、色あせていたり、お顔もくっきりとしていたり、目鼻が消えかかっていたりで、一様ではない。容貌も様々だ。作者の描きかたでは一般的な地蔵菩薩の域を出ず、小説に出せる状態ではない。

地蔵菩薩が置かれているということだけを印象づけたければ、「その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた」だけでいいと思う。

作者の文章はわたしにはわかりにくく、描写力があるとは思えない。

弱者がリンチを受ける場面は生々しく、一見、描写力があると思わせられるが、即物的で、どこかで読んだような文章である。ここにしかない蜜柑を、作者はどこにでもある蜜柑のように描くが、それと同じ印象を受ける。

大衆週刊誌の事件簿、エンター系バイオレンス小説を連想させられる。否、実際のバイオレンス小説の描写はこれほどくどくない。案外あっさりしているので、夫の本棚にあっても気にならない。

「送り火」は、これでもかこれでもかといわんばかりである。リンチを受け続ける稔は、医学的に見れば、もう何回か死んでいるのではないだろうか。

明らかにリンチ殺人事件として報道されるような暴力沙汰であるのに、発表誌『文藝春秋』(平成30年9月号)の受賞インタビューで、高橋氏は次のように話している。

<ここから引用>
物語の最後に、‟サーカス”という遊びを描きました。‟サーカス”が乱暴な色合いの濃い遊びなので、彼は日常的にもう少しマイルドな遊びをやってただろうなと思って、四種類くらいの遊びを考えた。(略)ただ自分としては、殊更に子どもたちの凄惨さを書こうと考えたわけではないです。この年頃の男子ってけっこうバイオレンス好きだと思うんで、だから、物語の中の彼らも、普段から度胸試しというか、チキンレースのような遊びを日常的に行っているだろうと思って。(前掲誌320頁)
<ここまで引用>

「すると、稔は卒倒し、地べたに蹲った。白目を剥いて泡を噴き痙攣すると、低い鼾をかき始めた。ズボンの股当りが濡れて染みになっている。観客から次々に野次が飛ぶ。立ち上がらねぇぞ、演技ばしてら。汚ぇ、小便もらしてら。バケツだ、バケツの水ばかけろじゃ」(前掲誌376頁)

これがサーカスという遊びで遊ぶ「子どもの情景」というのだ。おぞましい血みどろの場面が長々と続く。

最終的に、稔は「バケモン」になる。「確かにその姿は人間には見えなかった。稔の肉の形をした人外にしか見えない」(掲誌376頁)

これを遊びと表現する高橋氏は、頭がどうかしているとしか思えない。作品がどうの、という以前の深刻な問題があるように思える。

作者は明らかに、暴力シーンを見せ場としている。誇示している。暴力を、リンチを賛美しているのだ。だから、作者にとってはどこにでもある田舎の神事を適当に持ってきて、場面を盛り上げることも厭わない。これが純文学小説であるはずがない。

リンチを遊びとすり替えるな。それは犯罪者の心理だ。

作者がリンチ――作者にいわせれば、遊び――という状況下に、主人公を執拗に追い込んでいることが小説をよく読めば、わかる。

ノンフィクション的に、そのような状況下に至った経緯を描いているのではない。作者が神――鬼神――となって、そのような宿命を主人公に押し付けているのだ。これが芸術の一分野である純文学の創作とは別物の、趣味、それも悪質な趣味でしかないとわたしが考えるのは、それが理由である。

祭りも、そうした主人公の運命操作に使われている。祭りをそのように使うとは、作者は地域の祭りに参加したことがないのだろうか。帰国子女か? 

高橋氏の前作は戦争文学だそうだが、その内容は「送り火」から推して知るべし。

芥川賞は、壊れた日本語で書かれた小説や、異常な人物の出てくる不快な小説を量産して、日本文学を、日本文化を破壊するつもりか? 

danger まとめるには、時間がかかりそうなので、後回しにするかもしれません。候文は難解ですが、『鹿島藩日記』が美しく見えます。そこに戻りたい。

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2018年7月19日 (木)

充実してきた保守系インターネットテレビ番組

保守系インターネットテレビ番組が充実してきました。

日本文化チャンネル桜
https://freshlive.tv/channelsakura

DHCテレビ
https://dhctv.jp/

林原チャンネル
http://www.hayashibara-ch.jp/

チャンネルくらら
http://www.chclara.com/index.php

これらの番組に招かれている馬渕元大使ほど、グローバリズム(国際金融勢力)の正体について明晰に語れる人はいないのではないでしょうか。その分析は、わたしが思想方面から調べてきたことと符合し、孤独感が癒えていきました。

DHCテレビの『和の国の明日を造る』シリーズ、林原チャンネルの新番組「ひとりがたり馬渕睦夫」は傾聴に値します。

それにしても、ウィキペディアで閲覧した馬渕氏の経歴が凄い。

京都大学法学部3年次在学中に外務公務員採用上級試験に合格し、1968年(昭和43年)に外務省入省。 研修先であったイギリスのケンブリッジ大学経済学部に入学し、1971年(昭和46年)に卒業
「外務本省では、国際連合局社会協力課長(1984年-1986年)、大臣官房文化交流部文化第一課長、東京都外務長(1995年-1997年)などを歴任。
在外では、在英国日本国大使館、在インド日本国大使館、在ソビエト連邦日本国大使館、在ニューヨーク日本国総領事館に勤務し、EC代表部参事官(1989年-1991年)、在イスラエル日本大使館公使(1991年-1995年)、在タイ日本大使館特命全権公使(1997年-2000年)を務めた

(ウィキペディアの執筆者. “馬渕睦夫”. ウィキペディア日本語版. 2018-06-02. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB&oldid=68758856, (参照 2018-06-02). )

DHCテレビの馬渕睦夫『和の国の明日を造る』シリーズ中、最終回を含む3回にわたってなされた講義のテーマは「日本近代史」で、アメリカの国体が変化したというウィルソン時代から今日に至るまでの歴史分析です。わたしは『和の国の明日を造る』シリーズをまだ聴いている途中ですが、このテーマ「日本近代史」から聴き始めました。

第88回
テーマ:「日米近代史① ウィルソン大統領時代のアメリカ(アメリカはなぜ日本を敵国としたのか)
https://youtu.be/VWN9ZZmrDNs?list=PLdoANlSaeHvfAAVpjJrdwN9y0s7fVwKdF

第89回
テーマ:「日米近代史② 【支那事変の真実】-アメリカはなぜ日本より中国を支援したのか-
https://youtu.be/TCw6t10-AUs?list=PLdoANlSaeHvfAAVpjJrdwN9y0s7fVwKdF

第90回
テーマ:「日米近代史③ 【ルーズベルト大統領のアメリカ】-アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか-
https://youtu.be/35JmXKTaiFs?list=PLdoANlSaeHvfAAVpjJrdwN9y0s7fVwKdF

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2018年7月 5日 (木)

悪質な自費出版系ビジネスと、餌食になりかけた従姉の児童書に対する失望感

東京在住の従姉から、相談の電話がかかってきました。従姉といっても、年が離れていて、彼女はしっかり高齢の域です。

従姉の四十代の息子さん――わたしからすれば従甥――が絵心のある知人の女性と組んで、絵本を作り、それを新聞の広告で見た賞に応募したというのです。従姉の声は明るく、弾んでいました。

息子さんが趣味でイラストを描いているという話を聞いたことはありましたが、童話を書くと聞いたことはなかったので、ビギナーズラックだろうかと多才さに呆れる思いで、「わあ、すごいじゃない。入賞したのね」というと、「ううん、そういうわけではないんだけれど、それがねNちゃん……」と従姉が話し出したので、悪い予感がしたところ、案の定でした。

悪質な自費出版ビジネスのまさに餌食となる寸前のところで、運よく、彼女はわたしに電話をかけてきたのでした。

以前、2人――1人は大学時代の女友達、もう1人は別の大学時代の女友達の兄君――がわたしの周辺で、餌食になっていました。それを知ったのは、餌食になった後でした。

息子さんは絵本、女友達も絵本、兄君は美術評論です。

息子さんは、落選した作品の感想を聞きたいと思って、賞を開催した出版社に電話をかけたとか。

このことだけでも、一般的な賞ではありえない展開です。「応募要項、選考過程に関する問い合わせには応じない」と明記されているのが普通だからです。

従姉もその息子さんも、上品な人たちです。主催者側から何の働きかけもないのに、自分のほうから積極的に――あるいは厚かましく――電話して落選理由を聞くなど、ちょっと考えられません。

問題の出版社のオフィシャルサイトへ行き、賞の募集要項を見ると、前掲の記述があるではありませんか。

しかし、その次の箇所に、応募者には有料出版の提案をさせていただく場合があると明記されています。

もう一度従姉に尋ねなければ詳細はわかりませんが、落選通知に応募者側から電話をかけたくなるような何かが書かれていたのではないかと憶測したくなります。

息子さんは出版社へ出かけて行き(おそらく交通費は自費でしょうね)、2時間話したということです。

出版社側は息子さんの才能を称賛し、将来的な成功を匂わせたようです。

そして、出版社からの提案は1,000部の自費出版、それにかかる費用は出血大サービス(?)で170万円とのことです。

全く、人を馬鹿にした話ではありませんか。それほど見どころのある優れた作品であれば、なぜ受賞対象とならなかったのでしょうか。そんなお宝の持主の許へ、なぜ編集者は自ら馳せ参じないのでしょうか。

大金を奪われることになるかもしれない危ない話にうぶな一般人がつい釣られてしまいそうになるのは、結婚詐欺と似た手口で、よい気持ちにさせられるからでしょうし、またマルチ商法と似た手口で、投資的な利益を予想――実際には妄想――させられるからでしょう。

文学の世界で――一向に勝ち目のない――現実的な戦いを強いられてきたわたしたち作家の卵は、そんなうまい話が転がっているはずがないことを熟知しています。幸か不幸か、文学界の裏側まで、かなり見透せるだけの神通力を身につけるに至っています。

こんな詐欺まがいの商売がいつまでも、いつまでも通用するのは法的不備に原因があるのでしょうか、文学界の衰退にこそ、その原因を求めるべきでしょうか。

息子さんは障害者や引きこもりのいるクラスを受け持つ高校教師として、寝る時間をも削って18年間奮闘してきたとか。障害を持つ生徒さんを武蔵野美大、多摩美大に合格させ、そのときだけは報われた思いを味わったのだとか。

ところが、学校の考えかたが変わり、息子さんはその方針転換に疑問を覚え、心身の疲労が溜まって、遂に退職、入院してしまいました。

そして療養を経て再就職の準備をしているのだそうですが、その合間に可愛い姪のために童話を書いたのだそうです。おそらく、本当に純粋な気持ちで初創作したのでしょう。

従姉がいうには、その孫――息子さんにとっては姪、わたしにとっては従姪孫――のために書店に本を探しに行くのだけれど、そこに置かれている沢山の児童書に全く感心できないのだそうです。

「もう、本当になぜ、こんな……」と従姉はいいながら絶句するのです。従姉も絵心のある人ですから、書店が安っぽい挿絵のついた三文児童小説に溢れかえって見えたのでしょう。

「まだ、うちの息子の作品のほうがましに思えたのよ」と従姉。従姉が息子さんに応募を勧めたのかもしれません。

息子さんは出版など考えたこともなかったとのことですが、出版社の提案が高額な自費出版であったにも拘わらず、迷いが生じ、わたしに訊いてみてくれないかと従姉にいったのだとか。

出版対象が絵本ですから、よいものであれば、この金額でも高いとはいえないのかもしれません。問題は、息子さんが自分では出版を考えてもいなかったのに、その気にさせられたというこの一点に尽きます。

従姉と息子さんが出版とはこんなものかもしれないと勘違いしている証拠には、この時点では従姉の声には翳りがなく、澄んだ雰囲気を湛えていました。

「チャンスの神は前髪しかない」という諺があります。息子さんは、チャンスの神の前髪を掴むべきかどうかで、迷っていたと思われます。

「そこは悪名高い自費出版系出版社だから、そこから出すのはやめておいたほうがいいと思う。自費出版するとしたら、何社かに見積もりを出して貰って、比較したほうがいいわね」というと、従姉の雰囲気の翳るのが伝わってきました。

弱り目に祟り目というべき出来事ですが、わたしが知り得た問題の出版社の情報を伝えなければ、従姉も息子さんも、挿絵を描いてくれた女性も、現実的な被害を被る可能性があります。

「ネットで検索してみて。作品は、今は大事にとっておいたほうがいいんじゃないかな。再就職が決まって気持ちにゆとりができてから、出版のことは考えても遅いということはないと思うのよ」とわたし。

そういいながら、動悸がしてきました。わたしには心臓弁膜症、不整脈、冠攣縮性狭心症の持病がありますが、案外感情の起伏が不整脈や冠攣縮性狭心症の発作を招くことは少ないのです。

気温の差や疲労が最も影響します。ですが、このところ、暑くなって心臓のポンプ機能が低下気味なのか、足やおなかが腫れぼったく、尿が出にくいという症状があったところへ、大腸がんのステージ3で症状は安定しているという幼馴染みに電話して、相変わらずのホスピス志向と自分勝手な解釈――亡くなった母親が寂しがって呼んでいるという思い込み――を聞かされているときに、ふいに動悸がしてきました。

そのあと胸が苦しくなったのでニトロを舌下し、従姉たちのことを考えてまた動悸がしてきたので、従姉はまだ何か話したそうでしたが、時間がない風を装ってこちらから電話を切りました。

ここ数日でニトロペンの使用量が5錠。ちょっと使いすぎですね。でも、ニトロで心臓が元気になることは確かです。

電話を切る前に、息子さんの作品を読みたいとわたしは従姉におねだりしました。そして、わたしも自作の児童小説を送ることにしました。昔から、わたしを応援してくれる唯一の人がこの従姉なのです。

今日、PDF形式でプリントアウトしたのは、電子書籍にしている作品――すみれ色の帽子、田中さんちにやってきたペガサス、マドレーヌとわたし、ぬけ出した木馬、ぼくが病院で見た夢、卵の正体――です。分厚くなってしまい、レターパックには入りきりません。

『田中さんちにやってきたペガサス』は作曲家志望の父親とその息子を中心にした児童小説ですが、従姉の娘さん――息子さんの妹です――は国立[くにたち]音大(作曲)を出て、音楽教室に勤めています。もし、娘さんが読むと、音楽に無知な、お馬鹿なことを書いているかもしれません。

従姉に送る拙児童小説には、おすすめの児童書についての手紙も添えようと思います。

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2018年6月18日 (月)

大阪府北部を震源とする地震

午前7時58分頃、大阪府北部を震源とするマグニチュード6.1の地震がありました。

大阪府北部で震度6弱、京都府南部で震度5強、滋賀県南部、兵庫県南東部、奈良県で震度5弱を観測とのニュース。

大阪からは離れた九州のここも、ほんの少しですが、揺れました。大阪が震源の地震とは思わなかったので、テロップを見て驚きました。

大阪にお住いのMさん、京都にお住いのAさん、大丈夫ですか? 心配しています。

あとのニュースによると、今回の地震は地殻内部で起きた直下型地震で、震源のごく近くに有馬-高槻断層帯があるとか。有馬-高槻断層帯では、文禄5年閏7月13日(1596年9月5日)にマグニチュード7.5の慶長伏見地震が起きているそうです。

豊臣政権下ですね。

ウィキペディアを見ると、気になることが書かれています。

ウィキペディア「慶長伏見地震」

この地震の4日前には現在の愛媛で中央構造線を震源とする慶長伊予地震が、また前日には現在の大分・別府湾口付近で別府湾-日出生断層帯の東部を震源とする慶長豊後地震(共にM7.0と推定)が発生しており、双方の地震による誘発地震の可能性が指摘されている。これらの天変地異が影響して、同年中に文禄から慶長へ改元が行われた。また、兵庫県南部を中心に甚大な被害となった1995年の兵庫県南部地震(M7.3)は、本地震で破壊された六甲・淡路島断層帯における地下深くの滑り残しが原因で発生したとする説が発表されている。
ウィキペディアの執筆者. “慶長伏見地震”. ウィキペディア日本語版. 2018-06-18. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%85%B6%E9%95%B7%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9C%B0%E9%9C%87&oldid=68933909, (参照 2018-06-18).

怖い。

倒れてきた本棚の下敷きになって亡くなった男性がおられるようですが、どんな本棚だったのか気になりました。

安倍政権下でよかった。地震の対応は――に限らず――自民党政権が優秀です。

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より以前の記事一覧

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